Japanese fairy tale

リクエスト内容『氷帝オールキャラで文化祭』

部活がない金曜日の放課後、テニス部レギュラーメンバーはレギュラー専用部室のミーテ
ィングルームに集められた。
「今日集まってもらったのは他でもねぇ、そろそろ文化祭だからな。テニス部の出し物を
考えてもらうために集まってもらった。」
「あー、もうそんな時期なんだな。」
「文化祭の出し物考えるのって、楽しいけど結構大変なんだよねー。」
文化祭の出し物を決めるということで、そこに集まったメンバーはざわざわと近くにいる
メンバーと話し始めた。そんな中、珍しく起きているジローが元気よく手を上げる。
「はいはーい!!俺、劇やりたい!!」
「劇か。まあ、文化祭の定番だよな。」
「せやな。内容にもよるけど。」
「他には案はねぇのか?劇にするんだったら、内容も決めなきゃなんねぇからよ。代案が
なかったら、それで話を進めるぜ。」
しばらく考えるレギュラーメンバーだったが、これといってよいと思うものは出てこない。
むしろ、一度『劇』という案が出てしまうと、どんなのが出来るかなあと、そちらの方で
話が盛り上がってしまう。
「テメェらの話してる内容を聞いてる限りでは、とりあえず出し物は『劇』で決まりでい
いみてぇだな。」
「そうだね。俺はそれでいいと思うけど。」
「俺も賛成です。」
「俺らも賛成ー!!」
「じゃあ、次はどんなのをやるか決めるぜ。」
どんどん決めることは決めていってしまおうと、跡部は話を進める。劇をやって面白いか
どうかはどんな内容の話をやるかによってだいぶ変わってしまう。何が面白いだろうとみ
んなで考えていると、鳳が手を上げた。
「海外の難しい戯曲とかより、日本の昔話をもとにしたオリジナル劇とか面白いと思うん
ですけど。」
「確かに。シェイクスピアとかそーいうのだと、名前覚えたりすんのも一苦労だもんな。」
「昔話をもとにしたオリジナル劇ってどんななん?」
「えっと、そこまではまだ具体的には考えてないんですけど・・・桃太郎とか一つの話を
やるんじゃなくて、いろいろな話を組み合わせたら面白そうだなーって。」
「へぇ、なかなかいい案なんじゃねぇ?俺、それ、面白いと思うぜ。」
「俺も面白いと思う。何の話使ったらいいかな?」
「ちょっと待て。勝手に話をそっちで進めんじゃねーよ。他の奴らはそれでいいのか?そ
れでよかったら、その次のもっと具体的な話に移っていいぜ。」
勝手に話されると収拾がつかなくなってしまうと、跡部は何も意見を言っていないメンバ
ーに賛否を問う。
「俺は別に構いませんよ。日本の話の方が海外の話より好きですし。」
「俺も賛成ー!!鳳のその案、なかなか面白そうだC〜!!」
「樺地も賛成でいいのか?」
「ウス。」
「じゃあ、全員一致で次に進めるな。何の話を使ったらいいか話し合え。」
日本の昔話をありったけ出した後、自分のやってみたい役があるかどうか、話が繋げるこ
とが可能かどうかを考えつつ、最終的に残った昔話が、『泣いた赤鬼』、『桃太郎』、
『つるの恩返し』であった。
「この三つを繋げるの結構難しくねぇ?」
「いや、他の話と繋げるよりかは全然いけるよ。何だったら俺、脚本書いてもいいし。」
「すげぇな、滝。この中だったら何の役がいいかなあ?」
話が決まったところで、それに出てくる登場人物を跡部はホワイトボードに書き出す。こ
こにいるメンバーで出来そうな主要な人物だけあげると、まずは立候補で希望を募った。
「すっごい迷うな。」
「せやな。むしろ、これはこの役は誰がいいとかそういう感じで決めてった方がええんち
ゃう?」
「あっ、じゃあじゃあ、つるは侑士がいいと思う!!で、俺はつるを助ける男の役〜!!」
「そういう決め方?なら、俺的には是非長太郎に桃太郎の犬の役をやって欲しいな。」
