ベリーベリーアンラッキーデー

ガラ・・・
昼休みに入った頃、大遅刻で甲斐が教室に入ってきた。自分の机に鞄を置くと、甲斐は平
古場の席に行く。
「凛、ゴメンな。寄り道してたら、こんな時間になっちまった。」
「あー、裕次郎・・・・」
席に座っている平古場は何だかぐだーっとしていた。いつもの平古場らしくないと、甲斐
はその理由を尋ねる。
「どした?何か元気ないみたいだけど。」
「・・・今日、でーじ不運でさあ。」
大きな溜め息をつきながら、平古場はそう漏らす。これはなかなか大変なことがあったの
だなあと、甲斐は苦笑する。
「ち、ちなみにどんなことがあったば?」
「・・・朝、学校来る時、いきなり蜂の巣が落ちてきて蜂に追いかけられただろ?学校に
着いてからは、今日朝練の鍵当番だったの忘れてて永四郎にしに怒られるし、夜遅くまで
やって、やっと出来た宿題家に忘れてくるし・・・・極めつけに、弁当の時間に弁当落と
してさー。しかも、財布も忘れてきたから何も買えんし。はあー、今日はもうどんだけ厄
日なんだし。」
それはそれは不運だと甲斐は平古場に同情する。そして、昼御飯を食べていないのは可哀
想だと、甲斐は自分の持って来た弁当を平古場に差し出した。
「俺、来る途中で佐世保バーガー食って来たから、俺の弁当食べていーぜ。食べないと午
後の授業キツイだろ?」
そんな甲斐の言葉に平古場の表情はパアッと明るくなる。これだけ不運なことが続くと、
こんなちょっとした親切もひどく嬉しく感じるものだ。甲斐に心から感謝しながら、平古
場は甲斐から受け取った弁当を開けようとした。
「ちょっと待った凛。」
「えっ?何?」
「また、落としちゃったら困るだろー?だから、俺が食べさせてやるさー。」
いつもなら自分で食べると言い張る平古場だが、今日はいつもとは勝手が違う。ここは素
直に甲斐の言うことを聞いた方が賢明かもしれないと、コクンと頷いた。
「いーぜ。確かにまた落としたら困るしな。」
自分で言っておきながら、甲斐は平古場のその返事が意外だと感じていた。しかし、せっ
かく素直に頷いてくれたのだ。これはもう食べさせるしかないと、甲斐はそそくさと自分
の弁当を開け、箸で弁当の中身を一口ずつ取ると、平古場の口に運んでいった。仲の良い
甲斐と平古場のペアをクラスメイトを眺めつつも、いつものことなので、誰もつっこむも
のはいなかった。
「はあー、腹いっぱいさー。ありがとうな、裕次郎。」
「いいっていいって。ま、俺も凛のかわいい顔たくさん見れたから満足さー。」
「はあ?どんなよ?それ。」
「口開けて待ってる凛、でーじかわいいぜ。」
「なっ!!何言ってるかよ!?裕次郎!!」
「あはは、真っ赤になってる顔もかわいいぜ♪」
甲斐が来たことで、平古場に活気が戻った。あまりにどよーんとした空気を纏っていた平
古場が元気になったことで、クラスメイトは少し安心した。

午後の全ての授業が終わると、平古場は教室の掃除当番だったために、他のクラスメイト
が教室から出て行っても、他の掃除当番のメンバーと共に教室に残っていた。ちなみに、
甲斐は今日は掃除当番ではないので、平古場の掃除が終わるまでと、校内散歩に出かけて
いた。
「平古場くん、ゴミ捨て行ってきてもらってもいー?」
「ああ、いいぜ。」
箒で床を掃いたり、黒板を拭いたりするよりも、まだゴミ捨ての方がいいと、平古場はク
ラスメイトの頼みに応じる。溢れんばかりにいっぱいになったゴミ箱を持つと、平古場は
教室を出て行った。
「裕次郎が来てからは、あんまり不運なことないし、もうへーきだろ。」
これ以上不運なことはないだろうと、平古場はご機嫌な様子で階段を下りた。一階へ続く
階段を下りていると、下から何人かの男子がふざけながら駆け上がり、ドンッと平古場に
ぶつかる。
「わっ・・・」
何も持っていなければ、得意の沖縄武術のバランス感覚でどうにかなるのだが、今回はた
くさんのゴミが入ったゴミ箱を抱えている。そんな状態でぶつかられ、平古場は階段から
足を踏み外した。
(ヤバっ・・・落ちるっ!!)
