「ちょっと、行ってくるからそこで待ってろ。」
「・・・・ああ。」
跡部が教室から出て行ってから、15分か・・・。はあ、確かにアイツがモテるのは分か
るけど、こんなにしょっちゅう呼び出されて、告白されに行くの見送んのはあんまりいい
気分じゃねぇよな。
学園でもかなりの人気を誇る跡部は、普段からたくさんの女の子に告白される。もちろん
跡部はそんな告白をまともに受けることは決してない。どんなに思われていても跡部の中
で一番好きだと思うのは、宍戸ただ一人だけだった。だが、こんなにしょっちゅう告白さ
れに行くのを見ていては、さすがに宍戸も不安になる。
「待たせたな、宍戸。」
「あっ、跡部。」
「ちゃんと、断ってきた。だから、お前は心配すんな。」
「べ、別に心配なんてしてねーよ!!」
「そうか。」
本当は心配でしょうがねぇんだけど、そういうこと言うとまた跡部が調子に乗るからな。
ここは黙っておこう。あれ?そういや、跡部が手に持ってんの何だろ?
「跡部、それ何?」
「ああ、何か別に断られるのは覚悟の上だったけど、これだけはもらってくれって言うか
らもらってやった。」
「へぇ・・・。」
「何か手作りらしいけど、どうなんだろうな?一つ食べてみるか。」
跡部は今日告白された女子からもらったお菓子を開け、一つ口に運んだ。
俺の前で食べるなよー。まあ、跡部のことだから甘いもんは嫌いとか言ってけなすんだろ
うけど。
「ふーん、なかなか美味いじゃねーか。アイツ、料理の才能はあるみてーだな。」
「えっ・・・?」
意外な跡部の言葉に宍戸はショックを受けた。跡部が人を褒めるのが珍しいことは宍戸が
一番よく分かっている。宍戸の中で何かもやもやしたものが生まれた。何となく胸が締め
付けられる。そんな感じが一気に頭の中を凌駕した。
何なんだよ、この感じは。よく分かんねぇけど、無性に腹が立つ。ただちょっと跡部がも
らった菓子のこと美味いって言っただけじゃねぇか・・・。
そう思った瞬間、また、ズキッと胸が痛くなるのを感じた。宍戸はまだ気づいていなかっ
た。それが、その女子に対する『嫉妬』であるということに。
「じゃあ、帰るか。おっと、その前に・・・」
跡部は宍戸にキスをしようとする。宍戸はとっさに思った。跡部の口にはまださっき食べ
たお菓子の味が残っていると。そんな味のキスはしたくないと、宍戸を跡部のキスを遮り、
されまいと抵抗する。
「嫌だ!!」
「どうしたんだよ?別に今ここには誰もいねぇし、恥ずかしがることねぇだろ。」
跡部は完璧に勘違いをしている。少々荒っぽいが宍戸を壁に押し付け、半ば無理やりにキ
スをした。その瞬間、唇に思ってもいなかった激痛が走る。
「っ!!」
跡部はとっさに宍戸から離れた。口の端から真っ赤な血が流れている。
ヤバッ・・・思わずやっちまった。
宍戸はその跡部の顔を見て、気まずそうにうつむく。まさか、こんなことをされるとは思
ってもみなかったので、跡部はかなり怒っている。
「宍戸・・・テメー、何のつもりだ?」
静かに問いかける跡部の表情は怒りに満ちあふれていた。
「・・・・・。」
もちろん宍戸は何も言えるはずがない。何も答えない宍戸に跡部はさらに怒りを感じ、無
言で教室を出て行った。
くそ、何やってんだよ俺!!いくらなんでもあれはやりすぎだ。・・・でも、もとはとい
えば跡部がいけないんだよな。何も、俺がいる前でわざわざもらった菓子を食べることね
ーじゃねぇか。それも、美味いとか言ってるし・・・。あー、そう考えてるとムカついて
きた!もう、跡部なんて知らねぇ!!
