ここは夜の街、新宿歌舞伎町二丁目。今日も一仕事終えた跡部は、暁と呼ぶにふさわしい
時間に家路を辿っていた。跡部はホストクラブ『ICE EMPEROR』のNo.1ホ
ストである。そのため、その仕事量は他のホスト達に比べて半端なく多い。そんな大変な
仕事を今日も軽やかにこなした跡部だが、やはりこの時間になると多少の疲れが表れてく
る。
「はあ・・・」
他の者には聞こえないほどの溜め息をつきながら、静まり返った道を歩いていると、跡部
の目に意外なものが映る。今は使われていない雑居ビルの下で、派手な服を着た一人のホ
ステスが気を失っている。おそらく飲み過ぎでその場から動けなくなり、意識を失ってし
まったのであろう。見たことのある顔だったが、誰だかは思い出せない。普段ならこんな
酔っ払いは放っておくのだが、今日はどうもそんな気にはなれなかった。ひょいとその体
を抱え上げ、姫抱きのような形で歩き出す。そして、そのまま自分の家へと連れて帰った。
自分の家に到着した跡部は、ひとまず連れて帰ってきたホステスを自分のベッドに寝かせ、
手早くシャワーを済ませる。仕事着とは違うゆったりとした部屋着に着替えると、髪を拭
きながらベッドの方へと向かった。
「このままは少しキツイだろうな。」
仕事着のまま眠るのはあまり好ましくないと跡部は少し気が引けるなあと思いつつも、連
れてきたホステスを着替えさせてやることにした。体を起こそうとするとヒラリと何かが
ベッドの下に落ちた。
「ん?何だ?」
ベッドの下に落ちた一枚の紙はどうやら名刺のようだった。それを拾い上げて見てみると、
そこには『Empress 宍戸リョウ』と書かれている。『Empress』といえば、
最近勢力を上げてきているホステスの店だ。噂は自然と耳に入るので、そこのNo.1ホ
ステスが『宍戸』という名前だということだけは知っていた。
「へぇ、コイツが宍戸か。確かに美人ではあるな。」
顔にかかる髪をかき上げ、跡部はそんなことを呟く。知らなかったとはいえ、なかなか興
味深い人物を連れてきたと跡部は口元を上げる。名前も分かったところで着替えさせてや
ろうと、服を脱がし始めると何か違和感を感じる。下着は確かにつけているのだが、それ
がまず何かおかしいのだ。それが何かを確かめようと跡部はしてはいけないと分かってい
ながら、ブラのホックを外してしまった。
「なっ・・・!?」
そうしたことでその違和感の正体が分かった。跡部は言葉を失う。確かに本物そっくりで
あるが、宍戸の胸は本物ではない。しかも、取り外しが可能らしいことが見て取れた。試
しに跡部はその偽物の胸を外してしまう。そうすると自分のものとほとんど変わらない裸
体が姿を現す。そう、宍戸はホステスでありながら、跡部と同じ男であったのだ。
「嘘だろ・・・?」
その状況が信じられず、跡部は強行策に出る。ここを確認してそうであれば、男と断定す
るしかない。恐る恐る跡部はスカートに手をかけ、本当は見てはいけない場所を見てしま
う。
「コイツ、マジで男かよ?信じらんねぇ。」
宍戸は確かに男であった。いまだに信じられないが、あるべきものがあったのだ。これは
もう疑う余地がない。あまりの驚きに呆然としてしまう跡部であったが、男であるのであ
れば、着替えさせることに対する抵抗はなくなる。躊躇うことなく着ている仕事着を脱が
すと、自分のシャツを代わりに着せ、またもとの通りに寝かせてやった。
「こりゃ、すげぇ秘密を知っちまったぜ。まあ、詳しいことはコイツが起きてから聞きゃ
いいか。ふあー、俺もひとまず寝ねぇとな。」
跡部のベッドは一人で眠るにはかなり大きく、余裕で二人で眠れる大きさはある。別に女
でないのであれば、そんなに気にすることもないだろうと跡部は宍戸の隣で、そのまま深
い眠りについた。
夜が明けてから数時間が経過した頃、ふと宍戸は目を覚ました。重たい目をゆっくり開け
ると目の前には、知らない男が眠っている。あまりの驚きに宍戸は声にならない声を上げ
た。
「〜〜〜〜っ!?」
ガバッと起きて、あたりを見回す。どうしてこんな状況になっているのかを、理解しよう
とするが、仕事が終わってからの記憶が全くない。
(ここ、どこだよ〜?てか、コイツ誰だ?えっと、昨日は少し飲み過ぎちまって、仕事が
終わった後、帰ってる途中ですげぇ気分が悪くなって・・・その後・・・あれ?その後の
記憶が全くねぇぞ・・・マジどうすんだよ、俺!!)
