穏やかな木漏れ日の中、ジローはうとうとと昼寝をしようと目を閉じていた。
やっぱ、ここでの昼寝は最高だなあ。今日の部活はサボっちゃおう〜っと。
と気持ちよく眠ろうとした瞬間、横っ腹に軽い衝撃が走った。どうやら誰かに蹴られたよ
うだ。
「いでっ!」
「おいっ、こんなところで寝てんじゃねーよ。さっさと部活行け。」
「何だよ、跡部〜。せっかく気持ちよく寝てたのにぃ。」
「お前、部活サボろうとしてただろ?ちゃんと行けよ。俺は監督に呼ばれてるからちょっ
と遅くなるけどよ。」
「むぅ〜、分かったよ。」
ジローはぶすっとした顔で立ち上がり、部活へ行こうとテニスコートに向かった。それと
は、対照的に跡部はテニスコートから校舎の方へと歩いて行った。
跡部の奴、むかつく〜!せっかく寝ようと思ったのに。あっ、そうだ。今、部活に行って
も跡部いないんだから、岳人達に協力してもらって仕返ししてやれ。
ジローは悪戯を思いついたようににぱっと笑って、軽い足取りで部活へと向かった。
「あっ、ジロー。」
「遅いで。」
部室に入ると岳人と忍足が着替えを終え、外に出ようとしていた。奥には滝と鳳もいるよ
うだ。
「ねぇ、ちょっとさ、みんなに頼みたいことがあるんだけど。」
「何だよ?」
「あのね・・・・」
ジローはさっき思いついたことを岳人や忍足、滝や鳳に話した。跡部に仕返しをするのだ
ったら、宍戸を使うのが一番効果的だと考え、跡部が宍戸と話せないようにしてしまおう
と岳人達に協力を求めたのだ。
「・・・というわけなんだけど。」
「ふーん。おもしろそうじゃん。」
「跡部さん、ヤキモチ焼きですからね。」
「仕返しっていうんなら、かなり効果的なんじゃないの?」
「ここに宍戸がいなくてよかったなあ。」
「うん。じゃあさ、跡部が来る前に宍戸のとこ行こう!」
ジローは4人を連れて、テニスコートへと向かった。テニスコートでは宍戸は一人で柔軟
をしている。
「宍戸ー!」
「おっ、お前らみんな遅ぇーぞ。」
「ちょっと、話し込んじゃって。」
「柔軟手伝ってやろうか?」
柔軟を手伝おうかと宍戸の背中に手を置いたのは岳人だった。ちょうどその時、跡部が監
督のところから帰ってきた。
「ああ、じゃあ少し手伝ってもらおうかな。」
岳人は宍戸の背中に体重をかけ、ぐーっと前に押し倒した。
「うあっ、痛ぇっ!が、岳人、もうちょっとゆっくり・・・・」
宍戸の声に気づき、跡部はそっちの方に視線を移す。
何やってんだ、あいつら。つーか、何で岳人が宍戸の柔軟の手伝いしてんだよ。何かむか
つく。
こんなちょっとしたことなのに、跡部はもう岳人達に対してヤキモチ焼いていた。
「何だよ宍戸。これくらいまだまだ序の口だぜ。ほら、もうちょっといけるだろ?」
「うわっ、いっ・・・岳人、マジ痛い・・・やめっ・・・」
本当に強く、それもかなり無理やり背中を押され、宍戸は痛みから苦しそうな声を上げる。
跡部にとってはその声やセリフが他のことを連想させるので、かなりイライラし始めてい
た。
本当、岳人何のつもりだ?柔軟なんて忍足とやりゃあいいだろうに。くそ、今すぐにでも
止めさせたいが、今ここで行ったらあいつら絶対俺をからかうだろうな。つーか、この程
度のことで嫉妬してるなんて宍戸にも思われたくねーし・・・
跡部のイライラはしだいに外に表れてくる。表情が険しくなり落ち着かないのだ。そんな
変化をジローは見逃さなかった。
うわあっ、効果てき面!もう、跡部イライラし始めてるよ。これはかなりおもしろくなり
そうだぞ。
ジローは忍足と鳳にそっと耳打ちをした。二人は笑いながら顔を見合わせ頷く。
「なあ、宍戸。俺と岳人、お前と鳳でダブルスの練習せぇへん?」
「ああ。いいぜ。」
宍戸は何も分かっていないので、快く頷いた。滝は跡部の方へ行き、そこから二組のダブ
ルスペアを見守る。
「じゃあ、行きますよ。一球・・・入魂!!」
「わっ、いきなりそれかよ鳳!!」
「いきなりサービスエース取られてしもうたわ。」
「やるじゃねぇか。長太郎。もう一球行け。」
「はい、宍戸先輩!」
いつものように仲良さ気にダブルスをしている鳳と宍戸を見て、跡部はさらにイライラを
募らせる。
「滝!」
「ん?何、跡部。」
「お前、鳳が宍戸とダブルスしてんの見て何にも思わねぇのか?」
自分だけが嫉妬していることが何となく許せなくて、滝にも同意を求めようと尋ねた。
「んー、別にー。」
「何でだよ!?普通、好きな奴が他の奴と仲良くしてたらむかつくんじゃねぇの?」
思ったよりガキっぽいことを言ってしまったと跡部はこんなことを言ってしまったことを
後悔した。さらに追い打ちをかけるようなことを滝が言う。
「だって、今日の放課後長太郎とデートする約束してるもん。別にあいつらはただのダブ
ルスのパートナーってだけだし。跡部、長太郎にヤキモチ焼いてるのー?」
「なっ!!」
その瞬間、跡部の顔がかあっと赤くなる。その顔を見て滝はニヤニヤと笑った。
バシィッ!!
