ぼくの一番好きな人

(あう〜、ちょっと持ちすぎたかも・・・)
大量のトイレットペーパーを抱え、伏木蔵はふらふらと歩いている。保健委員の仕事で、
トイレットペーパーの補充を任されたのだ。何回も行ったり来たりするのが面倒だと、伏
木蔵は持てるだけのトイレットペーパーを腕に抱えた。しかし、あまりにも抱えすぎたた
めに、トイレットペーパーの山で前が見えなくなっている。
「え、えっと・・・次はぁ・・・」
次の場所へ向かおうとよろよろと前に進んでいると、小さな石を踏んでしまう。大量のト
イレットペーパーの所為で重心が取れていない伏木蔵はそのまま前のめりに転んでしまっ
た。
「あっ・・・!!」
体が傾くと同時に、腕に抱えていたトイレットペーパーがバラバラと崩れ落ちる。バタン
と地面に倒れると、いくつものトイレットペーパーは地面の上をコロコロと転がっていっ
た。
「いたたた・・・わあ!!ど、どうしよう!!」
トイレットペーパーを落としてしまい、伏木蔵はわたわたと慌てた様子で、転がるトイレ
ットペーパーを集めようとする。
「あれ?伏木蔵じゃん。何やってるんだ?あんなところで。」
と、少し離れたところで、左近がそんな伏木蔵の姿を発見する。どこから転がってきたの
か、一個のトイレットペーパーが左近の足元で止まった。それを拾い上げると、左近は伏
木蔵のそれを持って行ってやろうと足を一歩踏み出した。しかし、一歩歩いて左近はその
歩みを止める。
「全く、何やってんだよ、伏木蔵。」
「あっ・・・伝七。」
トイレットペーパーを拾い集める伏木蔵に声をかけたのは、一年い組の伝七であった。特
に用もなく散歩をしていた伝七であったが、体に見合わない量のトイレットペーパーを抱
え、ふらふらと歩いている伏木蔵を見つけて、しばらく様子をうかがっていたのだ。危な
っかしいなあと眺めていると、案の定、転んでトイレットペーパーをぶちまけてしまった
ので、放っておけなくなり、声をかけた。
「こんなにいっぺんにお前が持てるわけないだろ。少しは頭使えよ。」
少しバカにした口調でそんなことを言いつつも、伝七は伏木蔵が落としたトイレットペー
パーを拾ってやる。伝七の言うことがもっともなので、伏木蔵は何も言い返せず、黙って
そこらじゅうに転がっているトイレットペーパーを集めた。
「今暇だしな。ちょっとくらいなら手伝ってやるよ。」
「えっ?本当に?」
「優秀ない組は、困っている奴がいたら助けてやるのが当然なんだよ。」
「あ、ありがとう・・・・」
やっぱりちょっと嫌味だなあと思いながらも、手伝ってもらえるのはありがたい。持って
いたトイレットペーパーを半分ほど持ってもらうと、伏木蔵はドギマギしながらお礼の言
葉を口にした。
(うっ、何かすごい出て行きづらい雰囲気かも・・・・)
そんな伏木蔵と伝七のやりとりを見ていて、左近は出て行くタイミングを完全に失ってし
まう。しかし、伏木蔵が他の者と話しているのはどうしても気になる。伏木蔵の前には直
接出て行けないが、左近は二人の後ろからその様子をしばらくうかがっていた。

トイレットペーパーを全て補充し終わると、二人は一年長屋の方へ向かって歩き出した。
二人にバレないように左近はずっと二人の後をつけている。
(何かあの二人仲よさそうだな・・・)
そう思った途端、左近は胸の奥がもやっとする感じを覚える。少し不機嫌な様子で二人を
眺めていると、ふと伏木蔵の姿が消えた。
(あ、あれ・・・?)
いつものことであるが、伏木蔵は誰かが掘った穴に落ちた。穴に落ちた伏木蔵を覗きこみ
ながら、伝七は大丈夫かと声をかける。
「おい、大丈夫かよ?」
「あ、あはは、いつものことだから大丈夫。」
「この大きさだと綾部先輩が掘った落とし穴っていうよりは、体育委員会が掘った塹壕っ
て感じだな。」
「どうしてこの学園って、こんなに穴がいっぱいなんだろうね。」
「落ちるのは保健委員ばっかりだけどな。」
「あははは、確かにそうだね。」
今回は特に怪我などはしていないので、困ったように笑いながら伏木蔵はそんなことを言
う。一人で上がるのは大変だろうと、伝七は手を貸し、塹壕の中から伏木蔵を助け上げた。
「よいしょ・・・さっきからゴメンね、伝七。」
「本当に保健委員って不運なんだな。」
「あうぅ・・・それを言わないで。」
「あはは、それじゃあぼくは自分の部屋に戻るから。今度は転んだり、穴に落ちないよう
に気をつけろよ。」
「うん。手伝ってくれてありがとう、伝七。すごく助かったよ。」
伝七が長屋に帰るのを見送ると、伏木蔵はぱたぱたと服についた土を払う。そんな伝七と
伏木蔵のやりとりを見ていて、何故だか左近は先程よりもイライラ感が募り、もやもやし
た感じが強くなる。これ以上は眺めていると、余計イライラしてしまうと左近はその場か
ら立ち去ろうとする。
「とりあえず、補充終わったって伊作先輩に伝えに行かなきゃ。」
医務室に戻ろうとすると、伏木蔵は少し先に左近の姿を発見する。
(あっ、左近先輩だ!!)
