Jealous Darling

下校時間の迫る氷帝学園テニス部のレギュラー部室。今日は特に部活動はなかったが、レ
ギュラーメンバーのほとんどが自主練をしていたため、ロッカールームでは数名の部員が
制服に着替えながら話をしていた。
「あれ?宍戸さん。腕どうしたんですか?」
「えっ?ああ・・・」
「包帯なんて巻いて、そんな大怪我したん?」
練習をしていた時には気がつかなかったが、宍戸の二の腕にはしっかりと包帯が巻かれて
いた。包帯を巻くほどの怪我などそうそうしないので、鳳と忍足は心配そうに尋ねる。す
ぐ側で着替えていた樺地も気になるようで、宍戸の方に視線を移した。
「あー、別に怪我とかじゃねぇから心配すんなって。」
「怪我じゃないんですか?」
「なら、何で包帯なんて巻いてるん?」
怪我はしていないということを聞いて、鳳と忍足は頭にハテナを浮かべる。何故怪我もし
ていないのに、包帯をする必要があるのか。それが全く分からなかった。二人に包帯をし
ている理由を聞かれ、宍戸はちょっと困ったような顔をした後、その理由を話し始める。
「跡部がさぁ・・・」
「跡部?」
「跡部さんがどうしたんですか?」
「・・・・けるん・・だよ。」
恥ずかしいのか、宍戸は極めて小さな声で言葉を続ける。そのため、鳳と忍足は宍戸が何
を言っているのか聞きとることが出来なかった。
「えっ?何?宍戸、聞こえへん。」
「跡部さんが何するんですか?」
「その・・・キスマークをな、いろんなとこにつけてくるから・・・・」
キスマークという言葉を発するのが、相当恥ずかしいようで、そんなことを口にしながら、
宍戸の顔は真っ赤に染まっている。確かにそれは言いにくいし、包帯を巻いている理由と
して納得出来ると、二人は苦笑する。
「あー、確かにそれは隠したくなりますね。」
「二の腕なんて、またやっかいなところにつけるなあ、跡部も。」
「そうなんだよ!背中とか胸とかなら服で隠れるからいいんだけどよ、二の腕とか足とか
首とかにつけられると、隠すのがもう大変で・・・」
その大変さを分かって欲しいと、宍戸は思わず力説してしまう。しかし、言っている内容
はなかなかすごいことで、そのことに気づいて、宍戸は再びボッと赤くなる。
「・・・って、何言ってんだ!!俺!!」
「別にそこまで恥ずかしがることやないやろ。宍戸の相手はあの跡部やし。」
「そうですね。跡部さん、独占欲強そうですし。」
「ウス。」
「樺地まで同意するんやから、決定やな。」
「ま、まあ、確かにそれは全く間違っていないんだけどよ・・・そのヤキモチの焼き方が
結構アレなんだよなあ。」
他の三人が言うように跡部がひどくヤキモチ焼きなのは、宍戸も重々承知だ。何となく想
像がつくが、実際にはどうなのかと鳳と忍足は宍戸に尋ねる。
「跡部、どんなふうにヤキモチ焼くん?」
「確かに気になりますね。」
「えっ、どんなふうにって言われても・・・・ま、まあ、ヤキモチ焼いてるって時は、あ
からさまにイライラしてるっつーか、態度に表れるんだよな。」
「ウス。」
跡部と一緒に行動することの多い樺地は、宍戸のその言葉に同意する。ヤキモチを焼いて
いる時の跡部は非常に機嫌が悪く、樺地からしても怖いのだ。
「それでさー、この腕のもそうなんだけどよ・・・激跡つけてくんだよ。しかも、見える
ところに。バンドエイドで隠せるくらいだったらいいんだけど、近いところにたくさんつ
けられると、バンドエイドじゃ隠せねぇんだよ。だから、こんなふうに包帯巻いてなきゃ
いけなくて、すっげぇ困るんだよな。」
「自分のもんやって主張するのにマーキングするなんて、動物みたいやな。」
「でも、跡部さんっぽいですよね。」
「それだけならまだしも、誰かにヤキモチ焼いてる時って、すっげぇ激しくてさー。次の
日学校とかで、俺がもう無理っつってんのに、何回もしてくるし・・・」
「なかなかぶっちゃけますね、宍戸さん。」
「ウス。」
「けど、それもすごい分かる気がするわー。」
思った以上にコアなとこまで話してしまったと、ほんの少し後悔する宍戸であったが、も
うここまで来たらどうでもいいと、特に弁解はしなかった。とにかく、跡部がヤキモチを
焼くと大変なんだということが他のメンバーに伝わったので、もういいやという気分にな
る。
「それより、お前らはどうなんだよ?岳人とか滝とかも、やっぱヤキモチは焼くんだろ?」
「そりゃまあな。」
「跡部さんほど分かりやすくはないかもしれませんけど。」
