ラブラッキー☆

「もー、聞いてよ、今日の跡部超機嫌悪いんだけど!」
「どうしたのー、滝?」
「何かあったん?」
部室に入ってくるなり、そんなことを言い出す滝に着替え途中であったジローと忍足はそ
んなことを問う。滝は溜め息をつきながら事の成り行きを話し始めた。
「さっき、図書室に本を返しに行って、跡部に会ったんだけどね、いきなり10冊くらい
の本渡されて、これ返してこいって超怖い顔で言うの。俺、他にも用があって、急いでた
から断ろうとしたら、俺様の言うことが聞けねぇのかって半ギレ状態で言われたんだよ。」
「うわあ、そりゃ大変やったな。」
「跡部って、機嫌が悪いと誰に対してもそういう態度になるよねー。」
「そういえば・・・」
三人の会話を聞いていて、突然鳳が何かを思い出したかのように声を上げる。
「どないしなん、鳳?」
「宍戸さんも、超あんまり機嫌よくなかったっスよ。昼休みにたまたま見かけたんですけ
ど、すごい形相で壁当てしてました。」
「ということは、また、あの二人ケンカでもしたってことなのかなあ?」
「かもしれないねー。ケンカするのは勝手だけど、他の人まで巻き込まないで欲しいC〜。」
「ホンマやで。」
あの二人の機嫌が悪くなると、周りにも危害が及ぶということでそこにいたメンバーは大
きな溜め息をつく。と、突然、部活の用意をしていた岳人が大きな声を上げた。
「あっ!!」
「今度は岳人?どうしたの?」
「鞄のポケットに面白いもんが入ってた。」
「面白いもん?何や?」
「ほら、跡部が『性転換』な効果がある飴くれただろ?あれがまだ残ってたんだよ。」
「えー、何それ。ずるい!」
「ずるいやあらへん。まだそんなもん持っとったんか。」
滝はその飴があると聞いて羨ましがるが、忍足はもう女にされるのはゴメンだと呆れたよ
うな声を漏らす。
「別に侑士に使いたいわけじゃねぇから安心しろって。」
「ホンマ?」
「本当本当。それよりさ、これ使って、今話のネタになってたあの二人をからかってやら
ねぇ?」
いい悪戯を思いついたと岳人はニヤリと笑う。自分達にただあたられるだけよりは、全然
面白いと他のメンバーもその提案に同意する。
「それは面白そうだね。」
「賛成ー!!そういう悪戯大好きだC〜!!」
「たまにはええこと言うやん岳人。」
「ちょっと可愛そうな気がしますけど・・・やっぱり、面白そうですもんね。」
三年メンバーは一つ返事で賛成で、鳳は少し二人に同情を見せるが、やはり面白さには敵
わない。結局、賛成してしまった。
「でも、いきなり飴渡したら怪しんで普通は食べないよね?今までのこともあるわけだし。」
「あっ、俺、のど飴持ってますよ。宍戸さんが来た時にみんなでそれを食べてるってのは
どうですか?他の人がみんなで何か食べてたら、やっぱり食べたくなるじゃないですか。」
「ナイス提案!それで、行こうぜ!!」
宍戸に飴を食べさせる計画はそれで行こうとそこにいたメンバーは、だんだんテンション
が上がってくる。そんなことを話し合った後、部活に行ける準備をすると、全員で宍戸が
来るのを待った。
「あっ、宍戸、来たみたいだよ。」
窓から外の様子を見ていた滝は小声で他のメンバーに宍戸が来たことを伝える。入ってく
るタイミングを狙って、鳳は三年メンバーにのど飴を配り始めた。
「じゃあ、宍戸が入ってきたら、口に入れようね。」
「鳳、違和感なくその飴渡すんやで。」
「はい、分かってます!」
例の飴をあげるのは、鳳の役割なのでわざとらしくないようにと、忍足はそんな注意をす
る。ほどなくして、宍戸が部室に入ってきたので、そこにいたメンバーは今飴を渡された
かのごとくに、包みを開けて、普通の飴を口の中に入れた。
「あー、宍戸、お疲れ。」
「今日は遅かったな。」
「ちょっとHRが伸びちまってな。ん?テメェら何食ってんだ?」
「鳳がくれたのど飴。何か口寂しくてさ。」
「へぇ、そっか。長太郎、俺にもくれよ。俺も微妙に腹減っちまった。」
「いいですよ。」
本当、計画通りの行動してくれると、そこにいた全員が心の中でガッツポーズをする。鳳
