EXISTENCE

ここは、まるで平安時代の屋敷をそのまま現代に持ってきたような大きな屋敷。ここには、
一人のヤクザの頭が住んでいる。その母屋の北側の部屋には、天女と見紛うほど、美しい
容姿を持った者がいる。もちろんそれは、そのヤクザの妻である。紅の着物に、頭の高い
ところで纏められた絹のような黒髪、そして、整った顔立ち。ヤクザの頭である跡部景吾
は、そんな容姿を持った宍戸亮を他の何にも替え難いものとして、心から愛していた。そ
のため、跡部には愛人というものは存在しない。ただ宍戸のみが、跡部に触れることを許
されている女性なのだ。
「景吾、今日はいつ出かけるんだ?」
「今日は夕方くらいからだ。だから、それまではテメェと一緒にいられるぜ。」
「夜は?」
「そうだな・・・日付が変わる前くらいには帰って来れるはずだ。」
「そっか。じゃあ、景吾が帰ってくるまでしっかり待ってるぜ。」
「ああ。」
宍戸の髪に触れ、肩を抱きつつ、跡部は今日の予定を宍戸に話す。二人でいることが出来
る時間は、大抵こんなふうにお互いの体に触れ合うような形で過ごしている。跡部にとっ
ては、宍戸に触れている時間が一日の中で、最も貴重な時間で、宍戸にとっても、跡部に
触れられることが至上の喜びだった。
「なあ、もし俺がいなくなったらどうする?」
「あーん?そんなことありえねぇ。俺はテメェがいねぇと生きていけねぇからな。どんな
とこに行こうが、絶対テメェを探し出して俺の側から離れられないようにしてやる。たと
えそれが世界の果てであってもな。」
「ふふ、俺ってば、激愛されてるvv」
「当然だろ。テメェは俺のもんなんだからよ。」
「俺も、景吾のこと激愛してるぜ!」
冗談めいた会話を交わしながら、二人はより距離を縮める。宍戸が少し上を向けば、唇同
士が触れてしまいそうなほど近づくと、跡部は宍戸の髪を纏めている簪を引き抜いた。宍
戸の黒髪は、紅の着物にパサリと音を立てて落ちる。
「やっぱ、テメェの髪、本当綺麗だよな。」
「俺の自慢の髪だからな。」
「ずっと触ってても飽きねぇぜ。なあ、顔上げろよ。」
「おう?」
跡部の言う通り、宍戸は顔を上げる。ほんの少し顔を上に傾けると、跡部の唇が宍戸の唇
に重なった。不意の接吻に少々驚く宍戸だが、跡部の口づけは体が蕩けそうになる程、心
地良い。もっと、そんな感覚を味わいたいと自らも跡部の首に腕を回す。
「ん・・ぁ・・ぅ・・・」
「テメェの唇も舌も柔らかくて好きだぜ。」
「俺も、景吾のしてくれるキス、大好き。」
「だったら、いくらでもしてやるよ。」
深く甘い接吻を、二人は何度も交わす。どちらの口元にも笑みが浮かび、心地良い感覚に
存分に浸る。心ゆくまで、お互いの味を楽しむと二人は唇を離し、くすくすと声を立てて
笑った。
「テメェといると本当いい気分になれるぜ。」
「俺もだぜ。景吾といるとドキドキするけど、すっげぇ安心する。」
宍戸がそんなことを言いながら、跡部の肩に頭を預けようとしたその瞬間、突然、部屋の
襖が開く。
「お取り込み中のとこ悪いんだけど、お客さんが来てるよ、跡部。」
襖のところに立っていたのは、滝であった。客人が来たということで跡部を呼びに来たの
だ。
「客?誰だ?」
「俺は見たことのない奴だけど、跡部の知り合いではあると思うよ。」
「チッ、分かった。今、行く。亮、少しの間待ってろよ。」
「おう。早く帰って来いよな。」
「分かってる。」
ちゅっと宍戸の額にキスをすると、跡部は立ち上がり、宍戸の部屋を出ていく。跡部が出
て行くと滝はパタンと襖を閉めて、口元に意味ありげな笑みを浮かべる。そして、さっき
話していた声とは似ても似つかない声で喋り出す。
「跡部も意外と騙されやすいのぅ。」
「っ!?お前、滝じゃねぇな。」
「ああ。ちぃとうちのお頭に頼まれてなぁ、お前さんを攫いに来たんじゃ。」
ぱさっと鬘を取ると、滝の格好をしていたその人物は、その下から銀色の髪を覗かせ、ニ
ヤリと笑う。完璧な変装をし、宍戸の前に現れたのは幸村が頭領である組の仁王だ。攫わ
れてたまるかと、必死で抵抗しようとする宍戸であったが、男女の力の差からあっという
間に捕らわれてしまった。
「そうすぐには、手出しはせんよ。安心しんしゃい。」
「んー、んんー!!」
「ま、連れて帰ったら他の奴らが何するかは知らんけどな。」
両手を縛られ、猿轡をされた状態で宍戸は仁王に攫われてしまう。まるで忍者であるかの
ように、気配を悟られることなく、仁王は宍戸を連れて屋敷を脱出した。
(景吾っ!!)
