12月の夏空に咲く花

冬休みの近づく学園からの帰り道。跡部と宍戸はコートに身を包み、真っ白な息を吐きな
がら歩いていた。今日はここ最近で一番の冷え込みとなり、冷たい風が二人の頬を冷やす。
「あー、寒み〜。激寒い〜!!」
あまりの寒さにさっきから宍戸は、跡部に向かって寒い寒いと言いまくっている。そんな
宍戸に跡部は呆れるような口調で返した。
「冬だから寒いに決まってるだろ。」
「そりゃそうだけどよ、今日の寒さはまた格別だぜ。こう寒いと、早く夏が来て欲しいっ
て思うよな。」
「そんなこと言って、夏になったらなったで、今度は暑いから早く冬が来て欲しいとか言
い出すんだろ?」
「うっ・・・そ、そんなことねぇよ。」
「ふっ、図星だな。」
「ウルセーな!!とにかく今は早く夏になって欲しいんだよ!!」
やけになってそんなことを言う宍戸の言葉を聞いて、跡部はふとあることを思いつく。
「そんなに夏がいいなら、今年の年末は夏っぽく過ごそうぜ。」
これはいいことを思いついたと、跡部は笑いながらそんなことを言う。跡部の言っている
ことの意味が全く分からないと、宍戸は首を傾げ、その意図を尋ねる。
「どういう意味だ?それ。全然意味分かんねーんだけど。」
「とにかく俺様について来れば分かる。どうよ?今年の年末も俺と過ごす気はあるか?」
そんなことを言われたら一緒に過ごさないわけにはいかない。夏っぽく過ごすという言葉
の意味を確かめようと、宍戸は跡部のその誘いに乗った。
「いいぜ。一緒に過ごしてやるよ。」
「そうこなくちゃな。テメェの願い叶えてやるんだから、感謝しろよ?」
「それはその時になってからだろ。」
本当にこの真冬に夏っぽく過ごすことなど出来るのかと、少々跡部の言葉を疑いながら、
宍戸はそんなことを言う。しかし、跡部は自信満々な様子で絶対に楽しませてやると笑っ
ていた。

そして、冬休みになり、待ちに待った年末がやってきた。大晦日の前日に跡部は宍戸を自
宅へ招き、出かける準備をする。どこに行くのだろうと、期待感に胸を躍らせながら、宍
戸が乗せられたのは、跡部の家の自家用機であった。
「自家用機で移動って、すげぇな。」
「驚くのはまだ早いぜ。少し時間はかかるが、飛行機の中にいくらでも暇つぶし道具はあ
るから問題ねぇ。」
「そんなに遠いとこなのか?」
「それは着いてからのお楽しみだ。」
どこに行くかはハッキリとは言わず、跡部は宍戸を自家用機に乗せる。跡部の言う通り、
自家用機の中には様々な暇つぶし道具があったため、移動時間は二人で映画を見たり、ゲ
ームをしたりして、なかなか楽しい時間を過ごすことが出来た。かなり長い時間の空の旅
であったにも関わらず、それほど長い時間には感じられなかった。
「着いたぜ、宍戸。」
「おー、マジか。」
「降りる前に着替えた方がいいぜ。外は暑いからな。」
「本当かよ?」
まだまだ半信半疑であるが、跡部自身本当に夏に着るような服に着替えている。これは自
分も着替えなくてはと、宍戸はTシャツとハーフパンツといういかにも夏らしい格好に着
替えた。
「準備出来たな。じゃあ、降りるぜ。」
「おう!!」
跡部の家の自家用機から降りると、眩しいくらいの日差しが照りつける。風もとても12
月とは思えないほど熱く、まさに夏の気候という感じであった。
「うわっ、あっちぃ。」
「間違いなく夏だろ?」
「本当だな。つーか、ここどこだよ?あんだけ長い時間飛行機に乗ってたわけだから、日
本ではない気がするんだけど・・・」
「いい勘してるじゃねぇか。お前、地理は得意だから分かるはずだぜ。日本が冬の時に夏
の場所だ。」
日本国内でないことは分かったが、具体的にどこかということは分からなかった。しかし、
周りの看板や標識は英語で書かれ、12月であるにも関わらずその気候は完全に夏である。
日本が冬である時期に夏である場所。そのヒントから、宍戸の頭にとある国が浮かんだ。
「オーストラリアか?」
「正解だ。南半球は北半球が冬の時、夏だからな。」
「オーストラリアってマジかよ!?確かに夏がいいって言ったけど、まさか本当に夏な場
所に連れて来られるとは思ってなかったぜ。」
「アーン?俺様に不可能はねぇんだよ。」
まさかオーストラリアに連れて来られてるとは思っていなかったので、宍戸はひどく驚く。
しかし、自分の願いを本当に実現してくれた跡部の好意が嬉しくて仕方がなかった。夏の
日差しと風をその肌で感じ、宍戸のテンションは一気に高くなる。
「うわあ、激嬉しい。ありがとな!跡部。」
満面の笑みを浮かべ、素直にお礼を言ってくる宍戸に、跡部の胸は高鳴る。宍戸の喜ぶ顔
を見て、連れて来てよかったと、跡部は心の底から思った。
「夏気分を味わうだけなら、他の熱帯地方の国でもよかったんだけどよ、オーストラリア
に連れて来たのには、もう一つちゃんとした意味があるんだぜ。」
「へ?どんな?」
「オーストラリアはな、大晦日に花火大会があるんだよ。世界的にもかなり有名なんだぜ。」
「へぇー、そうなんだ。花火大会とか、マジ夏って感じでいいな!」
花火大会が行われるという話を聞いて、宍戸のテンションはさらに上がる。日本の年末と
は全く違ったイベントに、宍戸の胸はうきうきと期待感に満ち溢れていた。