体は傾き、抱えていたゴミ箱は腕から離れた。
ゴン・・・ガンっ・・・!!
ゴミ箱が階段にぶつかり、下に落ちる。自分も下まで落ちると目をつぶった瞬間、予想し
ていたものとは違う衝撃が平古場を襲った。
ドサっ!!
「あっぶねー。大丈夫か?凛。」
「・・・・へっ?」
「階段上がろうとしたら、いきなり凛が上から降ってきてビックリしたぜ。足とか捻った
りしてねぇ?」
「ゆ、裕次郎・・・」
階段から落ちた平古場をたまたまそこを通りかかった甲斐が受け止めたのだ。そのおかげ
で、平古場に大きな怪我はなかった。その予想外の出来事に、平古場の心臓はドキドキと
激しく高鳴る。
(裕次郎、タイミングよすぎやっし。でーじちむどんどんしてる・・・)
「あ、ありがとう。裕次郎が受け止めてくれたから、どこも何ともない。」
「よかったな、怪我しないで。けど、ゴミすっげぇ散らばっちまったな。」
「うおっ!?本当だ。」
苦笑する甲斐に言われ、周りを見渡すと、ゴミ箱からこぼれたゴミがそこらじゅうに散乱
していた。やっぱり、今日は不運だと平古場は大きな溜め息をつく。
「はあー、もうやだぁ。」
「俺も片付けるの手伝うから、早く掃除済ませちゃおうぜ。」
「・・・うん。」
嫌がりもせず、片付けを手伝ってくれる甲斐にキュンとしながら、平古場はそこらじゅう
に落ちているゴミをゴミ箱に戻してゆく。二人で片付けたということもあり、思ったより
早く全てのゴミをゴミ箱に戻すことが出来た。

ゴミ捨て場にゴミを捨て終えると、二人は空になったゴミ箱の取っ手を片方ずつ持ち、教
室に向かって歩いていた。
「なんかよー、裕次郎と一緒に居る時はそうでもないんだけどさー、一人になると悪いこ
とが起こるんだばぁよ。」
「じゃあ、今はそんなに悪いことは起こらないってことだな。」
「そうだといいんだけどなー。油断してるとまたさー・・・・」
平古場がそう呟いた瞬間、頭の上から叫び声と注意を促すような声が聞こえる。
『キャーっ!!』
『先輩っ、避けて!!』
『危ないっ!!』
その声にいち早く気づいた甲斐は、ふと上を見上げる。すると、平古場の上に花の植わっ
た鉢植えが落ちて来ていた。
「凛っ!!」
「えっ・・・?」
ゴミ箱を放り出し、甲斐は平古場をかばうようにその体を抱きしめる。上から落ちてきた
鉢植えは、甲斐の体すれすれの横に落ち、激しい音を立てて壊れた。
ガッシャーンっ!!!!
