「なあ、聞いてくれよ滝。この前さあ・・・」
「何々?」
ただいまは放課後。岳人は委員会の忍足待ち、滝は部活の鳳待ちで教室に残っている。そ
れぞれのクラスで一人で残っているのはつまらないので、仲良く二人で話しているのだ。
「うちの近所に野良猫がいるんだけど、俺、そいつといつも遊んでやってんだ。」
「うんうん。」
「で、何か最近そいつ発情期みたいでさ、すっげー気が立ってんだよ。」
「へぇ。」
岳人が近所の野良猫の話をし始めた時、ちょうど忍足が委員会から戻って来た。
結構時間かかってしもうた。岳人待ってるやろなあ・・・。
そんなことを考えながら、忍足は教室の前まで来る。すると、中から岳人と滝の声が聞こ
えてきた。
「・・・で腕ひっかかれちゃって、すっげー痛いんだよ。」
岳人何の話してるんやろ?・・・・・まさかな。
忍足は岳人の『ひっかかれた。』という言葉に過敏に反応した。自分のことを言われてい
るのではないかと一瞬思ったのだ。
「それにさ、ちょっと油断したすきに肩のとこ噛まれちゃって。」
「うわあ、痛そう。」
「何なら見てみる?噛まれたとこ。」
「うーん、ちょっと見てみたい気もするな。」
「じゃあ、ちょっとだけ見せてやるよ。」
そういうと岳人はワイシャツの第1ボタンと第2ボタンを外し、肩を出して滝に見せる。
そこにはくっきりと歯型が残っていた。
「本当、痛そうだねー。」
「ま、実際はそんなに痛いってほど痛くねーんだけどな。」
「でも、結構くっきりだよね。」
ちょっ・・・・ちょっと待ち岳人。ホンマにそれ系の話しとるんか?いくら相手が滝だか
らって、そこまでしちゃアカンやろ。うわあ、どないしよ〜。
『肩を噛んだ。』ということにも忍足は思いあたることがあるらしい。なので、忍足は岳
人が滝にそういう話をしていると信じ込んでいる。ドアの前に立ち尽くし、教室に入るタ
イミングをすっかり失っていた。
「でもさ、やっぱそれなりに可愛いんじゃないの?」
「うーん、まあな。でも、最近ホントその所為でちょっとなあ・・・」
「遊んでやってたんでしょ?」
「あいつ初めから大きくて、最近そんなんじゃん?だから、結構大人びてきちゃってあん
まり可愛いとは思わなくなってきちゃった。」
「まあ、それはしょうがないことかもね。」
「つーかさ、そんなにアレだったら他にちゃんとした相手探せって感じ?確かに遊んでや
ってたけど、俺そこまで面倒みきれないもん。」
「うわっ、岳人結構キッツイこと言うねー。」
この二人の会話を聞いて忍足は青ざめた。自分のことを話題にされていると思っているの
だから当然であろう。
遊んでやってた?他の相手を探せ?・・・・そんな・・・嘘やろ岳人。
忍足はその場にへたり込んで呆然とした。その時、部活を終えた鳳が教室の前にやって来
た。
「あれ?どうしたんですか忍足先輩?」
「・・・・・。」
鳳に話しかけられても忍足は返事をしない。何となく声が聞こえたのか滝と岳人は鳳が来
たことに気がついた。
「あっ、長太郎。部活終わったんだ。」
「はい。帰りましょう滝さん。」
「うん。でも、忍足がまだ来ないみたいなんだ。遅いよね。」
「えっ、忍足先輩ならここにいますけど・・・。」
『えっ、嘘!!』
岳人と滝は同時に声を上げた。忍足が来たことに全く気がつかなかったのだ。岳人は自分
と忍足の鞄を持って廊下に出る。
「何だ、侑士戻って来てたんだ。じゃあ、帰ろうぜ。」
いつもと変わらない笑顔で岳人は言う。忍足はそれを見て何かが自分の中で切れたような
気がした。自分の鞄をひったくり、何も言わずに走り出す。
「えっ!?ちょっ・・・ちょっと侑士!!」
岳人も滝も鳳も忍足のこの行動に唖然とした。すぐに追いかければ追いついたのだが、あ
まりの驚きからそうすることもすっかり忘れていた。ただ走り去る忍足を呆然とながめる
