Vanilla flavor

宿題を終えて、宍戸はふと時計を見た。短い針は「10」と「11」の間、長い針は「6」
を指している。
「もう10時半か・・・・」
携帯電話を手に取って、宍戸は自分のベッドに移動する。ポスンとベッドにその身を預け
ると、ふとあることが頭をよぎった。
(跡部と話してぇな・・・)
しかし、もう時計の針は10時半を回っている。電話なら大丈夫かと思われたが、何だか
自分からかける気にはなれない。しかし、一度そう思ってしまうと、だんだんとそんな気
持ちが強くなり、胸の奥がもやもやしてくる。
「はあー、やっぱ電話かけようかな・・・。でも、何かなあ・・・」
ベッドでゴロゴロしながら、携帯電話を開いたり閉じたりしていると、突然その携帯が鳴
り始める。あまりにも驚き過ぎて、宍戸はベッドから落ちてしまった。
「うわっ・・・!!」
ベッドから落ちて、打ったところを押さえながら、宍戸は電話に出る。
「も、もしもし?」
『宍戸か?俺だ。』
慌てて出たために、誰からかかってきたかなど確認していなかった。耳元で聞こえる声を
聞いて、宍戸の心臓は大きく跳ねる。その声は、今自分が一番聞きたいと思っていた声で
あった。
「あ、跡部・・・?」
『何だよ?俺様が電話しちゃダメみてぇな反応じゃねぇか。』
「い、いや、そんなこと全然ないっ!!むしろ・・・」
『むしろ、何だ?』
「べ、別に何でもねぇよ!!で、何か用か?」
跡部の声が聞きたかったなどとは、恥ずかしくて言えないと、宍戸は少しツンとした態度
を取る。
『ああ、急にテメェに会いたくなってな。今、テメェの家の下に居るぜ。』
「はあ!?」
そんなことを言われ、宍戸はガラっと窓を開け、家の下を見る。そこには携帯電話を耳に
当て、ビニール袋を提げた跡部が家の前に立っていた。
「な、何してんだよ!?そんなとこで。」
「だから、言っただろ?急にテメェに会いたくなったって。アイス買ってきてやったから、
下りて来いよ。」
携帯電話で話しつつも、もうその声は電話なしでも聞こえる。会いたいと思っていた矢先
に目の前に現れるとは、何てズルいんだと宍戸はその胸をひどく高鳴らせる。携帯電話の
通話終了ボタンを押すと、宍戸はバタバタと下に下り、玄関に向かって駆けて行く。
「亮、こんな時間にどこいくの?」
「ちょっと消しゴムがなくなっちまったから、コンビニー。」
適当な理由をつけて、宍戸は外に出る。家の前の道に出ると、そこには不敵に微笑う跡部
が立っていた。
「そんなに慌てなくても、俺は帰らないぜ。」
「別に慌ててなんかねぇし・・・」
「こんな道端で話すのも何だから、近くの公園にでも移動しようぜ。」
「お、おう。」
こんな時間に外出するのは少し気が引けるが、近くの公園くらいだったら大丈夫であろう
と、宍戸は跡部についてゆく。少し前を歩く跡部をじっと見ながら、宍戸はあることを思
っていた。
(手・・・繋ぎたいけど、ダメだよなあ。そんなこと恥ずかしくて言えねぇし。)
跡部に会えたら会えたで、今度は触れたくなってしまう。しかし、宍戸にはそれを素直に
伝える度胸がなかった。度胸がないと言うよりは、恥ずかしさが勝り、行動に移せないの
だ。
「宍戸。」
と、突然跡部が宍戸の方を振り返る。いきなり振り返られ、宍戸はドキッとしてその歩み
を止めた。
「な、何だよ?急に・・・」
「ほら。」
「えっ?」
ほらと言いながら、跡部は宍戸の前に右手を差し出す。差し出された手を見た後、宍戸は
跡部の顔を見て、ボッと顔を赤くした。
「手、繋いで欲しかったんだろ?」
「な、な、何でっ・・・!?」
「なーんてな。俺がそうしてぇだけだ。今の時間なら、誰にも見られねぇよ。繋ごうぜ。」
自分の心が読まれているように感じ、宍戸は無駄にドキドキしてしまう。このドキドキ感
が伝わってしまうのではないかと思いながら、宍戸は差し出された手をおずおずと握る。
手が触れた瞬間、ぎゅっとその手を握られ、宍戸の心臓はドキンと跳ねた。
(ビックリした。いくら跡部の得意技がインサイトでも、さすがに心は読めねぇよな。)
ほんの短い間ではあるが、跡部と宍戸は手を繋ぎながら、公園へと向かう。自分の手とは
対照的なひんやりとした跡部の手を握りながら、宍戸は自分の手が次第に熱くなっていく
のを必死で抑えようとしていた。