壊れて飛んだ破片が、甲斐の腕を傷つける。しかし、甲斐は平古場に当たらなかったこと
にホッとし、そんなことには全く気づいていなかった。
「な、何・・・?何が、どうしたば?」
「凛の上に鉢植えが落ちて来ててさー、当たってたら大怪我だったぜ。」
「ゆくしだろー?」
「じゅんにだって。ほら。」
甲斐の指差す先には、壊れた鉢植えが無残にも散らばっていた。それを見て、自分に起こ
りかけていた本日最大の不運に、平古場は青ざめる。
「・・・・ありえんだろ。」
「けど、よかったぜ。かばうのが間に合って。凛に傷がついたら、でーじショックだから
な。」
そう笑いながら言ってくる甲斐に、平古場の胸はひどくときめく。抱きしめられたまま、
ふと甲斐の腕に目を落とすと、その腕がざっくりと切れていることに平古場は気づく。
「裕次郎っ、腕・・・!!」
「腕?」
自分の右腕を見てみると、何か鋭利なもので切られたかのような切り傷がついていた。出
血もしていたが、この程度はどうってことないと、甲斐は平然とした顔で平古場から腕を
離した。
「あー、割れた欠片で切ったみたいだな。けど、大したことないから平気・・・って、え
えっ!?」
怪我をした腕から平古場に視線を移すと、甲斐は驚いたような声を上げる。ぶわっと涙を
目に溜め、平古場が今にも泣き出さんとしているのだ。
「ちょ、ちょ・・・凛!?ど、どうした!?」
「うわああぁんっ、俺の所為で裕次郎がーっ!!」
「だ、大丈夫だから!!大丈夫だから!!ちゃんと今から保健室行くし!!」
「ふえぇぇんっ!!」
今までの不運で落ち込んでいたのが、甲斐が怪我をしたことによって爆発してしまったよ
うだ。そんな号泣する平古場をなだめながら、甲斐はとりあず保健室へと向かった。

「し、失礼しまーす。」
「ひっく・・・ふえぇ・・・ぐすっ・・・・」
保健室に入ると、思ったとおり保健医の先生が不思議そうな目で自分達を見ていた。そり
ゃそうだろうなあと思いつつ、甲斐は怪我をした腕を見せる。
「落ちてきた鉢植えの欠片で切っちゃったみたいで。そんなに深くは切れてないと思うん
だけど。」
「そうだねー。今、手当てするからちょっと待っててね。」
平古場が大泣きしてることが気になりつつも、まずは甲斐の手当てが先決だと保険医はテ
キパキと甲斐の傷を消毒し、ガーゼを被せて、包帯を巻く。
「はい、おしまい。」
「ありがとー、先生。」
「それで、平古場くんはどうしてそんなに泣いてるのかしら?平古場くんもどこか怪我し
てるの?」
「裕次郎が怪我したの・・・俺の所為だからっ・・・ひっくっ・・・俺があんまりにも不
運だから・・・・裕次郎までまきこんじゃって・・・ぐすっ・・・」
涙声でハッキリとは聞きとれなかったが、何が言いたいのかは保健医はおおよそ理解した。
「大丈夫よー。甲斐くんの傷もそんなに大怪我じゃないから。」
「けどぉ・・・ふっ・・・うわあぁんっ!!」
「あらら、困っちゃったねー。」
「俺がなだめとくんで、ちょっとベッド借りてもいい?」
「今日は特に誰も使ってないからいいよ。あ、先生、これからちょっと職員室行って来な
くちゃいけないから、少しの間よろしくね。」
「はーい。」
自分が居ると気まずいだろうと思い、保健医は気を利かせて、少しの間だけ保健室をこの
二人に貸すことにした。保健医が出て行くと、甲斐は平古場の手を引き、保健室のベッド
に座る。
「凛、もう泣くなって。」
「ひっく・・・だって・・・だって・・・・」
「俺は本当に大丈夫だから。好きな子を守るために負った傷なんだから、むしろ自慢出来
る傷さー。」
「好きな子・・・?」
「そう。俺は凛のこと、でーじ好きなんだからな。好きで好きで、ホーント、どうしよう
もないくらいさー。」
平古場を抱きしめ、なだめるように背中をさすりながら、甲斐はそんなことを言う。そん
な甲斐の言葉を聞いて、平古場の泣き声は小さくなってきた。
