「おー、結構積もっとるな。」
夕食の用意をしようと、二階から一階に下りてきた忍足は、窓の外の景色を見てそう呟い
た。昨日の夜からほぼ丸一日降り続いていた雪はいつの間にかやみ、窓から見える景色を
銀色に染めていた。
「久々やなあ、こないに雪が積もるの。岳人の奴、さぞかし喜んでるんやろなあ。」
大人になった今でも、岳人は雪が降れば子供のようにはしゃぐ。昨日、雪が降り始めた時
も忍足に向かって、積もればいいな!と何度も口にしていた。
「さてと、岳人が帰ってくる前に夕飯作らんと。」
もう少し窓から見える銀世界を見ていたかったが、早く夕食を作らなければ、会社から岳
人が帰ってきてしまう。どうせだったら、温かい食事を用意して待っていようと、忍足は
ブルーのエプロンをして台所に立った。
トントントントン・・・
野菜を切る小気味いい音が台所に響き、コンロの上にある鍋からは湯気が上がっている。
きっと岳人は、青い月に照らされた雪道を歩きながら、ご機嫌な様子で帰ってくる。そん
な岳人を想像して、忍足は心を躍らせながら夕食作りを進めた。
「よし、こんなもんやろ。後は、岳人が帰ってくるのを待つだけやな。」
テーブルの上に作った料理を並べ、忍足は岳人が帰ってくるのを待つ。時計の針は、忍足
の心を表しているかのように楽しげに時を刻んでいた。もうすぐ岳人が帰ってくる。そう
思うと、自然と忍足の顔は緩んだ。
コンコン
と、カーテンの向こうから窓を叩く音が聞こえる。カーテンを開けると、真っ白な息を吐
きながら岳人が実に嬉しそうな笑顔を浮かべて立っていた。そんな岳人を見て、忍足はふ
っと笑い、がらっと窓を開けた。
「おかえり、岳人。」
「ただいま、侑士。見ろよ、すっげぇ雪だぜ!!」
「せやな。久々やなー、こないに積もったの。」
「だよな!!こんなに雪積もってんと、マジテンション上がるよな!!」
「岳人はホンマに子供の頃と変わらんなあ。」
「そんなこと言ってもよー、雪だぜ雪!!これがテンション上がらなくてどうするよ?」
雪が積もったことが本当に嬉しいらしく、岳人は始終興奮しながら、忍足と話す。昔と全
く変わらない岳人に、忍足は自分まで子供の頃に戻ったように感じる。真っ白な息が二人
の間を染め、冬の寒さの中にぬくもりをもたらす。
「雪が積もってテンション上がってるのは分かるけど、まずは家に上がって、夕飯食べな。
あったかいうちに食べた方がええやろ?」
「おう!んじゃ、ちょっくら着替えてくるからちょっと待ってて。」
「ああ。」
庭からそのまま家に上がると、岳人は着替えるために自室へと向かった。それほど、時間
を置かずして、私服に着替えた岳人が忍足のもとへ戻ってくる。
「へぇ、今日は鍋か。こんな寒い日にはピッタリな夕食だな!」
「せやろ?寒い中帰ってくる岳人にあったまってもらいたなあと思ってな。」
「さっすが侑士。俺のことちゃんと考えてくれてるんだな!」
「当たり前やろ?ほな、食べるか。」
「おう!いっただきまーす!!」
「いただきます。」
暖房のきいた暖かい部屋で、熱々の鍋を食べる。外の寒さとは対照的な暖かさに、二人は
冬ならではの幸せを感じていた。体も心も温まるような夕食を食べつつ、岳人はとある提
案を忍足にする。
「なあ、侑士。」
「何や?」
「飯食べ終わったらさ、外に散歩行かねぇ?寒いのは分かるんだけど、せっかく雪が積も
ってるんだから、外出ないともったいねぇなあと思ってさ。」
「ええで。俺も外出て雪見たいなあと思ってたところやし。」
「じゃあ、決まりだな!あっ、帰ってきたらすぐ風呂に入ってあったまれるように、風呂
は沸かして行こうぜ。」
「せやな。じゃあ、ご飯食べ終わったら、俺は洗い物しとくから、岳人、風呂沸かしてく
