街頭の大画面に映っている現在売れに売れているアーティスト。名前は宍戸亮。各メディ
アに引っ張りダコの宍戸だが、出来る限り学校には通うようにしている。それもそのはず、
宍戸の通う氷帝学園には宍戸が心から慕っている一人の人物がいるのだ。自分の映ってい
る大画面を横目に見ながら、宍戸は帽子をかぶり、ピンク色のオシャレなサングラスをか
けて、早足でとある場所に向かっていた。
「早く行かねぇと、時間がなくなっちまう。」
時計を見つつ、宍戸は走り出す。と、その時走ったはずみに帽子が取れてしまう。
「あっ、あれって、亮じゃない!?」
「本当だ!亮だ!!」
「ヤベッ・・・」
帽子が取れたことで、あの有名な亮であることがバレてしまう。慌てて逃げようとするが、
多くの人に気づかれてしまい、とても逃げられるような状況ではない。信号が赤信号に変
わりもうダメだと思った瞬間・・・
キキー、バタン!!
「えっ・・・?」
ぐいっ!
「うわっ!!」
一台の車が宍戸の目の前に止まり、後ろのドアが開いた。そして、無理やり車の中に引き
込まれる。あまりにも突然で一瞬の出来事だったので、宍戸を追いかけていた人達は固ま
ってしまう。
「ったく、来るのが遅いと思って、様子を見に来りゃ何て様だ。」
「わ、悪ぃ・・・」
「ま、あんだけ人気なんだ。これくらいは仕方ねぇけどな。」
「マジ、サンキュー跡部。本当助かったぜ。」
ホッとした表情を見せながら、宍戸は跡部に笑いかける。跡部こそ、宍戸が唯一心の底か
ら慕っている人物だ。跡部と宍戸を乗せた車は、そのまま跡部の家へと向かう。宍戸が向
かおうとしていた場所とは、跡部の家だったのだ。
「着いたぜ。」
「はあ、やっと跡部とゆっくり話せるー。」
「今日は何時まで平気なんだよ?」
「今日はもうこの後仕事ねぇけど、明日は朝からミーティングが入っててよ、家には帰ら
なくちゃいけねぇんだ。だから、9時か10時くらいが限界かな。」
「そうか。それじゃ、いつもよりは少しはゆっくり出来るな。」
「そうだな。・・・俺的にはもうちょっと長く跡部と一緒に居てぇんだけど。」
「アーン?何か言ったか?」
「いや、何でもねぇ。ほら、早く跡部の部屋行こうぜ!」
もっと跡部と一緒に居たいという気持ちを抑えつつ、宍戸は跡部の手を引っ張った。何だ
よと苦笑しながら、跡部も家の中へと入る歩みをほんの少しだけ速めた。
跡部の部屋に入ると宍戸は迷わずベッドに向かう。そして、思いきりベッドにダイブした。
ばふんっ!
