「ふぅ、こんなもんか。結構綺麗になったんじゃねぇ?」
綺麗になった自分の部屋を見て、宍戸は満足そうな溜め息を漏らす。跡部はまだ仕事から
帰ってきていない。夕食の支度をするまでにはまだ時間があるので、宍戸はお茶でも入れ
て少し休もうと部屋を出ようとした。
ドサっ・・・
その時、机がある辺りで何かが落ちる音がした。振り返って音のした方を見てみると、机
の上に一冊のアルバムが落ちていた。片付けをしている間に本棚から少しはみ出してしま
ったらしい。せっかく片付けたのにと、宍戸はそれをしまいに机の方へと向かった。
「あれ?」
そのアルバムの赤い表紙には、「Birthday」と書かれている。どんな写真が入っ
ているのかそうすぐには思い出せなかったので、宍戸は赤い表紙をゆっくりとめくった。
「うわあ・・・」
そこには、かなり昔のものから、中学生、高校生、そして、最近にいたるまでの誕生日の
写真が所狭しと貼ってあった。年月順に貼ってあるので、初めの方はもう記憶も薄れつつ
ある頃の写真だ。このあたりは、これを作ろうと思ったときにお互いの家から持ち寄った
もので、二人で写っていないものもいくつかあるが、それでも誕生日の思い出という点で
はなかなか貴重なものであった。
「なつかしいなあー。こんなの作ってたこと、誕生日前にならねぇと思い出さねぇから、
何か変な感じかも。」
ぺらぺらとそのアルバムをめくってゆくと、毎年毎年の誕生日の記憶がまざまざと蘇って
くる。いつごろからか、当然のごとく跡部と過ごすようになっていた誕生日。毎年跡部の
プレゼントには驚かされ、自分も跡部の喜ぶプレゼントを必死になって考える。しかし、
それもまた楽しく、いくつになっても誕生日は嬉しいイベントの一つだった。なつかしい
気持ちといいものを見つけたという嬉しい気持ちが交錯し、宍戸の顔は自然とほころんで
くる。
「景吾が帰ってきたら見せてやろっと。ん?でも、これ俺の誕生日の写真しかねぇな。」
数があるので、すぐには気づかなかったが、記憶の限りではここにある写真は自分の誕生
日、つまり、9月29日に撮られた写真しかない。跡部の誕生日の写真は、ここにはない
ということに気づくと宍戸はそれも見たくなる。
「あー、景吾の誕生日の時の写真も見てぇな。帰ってきたら、出してもらおう。」
そんなことを考えながら、宍戸はそのアルバムを本棚には戻さず、自分と跡部の寝室へ持
ってゆく。跡部が帰ってきて、夕食や入浴を済ませた後で、二人でゆっくりと見ようと思
い、宍戸はそれを枕元に置いた。
「ただいまー。」
それからしばらくすると、跡部が仕事から帰ってくる。夕食の準備を万端にし、宍戸は笑
顔で跡部を迎えた。
「おー、おかえり、景吾。」
いつも以上にニコニコし、ひどく機嫌のよさそうな宍戸の顔を見て、跡部は何かがあった
なとすぐに勘付く。
「随分とご機嫌じゃねぇか。何かいいことでもあったのか?」
「へへへ、ちょっとな。」
「ほう、気になるな。後でじっくり聞かせてもらうぜ。」
「おう!きっと景吾も嬉しくなると思うぜ。」
「へぇ、そりゃ楽しみだ。」
あまりにも嬉しそうにしている宍戸の言葉を聞き、跡部も何となく心が躍る。とりあえず、
済ませることは済ませようと、自分の部屋に鞄とスーツを置き、家着に着替え、宍戸の待
つリビングへ戻ってきた。
「夕食もバッチリ用意してあるじゃねぇか。さすがだな。」
「まあ、俺はあんまし作ってねぇけどな。景吾んとこのコックが来て、作って行ったぜ。」
「でも、少しは手伝ったんだろ?」
「本当少しだけだけどな。ここに運んでくるくらいだぜ。」
こんなにたくさんの料理をキッチンから運んできたなら上等だと、跡部は宍戸を褒める。
何だか機嫌のいい跡部を前にし、宍戸の心はさらにうきうきしてくる。
「まあ、とりあえず食うか。昼飯食った後は何にも食ってねぇから腹ペコだぜ。」
「今日も忙しかったのか?」
「そうだな。いつもより少しやらなきゃならねぇことが多かった。」
「お疲れ様。んじゃ、食べるか。」
「ああ。」
『いただきます。』
少しお疲れ気味な跡部に宍戸は笑顔でねぎらいの言葉をかける。そんなやりとりを交わし
た後、二人は豪勢な夕食を食べ始めた。料理を口に運びつつ、宍戸はさっき見つけたアル
