大事な大事な君だから

大学の講義が終わった後、岳人は正門の前で違う授業を受けている忍足を待っていた。今
日は、二人で映画に行く約束をしていた。珍しく見たい映画がかぶったため、岳人もかな
りこの映画鑑賞を楽しみにしていた。
「早く侑士、来ないかなー。」
うきうきと胸を躍らせながら、忍足が来るのを待つ。しかし、忍足は約束の時間になって
もやって来ない。電話をかけてみたり、メールを送ってみたりもしてみたが、全くレスが
なかった。結局、映画が始める時間になってしまい、岳人のイライラは頂点に達する。
(遅れてくるのは仕方ないとしても、連絡して来ねぇなんてありえねぇしっ!!もう侑士
なんて、知らねぇ!!)
かなり怒り心頭なメールを忍足に送りつけた後、岳人は一人で街に向かった。どうにかし
てこのイライラを静めようと、憂さ晴らしに向かったのだ。

一方、忍足は授業後に女子に呼び出され、告白などを受けていた。さっさと断って岳人の
ところへ行きたかったのだが、意外としつこくされ、なかなかその場を去ることが出来な
かった。そんな状況では、電話に出たり、メールを返信することなど不可能であった。や
っと、解放された時にはもう岳人との約束の時間を一時間近く過ぎていた。
(岳人の奴、怒ってるんやろな・・・)
そんなことを考えながら、待ち合わせ場所に向かったが、そこに岳人の姿はなかった。
「あんなに待たせたんやから、当然やろな。」
大きな溜め息をつきながら、忍足は携帯を出した。携帯の待受画面には、数件の着信と二
通ほどの新着メールが来ていることを表す文字が表示されていた。一通目のメールは、ど
こにいるのかを問うようなメールであったが、二通目は明らかに怒っているような内容で
あった。
『遅れるなら遅れるで、連絡しろよ!!もう映画始まっちゃたじゃねぇか!!侑士のバー
カ。もう知らねぇ!!じゃあな!!』
「はあ・・・メッチャ怒っとるやん。今回は明らかに俺のが悪いよなあ・・・不本意やけ
ど。」
かなり怒り心頭の岳人のメールに忍足はへこむ。とにかく謝らないとと、電話をかけ直す
があえてとらないのか、マナーモードにしていて聞こえないのか、岳人は忍足の電話に出
ない。
「メールで謝るよりは、直接謝った方がいいよな。もしかしたら家に帰ってるかもしれへ
んし、とりあえず戻ってみるか。」
もしかしたら家に帰っているかもしれないと、忍足は現在自分と岳人と一緒に住んでいる
部屋へ向かう。大学からはそれほど離れていないので、すぐにそこへは到着したが、鍵が
かかっており、中に誰かがいる様子もない。一応、鍵を開けて部屋の中を見てみたが、や
はり岳人は帰ってきていなかった。
「帰っては来てへんか・・・。とにかく岳人探して謝らんと。」
家にいないのなら、とにかく外に探しに行くしかないと、再び鍵をかけて忍足は出かける。
ブルーな気持ちの忍足の心を表しているかのように、空は雲で覆われ、今にも雨が降り出
しそうな天気になっていた。

街に出て様々な店を覗いてみるが、岳人の姿はどこにも見当たらなかった。あちこちを歩
き回り、懸命に岳人を探したがどうしても見つからない。落ち込んでゆく忍足に追い打ち
をかけるように、空からは大粒の雨が降り出した。
ザ――・・・
あっという間に雨は本降りになり、忍足の体を濡らしていく。傘を持っている者は傘を開
き、持っていない者は近くの屋根のある場所で雨宿りをする。そんな中、とことんテンシ
ョンの下がった忍足は、傘も買わず、雨宿りもせずにとぼとぼと街の外れに向かって歩い
ていった。

その頃岳人は、普段は来ない街のかなり奥まったところにあるゲームセンターに来ていた。
岳人自身ほとんど来たことがない場所なので、忍足がその場所を探すということはなかっ
た。
(あーあ、今日のデートすっげぇ楽しみにしてたのになあ。全く侑士の奴、何やってんだ
よ、もう!!超むかつくし。)
そんなイライラした気分を忘れたいと、岳人は音ゲーに没頭し、激しい感じの音楽とその
ゲームに集中することで意識を違う方に向けようとしていた。プレイをしている間は忘れ
られるものの、それが終われば再びもやもやした気分は襲ってくる。とても楽しみにして
いたがゆえに、その約束が破られた時のショックは大きい。そのショックが怒りとなって
岳人の胸をいつまでももやもやとさせていた。

