MY HERO

よく晴れた空の下、大きなくすの木の下で、何故かずぶ濡れの少年が泣いていた。そんな
少年を見つけ、この前中学生になったばかりの滝はその少年に声をかける。
「どうしたの?」
「ひっく・・・う・・・」
涙で顔をぐしゃぐしゃにしたその少年をよく見てみると、靴も履いておらず、膝には擦り
傷が出来、血が流れていた。これはただごとではないと、滝はとりあえずその子を自分の
家に連れて帰ることにする。
「怪我してるじゃない。手当てしてあげるから、一緒においで。」
滝が少年に手を差し伸べると、その少年は泣きながらも、滝の手を握った。自分の家に向
かって歩きながら、ちらっとその少年を見ていると、滝はある事に気づく。
「君、氷帝の幼稚舎の子?」
「・・・・・」
滝の問いかけにその少年は黙って頷く。つい数ヶ月前まで、自分が着ていた制服と同じも
のを着ている。滝はそのことに気づいたのだ。
「名前、聞いてもいいかな?」
「・・・鳳・・・長太郎・・・です。」
「鳳くんか。俺は滝萩之介。俺も氷帝なんだ。今年から中等部だけどね。」
滝のその言葉を聞いて、鳳はうつむいていた顔を上げる。涙で赤くなった目で見つめられ、
滝は何故だかドキっとしてしまう。同じ氷帝ということを知り、鳳は自分の方から滝に話
しかけた。
「同じ・・・学校なんですね。」
「君は何年生?見かけ的には、俺より一つ下くらいに見えるけど。」
「六年生です。」
「やっぱりそうか。じゃあ、3月までは本当一緒の学校だったんだね。」
滝と話しているうちに、いつの間にか鳳の涙は止まっていた。滝に連れられ、滝の家に到
着すると、鳳は泥だらけになった靴下を脱いで、滝の家に上がる。
「制服びっしょりだね。洗濯しといてあげるから、シャワー浴びてきちゃいな。」
「いいんですか?」
「だって、そのままだと風邪引いちゃうよ。今、うちには俺しかいないから大丈夫だよ。」
「・・・ありがとうございます。」
風呂場に案内され、鳳は濡れた制服を脱ぎ、浴室に入る。鳳がシャワーを浴びている間、
滝は濡れた制服を洗濯し、今着るための服を用意した。晴れているのに、頭から水に濡れ、
靴も履いていない。そんな状況は、あることをされていなければありえないと、滝は浴室
に居る鳳に視線を移した。
(きっと、いじめられてるんだろうな・・・)
そんなことを考えながら、滝は用意した服と乾いたバスタオルを置く。とにかく、出てき
てから詳しい話を聞こうと、滝はいったん自分の部屋へ戻った。
シャワーを浴び終えると、鳳は用意された服を着て、廊下へ出る。出てきてどうすればい
いか困らないように、滝は廊下で、鳳が出てくるのを待っていた。
「洋服、大丈夫?きつかったり、大きかったりしない?」
「・・・はい、大丈夫です。」
「今、制服乾かしてるから、少し休んでいって。傷の手当てもしなきゃだし。」
「はい。」
ニッコリと笑いながら、優しい言葉をかけてくれる滝に、鳳は大きな安心感を覚える。久
しぶりにこんな気持ちになったと、鳳は常に緊張していた気持ちがゆっくりと溶かされて
いくように感じた。
「飲み物入れてくるから、ちょっと待ってて。」
「はい。」
滝の部屋に通され、鳳は部屋の中心にある小さなテーブルの側に座る。しばらくすると、
マグカップを二つおぼんに乗せた滝が戻ってきた。
「牛乳しかなかったから、ホットミルクにしてみたんだけど、大丈夫?」
「あっ、はい。大丈夫です。」
「よかった。はい、これ、鳳くんの分。」
「ありがとうございます。」
先程より、ハッキリと言葉を放つ鳳に、滝はホッとする。ホットミルクを飲んで、少し気
持ちを落ち着けると、滝は鳳の傷の手当てを始める。そして、単刀直入に滝は気になって
いることを鳳に尋ねた。
「ハッキリ尋ねちゃうけどゴメンね。鳳くん、学校でいじめられてるの?」
そう口にした瞬間、鳳の体がビクッと震える。しばらくうつむいて黙っていたが、小さな
声で鳳は滝の問いかけに答えた。
「・・・・はい。」
「今日、あんなにびしょ濡れになって、靴も履かないで、こんなふうに傷だらけになって
たのもその所為?」
「・・・そう・・・です。」
認めるのがつらいのか、鳳の目には今にもこぼれてしまいそうなほど、たくさんの涙が溜
まっていた。そんな鳳を滝はぎゅっと抱きしめる。
「辛いよね。きっとすごく我慢してるんだよね。」
「・・・・・っ。」
「誰にも相談出来なかったんでしょ?君の目を見れば分かるよ。一人で頑張ってるのが、
すごく伝わってくるもの。」
今まで誰にも言えなかった気持ちが、何も言わずに全て伝わっているように感じて、鳳は
今まで堪えていたものが全て溢れ出す。誰かに助けて欲しい、いつでもそう思っていた。
しかし、親にも先生にも相談することが出来なかった。もちろんクラスの中に、助けてく
れるものはいなかった。辛い気持ちが涙となって、次から次へと溢れてくる。滝の胸で、
鳳は声を上げて泣いた。
「うわあぁぁんっ!!」
「大丈夫、俺は君を助けるよ。絶対に。」
こんなに可愛い子がいじめられて辛い思いをしているなんて許せないと、滝はハッキリと
そう言い切る。全ての辛い思いが涙となって流れるのを待ちながら、滝はしばらく鳳の体
をしっかりと抱きしめていた。