公園に着くと、跡部はどこに行こうかとその公園内を見回す。下手に目立つようなところ
に居れば、補導されてしまう可能性があるので、出来れば他の者に見つからないところが
よいとそのような場所を探した。
「あそこがいいな。」
「えっ?」
「行くぞ、宍戸。」
宍戸の手を引き、跡部は何故か遊具のある場所に向かって歩き出す。ベンチなどではなく、
遊具に向かって行くので、宍戸は首を傾げながら跡部について行った。
「ど、どこ行くんだよ?跡部。」
「もうこの時間だ。いくら俺らが実年齢より上に見られたとしても、見つかりゃ補導され
ちまうかもしれねぇだろ?だから、なるべく他の奴らに見つからない場所がいいと思って
な。」
跡部が宍戸を連れてやってきたのは、側面に穴があり、そこからその中に入れるような遊
具であった。当然子供用に作られているので、中は狭いが、二人が入るには十分な広さが
あった。しかも、壁に寄りかかってしまえば、外からは見えない。ここなら、申し分ない
と、跡部は躊躇いもせずにその中に入った。
「ここなら、ゆっくり話せるだろ。」
「確かにな。でも、ちょっと暗くねぇ?」
「それは仕方ねぇよ。まあ、顔が見えないとかそういうわけじゃねぇし、これくらいの方
がイイ雰囲気なんじゃねぇ?」
そう言いながら、跡部は宍戸にぐっと近づく。いきなり跡部の顔が近くなるので、宍戸は
ドキっとして身を引いた。しかし、この狭い空間では、たとえ身を引いたとしても大して
その距離は変わらない。
「ちょっ・・・跡部、近いって!!」
「なーに、そんなに照れてんだよ?まあ、いい。ひとまずアイス食べようぜ。早く食べね
ぇと溶けちまう。」
「アイス?」
「さっき言っただろ?アイス買ってきてあるって。ほら、これはテメェの分だ。」
ビニール袋の中から、一本のアイスを出すと、跡部はそれを宍戸に渡す。宍戸用に買って
きたのは、バニラ味の棒状のアイスであった。
「さ、サンキュー。」
「少し溶けてるかもしれねぇが、食べれねぇってほどではねぇだろ。」
跡部からもらったアイスの袋を開け、宍戸はアイス本体を出してみる。確かに表面は少し
溶けているが、まだまだその冷たさと形はしっかりと残っていた。
「いただきます。」
「俺も食うか。」
宍戸が食べ始めるのを横目に、跡部も袋から自分用のアイスを出した。自分用にと買った
のは宍戸用に買ったアイスの2倍か3倍の値段の少し高いカップアイスであった。パカッ
とふたを開け、アイス用の小さなスプーンでそれを食べ始めると、宍戸がずるいと突っ込
みを入れる。
「あー、何で跡部はそんな高級アイスなんだよ!?」
「アーン?俺様の口に安いアイスは合わねぇんだよ。」
「ずるいー!!」
「買ってきてやっただけありがたいと思え。」
「ぶー。」
確かに買ってきてもらったことには感謝するが、やはり不公平だとは思う。ずるいなあと
思いつつ、宍戸は跡部にもらったアイスを口に頬張った。表面が溶け始めているため、工
夫して食べないと、手にアイスが垂れてきてしまう。溶けた表面を舐めたり、口に入るだ
け入れて吸ったりと、何とか手に垂れてこないようにと宍戸は頑張る。そんな風にアイス
を食べる宍戸をじっと眺め、跡部はニヤニヤと頬を緩ませていた。
「さっきから何でそんなに俺の方ばっか見てんだよ?」
「アイス食べてる宍戸はエロいなあと思ってな。」
「はあ?何わけ分かんないこと言ってんだよ?」
「見たまんまの感想を言ってるだけだぜ。それより、そのアイスと俺のアイス、少し交換
しねぇか?」
「えっ!?いいのか!?」
突然の跡部の提案に、宍戸は嬉しそうな反応を返す。可愛いなあと思いつつ、跡部は食べ
かけの自分のアイスを渡し、その代わりに宍戸が今まで口に含んでいたアイスを受け取っ
た。高いアイスが食べれると、宍戸は嬉しそうにそのアイスを口に運ぶ。そんな宍戸を見
ながら、跡部は先程まで宍戸が咥えていたアイスを口に含む。
「やっぱ、高いアイスは違うな!!すげぇ美味い!!」
「そうか。そりゃよかったな。」
ふっと笑いながら、跡部は先程宍戸がしていたのと同じように、棒アイスを食べ始める。
そんな跡部の姿がふと目に入り、宍戸はドキッとしてしまう。ただアイスを食べているだ
けなのだが、その仕草は明らかに他のことを連想させた。