だけで何が起こったのかを理解するまでに時間がかかってしまったのだ。
「どうしたんだろうね?忍足の奴。」
「俺・・・何か悪いことしたかな?」
「分かんない。でも、今の行動はどう考えても忍足らしくなかったよね。」
「はい。何かさっき教室入る前、忍足先輩すごくつらそうな表情してましたよ。」
「どうしたんだろう侑士・・・。」
岳人は置いていかれたことよりも、あんなことをした忍足のことが心配でいろいろとショ
ックを受けていた。
「とにかく帰ろうよ岳人。」
「そうですよ。もうそろそろ下校時間になっちゃいますし。」
「・・・・そう・・だな。」
何がなんだか分からないと岳人の頭の中はパニック状態。ふらふらとした足取りで滝と鳳
と一緒に帰ることにした。
その次の日から忍足は岳人のことをさけ始めた。いつもなら何をするにも一緒なのだが、
登下校もお弁当も移動教室の時も全て一人。岳人は忍足と一緒に居たくてしょうがないの
だが、忍足はそれをことごとくしないように努める。だが、別に岳人が嫌いになってしま
ったわけではないので、いつも通りに出来ないことでかなりストレスが溜まっているらし
い。いつも以上に溜め息をつき、憂鬱そうな表情を浮かべ、今にも倒れてしまいそうな勢
いだ。
もうどうしたらええんやろ・・・・。岳人の奴、あないなこと言わんでも・・・。はぁ、
岳人の顔、こんなに見たくないと思うの初めてや・・・。
数日間こんな状態が続いた後、さすがにどちらも耐えられなくなったのか身近な人に相談
しようと決めた。岳人は昼休み隣の教室に行き、跡部を呼ぶ。
「何だよ?向日。」
「ちょっとお前に相談したいことがあるんだけど・・・。ちょっと、下の選択教室に一緒
に来てくんねぇ?」
「まあ、暇だからいいけどよ。宍戸は係の仕事で大変みたいだし。」
「サンキュー。」
岳人は跡部を下の階にある選択教室に連れていった。やはり相談事は他の人には聞かれた
くないのだ。
「で、何だよ?」
「最近俺、侑士にさけられてるんだけど・・・。」
「ああ、そうだな。」
「そうだなって、俺にとっては重大な問題なんだぞ!!」
「だって、俺には関係ねぇよ。お前が何かしたんじゃねーのか?」
「そうなんだろうけど・・・。全然思い当たることがねーんだよ。」
「お前が何かしたから、忍足はお前をさけてんだろ?」
「だからっ、その理由が全く分かんないんだってば!!」
「だから、何だよ?俺にどうしろって言うんだ?」
「・・・・跡部だったら、こういうときどうするのかなあと思って。」
跡部はしばらく考える。自分も宍戸とはよく喧嘩をするので、確かに今のこの二人と同じ
ようなことが全くなかったとは言えない。そんな時、どうしたかを思い出そうと頭を働か
せた。
「・・・やっぱ、本人に直接聞くのが一番早くねぇ?」
「でも、侑士俺のことさけてるし・・・・。」
「ちょっとくらい強引でもいいからよ、どっかの教室につれこんで無理やり聞きだすくら
いしろよ。そうしたら、ことの発端が分かるし、万事解決だろ?」
「それ、お前の方法?」
「ああ。俺はいつもそうしてるぜ。そうするとだいたいどうしようもないことが理由だっ
たりするんだよな。」
「・・・・宍戸、可哀想・・・。」
「何か言ったか?」
「う、ううん、別に!!まあ、一応参考にしてみる。サンキューな跡部。」
「おう。あっ、もうそろそろチャイムなるな。教室戻るか。」
跡部は時計を見るとそそくさと選択教室を出ていった。岳人もその後を追うようにして、
教室をあとにする。
「少し強引でもいいから、本人から直接聞き出すか・・・。」
さっき跡部に言われたことを岳人は独り言のように小さく呟いた。
岳人が跡部に相談をしているのと同じとき、忍足は宍戸を呼び出して、最近のことを相談
している。
「へぇ、岳人がそんなことを。」
「へぇって、メチャメチャ他人事やな。俺、本気で悩んでるんやで。」
