湯月夜

リクエスト内容『跡宍で温泉旅行に行くお話』

「宍戸、温泉に行くぞ!」
「は?」
授業と授業の合間の休み時間に突然そんなことを言われ、宍戸はポカンとしてしまう。し
かし、跡部はいたって本気なようだ。
「次の休みでも、その次の休みでもいいからよ、テメェ、いつ暇だ?」
「えっ、ちょっと待てよ!いきなり何だよ!?」
「だから、温泉に行くって言ってんだろ。で、どうなんだよ?」
「別に今月の休みは特に予定が入ってねぇから、いつでも大丈夫だけどよ・・・。いきな
り温泉って、何があったんだよ?」
何の理由もなしにいきなり温泉に行くと言われても、困惑してしまう。跡部のことだから、
気分的なものもあるが、この唐突さはまた別に理由があるのだろうと、宍戸はそんなこと
を尋ねた。
「何があったかって言われたら、別に何もねぇけどよ、ついこの間、なかなかいい宿を見
つけてな。そこに行きてぇと思って。」
「へぇー。跡部にしてはまともな理由だ。」
「アーン?どういう意味だよ、それは?」
「言葉のまんまだぜ。それなら別にやってもいいけど、いつ行くんだ?」
「善は急げって言うしな。テメェの都合がつくなら、次の休みにでも行きたいんだが。」
「構わねぇぜ。でも、宿とかって予約必要だろ?今からで取れんのか?」
「俺様を誰だと思ってやがる。それくらい余裕だぜ。じゃあ、次の休みは俺んちに来いよ
な。」
「おう。唐突だけど、ま、楽しみにしといてやるよ。」
いきなりのお誘いであったが、最近特にこれと言って面白いことがなく、暇を持て余して
いたので、宍戸は素直にその誘いに乗ることにした。跡部との旅行ならば、それほどつま
らないこともないだろうと考えたのだ。

次の土曜日、宍戸は跡部の車に乗せられ、とある山に連れて来られた。途中までは、車で
移動だったのだが、途中からとても車では入れない道になり、そこからは歩いて行くこと
になった。
(うわー、どんだけ山ん中にあんだよ?激森だし。)
てくてくと跡部について歩きながら、宍戸はそんなことを思う。跡部のことだから、車で
パッと行って、パッと帰れると思っていたために、こんな山道を歩くというのは、宍戸の
中で予想外のことだった。
「ハァ・・・・」
「何だよ?もうバテてきてんのか?」
「そ、そんなことねぇ!!全然余裕だぜ!」
強がって見せるが、本当は慣れない山道にへとへとになっていた。もちろん跡部もそんな
ことは100%見抜いている。しかし、歩くのを止めることはしない。下手に休むと日が
出ている間に到着出来ない可能性があるのだ。
「そろそろだぜ。」
「ハァ・・ハァ・・・本当か?」
もう一時間強歩いているので、宍戸は息切れしていた。テニスを全力でやるよりもキツイ
と思いながらも、跡部の言葉に少し気分が楽になる。それから、さらに十五分ほど歩くと、
森を抜け、少し広めの原野に一軒の宿があるのが見えた。
「あの宿だ。」
辺りを見回してみても他に宿らしきものは見えない。こんな山奥にあるのだから当然かと
思いつつ、宍戸は早く宿で休みたいと最後の力を振り絞った。
「はあー、やっと着いたあ。」
入り口の前まで来ると、宍戸はへなへな〜と座り込んでしまう。歩き疲れて疲労度はピー
クに達していた。二人が入り口にいるのを察したのか、ガラガラと日本風の引き戸が開く。
「ようこそいらしゃいました。どうぞ、中へお入り下さい。」
着物を着た品のよい女将に招かれ、二人は宿の中へと入る。まるで江戸時代の御屋敷にタ
イムスリップしたような宿の中の様相に、二人は目を奪われた。
「すげぇー。」
「ここだけ、時が止まってるみてぇだな。」
「こちらのお部屋になります。」
二人が案内されたのは、この宿の中でも一番奥にある部屋だった。二人で泊まるには、少
し広いが、広すぎるということはない。その絶妙な感じに跡部も宍戸もひどく心を惹かれ
た。
「何かありましたら、すぐにお申し付けください。それではごゆっくり。」
にっこりと穏やかな微笑みを浮かべ、女将は二人の泊まる部屋から出て行った。その部屋
に荷物を置くと、宍戸はぐったりと畳の上に寝転がる。
「あー、激疲れたあー。」
「確かに結構歩いたからな。少し休んでから、温泉とかには入ろうぜ。」
「おう。そうしようぜ。もう一歩も動けねぇー。」
宍戸が寝転がって休んでいる間に、跡部は荷物の整理と部屋の備品チェックを行う。一通
り終わり、自分も少し休むかと座椅子に座布団を敷き、そこに座ろうとすると、宍戸がそ
のまま眠っていることに気がつく。
「寝ちまいやがった。」
仰向けのまま、スースーと寝息を立てている宍戸に、跡部は薄い布団を一枚出してやり、
それをかけてやる。しばらく起きそうにないと悟った跡部は、鞄の中から持ってきた本を
取り出し、座椅子に座り、それを読み始めた。