から受け取った『性転換』な効果がある飴を、何の疑いもなしに、宍戸は口の中に運んだ。
《よし!!》
「サンキューな、長太郎。さーてと、今日も気合入れて練習すっか。」
部活の用意をしようと、自分のロッカーの前まで来ると宍戸は貧血のような激しい眩暈を
感じる。
「うっ・・わ・・・」
突然座り込んでしまう宍戸を気遣うような素振りを見せて、滝とジローが近づく。
「どうしたのー、宍戸?」
「大丈夫?」
「何か・・・すっげぇ、くらくらする・・・」
「本当?じゃあ、ソファで少し横になってた方がいいんじゃない?」
「うー、これから部活なのにー。」
「無理しちゃダメだよー。俺も疲れたら寝るC〜。」
「お前と一緒にすんな。・・・でも、マジでちょっと休んだ方がいいかも・・・」
激しい眩暈に耐え切れず、宍戸はふらふらとした足取りでソファまで移動し、そこに横に
なる。しばらくするとそのまま寝入ってしまう。
「たぶん、そう簡単には起きないだろうから、ひとまず練習に行こうか。」
「そうですね。」
「跡部が来たらどうする?」
「今日は生徒会の引継ぎがある言うとったから、そんなに早くは来ないと思うで。」
「そっか。じゃあ、今日はちょっと早めに練習切り上げて戻ってこようぜ。」
とりあえず、部活をしに行こうと宍戸を残し、そこにいたメンバーは出ていった。自分の
体の変化に気がつかないまま、宍戸は眠り姫のようにぐっすりと眠り続けた。

他のメンバーが、まだ戻ってこない時間帯に宍戸は目を覚ます。気分がよくなったので、
着替えようとロッカーを開け、制服を脱ごうとしたその瞬間、宍戸は自分の体の異変に気
がついた。
「・・・えっ?」
鏡に映る顔は、数ヶ月前の髪の長さだ。恐る恐る胸元に目を落としてみると、そこにはあ
るはずのない胸のふくらみがある。
(・・・何でだ?理由が分かんねぇ。跡部とは昨日からケンカしてるから、別に何ももら
ってねぇし、食べてねぇし。だからって、長太郎がそんなもん持ってるはずもねぇし。ど
うすりゃいいんだ?俺・・・)
このままでは、部活にも出られないとへなへなと宍戸はその場に座り込んでしまう。しば
らくそんな状態で呆然としていると、早めに練習を切り上げた、滝や岳人達が帰って来る。
「はあー、疲れた。あれ?宍戸、起きたの?」
滝に声をかけられ、宍戸はドキッとしてしまう。
「本当だ。でも、もう今日は早めに部活終わっちまったから、今からじゃ自主練になっち
まうぜ。」
「今日はもうい・・・!?」
様子がおかしいのを悟られまいと声を出すが、その声さえも女の子のものになっている。
その声を聞いて、滝と岳人は顔を見合わせて笑った。
「どうしたの?宍戸。まだ、調子悪い?」
近づいてくる二人を追い払おうとするが、下手に声も出せず、宍戸はどうすればいいか分
からなくなり、だんだんと涙目になってきてしまう。
「今日の練習はもう終わりー!!俺、頑張ったー!!」
「今日のジロー先輩は最強でしたよ。やっぱ、シングルスじゃ敵わないですね。」
「おっ、宍戸起きてるやん。どや?少しは気分よくなったん?」
もうその場から逃げ出せない状況になってしまい、宍戸はパニック状態。感情も女性化し
ているということもあり、ついには泣き出してしまった。
「ふっ・・・ぇ・・・・」
さすがに泣かれるとは思っていなかったので、そこにいたメンバーは多少動揺してしまう。
「えっ、あっ、宍戸!?」
「俺、何でか知んねぇけど・・・女になっちまってんだよぉ・・・こんなんじゃ、テニス
も出来ねぇ・・・」
「あー、ビックリしたのは分かるけど、何も泣くことじゃねぇだろ?」
「だってぇ・・・うー・・・・」
ボロボロと涙を流し続ける宍戸をどう扱っていいのか分からず、そこにいるメンバーは代
わる代わる宍戸を慰める。
「きっとすぐ戻るから、大丈夫だって!」
「そうだぜ!平気だから、そんなに泣くなって!!」
「本当か・・・?」
「大丈夫ですって!ね、忍足先輩。」
「せや、俺らだってなったことあるけど、すぐ戻ったで。」
「サンキューな・・・お前らみんないい奴。」
他のメンバーの慰めによって、宍戸の涙は一応止まった。ちょうどその時、生徒会の仕事
