20years old ―9.29―

お彼岸も過ぎ、だいぶ過ごしやすい気候になった九月のある日、宍戸はある人からの電話
を受けていた。本当ならば、今からでも一緒に居てもよかったのだが、その相手にどうし
てもしなければならない用が出来てしまい、今日はそれぞれの家で過ごしているのだ。
『明日はもちろん空けてあるよな?』
「当たり前だろ。今日だって一応何にも用は入れてなかったんだぜ。」
『悪い。今日はどうしても外せねぇ用が出来ちまって。』
「分かってるって。で、明日はどうすんだ?」
『明日は久しぶりに俺の家に来ねぇか?ここんとこずっと帰ってなかっただろ。』
大学に入ってからはどちらも家を出て、二人で同じマンションに住んでいるのだが、今日
は宍戸も跡部も実家に帰っている。今日の日付は九月二十八日。そう、宍戸の誕生日の前
日なのだ。誕生日くらいは実家に帰って来いという母親の意見を聞き、宍戸は今自分の家
に居る。誕生日当日は跡部と過ごすことが、最近では毎年の恒例行事となっているために
家族との誕生日パーティーは前日にすることになっている。
「あー、確かに最近跡部んちには行ってねぇよな。」
『だろ?今年もかなり豪華なプレゼント用意してやってるぜ。』
「マジで?へぇ、楽しみだな。」
『それでよ、お前何時頃なら来れるんだ?』
「別に何時でもいいぜ。明日は本当朝から晩までフリーだからな。」
『じゃあ、起きたらすぐ来いよ。早くお前に会いてぇ。』
「何、恥ずかしいこと言ってやがんだ。でも、いいぜ。明日、起きたらすぐにお前んちに
行ってやるよ。」
電話越しに跡部が囁く言葉に照れながらも、宍戸は嬉しそうに頷く。本当は宍戸も早く跡
部に会いたくて仕方がないのだ。しばらく電話で明日のことについて話していると、宍戸
の携帯にキャッチホンが入る。
「あっ、キャッチホンだ。」
『じゃあ、そろそろこっちは切るか。』
「そうだな。どうせ明日はずっと一緒にいるんだし。」
『なあ、宍戸。』
「何だよ?」
『いや、何でもねぇ。明日の誕生日、期待してろよ。お前がビックリするようなことして
やるから。』
「おう。マジ楽しみにしてるから。お、ヤベェ。早く出ねぇと切れちまう。」
『じゃあな、宍戸。また、明日な。』
「ああ。じゃあな。」
ピッ・・・
「もしもし?何だ母さんかよ。何?」
跡部との電話を切り、かかってきていた電話を取る。相手は買い物中の母親であった。何
が食べたいか、そんなことを聞くために電話をしたらしい。特にこれと言って食べたいと
思うものがなかったので、宍戸は適当でいいと答えた。
「ああ、マジ適当でいいって。えっ?ケーキ?そうだなあ・・・じゃあ、チーズケーキで。
ロウソク?そんなのいらねぇって。俺、今年で二十歳だぜ?ああ、うん。分かった。じゃ
あ、それでいいよ。じゃあな。」
母親との電話を終えると、宍戸は携帯を手に持ちながら、自分のベッドに寝転がる。そし
て、通話履歴を表示させ、先程まで跡部と話していたことを思い出し、顔を緩ませていた。
「今年の誕生日も楽しくなりそうだな。早く明日にならねぇかなあ・・・」
ウキウキする気持ちを抑えられず、宍戸は枕に顔を埋め、パタパタと足を動かす。この年
になって、ここまで誕生日が楽しみなのもガキっぽいなあと思いながらも、それはそれで
よいと思ってしまう。宍戸にとって誕生日は、跡部とより親しくなれる絶好の機会なのだ。

次の日、宍戸はいつもより数時間早く目が覚めてしまった。さすがにこんな時間に家を訪
ねるのはよくないだろうと思い、我慢していたが、せっかく起きたのだから早く跡部に会
いたい。もう家に行ってもよいかという内容のメールを送ると、すぐに返事が返ってきた。
跡部も既に起きているらしい。
『構わねぇから早く来い。早く来ねぇと迎えに行くぜ。』
そんな内容の跡部から返信されたメールを見て、宍戸は思わず笑ってしまう。なら、問題
ないと宍戸は昨日のうちから用意していたお泊り道具を持ち、家を出た。今日の空は快晴
で、いい感じに朝日が道路を照らし出している。それはまるで、宍戸のウキウキした気持
ちを表しているようだった。