泣き疲れると、鳳は少しの間眠ってしまった。目を覚ますと、鳳は慌てた様子で滝に謝る。
「あっ、ご、ごめんなさいっ!!俺、寝ちゃって。」
「ううん、大丈夫だよ。寝ちゃったって言っても、ほんの30分くらいだしね。」
「それに・・・あんなに泣いちゃって・・・・」
「辛い時は泣くのが一番だよ。我慢ばっかしてたら、心が壊れちゃうもん。」
滝の言葉に鳳は再びうるっとしてしまう。しかし、これ以上泣くのはさすがにいけないと、
ぐっとその涙を堪えた。
「制服も靴下も乾いたし、そろそろ帰らないと、お家の人、心配するよね?」
「・・・はい。」
「靴は俺のを履いていっていいよ。たぶん同じくらいのサイズだと思うから。」
「いいんですか?」
「だって、裸足じゃ帰れないでしょ?大丈夫。俺、靴は結構色々持ってるから。」
「ありがとうございます。」
本当に優しい人だなあと思いながら、鳳は頭を下げてお礼を言う。乾いた制服に着替え、
綺麗になった靴下を履くと、鳳は鞄を背負った。この時間帯に一人で帰らせるのは、少し
危ないと、滝は鳳を途中まで送っていくことにする。鳳がここで大丈夫だというところま
で送ると、滝は意味ありげにふっと笑った。
「ねぇ、鳳くん。鳳くんのこと、長太郎って呼んじゃダメかな?」
「構いませんよ。俺としては、そうやって呼ばれる方がいいです。」
「そっか。じゃあ、長太郎、また明日。」
「はい!!さようなら、滝さん。」
滝の言ったことに特に違和感を感じず、鳳は笑顔で別れのあいさつをする。パタパタと走
って家に向かう鳳を見送りながら、滝は鳳の鞄からこっそり外しておいたキーホルダーを
ポケットの中で、ぎゅっと握った。