岳人と忍足が微妙なケンカ状態になっている時に、同じ大学に通っている跡部と宍戸は、
大学から現在二人で住んでいるマンションに向かうため、家路を辿っていた。天気予報を
見ていた跡部はしっかり折りたたみ傘を持って来ていて、傘を持っていなかった宍戸をそ
の傘に入れて歩いていた。
「・・・でさ、そこであいつが・・・あれ?」
楽しそうに跡部に話をしていた宍戸だが、公園を通り過ぎようとした時、見たことのある
顔が目に入り、歩みを止めた。宍戸が立ち止まったことで、傘を持っていた跡部もその場
に立ち止まる。
「どうした?宍戸。」
「あそこにいるのって、忍足じゃねぇ?こんな大雨の中、傘も差さねぇで何やってんだろ
う?」
宍戸に言われて公園内を見てみると、跡部の目にも忍足の姿が映った。ブランコに腰掛け、
空から降り注ぐ雨をその身に受けている。何か様子がおかしいと思った二人は公園に入り、
少し離れたところから忍足に声をかけた。
「おーい、忍足。そんなとこで何してんだよ?」
「さすがにこの季節にそんなことしてんと、風邪ひくぜ。」
聞いたことのある声を聞き、忍足は顔を上げる。その目に映ったのは、今自分が探してい
る岳人ではなく、跡部と宍戸だ。がっかりした様子で、忍足はうつむいたまま、ブランコ
から立ち上がった。次の瞬間、忍足は激しい眩暈を感じる。
(あ・・れ・・・?)
『忍足っ!!』
二人の声が聞こえたのを最後に、忍足は意識を失ってしまう。突然目の前で倒れた忍足を
見て、跡部も宍戸も慌てて忍足のもとに駆け寄った。
「おい、忍足っ、大丈夫か!?」
「・・・・・。」
「・・・っ、すげぇ熱じゃねぇか。」
「と、とりあえず、俺らのマンションに連れてこうぜ。このままだと、余計熱上がっちま
うだろ。」
「そうだな。今、車呼ぶから、傘持っててくれ。」
「お、おう。」
すぐ近くで喋っている二人の声が、忍足にはひどく遠くで聞こえているように感じられた。
跡部の呼んだ車はすぐにその公園にやってくる。びしょ濡れな忍足を乗せると、二人は自
分達のマンションに向かった。

マンションに到着すると二人は、忍足の服を着替えさせ、客人用の部屋のベッドに寝かせ
た。とにかく岳人には連絡しなければと、宍戸は若干濡れた髪を拭きながら、携帯電話を
取り出す。
「えっと、岳人の番号は・・・・」
そう宍戸が呟いた瞬間、ベッドに寝かされている忍足が宍戸の服の端を掴んだ。苦しそう
に呼吸をしながら、忍足は口を開く。
「アカン・・・岳人には・・・・言わないで・・・」
「何でだよ?」
「俺・・・岳人・・・怒らせて・・・・だから・・・・」
「忍足・・・」
どうして忍足が公園であんな状態になっていたかを、宍戸は忍足のその言葉から理解した。
しかし、忍足がこんな状況になっていることを岳人に知らせないわけにはいかない。跡部
が用意した冷たい水で濡らしたタオルを忍足の額に置くと、優しく自分の服を捉えていた
手を離させる。
「大丈夫だ。岳人なら絶対許してくれるから。」
「けど・・・」
「知らせなかったら、俺らが岳人に怒られちまうぜ。な、跡部。」
「そうだな。テメェがあんなバカみてぇなことしてたのは、向日とケンカした所為なんだ
ろ?だったらもうおあいこじゃねぇか。思いっきりあいつに心配かけさせてやれ。」
「心配・・・させたくない・・・」
「とにかく、お前は寝てろって!!寝たら少しは気分も落ち着くかもしれねぇし。」
「そうだぜ。いつまでも、ここに置いておくわけにはいかないんだからな。」
跡部のその言葉を聞いて、確かにこの二人にあまり迷惑をかけるわけにはいかないと、忍
足は素直に目を閉じる。とりあえず寝かせれば少しは熱も下がるだろうと、二人はホッと
一息ついた。
「じゃあ、俺、岳人に電話してくるから。」
「ああ。全くこいつらにも世話が焼けるよな。」
「まあ、それはお互い様じゃねぇの?俺らもケンカすると、何だかんだ言って、忍足も岳
人仲直りさせようといろいろしてくれるし。」
「確かにな。」
自分達も岳人や忍足の世話になることが多いということを話しながら、二人は苦笑する。
今回は自分達が二人の仲を取り持とうと宍戸は部屋を出て岳人に電話をかけた。