「俺も・・・裕次郎のこと、好きぃ・・・・」
涙声でそんなことを言われ、甲斐の胸はドキンと高鳴る。先程よりも少し強い力で抱きし
めると、平古場も甲斐の背中に腕を回し、ぎゅうっと抱きついた。
(凛、ホンットかわいいよなあー。ここが学校じゃなきゃ、押し倒してるところだぜ。)
そんなことを考えていると、平古場が肩に顔を押しつけたまま、何かを呟く。
「裕次郎・・・」
「どした?凛。」
「今日は、いっぱいありがとー。」
「へっ?」
「弁当くれたし、階段から落ちた時も助けてくれたし、鉢植えが落ちてきた時もかばって
くれたし・・・裕次郎が居なきゃ俺、こんなふうに裕次郎と話せてなかったかも。」
自分が怪我するかもしれなかった不運な出来事は、甲斐のおかげで全て最悪の状況になら
ずに済んだ。もう感謝しても感謝しきれないと、平古場はその気持ちを甲斐に伝えようと
する。
「俺も凛が怪我しなくて、本当よかったと思ってるさー。」
「でも、裕次郎は怪我しただろ・・・?俺も裕次郎には、怪我して欲しくなかった。」
再び涙声になりかけている平古場の顔を上げさせ、甲斐はちゅっと平古場の額にキスをし
てやった。そして、ニッコリと笑い、平古場の髪をくしゃくしゃと撫でる。
「明日は明日の風が吹くさー。今日はこんだけ悪いことがあったんだから、明日はきっと
たっくさんいいことがあるさー。」
「裕次郎・・・・」
「だから、笑えよ凛。俺、泣いてる顔より笑ってる凛の顔のほーが好きだぜ。」
甲斐の言葉に、平古場の胸はキュンキュンとときめく。ごしごしと手の甲で涙を拭うと、
平古場はニッコリと笑って見せた。
「ありがとう、裕次郎。でーじ元気出たさー。」
「凛が元気になってくれて、俺も嬉しいさー。」
「裕次郎。」
「ん?」
甲斐の名前を口にすると、平古場はちゅっと甲斐の唇にキスをする。唇が触れ合うだけの
軽いキスであったが、思ってもみない出来事に、甲斐の心臓は大きく跳ねた。
「へへへ、今日は裕次郎にたっくさん助けてもらったから、感謝の気持ちさー。」
「り、凛っ・・・・」
「裕次郎、ホンットカッコイイ。大好きだぜvv」
満面の笑みでそんなことを言われ、甲斐はもう嬉しさとときめきで胸がいっぱいだった。
これ以上、ドキドキさせられるようなことを言われたら、本当にこのまま平古場のことを
押し倒してしまうかもしれないと思った矢先、ガラッと扉が開く音が聞こえた。
「甲斐くん、平古場くん、そろそろ入ってもいいかしら?」
「あ、先生。全然へーきだよ。」
甲斐の言葉に保健医は保健室に入ってくる。先程まで、あんなにも大泣きしていた平古場
が泣きやんでいるのを見て、保健医ホッとしたような顔で笑った。
「ちゃんと泣きやんだのねー、平古場くん。」
「先生には、恥ずかしいとこ見られちゃったな。」
「大丈夫よー、誰にも言わないから。」
「そうしてくれると助かる。じゃ、そろそろ教室戻るか、裕次郎。」
「そーだな。先生、ありがと。」
「はい、今度は怪我しないように気をつけてね。」
『はーい。』
保健医に軽くあいさつをすると、二人は元気よく保健室を出て行く。教室に向かう廊下で、
平古場は甲斐の怪我をしていない方の腕に抱きつく。
「わっ!!な、何か!?凛。」
「んー、何かくっついてたい気分だからよー。」
「めっずらしいな、凛がそんなこと言うなんて。学校じゃあんまりベタベタして来ないの
に。」
「今日はいいの!!それとも、俺にくっつかれるのは嫌ば?」
「それはないない。むしろ大歓迎やっし。」
「へへへー、なら問題ないな。」
今日はもう甲斐にくっついていたいと、平古場はぎゅうっと甲斐の腕に抱きつきながら廊
下を歩く。そんな可愛らしい平古場に心奪われながら、甲斐は胸を躍らせるのであった。

                                END.

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