バムのことを跡部に話す。
「そういえばな、今日、自分の部屋を掃除してたら誕生日のアルバムが出てきてよ。」
「ああ、あれか。俺の部屋にもあるぜ。」
「何かパラパラっとめくってたら、すっげぇなつかしくなっちまってよ。今、寝室に置い
てあるんだ。後で一緒に見ようぜ。」
「いつもは誕生日前後にしか開かねぇからな。たまにはこういう普通の日に見るってのも
いいかもしれねぇな。」
「だろだろ?で、景吾の誕生日のアルバムも見てぇんだけど、出してもらってもいいか?」
「ああ。両方のアルバムがそろってこそ、あのアルバムは成立するようなもんだからな。」
なかなかそれはよい考えだと、跡部は宍戸の提案を喜んで受け入れる。お互いが生まれた
日の思い出。それをこんな何でもない普通の日に語り合うのも悪くないと、跡部の口元に
は自然と微笑みが浮かんだ。
「へへ、激楽しみー。一人で見るのも悪くねぇけど、やっぱあーいうのは、二人で見ない
とな!」
「そうだな。」
二人でアルバムを見るのが楽しみだと、跡部も宍戸も実に楽しげな表情でテーブルの上に
並んでいる料理を口へと運ぶ。楽しみながら食べる料理は格別だ。十分に美味しい夕食を
堪能すると、二人はいつもより早めにシャワーを浴びてしまい、二人で寝室へと向かった。
どちらもゆったりとしたパジャマで身を包むと、お互いの誕生日のアルバムを抱え、ベッ
ドの上に座る。二人並んでアルバムを広げると、そのアルバムに写っている写真について、
思い出を語り合った。
「これっていつの誕生日だっけ?」
「これは・・・18とかそれくらいじゃねぇの?」
「そっか。18っつーと、大学進学に合わせて二人暮らし始めようとかなった時か。」
「そうだな。お互いバラバラの大学に入ったはいいけど、その校風が合わなくて、結局氷
帝に戻ってきちまったけどな。」
「そうそう。やっぱ、俺らは氷帝が性に合ってたってことだな。」
二人でマンションに住むことが決まった18歳の誕生日。大学進学や高校最後ということ
もあり、なかなか印象に残る誕生日であった。バラバラの大学に行くために二人暮らしを
始めたにも関わらず、結局二人とも氷帝に戻ってきてしまった。それもよい思い出だと二
人は顔見合わせてクスクス笑う。
「おっ、見ろよ。随分、昔の写真があるぜ。」
「小学生・・・くらいか?」
「みてぇだな。しかも、見たところ低学年だぜ。」
「よくこんな写真あったな。」
「まあ、このくらいの頃は毎年撮ってたからな。」
「へぇ、なるほどな。しかし、このころのお前、本当女子みてぇだな。」
「そんなことねぇよ。」
小学生の時の写真を見ながら、二人はそんな話をする。このころの宍戸の髪の毛は肩まで
伸び、顔も今よりももっと幼く可愛らしいものだったので、見ようによっては女の子にも
見えなくはない。すぐ近くに跡部の写真も貼ってあるが、跡部も金髪と真っ青な瞳のため
にまるでフランス人形のようであった。
「景吾だって、人形みたいな顔してるぜ?この時は激可愛いのになあ。」
「今は可愛くねぇって?」
「当たり前だろ!可愛い要素なんてどこにもねぇよ。・・・綺麗っつーんなら、また別か
もしれねぇけど。」
「テメェは今も変わらず、可愛らしいとこばっかだけどな。」
「そんなこと言われてもあんま嬉しくねーぞ。」
小学校1年生の時と同じく可愛いと言われ、宍戸は微妙な顔をする。そんな宍戸の頬に跡
部はちゅっと軽くキスをしてやった。突然のことだったので、宍戸は顔をリンゴのように
赤く染め、ドギマギと動揺するような反応を見せる。
「なっ・・・あっ・・・」
「そういう反応が可愛いっつってんだよ。」
「何しやがんだ!!」
「今更怒っても遅いぜ。つーか、怒った顔もガキっぽくて可愛いし。」
可愛いを連発され、宍戸は恥ずかしさからもう怒る気も失せてしまう。拗ねるようにプイ
っとそっぽを向くと、今度はぎゅうっと抱きしめられ、素直に謝られる。
「悪かったって。機嫌直せよ、なっ?」
「む〜。」
「ほら、アルバムの続き見ようぜ。」
優しい口調でそんなことを囁かれれば、嫌でも応じてしまいたくなる。さっきの仕返しだ
と言わんばかりに、宍戸は振り返ったと同時に跡部の唇にちゅっとキスをした。