心の中で、宍戸は跡部の名前を呼ぶ。ちょうどその頃、跡部は本物の滝に出くわし、先程
の滝が偽者だということに気づいたところであった。
「滝・・・何でテメェここにいるんだ?」
「えっ?何でって言われてもさっきからずっとここにいるよ。ねぇ、長太郎。」
「はい。今までずっと一緒に話してましたから。」
「っ!?それじゃ・・・さっきの滝は偽者か?」
「どうしたの?跡部?」
「偽者って、どういうことですか?」
「亮が危ねぇ!!」
二人の言葉など耳に入っていないかのように、跡部は慌てて、宍戸の部屋へと引き返す。
しかし、もうそこには宍戸の姿はない。跡部の胸の内に大きな不安がよぎる。
「くそっ・・・・」
こんなことで騙されるとは迂闊だったと、後悔の念で胸を締めつけられながら、その場に
座り込んでいると、ポケットに入れていた携帯が鳴る。それは、宍戸を攫った者からの電
話であった。

宍戸が仁王に連れてこられたのは、跡部の屋敷と同じほど広く豪華な屋敷であった。その
屋敷の西側の部屋に連れて行かれ、宍戸はそこに閉じ込められる。
「今、幸村を呼んで来るからそこで大人しくしときんしゃい。」
「んんー、んんー!!」
後ろ手にがっちり縛られ、猿轡もされているため、宍戸はどうすることも出来ない。しば
らくすると、肩に単衣を羽織った幸村がその部屋へとやって来る。
「初めまして。」
「んっ、んんー!」
「ふーん、君が宍戸か。確かに綺麗だね。想像以上だよ。」
宍戸の顔を覗き込みながら、幸村は穏やかな口調でそんなことを言う。見かけはとてもヤ
クザの頭とは思えない程、優しげであるが、宍戸は本能的に危険な人物であると感じてい
た。
「その猿轡、邪魔だよね。取ってあげる。」
宍戸の声を聞いてみたいと、幸村は猿轡を外した。自由に物を言えるようになったが、宍
戸は言葉を発する気にはなれなかった。
「どうして、君を攫ってきてもらったと思う?」
「・・・・・・。」
「跡部のところの奥さんがとても綺麗だっていうのは、こっちの世界じゃとても有名なん
だ。そんな君を欲しがってる人に売ればさ、すごい大金が手に入るんだよね。もちろん、
跡部にはそれなりの条件を課して、その条件を満たせば君を返すつもりだけど。」
「・・・俺を売るってのが目的か?」
「まあ、早い話がそういうことになるね。でも、跡部がちゃんと条件を満たすんなら、君
には全く手を出さない。」
穏やかな笑みを浮かべながら、幸村はそんな非人道的なことを何となしに言ってのける。
多少の恐怖を感じながらも、宍戸は跡部を信じていた。幸村が課す条件を跡部は絶対満た
してくれると信じ、少しも怯まず幸村の顔を見据える。
「景吾に課す条件って、何だよ?」
「君は『黄泉の山』って知ってるかい?」
「聞いたことはあるけど・・・詳しくは知らねぇ。」
「『黄泉の山』っていうのは、その名の通り、一度入り込んだら絶対に生きて帰っては来
れないと言われている山なんだ。だけど、そこには『緋の水』と『藍の水』そして『甜花』
と言われるこの世のものとは思えないような力を持った物が存在するんだ。その三つの物
を跡部には取ってきてもらう。三日以内にね。」
「そんなこと・・・・」
出来るわけないと口走りそうになったが、宍戸はその言葉を飲み込んだ。自分が跡部を信
じなければ、全ては幸村の思い通りになってしまう。
「それじゃあ、俺はそのことを跡部に伝えてくるから、宍戸はここで大人しくしててね。
逃げようとしたら、その時点で売り飛ばし決定だから覚悟しておいて。例え跡部が条件を
満たしたとしても。」
「逃げねぇよ。景吾は絶対俺を助けてくれる。」
「ふふ、流石だね。本当、壊し甲斐があるよ。」
そんなことを呟きながら、幸村は西の部屋を出て行った。西日の差す窓を見つめ、宍戸は
跡部の名を呼んだ。
「景吾・・・」

幸村からの要求を聞き、跡部はすぐに出かける用意を始めていた。『黄泉の山』がどれだ