跡部の家に着くと、宍戸はインターフォンは押さずに携帯で電話をかけた。するとすぐに
跡部は玄関を開けた。どうやら待ちきれず、玄関の前で待っていたらしい。
「おはよ、跡部。」
「ハッピー・バースデー宍戸。」
朝のあいさつよりも先に跡部はその言葉を宍戸にかけた。昨日は比較的早く寝てしまった
ので、日付が変わってからはまだ誰にも言われていない。つまり、ハッピー・バースデー
と言ってくれたのは、跡部が初めてなのだ。
「サンキュー。その言葉言われたの、今日になってからは跡部が一番最初だぜ。」
「毎年そうだろうが。今日はそうなるかどうか少しひやひやしてたけどな。」
「大丈夫だぜ。今日も跡部が一番だ。」
本当に嬉しそうに笑いながら宍戸は言う。そんな宍戸を見て、跡部は改めて自分は宍戸に
相当ハマっているのだということを感じる。大きな鞄を持つ宍戸の手を引いて、跡部は自
分の家に宍戸を招き入れた。
「なあ、今日はどっか出かけんのか?」
「どっちでもいいぜ。お前が出かけたいんなら好きなところに連れて行ってやるし、家に
居たいっつーんなら、それでもいいぜ。」
「そうだなあ・・・じゃあ、今日はずっと家に居ることにするぜ。」
「いいのか?それで。」
「おう!やっぱ、誕生日はお前と二人で過ごしたいしな!!」
ニカッと笑いながら、宍戸はそんなことを言う。そんな笑顔とセリフに跡部は柄にもなく、
赤くなってしまった。
「それなら、テメェが飽きねぇように俺様が手を尽くしてやるよ。」
「おー、いいじゃん。今日は俺の誕生日だからな!飽きさせんなよ?」
俺様チックなセリフではあるが、内容は跡部の口からはなかなか聞けないような言葉であ
る。それが嬉しくて宍戸はさらにハイテンションになった。跡部にこんなことを言わせら
れるのは、おそらく宍戸だけであろう。

家に居ながらも、外へ遊びに行くのと変わらないようなことを行え、宍戸は始終飽きるこ
とはなかった。さすが何でもそろっている跡部の屋敷である。しかし、宍戸にとって何よ
りも楽しかったのは、久しぶりに跡部と本気でテニスの試合をしたことであった。
「あー、楽しかった。負けちまったけど、久々に燃えたぜ!」
「俺も久しぶりにあんなに本気で試合したな。」
「なあ、汗かいちまったし、先にシャワー浴びちゃおうぜ。」
「そうだな。そろそろ時間もいい感じになってきたし、シャワー浴び終わったら、パーテ
ィー始めるか。」
「おう!」
九月の下旬とは言えども、本気で運動をすれば汗をかく。このまま誕生日パーティーを行
うのも微妙なので、まずはシャワーを浴びてさっぱりしようと二人はバスルームへと向か
った。
「久々の跡部んちの風呂だな。」
「そういやそうだな。」
「跡部んちの風呂って広くて好きだぜ。温泉みたいだし。」
「だったら、存分に堪能しとけよ。今度はいつ帰ってくるか分からねぇからな。」
「おう。」
この屋敷に二人そろって帰ることはそれほど多くないので、跡部はそんなことを言う。そ
れならば、しっかり堪能しとかないとなあと宍戸は跡部より一足先に中へと入っていった。
「ったく、とても今日で二十歳とは思えねぇな。」
まだまだ子供っぽい宍戸を前にして、跡部はふっと笑う。いつまでも変わらない宍戸が跡
部は大好きであった。そんな宍戸の後を追いかけるように跡部も浴室に入っていった。
「んあー、さっぱりした。」
「ほら、さっさと服着ろ。」
存分に跡部の家のお風呂を堪能した宍戸は、脱衣所に出ると大きく背伸びをした。腰にタ
オルを巻いたままで、背伸びをする宍戸に跡部はメイドに用意させていたパジャマを渡す。
どうせもうあとはパーティーをして眠るだけなので、洋服よりもこちらの方がよいと思っ
たのだ。
「おっ、これって跡部がいつも着てるパジャマ?」
「ああ。」
「俺、このパジャマすげぇ好きなんだよな。すげぇ着心地よくねぇ?」
「当然だろ。いい素材で出来てるんだからよ。」
着心地はよくで当たり前だという跡部に宍戸はさらに付け加える。
「あとな、このパジャマ跡部の匂いがすんだよ。」
「ちゃんと洗ってるぜ。」
「でも、ほのかにすんだって。それがまたいいんだよな。」
体を拭いて、そのパジャマで身を包みながら宍戸は言う。どうしてこんなに嬉しいことを
言ってくれるのかと跡部は思わず顔を緩ませた。
「よーし、じゃあ、跡部の部屋行くか。誕生日パーティー、そこでやるんだろ?」
「ああ。もうしっかり用意は出来てるはずだぜ。」
自分達がテニスをしたり、シャワーを浴びたりしている間に、跡部はパーティーの用意を
メイドや執事達にさせていた。これだけの時間があれば、既に用意は終わっているであろ
う。パジャマを着終えた宍戸の手を取り、跡部は自分の部屋へと歩き出した。