「えっ!?」
「忍足がつるで、岳人がつるを助ける男。鳳が犬だな。」
他のメンバーが次々に言っていく配役を跡部はホワイトボードに書き加える。口には出さ
なかったが、跡部は自分の望んでいる配役も書き加えた。
「って、おい!!何勝手に俺の配役決めてんだよ!?」
「アーン?テメェにピッタリだと思ってせっかく俺が推薦してやってるんだぜ。それとも
他にやりたい役でもあんのかよ?」
跡部が書き加えた配役は、宍戸が赤鬼で、自分が青鬼というものであった。他に残ってい
る役を見て、確かにそれが一番やりやすく無難かもしれないと宍戸自身も思ってしまう。
「う・・・ねぇ。」
「だろ?あとはどうする?桃太郎とキジとサルが残ってるぜ。」
「あれ?そうすると、一つ足りなくないですか?」
「樺地はあんまりしゃべる役はやりたくないだろうからな。この三つの話を繋げる役割を
する村人に決まってんだよ。」
「なるほどね。じゃあ、俺、キジやる。」
「なら、俺は桃太郎がいいですね。」
「ジローは・・・・寝てんな。じゃあ、サルで決定だ。よっし、これで全員決まったな。」
とりあえず全員の配役が決まったと、跡部は満足気にペンを置く。
「滝、この配役を考慮して面白い話書いてくんだぞ。」
「了解。この配役なら、結構いいのが出来ると思うよ。」
これは面白い話が出来そうだと、滝も楽しそうに笑う。今回の文化祭の出し物はなかなか
面白くなりそうだと、他のメンバーもどんな話になるのかわくわくしていた。

次の週の月曜日、滝は土日で脚本を完成させ、他のメンバーに見せるために部室へ持って
きた。部活を終えたメンバーは、出来上がったばかりの脚本を回し読みする。まず初めに
読み終えたのは跡部だった。
「へぇ、なかなかやるじゃねぇか滝。『泣いた赤鬼』も『つるの恩返し』も本当だったら、
別れて終わりだが、そうじゃなくしたんだな。」
「うん。その方が跡部達もやってて楽しいかなあと思って。」
「確かにそうだな。セリフ回しもいい感じだと思うぜ。」
「ありがとう。」
跡部は滝の書いた話が相当気に入ったようだ。他のメンバーも次々に読み終え、それぞれ
思い思いに感想を言い合う。
「これ、一種のラブ・ロマンスやんなぁ。『つるの恩返し』のラストの部分なんて、メッ
チャええやん。」
「俺は『泣いた赤鬼』のラストもいいと思うけどな。でも、演じるのは難しそうだぜ。」
「『桃太郎』も二つの話にいい感じにうまく絡んでますよね。さすが滝さんです。」
「たぶん配役がよかったんだと思うよ。すっごい書きやすかったもん。」
「てか、俺がサル役だなんていつ決まったのー?今日初めて知ったC〜。」
「芥川さんは役決めの時、寝てましたからね。残った役を跡部さんが振ったんですよ。」
「そうなのー?まあ、いっか。この話読んだ限りでは、そんなに悪い役じゃなさそうだし。」
誰が主役ということも決まっていないようで、それぞれの登場人物が同じくらい見せ場を
持っている。これならかなり楽しんで演じられそうだとそこにいたメンバーは自分が出て
くる場面を中心に何度もその脚本を読み返す。まだ一部か二部しかない脚本も、あまりに
も全員が夢中になって読もうとしているので、跡部が全員分コピーをしてその場で配った。

数週間の練習を重ね、ついに文化祭の日がやってきた。テニス部は部員がとにかく多いの
で、大道具、小道具を作るのにそれほど苦労せず、レギュラー部員は出し物の練習に集中
することが出来た。
「もう本番か。何かあっという間だったな。」
「そうだな。でも、気合を入れなきゃならねぇのはこれからだぜ。これからが本番なんだ
からな。」
「うー、何か緊張してきた。ドキドキしねぇ?侑士。」
「そりゃドキドキしとるに決まっとるやろ。俺ら一番初めに出番あるんやから。」
