「突然だが、お前達に湘南の海へ行ってもらう。」
『はあ!?』
とある日の午後、太郎がまた突拍子もないことを言い出した。せっかくオフなのに部室に
呼び出され、跡部達はかなりイラついていたのに言われたことはこんなこと。そりゃあ文
句も出るであろう。
「ちょっと待って下さい監督。何で俺達が湘南の海なんかに行かなければいけないんです
か?」
「この前、海で魚を釣ってきてな。それを部室で飼おうと思う。だから、海水が必要なの
だ。」
「でも、俺達もう引退してるんですよ。他の二年とか一年に頼めばいいじゃないですか。」
「他の生徒はもう帰ってしまった。残っているのはお前達だけだ。」
《お前が呼び出したんだろう!?》
そこに集まっていた旧正レギュラー陣は心の中でそう思った。わざわざ湘南の海まで行っ
て、泳ぐわけでもないし、遊ぶわけでもない。海水を取りに行くだけなどただ単に面倒く
さいだけだと思い、何人かは立ち上がってすぐにその場から立ち去ろうとした。
「そんなの面倒くさくてやってらんなーい。」
「せや。俺達帰らせてもらうで。」
「向日と忍足は今学期の音楽の成績は赤点でいいんだな。よし、じゃあ行くぞ。」
『えっ!?ちょ、ちょっと待って!!』
音楽の成績を赤点にされると言われ、岳人と忍足は当然のことながら慌てる。他のメンバ
ーもこれは逃げれないなと思い、立ち上がりかけていた日吉や鳳、宍戸や跡部はもう一度
椅子に腰掛け直した。
「跡部、マジでやんなきゃいけないのかよ?お前、元部長なんだからなんとかしろよ。」
宍戸は小声で跡部に訴える。
「さすがの俺も監督には逆らえねぇよ。きっとすぐ終わる。我慢しろ。」
「はぁ〜、面倒くせぇ。」
溜め息をついて宍戸は太郎がいる方向とは逆の方を向いた。跡部もかなり嫌そうな顔をし
ている。
「三人は私の車に乗っていける。他のメンバーは電車を使って目的地までくるように。」
「えっ、三人以外は電車っスか!?」
「もちろんだ。私の車は4人乗りだからな。」
「誰が車で行く?」
「そりゃ、一人は部長の俺だろ?」
「なんでだよー。そんなのずるい!!」
「ここは公平にじゃんけんで決めようぜ。」
というわけで、太郎の車に乗る3人をじゃんけんで決めることになった。
『最初はグー、じゃんけんぽん!!』
「やったー、俺一人勝ち♪」
一回目のじゃんけんで滝が一人勝ちをし、一人目が決まった。残ったメンバーで再びじゃ
んけんをする。
『最初はグー、じゃんけんぽん!!あいこでしょ!あいこでしょ・・・』
二回目はあいこが長々と続きなかなか決まらない。何度目かのあいこでやっとあとの二人
が決まった。
「よっしゃー!!勝った!!」
「ラッキー!!俺も車だ。」
滝以外の車班は宍戸と岳人だ。あとのメンバーは全員電車。くやしそうにしながら、海に
行く準備を始める。
「波で濡れる可能性があるので、制服よりはジャージかポロシャツの方が好ましい。各自
着替えてくるように。」
『はーい。』
本当に面倒くさいなーと思いながらも音楽を赤点にされては困るので、皆素直に着替えを
始めた。着替えを終えると滝、宍戸、岳人の三人は太郎の所へ。他のメンバーは駅へと向
かった。
太郎の車に乗る三人は、何故か赤いポリタンクを持たされた。どうやらこれに海水を汲む
らしい。
「これに海水入れるのか?」
「結構、重くなりそうだよね。」
「でも、樺地とかいるし何とかなるんじゃねーの?」
三人はトランクにそのポリタンクを入れ、車の中へ入っていった。助手席に宍戸。後部座
席に滝と岳人という感じだ。しばらくすると太郎が鍵を持ってやってくる。だが、太郎は
着替えている様子は全くない。自分は何もやらないつもりなのだろう。
「監督、着替えなくていいんですか?」
「私は直接海には入らないからな。」
《やっぱり、全部俺達にやらすつもりだ・・・・。》
三人はそろってこう思った。大変なことは全部自分達任せなのだと改めて確信する。でも
やらなければ音楽の成績はガタ落ち。太郎最悪ー!!と思いながら、三人はかったるそう
な溜め息をついた。
「それでは、出発するぞ。」
『・・・・・はい。』
ついに車は出発してしまった。岳人達とは裏腹に太郎は実に楽しそうだった。海まではし
ばらくあるので、岳人や滝、宍戸はそれぞれ好きなことを話し出す。
「なあ、滝。昨日のアレ見た?」
「あー、見たよ。おもしろかったよね。確か来週最終回だっけ?」
「そうそう。どうなるんだろうなラスト。あのドラマって全然予測出来ないんだよなー。」
「へぇ、お前らドラマなんて見てんだ。俺、そういう時間帯あんまりテレビ見ねぇんだよ
な。」
「ふーん。そうなんだ。何してるの?」
「えー、メールしたりとか?音楽聞いてたりとかかな?」
「メールって、やっぱ跡部と?」
「まあ、ほとんどそうだな。俺は別にいいんだけどさ、あいつが無駄に送ってくんだよ。」
困ったような顔をしている宍戸だが、明らかにうれしさが顔からにじみ出ている。そんな
宍戸を見て、滝と岳人はからかいたいという衝動に駆られる。
「うっわあ、宍戸と跡部ラブラブーVv」