宍戸がパニックになっていると、宍戸が起きたことに気がついたのか跡部も目を覚ます。
「おっ、起きたか。」
「っ!?」
「おはよう。よく眠れたか?」
「あっ、うっ、えーっとぉ・・・・」
初対面の跡部に何を話したらいいのか分からず、宍戸は全く言葉が出てこない。あまりに
も慌てまくっている宍戸を見て、跡部はくすくすと笑った。
「そんなに困らなくてもいいぜ。俺が勝手に連れて帰ってきたんだからよ。」
「そ、そうなの?」
「ああ。ただ、ちょっとテメェに関してとある秘密を知っちまったけどな。」
「・・・何?」
「テメェ、『Empress』の宍戸だろ?噂のNo.1ホステスの。」
「ま、まあ・・・」
「テメェ、何で男なのにホステスしてんだ?」
率直な跡部の質問に宍戸はぎくっとなる。何故、自分が男だということを知っているのか。
今まで誰にもバレたことがなかったのにと、宍戸は跡部の顔を見た。
「な、何で俺が男だってこと知ってんだ?今まで誰も気づかなかったのに。」
「仕事着のまま寝かすのはよくねぇと思ってな。俺の部屋着に着替えさせたんだよ。その
時に気づいちまった。」
「そうか。・・・なら、仕方ねぇな。」
バレてしまったなら仕方ないと、宍戸は特に怒りもせず、その事実を受け入れる。思った
より素直に認めたなと跡部は逆に驚いた。
「ところで、テメェは誰なんだ?見たことはあるような気がするんだけどよ。」
「俺は『ICE EMPEROR』No.1ホスト、ケイゴだ。」
「うっそ、テメェがあの有名なケイゴか!?」
「ああ。何だよ、俺のこと知ってんのか?」
「当たり前だろ!『ICE EMPEROR』のケイゴって言ったら、歌舞伎町では知ら
ない奴いないぜ。へぇー、そうなんだ。すっげぇ、俺、一度会ってみたいと思ってたんだ
よな。」
跡部の名前を聞いて、急に宍戸の顔色が変わる。ホステスの間でも跡部は有名で、ある意
味アイドル的な存在であった。宍戸からすれば、アイドルとは思えなかったが、興味があ
るのは確かだった。そんな跡部が今目の前にいるのだ。こんなにすごい状況はない。
「そうだ、さっきの質問の答えまだ答えてねぇぞ。ちゃんと教えろよ。」
「は?何だっけ?」
「テメェは男なのに何でホステスやってんだって質問だ。」
「ああ。それか。うーん、別に聞いても面白くねぇぞ。」
「面白い、面白くないの問題じゃねぇよ。俺が興味あるんだ。教えろよ。」
跡部にそう尋ねられ、宍戸はしばらく考える。別に言えないことではないが、どういう反
応をされるかは想像がつかない。しかし、そんなに聞きたがっているなら別に教えてもい
いかと宍戸は口を開いた。
「単純な理由だぜ。俺、女より男の方が好きなんだ。女には全く興味がわかねぇ。だから、
男を相手に出来るホステスをしてるってわけだ。もちろん男ってバレねぇように、普段は
もっと女らしい言葉でしゃべってるし、声も変えてる。実際、テメェにバレる前は一度も
男だってバレたことねぇしな。」