「こ、これで、おあいこだからな・・・」
思ってもみない宍戸の行為に驚く跡部だが、それは嬉しい驚きだ。ふっと口を緩ませ、頷
いてやる。
「そうだな。」
何となく負けている感は否めないが、いつまでも意地を張っているのも面白くない。さっ
きのことはもう今のでチャラにしてやろうと、宍戸は再びアルバムへと視線を向けた。
「ところでよ・・・」
「アーン?」
さっきのことを引きづられるのは嫌なので、宍戸は新たな話題を跡部に提示しようとする。
「景吾が今までの誕生日の中で、一番印象に残っている誕生日っていつだ?」
「今までの中で一番印象に残ってるねぇ・・・どれも俺にとっちゃ印象深いけどよ。」
「あえて選ぶとしたらの話だ。で、いつだ?」
そんなにすぐには選べないと、アルバムをめくりながら跡部はしばらく考える。宍戸の誕
生日、そして、自分の誕生日を思い返し、その時あったことを頭の中に巡らす。
「・・・20歳の誕生日が、俺としては結構印象に残ってるな。」
「へぇ、20歳の時のか。何で?」
「テメェは20歳のときの誕生日がどんな感じだったか、ちゃんと覚えてるか?」
そんな質問をされ、宍戸は20歳の時の誕生日でしたこと、もらったプレゼント、あげた
プレゼントを思い出す。思い返していくうちに、とても重大なことをされたことを思い出
し、宍戸の顔は赤く染まる。
「20歳の誕生日っつーと、確か俺、景吾にプロポーズされたな。」
「ああ、そうだ。人生でたった一回の最初で最後のプロポーズ。それをした誕生日なんだ
から、印象に残るのは当然だろ?」
「確かに。うわあ、何か今更だけど恥ずかしいな・・・」
「俺にとっては、すげぇ思い出深い誕生日だぜ。もちろんテメェの誕生日も俺の誕生日も
な。」
「そ、そっか。」
どんな状況でプロポーズをされたか、それがどんな言葉だったか、そして、その後どんな
ことをしたか。そんなことをリアルに思い出し、宍戸の体温は上昇しまくりだ。
「何そんなに真っ赤になってんだよ?振ってきたのはテメェの方だろ?」
「い、いや、何かそんときのこと思い出しちまってよ・・・」
「フッ、本当可愛いやつ。」
宍戸に聞こえない程度の声で跡部はそんなことを呟く。何かを言ってるのは聞こえたが、
何を言ったかまでは、宍戸には聞き取ることが出来なかった。
「何か言ったか?」
「いや、別に。それより、テメェの印象に残ってる誕生日はいつなんだよ?俺に話させた
んだから、テメェもちゃんと教えろよな。」
「え、えっと・・・」
さっきの話を聞いたら、20歳の誕生日と答えたくなるが、あえて宍戸はそうは言わなか
った。跡部と同じようにアルバムをめくりながら考える。
「あっ・・・」
アルバムをめくっていくうちに、とある景色の写真を見つける。これは印象深かったと、
宍戸はこの景色を撮った時の誕生日を答える。
「この時の誕生日。すげぇ印象に残ってる。」
宍戸が指差したのは、エジプトへ行って誕生日を迎えた時の写真であった。思いつきでエ
ジプトへ行きたいと言い出したにも関わらず、跡部はそれを簡単に叶えてくれた。白砂漠
の絶景に、まるで宇宙にいるように感じた砂漠の中で見た満天の星空。シナイ山の山頂か
ら見た朝日に、紅海リゾートでのバカンス。どれもが忘れることが出来ないほどの強い感
動を伴った体験であった。
「随分最近の誕生日だな。」
「だって、あんな経験、普通に暮らしてたら一生に一度出来るか出来ないかの経験だぜ。
あの時はマジで感動したぜ!」
「そうか。そんなに感動したんなら連れて行ってやってよかったぜ。まあ、もちろん俺も
あの年の誕生日はだいぶ楽しんだけどな。」
跡部にとって海外旅行はそれほど珍しいことではないのだが、さすがにこの旅行は今まで
になく様々なことを得られた旅行であった。それは宍戸と全ての行動や感動を共有したた
めに得たものがほとんどであった。
「でも、まあ、俺もあえて選ぶならって話だけどな。どの年の誕生日も、テメェと一緒だ
ったら、かけがえのない思い出だぜ。」
アルバムの写真に視線を落としながら宍戸は呟く。それを聞いて、跡部の胸はじんわりと
温かくなった。
「俺も同じだ。」
自分でも気づかないほど自然に、跡部はそんな言葉を口にしていた。自分の言葉に同意し