「だよなー。でも、せっかくいい話なんだから、トチらないように頑張ろうな!!」
「ああ。」
『次は男子テニス部による「日本昔話」です。』
始まりの放送とともに下りていた幕が開く。岳人と忍足は板付きなので、幕が上がる前に
舞台の上でスタンバイをしていた。BGMとともに、ナレーションが流れる。あまりセリ
フがない役と村人になっていた樺地だったが、結局ナレーターも兼任することになってし
まったのだ。
「あるところに一人の貧しい若者がいました。その若者が薪を取り林に行った帰り道、枯
野を歩いていると一羽のつるが罠にかかっているのを見つけました。」
樺地のナレーションが終わると、岳人は罠にかかっている演技をしている忍足に向かって
セリフを放つ。
「ああ、可哀想に。こんなに美しい羽を持ったつるを捕まえるなんて、何て罪なことをす
るんだろう。今、助けてやるから少し我慢してくれよ。」
まだ本物のつるの姿であるという設定の忍足は一言も喋らない。ただただ痛みをこらえる
ような表情で、岳人のことを見つめる。
(うわー、今の侑士の顔超ツボだし。やっぱ、侑士をつるに選んで正解だったわ。)
罠を外すような動作をすると、忍足は岳人に向かってにこっと微笑み、舞台のそでにはけ
る。何度も練習で見ているが、岳人はその笑顔にもメロメロになっていた。舞台の上で忍
足の可愛さに悦りながらも、岳人はしっかりと若者を演じた。『つるの恩返し』の部分は
普通の話とそれほど変わらず話が進んでゆく。
「これ、私が織った布です。よかったら売りに行ってください。」
「ありがとう。それじゃあ、出かけてくるから大人しく留守番してろよ。」
「はい。」
もともとの話では、つるの織った布を買ったのは普通の村人であったが、この話は違った。
ここで、『泣いた赤鬼』の青鬼が登場するのだ。
「おい、そこのちっせぇ奴。」
「誰がちっせぇ奴だ!!」
「テメェ、いいもん持ってるじゃねぇか。それ、売り物か?」
「ん?ああ、そうだぜ。」
「随分といい質の布だな。これ、俺様に売れ。」
「えっ?お前、鬼のくせにちゃんと金払って買ってくれるのか?」
「当然だろ。いくらだ?20両か?30両か?この質だったら、50両でも出してやって
もいいくらいだけどよ。」
「ご、50両!?」
「何だよ?まだ、足りねぇか?だったら・・・」
「い、いや、50両で十分です!!てか、十分すぎます。」
「じゃあ、50両だな。ほらよ。」
「ま、まいどー。」
あまりにいつも通りな感じの青鬼跡部を前にし、岳人は自然な演技を見せていた。跡部も
跡部で、完璧な演技だと自信満々にセリフを放つ。
「おい。」
「わっ!!はいっ!!」
「この布で、着物とか作れねぇか?金はいくらでも出すからよ。」
「着物?・・・たぶん、大丈夫だと思います。」
「だったら、頼んだぜ。また、このへんでうろついてるからよ。」
「は、はーい・・・」
跡部が舞台のそでにはけると、場面が変わり若者の家になる。その場面転換の素早さは何
人もの黒子を使える人数の多いテニス部ならではの技だ。
「お前が作ってくれた布、50両で売れたぜ!」
「50両ですか。それは、また高値で売れましたね。」
「それで、その売った奴が着物を作って欲しいって言ってんだけど、作れるか?」
岳人のその言葉を聞いて、忍足の演ずるつるは困ったような顔をする。しかし、すぐに笑
顔になって頷く。
「分かりました。出来るだけ頑張ってみます。でも、私が機を織っている間は部屋を覗か
ないでくださいね。」
「おう。無理言って悪いな。」
「私はあなたが喜んでくれるのであれば、何でもしますから。」
セリフではあるのだが、岳人は忍足のこの言葉にかなりズキュンときた。これを普段の口
調でそういうときに言って欲しいなどとヨコシマなことを考えつつ、岳人は舞台のそでに