「うわあ、すっげぇ。」
跡部の部屋はまさにパーティー仕様になっている。中央に置かれたテーブルにはぎっしり
と御馳走が並び、真ん中には二人では絶対に食べきれないほど大きなホールケーキが用意
されている。もちろん二十本のロウソクつきだ。
「やっぱ、跡部んちの御馳走って違うよな。」
「いい酒も用意したからよ、好きなだけ食って飲め。もう合法的に飲めんだろ?」
「そうだな。もちろん跡部も飲むよな?」
「当然だろ?お前だけに飲ませてどうすんだよ?」
跡部はまだ微妙に法律違反になるが、あと五日で二十歳になるのだ。むしろ、以前から飲
んではいるので、今更飲まないということはない。用意されたワイングラスに真っ赤なワ
インをなみなみと注ぎながら、跡部は笑った。
「よし、準備は完璧だな。」
「おう。」
「それじゃあ始めるか。」
そう言うと跡部はケーキにささっているロウソクに火をつけ、部屋の電気を消した。跡部
だけで、ハッピーバースデーの歌を歌うのはかなり微妙なので、歌いはしなかったが、心
を込めて、誕生日を祝う言葉を跡部は述べた。
「誕生日おめでとう、宍戸。」
「サンキュー。」
ロウソクを吹き消す前に二人は軽く口づけを交わす。ロウソクの明かりに照らされるその
表情はどちらも実に嬉しそうなものであった。ふぅと宍戸がロウソクを消すと辺りは暗闇
に包まれる。その暗闇の中でもう一度口づけを交わす、その後で跡部はパチっと電気をつ
けた。
「よし、じゃあまずは腹ごしらえでもするか。プレゼントタイムはその後だ。」
「おう。あっ、その前に乾杯しようぜ、乾杯!」
「そうだな。」
宍戸の二十歳の誕生日に乾杯ということで、赤い葡萄酒の入ったグラスをチンっと鳴らす。
一口口に含み飲み込んだ後、二人は目の前に用意された御馳走を食べ始めた。