宍戸の淡白な返答に忍足は少し腹を立てる。だが、宍戸は忍足の話を聞いても全くもって
リアリティがないと感じていた。
「でも、岳人ってそういうキャラじゃなくねぇ?」
「そないなこと言われても・・・ホンマに聞いたんやで。」
「だから、それが何かの間違えじゃないのかって言ってんだよ。岳人がお前のこと遊びだ
とかいうの全然信じられねぇんだけど。・・・・跡部とかが言うならまだ説得力あるけど
さ。でも、俺、跡部がそんなこと言ったら絶対許さねぇ!!」
「別に宍戸のことは聞いてへんし。なあ、宍戸。俺、どうしたらええ?」
「うーん、やっぱ、岳人のことさけるのやめて一回話してみたらどうよ?もしかしたら誤
解かもしんねぇじゃん。」
「えー、でも・・・・」
「お前も男だろ!!それくらいやってみろ!!」
宍戸の気迫におされ、忍足は思わず頷いてしまった。それと同時にチャイムが鳴る。
「うっわ、ヤッベー!!次の時間移動じゃん。すっかり忘れてた。」
「あ、すまんな宍戸。」
「いいって、いいって。それよりお前も早く教室戻った方がいいんじゃねーの?」
「ああ。おおきにな。」
少しだけ微笑んで、忍足は宍戸に手を振り、宍戸の教室を出た。
確かに宍戸の言う通りやな。ずっとさけっぱなしでも何にも変わらへん。ちょっとだけ頑
張らなアカン。
忍足はそう自分に言い聞かせ、岳人のいる教室へと戻っていった。
その日の放課後。岳人は忍足の机の前に行き、腕をがしっと掴む。
「侑士、ちょっと来て!!」
「が、岳人っ・・・」
今までさけてきただけあって、忍足は一瞬戸惑った。だが、昼休みに宍戸に言われたこと
を思い出し、勇気を出してそのまま岳人について行く。岳人は忍足の腕を引っ張り、音楽
室へと連れて行く。その光景を廊下に出ていた、跡部、宍戸、滝の三人は目撃した。
「おっ、岳人やる気じゃん。」
「つーかさ、忍足の話本当だと思うか?」
「さっき話してた話だろ?岳人に限ってそれはねぇよ。」
「てゆーか、さっきから何の話してるの?」
「いやさ、忍足が岳人が自分のことを『遊び』だったとか、『他の相手を探せ』とか岳人
が言ってたとか言って、すげー悩んでたからさ。」
「えっ、今何て!?」
滝は宍戸の言葉を聞いて慌てて聞き返した。宍戸が言ったことのものすごく聞き覚えがあ
るのだ。そうあの野良猫の話。滝は岳人の話を初めから聞いていたので、その話が完璧な
誤解であることにすぐに気づいた。
「それ、猫の話だよ。」
『はあ!?』
「ああ。近所にいる野良猫が発情期だかなんだかで、最近凶暴なんだって。」
跡部と宍戸は呆れてものも言えなかった。やっぱり誤解だったのかと溜め息をつく。
「はぁ〜、何だやっぱ誤解じゃねーか。」
「それもかなりどうしようもない誤解だよな。」
「ああ!!それで、あのとき忍足いきなり帰っちゃったんだ。」
滝もこの前の忍足の異常な行動に納得。三人は音楽室の方を見て、くすくす笑った。
「なら、このあとの展開は容易に想像がつくな。」
「ああ。ま、あの二人だしな。」
「あっ、もう俺行かなくちゃ。じゃあな、跡部、宍戸。」
『ああ、じゃあな。』
滝は用があると帰ってしまった。跡部と宍戸はあの二人がどうなるかを見届けようとバレ
ないようにそっと音楽室に近づき、小さな窓から中を覗く。
「なあ、侑士。」
「・・・・・・。」
「また、シカトかよ。もういい加減にしろよな!!」
岳人は今だ自分のことをさけようとしている忍足に腹を立て、壁際にバンッと手をつき、
鋭い目で忍足のことを睨んだ。忍足は壁と岳人の間に挟まれ身動きが取れなくなる。
「何で侑士最近俺のことさけてるの?」
跡部に言われたことを少々誤解しているのか、岳人は妙に強気に忍足に言い寄る。忍足は
そんな岳人に何を言ったらいいか分からなくて、今にも泣いてしまいそうだ。
「だって・・・・岳人が・・・」
「俺が何?」