花火大会までの時間、二人はオーストラリア観光を楽しんだ。オーストラリアならではの
動物がたくさんいる動物園に行ったり、街で買い物をしたり、有名な観光地を見て回った
りと、時間が許す限り様々な物を見て回った。日が傾き、花火大会の時間が近づいてくる
と、たくさんの人が花火が見える場所へと集まってくる。
「うわー、すっげぇ人だな。」
「そりゃそうだろ。冗談抜きで、世界中から人が集まってるって言っても過言じゃないぜ。」
「こんなに人がいっぱいいて、ちゃんと花火見れんのか?」
あまりの人の多さに、宍戸はそんなことを心配する。しかし、そんなことは跡部にとって
は、全く問題ではなかった。
「安心しろ。人混みで見る必要がねぇように、クルーザーを用意してやってるからよ。」
「お前、どんだけすごいんだよ・・・?」
「俺様がすごいのは今に始まったことじゃねぇだろ。」
自信に満ちた表情で笑う跡部に、宍戸はもうすごすぎて何も言えないという状態になった。
花火大会自体が始まるのは、午後9時からと新年に日付が変わる午前0時からの二回であ
るが、午後6時を過ぎた頃から何発かの花火が打ち上げられ始める。早めに船に乗り、よ
く見える場所を取っておくのも手だと、跡部は宍戸を連れて、少し早めにシドニー湾に出
た。
「このへんだったら、ハーバー・ブリッジもオペラハウスもよく見えるから、いい感じだ
ろ。」
「ハーバー・ブリッジって、あの橋か?」
「ああ。あの橋を使っての仕掛け花火は毎年すごいらしいぜ。」
「へぇ、そりゃ楽しみだな。ここからなら本当よく見えるし。」
跡部がクルーザーを停めさせたところは、花火大会の中心となるハーバー・ブリッジやあ
の有名なオペラハウスがバッチリ見える場所であった。そんなベスト・ポジションとも言
えるような海の上で、二人は花火大会観賞の準備をし始める。
「宍戸、ちょっと来いよ。」
「えっ?何だよ?」
クルーザー内にある一室に跡部は宍戸を呼び入れる。そこには、日本の夏には欠かせない
ある物が用意されていた。
「せっかくの花火大会だ。こういう格好して見るのも悪くねぇだろ?」
「おー、浴衣じゃん!!マジ花火大会って感じでいいな!!」
花火大会には浴衣だろうと、跡部は宍戸と揃いの浴衣を用意していた。そんな跡部の心遣
いに宍戸の胸は嬉しさで躍る。早速その浴衣に着替えると、二人は潮風の吹き抜けるデッ
キに出た。
「何か船もいっぱい増えてきたな。」
「そろそろ始まるからな。」
「早く見てぇなー。な、跡部。」
「そうだな。」
浴衣に花火大会に夏の気温。日本では絶対に味わえない大晦日の雰囲気に、宍戸のテンシ
ョンはいつもよりもかなり上がっていた。どこで見るのが一番いいかなあと、デッキをう
ろうろと歩き回る。そんなことをしているうちに、花火大会の開始を告げる一発目の花火
が打ち上がった。
ヒュ――・・・・・ドオォンっ!!
その花火を皮切りに、次から次へと色とりどりの花火が打ち上がる。打ち上げられている
場所が比較的近いこともあり、その迫力は形容し難いほど、ものすごいものであった。
「おー、始まったぜ!!跡部!!」
「ああ。やっぱすごい迫力だな。」
「すげぇデカイな!!色もカラフルだし。本当花が咲いてるみてぇ。」
次から次へと打ち上げられる大きな花火に二人の気持ちはひどく高ぶる。そんな二人を煽
るかのように、周りからは大きな歓声がひっきりなしに上がった。
「何かすげぇ盛り上がってるな。いいな、こういう雰囲気!!激楽しい!!」
「確かにこの感じは悪くねぇな。」
「だよな、だよな!!おー、すっげぇ!!今の見たか!?」
「ああ、あれは日本じゃ見れないタイプの花火だぜ。」
空を埋め尽くすほどの大きな打ち上げ花火に、ハーバー・ブリッジを中心に上がる仕掛け
花火。それにそこらじゅうから聞こえてくる歓声が加わり、二人はひどく興奮する。自然
と笑みがこぼれ、思わずすごいすごいとはしゃいでしまう。落ち着かせる暇を与えない勢
いで、夜空に光の花は咲き続け、それを見ている多くの人々に感動と興奮をもたらした。