はけた。その後を追うように忍足も舞台から姿を消す。岳人と忍足がはけたと同時に舞台
の場面転換が行われる。次の場面は桃太郎の面々が登場する場面であった。
「つるとつるを助けた若者がそんなやりとりをしている頃、少し離れた村では最近鬼が出
るという噂が出回り、村を騒がせていました。鬼が何か大事件を起こす前に退治しようと
いうことになり、その村の桃太郎という若者が鬼退治をしに出かけることになりました。」
樺地が事の説明をし終わると、桃太郎の衣装を着た日吉が舞台上に出てくる。
「鬼退治って言ってもなあ。悪さも何もしてない鬼退治をする意味あるのか?」
鬼退治に対してあまり乗り気でない桃太郎という設定であるので、日吉はやる気なさげに
そんなセリフを言う。しばらく山に向かう道を歩くかのように舞台上を歩き回っていると、
犬役の鳳が登場してくる。
「桃太郎さん、桃太郎さん、鬼退治に行くって本当ですか?」
「誰だ?お前は。」
「通りすがりの犬です。もしよかったら、俺も鬼退治に・・・」
「断る。」
「なっ・・・」
「なんて、冗談だ。どうせ俺はそんなやる気ないし、別についてきたいなら勝手について
こいよ。まあ、鬼はそれなりに強いって話だからな。どうなっても責任は取らないけどよ。」
投げやりな態度の桃太郎に少し困惑するような反応を見せながらも、鳳が演じている犬は
鬼退治をしに行く桃太郎についてゆく。きびだんごも何もないあたりが、オリジナル感た
っぷりだ。次に舞台に登場してきたのは、鳥の羽のような模様の浴衣を着た滝であった。
「桃太郎さん、桃太郎さん。」
「今度は誰だ?」
「通りすがりのキジです。その後ろについてきている可愛い犬を一つ私にくださいな♪」
「ああ、構わないぜ。」
「ええっ!?」
「それならお礼に鬼退治に一緒について行きます。噂は聞いてますので。」
「ああ。」
無茶苦茶な話の流れに観客からは笑いが沸き起こる。キジは犬に一目惚れで、一緒にいる
ことを目的に鬼退治に行くという設定になっているのだ。しばらく三人で歩いていると、
桃太郎の最後の仲間、サルが姿を現す。
「ウッキー!!」
サルっぽさを出すために、そんなアドリブをしつつジローは舞台のそでから元気よく登場
した。そして、手には何故か如意棒を持っている。
「桃太郎さん、桃太郎さん、俺も鬼退治に連れてってー!」
「お、お前は?」
「通りすがりのサルだよ。結構腕には自信あるぜ。」
ぶんぶんと赤い棒を振り回しているジローを見て、観客全員が思っていることがあった。
その思っていることを代弁するかのように桃太郎役の日吉がつっこむ。
「どう見ても、通りすがりのサルっていうより孫悟空って感じだけどな。」
自分の気持ちを代弁されると、観客はまた笑い出す。桃太郎の一行はこの劇でのお笑い担
当であった。本当の桃太郎とは一味違う、桃太郎一行の会話や行動を観客は心の底から楽
しんだ。自分達の放つセリフやちょっとした行動がうけるとやってるメンバーも楽しくな
ってくる。跡部と宍戸が演ずる鬼が登場するまでに、四人のテンションは最高潮に達して
いた。
「ここが鬼が住んでいるって噂されてる洞窟らしいぜ。」
「ふーん、こんなところに住んでるんだ。」
「やっぱり怖い顔してるんですかね?」
「どんなのが出てきたって、俺が一発で倒してやるもんねー。」
四人がそんなことを話していると、青鬼である跡部がまず初めに登場する。そして、この
あたりはもともとの『泣いた赤鬼』のように、跡部が桃太郎達を襲おうとする。
「アーン?テメェら何の用だ?このあたりは俺達の縄張りだぜ。」
「へぇ、本当にいるんだ。」
「名目上は鬼退治だが、ここで鬼を倒しておいて名声を得て、下剋上ってのも悪くないか
もしれないな。」
「何をぶつぶつ言ってやがる。テメェらからかかってこないならこっちから行くぜ。」