「うっ・・・!!」
「忍足先輩!!」
「侑士!!」
跡部が滝を怒ろうとした時、コートの方で鈍い音が響き渡った。宍戸の打ち返したボール
が忍足の顔面に直撃したのだ。
「忍足!!おいっ、大丈夫か!?」
「あ、ああ・・・眼鏡は壊れてないみたいやしな。」
だが、忍足の頬は赤く腫れている。宍戸は慌ててベンチに戻り、自分のタオルを濡らし、
忍足に手渡した。
「ごめんな、忍足。痛いよな?」
「こんなん大したことあらへんって。心配せんといて。」
忍足は無理やり笑顔を作り、宍戸に笑いかけた。だが、実はこれも計算してしたことだ。
忍足の奴、何宍戸のタオル顔につけてんだよ!!俺でさえしたことないのに!
跡部の嫉妬は今度は忍足に向けられた。それをジローは遠くから見て楽しんでいる。
跡部の奴、怒ってる怒ってる。本当、ヤキモチ焼きだよなあ♪
「あーあ、忍足に怪我させちまった。ヤバイなあ。」
「そんなにひどくはなさそうだから大丈夫じゃない?だいぶ、汗かいてるね。はい、長太
郎、スポーツドリンク。」
「ありがとうございます。」
「宍戸もはい。」
「あっ、サンキュー・・・。」
滝に渡されたスポーツドリンクを宍戸は素直に受け取り飲む。さっきから、他のメンバー
が無駄に宍戸に構うので、跡部はイライラしまくって爆発寸前。
「しし・・・」
「宍戸ーっ♪」
跡部が声をかけようとした瞬間、ジローが元気よく宍戸に飛びついた。
「何だよ、ジロー。」
「あのねー、新発売のムースポッキー買ったんだ。あっちにあるんだけど食わねぇ?」
「えっ、くれんの!?」
「うん。一緒に行こう。」
「おう!」
ジローは宍戸を連れて行ってしまった。そして、振り向き様に跡部にアカンベーをする。
そこで気づいた。今までのことはジローが全て仕組んだということに。
さっきまでのあいつらの態度はジローが元凶だな。全く、さっさと宍戸を取りかえさねー
と。
ジローを追いかけようとテニスコートに出た時、日吉が跡部を呼び止めた。
「跡部部長。監督が呼んでます。」
もちろん日吉は悪気があってしたわけではない。本当に太郎に頼まれ、跡部を呼びにきた
のだ。だが、跡部はこれ以上ない怒りに満ちた表情で日吉を睨んだ。
何、跡部部長怒ってるんだろう?でも、まあ俺の所為じゃないし、まあいいか。
「日吉、それ本当だろうな?」
低い声で跡部は尋ねる。日吉はそんなことは全くお構いなしに無表情で頷く。
「はい。早く行ったほうがいいですよ。」
「ちっ。」
思い切り舌打ちをし、跡部は監督のところに向かう。その間にもジローは仲良く宍戸と話
していた。それを横目で見ながら、跡部は監督の話を聞いた。だが、宍戸の方が気になっ
てしまって全く耳に入って来ない。
「・・・ということなんだが。跡部、聞いているか?」
「・・・はい。」
太郎の話は思ったよりも長く、他の部員は先に帰ってしまった。
監督、何であんなに話長ぇんだよ。みんな帰っちまったじゃねぇか。宍戸もきっともう帰
っちまったんだろうな。特に今日は一緒に帰るとか約束してなかったし。それにしても、
ジローの奴、ホントむかつく!!今日、結局部活じゃ宍戸と一言も話せなかったじゃねぇ
か。くそ、くそ!!
跡部はそのイライラをぶちまけるように思いきり落ちていたボールをラケットで打った。
そのボールはフェンスに当たり、そこで止まる。
さっさと着替えて帰るか。はあー、今日は最悪の日だ。
誰も居ないと思われる部室に跡部はゆっくりと歩き始めた。
バンッ!!
