ニライカナイに続く道

学校からの帰り道、甲斐と平古場は海へ行き、いつものように寄り道をしていた。次の日
が休日ということもあり、二人は日が暮れてしまってもしばらく海辺で遊んでいた。浜辺
を走り回ったり、沖縄武術で勝負し合ったり、海で泳いだりと、短い時間にかなりたくさ
んのことしたので、疲れた二人は浜辺でゴロンと横になって眠ってしまう。いつの間にか、
周りには誰もいなくなり、聞こえてくるのは穏やかな波の音だけであった。そのため、完
璧に熟睡してしまった二人は、しばらく起きることはなかった。
「ん・・・んん・・・」
ざわざわと木々が揺れる音で、甲斐はふと目を覚ます。目を開けると、数えきれないほど
の星と黄金色に輝く満月がその目に映った。
「あれ・・・?」
今自分がどこで寝ているかそうすぐには理解出来なかった。しかし、打ち寄せる波の音を
聞いて、自分が浜辺にいるということを思い出す。
「あー、そういや寝ちゃったんだっけ。今、何時だろ?」
ポケットの中から携帯電話を出し、今の時間を確認する。開いた画面に映っている時計は
『3:35』であった。
「あちゃー、もうこんな時間か。」
まさかこんな夜中まで眠ってしまっているとは思わなかったので、甲斐はしまったという
ような顔をする。ふと隣に目をやると平古場が実に気持ちよさそうな表情で眠っている。
「凛の寝顔、やっぱ、かわいーなあ。」
小さく寝息を立てている平古場を見て、甲斐はふにゃっと顔を緩ませる。ぷにっと頬っぺ
たを突っつくと、平古場はそれを払うかのように手をパタパタと動かした。
「んん〜・・・」
(でーじ可愛いし!!なーんか、ちゅうしたくなってきちゃったさー。)
あまりに可愛らしい平古場の寝顔に、甲斐はどうしようもなくキスをしたくなる。こんな
時間だし、周りには誰もいない。一回くらいなら平気だろうと、甲斐はそっと平古場の唇
に自分の唇を重ねた。
(うわー、やわらかっ。やば、ちょっと止まらんかもー。)
柔らかい平古場の唇の感触に、甲斐はついつい夢中になってしまう。繰り返し唇が触れ合
う感覚に、甲斐の心臓はだんだんと速くなる。それは、眠っている平古場とて同じことで
口元に感じる違和感に意識が覚醒し始める。
「・・・ぅ・・・ん・・・・」
眠りから覚め、ゆっくりを目を開けると、目の前に甲斐の顔がある。その状況に驚いて、
平古場はそのまま起き上がってしまう。
ゴンっ!!
いきなり起き上がったために、二人は思いきり頭をぶつけてしまった。
「ってぇ・・・」
「うおぉ・・・」
どちらも額を押さえて、その痛みに耐える。あまりの痛さに甲斐も平古場も涙目になって
いた。
「あー、今ので一気に目ぇ覚めたわ。」
「い、いきなり起き上がるなよ、凛。」
「裕次郎が変なことしてるからだろ!?」
「べ、別に変なことはしてないし!!ちょっと、ちゅうしてただけやっさー。」
「人が寝てる時に何してるかよ!?てか、何で俺達、こんなとこで寝てるば?」
しっかりと目を覚ました平古場は、辺りを見回してそんなことを尋ねる。ここはどう考え
てもいつも寝ている場所ではない。目の前に広がるのは、果てしなく続く真っ黒な海だ。
「放課後、ここで遊んでただろー?して、疲れてそのまま寝ちゃったみたいさー。」
「じゅんになぁ?して、今何時か?」
「夜中の3時半すぎ。」
苦笑いしながら、甲斐は答える。それを聞いて、平古場は唖然としたような顔になる。
「ゆくしだろー!?夜中の3時半すぎって。どうするかよ!?」
「どうするって、どうしようもないさー。きっと今家に帰っても、鍵開いてないだろーか
ら、朝になるまでここにいようぜ。」
「そうするしかないかー。まあ、日が昇るまでは2時間くらいだもんな。ゆっくり天体観
測でもしとくか。」
「ああ。」
今、家に帰るわけにはいかないと、二人は再び浜辺に寝転がった。辺りに人工的な明かり
のない浜辺では、空を埋め尽くすほどの小さな宝石がキラキラと輝いているのが見える。
「すっごい星だなー。」
「ああ。吸いこまれそうなくらいだぜ。」
「なあ、裕次郎。」
「何?」
「手ぇ握って。」
あまりにも壮大な景色に平古場は、甲斐と離れてしまうのではないかという錯覚を覚える。
それは甲斐も感じていたことだったので、すぐ側にある平古場の手をぎゅっと握った。手
を握りあった瞬間、言葉では言い表せないような大きな安心感が二人の胸に流れ込んでく
る。
「凛の手、あったかいな。」
「裕次郎の手だってそうだぜ。」
「なんかよー、あんまりにも星がたくさんあって、周りも真っ暗だから、星の海に浮かん
