岳人の家に泊まった次の日の朝。忍足は岳人より一足早く目を覚ました。いつも通り、そ
ういうことをして、そのまま眠ってしまったため、その身には何も身につけていなかった。
「ん・・・寒っ・・・・」
冬も近づく季節なので、何も着ずに寝ているのは少々寒かった。暖を求めて岳人にくっつ
く忍足だったが、その岳人の体に違和感を感じがばっと起き上がる。
「〜〜〜〜〜っ!!??」
布団をめくって岳人に視線を落とすと、忍足は声にならない声を上げる。岳人も忍足と同
じくその身には何も纏っていなかった。布団をめくられて寒くなったのか、岳人も目を覚
ます。
「う〜、寒みぃ〜・・・・あっ、おはよう侑士。」
「が、がく・・・岳人・・・」
「んー、どうしたんだよ?侑士。何か変だぜ?」
岳人の身に起こっていることが起こっていることなので、忍足はまともに岳人を見ること
が出来ない。
「岳人・・・自分の体見てみぃ。」
「へっ?」
やっとのことでそんな言葉を口にし、岳人に今起こってる異変を伝える。忍足に言われ、
岳人は自分の体に視線を向けた。
「うおぅっ!!女ってる!?」
「と、とりあえず、服着てくれへん?ホンマに目のやり場に困るんやけど・・・・」
「そうだなー。さすがにこの姿のまま素っ裸でいんのはちょっとって感じかもー。」
ひょいっとベッドから下りると、岳人はとりあえず下着を穿き、Tシャツを着た。少しは
驚きはしているものの、そこまで気にしてはないらしい。服を着ると再びベッドに上がり、
布団にもぐった。
「今日は寒みぃなあー。なあ、侑士。」
「・・・いや、もっと女になってることにつっこめや。」
「あー、思い当たる節はあんだよな。昨日さー、帰り際に跡部にクッキー貰ったんだよ。
宍戸にあげてたから。それを侑士が寝ちまった後に、腹減ってたから食ったんだ。たぶん
それだと思うんだよな。」
「確かに。てか、絶対それやな。」
「まあ、また時間が経てば戻るだろーし、そんなに気にすることでもねぇかなあって思っ
てさ。」
「うーん、でも、やっぱ性別変わったらもっと慌てるもんやろ。」
「そうか?これはこれで面白いからいいんじゃねぇ?俺的には侑士が女ってくれた方がい
いんだけど、たまには俺の方がなるってのも悪くねぇかなーって。」
女になっていることを全く気にしていないような態度で、岳人はそんなことを言う。こう
いうサバサバしたところはちょっと羨ましいなあと思いつつ、忍足はベッドの端に脱ぎ捨
ててあった服に腕を伸ばした。
「せっかく女になってるんだし、今日は外にデート行くか。俺、姉ちゃんに服借りてくる
な!」
「はっ・・・?」
「俺が戻ってくるまでに、侑士も着替えてろよな!」
普通ならば女になっているのを他の者に見られては困ると思うものだが、岳人は全く逆の
発想で、外に遊びに行こうと言う。そんな岳人に唖然とさせられながら、忍足は一人部屋
に残される。
「さすが岳人やなあ。俺だったら、ありえん発想や。」
そんなことを呟きながら、忍足は泊まるために持って来た荷物の中から、服を出し、それ
に着替え始めた。
女になっている岳人と男のままの忍足は、デートということで映画を見に行った。せっか
く見かけは普通のカップルになっているんだからということで、忍足チョイスのラブロマ
ンス映画を見ることになった。洋画らしく、その映画は最終的にハッピーエンドな話だっ
たのだが、途中の流れはなかなか泣かせる内容であった。そんな映画を見て、忍足はもう
ボロ泣きだ。エンディングが終わっても忍足はぐしぐしと涙を拭っていた。
「侑士、いつまで泣いてんだよ?確かに今回の話はなかなか感動もので面白かったけどさ。」
「う〜、だって・・・・」
「ほら、ハンカチ貸してやるから泣きやめよ。」
「ああ、おおきに。」
ハンカチを岳人から受け取ると、忍足は目元を拭った。たくさんの涙を流したことで、若
