午後の授業がない日の忍術学園。そこでは、様々な学年の生徒が各々好きなことをして遊
んだり、自主練をしたりしていた。四年生の滝夜叉丸と三木ヱ門は、いつものように戦輪
と石火矢で勝負をしている。
「私の方が優秀だ!!」
「いいや、私だ!!」
戦輪が飛ぶ音と石火矢が放たれる大きな音が辺りに響く。そこから少し離れた場所では、
六年生の小平太、長次、文次郎、伊作がバレーボールをしていた。バレーボールをしてい
ても、滝夜叉丸と三木ヱ門の騒がしさは耳に届く。滝夜叉丸の声がすると小平太はそちら
の方に目をやった。
(今日もあいかわらず可愛いなあ、滝夜叉丸は。)
的に向かって正確に戦輪を投げる滝夜叉丸の姿を眺めながら、小平太はふっと顔を緩ませ
る。しばらく滝夜叉丸の様子をうかがっていると、突然滝夜叉丸の姿が消えた。三木ヱ門
の動きを見る限りでは、どうやら落とし穴に落ちたようであった。
「ど、どうしたんだ!?滝夜叉丸!」
「い、いたた・・・全く誰がこんなとこに落とし穴を!!」
「落とし穴じゃないってば。タコ壺だよー。」
『喜八郎っ!!』
三木ヱ門が穴に落ちた滝夜叉丸と話していると、どこからともなく綾部が現れた。
「喜八郎、こんなところにタコ壺掘ったら危ないだろ!!」
「危なくないよ。ちゃんと注意してればね。」
「いや、危ないから。てか、随分深いなこの穴。喜八郎、手貸してくれ。」
「せっかく落ちた人をわざわざ助けるようなことしないよ。頑張れ、滝夜叉丸。」
意味の分からない応援をされ、滝夜叉丸はカチンとくる。しかし、確かに穴に落ちたのは、
自分の不注意の所為でもある。そう考えると、あまり強く文句を言えないと滝夜叉丸は何
とか自力で穴から這い上がろうとする。
「ぐぬぬぬ・・・あー、ダメだ。上がれない。」
「どれだけ深く掘ったんだよ、喜八郎。」
「別に普通だと思うけどなー。」
「絶対普通じゃない!!み、三木ヱ門、悪いが手伝ってくれないか?」
本当は三木ヱ門には頼りたくはないのだが、今回ばかりは仕方がない。状況が状況なので、
三木ヱ門も嫌な顔せずに手を貸してやった。
「今回ばかりは、滝夜叉丸は別に悪いことしてないからな。ほら。」
三木ヱ門の手を取り、滝夜叉丸は何とか深い穴から這い上がる。何だか勝負をする気も失
せてしまったと、滝夜叉丸と三木ヱ門はその場に座り込んだ。
「はあー、何か疲れた・・・」
「私も。」
「二人とも体力ないなー。ダメだよ、もっと鍛えなくちゃ。」
『お前の所為だろ!!』
「ひどいなー、そんなことないよ。」
「あだだだ、変な体勢で寄りかかるなー!!」
座り込んでいる滝夜叉丸にのしかかるように、綾部は滝夜叉丸の背中にべたーっとくっつ
く。無理矢理前屈させられるような状態になり、滝夜叉丸は痛い痛いと声を上げる。
そんな四年生のやりとりを小平太はずっと見ていた。三木ヱ門が滝夜叉丸に手を貸したり、
綾部が滝夜叉丸にべったりくっついていたり。それが小平太にとっては、何だか気に入ら
なかった。
(なんかもやもやする。何で私はこんなにイライラしているんだ?)
何故こんなに胸がもやもやするのか分からず、小平太は首を傾げた。小平太がよそ見をし
ていたので、三人でボールを回していた長次、文次郎、伊作であったが、文次郎の手が滑
り、ボールが小平太の方に飛んでいった。
「小平太、ボール行ったぞ!」
文次郎にそう言われ、小平太はハッとする。ボールが飛んでくるのを見れば体は反射的に
動く。しかし、気分的には何だかイライラしている。そんな気持ちを抱えたまま、小平太
は手加減なしに、宙に浮かぶバレーボールを思いきりアタックした。
「おりゃあ!!」
小平太のアタックしたボールは、ものすごい勢いで伊作に向かって飛んで行く。まさかこ
んなにスピードのあるボールが飛んでくるとは思っていなかったので、伊作は小平太のア
タックしたボールを顔面で受け止めてしまった。
バシィっ!!