左近は既に伏木蔵に背を向けている状態だったので、伏木蔵は左近の名前を呼びながら、
そちらの方へ駆けて行く。
「左近せんぱーい!!」
聞き慣れた声で名前を呼ばれ、左近は立ち止まり、声のする方に体を向ける。すると、伏
木蔵がててててと自分の方に向かって走って来ていた。
(うわ、可愛いっ・・・)
その姿があまりにも愛らしいので、左近は思わず固まってしまう。左近のもとまで走って
来ると、伏木蔵はぎゅむーっと左近の腹に抱きついた。
「な、なな・・・い、いきなり何だよ!?」
思ってもみない伏木蔵の行動に、左近はドキドキしてしまう。ぎゅーっと抱きついたまま、
顔だけを上げ、伏木蔵は笑いながら左近の言葉に答えた。
「向こうにいたら、左近先輩を見つけたんで。」
「ぼ、ぼくを見つけたら、こんなふうに抱きついてくるのか?」
真っ赤になりながら、左近がそう問うと伏木蔵は間髪入れずに満面の笑みで答えた。
「はい!!」
そこまでハッキリと肯定されると、文句を言う気も失せてしまう。あまりの伏木蔵の可愛
さに左近はさらに赤くなる顔を手の平で覆った。
「どうしたんですか?左近先輩。」
「い、いや、別に何でもない・・・・。」
「??」
いきなり顔を覆う左近に、伏木蔵はハテナを頭に浮かべながら、首を傾げる。まあ、そん
なことはどうでもよいと、伏木蔵はさっきあったことを左近に向かって話し始めた。
「そういえば、聞いてくださいよ!!左近先輩。」
「な、何だよ?」
「さっき、伊作先輩にトイレットペーパーの補充を頼まれてたんですけど、たっくさんト
イレットペーパーを腕に抱えてたら、石につまずいて転んじゃったんですよ。」
勢いよく話し始める伏木蔵の話を、左近はとりあえず黙って聞く。
「トイレットペーパー、いろんなところに転がっちゃってすっごく大変でした。でも、一
人でトイレットペーパー集めてたら、一年い組の伝七が拾うのと補充するのを手伝ってく
れたんですよねー。おかげで、思ったよりも早く仕事を終わらせられたんですけど、さっ
き塹壕に落ちちゃって・・・・。本当、ぼくって不運ですよねー。」
伝七の話をされ、左近は先程まで感じていたイライラ感をふと思い出す。少し不機嫌な口
調で、左近はその一連の行動を見ていたことを伏木蔵に伝えた。
「・・・それ、全部見てた。」
「えっ!?そうなんですか!?」
見られていたなんて、全く気づかなかったと、伏木蔵はひどく驚いたような反応を見せる。
そんな伏木蔵に、左近はさっきからずっと聞きたかったことを聞いてみることにした。
「さ、さっきの一年とは・・・仲がいいのか?」
「伝七のことですか?」
「あ、ああ・・・」
「うーん、違うクラスですし、それほどとっても仲がいいってわけじゃないと思いますけ
ど・・・。今日はたまたま通りかかったら、手伝ってくれたってだけなんで。一年生で違
うクラスの子だったら、乱太郎との方がよっぽど仲がいいと思いますよ。」
そんな伏木蔵の言葉を聞いて、左近は心からホッとする。あからさまに表情の変わった左
近を見て、伏木蔵は左近が伝七に対してヤキモチを焼いていたということに気づいてしま
う。
「もしかして、左近先輩・・・・」
「何だよ?」
「伝七にヤキモチ焼いてるんですか?」
「っ!!??」
図星をつかれ、左近はドキっとしてしまう。こんなことで、ヤキモチを焼いていたなんて
思われるのは、先輩として少し情けない。そのため、左近はバレバレなくらい激しく否定
してしまう。
「ヤ、ヤキモチなんて焼いてないっ!!」
「バレバレですよ。ふふ、ヤキモチ焼いちゃうなんて、可愛いですね左近先輩。」
「〜〜〜〜っ!!」
なかなかキツイことを言ってくると、左近は何も言い返せなくなってしまう。ちょっと言
いすぎてしまったかなあと、伏木蔵はそのことに対してフォローをすることにした。
「大丈夫ですよ、左近先輩。」
何が大丈夫なんだと、心の中で左近が思っていると、伏木蔵はさらに言葉を続けた。
「ぼく、左近先輩よりも好きな人、この学園にいませんから。」
驚くほどキッパリと伏木蔵は左近に向かって言い放つ。それを聞いて、左近は心臓が壊れ