干その瞳は赤くなっているが、それがまた忍足の可愛さを助長させていた。
「目が赤くなっててうさぎみてぇ。」
「えっ、ホンマ?」
「うん、超可愛い♪」
いつもより少し高い声でそう言われ、忍足の頬はその瞳と同じように若干赤く染まる。見
かけは岳人の方が彼女に見えるのに、立場は全く逆になってるなあと忍足は苦笑する。
「いつも通りやけど、何か変な感じやな。」
「へっ?何が?」
「今は岳人の方が女の子になってるやん?なのに、岳人の方が男らしいっていうか・・・」
「まあ、体は女になってても中身は変わってねぇからな。侑士はいつも通り乙女だしぃ。」
「乙女って・・・そこまでやなくない?」
「超乙女だろ。ラブロマンス映画見て、あんなに号泣してさ。マジ可愛すぎだぜ。」
そう言われてしまうと否定出来ず、忍足は赤くなってうつむく。そんな反応をする忍足も
可愛いと、岳人はもう顔が緩みっぱなしだ。そんな心躍る状態で、もっといろいろなとこ
ろに行きたいと岳人は、次の場所に移動しようと、忍足を誘う。
「そろそろ腹も減ってきたし、映画館出て、飯でも食いに行こうぜ。」
「せやな。何食べる?」
「んー、ファーストフードかファミレスでいいんじゃねぇ?ファーストフードだったら安
上がりだし、ファミレスだったらいろいろ選べるしさ。」
「まあ、それが無難やな。それじゃ、行くか。」
「おう!」
とりあえず、昼食を食べに行こうと二人は映画館を出る。昼時ということもあり、ファー
ストはひどく混んでいて入れそうになかったので、結局二人はファミレスで昼食を取るこ
とにした。
昼食を終えると、二人はぶらぶらと街を見て回り、いかにもデートらしいデートを楽しん
だ。次はどこへ行こうかと話をしていると、いかにも不良な数人の高校生に絡まれてしま
う。
「へぇ、可愛い彼女連れてんじゃん。」
「ホントホント。俺、超好みだわ。」
とりあえずこういう輩には関わらないのがいいと、二人は何も言わず無視しようとしたが、
腕を掴まれ、それは叶わなかった。
(うわあ、超めんどくせぇ。どうする?侑士?)
(どうするって言われてもなあ・・・)
不良達には聞こえないような小声で二人はそんな会話を交わす。とにかくこの腕を放して
欲しいと、岳人は正直に思っていることを口にする。
「手放してくんない?超うざいんだけど。」
「ツンツンしてるとこも可愛いねー。」
「彼氏の方はいらないから、あっちに行っててな。」
忍足には用はないと不良の一人が忍足を突き飛ばした。幸い転ぶことはなかったが、それ
を見て、岳人はキレる。
「俺の侑士に何してんだよ!?」
思いきり腕を振り払い、腕を掴んでいた不良に肘鉄をくらわせる。
「ぐっ・・・テメェ、何すんだよ!?」
「それはこっちのセリフだぜ!!テメェらなんか俺が相手にするわけねぇだろ。」
「岳人、そんなに煽ったらアカンって・・・・」
「大丈夫、任せろって。」
あまりに喧嘩腰の岳人にハラハラしながら、忍足はそう言う。しかし、岳人は忍足に向け
て問題ないとウインクをした。岳人の言動に腹を立てた不良達は、岳人に手を出そうとし
たが、いつもの身軽さで岳人はその攻撃をひょいっと避けた。
「何っ・・・!?」
「お前らなんて、全然相手になんねぇよ。」
「このっ・・・」
もう一度殴りかかるが、やはり岳人には当たらない。岳人が跳ねて攻撃を避けていること
に気づいた不良達はふと自分達の上を見上げる。岳人にとってはいつも通りの行動なのだ
が、傍から見ると、それはそれは大サービスな状態になっていた。短いスカート穿いてい
るにも関わらず、スパッツなどは穿いていない。しかも、バッチリ女物の下着を身につけ
ているときた。空中で回転すれば、当然のことながらスカートはめくれるわけで、お年頃
な不良達はそんな岳人のパンツに釘付けになってしまい、隙だらけになった。
(チャンス!)