まさか本当に桃太郎一行と鬼が戦うとは話の流れから思っていなかったので、観客は意外
な展開に驚いた。日吉が剣を抜き、他のメンバーも戦闘体勢をとると、舞台の上も観客席
も緊張感で空気が張りつめる。今にも青鬼と桃太郎一行が戦い始めようとしたその時、
「やめろー!!」
突然、舞台そでから制止の声が響く。そして、必死の形相で赤鬼である宍戸が登場してき
た。
「やっぱ、ダメだ!!青鬼!!」
「テメェが村人と仲良くしたいって言い始めたんだろうが。」
「でも、こんなことしたら青鬼が悪者になっちまうじゃねぇか!!」
「それは承知の上でやってんだから問題ねぇだろ。」
「だって、青鬼が悪者になったら、俺、青鬼と一緒にいられなくなっちまうじゃねぇか。」
「でも、テメェは村人達と仲良く出来る。テメェが俺を倒すんだからな。」
話が全く飲み込めないと、桃太郎一行はきょとんとしながら二人の鬼を眺めていた。しか
し、観客のほとんどは『泣いた赤鬼』の話を知っているので、この二人の鬼が何をしたい
かは分かっている。
「なんか、よく分からない状況になってるな。」
「あの赤鬼が青鬼を倒すってどういうこと?」
「とにかく今は俺達が入っていっていい状況じゃなさそうですね。」
「鬼と戦うより、こっちの状況の方が面白そうだCー!」
とりあえず事の成り行きを見守ろうと、桃太郎一行は戦おうとするのをやめる。四人の会
話が終わると、宍戸は迫真の演技で赤鬼を演じて見せた。
「青鬼と一緒にいれなくなるなんて、俺、耐えらんねぇよぉ・・・村人達と仲良くなれて
も、青鬼が一緒にいなきゃやだ!!」
「わがまま言うんじゃねぇよ。俺はテメェのこと想って・・・」
「俺のこと想ってるんだったら、こんなことはもうするな!!青鬼も一緒じゃなきゃ、村
人と仲良くなったって何の意味もねぇんだよ!!だから・・・だから・・・」
何度も練習した成果もあってか、宍戸は舞台の上で号泣してみせる。まさに『泣いた赤鬼』
だ。あまりの宍戸の演技の上手さに観客でも涙ぐむものも出るほどだ。ここからが、自分
達の見せ場だと、跡部は遠慮なしに宍戸の体を抱きしめた。
「テメェがそんなに俺のことを想ってくれてたなんて、気づかなかったぜ。」
「青鬼・・・」
「たとえ村人を敵に回そうとも、どんなに強い奴が攻めて来ようとも、俺はテメェを守る。
絶対テメェの側からは離れねぇ。」
あまりに感情のこもったセリフを聞いて、宍戸は素でドキドキしてきてしまう。そして、
跡部は宍戸にだけ聞こえるような声で、アドリブのセリフを付け加えた。
「(好きだぜ、赤鬼。)」
そんなセリフはもともとなかったので、宍戸は本気でドギマギしてしまう。あまりのドキ
ドキっぷりに次に喋るセリフを宍戸は完全に忘れてしまった。どう誤魔化したらいいのか
分からず、宍戸はそのセリフに答えるようなセリフを観客にも他のメンバーにも聞こえる
ような声で発する。
「俺も・・・俺も、青鬼のこと大好きだぜ!!だから、ずっと一緒にいてくれよな。」
まさかこんな率直なセリフが出てくるとは思っていなかったので、観客席の女の子達は大
興奮。脚本を書いた滝も驚いて、ポカンとしてしまう。
「そういうわけだ、桃太郎。ここで戦うのはやめておくぜ。」
「あ、ああ。そうだな。」
「あと、俺達、別に村人に危害を加えたりは絶対しねぇからよ、怖がったり、攻撃しよう
としたりするのもやめてくれって伝えておいてくれねぇか?」
「分かった。」
跡部が正規のセリフで繋げてくれたので、宍戸はその後のセリフは思い出し、その通りに
喋る。しかし、無茶苦茶なアドリブを言ってしまったのと、さっきの跡部とのやりとりで
心臓はバクバクしまくっていた。
「なんか戦わずして、丸く収まっちゃったって感じだね。」