宍戸からの電話を受け、岳人は慌てて跡部と宍戸の住むマンションにやってくる。
「侑士が熱出して倒れたって本当か!?」
「ああ、公園のブランコで雨に打たれててよ。だいぶ寒くなってるこの時期にそんなこと
すりゃ熱出すのも当然だろ。」
「なんか岳人とケンカしたみたいなこと言ってたぜ。何があったんだよ?」
「俺の所為だ。俺が怒って侑士置いてゲーセンになんて行っちゃったから・・・跡部、宍
戸、侑士どこにいる!?」
「客人用の部屋に寝かせてるぜ。寝てるんだから、起こすんじゃねぇぞ。」
「分かった。」
忍足の寝ている部屋に案内されると、岳人は忍足の寝かされているベッドの側に置かれて
いた椅子に腰かけた。熱の所為なのか、忍足はかなりうなされている。
「んっ・・・う・・ぅ・・・」
「ゴメンな、侑士。」
眠っている忍足に本当に反省したように謝っている岳人の後ろ姿を見て、跡部と宍戸はこ
れなら何の問題もなく仲直りが出来るだろうと、その部屋の扉を閉めた。あとは二人きり
にして、お互いの気持ちをちゃんと伝え合うに限る。跡部と宍戸が客人用の部屋から出て
行くと、岳人はせっせと忍足の看病をし始めた。

額のタオルを変えたり、汗を拭いたりしてずっと忍足の側で世話をしていると、忍足の手
が岳人の手を掴む。
「がく・・・とぉ・・・・」
そう呟きながら、忍足は一筋の涙をその閉じた瞳の端から流す。なんとなく胸が痛んで、
岳人はその涙を拭ってやりながら忍足の名前を呟いた。
「侑士・・・」
その声が聞こえたのか忍足はゆっくりと目を開ける。すぐ側にいる岳人を見て、忍足はま
だ夢を見ているのではないかと思う。
「岳人・・・?」
「侑士っ、ゴメンっ!!俺の・・・俺の所為でっ・・・」
半泣き状態で、岳人は忍足に抱きつき、謝罪の言葉を口にする。謝らなければならないの
は自分の方なのに、何故岳人が謝ってくるのか理解出来ず、忍足はぼーっとしたまま、岳
人の言葉を聞いていた。
「これも・・・まだ、夢・・・?」
「夢じゃねぇよ!!侑士置いてどっか行っちゃったのは謝るから、早く元気になれよ!!」
「夢や・・・ない。」
夢じゃないと分かると、忍足はハッと気づいたような顔をする。夢じゃないのであれば、
自分は岳人に謝らなくてはいけない。
「謝るんは、俺の方や!!約束破って悪かった。岳人が怒るんも当然や。ゴメン・・・・
ゴメンな、岳人。」
「そんなことはもういいって。それより、体、平気か?キツくねぇ?何かして欲しいこと
あるか?」
心配そうにそう尋ねてくる岳人に、忍足は胸がきゅうっと締めつけられる。悪いことをし
たのは自分の方なのに、そのことを許してくれるだけでなく、自分のことをこんなにも気
遣ってくれている。熱の所為で涙腺が弱っている忍足は、そんな岳人の態度にポロポロと
涙を流した。
「ふっ・・・ひっく・・・」
「ど、どうしたんだ!?どっか苦しいのか?」
「そうやない・・・俺がいけないのに、岳人がこんなに優しくしてくれるから・・・」
「当たり前だろ!!侑士は俺の大事な大事な恋人なんだからよ!」
「岳人ぉ・・・」
岳人を怒らせて、嫌われてしまったかもしれないと思っていた忍足は、岳人のその言葉に
心底安心し、さらに涙を流す。激しく嗚咽を漏らす忍足を優しく抱きしめ、岳人はなだめ
るように忍足の頭を撫でた。
「泣くなよ侑士。俺はもう怒ってねぇから。」
「ひっく・・・けど、俺、約束は破るし・・・岳人に心配かけるし・・・最低や・・・」
「そんなことねぇって。侑士は最低なんかじゃねぇよ。あの程度のことで、大人げなく怒
っちまった俺のが悪い。」
「そないなことないっ!!岳人は何も悪くない。」
「じゃ、どっちも悪くねぇってことでいいじゃん。お互いにそう思ってんだからさ。」
あっけらかんとしてそう言う岳人の言葉に、忍足の心は一気に軽くなる。岳人の背中に腕
を回し、ぎゅうっと抱きつくと、忍足は涙が止まるのを黙って待った。なんとなく忍足の
気分が落ち着いたということを察した岳人は、ふっと笑ってそのまましばらく忍足を抱き
しめていた。

