消えない気持ち

年が明けてお正月真っ只中。跡部は自宅に氷帝レギュラーメンバーを呼び集め、とある大
会を催した。お正月ということで、いつもやっているテニスでなく、それに似たお正月な
らではの遊び。そう『羽根つき大会』だ。多少テニスとルールが違うが、こんな日本の伝
統的な遊びをするのも面白いと、跡部はそんなことを提案したのだ。
「へぇ、羽根つきか。あんまりやったことないけど結構面白そうだな。」
「確かに。少しテニスにも似てるしね。」
「せやけど、羽根つきは地面についたらその時点でアウトやろ?そう考えると、意外と難
しいかもしれへんなあ。」
「あと、あれだろ?ミスったら、顔に墨で落書きするって決まりが確かあったよな?」
「そうですね。そう思うと負けられないっスよ。」
羽根つきもなかなか面白そうだと、そこに集まったメンバーはかなり乗り気だ。まずは、
個人戦からということで、くじで戦う組み合わせと順番を決めた。勝ち抜き戦ということ
で勝ったもの同士がどんどん戦ってゆくという方式を取った。

まず第一戦目は、岳人VSジローであった。初めは眠そうに羽根を打っていたジローだっ
たが、一度ミスってしまい、顔に墨で落書きされた途端、目が覚める。
「あー、何すんだよ、岳人っ!!」
「だって、お前、ミスったじゃねぇか。ミスったら、墨で落書きってのが、羽根つきの決
まりだぜ。」
「くやC〜!!こっから本気になっちゃうもんね。」
本気になったジローは羽根つきでも強かった。持ち前の手首の柔軟さで、岳人の打つ羽根
を落とすことなく返してゆく。
カン・・・コン・・・・
「あっ!!」
短期決戦型の岳人は、地味に長く続く打ち合いにミスを連発してしまう。おかげで、顔は
落書きだらけだ。
「へへへ、後、一回岳人がミスったら、俺の勝ちだぜ!」
「くっそー、絶対負けねぇ!!」
気合を入れる岳人だが、テニスとは違うジローの打つ羽根の動きに翻弄されてしまう。粘
れるところまで粘ったが、結局勝ったのはジローの方であった。
「よっしゃー、俺の勝ちぃ!!」
「あー、くそ、負けたあ。羽根つきってやっぱ難しいぜ。」
試合に勝ったジローはニコニコしながら、応援席へと戻る。そして、何事もなかったかの
ように、再び眠ってしまった。
「くそくそ、負けちまったぜ、侑士。」
「見事に落書きされまくったなあ。おもろい顔になってんで。」
「侑士は勝ってくれよな!俺、超応援してるから!!」
「ああ。頑張るわ。」
忍足に負けた悔しさを訴えながら、岳人は次の試合で出る忍足の応援をする。第二戦目は
忍足と鳳の対決であった。
「よろしくお願いします。忍足さん。」
「ああ。羽根つきやからって、手加減はせぇへんで。」
「のぞむところです。」
さわやかなあいさつから始まったこの二人の試合だったが、その試合の内容は壮絶なもの
であった。普段テニスで使っている技を、ほぼそのまま羽根つきに見合うようにして出し
てゆく。
「一球・・・入魂っ!!」
「くっ、やるやん。でも、まだまだやで。」
カン!!コン!!