次の日、休み時間を使って、滝は氷帝学園の幼稚舎へやってきた。同じ学園ということで、
敷地はそれほど離れていない。ほんの数ヶ月前まで、通っていたので見知った先生も多か
った。職員室に向かうと、滝は今、六年生を担当している顔見知りの先生に鳳のことを尋
ねる。
「お久しぶりです。先生。」
「おー、滝。どうしたんだ?」
「鳳長太郎って何組か分かります?昨日、これを拾って。」
そう言いながら、滝は昨日鳳の鞄から外した名前入りのキーホルダーを見せた。これを届
けるという口実で、滝は鳳の教室に行こうと考えたのだ。そんな理由ならと、顔見知りの
先生は鳳のクラスを快く滝に教えた。
「ありがとうございます。それじゃ、俺、これを届けに行ってきますね。」
「ああ。また、時間があったら遊びに来いよ。」
「はい。」
もし、鳳が本当にいじめられているとしたら、休み時間などまさにそうされている時間だ
と、滝は考えた。そこで、いじめっ子に罰を与えてやれば、かなり効果があるだろうと、
滝はある程度の準備をして鳳の教室へと向かった。
「いやっ、やだあ・・・やめてよぉ!!」
「男のくせにこんなのが怖いのかよ?」
「弱虫ー。」
「ほらほら、可愛いミミズだぞ〜。」
案の定、鳳はいじめっ子達にいじめられていた。鳳が虫などの生物が苦手なのを知ってい
て、いじめっ子達は蜘蛛やミミズを使って、鳳をいじめている。そこへ滝が入ってくる。
数人のいじめっ子達に囲まれている鳳のもとへ、滝は迷わずつかつかと歩いて行った。そ
して、目にもとまらぬ速さでそのいじめっ子にとある仕掛けを施した。
「何してるのかな?君達。」
いきなり教室に入ってきた中等部の先輩に、いじめっ子達は一瞬怯む。しかし、体格のそ
う変わらない滝が、自分達数人を相手に何かを出来るはずもないと、強がるように生意気
な言葉を放った。
「こいつが虫が苦手だって言うから、それを直してやろうとしてるんだ。」
「そうそう。」
「ふーん、そう。でも、長太郎は嫌がってるよね?」
顔は笑っているが、その言葉はかなりトゲのあるものになっている。ぐしぐしと泣いてい
る鳳の体を庇うように抱きしめて、滝はいじめっ子達を睨んだ。
「滝さん・・・」
「大丈夫、長太郎。言っただろ?俺が絶対助けてあげるって。」
鳳にだけ聞こえるような小さな声でそう囁くと、滝は鳳の顔を自分の胸に押しつけ、もう
一度、いじめっ子達を見据える。
「君達は、虫、好きなんだよね?」
「そうだぜ!男なのに虫嫌いなんて、超カッコ悪いし。」
「そっか。それなら・・・・」
ニヤリと笑って、滝は三歩ほど鳳と共に後ろへ下がると、何かのマジックをするかのよう
に英語で数を数える。
「ワン・・・ツー・・・スリー。」
プチ・・・プチ・・・プチ・・・・
滝が数を数えると、何かが破れるような音が小さく響いた。次の瞬間、いじめっ子の服の
袖から、たくさんの虫が這い出てくる。蜘蛛を持っていた子はたくさんの蜘蛛が、ミミズ
を持っていた子はたくさんのミミズが、そして、その周りで一緒に鳳をいじめていた子の
服からはたくさんの蟻が、背中を通り、半袖の袖口から腕を通るようにして出てきた。
『うわあああぁぁぁっ!!!!』
いくら虫が好きだとしても、いきなりそんな状況になれば、嫌悪感が先に立つ。服を脱ご
うとするが、パニックになっているため、うまく脱ぐことが出来ない。ありえないその状
況に、鳳をいじめていた子達は泣き叫びながら、その場にへたり込んだ。
「今度長太郎をいじめたら、その程度のことじゃ済まないよ。覚悟してね。」
『ごめんなさい、ごめんなさい――っ!!』
虫が嫌いな鳳にこの光景を見せるわけにはいかないので、滝は鳳の顔をずっと胸に押しつ
けていた。何が起こっているか分からないが、いじめっ子達が必死で謝っている声が聞こ
えるので、鳳は滝が助けてくれたのだということを悟る。
「行こう、長太郎。」
「ど、どこへ・・・?」
「もういじめっ子は長太郎のことをいじめないと思うけど、このことはちゃんと先生に報
告しなくちゃ。それに、今の教室に居たら、たぶん長太郎気絶しちゃうし。とりあえず、
目はつぶったままでいてね。」
「???」
鳳に目をつぶらせたまま、滝は鳳の手を引き、教室から出て行く。鳳がいじめられていた
こと、手品でいじめっ子を懲らしめてやったこと、それを正直に滝は六年生を担当してい
る先生方に報告した。当然、いじめっ子達は先生からの叱責も受け、親にも怒られた。し
かも、滝の手品によって、トラウマになるような怖い思いをしたため、もう決して鳳をい
じめるようなことはなくなった。