さらっとすごいことを言ってくる宍戸に跡部は再び驚かされる。しかし、それはそれで、
さらに興味深い。跡部にとって、宍戸は男ということを除けば、かなり好みのタイプであ
った。
「へぇ、なるほどな。じゃあ、男相手にそういうことをしたこともあんのか?」
「なっ!お前、結構ディープなとこまで聞いてくる奴だな。残念ながら、今のところはね
ぇよ。言っただろ?俺は、まだ誰にも男だって気づかれてねぇって。そういうことしたら、
一発でバレるじゃねぇか。」
「あー、確かにそうだな。それじゃ、テメェはまだヴァージンってわけか。」
「ま、まあ、一応、そういうことになるな。」
これはいいことを聞いたと跡部は心の中でニヤける。だったら、自分が一番初めの男にな
ってやろうと跡部はすっと宍戸の頬に手を添えた。
「な、何だよ?」
「俺はもうテメェが男だって知ってる。」
「あ、ああ。そうだな。」
「だったら、今更バレる心配なんてしなくていいよな?」
「お、おう。」
「ヤラせろ。」
「は?」
跡部の一言に宍戸はポカンと口を開ける。跡部は歌舞伎町では有名なホストだ。ノンケで
あるのは確かなのに、何を言っているのかと宍戸は自分の耳を疑った。驚きから何も言え
ないでいると、跡部の唇が自分の唇に触れる。誘うようなそのキスの仕方にまずいと思い
つつ、宍戸は跡部のペースにすっかりハマってしまった。
「ふ・・・ぅ・・・ん・・んんっ・・・」
「なあ、いいだろ?俺様が初めての男になるんだぜ。」
「お、俺は別に構わねぇけどよ、テメェ、ノンケだろ?俺なんて相手にしていいのかよ?」
「ああ、テメェは他の奴にはない魅力がある。それに俺はテメェに今までに感じたことの
ないほど興味を持ってんだ。テメェのことがもっと知りてぇ。安心しろ。男相手はテメェ
が初めてだからよ。」
「そりゃそうだろ。ま、お前がいいっつーんなら、構わねぇぜ。ただし、後で文句を言う
のはなしだからな。」
「それくらい分かってんよ。」
どちらも半分は興味本位でそういうことをしてみようということになった。しかし、これ
がこの後の二人の生活を大きく揺るがすことになってしまうのであった。
仕事着に着替えつつ、二人は先程のことにショックを受けて、何も会話を交わせないでい
た。そのショックとは、マイナス的なショックではなく、どちらかと言えば、プラス的な
ショックであった。
(すること自体初めてだったけど、アレってあんなにいいもんだったのか?アイツが上手
いってのもあるかもしれねぇけど、これはマジでヤバイって。あんな気持ちイイ経験って
今までないぜ。こんなんじゃ、全然仕事に集中出来ねぇよ〜。)
想像以上に跡部との行為が気持ちよかったために、宍戸はもうドキドキしまくりだった。
跡部の顔を見るたびに顔から火が出そうなほど恥ずかしくなる。今日も夜からもちろん仕
事があるのだが、それさえもまともに出来なくなるのではないかと思うほど、宍戸の心は
乱れていた。
(今まであんなによかったSEXしたことねぇぞ。アイツ、初めてって嘘じゃねぇのか?
