the raison d’être

リクエスト内容『跡宍で、跡部様を(精神的に?)助ける宍戸サン』

ここは跡部邸のテニスコート。激しくボールが打ち込まれる音だけが辺り一面に響いてい
る。大量の汗を流しながら、ただひたすらにボールを打つ。そんな跡部の頭の中には、全
国大会で青学に敗れた瞬間のくやしさだけが広がっている。
「ハッ!!」
全国大会が終わってから、跡部はどうしようもないもやもやした気持ちとそれを吐き出せ
ないことへの苛立ちが日に日に募っていっていた。テニスをしていても、他のことをして
いても消えてくれない不快感。チームの敗北と自分自身の敗北を同時に味わった青学との
試合。もうそれからだいぶ日が経っているにも関わらず、跡部の心は乱れたままだった。
「くそっ・・・」
籠に入っていた最後のボールを向こうのコートへ打ち込むと、跡部はコートを後にする。
広く整備されたコートには、おびただしい数のボールが足の踏み場もないほどに広がって
いる。ラケットを片付けながらそんなコートに目をやると、跡部は小さく舌打ちをし、屋
敷の中へと入っていった。

シャワーを浴びて汗を流すと、跡部は自分の部屋へと向かう。部屋に入ると、跡部はその
ままベッドへ直行した。スプリングの利いたベッドに身を預け、ゆっくりと目を閉じる。
何も考えまいとしても頭に浮かぶ試合のこと。その苦しさに耐えられず、跡部は一度、身
を起こした。
「・・・どうすりゃいいんだよ。」
頭を抱え、弱々しく跡部は呟く。このどうしようもないもやもや感を持て余していると、
跡部の目にプライベート用の携帯電話が映った。誰かにこの思いをぶつけたい。ふとそん
な衝動に駆られる。しかし、プライドの高い跡部のこと、そう簡単に出来るはずがなかっ
た。しばらく考えあぐんだ末、ある人物が跡部の頭に浮かぶ。一番身近で、今の自分の気
持ちを誰よりも理解してくれそうな人物。
「宍戸になら・・・・」
その人物の名前を跡部は口にする。青学の試合では、関東大会でも全国大会でも宍戸は勝
利しているが、負けるくやしさを一番知っているのも宍戸だった。宍戸にこの気持ちを話
せば、少しは楽になれるかもしれない。そんな思いを抱きながら、跡部は携帯電話を手に
取った。
〜〜〜♪ 〜〜〜〜〜♪
「っ!?」
ボタンを押そうと思った瞬間、着信音が鳴り響く。あまりのタイミングのよさに跡部は驚
き、思わず携帯電話を落としそうになった。画面を見ると、そこには『宍戸亮』の文字。
そのことにも驚きつつ、跡部はゆっくり通話ボタンを押した。
「・・・もしもし?」
『あっ、跡部?俺だけど。』
「ああ・・・。」
『今、暇か?何かさ、無性にお前と話してぇなあなんて思って電話してみたんだけどよ。』
照れたように笑いながら宍戸はそんなことを言ってくる。宍戸は自分の心を見透かしてい
るのではないかと思いつつ、跡部は低く落ち着いた声でハッキリと自分の思っていること
を口にした。
「来いよ。」
『へっ?』
「俺もちょうどテメェと話してぇと思ってたところだ。電話越しじゃ何だからよ、今から
うちに来い。暇なんだろ?」
『お、おう。・・・じゃあ、今から行くけど、いいよな?』
「当然だ。待ってるぜ。」
『じゃ、じゃあ、後でな。』
「ああ。」
まさか家に来いと言われるとは思っていなかったので、宍戸はドキドキしつつも、跡部の
言葉に頷く。自分がかける前に宍戸の方から電話をしてきてくれた上、今から来てくれる
と言う。自然と跡部の口元に笑みが浮かんだ。宍戸とほんの少し話しただけで、先程まで
凍りついていた心が少し解けたような気がした。宍戸が到着するのを待ちながら、跡部は
張りつめた心を少し落ち着けようと努力した。