てもらったのを嬉しく思い、宍戸は跡部の顔を見る。
「へへ、景吾も同じなんだ。何か嬉しいー。」
「当然だろ。」
そんな会話を交わした直後、二人の間に穏やかな沈黙が流れる。二人はアルバムを閉じ、
重ねてベッドのすぐ横にある棚の上に置いた。
「なあ・・・」
「どうした?」
「俺らが死ぬまでにこのアルバム何冊くらいになるかな?」
「さあ、どうだろうな。でも、結構な冊数にはなるんじゃねぇ?」
「何かいいよな。毎年生まれた日に二人で一緒に居るって証拠が残るみてぇで。」
「そうだな。でもよ・・・」
「何だよ?」
いいと言いつつも逆接の言葉を続ける跡部に、宍戸は若干不安気な表情を見せる。そんな
宍戸の肩を自分の方へ抱き寄せ、跡部は言葉を続ける。
「写真はもちろんいいが、写真じゃ撮れねぇこともいっぱいあるだろ?」
「たとえば?」
「テメェは、ベッドでするようなことを毎回カメラに収められてもいいっつーのか?」
「・・・・いや、無理。」
「他にも写真で撮れねぇことはいっぱいあるだろ。その時の表情とか場所とかは撮れても、
気持ちや言葉は写らねぇ。」
「確かにそうだけどよ・・・」
「だけど、思い出や記憶は二人で共有してる限りは心の中にいつまでも宿り続ける。」
キッパリとそう言い放つ跡部に宍戸は胸を打たれる。写真では撮れない気持ちや言葉。そ
れらは、目に見える形ではないが確かに心の中に残る。その言葉がどれだけ自分の心を捉
えたか、跡部は気づいていないんだろうなあと思いつつ、宍戸はじっと跡部の瞳を見つめ
た。
「そう思わねぇか、亮?」
同意を求められ、ドキっとしてしまった宍戸はコクンと黙って頷いた。
「別によ、誕生日やクリスマスやバレンタインじゃなくても思い出になるようなことはい
っぱいあるぜ。こんなふうな普通の日だって、思い出になるような貴重な瞬間だろ?」
「そうだな。」
「100万枚撮りのフィルムでも撮り切れないくらいの思い出を、これからも二人でたく
さん作っていこうぜ。」
穏やかな微笑みを浮かべて跡部は宍戸に向かって言う。そんな跡部の言葉に宍戸はどうし
ようもなくドキドキさせられる。何も言えずに固まってしまっていると、跡部はふっと笑
って宍戸の頭をぐりぐりと撫でた。
「何、固まってやがる。」
「いや、だって・・・」
「今までも数え切れねぇほどの思い出をテメェと作ってきたけどよ、これからもそれ以上
のものを作っていきたいと思ってるぜ。」
「テメェはどうしてそう恥ずかしくなるようなことばっか・・・」
「テメェが勝手に恥ずかしがってるだけだろ?それとも、俺様がこんないいこと言ってや
ってるのに嬉しくねぇってのか?」
しばらく納得いかないという顔で跡部を見ていた宍戸だったが、自分の心に嘘はつけない。
ぎゅっと跡部の首に抱きつき、ちょっとばかり不機嫌な口調でボソっと呟く。
「嬉しくねぇわけねぇだろ、アホ・・・」
「フン、素直でいいぜ。」
背中に落ちる綺麗な黒髪を撫でながら、額の近くの髪に跡部は口づける。いやでもドキド
キと高鳴る鼓動が跡部に伝わってしまうのではないかと、宍戸は上目遣いでそっと跡部の
様子を確かめた。
「愛してるぜ、亮。」
「っ!?」
宍戸と目が合うのと同時にニヤリと笑って跡部は言う。そのセリフに宍戸は再びノックダ
ウン。もうかなり長い付き合いになるのに、こんなセリフを放つ絶妙さにはどうしても慣
れることが出来ない。
「返事は?」
しかも、返事まで強要してくる。ただでさえ恥ずかしいのに自分の口からそんなこと言う
など出来ないと宍戸は思っていた。
「亮。」
「・・・・れ・・も・・・」
「アーン?」
「俺もだっつってんだろ!!」
真っ赤になりながら顔を上げ、宍戸はそう叫ぶ。本当にこういうこういうとこは可愛いな
あと、跡部は笑いながら宍戸の唇に優しくキスをする。
「んっ・・・」
「本当に大好きだぜ、亮。これからもずっと一緒にいような。」
「・・・そんなの言われなくてそうしてやるよ。俺だってそうしたいと思ってんだから。」
「そうか。」
宍戸の言葉を聞き、跡部は極上の笑顔を見せる。その笑顔に宍戸は完全にやられる。幸せ
すぎるこの状況に、今度は宍戸から跡部にキスをした。そのキスは日常のひと欠片の思い
出として二人の心に深く刻まれた。
END.