(うわっ、何かさっき跡部が言ってたこと分かっちゃったかも・・・・)
真っ赤になって、アイスを食べるのも忘れてしまっている宍戸に気づき、跡部はニヤっと
笑いながら、ちゅっとアイスを口から離す。
「安いアイスでも、さっきまでテメェの口に入ってたって思うと、美味く感じるもんだな。」
「なっ・・・!?」
「そうだ。いいこと考えたぜ。今持ってるアイス、お互いに食べさせ合おうぜ。」
「えっ!?な、何でだよ!?」
「何か楽しそうだからな。ほら、口開けろ。」
「ちょっ・・・待っ・・・んむっ!!」
半分くらいの大きさになった棒アイスを、跡部は無理矢理宍戸の口の中に押しこむ。もう
無茶苦茶だと思いながらも、宍戸は持っていたアイスをスプーンですくい、跡部の口元へ
と持っていった。
「んっ・・・ぷは、あむ・・・」
「可愛いぜ、宍戸。ホーントアイス食ってるだけなのに、どうしてこんなにエロいんだろ
うなあ?」
「テメェが変態だからだろ!つーか、さっさと食えよ。俺が食わせてやってんだから!」
「はいはい。」
何だかんだ言いつつも、本気で嫌ではないようで、宍戸は跡部に食べさせられるままアイ
スを食べ、持っているアイスを跡部に食べさせる。しばらくそんなことを続け、アイスが
なくなると、二人は満足気な溜め息をついた。
「何かゆっくり食べたから満足感が違うな。」
「確かに腹いっぱいかも。」
「テメェのイイ顔も見れたし、そっちの面でも満足だな。」
「さっきから跡部はぁ・・・・」
「さてと、そろそろ帰った方がいいか。テメェはコンビニ行くって言って、出てきたんだ
ろ?あんまり遅いと心配されるぜ。」
家を出てきた時の宍戸の言葉を聞いていたようで、跡部はそんなことを言う。しかし、宍
戸はまだ跡部と別れたくなかった。もう少し二人で居たいと、ぎゅっと跡部にしがみつく。
「おいおい、どうした?」
「・・・まだ、跡部と一緒に居たい。」
突然素直にそんなことを言ってくる宍戸に、跡部の鼓動はひどく速くなる。そんな跡部と
同じくらい、いや、それ以上に宍戸の心臓も高鳴っていた。恥ずかしい気持ちと跡部と離
れたくない気持ち。そんな二つの気持ちがごっちゃになって、宍戸の鼓動を速くする。
「そりゃ俺的には最高に嬉しいが・・・・」
「ダメか?跡部。」
顔を上げて宍戸はそんなことを尋ねる。切なげな瞳でそんなことを問われれば、ダメなど
とは言えない。理性よりも本能の方が若干勝ってしまい、跡部はダンッと壁に宍戸を押し
つける。
「俺様を煽ったテメェが悪いんだからな。」
そんなことを言いながら、跡部は宍戸の唇に自分の唇を押しつける。そして、もっともっ
と宍戸を感じたいと、唇を開き、バニラの味のする口内をじっくりと探った。
「んっ・・・んむ・・・・」
(跡部の口の中、さっきのアイスの味がする・・・)
甘い甘いバニラ味のキスに宍戸はうっとりとして、その瞳を閉じる。先程まで食べていた
アイスに冷やされた口の中は、お互いの蜜が混じり合い、次第に熱くなっていった。お互
いの体を抱きながら、何度も角度を変えて、甘いキスを交わし合う。いつの間にかどちら
もそんなキスに夢中になり、時間を忘れてしばらくバニラの香りに酔っていた。

満足するまで口づけを交わし合うと、疲れてしまったのか、宍戸はそのまま寝こけてしま
った。ふと時計を見てみると、もう11時半をとうに超えている。これはまずいと、跡部
は宍戸の家電に電話を入れる。帰りの遅い宍戸を心配していた宍戸の家族は、3コールも
しないうちにその電話を取った。
『はい、宍戸です。』
「夜分遅くに申し訳ありません。跡部です。先程、亮くんとコンビニでお会いしまして、
少し話をしていたつもりが、こんな時間になってしまいました。こんな時間ですので、亮
くんが眠ってしまいまして、今から送っていきますので、宜しくお願いします。」
『あー、ごめんなさいね、景吾くん。叩き起しちゃってもいいから。』
「いえ、そんなことは出来ませんよ。それでは、すぐそちらへ向かいますので、亮くんの
ことはご心配なさらずに。」
『ありがとう、景吾くん。景吾くんは、お家に連絡しなくて大丈夫なの?』
「はい。もうしてありますので。」
『そう。本当に申し訳ないわね。』
「いえ、こちらも時間を考えずに話しかけたのがいけなかったんです。それでは、失礼し