宍戸の問いに、忍足と鳳は苦笑しながら答える。跡部ほど分かりやすくはなくても、ヤキ
モチレベルはおそらく同じくらいだろうと、二人は考えていた。
「向日先輩もヤキモチ焼いていたら結構分かりやすそうなイメージなんですけど、実際は
どうなんですか?」
「そのまんまやな。分かりやすい言うより、ハッキリ口にするって感じや。」
「ハッキリ口にするって、どんなこと言うんだ?」
「例えば、俺が女子に告白されるみたいなシチュエーションがあったとするやろ?」
そのシチュエーションは、忍足ならばかなりありそうだと宍戸と鳳と樺地は頷いた。
「ちゃんと断るから、ついてきてもいいから黙って見てろって言ってあるねん。で、岳人
も一応は黙って見てようという努力はしてるみたいなんやけど・・・」
『けど?』
「一回断っても結構しつこい女子とかいるやろ?そういう時は迷わず出てきおって、『侑
士は俺のだから、ダメ!!お前になんてやらねぇ!!』みたいなこと言うねん。」
「あー、岳人ならやりそう。」
「そこまでハッキリ言われちゃったら、女の子の方もそれ以上何も言えなくなっちゃいま
すよね。」
「ウス。」
「せやろ?それで助かってることも多いんやけど、結構恥ずかしいんよ。岳人にだけ言わ
せてはおけへんから、『そういうわけやから、ゴメンな。』って俺からも言わんといけへん
し。」
確かにそれは少し恥ずかしいかもしれないと、宍戸と鳳は苦笑しながら忍足の言葉に理解
を示す。
「それは確かに恥ずかしいな。」
「ですよね。」
「まあ、基本的にはだいたいそんな感じで済むから、宍戸ほど困るってことはないかもし
れへんなあ。」
「俺はしょうがねぇよ。あの跡部だし。」
「鳳はどないなん?滝はどんなふうにヤキモチ焼くん?」
自分の話はここで終わりと言わんばかりに、忍足は鳳に話を振る。自分の話というよりは、
滝の話をすればいいということで、鳳は特にためらうことなく話し始めた。
「滝さんは、ヤキモチ焼いていてもパッと見それが分からないんです。」
「あー、確かに滝が跡部とか岳人ほど、そういうことでイライラしてるっての見たことな
いかも。」
「せやな。いつもニコニコしてるいうか、取り乱さないいうか、そんな感じやもんな。」
「そうなんですよ。俺といる時もそんな感じで。でも、滝さんって、跡部さんや向日先輩
に負けないくらい、すっごくヤキモチ焼きなんですよね。」
そうは見えないけどなあと思いながら、宍戸と忍足は鳳の話を聞く。
「滝さんって、読書や生け花が趣味じゃないですか。俺が家に遊びに行く時とかもしてた
りするんですよ。」
「読書とか生け花と、ヤキモチ焼くことに何の関係があるんだよ?」
「俺が他の人と必要以上に仲良くしてたりして、ヤキモチ焼いてると、すっごい花言葉の
花を生けてたり、黒魔術の本とかそういう本を読んでたりするんですよ。いつものニコニ
コした顔で。初めはちょっと怖いなあと思いましたけど、もう慣れちゃいました。」
笑いながらそんなことを言う鳳だが、宍戸と忍足は笑えなかった。そのヤキモチの焼き方
がたぶん一番怖いと、二人はそう鳳に伝える。
「そのヤキモチの焼き方はないわあ。」
「怖すぎだろ、滝。」
「傍から見て分からない分またな。鳳と必要以上に仲良くしてると、黒魔術かけられるか
もしれへんって、ありえんやろ。」
「俺、ヤバイじゃん!!長太郎と一緒にいることも多いし。」
「あはは、大丈夫ですよ。実際にはやってないらしいんで。」
「それ、滝に聞いたん?」
「はい。それに、そういうふうな状態を見た時は、俺の方からいろいろするんで。」
「それがいいぜ。そうしたら、きっとヤキモチ焼いてるのなんかも忘れられるしな。」
本当にそんなことが出来るかは分からないが、黒魔術などかけられたら困ると、宍戸も忍
足も苦笑いをしながらそんなことを言う。そんな二人に同意するように、樺地もこくこく
と頷いた。
「そういえば、ジロー先輩もヤキモチ焼くことってあるんですかね?」
「あいつ、いっつも寝てるからなあ。あんまりなさそうだけど。」
「実際はどうなん?樺地。」
まさか自分に話が振られるとは思っていなかったので、樺地は少し驚いたような顔をする。
しかし、聞かれたならば、答えないわけにはいかない。
「ジローさんも・・・結構、ヤキモチ焼きです・・・・」
「へぇ、そうなんだ。」
「けど、寝たら忘れるいう感じするけどな。」
「どんな感じで、ヤキモチ焼くの?樺地。」
あまりたくさんしゃべるのは得意ではないが、樺地は三人のその問いに答えることにした。