しばらくして、ドアをノックする音が聞こえる。ノックをしたのは宍戸自身ではなく執事
だった。
「坊ちゃま、宍戸様がお越しになりました。」
「ああ、入れ。」
ガチャっ
「それでは、私は失礼致します。」
執事が去り、宍戸だけが部屋に入ると、跡部は宍戸を自分の元まで招いた。
「遅ぇーよ。」
「はあ?これでも結構急いで来たんだぜ。」
「まあ、いい。とりあえずここに座れ。」
「おう。」
宍戸をベッドの端に座らせると、自分もその隣に移動し、腰を下ろした。しかし、いざ宍
戸を目の前にすると、何から話せばいいのか分からなくなり、思わず黙り込んでしまう。
「・・・・・跡部?」
「何だ?」
「お前、もしかして機嫌悪ぃ?」
「別に。そんなことねぇぜ。」
いつもと様子の違う跡部を感じ、宍戸はそんなことを問う。そんなことないと言っている
が絶対にどこかおかしい。そんなことを思いながら跡部を見ていると、ふと跡部も宍戸の
方を向き、ばちっと目が合った。しばらく視線を外せないでいると、すっと跡部の腕が自
分の体を包む。
「わっ・・・な、何だよ!?」
宍戸の驚いたような声にも返事をせず、跡部はただ黙って宍戸の体を抱きしめた。やはり
今日の跡部はおかしいと困惑していると、跡部が重い口を開く。
「なあ・・・」
「お、おう。どうした?」
「・・・いや、何でもねぇ。」
「何だよ!?言いたいことがあるならハッキリ言えよ!!」
「・・・・弱音・・・吐いていいか?」
「えっ・・・?」
抱きしめられた状態のままそんなことを言われ、宍戸の心臓はドクンと高鳴る。跡部から
そんな言葉が出てくるとは思っていなかった。しかし、その言葉を聞いて、宍戸は跡部の
様子がおかしい理由を理解した。自分にもこんなことを言いたくなった経験がある。その
時は言葉には出さなかったが、それは努力をすれば何とかなるかもしれないという希望が
あったからだ。しかし、今の跡部には、何とかすべき目標が目前にない。解決されないフ
ラストレーション。それは言葉に出さなければ、行き場はどこにもなかった。
「激ダサだな・・・・って、言いたいところだけどよ、今回だけは特別だ。俺でいいんな
ら、いくらでも弱音吐けよ。」
いつもは叱咤するような口調の宍戸がひどく優しい口調でそんなことを言う。それを聞い
て、跡部は何か熱いものが胸からこみ上げてくるのを感じた。それを必死で堪えつつ、跡
部はさらに強く宍戸の体を抱きしめる。
「最近、イライラして、何してても面白くねぇ。」
「ああ。」
「理由は分かってんだよ。アイツらに・・・青学の奴らに負けたことが、こんな気分にな
ってる理由だ。」
「そうだな。」
「俺らはもう引退だ。これからじゃどうすることも出来ねぇ。それがくやしくて、もどか
しくて・・・すげぇ苦しい。」
素直に自分の思っていることを跡部は口にする。少し油断すれば、泣いてしまいそうなほ
ど、気持ちが張りつめている。今の跡部の気持ちが宍戸には痛いほど伝わった。越前に負
けたこともショックだろうが、せっかく関東大会の雪辱を果たすチャンスだったのに、そ
れが出来なかったという部長としてのくやしさもある。二重の敗北。さすがの跡部も、今
回ばかりはショックを隠しきれなかった。
「・・・なあ、跡部。」
跡部の体を抱きしめ返しながら、宍戸は静かに話しかける。
「アーン?」
「テメェが俺に何を求めてるのかは、よく分かんねぇんだけどよ・・・」
「・・・何だ?」
「テメェはもっと強くなれると思うぜ。」
「・・・・・・。」
「確かに青学に負けちまったのは事実だし、跡部は越前に負けた。俺達はもう引退だから、