そんな非常に盛り上がった一回目の花火大会は、30分ほどでクライマックスを迎える。
あっという間の短い時間ではあったが、その中身はこれ以上ないくらい充実したものであ
った。
「はあー、マジすごかったな!!」
「久しぶりにあんなにはしゃいじまったぜ。」
「跡部があそこまではしゃぐの、確かに久しぶりに見たかも。でも、あんなの見たらしょ
うがねぇよな。」
一回目の花火大会が終わっても、二人の胸はいまだにドキドキと高鳴っていた。そんな興
奮の余韻に浸りながら、二人はいったん船内にある部屋に入る。次の花火の打ち上げまで
は2時間半くらいあるので、部屋の中でくつろぐことにしたのだ。
「んー、何かまだ心臓のドキドキが治まらないって感じだぜ。」
「ま、そんなに悪い感じではねぇけどな。」
気持ちを落ち着かせようとするが、先程見た光景があまりにもすごすぎて、なかなか落ち
着くことが出来ない。それは、跡部や宍戸だけではないようで、船の外からは興奮冷めや
らぬ人々の大きな歓声がいまだに響いていた。
「いやあ、でも、本当あの花火はすごかったぜ。あんなすごいの見れると思ってなかった
から、何か夢見てるみたいな感じだぜ。」
「夢なんかじゃねぇよ。」
「そうなんだよなー。」
夢ではないかと思うほど、先程見た花火はすごかった。普通では考えられないようなこと
でも、跡部といると体験出来てしまう。そう思った瞬間、宍戸は跡部に対して感謝の気持
ちでいっぱいになる。
「跡部・・・」
跡部の名前を口にし、宍戸は座っている跡部の足を跨ぎ、膝をついて座ると、首に腕を回
した。そんな大胆なことをしてくる宍戸に少々驚きつつも、跡部は余裕の表情で宍戸の腰
に手を回してやった。
「どうした?宍戸。」
「んー、何かな、跡部と一緒にいると、絶対ありえねぇだろって思うことでも実現出来ち
まうんだなーと思ってよ。」
「当然だろ?」
感慨深くそんなことを呟く宍戸の言葉に、跡部はいつもの自信に満ちた笑みを浮かべなが
ら、一言そう返した。
「確かに跡部はありえねぇくらい金持ちだし、行動力もあるし、そりゃ何でも出来るよな。」
「まあ、それもあるが、それだけでここまでするわけねぇだろ。」
「えっ?」
宍戸の言っていることは間違ってはいないが、当然だと言った跡部の真意とは少し違って
いた。これは言わないと伝わらないだろうと、跡部は自分の心に秘めていた想いを口にす
る。
「お前の喜ぶ顔、笑った顔が見てぇから・・・・」
「えっ・・・?」
「俺が出来る範囲のことは何でもしてやりてぇんだよ。お前のためにな。」
「跡部・・・」
そんな跡部の言葉を聞いて、宍戸の胸はひどくときめき、跡部が好きだという思いでいっ
ぱいになる。嬉しさから自然に笑みがこぼれ、その頬は照れからほのかに赤く染まった。
「俺、やっぱ跡部のこと大好きだわ。本当くやしいくらい。」
「俺もお前のことが好きなレベルなら負けてねぇぜ?」
お互いのことが大好きだと言い合いながら、二人はふっと笑って口づけを交わす。唇から
溢れんばかりの想いを伝え合った後、二人は今年最後の契りを交わした。