「ジローさんは、時々学校からとても離れたところで、昼寝をします・・・だいたいどこ
にいるかは、分かりますが・・・・時間がすごくかかるんです・・・」
「学校来てて、外に昼寝しに行くってのがすごいよな。」
「同感。跡部もまた樺地に探しに行かせるから、樺地も大変やで。」
「ジローさん的には・・・それが目的みたいです・・・・」
「それって?」
「自分がジローさんを探している間は、ずっとジローさんのこと考えてます・・・見つけ
た後も・・・学校に帰るまでが遠いんで・・・帰り道ではずっと二人きりなんです・・・」
『あー、なるほど。』
自分がどこかで寝ていれば、樺地が探しに来る。しかも、自分を探している間は、樺地は
ずっとジローのことを考えていることになる。樺地を一人占めするには、これほどいい方
法はない。それを分かっていて、ジローはヤキモチを焼いた時にこんな行動を取るのだ。
「でも、ジローがヤキモチ焼くのってどんな時なんだろうな。」
「せやなあ。樺地はいつも跡部と一緒やから、そんなに女子に絡まれることもないやろ。」
「跡部さんの仕事が忙しかったりして・・・ジローさんに構えなくなると・・・そういう
ことするみたいです・・・・」
「なーるほど。跡部相手なわけね。」
「跡部には宍戸がいるんやから、別にヤキモチ焼く必要なんてあらへんのになあ。」
「でも、何となくそこがジローさんっぽいじゃないですか。」
『確かに。』
樺地からジローのヤキモチネタを聞け、三人はくすくす笑う。と、ロッカールームの向こ
うから、他のメンバーの声が聞こえてきた。
「おっ、あいつらも帰ってきたみたいだぜ。」
「せや、本当にあっちにいるメンバーが今話してたみたいなヤキモチの焼き方するか、試
してみぃへん?」
「それ、面白そうですね。やりましょうか。」
「ウス。」
先程話していたことが本当なのか少し試してみたいと、始めに部室にいたメンバーはわざ
とヤキモチを焼かせてみようと画策する。

「はあー、やっと終わったぜ!」
「久しぶりに岳人と試合したって感じかもー。」
「結構白熱してたよね。」
ロッカールームに入ってきた岳人、ジロー、滝はそんな話をする。岳人とジローは今日は
試合形式で練習をし、滝はその審判をしていた。そんな三人の後を追うように、制服を着
た跡部も入ってきた。
「宍戸、まだ着替え終わらねぇのか?」
跡部は特に自主練をしていたわけではないが、宍戸が自主練をしてから帰るということを
聞いていたので、生徒会の仕事が終わった足で部室へやって来たのだ。先に来ていたメン
バーはもうとっくに着替え終わっていたので、まずは忍足と樺地が先程話していたことを
実行することにした。
「岳人、今日はこれから樺地と買い物に行くことになったから、ちょっと先帰るな。跡部、
樺地借りてもええよな?」
「ああ、別に構わねぇぜ。今日は宍戸と帰る約束してるしな。」
樺地といつも一緒に帰っているのは跡部なので、忍足は跡部にだけお伺いを立てる。今日
は宍戸と帰るので構わないと、跡部は首を縦に振った。
「なら、そろそろ出るか。樺地。」
「ウス。」
今にも部室を出ようとしている二人を、岳人とジローは慌てて止める。
『ダメっ!!』
「買い物なら俺が付き合うし!!何で樺地と行くんだよ!?」
「樺地の方が詳しそうなもんやからなー。」
「樺地、今日、一緒に帰るって約束したじゃん!」
「一緒に帰るのは・・・明日にしましょう・・・・」
引き止めるための大きな理由はなかったが、岳人は忍足と、ジローは樺地と、どうしても
一緒に帰りたかった。
「やだやだ!!侑士は俺と帰るの!!」
「樺地も俺と帰らなきゃダメー!!明日じゃやだぁ!!」
理由がなくとも嫌なものは嫌だと、岳人もジローも子供のように駄々をこねる。ジローは
少し違うにしても、岳人は先程話していた通りのヤキモチの焼き方だと、宍戸と鳳と樺地
は笑いを堪え、忍足は素直に大笑いをする。
「あははは、ホンマ岳人は期待を裏切らへんなあ。」
「えー??」
「今のは冗談です・・・ジローさん・・・」
「何だよー、もう。超ビックリしたC〜。」
岳人は何故笑われているのか分からないと、頭の上にたくさんのハテナを浮かべ、首を傾
げる。ジローはとりあえず樺地と一緒に帰れることが分かったので、ホッとしたような表
情になった。そんな忍足達を見ていて、宍戸と鳳もヤキモチをわざと焼かせることを試し
てみたくなる。
(長太郎、俺達もやってみようぜ。)
(はい!)
