「なあ、跡部、今日の帰りどっか寄って何か食べに行かねぇ?」
「あーん?俺は今、小遣い前で金がねぇんだよ。テメェが奢ってくれるっつーんなら行っ
てやってもいいけどな。」
「別に飯代くらいだったら、全然構わねぇぜ。なあ、行こうぜ。」
今日は休日前の金曜日。明日が休みでゆっくり出来るということで、宍戸は跡部を食事に
誘った。しかし、学園一の金持ちの宍戸とは対照的に跡部は氷帝学園には珍しいごくごく
一般階級の家庭。なので、月末ともなれば毎月もらっているお小遣いも足りなくなってき
てしまうのだ。
「何食う?テメェの好きなものでいいぜ。」
「別に何でもいいぜ。中華でもイタメシでも洋食でも。あっ、でも、あんまり高い店には
すんなよ。」
「俺が金払うんだから、値段は気にすることねぇだろ。うーん、俺としては今日は中華な
気分なんだよなあ。それでいいか、跡部?」
「ああ、構わねぇよ。」
「よし、じゃあ、夕飯は中華で決定な!!」
久しぶりに跡部と食事が出来るということで、宍戸はうきうきした様子で笑った。そんな
宍戸を見て、跡部もふっと笑う。確かにかなりの金持ちなのだが、金持ちらしい雰囲気が
宍戸には全く見られない。家庭教師や何かはついているはずなのに、成績は中ぐらいで、
テスト前になれば自分を頼ってくる。お小遣いも普通の中学生では、考えられない程の額
をもらっているのだが、それを鼻にかけたりは決してしない。そんな宍戸が、跡部はとて
も気に入っていた。
キーンコーンカーンコーン
「あっ、チャイム鳴っちまった。」
「5限目は古典だったか?」
「おう。じゃあ、また後でな、跡部。」
「ああ。」
チャイムが鳴ってしまったので、宍戸は自分の席へと戻ってゆく。ニコニコしながら、去
ってゆく宍戸を見て、跡部も何だか胸が弾んでくる。今日は夕飯を食べながら、ゆっくり
話でもしようと考えながら、机の上に出した教科書を広げた。
部活が終わり、跡部と宍戸は夕飯を食べるため、宍戸行きつけの中華レストランに行く。
さっきの跡部の意見を聞いて、宍戸はいつも行っているレストランの中でも一番安い店を
選んだ。
「・・・おい、宍戸。」
「ん?どうした?」
「確かにテメェが金を払うから問題はねぇけどよ、いくら何でもこれは高すぎだろ。」
「へ?そうか?跡部がそんなに高い店にすんなっていうから、一番安い店選んだつもりだ
ったんだけど・・・」
宍戸にとっては安いが跡部にとっては見たこともないほど高い値段ばかりであった。かに
玉やエビチリなどそれほど高いイメージのないお決まりのメニューもゆうに一品3000
円は越えている。まさかこんなに高いものばかりとは思わなかったので、跡部は選ぶにも
選べない。
「好きなの選んでいいぜ。値段は気にすんな。」
「そんなこと言われてもよ・・・」
やはり値段は気になってしまう。仕方なく跡部はメニューの中でも一番安いものを選んだ。
跡部が遠慮していることに気づいた宍戸は、自分が頼めば跡部も食べてくれるだろうと思
い、自分が食べれる以上の品を注文する。
「これと、あとこれ。それからこれもお願いします。」
「おい、宍戸・・・」
「遠慮すんなって言っただろ?今のは俺が注文した料理だからな、文句は言うなよ。」
ニッと笑って宍戸はそう言う。確かに宍戸が何を頼もうが文句は言えない。どんな金銭感
覚をしているんだと半ば呆れながら、跡部は大きな溜め息をついた。
「おっ、来たみたいだぜ跡部。」
ウエイターが次々に運んでくる料理を見て、跡部は目を疑う。今までに見たこともないほ
ど豪華な中華料理が、次々と目の前に置かれる。
「すげぇ・・・」