今のメンバーでまた青学と戦うってことは出来ねぇ。」
「そうだな・・・。」
またくやしさがリアルに感じられたのか、跡部はくっと唇を噛む。
「でもよ、負けるってのはすげぇ大事なことだと思うぜ。確かにくやしくて、苦しくて、
後悔で頭ん中いっぱいになるけど、勝ちっぱなしだったら気づかなかった自分の足りない
部分に気づける。それが出来りゃ、もっともっと努力が出来んだろ?」
「・・・ああ。」
「負けてくやしいと思うんだったら、それを全部力にして、もっと強くなろうぜ。高校で
もテニスは続けんだろ?もち、俺も続けるけどな。」
ニッと笑いながら宍戸はそんなことを言う。宍戸の言葉一つ一つが跡部の心の氷を溶かし
てゆく。今まで溜まっていたフラストレーションの塊が溶け出すかのように、跡部の蒼い
瞳からは透明な涙が流れ出す。
「あー、ヤベェ・・・」
「どした?」
「何かよく分かんねぇけど・・・涙が・・・」
「あー、いいんじゃねぇ?お前、意外と涙もろいもんな。泣きたい時は泣いとけ。誰にも
言わないどいてやるからよ。」
自分の意志に反して流れてくる涙を止められず、跡部はしばし困惑する。そんな跡部を前
にしても宍戸は全く動揺せず、泣きたいなら泣けと言う。その言葉が今の跡部にとっては、
何よりも力になる。宍戸の肩を濡らすわけにはいかないと、跡部は宍戸から離れ、枕に顔
を埋める。
「跡部。」
「何だよ?」
宍戸の言葉に跡部は枕に突っ伏したままの状態で答える。
「俺、跡部と一緒に全国大会まで行けてよかったと思うぜ。お前が了承してくれなかった
ら、たとえ開催地枠でも行けなかったからな。」
「俺だって、そりゃ全国には行きたかったからな。」
「それからな、俺のレギュラー復帰後押ししてくれたこと、本当に感謝してる。あんとき
は余計なこととか言っちまったけど、本当はメチャクチャ嬉しかったんだぜ。」
「別に礼を言われることじゃねぇよ。」
せっかく正直な気持ちを言ってやったのに、素直じゃないなあと思いつつ、宍戸は言葉を
続けた。
「関東大会でも、全国大会でも、お前の試合、見てて本当に興奮した。俺、やっぱ跡部の
テニスすげぇ好きだ。」
「・・・・・・。」
「負けたら坊主になるとか言って、マジでそんな髪型になっちまったのは、アホだなあと
思ったけど・・・」
前の面影がなくなるほど短くなってしまった髪に触れながら、宍戸は呟く。その言葉を聞
いて跡部はピクっと反応したが、自業自得な部分があるので文句は言えなかった。
「それでもやっぱり、俺の中では、跡部が一番強くて、一番カッコイイ奴だと思うぜ。」
ニッコリと微笑みながら宍戸は言う。そんな宍戸の一言が跡部の心のシコリを全て取り去
った。むくりと起き上がると、さっきの憂鬱そうな表情からは一変した笑顔を見せ、跡部
は宍戸をベッドにボスンと押し倒した。
「うぉわっ・・・」
「やっぱ、テメェに話してよかったぜ。」
「へっ?」
「ありがとよ、宍戸。」
耳元で心を込めてお礼の言葉を述べる。何となく元気になった跡部に抱かれたまま、宍戸
はくすくすと笑う。
「でも、まあ、今日みたいな跡部を見るのも悪くねぇな。」
「アーン?どういう意味だ、それは?」
「跡部って、こういうことがあっても動じなさそうだなあって思ってたからよ。俺らと同
じで落ち込むこともあんだなあと思って、ちょっと嬉しくなった。」
「そりゃ俺だって、負けたらくやしいと思うし、部長としての責任もあったからな。」
「それに、そのことを俺に話してくれたってことが、何よりも嬉しい。」
跡部の背中に腕を回して、宍戸は本当に嬉しそうな声で呟く。跡部は一人で何でも出来る。