でも、反応は確かに初々しかったし、実際自分でそう言ってんだからそれは嘘じゃねぇん
だろうな。ヤベェ、さっきのアイツの顔とか声が頭から離れねぇ。どうすんだよ、俺。)
跡部にとっても宍戸との行為は、今までに経験したことないほどよいものであった。宍戸
の姿をみるたびに、先程のことが蘇る。今まで何人かの女性と付き合ったことはあったが、
こんな気持ちになるのは初めてだった。初めて見たときから、ある程度惹かれている部分
もあったが、体を重ねたことで更にその感情は強くなってしまった。
「宍戸。」
「な、何・・・?」
「テメェ、仕事何時からだ?」
「えっと、7時。」
「俺もそれくらいだ。だが、一緒に出るのはまずい。時間差で出ねぇと怪しまれちまうだ
ろ?」
「確かにそうだな。んじゃ、俺、もう行くな。今の時間なら跡部もまだ余裕あんだろ?」
「ああ。」
お互いに今感じていることを誤魔化すかのようにそんな会話を交わす。とにかく今は一緒
にいるのはまずい。宍戸はさっさと跡部の部屋から出て行こうとする。
「おい、宍戸!」
部屋のドアを出ようとしたところで、止められる。宍戸はドキンとしながら、立ち止まっ
た。
「・・・何だよ?」
「これ、俺の携帯の番号だ。この番号を教えるのは、俺が本当に心を許している奴だけだ。
少なくとも客には絶対に教えねぇ。何かあれば、連絡しろ。」
「分かった・・・」
跡部から受けとったそのメモを宍戸はぎゅっと握り締める。そして、パタパタと部屋を出
て行った。
「ふっ、まいったな。こんなにハマっちまう奴が出来るなんて思わなかったぜ。さてと、
どうしたもんか・・・」
ホストを始めてから、誰か一人だけを好きになることは絶対にないと思っていた。しかし、
そんな人物がほんの少しの偶然から突然現れた。高ぶる気持ちを抑えられず、跡部は苦笑
しながら、仕事に行く用意をし始めた。
それから約一週間、跡部も宍戸も何とか自分の気持ちを誤魔化しながら、いつも通り仕事
をこなした。しかし、次の日にやっと休みが取れると思った夜、偶然お互いに客と一緒に
歩いているところを目撃してしまう。その時は、素の感情を出すわけにはいかないので、
何事もなかったかのように振る舞ったが、どちらも胸が張り裂けんばかりの嫉妬心を感じ
ていた。二人の想いはもう自分ではコントロールが利かなくなるほど、いつの間にか膨れ
あがっていたのだ。
「あー、やっぱり、もうダメだ。こんな状態耐えらんねぇ!」
自分の家に帰った宍戸は、気持ちを誤魔化すことの限界を感じていた。跡部に会いたくて
仕方がない。このままの状態では、心が壊れてしまうと、宍戸は手帳に挟んでおいたメモ
を取り出した。そして、そこに書かれた番号をゆっくりと押してゆく。
トゥルルル・・・トゥルルル・・・・・
呼び出し音が鳴る度に宍戸の鼓動はだんだんと速くなってゆく。あまりにも緊張するので、
切ってしまおうと思った瞬間、電話に出る音が聞こえた。
『もしもし?』
「あ・・・跡部っ・・・?」
『・・・宍戸か?』
「おう・・・」
『どうした?』
「・・・会いてぇ。もう耐えられねぇよ・・・・跡部。」
半泣き状態の宍戸の声を聞き、跡部の宍戸に対する想いも一気に爆発する。
『俺も今日は休みだ。会おうぜ、宍戸。俺の家、分かるよな。今すぐ来い。』
「分かった。」
電話を切ると宍戸は着の身着のまま家を飛び出した。早く跡部に会いたい。その一心で宍
戸は出せる力を全て出し、全力で走った。
バタンッ!!
宍戸が来るのが分かっているので、跡部は家の鍵はもともと開けておいた。そんな扉を宍
戸は勢いよく開ける。息を切らした宍戸の姿を見て、跡部はどうしようもない愛しさを感
じる。
「ハァ・・・ハァ・・・跡部・・・」
「よく来たな、宍戸。」
今まで会いたかった気持ちが一気に溢れる。跡部は心を込めて、宍戸の体を抱き締めた。
走ってきたことで乱れている呼吸を整えながら、宍戸も跡部の体を抱き締め返した。
「会いたかった、跡部。もうダメだ、俺。あの仕事続けられねぇ。どんな奴を相手にして
ても、頭の中は跡部のことでいっぱいだ。俺はもう、跡部のことしか考えられねぇ。」