「うわあ、やっぱ跡部のベッドふわふわだー!!」
「おいおい、ガキじゃねぇんだからベッドに飛び込むんじゃねぇ。」
「でもよ、マジで跡部のベッド気持ちいいからさ。」
「だからって、寝るんじゃねぇぞ。せっかくの二人きりの時間なんだからよ。」
「分かってるって。跡部もこっち来いよ。」
「ああ。」
宍戸に手招きされ、跡部もベッドの上に座る。もっと跡部に触れたいと、宍戸は自ら跡部
に擦り寄った。
「どうした?」
「もっと近づきてぇなあと思って。」
「フッ、いいぜ。もっとこっち来いよ。」
まるで猫が甘えるかのように、宍戸は跡部の腕の中へ入る。そんな宍戸の背中に跡部は当
然のごとく腕を回した。
「なあ、跡部。」
「アーン?」
「今度のライブもやっぱり来てくれねぇの?」
跡部の腕の中で、宍戸は寂しさを含んだ声で尋ねる。売れる前からもちょくちょく行って
いたライブに跡部は一度も足を運んだことがなかった。最近はライブの動員数も桁が変わ
るほど増えている。宍戸の歌声は好きだし、宍戸関係のCDや雑誌で持っていないものは
ない。しかし、跡部にとっては宍戸が他の人々のものになっているライブに足を運ぶこと
は耐え難いことであった。宍戸は自分のものだけであって欲しい。そういう気持ちを心に
抱えながらも、そのために宍戸の邪魔をすることは絶対にしたくないと跡部は思っている
のだ。
「・・・悪ぃが、それは出来ねぇ。」
「そっか。」
悲しげな笑顔で、宍戸は跡部の顔を見上げる。その表情に跡部は胸が締めつけられる。そ
んな気持ちを誤魔化すかのように、跡部は愛情を込めた口づけを宍戸の柔らかい唇にして
やった。
「んっ・・・」
本当に好きだと思っているからこそ少しのことでも嫉妬をしてしまう。二人きりで居る時
は宍戸は自分のものだと実感出来る。宍戸が売れることは自分にとっても喜ばしいことだ
が、宍戸が自分のものではなくなってしまうと感じられる場所には出来るだけ行きたくな
い。そんな葛藤を心の中に抱えながら、跡部は瞳を閉じ、腕の中の宍戸を精一杯感じよう
と努めた。
「・・・宍戸。」
「ん?何だよ・・・?」
「俺はテメェのことが本当に好きだ。自分でもコントロールが出来ねぇくらいテメェのこ
とが好きすぎて・・・テメェのことを傷つけてることもあるかもしれねぇ。」
「・・・うん。」
「それでも、テメェが一番で、だから・・・」
「分かってる。だから、そんな顔すんなよ。俺だって、跡部が一番なんだからよ。」
今にも泣いてしまいそうな跡部の表情を見て、宍戸は切なくなる。自分は歌が好きで、今
の仕事も楽しくて充実している。少しの時間であるが、こうやって跡部と触れ合っている
時間も何ものにも替えがたい大切な時間であると感じている。どちらも捨てることは出来
ない。しかし、時折そのことが宍戸の心をきゅっと締めつけた。
「次のライブも絶対成功させてみせる。もうすぐ新曲も作らなきゃだしな。また、ちょっ
と会える時間は少なくなるかもしれねぇけど、俺の頭ん中にいつもお前が居るから。だか
ら、俺のこと応援してくれよ。すっげぇわがままなのは分かってる。それでも、お前が応
援してくれることが何よりも俺の力のなるから・・・」
「当然だろ。テメェのことを誰よりも考えてるのは、この俺様なんだからよ。」
宍戸の言葉に跡部の心はだんだんと和らいでゆく。いつもの笑顔を取り戻し、跡部はキッ
パリとそう言い放った。そんな跡部の態度にホッとしたような笑みを宍戸はその顔に浮か
べる。
「ありがとう、跡部。」
「別に礼を言われるようなことは何もしてねぇよ。」
「そんなことねぇよ。跡部は今ここに居ること自体が、俺にとっては感謝に値することな
んだからよ。」
少し照れながらそんなことを言ってくる宍戸に、跡部の胸はキュンとする。嬉しすぎるそ
の一言に跡部の心にあった切ない気持ちは跡形もなく消え去ってしまった。思わずそのま
ま宍戸をベッドに押し倒し、宍戸を組み敷いているような状態で、口元に笑みを浮かべる。