岳人や忍足達は置いておいて、さっさと宍戸と帰ろうと、跡部はもう一度宍戸に声をかけ
ようとする。そんなタイミングを見計らい、宍戸は鳳に内緒話をするような仕草を見せた。
こそこそと話しては跡部と滝を見て、くすくす笑う。そんな二人の行動に跡部と滝はイラ
っとする。笑われているということよりは、仲良さげに内緒話をしているのが気に入らな
いのだ。特に跡部は、誰が見ても分かるくらいに不機嫌顔になり、今にも舌打ちが聞こえ
てきそうな雰囲気を醸し出している。
「内緒話なんて、感じ悪ぃぞ。テメェら。」
あからさまに不機嫌な声で跡部はそんなことを口にする。もう面白いくらいにヤキモチを
焼いてくれていると思いながら、宍戸は跡部に向かってニッと笑いかけた。
「別に悪口言ってたわけじゃねぇぜ。今日の跡部は、いつもよりちょっと格好よくねぇ?
って、長太郎に言ってたんだよ。そんなのなかなか面と向かっては言えねぇだろ?」
「直接言うのは恥ずかしいですもんね。」
全くそんなことは言っていないのだが、二人の機嫌をこれ以上損ねてはいけないと、宍戸
と鳳はそんなことを言う。そして、鳳へのヤキモチの所為で悪くなった跡部の機嫌を直そ
うと、もっと大胆なことをしようと跡部に近づいた。
「内緒話くらいなら、長太郎とでも他の奴とでも誰とでも出来るけどよ・・・・」
そこまで言うと、宍戸は跡部のネクタイをぐいっと引っ張り、ちゅっと目の前にある唇に
キスをした。そして、少し顔を赤らめながら、ニコっと笑う。
「こういうことは、跡部にしか出来ないんだからな!」
突然のことに、跡部は鳳にヤキモチを焼いていたことなどすっかり忘れ、かあっと顔を赤
く染める。
「さすが宍戸やなー。あそこまでやるとは思わへんかったわ。」
「ここで、機嫌直しておかないと、またたくさん跡つけられちゃうからじゃないですか?」
「なるほどな。そりゃあそこまでするのも分かるわー。」
「何の話だ?それ。」
「ちょっと気になるC〜。」
「何でもあらへんよ。ただ宍戸は本当跡部が好きなんやなあって話や。」
『ふーん。』
またよく分からない話をしていると思いつつも、岳人とジローはそれ以上忍足の言葉につ
っこむことはしなかった。今日は何だかみんなおかしいぞと思いながら、彼氏側のメンバ
ーはそれぞれ帰る用意をし始める。結局、いつも通りのペアになり、そこにいたメンバー
はみんなで一緒に帰ることになった。

部室を出ると、鳳はこっそり滝にあることを尋ねてみた。
「滝さんも跡部さんみたいに、ヤキモチ焼いてましたよね?」
「うん、すっごく。」
いつも通りの笑顔で、滝は即答した。やっぱり滝は嫉妬深いんだなあと、鳳は苦笑する。
「大丈夫ですよ。俺は滝さんが一番なんで。」
「本当に?」
「はい。だから、宍戸さんに黒魔術とかかけないでくださいね?」
「あはは、確かにそういう本は読むけど、読んで満足だから実際に試したりはしないよ。
青学の不二とかなら実際にしてそうだけどね。さすがに俺はそこまでしないから、心配し
ないで。」
鳳の口から自分が一番好きだということを聞いて、滝の機嫌もだいぶ直る。それにホッと
した鳳は自ら滝の手をぎゅっと握った。
「長太郎?」
「たまには・・・いいですよね?」
「もちろん。」
鳳から手を繋いでもらえ、滝は嬉しさから顔が緩む。ヤキモチを焼いてもらえるのは、そ
れだけ想われているという証拠だ。それゆえ、鳳以外のメンバーもそれぞれのパーナーに
対して、腕に抱きついたり、手を繋いでもらったり、おんぶをしてあげたり、思い思いの
ことをニコニコしながらするのであった。

                                END.

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