宍戸もかなり怒った様子で教室を出て行った。
次の日から二人はまさに冷戦状態。会っても一言も話さず、一緒に行動するということも
全くなし。クラスメートはこんなことには慣れっこなので、特に気にはとめなかった。だ
が、それは一日、二日のこと。三日目あたりになると、二人の様子は一変する。お互いに
話せない、触れられないことにイライラし始め、周りに八つ当たりしだすのだ。宍戸は机
を蹴り、跡部は近づく者を睨みつける。どうすればいいのか分からないので、先生もクラ
スメートも困惑しまくりだ。
「最近のあの二人のケンカ、怖ぇーよな。」
「ああ。前は一週間とか話さないでも何ともなかったのによ。」
「ハッキリ言って、結構迷惑じゃねぇ?」
「確かに。」
「早く仲直りして欲しいよな。」
『うん。』
クラスの人が廊下でこんな話をしているのを、隣のクラスの滝が聞いた。そういう噂はす
ぐに広まるので、滝も跡部と宍戸がただいまケンカ中であることを知っている。
全く、人に迷惑をかけるようなケンカだったらしなきゃいいのに。でも、お互いにイライ
ラし始めてるってことは、仲直りしたい気持ちはあるんだろうな。ちょっと、協力してや
るか。
滝は跡部と宍戸を仲直りさせようと、携帯電話をポケットから取り出した。
ピッ、ピッ、ピッ・・・トゥルルル・・・トゥルルル・・・
『はい。』
「もしもし、長太郎?」
『滝さんですか?』
「うん。ちょっと、長太郎に頼みがあって電話したんだけど。」
『何ですか?』
「今ね、跡部と宍戸がケンカ中なんだ。」
『またですか?』
「うん。それで、かなり二人のクラスの人が迷惑してるらしいんだよね。」
『確かに先輩達のケンカって見てて怖そうですもんね。』
「だから、俺達が二人を仲直りさせたいと思うんだ。協力してくれるかな長太郎?」
『いいですよ。それで、どうすればいいんっスか?』
「放課後に跡部のところに行ってくれる?俺は宍戸を説得するから、長太郎は跡部を説得
して。逆でもいいんだけど、長太郎が宍戸に近づくと跡部がさらに怒りそうだからさ。」
『分かりました。出来る限り説得してみますね。』
「ありがと、長太郎。じゃあ、放課後。」
『はい。』
ポチッ
電話を切ると滝は小さく溜め息をついた。成功するかは分からないが、何もしないよりか
はマシだろうと考えた結果、こうしようと思ったのだ。まあ、岳人と忍足ならまずしない
であろう。
放課後になり、滝は宍戸のクラスへ行く。
「ねぇ、ちょっと宍戸呼んでもらえる?」
「宍戸?今、結構荒れてるぜ。」
「いいよ。ちょっと用があって。」
「宍戸ー、滝が呼んでるぜ。」
宍戸はクラスメートに呼ばれ、振り返る。その顔を誰が見ても不機嫌というしかないよう
な表情だった。鞄を机に置いたまま、廊下の方へと向かう。
「何だよ。滝。」
「ちょっと、俺の教室来いよ。」
「何でだよ?」
「いいから。」
よく分からないという表情を浮かべて、宍戸は滝のあとについて行った。滝の教室にはも
う誰もいない。滝は自分の席の後ろの席に宍戸を座らせ、自分は後ろを向いて座った。
「宍戸、跡部とケンカしてるんだって。」
「・・・まあな。でも、お前には関係ねぇだろ。」
「何が原因?」
関係ないだろと言われても、滝はそのまま話を進めた。率直に原因を尋ねる。
「・・・跡部が悪い。」
「それじゃ、全然原因になってない。どっちが悪いかじゃなくて、どうしてこういう状況
になったか聞いてんの!」
「この前、跡部が女子に告白されたんだよ。」
「でも、そんなのいつものことじゃないの?」
「そうだけど・・・それで、その女子がお菓子をあげたんだよ跡部に。」
「うん。」
「それで、跡部がそれを食べて、美味いって言った。」
「それで?」