「俺、一人じゃこんなに食えねぇからよ、跡部も食え。せっかく注文したんだから、食わ
ねぇと勿体ねぇだろ?」
「あ、ああ。」
宍戸にまんまとしてやられたと跡部はただ頷くしかなかった。もう気にせず食べるかと、
小皿に取り、口に入れるとその美味しさに舌がとろけそうになる。
「・・・・・・」
「どうだ?跡部。美味いか?」
「すっげー、美味い。」
「へへ、よかった。」
跡部の美味いという言葉を聞いて、宍戸は本当に嬉しそうにニッコリと笑う。その笑顔に
跡部はノックアウト。料理は美味いし、宍戸は可愛い。最高のコンボだと思いながら、跡
部は宍戸が頼んだ料理を遠慮せずにパクパクと食べ始めた。
「あー、久しぶりにこんなにたくさん飯食った。」
「俺もー。やっぱ、跡部と食べる食事は一段と美味いぜ。」
「何言ってやがる。少し休んだら出るか。」
「そうだな。」
たくさんの料理を食べ終え、大満足の二人はしばらく食休みをした後、店を出る。レジで
の会計を見て、跡部は目を疑った。しかし、宍戸は別に驚いた様子もなく、表示された金
額を現金で払う。
「ありがとうございましたー。」
「思ったより安かったな。」
「ありえねぇ。二人で夕飯食っただけで、三万超えるってどういうことだよ。」
「別にいいじゃねぇか、美味かったんだからよ。」
宍戸が注文した品がかなり高いものだったので、合計金額は三万円ちょっと。普段そんな
に高いものを食べたことのない跡部にとっては、信じがたい金額であった。
「そんなことより、この後、どうする?まだ、うちに帰るには少し早いと思うんだけど。」
「そうだなあ・・・久しぶりにゲーセンにでも行くか。」
「ゲーセンか。いいんじゃねぇ?俺、ゲーセンなんて滅多に行かねぇし。今はどんなゲー
ムがあるか気になるしな。」
跡部はちょくちょくゲームセンターに行くのだが、欲しいゲームがすぐに手に入ってしま
う宍戸はそんなところに行く必要がない。しかし、跡部と行くなら別だ。今はどんなもの
が流行っているのか、そんなことも気になり、腹ごなしに近くのゲームセンターに行くこ
とにした。
「へぇー、今はこんなのが流行りなのか。」
UFOキャッチャーの中をのぞきながら、宍戸は面白いなあと感心する。あまりにも物珍
しそうにしている宍戸を見て、跡部は対戦系のもので軽く勝負をしてみたくなった。
「なあ、あっちに格闘ゲームあるんだけど、ちょっと勝負しねぇ?」
「おっ、いいぜ。」
「1分で倒してやるよ。」
「なっ!?俺だって負けねぇぜ!!」
跡部の挑発に乗り、宍戸は勝負を受けて立つ。何度か試合をしたが、何度やっても跡部の
圧勝。普段から頻繁に来て、鍛えてる跡部に敵うはずがない。
「くっそー、くやしいー!!」
「俺様に勝とうなんざ、百年早ぇーんだよ。」
「もうやーめた。なあ、跡部、あれなんだ?」
宍戸が指差したのは、コンビニキャッチャーだ。パタパタとその機械の前まで駆けてゆき、
宍戸はそのガラスの中をじっと眺める。
「ああ、これはコンビニキャッチャーだ。見たことねぇか?」
「おう。初めて見た。」
「お前、ホンット世間知らずだよな。」
「別にいいじゃねぇか。で、これどうやるんだ?俺、あのいろんな色の鈴がついてるキー
ホルダーが欲しい。」
七色の小さな鈴がついたキーホルダーを指差して、宍戸は跡部に尋ねる。そんなに難しい
ものじゃないと、跡部はやり方を宍戸に教えてやった。
「よっし、じゃ、行くぜ。」
跡部の指示通りに動かすが、初めてとなるとなかなか思うようにいかない。何度かやって
みたが、全く掴むことすら出来なかった。
「う〜、これ難しいぞ、跡部。」
「下手くそだな。あの鈴、取りゃいいんだよな?」