でるって感じするよなー。」
「分かるかも、それ。本物の海も目の前にあるしな。」
「余計な音も全然ないし、何か・・・世界に凛と二人きりって感じがするさー。」
照れたように笑いながら、甲斐はそんなことを言う。そう言われて、平古場の胸はトクン
と高鳴った。それと同時に手の平が熱を帯びてくる。
「凛、今、ドキドキしてるだろ?」
「な、何でよ?」
「だって、凛の手ぇ、でーじ熱くなってるさー。」
ニッと笑いながらそんなことを言う甲斐の言葉を聞いて、平古場は真っ赤になる。幸い辺
りが真っ暗なので、その赤面っぷりに気づかれることはなかった。
「けどよー、凛。」
「何か?」
「俺もな、今、しにちむどんどんしてるやっさー。」
自分だけが無駄にドキドキしていると思っていた平古場であったが、甲斐のその言葉を聞
いて、少し安心し、ふっと吹き出す。
「本当ーかどうか確かめてやる。」
そう言いながら、平古場はゴロンと甲斐の方に転がり、甲斐の胸の部分に耳をつけた。思
ってもみない平古場の行動に、甲斐はドキッとしてしまう。
「おー、ホントーにちむどんどんしてるさー。」
「あ、当たり前だろ!!いきなりそんなことされたら、驚くに決まってるさー。」
「驚いたから、こうなってるば?」
悪戯っ子のような笑みを浮かべ、平古場はそんなことを問う。もちろん驚いたからドキド
キしているのではない。平古場のすること為すこと、甲斐にとっては胸がときめいてしま
う要素になるのだ。胸に顔つけている平古場をぎゅっと抱きしめ、甲斐はその質問に答え
る。
「凛が好き過ぎるからさー。」
「じゅんになぁ?」
「じゅんに。」
「えへへー、俺も裕次郎のことでーじ好きやっさー。」
より甲斐にくっつくかのように、平古場も甲斐の背中に腕を回し、ぎゅうっとその体を抱
きしめた。触れあう部分から伝わるぬくもりが、非常に心地よく、二人はときめきと安心
が混在する何とも言えない気分にしばらく浸っていた。
「裕次郎・・・」
「んー、何?」
「・・・・ちゅう、したい。」
「凛からそんなこと言ってくるなんてめずらしーな。」
「何か今日はそういう気分なんだばぁよ。」
抱きついたままの状態で、そんなことを言ってくる平古場に甲斐はすっかりその気になる。
ゆっくりと平古場の腕を離させると、その手に自分の手を絡ませながら、平古場を自分の
下に組み敷くような体勢になった。
「やっぱ、可愛い、凛。」
「裕次郎だって、カッコイイーさー。」
「していい?凛。」
「おう。して、裕次郎。」
微笑みながらそう言う平古場に、甲斐の胸はきゅんとときめく。自分だけが見ることの出
来る平古場の笑顔に、自分だけが味わえる平古場の唇。その事実が甲斐の胸を躍らせ、溢
れんばかりの想いをさらに大きくさせた。それは、平古場も同じことで、甲斐に触れられ
ることが、たまらなく嬉しく、他のものでは決して味わうことの出来ない心地よさを心の
底から感じていた。

しばらくイチャイチャしていた二人であったが、あまりにも気持ちよくなってしまったの
で、体を重ね合わせたまま一時間ほど眠ってしまった。そんな二人であったが、目の前に
広がる水平線から漏れ出す眩しい光に起こされる。
「まぶし・・・」
「んー、もう朝か・・・?」
寝ぼけ眼で二人は起き上がる。目を擦って、しっかりと目を開けると、そこには想像を絶
する光景が広がっていた。
「うっわあ、すげー・・・」
「しに眩しいけど、でーじちゅらさー。」
水平線から顔をのぞかせる朝日は、真っ黒だった海に鮮やかな色をもたらし、一本の光の
道を作っていた。キラキラと光る水面に出来た太陽に繋がる光の道。その道に触れたいと
二人は、無意識に波打ち際に向かって歩いていた。
ザザーン、ザザーン・・・
打ち寄せる波が二人の足元へ道を繋ぐ。その道の上に立ちたいと、二人は膝が浸かるくら
いの深さまでその身を進めた。
「すごいぜ、凛!俺達、光の道の上に立ってるさー。」
「ああ。」
光の道の先にある太陽を眺めながら二人は、その感動に浸る。しばらく黙っていた二人で
あったが、ふと平古場が口を開いた。
「なんかよー、この道をずーっと辿って行ったら、ニライカナイに行けそうだよな。」
「ニライカナイって、東の果てーの方にあるっていう楽園のことだったよな?」
「そーそー。太陽が昇るのって東だろ?したら、ほら。モロにそうじゃん。」
遥か遠くまで続く海の上の道の先にあるのは、眩いばかりの光を放っている太陽そのもの