一時間程して、宍戸は目を覚ます。ムクっと起き上がり目を擦ると、欠伸をして、大きく
伸びをした。
「ふあ〜、あれ?布団がかかってる。」
「起きたか、宍戸。」
「あれ・・・?もしかして、俺、寝てた??」
「ああ。ぐっすりな。」
パタンと本を閉じ、テーブルの上にそれを置くと、跡部は棚の中から浴衣を出す。そして、
それを寝起きの宍戸に渡した。
「せっかく温泉宿に来てんだ。ここに居る間は、これ着て過ごそうぜ。」
「お、おう。あー、悪ぃな跡部。俺だけ寝ちゃって。暇だったろ?」
「いや、テメェの寝顔見てたから、全然飽きなかったぜ。時々、寝言も言うしな。」
ニヤニヤと笑いながら、跡部は宍戸をからかう。そんなことを言われて宍戸の顔は、かあ
っと赤く染まった。
「俺、寝言言ってた・・・?」
「ああ。俺の名前呼んだり、この場では言えないような恥ずかしいセリフも言ってたぜ?」
「う、嘘だろ?」
「ああ、嘘だ。」
動揺しまくってる宍戸を見て、跡部は笑いながらそう切り返す。完璧にからかわれている
と気づいた宍戸は、むーっと不機嫌そうな顔になって跡部を見る。そんな顔も可愛らしい
と思いながら、跡部はそんな宍戸に軽くデコピンをして立ち上がった。
「そんな顔してんじゃねぇよ。さっさと着替えるぜ。」
「痛ってぇ。何すんだよ!?」
「俺様を待たせた罰だ。軽いもんだろ?」
「う〜。」
そう言われてしまうと、言い返せない。納得いかないなあと思いつつも、宍戸も浴衣に着
替え始めた。
「やっぱ、浴衣着ると温泉に来てるって感じするよな!」
「そうだな。どうする?温泉は。飯の前に行くか?それとも食い終わってから行くか?」
「うーん、どうしよ・・・。でも、夕飯前に行くと、ちょっと慌てて入んなきゃいけなく
なるよな?」
「まあ、そうだな。一応、夕飯の時間は決まってるから。」
「じゃあ、夕飯食い終わってから、ゆっくり入ろうぜ。せっかく温泉に入るんだからゆっ
くりしたいもんな。」
時間を気にせず入りたいということで、二人は夕飯を食べ終わってから温泉に行くことに
した。もともと夕飯までは、あと三十分もなかったので、いずれにしても夕飯前に入りに
行くのは時間的にも実は厳しかったのだ。