隙だらけの不良達に、岳人は街路樹の土を手に取り、再びジャンプをすると、顔に向かっ
てその土を投げつけた。目つぶしをくらわされた不良達は目を覆う。
「痛ってぇっ・・・」
「くそ、痛くて目が開けらんねぇ・・・」
「走るぞ、侑士!!」
「あ、ああ。」
ストンと地面に着地すると、岳人は忍足の手を取り、全力で走り出す。もちろんそんな二
人を目つぶしをくらわされた不良達が追いかけられるはずがなかった。女の子になってい
ても、頼り甲斐があり、実に男らしい岳人に忍足の胸はひどくときめく。
(格好よすぎやで、ホンマ・・・)
握られている手の熱さにドキドキしながら、忍足は岳人と一緒に全力で走り続けた。
「はあー、久しぶりに超走ったー!!」
「はあ・・・せやな。こないに全力で走ったのどれくらいぶりやろ?」
「なんか、一気に体あったまったな。」
「ああ。でも、ちょっと疲れたわ。少しここで休んでいかへん?」
「そうだな。」
街から走ってやってきたのは、岳人の家の近所の公園であった。全力で走って少し疲れた
体を休めようと、二人は公園内にあるベンチへと向かう。公園内にはいくつかのベンチが
あったが、二人が選んだのは鮮やかな黄色に染まったイチョウの木の下にあるベンチであ
った。
「もうすっかっり冬やんなあ。」
ひらひらと舞い落ちてくるイチョウの葉を眺めながら、忍足は呟く。岳人もそんな鮮やか
なイチョウに目をやり、忍足の言葉に頷いた。
「なんか今日はいろいろたいへんだったけど、こう落ち着いて振り返ってみると結構楽し
かったよな。」
「俺はドキドキしっぱなしやったけどな。」
起きた時からもう心臓が休まる暇がないと、忍足は苦笑しながらそう言う。すると、岳人
は膝の上に置かれている忍足の手に自分の手を重ねた。
「そんなにずっとドキドキしてんのかよ?」
ずいっと忍足の顔に自分の顔を近づけながら、岳人は口元を上げてそう尋ねる。そんな岳
人の行動に、忍足の心臓はドキンと跳ねた。
「あ、当たり前やろ。女の子になった岳人は、メッチャ可愛いのにメッチャカッコイイん
やもん。」
「嬉しいこと言ってくれるじゃん。女の子の俺、そんなに可愛い?」
「あ、ああ。メッチャ俺のタイプやで。」
「ふーん。そっか。」
意味ありげな笑みを浮かべながら、岳人はそう呟く。自分の一番好きな人に可愛いと言わ
れるのは悪い気はしない。しかも、女になっている状態なら尚更だ。どうせだったら、も
っと忍足はドキドキさせてやろうと、岳人は心の中にニヤリと笑った。
「侑士。」
「何や?」
「もっともっとドキドキさせてやるよ。」
「えっ・・・?」
小悪魔のように笑いながら、岳人はちゅっと忍足の唇にキスをする。唇が触れ合うほど近
づいたことで、岳人のいつもとは違う柔らかい体が忍足の腕に触れる。甘い甘い岳人から
のキスと普段は感じない柔らかさ。それらが忍足の心臓を壊れそうなほどに高鳴らせた。
(どないしよう・・・ドキドキしすぎて死にそうや・・・・)
しばらく忍足の唇を味わう岳人だったが、ここではそれ以上のことは出来ないと、すっと
唇を離した。
「今はここまで。でも、結構ドキドキしただろ?」
「・・・・ああ。」
あまりにドキドキしすぎて、忍足は顔を真っ赤にしてぽーっとしてしまう。やっぱり、自