を終えた跡部が部室に入ってくる。
「ちっ、今日も結局部活が出来なかったじゃねぇか。ん?」
『あっ・・・』
跡部と顔を合わせたことで、宍戸は顔を強張らせる。ケンカをしている状況で、こんな姿
を見られたくないと壁になれるような鳳と忍足の後ろに身を隠した。
「今、テメェらの後ろに隠れたのは誰だ?」
「えっ?誰って言われても・・・なあ?」
「跡部さんのよく知ってる人ですよ?」
苦笑いを浮かべながら、忍足と鳳は答える。つかつかと二人のもとへ歩いて行こうとする
と宍戸が言葉でそれを制止した。
「こっち、来んな!!アホっ!!俺をこういうふうにしたのもどうせ跡部なんだろ!?」
「アーン?何のことだ?」
「とぼけんじゃねぇよ!!」
理由がハッキリしないのなら、とりあえず跡部の所為だろうと宍戸はそんなことを言い放
つ。しかし、今回は岳人や滝などの悪戯なので、跡部は全く関係ない。女の体になってい
る宍戸を見て、驚愕したのは跡部の方だった。
「なっ!?」
「今日は長太郎とか忍足とか滝とかと帰るんだから!!テメェはついてくるな!!」
「ちょっ・・・ちょっと待て、宍戸。」
今がケンカ中であることも忘れて、跡部は困惑した表情で宍戸に歩みよろうとする。しか
し、宍戸がそれを許さなかった。
「来るなっつってんだろ!!」
そう言いながら、宍戸はぎゅうっと鳳と忍足の腕を自分の方へ引き寄せる。
「うわっ、し、宍戸さん、そんなことしたら腕が胸に・・・」
「女になってるんやから、そういう行動はつつしまんと・・・」
腕が柔らかい胸に当たってしまうと、二人は困惑。それを見て、跡部は言葉では言い表せ
ないほどの苛立ちを覚える。簡単に言ってしまえば、嫉妬心というものだ。
「し、宍戸、ちょっと離してぇな。」
「やだ!!」
「宍戸さーん、本当にお願いしますって。」
跡部の怒りに満ちた視線を感じ、二人は慌てて宍戸を自分から離そうとする。しかし、宍
戸はなかなか離れてくれなかった。
「何かちょっとヤバげな雰囲気?」
「だな。てか、宍戸、何か知らないけど超勘違いしてるし。」
「跡部の普段の行いが悪いからいけないんだと思うけどー。」
「跡部なんて、知らねぇ!!あっち行け!!」
まるで子供のようにそう言い放つ宍戸に跡部の中で何かが切れた。半ば強制的に鳳と忍足
の腕から宍戸をはがし、がしっとその体を抱き上げ、トレーニングルームに連れて行った。
「な、何すんだよぉ!?下ろせー!!」
「ウルセー、テメェが何か勘違いしてやがるからその誤解を解くだけだ。」
パタン・・・
トレーニングルームへ続く扉が閉まると、そこにいたメンバーは緊張が解け、大きく息を
吐いた。
「やっぱ、跡部怖ぇー。」
「何か思ってもみない展開になっちゃったね。」
「まあ、これで仲直りは出来るんちゃうん?女になった宍戸には、そう厳しいこと言えん
やろ。」
「確かに。あの二人の機嫌が直ってくれれば、俺達に被害はこないしねー。」
「とりあえず、巻き込まれる前に帰りません?」
『賛成ー。』
これ以上関わるとまた大変なことになりそうだと、そこにいたメンバーはそそくさと退散
する。部室に跡部と女になった宍戸だけが残るという状態で、外へ続くドアがパタンと閉
められた。

トレーニングルームに連れて来られた宍戸は、トレーニング器具の上に下ろされる。嫌が
ったのに無理矢理連れて来られたと、宍戸は不満いっぱいの顔でぷいっとそっぽを向く。
「つーか、テメェ、何で女になってんだよ?」
「こっちが聞きてぇよ!」
「今回はマジで俺がやったんじゃねぇからな。」
「じゃあ何で・・・」
ふと鏡に映った自分の全身を見て、宍戸はまたひどくへこみ、じわっと涙が滲んでくる。
しばらく放っておいたために生まれた副作用なのか、情緒がひどく不安定になっているよ
うだ。
「う〜・・・・」
「お、おいおい、何で泣くんだよ!?」
「だって、だって、跡部があ・・・」
あまりにもわんわん泣いている宍戸を落ち着かせようと跡部は宍戸の体を引き寄せ、ぎゅ
っと抱きしめる。いつもより柔らかい体にドキドキしつつも冷静な口調で跡部は宍戸を宥