れるか?」
「了解!へへへ、楽しみ〜。」
雪道の散歩に行けることが相当嬉しいらしく、岳人はニコニコしながら、箸を進めた。忍
足も岳人との散歩が楽しみで、自然と笑みがこぼれる。用意された夕食を全て平らげると、
二人はそれぞれ分担した仕事に取りかかり、テキパキとそれを終わらせると、出かける準
備をし始める。
「外は寒いからな。ちゃんと防寒具つけんと。」
「夜だしな。確かにかなり寒いかも。」
夕方までは雪が降るほどの気温だったのだ。しかも夜となっては、さらにその気温は低く
なる。厚手のコートを着て、マフラーを首に巻き、しっかりと手袋をつけると、二人は夜
の散歩をするために、銀色の世界に足を踏み出した。
何もかもが白く染まっている道を二人は特にあてもなく歩く。吐く息も辺りも全てが白銀
に染まっている。澄んだ空気は夜空を透き通らせ、いつもより多くの星を見せていた。
「やっぱ、外は寒いなあ。」
「まあ、雪が降るくらいだからな。でも、空気が澄んでてすっげぇイイ気分♪」
「確かに空気は綺麗みたいやな。あないに星が綺麗に見えるし。」
空を見上げると、ハッキリと見える星達がキラキラと瞬きを繰り返す。忍足に言われ、岳
人も空を見上げる。岳人の目に入ったのは、冬の星座の代名詞。オリオン座であった。
「あれって確か・・・オリオン座だったよな?」
「せやな。分かりやすいよな、オリオン座は。」
「中学校の理科でやった気がする。星の観察とか何とか言って。」
「あー、したな。なつかしいなあ、星の観察とか。」
空に浮かぶオリオン座を眺めながら、二人はそんな会話を交わす。星座の話をしていて、
忍足はあることを思い出した。
「岳人、オリオン座の下にちょっと明るい星がいくつか並んでるやろ?」
「あー、確かにあるな。」
「あの星座、何ていうか知っとる?」
「さあ、分かんねぇ。星座にはそんな詳しくねぇし。」
忍足の示す星座を眺めながら、岳人はそう口にする。そんな岳人に忍足は、穏やかな笑み
を浮かべながら、その答えを呟いた。
「あの星座、うさぎ座って言うんやで。」
「うさぎ座?」
「せや。こんな冬の寒い夜空をぴょんぴょん跳び回ってるうさぎさん。オリオン座の話し
てたら、思い出してな。」
「へぇ、うさぎ座か。」
「何か岳人みたいやな。こないに寒いのに雪が積もったってはしゃぎまくって、ぴょんぴ
ょん跳びはねてて。」
くすくすと笑いながら、忍足はそんなことを言う。確かにそうかもしれないと、岳人自身
も納得してしまう。
「確かに似てなくはないかも。」
「せやろ?けど、あの空を跳びはねてるうさぎさんに似てるのは岳人だけやないで。」
「へ?誰?」
「さあ、誰やろな?」
意味深なことを言いながら、忍足は笑う。少し考える岳人だが、全く思いあたる人物がい
ない。もう降参と、早々と岳人は忍足に答えを求めた。
「全然分かんねぇ。誰だよ?」
「あのうさぎさん、俺にそっくりや。」
「侑士に?何で??」
なんとなく嬉しそうにしているが、自分ほどはしゃいではいないし、ましてや跳ねるなん
てことはありえない。そんな忍足に、あの空を駆けるうさぎのどこが似ているのだろうと
岳人は首を傾げた。
「雪がやんでるのに気づいて、ここまで雪が積もってることに気づいた時な・・・」
「おう。」
「岳人がきっと喜んでるだろうなあと思ってん。」
「もうテンション上がりまくりだったぜ!」
「せやろ?雪の中を歩く嬉しそうな岳人の顔思い浮かべてたら、何だかこっちまで嬉しく
なってな。早くそんな岳人の笑顔が見たいなあと思って、夕食作りながら、岳人のこと待
ってたんや。そんときの気分が、メッチャ心が弾む感じがして、あのうさぎさんみたいな
気分やったで。」