ます。」
ピッ・・・
電話を切ると跡部は宍戸を背負って、宍戸の家へと向かった。宍戸のぬくもりを背中で感
じながら、跡部はふっと頬を緩ませながら、少し早足で宍戸の家までの道を歩いた。
ピーンポーン
呼び鈴を鳴らすと、宍戸の母がすぐに玄関のドアを開けた。跡部におぶわれている宍戸を
見て、宍戸の母は呆れたような溜め息をつく。
「いらっしゃい、景吾くん。もう亮ったら・・・・本当にごめんなさいね。」
「いえ、大丈夫です。部屋まで連れていっても大丈夫ですか?」
「もちろん。もうこんな時間だし、よかったら泊まっていって。亮の部屋、狭いけど。」
「・・・・そうですね。それなら、お言葉に甘えて。」
今から帰るというのも何だし、宍戸の寝顔をもう少し見ているのも悪くないと、跡部は宍
戸の家にそのまま泊まることにする。宍戸を背負ったまま宍戸の部屋に行くと、跡部は宍
戸を起こさないように、そっとベッドに寝かせた。
「まさか寝ちまうとは思わなかったぜ。それにしても、本当可愛い寝顔だよな。」
宍戸の寝顔を見ながら、跡部はふっと微笑む。少しラフな格好になろうと、少しベッドか
ら離れ、シャツのボタンを外そうとすると、ぐいっと裾を引っ張られる感じを覚える。
「?」
「む〜・・・跡部、帰るなぁ・・・・」
そんな寝言を言う宍戸に跡部はぷっと吹き出す。どれだけ自分と居たいんだと思いながら、
跡部は宍戸の頭を撫でた後、額にそっとキスをした。
「今日はテメェと一緒に寝てやるよ。感謝しろよ?宍戸。」
そう言った瞬間、宍戸の寝顔がへらっと緩む。もうなんて可愛いんだと、胸をときめかせ
ながら、跡部は宍戸の布団の中に入り、宍戸の可愛らしい寝顔の目の前で眺める。しばら
く、宍戸の顔を眺めていた跡部であったが、布団に入っているということもあり、睡魔が
襲ってくる。夜に会いにくるのも悪くないなあと思いながら、跡部はゆっくりと瞼を閉じ、
穏やかな気持ちで眠りについた。

ジリリリリ・・・
いつもの時間になる目覚ましで起きた宍戸は、目の前に跡部が眠っていることに驚いて、
思わず大声を出してしまう。その声で跡部も目を覚ました。
「うっわあ!!な、何で跡部が俺と一緒に寝てんだよっ!?」
「朝っぱらからうるせーな。何だよ?宍戸。」
「な、な、何でテメェがうちに居るんだよ!?」
「テメェが公園で寝ちまったから連れて来てやったんだろ。それで、テメェのおばさんが
泊まってっていいっつーから、その言葉に甘えて泊まってやったんだ。」
「そ、そうだったっけ・・・?」
跡部と公園でアイスを食べ、キスをしたことは覚えているが、その後の記憶は全くない。
それは寝てしまったからなのかと、宍戸はドキドキする心臓を押さえながら事態把握をし
ようと頑張った。
「俺、鞄と制服家に置きっぱなしだから、いったん戻らなきゃいけねぇんだよな。車で送
ってやるから、さっさと用意しちまえよ、宍戸。」
「わ、分かった。」
いまだに事態は完璧には飲み込めてはいないが、とりあえずちゃっちゃと学校へ行く用意
をしようと、制服を着て、鞄を持つ。朝食を食べた後、跡部の呼んだ車に乗り込み、跡部
の家経由で学校へと向かった。
「なあ、跡部。」
「何だ?」
「たまには・・・昨日みてぇなのもありだと思うんだよな。だから・・・」
「だから?」
「時々あーいうふうに夜中に会いに来てもいいぜ?」
決して目線は合わせようとしないが、その口元は笑っているように見えた。何て可愛いこ
とを言ってくれるんだと、跡部は顔が緩むのを抑えられない。
「テメェがそう思うならいつでも会いに行ってやるよ。」
「と、時々でいいって!!」
「遠慮すんなって。ま、俺がテメェに会いたくなったら、即行で行くけどな。」
「どんだけ行動力あるんだよ・・・・」
「アーン?テメェが好きだからそうするんだぜ。喜べ。」
「朝っぱらから、そういう恥ずかしいこと言うんじゃねぇ!!」
跡部の率直な言葉に照れて怒るような反応を見せている宍戸だが、内心嬉しくて仕方がな
い。それが分かっているが故に、跡部も嬉しそうな笑みを浮かべて、宍戸をからかうよう
なことを言う。まるで恋人同士がじゃれ合っているようなそんな会話を、二人は学校に着
くまで続けるのであった。

                                END.

戻る