完全に仲直りをした様子をドアの隙間から見ていた跡部と宍戸は、やれやれという顔でそ
のドアを開けた。仲直りしたのであれば、もう自分達が世話を焼く必要はないと、これか
らどうするかを跡部は尋ねた。
「仲直り出来たみてぇだな。」
「うっわあ、いきなり入ってくんなよ!」
「アーン?ここは、俺と宍戸の家だぜ。」
「・・・それはごもっともで。で、何か用か?」
「ああ、この後どうすんのかと思ってな。忍足も目覚ましたみてぇだし。このままココに
泊まっていっても構わねぇし、帰るんだったら送るぜ。」
「あー、そっか。どうする?侑士。」
「・・・せやな、跡部と宍戸にこれ以上迷惑かけられんし、帰った方がええかなあと思う
んやけど。」
「んじゃ、帰るわ、跡部。今日はいろいろ悪かったな。」
「こういうことはお互い様だって。お前らだって、俺らがケンカしたとき、いろいろして
くれんじゃん?な、跡部。」
「まあな。じゃ、帰る用意しろよ。忍足の着てる服はそのまま貸しといてやるから。」
「おう、サンキュー。」
「跡部も宍戸もおおきにな。あと、迷惑かけて悪かったな。」
「いいっていいって。じゃ、俺ら先に行って車用意してるから。準備が終わったら来いよ。」
『ああ。』
跡部と宍戸が部屋から出て行くのを見送ると、二人は帰る用意を始める。まだ足元のおぼ
つかない忍足の体を支えながら、岳人は自分の荷物を手にする。
「跡部も宍戸も何だかんだ言って、本当イイ奴らだよな!」
「せやな。今回の件では、ホンマに感謝感謝やで。」
「だな。じゃあ、行くか侑士。」
「ああ。」
部屋を出ると玄関のところで、跡部と宍戸が待っていた。忍足の体を気遣い、ゆっくりと
岳人は二人のもとへ向かった。

跡部と宍戸に自分達の部屋まで送ってもらうと、二人にお礼を言って別れる。部屋の中に
入ると、岳人は忍足をパシャマに着替えさせ、氷枕を用意して、ベッドに寝かせる。汗を
かいたこともあり、ピーク時よりはだいぶ熱は下がっていた。
「今日はゆっくり休めよ。家のことは全部俺がやっとくからさ。夕飯はおかゆがいい?そ
れともおじや?」
「どっちでもええで。岳人が作りやすい方で。」
「んー、どっちを作るにしても一回買い物にいかなきゃだな。俺が買い物行ってる間、侑
士はちゃんと寝てろよ?」
「ああ。そうだ、ついでに解熱剤も買ってきてくれへん?」
「了解。じゃ、ちょっと行ってくるな。」
買い物に出て行く岳人を見送りながら、忍足は小さく息をつく。いつもの布団は、跡部の
家で寝かされていた時には感じられなかった安心感を与えてくれていた。これならば、先
程よりもより穏やかな気分で眠れるだろうと思いながら、忍足は目を閉じた。

岳人が買い物から帰ってくると、忍足はかなり穏やかな表情で眠っていた。呼吸も跡部と
宍戸の部屋で寝ていた時とは比べ物にならない程、規則正しいリズムを刻んでいる。
「少しはよくなってるみてぇだな。」
買い物袋を台所に置くと、岳人は忍足のベッドの端に腰かけ、忍足の前髪に手を伸ばし、
その前髪を上げる。そして、自分の額をぺたっとくっつけた。
「まだちょっと熱いけど、これくらいなら心配ないな。」
額を離すと、今度は唇をそこへ持っていった。
「早く良くなりますよーに。」
そんな願いを込め、熱い額に優しく口づけると、微笑みながら岳人は呟いた。早く治すた
めのおまじないもしたし、忍足はぐっすり眠っているし、もう大丈夫だろうと、岳人は忍
足の夕食を作るために台所へと向かった。岳人が部屋から出て行った後、眠っている忍足
の口元には穏やかな笑みが浮かぶ。岳人と仲直りが出来た安心感、そして、岳人が先程し
てくれた早く治すためのおまじない。それが、忍足の見ている夢を心地よいものにさせて
いるのであった。

                                END.

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