恥ずかしそうに笑って、忍足は言う。そんな忍足の言葉に、岳人の胸はひどくときめいて
いた。
「侑士、可愛すぎ・・・・」
「へっ?」
赤くなる顔を左手で押さえながら、岳人は呟く。もうどうしてこんなに可愛いことばかり
言ってくれるのか。ドキドキしながら、岳人は不思議そうに首を傾げている忍足を見た。
「なんか・・・俺の心臓もあのうさぎみてぇになってるかも。」
「心臓がうさぎってどないやねん。」
「侑士が可愛すぎて、ドキドキしてるってことだよ!」
そう言いながら、岳人は忍足のマフラーを引っ張り、ぎゅうっとその体を抱きしめた。
「が、岳人っ・・・」
「ダメだもう。侑士のこと好き過ぎて、胸が超いっぱいだ。」
自分より大きな体をしっかりと抱きしめながら、岳人はそう言う。そんなことを言われれ
ば、否が応にでも忍足もドキドキしてしまう。
「なあ、侑士。・・・キスしていい?」
「えっ・・・?」
「今、すっげぇしたい。ダメか?」
ほのかに赤く染まった頬で、見上げられるような形でそう言われ、忍足はドキっとしてし
まう。こんな道端でキスをするなんて恥ずかしいが、幸い周りに人影はないし、来る気配
もない。一度くらいなら許してもいいだろうと、忍足は岳人の言葉に小さく頷いた。
「す、少しだけなら・・・ええで。」
「マジで?」
「あ、ああ。」
ドキドキしすぎて思わず放つ言葉がどもってしまう。忍足から許しを得ると、岳人はほん
の少しマフラーを下に引き、背伸びをして忍足の唇に口づけた。外気の温度と同じように
その唇はひどく冷たかった。しかし、岳人にとっては、その冷たささえも心地よく感じら
れた。
(寒いはずなのに・・・すごい熱い。何や変な気分やな・・・)
ほんの数秒の唇が触れ合うだけのキス。それでもお互いを想う気持ちは溢れるほど伝わっ
ていた。外気とは裏腹に忍足の体はひどく熱くなっていった。
「なんか・・・ちょっと熱いかも。」
「ああ、それは俺も思ったで。」
「外はこんなに寒いのにな。侑士といると、冬の寒さなんて忘れちまうぜ。」
「俺もやで。岳人といると、すごいあったかい気がする。」
ふっと柔らかく微笑みながら、忍足は言う。そんな忍足の笑みに岳人の胸はまた熱くなる。
胸の奥で感じられる心地よいぬくもり。そんなぬくもりが雪景色の中、二人の体を包んで
いた。
「岳人。」
「ん?何?」
「ちょっと公園に寄ってみぃへん?」
「別に構わないぜ。今の時間ならそんなに人もいねぇだろうし。」
「なら、少しつきあってもらうわ。」
何かを思いついたという感じで、忍足は公園へ行こうと言い出した。まだまだ雪道の散歩
を忍足と楽しみたいと思っている岳人は、そんな忍足の提案に頷き、その目的地に向かっ
て歩き始めた。
公園に到着すると、二人は足跡一つない地面に感嘆の声を上げる。真っ白なキャンパスの
ような地面を前にし、岳人も忍足も瞳を輝かせる。
「すっげぇ!!真っ白だー!!」
「この時間やしな。誰もまだ入ってないんやろ。」
「俺らが足跡つける第一号だ。行こうぜ、侑士。」
忍足の手を握り、岳人は公園内へ足を踏み出す。積もったばかりの柔らかい雪に二人分の
足跡がついてゆく。公園の真ん中あたりにある大きな木の下のところまで行くと、二人は
その場に腰を下ろした。
「はあー、冷たいけど、なんか気持ちいいー。」
「せやな。」
「公園に行きたいって、侑士から言い出したけど、やっぱ足跡つけに来たのか?」
まっさらな雪に足跡をつけて行くのは気持ちがいいと、岳人はご機嫌な様子でそんなこと
を尋ねる。岳人にそう尋ねられ、忍足は自分のしたかったことを思い出した。
「ああ、せや、アレ作りたいと思って公園に来たんやった。」
「アレ?」
