彼岸ニ導ク紅イ華

リクエスト内容『宍戸さんがムダに乙女な跡宍悲恋ネタ』

時代の変わり目、全てのものが変化を遂げようとしているそんな頃、一つの屋敷があった。
これはそんな屋敷で起こったとある二人の悲しい恋の物語・・・。

俺がこの家の家長になってから、一人の使用人がやってきた。家が貧しいために働きに出
される。いわゆる奉公というヤツだ。年の頃はちょうど俺と同じくらい。他の使用人に比
べて、生意気そうだったが、俺は一目見てコイツのことが気に入った。今までに見たこと
が無いほど綺麗な長い黒髪に、一重だけれども大きな瞳。ほどよく筋肉のついた細い体に
すらっとした脚。どれをとっても俺好みだった。
「テメェ、名前は何て言うんだ?」
「・・・宍戸・・・亮。」
「今日から俺様がテメェの主人だ。しっかり働いてもらうぜ。」
「はい。」
まだここに来たばかりで緊張しているのか、それほど口数は多くない。部屋に案内してや
ると、その様相に驚いたようで、キョロキョロしながら部屋の中を見渡す。
「ここがテメェの部屋だ。」
「えっ・・・?」
「どうした?不満か?」
「い、いや、そんなことはない・・・です。ただ、こんなに大きな部屋を使っちゃってい
いのかなあと思って・・・」
「これでもうちの中ではかなり小さい方だぜ。好きなように使っていいからな。」
俺がそこから去って行くと宍戸は困惑したようにおずおずと部屋の中に足を踏み入れる。
もう少し様子を見ていたい気もしたが、たかが一人の使用人にばかり構っている暇はない。
俺は自分の部屋へ戻るとやるべき仕事をし始めた。

俺がここに来てから数日、やっとこの屋敷の環境に慣れてきた。家の貧しさから奉公に出
されて、かなり不安だったが、それほどここの居心地は悪くない。ただ初めて見るものが
多すぎて驚きの連続だ。一番驚いたのは、俺の主人、跡部景吾の容貌だ。年は同じくらい
に見えるが、西洋人のような金色の髪と蒼い瞳。堂々とした振る舞いに他の者を惹きつけ
る話し方。どれをとっても俺にはないものばかりで、素直にカッコイイと思った。いつも
は冷たくて厳しい感じだが、時々驚くほど優しい笑顔を見せる。そんな跡部に俺はいつの
間にか惹かれ始めていた。
「宍戸。」
「はい。何ですか?」
「これ、燃やしておけ。重要書類で他に漏れたら大変だから、気をつけろよ。」
「わ、分かりました。」
こんなことを頼まれると本当に寿命が縮まる思いがする。こんな重要なことをどうして入
ってきたばかりの俺に頼むのだろうと不思議に思う。他にも使用人はたくさんいるはずな
のに。だからと言って断ることは出来ないので、俺はその書類を受け取り、裏庭に出た。
「はあ・・・マジこういうの緊張するし。飛んだりしねぇように気をつけなきゃな。」
そんなことを考えながら和紙の束に火をつけると、メラメラと音を立ててその紙は燃え始
めた。これで一安心だとそう思った瞬間、突然強風が吹き荒れる。
「うわっ!」
紙は全て燃えてしまったので、どこかに飛んでいってしまうということはなかったが、飛
び散った火の粉が顔や手に当たった。
「熱っ・・・!」
細かい火の粉とは言えどもやはり当たれば熱い。俺は、顔にも手にも火傷を負った。しか
し、その場から離れることは出来ないので、火傷の痛みを堪えながら紙の束が最後まで、
燃え尽きるのを見届けた。
「よし、全部燃えきった。あとはこの灰をゴミ箱に捨てて、跡部んとこに戻ればいいな。」
灰をちりとりと箒で集め、ゴミ箱に捨てると俺は跡部のもとへ戻ろうとする。裏口から屋
敷の中に入ると、廊下の先に跡部の姿が見えた。
「あっ。」
「終わったか?宍戸。」
「はい。」
「ん?テメェ、その顔どうしたんだ?右頬赤くなってるぜ。」
「あっ、えっと、火の粉が飛んで、火傷しちゃって・・・・」
怒られると思って、跡部から視線をそらし、そんなことを言うとぐっと手を掴まれた。
「い、痛っ・・・」
「手も火傷してるみてぇだな。ったく、しょうがねぇ奴だな。ほら、俺の部屋に来い。」
跡部の声は、怒っているというよりは呆れているという感じだった。引っ張られる手が痛
いが、跡部が俺のことを気遣ってくれているような気がして、何となく嬉しかった。跡部
の部屋につれて行かれると、いつもは跡部が座っている椅子に座らされる。
「ちょっと大人しくしてろよ。」
「はい。」
黙って座っていると、跡部は戸棚から薬箱を出し、テキパキと火傷の手当てをしてくれた。
まさか跡部自身にこんなことをしてもらえるとは思っていなかったので、俺はかなり驚い
た。
「よし、これでひとまずは大丈夫だろ。」
「ありがとうございます。」
「テメェは俺様の大事な使用人だからな。ほら、さっさと仕事に戻れ。」
「は、はい!」
大事な使用人という言葉を聞き、俺の胸は高鳴った。それは今までに経験したことのない
ような感覚で、どうしようもなく嬉しくて、だけど恥ずかしくてたまらなかった。跡部が
机に座り、仕事をするのを見つつ、ドキドキしながら俺は跡部の部屋の掃除をし始めた。