「ぶっ!!」
『伊作っ!?』
あまりの衝撃に伊作はのびてしまう。今のは痛いと、文次郎と長次はあちゃーというよう
な顔をして、倒れている伊作のもとへ駆け寄った。
「伊作、大丈夫か!?」
「う〜ん・・・」
目を回している伊作を見て、長次はボソっと呟く。
「・・・ダメ・・・みたいだな。」
「あー、ゴメン。そんなに強くアタックしたつもりはなかったんだけど。」
「伊作の不運っぷりはいつものことだろ。とにかく医務室に連れて行ってやらねぇとだな。」
「・・・ああ。」
「私が連れってった方がいいよな?」
「いや、俺が連れてくからいい。長次と小平太はボールを片付けておいてくれ。」
「あ、ああ。悪いな。」
「分かった・・・」
伊作のことは俺に任せろと言わんばかりに、文次郎は伊作を抱え上げて医務室へ向かった。
バレーボールを拾い上げながら、小平太はもう一度四年生メンバーの方を見る。実際には、
言い争いをしているのだが、小平太の目には四年生が仲良く話しているように見えた。
(イライラする・・・)
四年生の方を見ながら、不機嫌そうな顔をしている小平太を見て、長次は小平太が意外に
ヤキモチ焼きなのだなあということに気づいた。
(たぶん自分では気づいていないんだろうなあ・・・)
「小平太・・・」
「ん?何だ?長次。」
そのことを伝えてやろうかとも思ったが、自分で気づいた方が小平太のためになるだろう
と、長次は言いかけてやはり言うのをやめた。
「・・・いや、何でもない。」
「そうか?」
長次が何を言おうとしたのかは気になったが、今はそれよりも滝夜叉丸のことの方が気に
なる。手に持ったバレーボールを片付けようともせず、小平太はしばらく滝夜叉丸達のい
る方を眺めていた。
それから少し時間が経って、委員会の時間がやってきた。今日の体育委員会の仕事は、体
育委員会で管理している備品の確認作業であった。
(やっと、滝夜叉丸と話せる。)
委員会の時間内であれば、気兼ねなく滝夜叉丸と話せると思っていた小平太であったが、
作業を始めると滝夜叉丸は下級生に構いまくりであった。
「滝夜叉丸先輩、これはどこに持ってけばいいですか?」
「ああ、それは向こうの棚の上から三番目だな。」
「これ、外に置いてきますよ。」
「ちょっと待った三之助!!お前が外出ると帰ってこないだろう!私が行ってくるから、
お前は中で作業をしてろ。」
金吾の質問に答えたり、三之助がどこかに行ってしまわないように気にかける。何をして
いいのか分からず、ぼーっと立っているだけの四郎兵衛にもちゃんと仕事を与え、滝夜叉
丸はテキパキと仕事をこなしていった。
「四郎兵衛、そんなところでぼーっとしてないで、金吾が運んでる道具を一緒に運んでや
れ。」
「はーい。」
本当は委員長で小平太がやるべき仕事なのだが、基本的に小平太は指示を出さないので、
こういう仕事はもっぱら滝夜叉丸の役目となっている。
(何か滝夜叉丸忙しそうだなあ・・・。私と話している暇なんてないって感じかも。)
そう思うと非常に声がかけづらくなる。滝夜叉丸に構ってもらえないとなると、もう何も
やる気が起きなくなってなってしまう。テキパキと仕事をしている下級生達を眺めつつ、
小平太は仕事をせず、ぼーっと滝夜叉丸を眺めていた。
(全く、三之助や四郎兵衛や金吾がこんなに頑張っているのに、七松先輩はどうして何も
仕事をしてくれないんだ!)