夕食を食べ終えると、跡部と宍戸は早速温泉へ行く用意をする。この宿には、共同風呂で
ある室内風呂と、時間単位で貸切に出来る露天風呂とがあった。露天風呂は宿から少し離
れたところにあるのだが、もちろん跡部はそちらの方を選んだ。
「移動時間と着替えの時間含めて、一時間半は大丈夫らしいぜ。」
「へぇ。結構長いな。」
「それに、今日はあんまり宿泊客が多くないから、少しくらいゆっくりしても平気だとよ。」
「ラッキーじゃん!それじゃ、早く行こうぜ!」
宿の女将さんから、露天風呂の鍵を借りると、二人はタオルを持って外へと出た。露天風
呂までは徒歩3分ほど。貸切風呂にしては大きな脱衣所に二人は驚く。
「へぇ、結構デカイな。」
「本当、本当。しかも、風呂はもろに外で、洗い場はこの建物に付属してるらしいぜ。」
入り口にある貼り紙を見ながら宍戸は言う。
「だったら、さっさと洗うとこは洗っちまって、温泉に浸かる時間の方をたくさん取ろう
ぜ。」
「そうだな。じゃ、早速・・・」
もともと来ている物が浴衣なので、脱ぐのに時間はかからなかった。パッパと着ているも
のを脱ぎ、洗い場に入ると、備えつけられているシャンプーやボディーソープで、二人は
髪や体を洗う。
「すっげぇ、このボディーソープ、超泡立つぜ!!」
「本当だな。でも、そんなので遊ぶよりかは、俺は早く風呂に入りてぇんだけど。」
「分かってるよ。そりゃ俺だって同じだ。」
泡立ちのよいボディーソープで遊ぶのも捨てがたいが、今回の目的はあくまでも温泉に入
ることだ。そんなボディーソープを使い、手際よく体を洗うと、二人は体中についている
泡を流し、露天風呂につながる扉を開けた。
「おー、すげぇ。」
「こりゃ絶景だな。」
外に出ると、月明かりに照らされてぼんやりと浮かぶ山々が見える。しかも、温泉が相当
澄んでいるようで、その水面に明るい月が映っている。
「想像以上にいい感じの風呂だな。」
「おう。何か入るのがもったいねぇくらい綺麗だぜ。」
「でも、入らねぇとどうしようもねぇだろ。」
「まあな。じゃあ、入るか。」
「ああ。」
岩の上に置いてある桶で、温泉のお湯を体にかけると二人はゆっくりとその中へと入る。
熱すぎず、ぬるすぎない。そんなほどよい温度の温泉に浸かり、二人は体から疲れが流れ
出ていくような心地よさを感じる。
「あー、気持ちいいー。」
「いい感じの温度だな。これなら少しくらい長く入っていても、のぼせなさそうだ。」
「これなら、ここまで歩いてきた疲れも完璧に取れるな。」
その言葉を聞き、跡部はふとあることを思いつく。宍戸は到着して、すぐ眠ってしまうほ
ど疲れていた。だったら、ここでその疲れを完璧に癒してやろうと、跡部は宍戸に触れ合
うほど近づく。
「な、何だよ?」
「俺様が、ここまで歩いてきた疲れ、完璧に癒してやるよ。」
「えっ?・・・どういうことだ?」
「この湯の中でマッサージしてやる。もちろん純粋なマッサージだ。エロいことはしねぇ。」
「本当か?」
ちょっと疑いつつも、本当にただのマッサージであればしてもらいたいと思っている。そ
んな宍戸の質問に、跡部は自信を持って答えた。
「ああ。そういうことは寝る前のお楽しみにとっておくぜ。」
「その言葉信じるからな!約束、ちゃんと守れよ!」
「当然だ。」
「なら、してもいいぜ。」
それならばと、宍戸は跡部に許しを出す。宍戸の体を比較的表面の滑らかな岩に寄りかか
らせると、跡部は宍戸の足首を掴んだ。
「宍戸、全身の力を抜いて体をリラックスさせろ。」
「おう。」
この心地よいお湯の中では、それはかなり容易であった。全身の筋肉を弛緩させると、宍
戸は後のことを全て跡部に任す。ゆっくりと足の裏を揉み解され、くすぐったさと同時に
心地よさを感じる。時折、ぐっと力強くツボを押され、痛みを感じる部分もあったが、温
泉のおかげで、宍戸にとってはそれさえも気持ちよく感じられた。
「痛くねぇのか?足ツボって、まともにやると相当痛いはずなんだがな。」
「痛いけど、それもまた気持ちいいみたいな?」
「さすが宍戸だな。超M的発言。」
「ばっ、そういう意味で言ったんじゃねーよ!!」
「ははは、冗談だ。よし、右足はこんなもんだろ。次は左足いくぜ。」
右足を終えると、今度は左足をマッサージし始める。温泉とマッサージのダブル効果で、
宍戸は極上のリラックス状態に入っていた。目をトローンとさせて、うっとりとしている。
「あー、すっげぇ気持ちイイー・・・」
そんな宍戸を見て、跡部はドキっとしてしまう。しかし、エロいことはしないと約束した
ので、ここでは手は出せない。
(あー、くそ、普通のマッサージしてやってるだけなのに、どうしてこう無駄に色っぽい
んだ!ヤッベェ・・・)
ドキドキしてくるのを誤魔化しつつ、跡部はマッサージを続ける。だんだんとうとうとし
てきた宍戸は、ここで眠ってはいけないと、跡部にマッサージをやめさせた。
「サンキュー、跡部。もう十分だぜ。これ以上されてると、また眠たくなってきちまう。」
「そ、そうか。」
「まだ、時間あるよな?」
「ああ。」
「それじゃ、今度は俺が跡部にお返ししてやるぜ。」
ニッと笑って、宍戸は跡部と場所交換をする。宍戸からマッサージをしてくれるのかと思
っていた跡部だったが、何故か宍戸は自分の足の上に乗ってくる。
「お、おいっ、宍戸?」
「跡部は、マッサージよりもコッチの方がいいだろ?」
そう言うと、宍戸は自ら跡部の唇にキスをした。そんな宍戸の行動に跡部はドッキリ。し
かも、一度だけでなく何度も何度もその柔らかい唇を重ねてくる。確かにマッサージより
は何倍も嬉しいが、さっきの今でこんなことをされては、我慢が出来なくなってしまう。
「・・・し、宍戸っ。」
「ん?どうした?」
「そうしてくれんのは、すっげぇ嬉しいんだけどよ・・・」
「おう。」
「さっきの約束、このままじゃ破っちまう。」
珍しく赤くなりながら、跡部がそんなことを言うのを聞いて、宍戸はクスクス笑った。跡
部にしては、相当我慢してる方だと感心している気持ちもあった。
「んじゃ、そろそろ上がるか?」
「えっ?」
「してぇんだろ?だったら、部屋戻ってちゃんとしようぜ。」
まさか宍戸からそんな言葉が聞けるとは思っていなかったので、跡部の理性は崩壊寸前。
しかし、何とか部屋までは我慢しようと気合入れつつ、宍戸を連れて部屋へと戻って行っ
た。