ゆっくりと時間をかけて、お互いの熱を交換し合うと、二人は激しくも甘い心地よさの余
韻に浸る。そんな余韻に浸っていると、二回目の花火大会が始まった。
「二回目が始まったみてぇだな。」
「てことは、新年になったってことだよな?」
「そういうことになるな。」
二回目の花火大会は、日付の変わった午前0時から始まる。その花火が打ち上がったとい
うことは、年が明けたということだ。
「んー、外に見に行きたい気がするけど、この格好じゃなあ・・・」
浴衣を着たままそういうことをしてしまったので、どちらの浴衣もひどく着乱れ、多少汚
れてしまっていた。こんな格好では、デッキに出ることは無理だろうなあと宍戸は呟く。
「ここからでも十分見えるからいいんじゃねぇ?」
「そうだな。ここから見るってのも、まあ、悪くねぇかも。」
二人がいる部屋には大きなガラスの窓がついているので、そこからでも十分花火は見るこ
とが出来た。ふと窓から外を見てみると、そこには「HAPPY NEW YEAR!!」
という文字が浮かび上がっていた。
「おー、すっげぇ。花火であんなこと出来るんだな!!」
「出来んだろ。日本でもよくあるじゃねぇか。」
「そうだっけ?」
「とりあえず、あれだな。俺らもあの文字の通りの挨拶をしねぇと。」
「あっ、そうだな。」
空に浮かぶ文字を見て、二人はまだ新年の挨拶をしていないということに気づく。年が明
けたなら、ちゃんとこの挨拶は交わさなければと二人は同時にその言葉を口にした。
『あけましておめでとう。』
その言葉を口にすると、新しい年がやってきたのだなあと実感する。
「何かいつもの正月と違いすぎて変な感じだけど、ちゃんと新年って感じはするな。」
「そうだな。さてと、年も明けたことだし・・・・」
新年になったことを噛みしめながら、跡部はそう口にする。年が明けたから何だろうと、
宍戸がその言葉の続きを待っていると、いかにも跡部らしい期待を裏切らない言葉が続い
た。
「姫始めでもするか、宍戸。」
「マジかよ〜?さっきの今でだぜ?」
「だからこそだろ?花火見ながら、海の上で姫始めなんて、そう滅多に経験出来ることじ
ゃないぜ?」
「あはは、確かにそうだな。いいぜ。姫始め、してやろうじゃねぇの。」
初めは少し嫌がるような素振りを見せていた宍戸だったが、実はノリノリであった。花火
がしっかり見える位置に移動し、二人は今年初めての口づけを交わす。一度唇を重ねた後、
すぐに唇を離すと、二人は顔を見合せてとある言葉を口にする。
「今年もよろしくな!!跡部。」
「ああ。俺からもよろしく、宍戸。」
そう言って笑い合うと、二人は再びキスをした。1月の夏の夜に咲く大きな花を眺めなが
ら、跡部と宍戸は新年を共に迎えられた喜びを分かち合い、体中から溢れんばかりの想い
を全身で伝え合うのであった。

                                END.

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