跡部は怒りから力任せに部室のドアを激しく開けた。表情もかなり険しい。
えっ、えっ、何で跡部の奴、こんな怒ってんだ?俺、もしかして待ってちゃダメだったか
な・・・・。
一緒に帰ろうと跡部を待っていた宍戸は跡部の不機嫌さに不安になった。跡部の視界にま
だ宍戸は入っていない。
「くそっ!ホントむかつく!!」
ガチャンッ!
ロッカーを開ける手つきもかなり荒々しい。それも相当怒っているようなことがセリフか
らもよく分かった。
やっぱ、跡部相当怒ってるよ・・・。声かけたらヤバイかな・・・。
宍戸は怯えながらも勇気を振り絞って跡部に声をかけた。
「あ、・・・・跡部・・・・」
「何だよ!?」
怒ったような口調で跡部は振り向いた。その瞬間、宍戸はビクッと体をこわばらせる。
「・・・・しし・・・ど?」
振り向き、宍戸の姿を確認したと同時に跡部の表情が一気に変わった。
「えっと・・・ご、ごめん。俺、やっぱ、待ってない方がよかったか?」
オドオドしながら宍戸は上目使いで跡部に尋ねる。跡部はこの思ってもなかった展開にさ
っきまでのイライラが吹っ飛んでしまった。
「もしかして、俺が来るのずっと待ってたのか?」
「えっ、あ・・・うん。」
「他の奴、みんな帰ったのにか?」
「えっ・・・だって、跡部と一緒に帰りたいと思ったから。ダメだった?」
宍戸は跡部が怒っている理由を自分が部室に残っていたことだとすっかり勘違いしていた。
「いや、ダメじゃねぇけど・・・。だって、今日、お前・・・岳人とかジローとかといろ
いろしてたから、てっきりそいつらと帰ったのかと思ってた。」
「何で俺がその二人と帰んなきゃなんねぇんだよ。特に岳人なんていつも忍足と二人で帰
ってんじゃん。」
「そうだけど、三人でとか。じゃなかったら、ジローととか。」
「だから、何でだよ?ジローは俺にポッキーくれたら即帰っちまったし、あいつらも普通
に部活終わったらすぐに帰っちまったぜ。」
「そ・・・うか。」
跡部は何だか力が抜けてしまって、着替えもせずにそばにあった椅子にへなへなと座った。
「どうしたんだよ?」
「別に・・・。」
跡部が目を逸らし、何かを誤魔化すように振る舞っているので、宍戸は心当たることを尋
ねてみた。
「もしかして・・・あいつらに妬いてたのか?」
「!!」
図星を指されて跡部は動揺した。
「そ、そんなんじゃねーよ!」
跡部があまりにも動揺するので、宍戸は自分の言ったことが合っているのだと確信した。
「うわあ、跡部って意外とヤキモチ焼きなんだな。」
「だ、だから、違うって言って・・・」
「でも、うれしいぜ。」
跡部に対して後ろ向きに話していた宍戸だったが、ここでくるっと振り向き、照れたよう
な笑顔で言った。
「なっ・・・!」
「もし、跡部が俺があいつらと仲良くしすぎて妬いてたんなら、それは謝るよ。でもさ、
あいつら一応俺の友達だからそれくらいは勘弁してくんねーか?」
「別にそんなつもりじゃ・・・。」
「俺の特別は跡部だけだから安心しろよ。跡部は友達じゃねぇもん。」
宍戸のその言葉を聞いて、跡部はぐさっときた。友達じゃないなんてことを言われたら、
誰だって少しは傷つくだろう。だが、宍戸は跡部に近づいて行って、からかうように笑い
ながら、そして、ほのかに頬を染めながら呟く。
「だって、跡部は俺の恋人だろ?」
「・・・・そうだな。」
さっきの不機嫌さはどこへやら。跡部はふっと笑いながら立ち上がり、宍戸をぎゅっと抱
きしめた。
「やっぱ、お前最高。」
「あんがと。それよりお前さっさと着替えちまえよ。早く帰りてぇんだけど。」
「あー、すまねぇ。すぐ着替えるから待ってろ。」
「ああ。」
跡部は急いで制服に着替え、帰る仕度を済ませた。そして、戸締まりを確認し、部室を出
る。
「もうだいぶ日暮れちゃったな。」
「そうだな。監督、話長ぇーんだよ。」
「でも、お前があんなにヤキモチ焼いてたなんて本当意外。」
「うるせー。もうそれはいいだろ!」
跡部がまた不機嫌モードになりそうなので、宍戸はそっと跡部の手を握って甘えるような
口調で機嫌を取った。
「今の時間ならあんまり人いないからさ、手繋いで帰ろうぜ。」
「別にいいけど。」
跡部はぶっきらぼうに答えるが、しっかりと宍戸の手を握り返していた。跡部に仕返しを
しようと思って、ジローがしたことは、さらに二人の仲をよくしてしまう結果になってし
まったのである。
END.