け危険なところであるかはもちろん承知していた。しかし、自分の命に代えても宍戸だけ
は助けなければならない。
「跡部、やっぱりそんな要求は無理だって!」
「ホンマや。行ったら最後。もう帰って来れへんで。」
「帰って来ないわけにはいかねぇだろ。俺は亮を助けなくちゃなんねぇんだ。」
「でも、流石にそれは危険すぎるよ。考え直して。」
「うるせぇ!!考え直せだと?時間がねぇんだ・・・そんな暇はねぇんだよ!俺は行くか
らな。テメェらがどんなに止めたって無駄だぜ。」
他のメンバーの制止を振り切って跡部は屋敷を飛び出して行った。もう跡部を止めること
は出来ない。絶望にも近い不安を感じながら、そこにいたメンバーは押し黙った。跡部の
屋敷が暗い静寂に包まれ、ゆっくりと夜が更けてゆく。

幸村の屋敷に閉じ込められてから、丸一日が経った。宍戸は窓の外を見つめ、跡部が助け
に来るのをひたすら待っていた。食事を持ってきた柳生は眼鏡を指で上げ、宍戸に話しか
ける。
「貴方も本当に災難ですね。」
「何が?」
「ただ跡部の妻というだけで、こんな目に遭わなければならないなんて。」
「景吾は絶対来る。」
一点の曇りのない瞳で柳生を見て、宍戸はキッパリと言い放つ。そんな宍戸の言葉を聞き、
柳生は呆れたように大きな溜め息をついた。
「無理ですよ。貴方は『黄泉の山』の恐ろしさを何も分かっちゃいない。しかも、幸村君
が要求していることは、人間が叶えられるものでは到底ない。」
「景吾なら出来る。」
「物分りの悪い人ですね。まず、『緋の水』。これは、『黄泉の山』の火山口にあるんで
す。しかも、溶岩が煮立っているすぐ側の小さな窪みにね。そこまで辿り着くのはほぼ不
可能です。崩れやすい岩ばかりですから。もし仮に取りに行こうとしても、途中で溶岩の
中に落ち、一瞬で溶かされてしまうのがオチですよ。」
「・・・・・。」
「次に『藍の水』ですが、これは大きな滝の裏にあります。しかも、切り立った崖にも近
い場所のちょうど真ん中あたりですから、どんなにロッククライミングに慣れた人でも、
そこまで辿り着くのは無理でしょう。例え辿り着いたとしても、その状態で大量の水が落
ちてくる滝の裏になど入れません。そうしようとした瞬間、体はあっという間に何十メー
トルも下の水に叩きつけられますから。」
「・・・・・。」
「そして、『甜花』についてですが、これは場所としてはそれほど大変な場所に生えてい
るわけではありません。しかし、『甜花』の周りには、精神に異常をきたさせるような香
りのする花が一面にさいているんです。毒草の一種ですね。この中を通り抜けて『甜花』
を取ることなど不可能です。どんなに強い精神力を持った人でも、一歩足を踏み入れれば、
その時点で発狂するでしょう。」
そんな話を聞かされても宍戸は表情一つ変えない。ここまで具体的に話されれば、その話
が嘘ではないことは分かる。しかも、話をしているのは柳生だ。柳生はこんな嘘をつくよ
うな人物ではないことを宍戸は分かっていた。それでも、宍戸は跡部はそれらの全てを手
に入れ、自分を助けに来てくれると信じていた。
「そんな条件を課すなんて、幸村君は一体何を考えているんでしょうね?貴方をただ売り
飛ばしたいだけならば、跡部君を消し去るようなことをする必要などないのに。」
「景吾は俺の前から消えたりなんかしない。」
「ふぅ・・・貴方には何を言っても無駄なようですね。食事はちゃんと取って下さい。そ
れには毒など入っていませんから。それでは。」
何を言っても跡部は来ると信じている宍戸に、柳生は呆れると共に同情さえも感じる。食
事を宍戸の前に置くと、柳生は悲痛な面持ちでその部屋を後にした。

そして、宍戸が捕らえられて三日目。この日の日没までに跡部が戻らなければ、宍戸はど
こかに売られることになる。日没まで後一時間をきっている。この三日間、宍戸は一睡も