宍戸が来てから数週間後、とある事件が起きた。極秘で進めていた仕事が一番漏れてはい
けないところに漏れてしまったのだ。何故漏れたかはまだ分からない。しかし、誰かが漏
らしたということは確かだった。女の使用人達は声をそろえて宍戸がやったのだと言う。
確かに俺は重要書類の処理を宍戸に頼んだが、宍戸は確実にその書類を燃やしていた。第
一、一番漏れてはいけない場所だけに知られたということがまず宍戸が犯人ではない証拠
になる。宍戸はまだここに来て間もない。俺の家と敵対している相手など、知る由もない。
「ちっ、どういうことだ!」
「だから、コイツがやったに決まってます!」
「そうですよ。最近、一番旦那様の近くにいたのはコイツじゃないですか!」
「お、俺は・・・そんなことしてない・・・」
宍戸も事の重大さは理解していた。だからこそ、どうすればいいか分からず、不安に駆ら
れながら、泣きそうな顔をしている。他の使用人達の言葉を聞いてこれは嫉妬心から起こ
ったことではないかと、俺は気づいた。宍戸が来てから、俺は自分の一番身近なことは全
て宍戸にやらせていた。他の使用人、特に女の使用人にとってはそれが気に入らないこと
だったんだろう。
「旦那様、こんな奴、さっさとやめさせて下さい!」
「私もそう思います!!」
「宍戸。」
「・・・・・」
涙をいっぱいに溜めて、自分を見上げる宍戸の顔を見て、俺の心は抉られるようだった。
宍戸の目を見つめ、どうか自分の気持ちが伝わってくれと願いながら、俺は一発宍戸の頬
を思いきり殴った。
『キャーっ!!』
殴られた後で、また見つめ直すその瞳は恐怖ではなく、俺が伝えたかったことをしっかり
と理解したようなしたような目だった。
「出て行け・・・」
頬を押さえて俺のことを見る宍戸の表情がつらそうなものに変わる。今すぐにでも抱き寄
せてやりたかったが、今、それは出来ない。俺は心を鬼にして、先程よりも強い口調で宍
戸に言い放った。
「さっさと出て行け!!」
必死で涙がこぼれるのを堪えながら宍戸は頷いて俺の部屋から出て行った。パタパタと自
分の部屋へと駆けて行く宍戸の足音を聞きながら、俺は残っていた他の使用人にも同じこ
とを言い放つ。
「テメェらも出て行け!!今後、俺の部屋に一切入ってくるんじゃねぇ!!」
俺は怒りに任せて怒鳴りつける。恐怖に怯えるような表情で、慌ててそこにいた奴らは全
員俺の部屋を去る。犯人探しなどするつもりはなかった。ただ、この事件がスムーズに動
いていた歯車を狂わせたのは確かだった。