「それ聞いたら、何か分かんねぇけど、すっげームカついて・・・跡部が無理やりキスし
てきたから、思わず唇噛んじまった。」
「それが原因でケンカになったの?」
宍戸は黙って頷く。滝は溜め息をついて、宍戸をなだめるように優しく話し出した。
「そう思ったこと跡部に話した?」
「いや・・・話してねぇ。」
「宍戸。いくら跡部といつも一緒にいるからって、跡部が宍戸の思ってることとか全部分
かるわけじゃないんだよ。」
「・・・・。」
「跡部だって、悪気があってそんなことしたり、言ったわけじゃないんだからさ、いきな
りそういうことされたらビックリするよ。だから、怒ったんでしょ。」
「でも・・・・」
宍戸が反論しようとするが、それを遮るように滝は言葉を続けた。
「跡部に告白した女の子のお菓子を食べて、跡部が美味しいって言ったのを聞いて、宍戸
がムカついたのってさ、やっぱり、それだけ宍戸が跡部のこと好きだからだろ?跡部が褒
めたの聞いて、その女の子に嫉妬したからムカついたんでしょ?」
滝の言っていることが、あまりにもあっていたので宍戸は何も言い返せなくなった。
確かに、滝の言ってる通りだ。俺、お菓子あげた女子に嫉妬してたから、あんなことしち
まったんだ・・・。激ダサだな。何だよ、悪いのってどう考えても俺じゃねぇか・・・。
宍戸がずっと黙ったままなので、滝は心配になって声をかける。
「宍戸?」
「滝、今回のケンカ、悪いのやっぱ俺だ。俺、跡部に謝ってくる!」
走り出す宍戸に滝はもう一度、声をかけた。
「宍戸。」
「何だよ?滝。」
「跡部のこと好きか?」
「ああ。何当たり前のこと聞いてんだよ?」
「じゃあ、大丈夫だ。ちゃんと、仲直り出来るように頑張れよ。」
「おう。・・・・あんがとな、滝。」
「どういたしまして。」
ニコッと笑って、滝は宍戸を見送った。あとは、鳳が跡部を説得し終えていることを祈る
だけだ。
滝が宍戸と話をしている間、鳳は跡部の教室で説得を試みていた。
「跡部さん。滝さんから聞きました。宍戸さんとケンカしてるんですって?」
「ああ。だから何だ?」
いきなりケンカのことを言われ、跡部は不機嫌声で返す。表情もかなり怖く、鳳は何も言
えなくなりそうだったが、必死で堪えて話を進めた。
「どうしてケンカになったんですか?」
「アイツが・・・急に機嫌が悪くなりやがって、キスしようとしたら、噛まれた。」
「機嫌が悪くなった理由、思い当たることないんですか?」
「んなもんね・・・・」
ちょっと、待てよ。あの時、俺、確かもらった菓子を食ったよな?もしかして、それが原
因か?でも、宍戸がそれだけで怒るとは思えねぇけど・・・
「あるんですか?」
「いや、告白してきた女子によ、菓子もらったんだ。それを食ったんだけど、まさかそれ
が原因で宍戸の奴怒ったのか?」
「えー、でも、宍戸さんその程度のことで怒りますかね?」
「俺もそう思うんだけどよ、他に俺何かしたか?」
跡部は自分自身に問いかけてみる。だが、全く心当たりがない。鳳も一緒に考えてみる。
「もしかして・・・跡部さん、そのお菓子美味しいとか言いませんでした?」
「はあ?・・・言ったけど。」
「たぶんそれが原因だと思いますよ。」
「何でだよ?」
こういうことには跡部は物凄く鈍感らしい。鳳は意外だなーと思いつつ、宍戸が怒った理
由を見解ではあるが、跡部に説明した。
「好きな人が他の人を褒めてたら、そりゃ嫌な気分になりますよ。特に跡部さんなんて滅
多に人のこと褒めないじゃないですか。それも、告白してきた女の子でしょう?宍戸さん
が怒るのも当然だと思いますよ。」
「・・・・・・。」
そうか。確かにそれは言えるかもな。俺だって、宍戸が他の奴のことすごいすごいって褒