四苦八苦している宍戸を見かねて、跡部は財布から百円玉を取り出し、機械に入れる。そ
して、宍戸の欲しがっている鈴を狙い、バーを動かしてゆく。
ウィーン・・・
「おおっ!すげぇ!!」
ポトン・・・
「ほら、取ってやったぜ。俺、これ得意なんだよな。」
「わあ、サンキュー跡部!なあなあ、じゃあ、これと同じのもう一個取ってくれよ!!」
「あーん?・・・そんなに金ねぇんだけどな。仕方ねぇ。」
財布の中身を気にしつつ、跡部はもう百円投入し、宍戸が持っているのと同じ鈴を狙う。
手持ちがそんなにないということもあり、跡部は二つ目の鈴も何の苦もなくゲットした。
「取れたぜ。」
「すっげぇ、跡部!!さっすがあ!」
「で、二つもどうすんだ?こんなもん、一つあれば十分だろ。」
二つ目の鈴を受けとった宍戸は、さっき取ってもらった鈴を跡部に手渡す。
「へへへー、おそろいでつけようぜ。」
嬉しそうにそう言う宍戸に、跡部はドキドキしてしまう。どうしてこんな可愛いことを言
ってくるのかと、赤くなる顔を隠すために顔を覆った。
「どうした?」
「い、いや、別に・・・」
「やっぱ、おそろいでつけるのは嫌か?」
「そんなことねぇよ。な、なかなか綺麗な鈴だしな!いい趣味してると思うぜ。」
動揺してるのを誤魔化すような言葉を跡部は言う。跡部の様子がおかしいとは思うが、宍
戸はそんなことをいちいち気にしてはいなかった。
「よかった。そろそろゲームセンター飽きちまった。他のとこ行こうぜ、跡部。」
「あ、ああ。」
興味のあるものがなくなってしまった宍戸は、跡部の腕を引き、外に出ようとする。飽き
っぽく、少々自分勝手に振る舞うところは、やはり金持ちの家で甘やかされて育ったとい
う感じだ。しかし、跡部にとっては宍戸のそんな態度も、自由奔放な猫を相手にしている
ようで楽しくてたまらなかった。
「もうすっかり暗くなっちまったな。」
「ああ。もう帰るか?」
「いや、まだ帰りたくねぇ。跡部はもう帰んなきゃダメか?」
寂しそうな顔をしてそんなことを尋ねられたら、もう帰るなどとは言えない。帰りたくな
いオーラを出しまくっている宍戸の手を取り、跡部はすっと歩き出した。
「テメェがまだ帰りたくないと思うなら帰らねぇよ。」
「えっ、じゃあ、どこ行くんだ?」
「公園にでも行こうぜ。この時間帯だったら、ほとんど人がいない場所知ってるからよ。」
「分かった。」
跡部に連れられるまま、宍戸は歩いてゆく。跡部に連れてこられた公園は、緑が多く、外
灯も最小限にしかつけられていなかった。
「結構暗いな。」
「ああ。おっ、あそこのベンチ空いてるぜ。座るか。」
「おう。」
淡い光の下のベンチに二人は腰かける。夜風の気持ちよさに浸りながら、どちらもその静
けさと何とも言えない雰囲気をしばらく味わった。キラキラと星がきらめく夜空を見上げ、
跡部はふと呟く。
「今日はありがとな、宍戸。」
「へ?何が?」
「美味い飯食わせてくれてよ。あんな御馳走はテメェとじゃねぇと食えねぇからな。」
「別にいいぜ、そんなこと。そしたら、俺だってテメェにお礼言わなきゃだぜ。この鈴、
取ってくれてあんがとな。」
チリンと虹色の鈴を鳴らしながら、宍戸は笑う。その表情を見て、跡部は無意識に宍戸の
頬に手を添えていた。そして、自然と顔が近づいてゆく。何をされそうなのかは分かって
いたが、宍戸は全く動かなかった。それどころか自ら瞳を閉じ、触れるべきところが触れ
るのを待つ。
『・・・・・・』
今までにない静寂が辺りを包む。触れ合った唇から感じるお互いの気持ち。その心地よさ
に全身を包まれた後、二人はゆっくりと瞼を開けながら唇を離した。