しばらく経ってから、鳳は滝にお礼を言おうと、中等部の校門の前で、滝が来るのを待っ
ていた。滝が校門から出てくると、鳳は思い切って声をかける。
「あ、あの・・・滝さん!!」
「あれ?長太郎。どうしたの?」
「きょ、今日はお礼を言おうと思って・・・・」
「お礼?何の?」
「滝さんが俺を助けてくれてから、俺、いじめられなくなりました。本当にありがとうご
ざいます!!」
「ああ。あれは当然のことをしたまでだよ。長太郎みたいな可愛い子がいじめられて、辛
い思いをしてるなんて許せなかったからね。」
にこっと笑いながら、滝は鳳の頭を撫でる。そんな滝の仕草に鳳の胸はトクンと高鳴る。
「せっかく俺のこと待っててくれたみたいだし、今日は一緒に帰ろうか。」
「は、はい!!」
一緒に帰ろうと誘われ、鳳は嬉しそうに笑いながら、その誘いに頷く。滝の横に並びなが
ら、鳳は自分にとってはヒーローのような滝を、憧れとそれとは少し違う淡い感情を抱き
つつ、じっと見つめるのであった。

「長太郎、長太郎、起きて。そろそろ帰らないと、昇降口閉まっちゃうよ。」
「ん・・・ん〜・・・あ、あれ??」
「ゴメンね、待たせちゃって。」
「滝さん・・・?」
夢と現実がゴッチャになり、鳳はしばらく状況が掴めずにいた。しかし、今自分が先生に
呼ばれた滝を待っていて、いつの間にか眠ってしまっていたことに気づき、今の状況を把
握する。
「あー、夢か・・・」
「夢?」
「今、ちょっとなつかしい夢を見てたんです。随分前のことですけどね。」
「ふーん、どんな夢だったの?」
「滝さんがすっごくカッコイイ夢でした。」
ニッコリと笑ってそう言う鳳に、滝は少し照れてしまう。自分がカッコイイ夢とはどんな
ものだろうと、ちょっと興味がありつつも、恥ずかしいので、詳しい内容はあえて聞かな
かった。
「俺がカッコイイ夢って・・・随分面白い夢を見るんだね、長太郎。」
「本当に格好よかったんですよ。正義のヒーローみたいでした。」
「それ、全然俺のイメージじゃなくない?」
「そんなことないですよ。あの時の俺にしたら、滝さんはどんな悪者も敵わない、最強の
ヒーローですよ。」
「うーん、どんな夢だったのか全然想像つかないなあ。」
不思議そうにしている滝を見ながら、鳳はくすくす笑った。あの時の滝は自分より背丈も
大きかったが、いつの間にかそれは逆転している。それでも、鳳にとっては、滝はカッコ
イイ先輩であることには変わりなかった。
「滝さん。」
「何?長太郎。」
ちゅっ・・・
夢の中では表せなかった形で感謝の気持ちを表そうと、鳳は周りに誰も居ないことを確認
して、滝の唇に軽くキスをした。突然の鳳からのキスで、滝はドギマギしてしまう。
「えっ、えっ!?な、何で?嘘っ?」
「ありがとうございます、滝さん。」
「な、何が!?全然、理解出来ないんだけど!!」
「ふふ、それは内緒です。あえて言うなら、すごくそうしたいなあと思ったからしたんで
すよ。」
「長太郎〜・・・・いや、嬉しいから別に全然構わないんだけどさ。」
鳳の行動が理解出来ないと思いつつも、キスしてくれるという行動は素直に嬉しい。顔を
真っ赤にしながら、滝は鳳にキスしてもらった唇にそっと触れた。
「滝さん、今日は手繋いで帰ってもいいですか?」
「べ、別にいいけど・・・何で今日の長太郎はそんなに積極的なのさ?」
「んー、夢見がよかったから。ですかね?」
「そんなにイイ夢だったんだ。何かもうドキドキしっぱなしで、大変だよ。」
「そうですか?俺は夢でも滝さんと一緒に帰れて、現実でも一緒に帰れて、すごく嬉しい
ですけどね。」
「長太郎〜、これ以上可愛いこと言われたら、俺、心臓もたないよ・・・」
あまりにも鳳が可愛いことを言ってくるので、滝はもうキュンキュンしすぎて心臓が止ま
りそうであった。どんな夢を見ていたのかは分からないが、こんなに積極的で可愛い鳳が
見れるのだから、自分にとってもイイ夢だと滝は思わざるを得なかった。

                                END.

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