めてたらムカつくもんな。じゃあ、そんな宍戸の気持ちが読めなかった俺が今回は悪いじ
ゃねーか。
「そっか。そうだよな。」
「仲直り、出来そうですか?」
「ああ。」
「そうですか。よかったです。じゃあ、俺、もう帰りますね。」
「じゃあな。」
鳳は跡部に軽く頭を下げ、教室を出て行った。だが、帰るつもりは全くない。そのまま滝
の教室へと向かった。
鳳と入れ違いに宍戸が自分の教室に戻ってきた。跡部はイスに座ったまま、宍戸のことを
見る。宍戸は一瞬、跡部の席に行くことを躊躇したが、思いきって近づく。
「跡部。」
「何だよ、宍戸?」
「この前のこと・・・・」
「あー、それなら・・・・」
『俺が悪かった。ゴメン。』
二人は声をそろえて言った。まさかこんなとこでハモるとは思わなかったので、唖然とし
て、お互いに顔を見合わせる。
「えっ、何で跡部が謝んだよ?」
「だって、お前が怒ったのって、俺がもらった菓子のこと美味いって言ったからだろ?」
「そう・・・だけど。あの程度のことで怒ってお前のこと噛んじまった俺のが悪ぃよ。」
「そんなことねぇって。お前がそういうふうに思うこと予測出来ないで、軽々しくあんな
こと言っちまった俺が悪い。」
お互いに自分の方が悪いと言い合っていた二人だったが、何だかおかしくなってしまって、
笑ってしまった。
「アハハ、何だよ跡部。お前らしくねぇじゃん。自分がそんなに悪いなんて言うなんてよ。」
「お前だって。いつもはもっと意地張ってんじゃねぇか。」
「まあ、いいや。そういや、跡部。唇大丈夫か?」
笑っていた顔を一気に心配するような顔に変え、宍戸は跡部の唇にそっと触れた。
「ああ。まだ、ちょっと痛ぇけどな。」
「ホント、ゴメンな。」
そのまま宍戸は跡部の唇に自分の唇を重ねる。そして、この前噛んでしまった箇所をペロ
ペロと舌で舐め始めた。
「何だよ、宍戸。随分とサービスしてくれんな。」
「だって、俺にはこれくらいしか出来ねぇもん。つーか、しゃべるな。やりにくい。」
「はいはい。」
跡部はしばらく宍戸のしてくれるその行為を楽しむ。傷口を舐められるのだから、少しは
痛いと感じるが、それよりも宍戸が必死でその傷を癒そうとしているというのが直接伝わ
り、心地よいと感じる割合の方が多かった。
「宍戸、もういいぜ。」
「何で?」
「そういうふうにされんのも確かにいいんだけどよ、俺としてはもっとディープなキスの
方が好みなんだよな。」
「そうかよ。じゃあ、しろよ。今度は拒みもしねぇし、噛みもしねぇからよ。」
「分かった。それじゃあ、させてもらうぜ。」
教室の壁に手をつき、そこに追い詰めるような感じで、跡部は唇を重ねた。宍戸は跡部の
首に腕を回し、跡部のキスを受け入れる。
「・・・んん・・・あ・・・ふぅ・・・んん・・・」
何度も何度も角度を変えたり、離したりして、長い時間キスをしていた。もうすっかり仲
直りは出来たようだ。
「すごいっスね。跡部さん達。」
「あの二人はいつもああだよ。でも、よかったね。仲直り出来て。」
「そうですね。じゃあ、帰りましょうか滝さん。」
「ああ。」
二人が仲直りしたことを確認すると、滝と鳳の二人は帰って行った。しばらくして、跡部
と宍戸も帰る準備をする。
「跡部、俺、今度からこの前みたいに嫌だと思ったら、ちゃんと言うな。」
「ああ、そうしてくれ。いきなり噛まれるのはもうゴメンだからな。でも、俺もお前のこ
と考えてからもの言うことにするぜ。」
「うん。じゃ、帰ろうぜ。」
宍戸は跡部の手を軽く握って笑顔で言う。跡部も宍戸の手を握り返して、微笑みながら囁
いた。
「好きだぜ、宍戸。」
「俺も♪」
いつものように好き合っていることを確認に、二人は教室を出た。雨降って地固まるとは
まさにこのことだろう。
END.