「あっ・・・悪ぃ。」
いつの間にかしていた行動に跡部は謝罪の言葉を述べる。
「何で謝んだ?」
「いきなりキスしちまってよ。嫌だったよな?」
「そんなことねぇぜ。すっげー嬉しかった。こんなムード満点のところでキス出来るなん
て最高じゃん。」
へらっと笑いながら、宍戸はそんな言葉を返す。その言葉に跡部は抑え切れない胸の高鳴
りを感じる。
「・・・なあ、宍戸。」
「何?」
「俺はテメェといると、普段は食べれないようなものが食べれたり、いろんなところに行
けたりして、すげぇ贅沢が出来る。」
「ああ。」
「でもな、俺が本当の贅沢だと思うのは、金を使うよりも時間を使うことだと思う。」
「時間を使う?」
「時間は金で買えねぇだろ?しかも、過ぎた時間はどんなことがあってももうもとには戻
らねぇ。」
「そうだな。」
跡部が何が言いたいのかまだよく分かっていないが、宍戸は跡部の言うことに頷く。
「俺にとって、テメェといるこの時間は、最高に贅沢な時間だ。」
「えっ・・・?」
さらっと言う跡部の言葉に宍戸はドキンとする。時間を使うことが一番の贅沢だと言った
後に、今自分と過ごしているこの時間を最高に贅沢な時間だと言った。それは自分といる
時間を相当価値のあるものとして見てくれている証拠だ。ドギマギして、何も言えないで
いると跡部はさらに言葉を続けた。
「テメェといるとな、金に関する贅沢も出来るし、時間に関する贅沢も出来る。俺は二重
の贅沢をいつもテメェからもらってる。本当に感謝してるぜ、宍戸。」
普段は生意気なことばかり言う跡部が、穏やかに微笑みながら自分に感謝していると言っ
ている。信じられないが、それは確かに跡部の心からの言葉だった。嬉しくて、恥ずかし
くて、宍戸の顔は熟れた林檎のように赤くなった。鼓動が速くなりすぎて、何を言ったら
よいのか分からなかったが、とにかく何かを伝えないとと思い、宍戸はたどたどしくなり
ながらも自分の想いを言葉にする。
「お、俺もな、跡部といるとすごい楽しくて、わくわくして、でも、ドキドキすることも
あって・・・もっともっと一緒にいたいと思っちまうんだ。俺はすごいワガママだし、バ
カだし、跡部に迷惑かけてばっかかもしんねぇけど、それでも、俺は跡部といつでも一緒
にいたいと思う。」
「宍戸・・・」
「だから、俺にとってもテメェと一緒にいる時間が、一番贅沢な時間だ。」
一生懸命な宍戸の言葉に跡部は感動。思わずぎゅっと体を抱き締めてしまう。
「わっ・・・」
「マジ、嬉しいぜ。俺なんかじゃ不釣り合いかもしれねぇけど、それでもいいならずっと
テメェの側にいさせてくれ。」
「不釣り合いなんかじゃねぇよ。跡部に側にいて欲しい。」
心からのお願いごととして、宍戸は跡部の背中に腕を回しながらそんなことを言う。お互
いの気持ちが一つになるようなふんわりとした感覚を二人は感じる。率直な言葉は交わし
ていないが、確かにその気持ちをお互いに持っている。それは、触れ合う全ての部分から
伝わっていた。そして、ふとその言葉が口をつく。
「・・・好きだぜ、宍戸。」
ハッキリ言われたのは初めてだったので、宍戸は顔に熱が集まってくるのを感じる。そん
な顔を見られたくなくて、跡部の肩に顔を埋めたまま、小さな声で呟く。
「・・れも・・・きだ・・・」
「アーン?何だよ?聞こえないぜ。」
「俺も・・・跡部が好きだ。」
「そうか。嬉しいぜ、宍戸。」
耳元で囁かれ、宍戸はどうしようもない嬉しさと心地よさを感じる。跡部も同じようなこ
とを感じていた。夜風に吹かれ、贅沢な時間を過ごす。しばらくこのままでいたいと二人
自分達の中の時間を止めるのであった。
END.