「嬉しいこと言ってくれるじゃねぇか。あんまり可愛いこと言ってるとこのまま食べちま
うぜ。」
「えっと・・・今、何時?」
「何でそこで時間を気にすんだよ?今、7時だ。」
「7時か。・・・じゃあ、別にしてもいいぜ。まだ、帰るまで結構時間あるしな。」
「いいのかよ?」
「お、おう。こういうことすんの久しぶりだから、ちょっと恥ずかしいなあと思ったりし
てるけど、跡部とすんの・・・気持ちイイし。」
「フッ、本当テメェは飽きさせねぇな。いいぜ。だったら心ゆくまでしてやるよ。」
冗談で言ったつもりだったが、宍戸にそんな反応をされてはしないわけにはいかない。手
早くボタンを外しながら、跡部は宍戸の唇に再び甘いキスを施した。
ライブは無事成功し、大盛況に終わった。それから数週間が経ち、今日は宍戸の新しいシ
ングルの発売日だ。発売日に合わせて宍戸はとある音楽番組に出演することになっていた。
DVD録画の予約をしつつ、跡部はその音楽番組が始まるのを待つ。手元には既に宍戸か
ら受け取った真新しいCDが置かれている。
「そろそろだな。」
自分の部屋のソファに座り、跡部はテレビをつける。ほどなくして、その音楽番組は始ま
った。
『こんばんは。今回のゲストは今人気大絶頂の宍戸亮さんです!』
『こんばんは。』
『今日はニューシングルの発売日だそうじゃないですか。今回の曲は、かなり甘い感じの
ラブソングですよね。作詞も宍戸さんがしたって聞きましたが、何かモチーフになった出
来事とかあるんですか?』
『そうですね。まあ、簡単に言ってしまえば、俺の今一番感じてること、思っていること
をそのまま詩にしたって感じですかね?』
『そうなんですか?それじゃあ、宍戸さんは今恋をしていらっしゃると?』
なかなか興味深いことを宍戸が言うので、その番組のMCはここぞとばかりにつっこんだ。
そんな質問に宍戸は笑って返す。
『どうですかねー。恋っていうか・・・もっと深くていろんな気持ちが混ざった感情って
気がしますよ。ただのラブソングってことになると、俺、どれだけ女々しいんだってこと
になるじゃないですか。』
『確かにどちらかと言えば、女性視点の歌なのかなあという感じはしますけどね。でも、
男性にも十分理解される心情だと思いますよ。』
『ハハ、女性視点っスか。でも、確かにそんな部分もあるかもしれないですね。まあ、女
性視点で書いたなんて意識は全くないですけど。』
『なるほど。それで、この曲はどなたかへのメッセージソングだったりするんですか?僕
が聞いた感じだとそんなふうに聞こえるんですが。』
『うーん、そうですね。メッセージ性はかなり高いと思いますよ。当然誰に対してかのメ
ッセージかってのは内緒ですけど。でも、その本人はきっと気づきますよ。今もこの番組
を見てるだろうし。』
そう言いながら、宍戸は悪戯な笑みを浮かべながら、カメラを見る。テレビを見ている側
からすれば、そのカメラを通して見つめられているような気分になる。まさに跡部はその
感覚を味わっていた。
「まさかな。」
今日発売ということもあって、跡部はまだ宍戸の新曲を聞いていない。チラッとジャケッ
トに目を落とした後、跡部は再びテレビの方に目をやる。
『それじゃあ、その人にもより分かってもらえるように、歌ってもらいましょうか。宍戸
亮ニューシングル、「You’re all I need」どうぞお聞きください!』
MCの紹介が終わると、すぐに前奏が始まった。ステージの中心で、コードのついたマイ
クを持ち、宍戸はスポットライトを浴びている。歌が始まると、跡部の視線はテレビに釘
付けになり、鼓動は次第に速くなる。間違いない。この歌は自分に対して歌われている歌
だ。そう跡部は確信し、テレビの音量を大きくした。
『You’re all I need ♪ 君が俺の心を埋め尽くす 誰よりも俺のことを
想ってくれている君だから♪ 君のためだけに俺は歌うよ 俺の全ての想いを乗せて♪』
「宍戸・・・」
心のこもった宍戸の歌を聞き、跡部の胸は熱くなる。この歌は、自分に対して贈られた歌