パワーのある鳳が打つと羽根は大きな音を立て、忍足の方へと飛んでゆく。そのパワーを
無効化するかのように忍足は、羽根に回転をかけるかのように打ち返す。そんな二人の試
合は応援している側も白熱させた。
「行けー、侑士!!」
「頑張れ、長太郎!!」
激しいラリーが続き、一回のミスが出るのに長い時間がかかる。岳人とジローの試合の倍
くらいの時間をかけて、二人の勝負は決まった。
「あっ、アカンっ・・・」
勝利を得たのは鳳の方であった。いい勝負であったので、二人の顔にはほぼ同じくらいの
落書きが施されている。
「あー、負けてもうた。」
「でも、惜しかったぜ、侑士。」
「岳人の言う通り、羽根つきってテニスと勝手が違うなあ。」
「すごいじゃん、長太郎。忍足に勝つなんて流石だね。」
「はい!すごい嬉しいっスよ。次は滝さんの試合ですよね?頑張って下さい!!」
「うん。出来るだけ頑張るけど・・・」
頷きつつ、滝は対戦相手の顔をチラっと見る。くじの結果、滝の対戦相手は跡部になって
しまった。勝てないだろうなあと思いつつ、やるだけのことはやってみようと羽子板を手
に持った。
「ほら、滝、早くしろ。」
「はいはい。じゃ、長太郎、頑張るから応援しててね。」
「はい!!」
そして、始まった第三戦目。初めは跡部もそれほど本気になっていないのか、なかなかい
い勝負であった。しかし、たまたま一回だけミスをしてしまい、跡部は頬に墨で大きな×
をつけられてしまう。それから、本気モードになり、滝は手も足も出なくなってしまった。
「破滅への輪舞曲だ!!」
「えっ、ちょっと待っ・・・」
羽根つきバージョンの破滅への輪舞曲はバッチリ滝の手に直撃する。テニスボールよりも
もっと固い羽根の球は、滝に大きなダメージを与えた。
「痛っ!!」
思わず羽子板を落とし、手を押さえる。それほど大きなケガにはなっていないが、誰が見
ても分かるほどの痣になっている。いずれにしても、今の一球で勝負が決まることになっ
ていたので、この勝負は跡部の勝利となった。
「俺様に勝とうなんて、10年早ぇーんだよ。」
「てか、破滅への輪舞曲は反則でしょー。超痛いし。」
手を押さえながら、滝は応援席へと戻る。跡部も満足気な顔で応援席へと戻った。
「大丈夫ですか?滝さん。」
「うん。平気平気。ちょっと痣になってるくらいだから。」
「でも、少し冷やした方がいいですよ。俺、ちょっとタオル濡らしてくるんで待っててく
ださい。」
滝の手の手当てをしようと、鳳は水道がある方にパタパタと駆けてゆく。
「跡部、破滅への輪舞曲はやめといた方がいいんじゃねぇ?」
「確かにな。じゃあ、これ以降の試合では使わないようにしとくぜ。それより、テメェこ
そ大丈夫なのかよ?樺地、強いぜ。」
「うーん、羽根つきなんてほとんどしねぇから分かんねぇけど、頑張ってみるぜ。」
第四戦目は、宍戸VS樺地の試合だ。ライジングが得意な宍戸にとっては、下についた時
点で得点になってしまう羽根つきはなかなか不利な競技である。それでも、何とか頑張ろ
うと宍戸はいつものように帽子を被って気合を入れた。
「よーし、勝負だ、樺地!」
「ウス。」
どちらも羽根つきは初心者であり、自分の特性がなかなか生かせない競技であるために、
強さは互角であった。しばらくラリーを続けていくうちに二人とも羽根つきに慣れてきた
ようで、本領を発揮し始める。
「どらあ!!」
「ばぁうっ!!」
気合の入った声が響いているが、やはりテニスほど勢いがあるものではない。カコンカコ
ンと小気味いい音がいい感じに響いている。
「おらあっ!!」
「うっ・・・」
何度かどちらもミスを重ねていたが、最後の一発を決めたのは宍戸の方であった。とりあ
えず勝てたことを素直に喜び、宍戸は花が咲いたように笑顔になる。
「よっしゃあ!!」
「ウス・・・」
多少がっかりしたような顔をして、樺地は応援席へ戻る。
「おしかったなあ、樺地。もうちょっとだったのに。」
「ウス。」
「なかなかいい勝負だったじゃねぇか。テメェにしては頑張ったんじゃねぇの?」
「だよな!俺も勝てるとは思わなかったぜ。」
負けた樺地を慰めるジローに勝った宍戸を褒める跡部。勝っても負けてもパートナーは嬉
しい言葉をかけてくれる。今のところ勝ち残ったメンバーを見て、滝は次からの試合もな
かなか面白い試合になりそうだとふっと笑う。
「ジローに長太郎に跡部に宍戸。面白い試合になりそうだね。」
「せやなあ。次の試合もくじで決めるん?」
「そうだな。その方が公平だろ。」