いつもより強気で厳しい表情の岳人に迫力負けし、忍足は目にいっぱい涙を浮かべ、途切
れ途切れに自分が岳人のことをさけていた理由を話し始める。
「この前・・・岳人・・滝と話してたやん。・・・・そんとき、俺のこと・・・・」
もう忍足は我慢出来なくなり、ポロポロと泣き始めた。岳人はさすがに泣くとは思わなか
ったので、少しだけ忍足から距離を置く。
「そんとき・・・岳人・・・俺のこと・・・遊びだとか・・・面倒みきれないとか・・・
他の相手探せとか・・・・ひどいことたくさん・・言って・・・」
「はあ!?」
泣きながら説明する忍足を岳人はすっとんきょうな表情で見た。
「侑士、それ・・・侑士のことじゃないし。」
「へっ・・・?」
「その話、俺んちの近くにいる野良猫の話だぜ。どうして、それが侑士のことになるんだ
よ?」
「えっ・・・でも、その前に、腕をひっかかれたとか・・・肩を噛まれたとか言ってたや
ん。それも俺のこととちゃうの?」
「いや、確かに侑士にもされたけど、それは、その・・・してるときにだから、全然気に
ならないって言うか・・・・むしろ、俺にとってはうれしいことだし。」
「えっ、じゃあ初めから大きいとか大人っぽくなりすぎて可愛くないとか・・・・」
「それも猫のこと。確かに侑士は俺よか全然大きいけど、メチャクチャ可愛いぜ。特にそ
ういうときの侑士はもう最高。」
岳人が笑いながら普通に言うので、忍足は照れて顔を赤く染める。だが、岳人が自分のこ
とを嫌ってないと分かったので心から安心しまた涙を流した。
「もう、侑士ホント泣き虫だな。」
「岳人の所為や・・・・。」
「いいぜ。ほら、俺の胸で泣いてみそ。」
冗談っぽく岳人は言う。忍足はその言葉に素直に甘え、体を低くして岳人の胸に顔を埋め
て泣いた。そんな忍足を岳人はぎゅっと抱きしめる。
「俺、侑士のこと遊びなんて絶対思ってないし、他の相手を探して欲しいなんてこれっぽ
っちも思ってないぜ。てか、他の相手なんて作ったら逆に許さないし。侑士がそうして欲
しいなら一生面倒みてやるよ。」
「岳人。」
「俺、侑士のことだーい好きだもん。」
「俺も岳人のこと大好きや。」
お互いに好き合っていることを確認すると軽くキスを交わして、しっかりと抱き合った。
すっかり誤解は解け、いつもの二人に戻ったようだ。
「つーか、侑士って意外と早とちりなんだな。」
「岳人があないに中途半端な言い方するからアカンのや。」
「そんなことねーよ。」
「まあ、あれが誤解だってことが分かってよかったわ。」
「そうだな。今度はちゃんと俺に確認してから、ああいうことはしろよな。」
「もう絶対あないなことはせぇへんって。」
二人は笑い合って音楽室のドアを開けた。まさかいきなり開くとは思わなかったので、盗
み聞きをしていた跡部と宍戸はバランスを崩し、一緒に倒れる。
『うわっ!!』
ドタッ!!
「何やっとんのや自分ら。」
「あ、あはは、お前らちゃんと仲直り出来るかなあと思ってさ。」
「ご心配なく。しっかり仲直り出来ました。」
「そりゃよかったな。」
何だか気まずいので、二人はすぐにその場から立ち去ろうとした。すると、岳人と忍足は
二人を呼び止める。
「跡部!!」
「宍戸!!」
二人はギクッとしながら、おそるおそる岳人達の方を振り返って見た。
「跡部、本当にサンキュー。跡部の言う通りだったぜ。」
「宍戸、ホンマにおおきにな。自分の言う通りにしたらしっかり仲直り出来たわ。」
跡部と宍戸は顔を見合わせ笑った後、声をそろえて言った。
『当然だろ?』
岳人も忍足も二人につられて笑顔になり、二人のところまで走って行った。
「この際だから、たまには四人で帰ろうぜ。」
「じゃあ、このまま放課後Wデートと行きますか。」
「よっしゃ。じゃあ、出発!」
「お前ら本当単純だよな。」
楽しそうに笑いながら四人は仲良く帰るのであった。
END.