自分の部屋に戻り、俺は今まで堪えていた涙を全て溢れさせた。跡部に頬を殴られたこと
よりも、出て行けと言われた時の方がショックだった。胸が痛い。跡部が本気で言ったこ
とではないということは分かっている。それでも、その言葉は胸にナイフを突き刺された
ような衝撃だった。
「ひっく・・・ふ・・・」
涙が止まらない。もう俺は跡部の側にいられないのだろうか?そう思うだけで、胸が締め
つけられる。しばらくベッドにつっぷして泣き続けていると、ドアをノックする音が聞こ
える。
「宍戸、入るぞ。」
跡部の声が聞こえる。その瞬間、俺の心臓はドクンと大きく跳ねた。ドアが開く。跡部が
入ってくるのは分かったが、俺は顔を上げることが出来なかった。
「宍戸・・・」
「・・・・・」
「お願いだ。顔を上げてくれ。」
いつもの命令口調とは違う頼みごとをするような口調で話しかけられ、俺は涙でぐしゃぐ
しゃになった顔をゆっくりと跡部の方へ向けた。跡部の顔は、ひどくつらそうで、この上
なく悲しげな瞳をしていた。
「テメェが犯人じゃねぇってことは分かってる。さっきは殴っちまって悪かった。ああで
もしねぇと、アイツらが諦めてくれそうになかったから・・・」
「いえ・・・」
「犯人が誰だとかは探す気はねぇ。犯人探しをしてる余裕なんてねぇからな。」
「どういうことですか?」
「あの秘密が漏れちまったってことは、俺は近々そいつらに殺される。」
どんな秘密が漏れてしまったのかは分からない。しかし、相当ヤバイ秘密だったらしい。
殺されるという言葉を聞いて、俺の顔は一気に青ざめた。
「こ、殺されるって・・・・?」
「俺は今、敵対してる家の不正について調査を進めてたんだ。それがこっちの利益にもな
るし、不正を放っておくのはよくねぇことだからな。だが、それが全部あっちにバレちま
った。あっちとしては、口封じとして俺を直接狙ってくるだろう。」
たんたんと跡部は話す。それが逆に事の重大さをリアルなものにしていた。どうしようも
ない不安感と恐怖が俺の頭の中を支配する。
「俺はこのことにこれ以上テメェをまきこみたくねぇ。だから、テメェはもう自分の家に
戻れ。これ以上、俺と関わるな。」
俺を気遣って言ってくれている言葉だということは、百も承知だった。だけど、素直に頷
くことは出来ない。自分の今一番大切だと想っている人が殺されようとしている。たとえ
自分の命を捧げたとしても、俺は跡部の命を守りたかった。
「・・・帰りたくない。」
「そんな悠長なこと言ってる場合じゃねぇんだ。分かってくれ宍戸。」
跡部の声は切実だった。それがまた、俺の胸を締めつける。さっきまでは止まっていた涙
がまた溢れてくる。そんな俺の顔を見て、跡部は一瞬うつむいた後、悲しみに溢れた視線
を俺に向け、厳しい口調で言い放つ。
「この家から出て行け!これは、命令だ!テメェに拒否権はねぇ!!」
跡部の想いが嫌というほど伝わる。頷かないわけにはいかない。唇を噛みしめ、ポロポロ
と涙をこぼしながら、俺は頷いた。次の瞬間、俺の体を跡部の腕の中に包まれる。
「すまねぇ・・・」
耳元で囁かれる謝罪の言葉。その声は確かに涙声だった。跡部のつらさが触れ合っている
部分全てから伝わる。俺は跡部の背中に手を回し、しっかりとその体を抱き締め返した。