温泉に入った後のノリで、そういうことを存分に楽しんだ二人は、きっちり浴衣を着直す
と、外が見える側の戸を全開に、秋の風流な雰囲気を楽しんでいた。
「綺麗な音色だな。激秋って感じ。」
「そうだな。」
虫達が奏でる音色を聞きながら、二人は心地よいけだるさと満足感に浸る。少し離れて座
っている二人だったが、その距離をなくしたいと跡部は宍戸を手招いた。
「宍戸、もう少しこっちに来い。」
「お、おう。」
重い腰を引きずりつつ、跡部のすぐ傍まで移動すると、跡部は宍戸の膝を枕にゴロンと寝
転がった。
「・・・何だよ?」
「別にいいだろ。俺様がこうしたいんだからよ。」
「変な奴。」
ふっと笑う宍戸を見て、跡部はそんな宍戸がどうしようもなく愛しくなる。膝の横に置か
れた宍戸の手を取ると、跡部はその手に自分の指を絡め、ちゅっと軽くキスをしてやった。
「なあ。」
「ん?」
「テメェは、いきなりこういうとこ連れて来られて、嫌だとか思わねぇのか?」
「は?何のことだよ?」
「ここに来たいっつったの、かなり唐突だったろ。半強制的に連れて来ちまった感がある
し、ここまで来るまでに相当疲れてたみてぇだったからよ。」
「んなこと言うなんて、跡部らしくねぇな。」
「俺様だって、たまにはそういうことも思うんだ。」
宍戸を愛しく思えば思うほど、普段なら感じないこんな不安感がよぎる。大好きだと思い
すぎるが故に、ちょっとしたことでも嫌われるのが怖くなってしまうのだ。
「嫌じゃねぇよ。」
「えっ・・・?」
「確かにちょっと強引すぎるとこもあるけどよ、それが跡部だろ?第一、こんなすっげぇ
とこ連れてきてもらって、嫌がったりしてたら罰当たるぜ。」
「宍戸・・・」
「安心しろよ。俺は跡部のこと、心の底から本気で・・・・」
その続きの言葉を言うのが照れくさいのか、宍戸はそこでいったん口ごもる。しかし、こ
こまで言ったら言わないわけにはいかない。
「・・・好きなんだからよ。」
そんなことを言われ、跡部は心の中が暖かい気持ちで満たされていくのを感じる。宍戸は
本当に自分のことを想ってくれている。それがハッキリと分かり、跡部の不安は綺麗さっ
ぱり消え去った。
「な、何か言えよっ!恥ずかしいだろーが!!」
「すっげぇ嬉しいぜ、宍戸。俺もテメェのこと大好きだぜ。」
跡部のセリフに宍戸の顔は真っ赤になる。何か言われた方が恥ずかしかったと後悔するが、
もちろんそんな言葉を聞いて、嬉しくないわけがない。恥ずかしがりつつも、口元に笑み
を浮かべて、そっと跡部の頬にキスをしてやった。
「っ!」
「激恥ずかしいけど、たまにはこういうのもいいんじゃねぇ?」
「そうだな。」
お互いに照れつつも、その感じが嬉しくて仕方がない。虫の声を聞きながら、二人は秋の
夜長を甘い雰囲気の中で味わうのであった。

                                END.

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