分が女になっていても、忍足は忍足だなあと、岳人は何だか嬉しくなる。ひょいっとベン
チから下りると、悪戯っ子のように笑いながら、忍足の方を振り返る。
「そろそろ帰ろうぜ、侑士。」
「えっ・・・?あ、ああ。」
向きを変えると、岳人は忍足の前を歩き始めた。顔が熱くなっているのを感じながら、忍
足は先程まで岳人の唇が触れていた唇を押さえ、岳人の後を追いかける。いつもとは違う
岳人とのいつもより何倍もドキドキするデート。これはこれでありかもしれないなあと、
心の中で思いつつ、忍足は女の子になっている岳人に視線を移した。
岳人の家に戻ると、家の中は静まりかえっていた。それを不思議に思った忍足は、家に誰
も居ないのかということを岳人に尋ねる。
「岳人の家、誰も居ぃへんの?」
「あー、そうだな。今日はみんな出かけるようなこと言ってたかも。」
「そっか。」
忍足がそう呟いたと同時に、岳人は自分の体に起こっている変化に気づく。公園に居た時
は完全に女の子の体だったのだが、今はもう男に戻っているのだ。それに気づいた岳人は
チャンスとばかりに忍足の腕に飛びつく。
「うわっ、何やねん!?」
「へへへ、今、家には俺と侑士の二人っきりだしー、さっきの続き部屋でしようぜ。」
「そ、そないなこと言っても、岳人、女の子になってるやん。」
「何かもう元に戻ったみてぇ。でも、このまんまの格好でやるってのも新しくていいかも
しれねぇな。」
「はあ!?何無茶苦茶なこと言ってんねん!!それに昨日の夜あんなにしたのに・・・・」
「昨日は昨日、今日は今日だぜ!!ほら、さっさと俺の部屋行って、続き続き♪」
さっきより少し低くなった声は、忍足のいつも聞いている岳人の声であった。こんなタイ
ミングで男に戻ることないのにと、忍足は心の中でぼそっと呟いた。
「ちょ・・・ホンマに・・・その格好でするん?」
「だって着替えんの面倒くせぇじゃん?下着はどうせ脱いじまうしー。」
「だからって・・・」
「いいからいいから。きっといつもと違って燃えるって。」
「そういう問題やないし。」
「さっき、俺のこと可愛いって言ってたじゃん。あれ、嘘だったのかよ?」
「いや、それはホンマのことやけど・・・・」
岳人の部屋に向かって進みながら、二人はそんなやりとりをする。こういうことになると
どうしても岳人の方が優勢になり、忍足は嫌がる素振りは見せるものの、完璧には断れな
い。
(男に戻っても、普通に可愛いから困るねん。)
男に戻ってもそれほど違和感のないその格好に、忍足は心を乱される。部屋に着いたらも
う断れないだろうなあと思った途端、部屋のドアの前に到着してしまった。ドアを開ける
前に、岳人はくるっと忍足の方を振り返り、冗談じみた口調で問う。
「侑士、本気で嫌ならやめるけど、どうする?」
「絶対そんなつもりないやろ。ええよ、もう・・・」
「あはは、さっすが侑士♪分かってるじゃん。」
「全く・・・」
呆れたようにそう漏らしながらも、忍足は期待感にも似たときめきを感じていた。男であ
ろうが女であろうが、いつもとは違う格好をしていようが、やはり自分は岳人が好きなん
だなあと思いながら、忍足はバッチリ岳人に流されてしまうのであった。
END.