心のどこかでそんなことを思っていたのだが、そんな跡部が自分に弱音を吐き、助けを求
めてきたのだ。少しでも跡部の力になれたこと、宍戸はそれが嬉しくてたまらなかった。
「まあ、こんなこと樺地には話せねぇし、他のメンバーに話すのも癪だしな。」
「じゃあ、何で俺には話せたんだ?」
「そりゃ決まってんだろ。」
「俺が一回橘に負けて、こういう思いを経験してるから?」
「いや、それもあるけど・・・」
「あるけど?」
一度宍戸から離れ、仰向けになって不思議そうな顔をしているその顔を跡部は見る。少し
間をおいた跡部はニッと笑って、言葉を続けた。
「テメェはどんな俺も受け入れてくれるだろ?それに、テメェは俺が欲しいと思ってた言
葉を全部言ってくれた。こんなこと出来る奴はテメェ以外にいねぇよ。」
「跡部・・・」
まさかそんなことを言われるとは思っていなかったので、宍戸は何となく感動してしまう。
そこまで自分のことを思ってくれているのかと思うと、急に跡部が愛しくなる。宍戸は自
ら腕を伸ばし、跡部に抱きついた。
「おいおい、どうした?」
「何か・・・すっげぇ嬉しい。」
「何が?」
「跡部にそんなふうに思われてたことが。俺、自分のことでいっぱいいっぱいになりやす
いからよ、まさか跡部の役に立てるなんて思ってなかった。」
「何言ってんだ。全国大会の時、俺に繋いでくれたのはテメェだろ。」
「そうだけど、あれはダブルスだったし、俺だけの力じゃなかったから・・・」
「テメェはいつも俺の役に立ってる。別に何かをすることが役に立つってことじゃないん
だぜ。」
「どういう意味だ?」
何もしないで役に立つとはどういうことか。宍戸にはその言葉の意味がさっぱり分からな
かった。
「テメェが俺のことを想って俺の側にいる。テメェの存在自体が俺にとっては、すげぇ力
になってんだよ。今だって、最近ずっと感じてたもやもやがどこかに飛んでっちまった。
それは十分役に立ってるってことになってんだろ?」
「マジで・・・そんなふうに思ってんのか?」
「嘘言ってどうすんだよ?全部本当のことだぜ。」
「そっか。」
信じられないが跡部はそれを本当だと言う。存在自体が力になっているなど、これほど嬉
しい褒め言葉はない。宍戸の心臓はトキメキと驚きから、いつもより速いリズムを刻んで
いた。
「あー、何かテメェと話してたらすっげぇ気分よくなってきた。」
「へ、へぇ、そりゃよかったじゃねぇか。」
「気分よくなったついでだ。ちょうどよくベッドの上でこんな格好なわけだし、このまま
するか。」
「はあ!?な、何アホなこと言って・・・・」
「好きだぜ、宍戸。」
こんな状況で頬にキスをされながら、そんなことを言われれば、さすがに宍戸も嫌がれな
くなってしまう。
「・・・・ぃぜ。」
「アーン?」
「いいっつってんだよ!!するんなら勝手にやりゃいいだろ!!」
「ほう。じゃ、好きにさせてもらうからな。」
「好きにしろよ、もうっ。」
真っ赤になりながら宍戸は言い放つ。あんなことを言われた後では、何をされても怒れな
い。ずるいと思いつつ、そんな跡部に惚れてる自分も悪いとぎゅっと跡部に抱きついた。

ついさっきまでのイライラもやもやはどこへやら。跡部はいつもの笑顔で、宍戸の唇にキ
スをする。やはり宍戸は自分にとってはなくてはならない存在だと思いながら、跡部は感
謝の気持ちと精一杯の愛情を宍戸の体に注いでやることにした。

                                END.

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