していない。ただ跡部がここへ来ることを信じ、ひたすら跡部のことだけを心に描いてい
た。
「そろそろ覚悟は出来たかい?」
「何の覚悟だ?」
「君は売られるんだよ。ある程度の覚悟がないと困るな。」
「売られる?それは、景吾が帰って来なかったらの話だろ?」
くっと小さく笑いながら宍戸は言う。
「まだそんなこと言ってるんスか。『黄泉の山』に行って帰って来れるわけないでしょう。」
「赤也の言う通りだな。そろそろ観念したらどうだ?」
「そうだ。往生際が悪いぞ宍戸。」
切原、柳、真田の言葉にも宍戸は一向に動じない。宍戸が閉じ込められていた部屋に差し
込む日の光は次第に赤さを増し、タイムリミットが近づいていることを顕著に表している。
それでも宍戸は、決して物怖じをするような態度は見せなかった。
「あと5分ってとこか。」
「日が完全に沈んだら、ジ・エンドですね。」
既に太陽は地平線に半分以上身を沈めている。そこにいる誰もが宍戸も跡部ももう終わり
だと思っていた。もう地平線には細い光しか残らず、今にも太陽がその姿を消そうとした
その時・・・・
バタンっ!!
突然、部屋の扉が開いた。部屋にいたメンバーは同時にドアの方に顔を向ける。
「幸村っ、約束通りお望みのもん取ってきてやったぜ。」
そこにいたのは、傷だらけでボロボロになりながらも、中身の違う三つの瓶を手にした跡
部であった。
「さあ、亮を返せ!!」
そこにいたメンバーはあまりの驚きに声も出ない。『黄泉の山』へ行き、しかも、絶対に
手に入れることの出来ない三つの物を手に入れ、三日のうちに帰ってきた。どう考えても
人間業ではないと、恐怖さえ覚える。
「へぇ、本当に取って来るなんて思わなかったよ。流石、跡部だね。」
「とっとと、亮を渡せ。」
「ああ。約束だからね。」
宍戸を縛っていた縄を解くと、幸村は三つの瓶と宍戸を交換する。自由になった宍戸は、
思いきり跡部に抱きつき、三日ぶりの抱擁を味わった。
「景吾っ!!」
「亮っ!!」
お互いの名前を呼び合い、二人はしっかりと抱き合う。それを見ながら、幸村を除く、他
のメンバーは驚愕の表情を浮かべ、コソコソと言葉を交わす。
「マジで帰ってきちゃいましたよ〜。跡部さん、何者なんスか!?」
「確かにこれは信じられないな。まさか、あの『黄泉の山』から帰ってくるとは。」
「ありえんだろ。しかも、あの三つの物を持ってきて帰って来るなんてよ。」
「人間業じゃないですよ。どうしてそんなことが・・・・」
コソコソと話しているのが、聞こえていたようで、柳生の疑問に跡部は不敵な笑みを浮か
べて答えた。
「どうしてこんなことが出来たか知りたいか?」
『あ、ああ。』
「俺様にとって、亮がいない世界はありえねぇんだよ。それに亮はこの三日間、俺が帰っ
て来ないなんて一度も思わなかった。なあ、そうだろ?」
「おう!俺は景吾が絶対に俺のこと助けに来てくれるって信じてたぜ!!」
「俺は亮のためなら、火の中水の中、どんなとこでも行けるぜ。当然、そんな場所で死ぬ
なんてありえねぇ。俺が死ぬのは、亮が死ぬ時だ。俺は、亮と一緒に生きて、亮と一緒に
死ぬ。だから、たとえ人間離れしたことでも、出来るもんは出来るんだよ。」
跡部のそんな言葉を聞いて、宍戸の胸は心地よいトキメキでいっぱいになる。信じられな
いという表情をしている真田や柳、切原達を見て、宍戸は極上の笑顔を浮かべて言い放っ
た。
「俺と景吾の愛は最強なんだぜ。テメェらごときに壊せる程やわじゃねぇ。分かったんな
らもう俺達に手を出すなよな!」
笑顔の裏にあるほんの少し怒りを宍戸はその言葉に込める。あまりの跡部の強さに他のメ
ンバーはもう絶対に手出しはしないと誓った。しかし、幸村だけは楽しそうに笑っている。
「ありがとう跡部。これがあれば、これからいろいろ楽しめそうだよ。」
「そりゃよかったな。もう今後一切亮には手出すんじゃねぇぞ。分かったな。」
「ああ。これさえ手に入ればもう君達に手出しはしないよ。悪かったね。」