めた。
「昨日のことは俺が悪かった。だから、少し落ち着け。な?」
「ひっく・・・ふぇ・・・」
「泣くな。こんなことで泣かれたら・・・どうすればいいか分からねぇじゃねぇか。」
「じゃあ・・・」
「じゃあ、何だ?」
「今日は・・・跡部んち泊まる・・・」
「・・・は?」
何故いきなりそんなことを言い出すのか、跡部には理解不能であった。意味が分からない
という顔を見せると宍戸の目に再び涙が溜まってくる。
「あー、分かった分かった!!泊まっていいから。」
「本当か?」
「あ、ああ。当然だ。」
それを聞いてホッとしたのか、宍戸は跡部の顔を見てニッコリ笑う。コロコロ変わる表情
にドキドキしつつ、跡部は何とか平静を装うとした。
(何で俺様がこんなに動揺しなくちゃいけねぇんだよ・・・)
「・・・跡部。」
「アーン?」
「今回は本当に跡部の所為でこうなったんじゃねぇの?」
「今回は本当だ。・・・・ただ、もしかしたら、そういう効果がある飴を向日か滝が持っ
てたって可能性はあるな。」
「そういうえば、俺、長太郎から飴もらった。それ食べたら急に眩暈がして、いつの間に
か眠っちまって、起きたら女になってた。」
「もろにそれが原因じゃねぇか・・・」
呆れたような口調で跡部は呟く。どうしてそれに気づかないんだと心の中でつっこみつつ、
跡部はちらっと宍戸を見る。
「まあ、跡部が原因じゃなかったってことが分かったからいいや。疑って悪かったな。」
「別に気にしてねぇよ。それより、その体でその制服で帰んのはちょっと微妙だろ。せめ
て、下はスカートにしとこうぜ。」
「えっ?」
どこから持ち出したのか、跡部は氷帝の女子の制服を出して着た。どうしてこんなものが
常備されているのかを不思議に思いながらも、宍戸はスカートに着替え、髪を頭の上の方
でまとめる。
「よし、それじゃ帰るか。」
「お、おう。」
部室の戸締りをすると、跡部は完璧に女の子になった宍戸の手を引き、部室を出る。
「うー、やっぱ、スカートは足がすーすーする。」
「でも、今なら全く違和感ないぜ?」
「そりゃそうだろ。女になってんだからよ。」
「それじゃあ、こういうことしても全く違和感ねぇってことだよな?」
「へっ・・・?」
宍戸の隙を突き、跡部は宍戸の柔らかい唇に軽くキスをする。いつもだったら、殴るよう
な勢いで抗議をする宍戸だが、今回は顔を真っ赤にしてうつむいてしまった。
「何・・・すんだよぉ。」
(ヤベェ、可愛すぎだ・・・)
初々しい反応を見せる宍戸に跡部は思わずニヤけてしまう。これも女になっている効果か
と思うと、宍戸をこんなふうにした他のメンバーに対する怒りも半減する。
「続きは俺の家でな。」
「なっ・・・!?」
「フッ、冗談だ。明日、テメェをそんなふうにした奴らにはしっかり罰を科してやるから
な。リクエストがあったら、聞いてやるぜ?」
「何かもう・・・今はそんなこと考えられねぇ・・・」
跡部のしてくる行動や何気なく放つ言葉で、ドキドキしまくりの宍戸はゆでだこのように
赤面しながら跡部の顔を見られないでいる。そんな宍戸の可愛さに萌えまくりながら、跡
部は宍戸の手をぎゅっと握った。
「っ!?」
「本当、女のテメェは可愛い反応ばっか返してくれるな。」
「だ、だって・・・」
「好きだぜ、そういう反応。」
「あうぅ・・・」
恥ずかしいセリフばかりを言ってくる跡部に、宍戸はどんどん何も言えなくなる。
(ここまでいい反応が見れるとは思わなかったぜ。さっきのことであいつらを許すつもり
はねぇが、少しぐらい罰を軽くしてやるのもいいかもしれねぇな。校庭50周くらいで許
してやるか。)
そんなことを考えつつ、跡部は宍戸にちょっかいを出しながら家に向かって歩き出す。昨
日のケンカのことなど、もうどうでもよくなってしまった跡部は、彼女らしくなった宍戸
を眺め、口元がニヤけてくるのを止められないのであった。

                                END.

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