準決勝に勝ち残ったメンバーで、くじを引き対戦相手を決める。その結果、準決勝の組み
合わせは、ジローVS宍戸、鳳VS跡部というような組み合わせになった。

準決勝の結果は、ジローと宍戸の試合では、眠気に勝てなかったジローに宍戸が勝利し、
鳳と跡部の試合では、跡部が勝利を得た。この結果から、決勝戦は跡部と宍戸の対決にな
る。
「まさかテメェと戦うことになるなんてな。」
「俺もビックリだぜ。でも、戦うからには全力で行くからな!」
「ああ。こっちもテニスとは勝手が違うから手加減しないぜ?」
闘志を燃やしながら二人は羽根つきの試合を始める。ジローは眠り、樺地と滝と鳳は真剣
に二人の試合を見守る。ところが、岳人と忍足は一回戦でどちらも負けてしまったことも
あり、とある悪戯を実行していた。
「ただ負けてるだけじゃ面白くねぇからな。」
「これくらいの悪戯は許されるやろ。」
岳人と忍足は顔に落書きをする墨の中にこっそり油性ペンのインクを混ぜ込んだ。墨は洗
えばすぐ落ちるが、そんなものが混ざればそう簡単に消えなくなってしまう。そんなこと
とは露知らず、跡部と宍戸はお互いにミスをするたびに先程とは比べ物にならないような
落書きをする。
「よっしゃ!!」
「チッ、ちょっと油断しちまったぜ。」
ミスをした跡部の頬に宍戸は、『激ダサ』と例の墨ででかでかと書く。それを見て、岳人と
忍足は必死で笑いをこらえていた。
「どうしたの?二人とも。」
「べ、別に何でもないぜ!!なあ、侑士?」
「あ、ああ。何でもあらへんって。」
様子のおかしい岳人と忍足に滝は声をかけるが、二人はバレてはいけないと笑って誤魔化
した。
「俺様の美技に酔いな!」
「うわっ・・・あー、くそっ!!」
今度は跡部の打った羽根が決まり、宍戸の顔に落書きがされることになる。ここで跡部が
書いたのは、『跡部LOVE』という実にどうしようもない落書きだった。
「文字通り、俺が好きだって書いてやったぜ、宍戸。」
「うっわ、マジかよ。でも、まあ、墨って洗えば消えるんだろ。」
「まあな。」
そんな会話を聞きつつ、悪戯を仕込んだ二人は抱腹絶倒。さすがにこれはおかしいと滝や
鳳は、二人のその笑いの理由を尋ねた。
「何さっきからそんなに笑ってるのさ?」
「確かに二人ともすごいこと書いてますけど、そこまで笑うことですか?」
「あはは、実はな・・・」
二人は滝と鳳の消えない油性ペンのインクを墨に混ぜたことを教えた。
「それ、本当?」
「うん。マジマジ。」
「それじゃあ、あの落書きはそう簡単に消えないってことですか?」
「そういうことやな。」
『ぶっ・・・あはははっ!!』
それを聞いて、滝と鳳も大爆笑。あまりにも大笑いしている四人を横目で気にしつつ、二
人は試合を続けた。
「よし、あと一球!!」
「チッ、俺様がここまで追い詰められるとはな。」
完全に羽根つきのコツを掴んだ宍戸は、跡部を追い詰めていた。そして、跡部のちょっと
した隙をついて、宍戸は最後の一点を決める。
カコンっ!!
羽根つきの羽根は跡部の足元に落ちた。これで、宍戸の勝利は確定だ。
「よっしゃー、跡部に勝ったぜ!」
「フン、テニスで勝てない分、テメェに勝ちを譲ってやっただけだ。」
「へっ、何と言おうが勝ちは勝ちなんだよ。よーし、じゃあ、さっきの仕返しに俺も書い
てやる。」
さっきのお返しだということで、宍戸はXのある頬の方に『宍戸LOVE』と重ねるよう
に書いた。しかも語尾には可愛いハートつきだ。
『ぶはっ・・・』
さすがにそれはキツイだろーと、落書きが消えないという事実を知っている四人は腹を抱
えて大笑いする。何をそんなに笑っているのだろうと首を傾げながら、二人は応援席に戻
った。
「テメェら何そんなに笑ってやがる?」
「べ、別に何でもないよ。ねぇ?」
「向日さんと忍足さんが面白い話聞かせてくれたんで。」
「そ、そうそう。な、侑士。」
「せやな。別に自分らのことで笑ってたわけやないから気にせんといて。」
ここで事の真相を言ってしまっては面白くないと、四人は必死で誤魔化す。しかし、二人
の顔に書かれた落書きを見ていると自然と顔が緩んできてしまう。
「俺らが真剣に試合してた時に何の話してたんだよ?」
「それは秘密だぜ。」
「せや。負けた同士の話やからな。」
「まあ、いいや。とりあえず、顔洗おうぜ。このままでいるわけにはいかねぇからな。」
「そうですね。」
「ウス。」
このままではどこにも行けないと、羽根つき大会を終わらせたメンバーは顔を洗いに行く。