何も仕事をしてくれない小平太に少々ムッとしつつ、特に文句を言うこともなく作業を進
めた。とにかく今日やるべき仕事は今日中に終わらせたかったのだ。下手にやる気のない
小平太に声をかけると、外でマラソンをしに行こうなど他のことをしたがるので、こうい
う時は放っておくのが一番だと、滝夜叉丸は考えていた。
「ふー、何とか終わったな。」
「今日の委員会はこれで終わりですか?」
「もうお腹ペコペコー。」
「僕も僕も。早く夕御飯食べに行きたいです。」
さすがにここは小平太に意見を求めなければと、滝夜叉丸はやっと小平太に声をかけた。
「七松先輩、今日の委員会はこれで終わりでいいですか?とりあえず、備品の確認と整理
は終わりましたけど。」
「ああ、終わりでいいよ。」
「だってさ。じゃあ、今日はこれで解散だな。」
『はーい。』
委員会が終わったということで、三之助以下の下級生メンバーは倉庫を出て、食堂へと向
かう。下級生メンバーを見送ると、滝夜叉丸はくるっと小平太の方を振り返り、つかつか
と歩いて行く。
「七松先輩、一応、委員長なんですから、こういう地味な作業でもちゃんと仕事して下さ
い!」
「・・・・・」
「な、何ですか?」
小平太が不機嫌そうな顔でじっと見てくるので、滝夜叉丸は何となく後ずさりしてしまう。
どうしてこんなに不機嫌なのか分からない。何か自分が気に障るようなことをしてしまっ
たのであろうかと考えながら、滝夜叉丸は困ったような顔をする。
「滝夜叉丸・・・」
「は、はい・・・・」
怒られると思った次の瞬間、滝夜叉丸の体は小平太の腕の中に収まっていた。座ったまま
滝夜叉丸を捉え、小平太はぎゅっと抱きしめる。
「な、七松先輩っ!?」
突然のことにあわあわしながら、滝夜叉丸は小平太の名を呼ぶ。小平太の腕の力は強く、
とてもじゃないが、滝夜叉丸の力では振りほどくことは出来ない。いきなり何故こんなこ
とをするのか、滝夜叉丸は率直に小平太に聞いてみた。
「い、いきなりどうしたんですか?」
「今日の昼な・・・・」
「はい。」
「滝夜叉丸が、田村や綾部と話しているのを見たんだよ。」
「あー、確かに話してましたね。」
「田村がお前に手を貸してたり、綾部がお前の背中にくっついてしたりしてたのを見てた
ら、何だか胸のあたりがもやもやしてな。あと、さっきの委員会活動で、お前が三之助や
四郎兵衛、金吾と話してるのを見て・・・」
「・・・はい。」
「何か無性にムラッとした。」
「・・・はい!?お、おかしくないですか!?何でその状況でムラッするんです!?」
本当は『イラッとした』と言いたかったのだが、素で小平太は言い間違えてしまう。いき
なりムラッとしたなどと言われれば、滝夜叉丸でなくとも身構えてしまう。しかも、今は
小平太に抱きしめられ、全く動けない状況だ。そんな状態で、そんなことを言われ、滝夜
叉丸はひどく慌てるような素振りを見せる。
「ちょ、ちょ、ちょ・・・待ってください!!絶対おかしいですよね!?」
「ん・・・?あー、間違えた。ムラッとしたじゃなくて、イラッとしただ。」
「お、驚かさないでくださいよ〜。」
ムラッとしたとイラッとしたでは、だいぶ意味が違ってくる。イラッとしたなら、文脈的
におかしくはないと、滝夜叉丸はその気持ちを一言で表してみる。
「それって、三木ヱ門や喜八郎、三之助や四郎兵衛や金吾に“ヤキモチ”焼いてるって、
ことですか?」
「ああ、そうか。ヤキモチかあー。」
自分自身、どうしてそんなにもやもやしたり、イライラしたりするのか分からなかったの
で、滝夜叉丸の放った『ヤキモチ』という言葉を聞いて、小平太は心の底から納得する。
小平太がこんなことでヤキモチを焼くとは思っていなかったので、少し意外だなあと思い
ながら、滝夜叉丸はいつもの自慢話をするように言葉を紡ぐ。
「まあ、私は同級生にも下級生にも慕われてますからね。人気者だと困りますねー。」
滝夜叉丸がそう言うのを聞いて、小平太はふとある衝動に駆られる。どうしようか考える
間もなく、小平太は突然滝夜叉丸の首元にかぶりついた。
「ひゃっ・・・!?」
思いきり噛みつかれているわけではないので、それほど痛くはないが、チクっとした感じ
とビクッと体が震えるような何とも言えない感覚が、滝夜叉丸の体に走る。小平太が口を
離すと、そこにはくっきりと赤い跡がついていた。
「おー、結構くっきりついたぞ。」
「い、いきなり何するんですかあ!?しかも、今、思いきり跡つけましたよねっ!?」
「ああ、バッチリつけた!!」
「バッチリつけたじゃないですよー!!何でこんなことするんですか!?」
「だって、滝夜叉丸が私のものだって印、つけておきたかったから。」
恥ずかしげもなくそんなことを言ってくる小平太に、滝夜叉丸の顔は真っ赤に染まる。な
んて独占欲が強いんだと思いつつも、滝夜叉丸は何だかそれが嬉しかった。
「べ、別にこんな動物みたいなことしなくても・・・・」
小平太から視線をそらしながらそう言った後、真っ赤な顔のまま滝夜叉丸はじっと小平太
の顔を見つめ、ちゅっと自ら小平太の唇にキスをした。唇を離すと、再び視線をそらして
言葉を続ける。
「私がこんなこと出来るのは、七松先輩だけですからねっ!!」
思ってもみない行動を取る滝夜叉丸に、小平太は今度こそ本当にムラッとしてしまう。あ
まりの可愛さに、小平太は思わず滝夜叉丸をその場に押し倒してしまった。
「うわっ・・・って、七松先輩っ!?」
「今度は間違いじゃなくて、ホントにムラっとしてる。」
「そ、そんなこと宣言しないでください!!」
「だって、滝夜叉丸があんまりにも可愛いことしてくるから・・・・」
滝夜叉丸を自分の下に組み敷いたまま、小平太がそんなことを言っていると、突然倉庫の
扉が開いた。扉の前に立っていたのは、食満を初めとする用具委員の面々であった。
「あっ、留三郎・・・・」
「なっ、なっ、な・・・・」
食満を見つけて小平太はあっと気づいたような顔をしているだけだが、食満はかなり驚い
たような顔で言葉にならない言葉を放つ。食満のすぐ側にいる下級生達は中の状況がいま
いち理解出来ず、ポカーンとしていた。
「小平太っ!!何やってんだ、こんなところで!!」
(ギャー、ヤバイヤバイ〜!!)