「あー、腹いっぱい。こんなにたくさん食いきれねぇぜ。」
「満足か?」
「おう!!すっげぇうまかったぜ!」
用意された料理は、相当な量があったのでかなり残してしまったが、宍戸は大満足であっ
た。食べ終えたのにテーブルの上がゴチャゴチャしているのは気にいらないと、跡部はワ
インだけを残し、残りのものは執事達に片付けさせる。テーブルが綺麗になると、宍戸は
待ってましたとばかりに跡部の隣に移動する。
「テーブルも綺麗になったことだし、これからプレゼントタイムといきますか。」
「そうだな。」
宍戸が隣に来ると、跡部はすっと立ち上がり、机の中にしまってあったプレゼントを持っ
てくる。今年のプレゼントは何だろうと宍戸はわくわくした表情で、跡部を見上げた。
「よし。」
「今年のプレゼントは豪華なんだろ?まあ、跡部からもらうプレゼントは毎年毎年、あり
えねぇくらい豪華だけどな。」
「今年は特別だ。」
「特別?どういう意味だ?」
確かに誕生日は普通の日と比べたら特別な日であるが、今年は特別の意味が分からない。
誕生日の中でも特別なのかと思い、宍戸は首を傾げて尋ねる。
「プレゼントをやる前に真剣な話があるんだが、聞きたいか?」
「真剣な話?何だよ?」
いつにも増して真剣な跡部の表情に宍戸は妙に緊張してきてしまう。何を話されるのか全
く想像がつかないために、宍戸は少々不安になる。
「お前、今日で二十歳だよな?」
「あ、ああ。」
「二十歳っつーと、世間的にはもう大人だな。」
「おう・・・」
「だったら、これから俺が言うことはテメェが自分でしっかり決めろ。誰かに相談すると
かそういうのはなしだ。お前が自分で決めなくちゃ意味がねぇんだからな。」
半分脅されるような口調でそんなことを言われ、宍戸の不安は更に煽られる。真剣な眼差
しを向けられ、宍戸の鼓動は次第に速くなってきていた。
「宍戸。」
「おう。」
「これから先も、俺はお前とずっと一緒に居たいと思う。確かにケンカや何かもあるかも
しれねぇが、そんなことは問題じゃねぇ。お前と一緒に出来るだけたくさんのことを共有
してぇ。いいことも悪いこともだ。」
言われてることは理解出来るが、跡部が本当に何を言いたいかはまだ分からない。宍戸は
跡部の言葉に頷きながら、核心の言葉が出てくるのを黙って待った。
「俺はお前に俺の全てをやってもいいと思ってる。だから、お前の全てを俺にくれねぇか?」
「何か・・・ものすっごいプロポーズされてる気分なんだけど。」
「ああ。そうだ。俺は今、テメェにプロポーズしてやってんだよ。」
その言葉を聞いて、宍戸の顔はボッと赤くなる。冗談で言っているようには聞こえない。
しかし、自分達は男同士だ。いくら結婚したいと思ったところで、それは叶わないことで
ある。
「で、でも、俺ら男同士だぜ?プロポーズされたって、結婚なんて出来ねぇじゃん。」
「バーカ。」
相当動揺しているのか、宍戸の目は泳ぎ、声は裏返っている。動揺しているわりには、ま
ともなことを言うので、跡部は苦笑しつつ、一言そう言い放った。
「わっ・・・」
すぐ近くにある宍戸の体を跡部はぎゅっと抱き寄せる。そして、ゆっくりと自分の思いを
跡部はそのままの状態で囁いてやった。
「確かに今の法律じゃあ、俺達の結婚は認められねぇだろうな。でもなあ、結婚なんても
んはただの制度じゃねぇか。そんな制度に縛られなくてもそれと同じようなこと、いや、
それ以上のことをすることは出来る。実際、離婚ってなもんがあるように、結婚したから
ずっと一緒だってわけじゃねぇしな。問題は気持ちだ。相手を愛するって気持ちと一緒に
居たいって気持ちがあればいいんだ。俺はテメェとずっと一緒に居たい。結婚出来るとか
出来ないなんてことは関係ねぇ。ただお前が側に居るだけでいい。」
跡部の告白を聞き、宍戸はもう思考回路がすっかりショートしてしまった。驚きと嬉しさ
と恥ずかしさと困惑といろんな気持ちがゴチャゴチャになって、全く言葉が出てこない。
ただ唯一出来たことは、精一杯跡部の体を抱き締め返すことだけだった。
「でも、まあ、制度的にはダメでも形は真似出来るからな。今年のお前へのプレゼントは
これだぜ。」
いったん宍戸を自分の体から離すと跡部は、さっき机の中から取り出したプレゼントを宍
戸に渡した。小さな箱に入ったプレゼントの包みを開け、その箱の中身を見て宍戸の心臓
はドクンと高鳴る。中に入っていたのはシルバーのリングであった。
「こ、これって・・・」
「ああ、一般的には結婚指輪って言われてるものだな。ほら、手貸してみろ。」
跡部は箱の中からそれを取り出し、宍戸の左手の四番目の指にはめてやる。
「ピッタリだな。」
吸い込まれるかのように、その指輪は宍戸の薬指にはまった。心臓の血管と直接繋がって
いる薬指にそんな指輪をはめられ、宍戸の心は完璧に跡部の手によって囚われた。
「あ・・・あと・・・跡・・・・」
あまりにもドキドキして、言葉がまともに出てこない。そんな宍戸の髪をゆっくりと撫で、
跡部は極上の笑みを見せながら、ふっと耳元で囁いてやった。
「返事は俺の誕生日にな。いい返事、期待してるぜ。」
ここまでされたらもう断る理由などない。今ここで言葉としての返事は出来ないが、宍戸
は行動で自分も跡部と同じ気持ちであることを伝えようとした。
「おっと・・・」
「・・・お前の誕生日、俺も最高のプレゼントあげてやるよ。」
跡部の首に抱きつきながら、ドキドキする心臓を抑え、やっと口から出た言葉。そんな宍
戸の言葉を聞き、跡部はこれ以上なく幸せそうに微笑んだ。
「それから、誕生日プレゼントサンキューな。今年のプレゼント、マジで最高だぜ!」
「どういたしまして。」
結婚指輪であるプレゼントを受け取り、最高と言っているのだ。自分の誕生日にもらう返
事がNOということはまずありえない。そんな自信と安心を感じながら、跡部はもう一度
強く宍戸の体を抱き締める。
「なあ・・・」
「何だよ?跡部?」
「そろそろベッドに行ってもいい時間じゃねぇ?」
それはもちろんただ眠るという意味ではない。そんな誘いに宍戸は少々恥ずかしがりなが
らも、笑顔で応じた。
「そうだな。二十歳になって初めてのそれか。楽しませてくれよな、跡部。」
思っても見ない宍戸の言葉に跡部はドキンと胸を高鳴らせる。そんなリクエストを受けた
ならば、楽しませないわけにはいかない。
「ああ、存分に楽しませてやるよ。」
宍戸の手を取り、スプリングのきいたベッドの上に乗せる。大人になって初めての夜。期
待感を胸に宍戸は跡部のベッドにダイブした。

                     to be continued

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