「俺も会いたかったぜ。この一週間、何十人の女を相手にしてきたが、テメェに敵う奴は
誰もいねぇ。何しててもテメェの顔が頭をちらついて、どうしようもないくらい胸が苦し
くなる。今までこんな気持ちになったことはねぇ。」
出会ったときからお互いに惹かれ合い、気づいたときにはどうしようもないくらいに相手
のことを好きになっていた。その気持ちが今ここで爆発する。職業上、そんな気持ちは持
てないと思っていたため、その衝撃は半端なものではなかった。抱き合う腕を緩めると、
跡部は宍戸の手を引き、自分の部屋の中へと連れてゆく。
「跡部、俺、今の仕事辞める。」
部屋に入ると宍戸は立ち止まってそんなことを呟いた。
「いいのか?」
「だって、もう無理だもん。跡部以外の男を相手にする仕事なんて耐えらんねぇ。」
「でも、テメェはNo.1ホステスなんだろ?もうそんなチャンス巡ってこないかもしれ
ないんだぜ?」
「金はもう十分稼いだし、心残りはねぇよ。ただ、これはテメェが俺を受け入れてくれた
らの話だ。俺はテメェが好きだ。好きで好きで仕方がねぇ。俺と付き合ってくれ、跡部。」
宍戸の告白に跡部はしばらく返事をしなかった。その沈黙に宍戸はどうしようもなく不安
になる。
「・・・俺のセリフ、取られちまったな。本当は俺から言うつもりだったんだが。」
「えっ・・・?」
「俺も今の仕事は辞める。理由はテメェと全く同じだ。俺もまあ、億単位で稼いでるし、
辞めたところで生活に困ることはねぇだろ。」
「それじゃ・・・」
「ああ、俺もテメェのこと好きだぜ、宍戸。」
微笑みながらそう言う跡部の言葉に宍戸は胸を打たれる。涙が溢れそうになるのを必死で
堪えながら、無理矢理笑ってみせた。
「へへ、そしたら俺達この街から出ていかなきゃだな。」
「そうだな。」
「『Empress』の宍戸リョウはもう消えた。」
「『ICE EMPEROR』のケイゴもな。」
「だけど、この姿のままだったら、全てを捨てたことにならねぇ。」
「?」
「俺な、この黒髪すげぇ気に入ってて結構自慢なんだ。店でもかなり好評で、それで人気
があったって言っても言いすぎじゃねぇ。」
「確かに綺麗な髪だよな。俺もそう思うぜ。」
「サンキュー。だったら、この髪、跡部にやるよ。」
そう言って、宍戸は近くにあったハサミを手に取り、ポニーテールの根元からその自慢の
黒髪をバッサリ切ってしまった。それでも長すぎると言わんばかりにチョキチョキとさら
に短く切っていった。パラパラとフローリングの床に落ちる髪を見て、跡部は唖然として
しまう。
「ほら、これでもう女には見えねぇだろ。完璧な男だぜ。」
「ふっ、やるじゃねぇの。それなら、俺もそれくらいの心意気を見せねぇとな。」
宍戸の持っていたハサミを取り上げ、跡部も自分の髪を切ってゆく。跡部は宍戸と違い、
もともとそんなに長髪というわけではないので、切ってしまえば、それこそ本当のベリー
ショートになってしまう。
「おいっ、いいのかよ!?」
パラパラと落ちる黄金色の髪が宍戸の黒髪に混ざる。カタンとハサミを置いたときには、
別人のような短い髪型になっていた。
「これで本当にリョウもケイゴもいなくなった。ここにいるのは、跡部景吾と宍戸亮って
名前のただの二人の男だ。」
「そうだな。やっぱ跡部、カッコイイよな。その髪型も激似合ってるぜ。」
「テメェこそ、短髪も似合うじゃねぇか。俺としては長い方が好きだったけどな。」
「また伸ばせばいい。今度はその長さが、跡部といる時間を表すことになるんだからよ。」
「そりゃいいな。さてと、これからどこへ行くか。」
「跡部と一緒だったらどこでもいいぜ。どんなに遠くでもどんなところでもついて行って
やるよ。」
「それじゃ、ひとまずここを出るか。二人きりでゆっくり時間を過ごせる場所を探そうぜ。」
「ああ。」
稼いだお金以外は何もかも捨てて、跡部と宍戸はこの街を出て行った。No.1ホストと
No.1ホステスの突然の失踪は、歌舞伎町中の噂になる。ほんのちょっとした偶然が二
人の生き方をがらりと変えてしまった。しかし、二人にとってその偶然は、人生の中で最
も運命的で幸運な偶然だったのだ。
END.