無茶苦茶な状況を見られ、滝夜叉丸は心の中で叫ぶ。食満にそうつっこまれ、さすがにヤ
バイと思ったのか、小平太は滝夜叉丸をがしっと腕に抱え、立ち上がった。
「まだ何もしてないぞ。」
「これからするつもりだったのかよ!?」
「うーん・・・とりあえず逃げるぞ!!滝夜叉丸!!」
「ええぇ――っ!!」
滝夜叉丸を腕に抱えたまま、小平太は用具委員の間を抜け、いつものいけどんで走り去っ
て行った。
「一体何だったんでしょうね・・・?」
「全く倉庫で何をしようとしてるんだあいつらは・・・・」
作兵衛の言葉に食満は呆れたような言葉を放つ。すると、何を思ったのか一年生メンバー
が一斉に食満に体当たりをし、その場に押し倒してしまった。
「だーっ、何なんだあ!!お前らー!!」
「さっきの七松先輩の真似ー!!」
『真似ー!!』
「あんなの真似しなくていい!!てか、しんべヱ重いから!!」
「だって、楽しそうだったんだもん。ねぇー?」
「重いって、失礼ですよ。食満先輩。」
「富松先輩も一緒にやりましょうよー。」
「い、いや、俺は遠慮しとく・・・」
すっかりお遊びモードになっている一年生に乗っかられながら、食満は全くもうと顔を覆
う。
(小平太の奴、後で覚えてろよー。)
そんなことを思いつつ、食満はどうやってこの上に乗っている一年生ズをどかそうかを考
えるのであった。
倉庫から走って逃げて来た小平太と滝夜叉丸であったが、ある程度のところまで来ると、
滝夜叉丸が声を上げ始める。
「七松先輩、七松先輩っ!!」
「どうした?滝夜叉丸。」
「お、下ろしてください〜!!」
滝夜叉丸の言葉を聞き、小平太はぴたっと立ち止まり、小脇に抱えていた滝夜叉丸を姫抱
きをするかのように抱き直した。
「な、何で抱き直してるんですか!?」
「ただで下ろしてやるわけにはいかないなあ。」
「い、意味分からないですよ!!」
「もう一回、滝夜叉丸からキスしてきてくれたら下ろしてやってもいいぞ?」
ニッと笑いながらそんなことを言ってくる小平太に、ほんの少しムッとしながらも、とに
かく今は一刻も早く下ろしてもらいたくて仕方がない。周りに人がいないことを確認する
と、滝夜叉丸はぎゅっと小平太の首に腕を回し、先程よりも控えめに小平太の唇に口づけ
た。
「・・・・は、早く、下ろしてください。」
真っ赤になりながら、滝夜叉丸はそう口にする。しかし、小平太は滝夜叉丸を下に下ろそ
うとはしなかった。
「よーし、誰もいないところでさっきの続きするぞー!!」
「はあ!?ちょ、ちょっと待ってくださいっ!!約束が違うじゃないですかあ!!」
「いけいけどんどーん!!」
もう一度滝夜叉丸からキスをしてもらったことで、小平太のそういう気分は余計に高まっ
てしまった。滝夜叉丸をしっかり腕に抱いたまま、小平太は人気のなさそうな場所に向か
って走り出す。
「七松先輩の嘘つきーっ!!」
下ろしてもらえないとなると、ほとんど抵抗らしい抵抗は出来ない。小平太がどこかへ走
って行くと同時に、滝夜叉丸の抗議の声が辺りに響き渡るのであった。
END.