「よかったんじゃないですか?なかなかいい場面が見れましたし。」
「じゃあ、俺達もあの赤鬼と青鬼みたくラブラブに♪」
「ちょ、ちょっとキジさんっ!!」
滝と鳳のやりとりはやはりギャグチックになるので、観客の笑いを誘う。呆れたような顔
ではけてゆく桃太郎を追うようにして、他の面々も次々とはけてゆく。そこに出ていたメ
ンバー全員がはけると、再び舞台は『つるの恩返し』を中心とした舞台構成になった。
「うーん、もう三日もこの部屋から出てきてねぇよ。大丈夫なのかな?」
再び舞台に出てきた岳人は、つるを心配し、部屋の中を覗くか覗くまいか迷っているかの
ように、ぐるぐると舞台上を歩き回る。そして、もともとの話と同じように好奇心と心配
からつるが機を織っている部屋の襖を開けてしまった。そこでは、着物を完成させ、ボロ
ボロの羽になってしまったつるが眠っているという状況であった。
「お、おい、大丈夫か!?」
「ん・・・えっ!?あっ・・・・」
「あの布、お前の羽根を織って、作ってたんだな・・・」
「ど、どうして開け・・・」
「悪かった。もっと早く気づいていたら、あの綺麗な羽がこんなにボロボロにならずに済
んだのに。」
もともとの『つるの恩返し』では、ここで正体のバレてしまったつるが外へ飛び出してい
ってしまうという流れなのだが、この劇では違っていた。
「お前がこの前俺が助けたつるだってことは、初めから気づいてたんだ。罠にかかった時
についてた足の傷が、全く同じところについてたからな。」
「あっ・・・」
「俺はたとえお前がつるだろうと、人間だろうと、どっちでも構わなかった。俺は初めて
お前を見たときから、お前に惚れてたんだからな。」
そう言って岳人はボロボロになった羽をいたわるかのように、後ろから忍足のことを抱き
しめる。演技だとは分かっていても、忍足は岳人のこの行動にキュンとしてしまう。
「お前のこと、すごくすごく大切にするからっ・・・これからも側にいて欲しい。」
「・・・・いいんですか?」
「何が?」
「私はつるですし、機を織る以外は何も出来ない。料理も出来ないし、掃除も・・・」
「そんなことは俺がやるからいいんだよ!とにかくお前が俺の側にいてくれれば、俺はそ
れだけで幸せだ!!」
(うっわー、こんな顔で笑われたら、ホンマにときめいてしまうやん。)
岳人のひまわりのような笑顔に、忍足はメロメロだった。跡部と宍戸のアドリブでのやり
とりを見て、自分も何かアドリブを入れたいと思っていた。それを今実行しようと、思い
きり岳人に抱きつく。
「嬉しい。すっごく嬉しいです!」
「えっ、あっ・・・」
忍足のアドリブにドギマギする岳人であったが、ここで雰囲気を壊すわけにはいかないと
アドリブでセリフを返す。
「なら、これからは俺の嫁さんだぜ。それでいいよな?」
「はい。」
にっこりと笑って頷く忍足に、岳人は再びぐっときてしまう。本当にこの劇は萌えポイン
トがいっぱいだと思いつつ、正規のセリフを言って、話をもとに戻す。
「よっし、じゃあ、俺はこの着物を鬼に売りに行ってくるから。」
「鬼?あの山の洞穴に住んでる鬼ですか?」
「えっ、知ってるのか?」
「有名ですよ。あのあたりは金が出るらしくて、その鬼はとてもお金持ちなんです。そし
たらその着物、ビックリするほど高い値で売れるかもしれないですね。」
「ああ。今度は100両単位で売りつけてやる!!お前が身をけずって作ってくれた着物
なんだからな!!」
つるが織った着物を持って岳人は、舞台のそでにはけていった。そして、残された忍足は
ボロボロの羽を舞台上に捨て置き、希望に満ちたような笑顔で一言放つ。
「こんな羽がなくとも、私は十分希望に向かって羽ばたける。あの人と一緒ならば。」
そう言った後で、忍足も舞台そでにはけ、舞台は暗転になる。そして、最後のナレーショ