宍戸が俺の家から出て行ってから数日が経ち、俺は胸にぽっかりと穴が開いたような感覚
を感じながら、街外れの荒野にたたずんでいた。彼岸が近いということもあり、そこには
数え切れないほどの彼岸花が咲き乱れている。
「宍戸・・・」
募る想いが思わず口をつく。自分のしたことは間違ってはいない。これ以上何も関係のな
い宍戸をまきこむわけにはいかない。それは分かっているが、どうしようもない切なさが
俺の胸の中に広がってゆく。逢いたい・・・。そんな想いがゆっくりと俺の中で膨らんで
いった。
「お前、跡部景吾だな。」
後ろから話しかけられ、俺はゆっくりと振り返る。聞き覚えのある声。声の主は敵対関係
にある家の護衛役の男だった。しかも、一人ではない。三、四人の男が今俺の目の前にた
たずんでいる。
「何だ?」
「旦那から話は聞いた。お前を殺すのが俺達の役目だ。」
「そうか・・・。」
やはり来たかと俺は苦笑する。もうある程度の覚悟は出来ていた。あえて心残りがあると
すれば、宍戸のことくらいであろう。今更抵抗する気などさらさらなかった。瞳を閉じて
その時を待つ。相手はどうやらナイフを持っているようだった。目を閉じる前に、一人の
男がそのナイフを自分に向け、走ってくるのが一瞬見えた。そして、次の瞬間、それが刺
さる音がする。しかし、俺は何も感じない。
「はっ・・・」
目の前に漆黒の髪がなびいた。俺は自分の目を疑った。ナイフを刺した男が青ざめている。
「お、おい、これはヤバイぞ!」
「一時撤退だ!」
俺以外の者を刺してしまい、焦った男達は慌ててその場から逃げて行った。目の前に倒れ
込む人物の顔を見て、俺は絶句する。
「宍戸・・・?」
「よか・・った・・・・殺されてねぇな・・・跡部・・・」
口から血を流し、宍戸は苦しそうに笑いながらそんなことを言う。何故宍戸がここにいる
のか分からない。しかし、確かに今宍戸は自分の目の前にいるのだ。
「何でテメェがこんなところにいるんだ!?」
「今日は・・・本当にたまたまこっちに来てたんだ・・・。で、少し散歩してたら、ここ
にお前がいるのが・・・見えたから・・・・」
「だからって、どうしてこんなことをした!?言っただろ、俺にこれ以上関わるなって!」
そう言った瞬間、宍戸は実に悲しげな笑みを浮かべる。そして、俺の頬に手を伸ばした。
「それは無理だぜ・・・自分の一番想っている人が目の前で殺されようとしてるのに、何
もしないなんてこと・・・俺には出来ねぇ・・・・」
「どういう・・ことだ・・・?」
「俺、跡部のこと・・・すげぇ好きだから・・・身分が違いすぎるし、男同士だし、叶わ
ない想いだってのは分かってる・・・それでも、お前のためには命をかけていいって思う
ほど・・・好きだから・・・・」
そこまで言うと宍戸は血を吐いた。俺の頬に添えられていた手が力なく落ちる。俺は何も
伝えてはいない。このまま宍戸に何も伝えられずに逝かせてしまうなど、俺には耐えられ
なかった。
「死ぬなっ、宍戸!!俺だって、テメェのこと好きだ!身分の違いなんてどうでもいい!
こんなに・・・こんなに・・・人を好きになったのは、テメェが初めてなんだよっ!だか
ら・・・っ」
涙が止まらない。もっともっと宍戸へ自分の想いを伝えたかった。だが、言葉が出てこな
い。言葉に詰まった瞬間、宍戸の手が俺の手を握った。そして、目尻から涙を流し、本当
に嬉しそうな笑顔で笑う。
「ありがとう・・・俺、すげぇ幸せだぜ・・・・」
ゆっくりとそう言い終えると宍戸は瞳を閉じた。俺の手を握る手の力も消える。
「宍戸・・・?おい、冗談だろ?宍戸っ、目を開けろ!!宍戸、宍戸っ!!」
どんなに声をかけても宍戸はもう目を開けることはなかった。今までに感じたことのない
喪失感に俺の気は狂いそうになる。宍戸はもう俺に向かって、名前を呼んでくれることも
笑いかけてくれることもない。際限のない悲しみにくれていると、宍戸の胸に刺さってい
るナイフが俺の目に映った。
「俺も一緒に逝くぜ、宍戸・・・」
宍戸の胸からナイフを抜くと、俺はそれを自分の首元にあてがった。そして、頸動脈を一
気に切り裂く。薄れゆく意識の中、俺は宍戸の手を握り、唇を重ねた。
「愛してるぜ・・・」
宍戸の耳元でそう呟くと俺は目を閉じる。俺の血と宍戸の血が混ざりながら、あたりを紅
く染める。目を閉じた後も全てが紅かった。俺達は出逢うべきではなかったのかもしれな
い。出逢わなければ、お互いにこんなことにはならなかった。それでも、俺は宍戸と出逢
った運命を呪ってはいない。むしろ、感謝していた。こんなに一人の人のこと想い、そし
て想われ、共に逝けることはどんなに幸せなことだろう。意識が消える直前、俺はしっか
りと宍戸の手を握りなおす。絶対に離れないようにとの願いを込めて・・・。

悲しい思い出を包み込みながら、一面に咲く曼珠沙華は紅さを増す。そんな天蓋花に導か
れ、この世では想いを実らせることの出来なかった二つの亡躯が、紅い闇へと堕ちていっ
た・・・。

                                END.

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