素直に謝罪の言葉を述べる幸村に、さらに真田達は混乱させられる。自分達の頭ではある
が、何を考えているのかさっぱり分からない。
「それじゃあ、帰るぞ亮。帰ったら風呂入ってゆっくり眠ろうぜ。テメェも寝てねぇんだ
ろ?」
「おう。よく分かったな。」
「それくらい分かる。俺様がどれだけテメェのこと想ってると思ってんだ?アーン?」
「だよな。俺も景吾のこと大好きだぜ!!」
とても丸三日眠ってないとは思えない二人の態度に、どんな反応を示してようのか分から
ず、そこにいたメンバーは呆然としながら二人を見送る。パタンと扉が閉まると、幸村の
意味深な静かな笑い声だけが部屋の中に響いていた。

跡部の屋敷に戻ると二人はざっと体の汚れを落とし、二人そろって同じ布団で抱き合うよ
うに横になった。そして、死んだように眠りに落ちる。ほぼ丸々一日眠り、二人はほとん
ど同時に目を覚ました。
「おはよ、景吾。」
「ああ、おはよう、亮。つっても、今はどう見ても夜だけどな。」
「うわあ、結構長い時間寝ちまってたな。」
「まあ、丸三日眠ってなかったからな。このぐらい寝ても仕方ねぇだろ。」
「でも、俺、夢の中でも景吾と一緒だったぜ!」
「奇遇だな。俺もだぜ。」
お互いにお互いの夢を見、夢の中でも二人は一緒にいた。そんなことを話しながら、跡部
は宍戸の柔らかな体に腕を回す。
「マジでこの感覚、気持ちいいな。テメェの柔らかさと匂いが自分の腕の中にある。すげ
ぇイイ気分だ。」
「おう。」
跡部の腕に包まれている宍戸もこれ以上ない心地よさを感じていた。愛する人と触れ合う
感覚。それは、何にも替え難い幸福な時間を生み出してくれている。
「そういやさ、幸村が欲しがってたあの三つの物ってどんな物なんだ?」
「ああ、あれか。あれはすごいぜ。」
「どうすごいんだよ?」
「『緋の水』は肉体を若返らせる。要するにそれに触れると子供になっちまうってことだ
な。逆に『藍の水』は肉体を成長させる。たぶん子供にした後、元に戻すのに使うんだろ。
で、『甜花』は性別を逆転させる。どれもありえないもんばっかだよな。」
「へぇ、そんな効果あるのか。マジすげぇな。」
「幸村のことだから、組員がミスったりしたときに罰として使うんだろうな。まあ、別の
使い方もあるっちゃあるけどよ。」
「うわあ、何か大変そう。」
「実は俺も自分の分として、少し持って来てあったりするんだな。これが。」
「うっそ、マジかよ!?」
「そりゃそうだろ。あんな苦労して取りに行ったんだ。自分でも少しは持って帰りてぇだ
ろ。」
そう言いながら跡部は小瓶に入ったそれらを見せる。やるなあと思いつつ、宍戸は苦笑し
た。
「でも、そんなちょっとしかねぇと使うのもったいなくねぇ?」
「この水の成分が相当強いらしくてな、普通の水をこれを加えるとこの水になっちまうみ
てぇなんだ。」
「すげぇ・・・」
「だから、これだけあれば無限に使えるぜ。ま、いろいろ試してみるのも面白いかもな。」
「あ、あはは・・・まあ、たまになら使ってもいいぜ。」
「そうだな。いつもと違うことがしたくなったら使わせてもらうぜ。」
何に使うかはさておき、なかなか面白いものを手に入れたと跡部は口元を緩ませる。とり
あえず、これを使うのはまた今度にして、今はそのままの宍戸を十分に味わおうと宍戸を
先程よりも強い力で抱きしめる。
「景吾?」
「もう少しこのままでいようぜ。まだ、夜は始まったばかりだしな。」
「おう・・・」
少し照れた仕草を見せながら、宍戸は跡部の胸に顔を埋める。触れ合う部分から伝わるぬ
くもり。そんなぬくもりに包まれながら、二人は今二人でいられる幸せをしっかりと噛み
締めていた。

                                END.

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