その間も四人は肩を震わせ、必死で笑いをこらえていた。

「あー!?」
「おいおい、どういうことだ?これは・・・」
全員が顔を洗い終え、墨を落としてタオルで顔を拭いていると、宍戸と跡部が驚嘆の声を
上げる。一回戦と準決勝の時にされた落書きは綺麗に落ちているのだが、決勝戦で書かれ
た落書きがくっきり残ってしまっているのだ。
『あはははっ!!』
さすがに耐えられなくなり、四人は同時に笑い出す。さっきの笑いはやはり自分達に関す
ることであったと気づいた跡部と宍戸は怒り顔で四人に詰め寄る。
「これはどういうことだ?アーン!?」
「そうだ!ちゃんと説明しろ!!」
「どうする侑士?」
「せやなあ・・・」
「俺らは別に関係ないよ。ただ話を聞いただけ。」
「はい。なので、俺達はこのへんで失礼します。」
これ以上巻き込まれたら大変だと、滝と鳳はその場からそそくさと逃げ去ってしまう。そ
うなると、元凶は岳人と忍足に絞られる。
「テメェらが原因だな?」
「どうしてくれるんだよ、コレ!?」
「何か相思相愛って感じでいいと思うぜ!!」
「せ、せやな!!岳人、ここは逃げるが勝ちや。」
「お、おう!!」
バレてしまったらもう逃げるしかないと、二人は跡部と宍戸の隙をついて全力疾走でその
場から逃げ出す。あまりのそのすばやさに跡部と宍戸は追いかけるのもバカらしくなって
しまう。
「チッ、逃げられたか。」
「うわあ、マジで消えねぇよ・・・。どうしよう、跡部。」
「どうしようって、言われてもなあ・・・日が経てば消えんだろ。まだ、冬休みはしばら
くあるし、学校始まるまでには消えてくれるんじゃねぇの?」
「そうだけどさ・・・これじゃ、俺、外歩けねぇぜ。」
「俺だってそうだ。テメェが『激ダサ』なんて書きやがるから。」
「そこかよ!!まあ、本当今が冬休みだってのが、不幸中の幸いだよな。」
「ああ。」
消えないのはしょうがないと溜め息をつきながら、二人はお互いに顔を見合わせる。あま
りに馬鹿馬鹿しい落書きに何だか笑えてきて、二人は声を上げて笑った。
「あはは、何かここまであからさまに書いてあると逆に笑えるよな!」
「まあな。消えるまで、うちに泊まってけよ宍戸。それじゃ、帰るにも帰れねぇだろ?」
「そうだな、そうさせてもらうぜ。」
二人が開き直り始めているちょうどその時、今まで爆睡していたジローが目を覚ました。
樺地に顔を洗ってもらい、タオルで拭き終わったところだった。
「ふあ〜、よく寝た。あれ?跡部と宍戸、何その顔!?」
『えっ!?』
「何かラブラブじゃん!!マジマジすっげー!!それ落とさねぇの?」
「いや、落とさないんじゃなくて・・・落とせねぇんだ。」
「へっ?」
「岳人と忍足が墨の中に消えないようなインクを入れやがったみたいでよ、洗っても消え
ねぇんだよ。」
「マジ!?あはは、岳人と忍足やるぅ。その悪戯、俺も参加したかったC〜!!」
『ジローっ!!』
「冗談だって。そんなに怒るなよー。で、その張本人達は?あと、滝と鳳もいないC−。」
「あいつら逃げやがったんだよ。」
「そうなんだ。じゃあ、俺も帰ろっかなあ。ここにいても、また寝ちゃうし。」
「そうだな。そうしろ。」
「じゃあ、樺地一緒に帰ろー。俺、途中で寝ちゃうかもしれないし。」
「送ってってやれ、樺地。」
「ウス。」
樺地にジローを任せると、跡部は宍戸を連れて、屋敷の中に入る。屋敷内のメイドや執事
はその顔の落書きをおかしいと思いつつも、笑えもしないし、何もつっこむことができな
い。
「絶対おかしいと思われてるよな・・・」
「気にするな。堂々としてりゃ誰も何も言わねぇよ。」
「そうだけどさぁ・・・」
「そんなこと文字で書いてなくても、いつもテメェはそれが顔に出てるんだぜ?」
「そ、そんなこと・・・」
「ま、俺もだけどな。」
否定しようと思った途端、自らのことで肯定される。そんなこと言われたら否定出来ない
じゃんと思いつつ、宍戸は顔を赤くして、跡部の腕をきゅっと掴んだ。
「俺らがどれだけラブラブかってことを見せつけてやろうぜ。」
「見せつけなくてもいいし。」
「素直じゃねぇなあ。」
行動と言葉が一致していないと、跡部は宍戸を見て笑う。頬に書かれた自分に対する気持
ち。自分の頬にも宍戸に対する気持ちが書かれている。再び顔を見合わせるような状態で
二人は同時に顔を緩ませた。

                                END.

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