「ほら、さっきうさぎ座の話してたやろ?せっかくやから、雪うさぎ作りたいなーと思っ
て。」
「雪うさぎか。いいかもしれねぇな!俺も作る!!」
「ほなら、一匹ずつ作って並べるか。あっちの方にちょうど南天の実も生ってるしな。」
「おう!!」
少し離れたところに生えている南天の木から小さな赤い実と葉っぱをいくつかとってくる
と、二人は木の下に雪うさぎを作り始めた。向かい合わせに並ぶ小さな雪うさぎ。それは
どこか岳人と忍足に似ているところがあった。
「よーし、完成!!」
「結構うまく出来たな。」
「この寄り添い合いっぷりがうまくいったよな。」
「ああ。かなりいい感じだと思うで。」
二人で作った雪うさぎの出来に、どちらも満足気な笑みをこぼす。仲良さげに並ぶうさぎ
を眺め、岳人はふとあることを思いつく。
「そうだ、侑士。まだ、赤い実残ってたよな?」
「ああ、あるけど。どないしたん?」
「それ、ちょっと貸して。」
うさぎの目を作るためにとってきた南天の実を忍足から受け取ると、岳人は二つ並んだう
さぎの上にその赤い実を並べてゆく。初めは何をしているのか分からなかった忍足だが、
途中で岳人が何を作ろうとしているのかに気づく。
「あっ、それ・・・」
「へへへ、せっかくだから、空にいるうさぎと一緒にしてみたぜ。」
二匹のうさぎの上に作られたのは、赤い実で作られたオリオン座であった。
「これはこれで、ええな。」
「だろー?この二匹のうさぎもきっと俺達みたいに、一緒にいられんのが嬉しくて跳ね回
ってんだぜ。」
「そうかもしれへんな。」
岳人の言葉に、心の底から同意して、忍足は微笑みながら答える。空で跳ねるうさぎと雪
の上で二匹並んで心弾ませるうさぎ。そして、そんなうさぎと同じように胸を躍らせる二
人。その全てが白い世界に幸せな雰囲気を醸し出していた。
「さーてと、天体観測もしたし、雪に足跡つけたし、雪うさぎも作ったし、そろそろ家に
帰るか、侑士。」
「せやな。そろそろ体も冷えてきた頃やし。」
「家帰ったら、風呂でゆーっくりあったまって、今度はベッドの上で跳ねようぜ、侑士♪」
「なっ・・・!?」
かなり率直なことを言ってくる岳人の言葉に、忍足の顔は真っ赤に染まる。そんな反応を
する忍足が可愛くて仕方ないと、岳人はニヤニヤしてしまう。
「侑士、顔真っ赤。可愛い〜vv」
「が、岳人がいきなり変なこと言うからやろっ!!」
「何だよ?じゃあ、したくないっての?」
「べ、別にそないなこと言ってないやろ・・・」
「じゃ、してもいいんだな!!」
「・・・あう〜、岳人のアホ。」
「恥ずかしがってる侑士も可愛いぜ。じゃあ、さっさと帰るか。俺、やりたいこといっぱ
いあるんだよな!」
「もう勝手にせぇや・・・」
岳人の発言にドキドキしっぱなしの忍足は、顔を赤くしたままそう呟く。何だかんだで、
自分のしたいことを全て許してくれる忍足を、岳人はやっぱり大好きだと思う。早く帰っ
て忍足とそういうことがしたいと思いながら、岳人は忍足の前を歩き出す。と、ある程度
進んだところで、突然歩みを止め、忍足の方を振り返った。
「侑士。」
「何や?」
「大好きっ!!」
満面の笑みでそんなことを言ってくる岳人に、トクンと胸が高鳴り、忍足の顔に笑みが浮
かぶ。ふっと笑いながら、岳人のもとまで歩いて行くと、ぽんと岳人の頭に手を置き、忍
足はその言葉に答えた。
「俺も岳人のこと、大好きやで。」
「へへへ、本当俺達ってオシドリ夫婦だな!!」
「オシドリ夫婦って・・・ま、あってなくはないんちゃうん?」
つっこむと思いきや、忍足もそれを認めてしまう。そんな誰が見てもラブラブな二人を、
空を駆ける冬のうさぎは、楽しげに心を弾ませながら眺めるのであった。
END.