てしまうのではないかと思うほど、鼓動が速くなり、顔がゆでだこのように真っ赤に染ま
る。
「な・・・あっ・・・」
「大好きですvv左近先輩。」
(こ、こんなところで、そんなこと言うなよ〜・・・)
伏木蔵の言葉で、先程までヤキモチを焼いてイライラしていたことなど、どこかに吹っ飛
んでしまった。
「左近先輩は?」
「へっ?」
「左近先輩は、ぼくのこと好きですか?」
ほんの少し顔を赤らめながら、伏木蔵はそんなことを左近に尋ねる。恥ずかしがり屋の左
近はそう簡単に好きだなんて言葉を口には出来ない。
「何でそんなこと聞くんだよ?」
「左近先輩の気持ちが知りたいんですよー。」
「べ、別にそんなこと聞かなくても分かるだろっ。」
何とか誤魔化そうとする左近だが、伏木蔵も伏木蔵でなかなか食い下がらない。
「左近先輩の口からちゃんと聞きたいんです!」
「そんな恥ずかしいこと言えるか!!」
「じゃあ、左近先輩はぼくのこと嫌いなんですか?」
嫌いなんてことはない。むしろ、伏木蔵のことが大好きなのだ。そこまで言われてしまっ
てはもう言わないわけにはいかないと、左近は思いきって自分の想いを口にした。
「あんなちょっとしたことで、ヤキモチ焼くくらいなんだから、嫌いなわけないだろ!!
今だって、伏木蔵に抱きつかれてありえないくらいドキドキしてるし。もうどうしてこん
なに好きなのか自分でも不思議なくらいだよっ。けど、好きなもんは好きなんだからしょ
うがないだろ!!」
かなり怒鳴るような口調ではあるが、その内容は紛れもなく伏木蔵が欲しがっていた言葉
だ。そんな左近の言葉を聞いて、伏木蔵は本当に嬉しそうにニコッと笑う。その笑顔にも
左近はときめいてしまう。それが何だか悔しくて、左近は思いっきり伏木蔵の体を抱きし
めた。
「ふぎゅっ!!」
「ぼくにあんなこと言わせるなんて、伏木蔵のくせに生意気だ。」
「苦しいですよ〜、左近せんぱーい。」
「うるさい!!ぼくを怒らせた罰だ。しばらく放してやらないからな!!」
「そんなあ。」
口では少し困ったようなことを言っているが、伏木蔵からすれば、左近のその行動は嬉し
いと感じる以外の何物でもない。それを左近も分かっていてやっているのだ。しかし、こ
こは学園の敷地の中だ。そんなことをしてイチャイチャしている二人を見かけない者がい
ないわけがない。
「あっ。」
「どうした?三郎次。」
「見ろよ、あれ。」
「あれ?あっ、左近だ。何やってんだあんなところで?」
伏木蔵とイチャついている左近を見つけたのは、同じ二年生の三郎次と久作であった。初
めは左近が伏木蔵をいじっていると思ったのが、雰囲気的にそうではなさそうだ。左近が
伏木蔵のことを好きだということを知っている二人は、すぐに向こうにいる二人がイチャ
ついているということに気がついた。
「意外に左近も大胆なことするよな。」
「こんな往来で抱き合ってんだもんなあ。後でこのネタでからかってやろうぜ、久作。」
「おっ、そりゃ面白そうだな。」
こういうネタでからかえば、左近はかなり面白い反応を見せてくれるだろうと、三郎次と
久作は顔を見合わせ、悪戯っ子のような顔で笑う。もっと面白いことをしてくれないかな
あと思いながら見ていても、そのままの状態で少し会話を交わしているだけのようだ。
「うーん、ほっとんど動かないな。」
「どんだけくっついていたいのかねー。でも、あそこまで見せつけられると、ちょっと羨
ましい気もするよな。」
「同感。ま、あそこまであからさまにイチャイチャしようとは思わないけどー。」
「あはは、確かにそうだな。もっと面白いことするかもしれないし、もう少し見てようぜ、
久作。」
「そうだな。」
どこまでイチャイチャするのかをもう少し眺めていたいと、三郎次と久作の二年生ズは再
び視線を左近と伏木蔵の方へ移した。そんな二人の視線に気づくことなく、左近も伏木蔵
もお互いのことで頭をいっぱいにして、いつまでも抱き合っているのであった。

                                END.

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