だ。そんな光の塊の中心に、きっとニライカナイはあるのだろうと、二人は直観的にそう
思った。
「おばーから聞いた話なんだけどな、ニライカナイのニライってのは、根の方っていう意
味があるんだって。命の根源っていう意味もあるらしくて、そこから魂が生まれて、死ん
だらそこに帰るって言ってたさー。」
「へぇ、そうなんだ。」
「だからよー、今、この道の上で来世も来来世も裕次郎と一緒に居たいって願い事したら、
生まれ変わっても裕次郎に出会えるかなあとか思うんだけど。」
何気ないふうにそんなことを口にしている平古場だが、甲斐にとっては、この上ない告白
であった。あまりの愛しさに甲斐は、平古場の体を後ろから力強く抱きしめる。
「ゆ、裕次郎・・・?」
「絶対叶うさー、その願い事。」
「ホントにそう思う?」
「思う。だってよー、俺と凛、二人分の想いの力がこれ以上ないくらいつまった願い事な
んだぜ。叶わないわけないさー。」
自分と甲斐の二人分の想いがつまった願い事という言葉を聞き、平古場の胸はひどく熱く
なる。甲斐も自分と同じことを思ってくれている。それが何よりも嬉しかった。
「なら、一緒にお願いしよーぜ、裕次郎。」
「もちろん。な、凛。ちょっと手貸して。」
「へっ?」
「両手、胸の前で合わせて。」
「う、うん。」
平古場が手を合わせると、その手を包むかのように、甲斐は自分の手を平古場の両手にか
ぶせる。
「裕次郎?」
「二人分の願いがこの手の中につまってる。心の中でさっきの願い事、唱えようぜ。」
「おう。」
甲斐の行動にドキドキしつつも、平古場はニッコリと笑って、甲斐の言葉に頷いた。そし
て、心の中で先程口にした願い事を何度も唱える。と、次の瞬間、目を開けていられない
程、目の前が明るくなった。水平線から空へと昇ろうとしている太陽が、直接二人を照ら
し出したのだ。それはまるで、二人の願い事を受け入れたことを示しているかのようであ
った。
「何か・・・絶対叶うような気ぃするぜ。裕次郎。」
「俺もそう思った。今のはすごかったよな。」
「偶然にしちゃタイミング良すぎだもんな。へへ、何かでーじイイ気分かもー。」
願い事を受け入れられたように感じ、平古場も甲斐も自然と顔が緩んでくる。平古場を後
ろから抱きしめたまま、合わさっていた平古場の手をゆっくり開き、甲斐は自分の指を絡
ませた。
「凛。」
「何?」
「てぃーだは、この手の中にも生まれちゅーさー。」
「どういう意味?」
繋いだ手を見ながらそんなことを言う甲斐に、平古場は首を傾げて尋ねる。なんとなくニ
ュアンスは伝わるが、ハッキリとした意味が捉えられない。
「てぃーだは、熱と光を地球に届けてくれるだろ?」
「そーだな。」
「俺、凛と手繋いでると、そこがでーじ熱くなってちゅーさー。」
「それは、俺だって同じだぜ。」
それが分かるのであれば、自分が言った言葉の意味はすぐ理解出来ると、甲斐はふっと笑
って言葉を続けた。
「それにな、凛と一緒に居て、凛とこんなふうに触れあってると、ちむん中が光でいっぱ
いになったみたいな気分になるさー。だからー、手を繋いだこの中には、てぃーだがある
みたいに感じるんだばぁよ。」
「・・・・・。」
そこまで聞いて、平古場は甲斐が言わんとしていることを完璧に理解した。その感覚は、
平古場自身も感じていることであった。それを「太陽は、この手の中にも生まれくる」と
いう言葉でさらっと表現したことに平古場は感動する。甲斐の手をぎゅっと握り返すと、
平古場はほんの少し体をよじり、振り向きざまに甲斐の唇にキスをした。
「っ!?」
「俺のちむも、手ぇん中にあるてぃーだの光でいっぱいになってるさー。」
唇を離すと、平古場は実に嬉しそうに微笑みながらそんなことを言う。そんな平古場の姿
が、甲斐の目には太陽の化身のようにキラキラと光って見えた。
「り、凛っ・・・」
「ははは、裕次郎顔真っ赤やし。」
「今のは反則だって。もう凛のせいで、ちむどんどんしっぱなしさー。」
「俺だってそうなんだから、おあいこさー。」
どちらもひどく胸をときめかせながら、かなり近い距離で言葉を交わす。そのドキドキ感
が嬉しくて楽しくて、二人の顔には太陽のように明るい笑みがこぼれていた。そんな二人
を海の果てにある太陽は、ニライカナイという楽園からじっと見守るのであった。

                                END.

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