だ。そう思うと自然と目頭が熱くなる。宍戸のファンが何百人集まったって敵いはしない
宍戸へ対する気持ち。それが曲を聴きながら、一気に溢れた。
『ありがとうございました!いやあ、やっぱりいい曲ですねー。』
『俺も今回の曲は激気に入ってるんですよ。』
『たくさんの人に聞いてもらいたい曲ですよね。今回も初登場一位は確実でしょう。』
『そうですか?ありがとうございます。』
ニッコリと笑顔でそう言うと、会場にはキャーキャーと黄色い声が飛び交う。しばらくト
ークをした後、このCDの宣伝をして番組は終わる。生放送なので、宍戸が楽屋に帰る時
間を見計らい、跡部は宍戸の携帯電話にメールをした。
『時間が空いたら電話くれ。』
宍戸から電話が来るまで、先程の曲を聴こうと宍戸からもらったCDをデッキに入れる。
歌詞カードを開いてみると、その間に一枚の紙が挟まっていた。
「ん?何だ?」
そこには一言こう書かれていた。
『今回の曲は跡部のために作ってやったんだからな!心して聞けよ!!』
「フッ、やってくれるじゃねぇの。」
CDデッキの再生ボタンを押し、宍戸の歌声に酔う。何度聞いても胸が熱くなり、油断を
すれば涙が溢れてきそうになる。と、次の瞬間、机の上に置いていた携帯が鳴った。
「もしもし?」
『あっ、跡部?俺だけど。』
「ああ、宍戸か。見たぜ、今日の番組。あと、テメェからもらったCDも聞いた。」
『マジか。で、どうだった?』
「・・・・・・。」
宍戸の問いに跡部は黙ってしまう。突然黙り込んでしまう跡部に、宍戸は困惑したような
声で聞き返す。
『あ、跡部・・・?どうした?』
「・・・・やっぱ、テメェはすげぇな。」
『はっ?』
「あの歌、俺のために作ってくれたんだろ?」
『お、おう。一応な。』
「すげぇ、嬉しかった。こんなに歌を聞いて感動したのは、初めてかもしれねぇ。」
『そ、そっか。よかった・・・』
「宍戸。」
『何だよ?』
「テメェのライブ、次からは毎回行ってやるよ。」
突然の跡部の言葉に宍戸は固まってしまう。今まであそこまで拒んでことを何故こんなに
も簡単に行くなどと言うのか。嬉しいがその理由が分からないと宍戸は戸惑うような声で
その理由を尋ねた。
『・・・いきなり、何で?』
「あの歌を聞いて、俺がテメェを好きだって気持ちとテメェが俺を好きだって気持ちが、
何百人のファンが集まったって敵わなねぇもんだってことが分かったからよ。」
『跡部・・・・』
あまりの嬉しさに宍戸は思わず涙声になってしまう。そんな宍戸の声を聞いて、跡部はふ
っと笑った。
「何そんな声出してやがる。今日はもう仕事はねぇのか?」
『まだ、雑誌のインタビューが一つ残ってる。』
「明日は?」
『明日はオフだぜ。だから、学校にも行けるし、跡部にも会える。』
「そうか。それじゃ、あんまり長電話しちまっても仕事に響いちまうしな。今日はこのへ
んにしておくぜ。」
『おう・・・』
もう少し電話をしていたかったという気持ちを必死で抑え、宍戸は跡部の言葉に頷く。宍
戸が電話を耳から少し前に電話越しに宍戸を呼び止める。
「宍戸っ。」
『えっ?何、跡部?』
「愛してるぜ。」
心のこもった愛の言葉を聞き、宍戸の胸は高鳴り、言葉では言い表せないほどのときめき
を覚える。顔が自然と緩んできて、満面の笑顔になってしまう。
『俺も跡部のこと大好き!!明日は、いっぱい話して、ずっと一緒にいような!』
「ああ、じゃあ、また明日。」
『おう、じゃあな!』
たった六文字の言葉で、別れの気分もがらっと変わってしまう。明日跡部に会えるのを楽
しみにしながら、宍戸は電話を切った。宍戸が電話を切るのを確認すると、その後で、跡
部も電話を切る。
「ヤベェ、顔がニヤけてきちまう。明日は何してやろうか?今から楽しみだ。」
明日学校で会うことを楽しみにしつつ、跡部は再び宍戸のCDを聴き始める。エンドレス
リピートで響く宍戸の歌声。そんな声に酔いしれながら、跡部は心を弾ませ、ソファに座
り瞳を閉じた。
END.