ンが流れた。
「桃太郎一行は、鬼が無害であることを告げ、いつも通りの生活に戻りました。赤鬼と青
鬼は、桃太郎達のおかげで村人と仲良くすることが出来、いつまでも二人仲良く一緒に暮
らしました。つると若者も、鬼が着物代として払った何千両というお金でかなりの贅沢が
出来るようになり、種族の垣根を越えていつまでも幸せに暮らしました。めでたし、めで
たし。」
かなり無茶苦茶な話ではあったが、どの話もハッピーエンドで終わっているということで
観客受けはよく、幕が下りると大きな拍手が鳴り響いた。実際に演じたメンバーもやりき
った充実感を感じ、楽しかったという気持ちから、自然と笑顔がこぼれていた。

「いやー、何か思ったより盛り上がったね。」
「そうですね。すっごいやってて楽しかったです。」
「宍戸のアドリブもすごかったしな。」
「あ、あれは跡部の奴が先に・・・・」
「跡部、何か言っとったっけ?」
「俺は何も聞こえなかったよ。」
「なっ!?嘘だろ!?」
「嘘じゃねぇって。なあ?」
「俺もだいぶ近くにいましたけど、聞こえませんでしたね。」
「どうなの?跡部。」
「言ったには、言ったぜ。ただ宍戸にだけしか聞こえないようにな。」
劇が終わって、着替えをする部屋に移動しながらテニス部レギュラーメンバーはそんな話
をする。アドリブのことをつっこまれて、真っ赤になっているのは宍戸だ。跡部のアドリ
ブが聞こえたのは、宍戸だけなので、他のメンバーと話が噛み合わなくなっている。
「う〜、ずりぃぞ!!跡部!!」
「随分、大胆なアドリブしてくれたよなぁ、宍戸。」
「ウルセー!!あー、もう激恥ずかしいしー。」
「大丈夫だよ。お客さん達は普通のセリフだと思ってるから。俺は書いた本人だから、分
かって当然だけどね。」
「あっ、そっか。」
「まあ、一緒に練習してた俺達も分かっちゃうけどな。あれはマジでビックリしたぜ。」
「もういいだろ!!そのネタは!!」
「でも、全体的な反応見る限り、出し物アンケートでは結構上位に入れるんじゃない?」
「あー、そないなもんもあったなあ。」
「うちの部が一位になって当然だろ?なあ、樺地。」
「ウス。」
「入っても入らなくても俺は楽しかったんで、満足ですけどね。」
「俺も俺もー!!やっぱ、劇って案出して正解だったCー!!超楽しかった!!」
いつもなら眠っているジローが、終わってもしっかり起きてはしゃぎまくっている。ジロ
ーを始めとして、どのメンバーもまだ終わった後の興奮が冷めていないようだ。
「宍戸、どうせこの後、暇だろ。」
「お、おう。」
「文化祭、一緒に見て回ろうぜ。」
「べ、別にいいけどよ。」
「終わっても熱々だねー、赤鬼と青鬼は。じゃあ、長太郎、俺らも一緒に回ろうか。」
「はい、いいですよ。」
「さっきの芝居の一場面みたいですね。」
「俺らはこれからクラスの方の仕事があるからな。回るのは明日が中心だな、侑士。」
「せやな。俺らのクラスの出し物もよかったら来てな。」
「俺はじゃあ、樺地と回るー。途中で寝ちゃうかもしんねーし。いいよな、跡部!!」
「何で俺に聞くんだよ?樺地がいいんだったら、構わねぇぜ。」
「ウス。」
自分達の出し物が終わった後もまだまだ元気な氷帝テニス部レギュラーメンバーは、劇で
ペアだった相手と文化祭を回ることにする。レギュラーメンバー全員で作り上げた文化祭
の出し物は、当然のことながらアンケートでも一位になり(特に女子からの人気がすごか
ったのであるが)、それぞれのメンバーの心の中にも、とても楽しい思い出として色鮮や
かに描きこまれるのであった。

                                END.

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