「そ、そんなんじゃねーよ!!」
「そんなこと言っちゃって、その時間に跡部からメールが来なかったら寂しくてしょうが
ないんだろー。」
「なっ!?違ぇーよ!!」
「宍戸、赤くなってるー。」
「ホントだあ。宍戸ってば照れ屋さん♪」
「テメーらウルセーよ!!」
車の中は実ににぎやかだ。太郎はそんな三人の会話を全く気にせず、海向かい車を走らせ
る。この三人はそれなりのこの状況を楽しんでいるらしい。
一方、跡部達電車班はガラガラの車両に並んで座っていた。午後のこの時間帯は特に電車
を使うような人がそんなに多くないので、どの車両もがら空きなのだ。
「それにしても監督、急に何なんでしょうね?」
「ホント、監督の唐突な思いつきにはほとほと呆れるぜ。」
「それも海水を取りにいかなアカンなんて、テニス部のすることやないよな?」
「そういうのは普通生物部だと思います。」
「だよなー。それも湘南の海だぜ?学校からじゃかなり遠いっつーの。」
「確かに。でも、学校の近くには海はないですし、たとえあったとしても汚いですからね。」
「早く終わらせて帰りたいなあ。」
電車班はやる気なしモード全開だ。いつも通り樺地はほとんどしゃべらないし、ジローは
爆睡している。こんな状態で本当に水汲みは大丈夫なのであろうか?目的地の駅まではだ
いぶ時間があるので、このメンバーは暇つぶしに最近あったことを話し始めた。
「鳳は最近どうなん?」
「えっ、どうって何がです?」
「滝とのことに決まっとるやないか。」
「滝さん・・・ですか。いつも優しいですよ。お弁当作ってきてくれるし、放課後もいつ
も俺に会いに来てくれます。」
照れ笑いを浮かべながら鳳は忍足や跡部に話す。鳳の態度から今こいつはすごく幸せなん
だなーと二人は思った。
「忍足先輩こそどうなんです?」
「俺と岳人か?そんなん見ての通りや。」
「確かに二人ともいつもラブラブですもんねー。跡部さんと宍戸さんはどうなんですか?」
「そりゃあ、もうイイ感じだぜ。確かにいつも言い争いとかにはなるけどよ、それだって
一つの愛情表現だ。」
自信満々に跡部は言う。跡部と宍戸はこんなんだと忍足も鳳も十分に理解していた。こん
な会話にはついていけないので、日吉はただ黙って聞いているだけだ。何だか微妙に気ま
ずいなあと思う一方でへぇと感心したり、結構おもしろいかもなどと思っているのであっ
た。そんなこんなであっという間に時間は経ち、目的地まであと二駅程度。六人は電車か
ら降りる用意を始めた。
氷帝メンバーが全員海に到着すると、太郎はトランクを開け、いくつかのポリタンクを出
した。
「これに海水を入れろ。出来ればいっぱいの方がいい。私は車をどこか駐車場に置いてく
るからお前達は先に行っておいてくれ。」
『はい。』
太郎は車を置きに再び運転席に乗って、車を走らせた。跡部達は太郎の指示通り、先に海
岸に向かい、赤いポリタンクを持って歩き出した。海岸に出るとそこには大きな海が広が
る。ただ、昨日台風がほのかに近づいていたこともあり、かなり波が高く、海は荒れてい
た。
「何か波荒くねぇ?」
「昨日、台風の影響で風が強かったからねぇ。」
「まあ、大丈夫だろ。さっさとやっちまおうぜ。」
『おう!!』
海岸から繋がる岩場のようなものがある地点に広がっていて、そこから少し海の中の方へ
向かうことが出来た。跡部達はその岩場のギリギリのところまで行き、そこから直接海水
を汲んでしまおうと考える。
「うわっ、この岩場苔だらけでメチャクチャ滑るな。」
「転ばないように気をつけなくちゃダメですね。」
岩場にはたくさんの苔や海草が生えていて、とても滑りやすくなっていた。気をつけて歩
かないと簡単に転んでしまう。氷帝メンバーは慎重にその岩場を歩き、海水が汲めるとこ
ろまでやってきた。
「ポリタンクは三つか。まあ、すぐに終わんだろ。じゃあ、一人は海水を汲んで、もう一
人はそれを受け取ってあっちの砂浜まで持っていく。それでいいな。」
「はい。じゃあ、俺、海水入れます。」
「俺も。」
「俺も入れる方にするわ。」
海水を入れるのは鳳と宍戸と忍足になった。残りのメンバーは海水を入れたポリタンクを
岸の方へ持っていくことになる。とその時、跡部があることに気づく。
「おい、樺地。」
「ウス。」
「こいつ邪魔だ。つーか、危ねぇよ。岸まで連れてってやれ。」
「ウス。」
ジローがこの不安定な岩場で睡眠モードに入ってしまい、すっかり眠りこけてしまったの
だ。もちろん波が高いのでそのままにしておいたら、とても危険だ。なので、跡部は樺地
にジローを砂浜まで連れて行くことを頼んだ。樺地はジローを軽々と持ち上げ、岸へ持っ
て行く。他のメンバーを海水をポリタンクに入れ始めた。
「やっぱ、波激しいっスね。」
「気をつけて長太郎。」
「はい。大丈夫です。」
鳳はポリタンク自体をいったん海の中に入れてしまい、一気に海水をその中に入れた。そ
して、蓋をしめるとゆっくりと滝に渡す。
「重いから気をつけて下さい。」
「うん。うわ、本当だ。結構重いね。」
ポリタンクを受け取り、滝はその重さを実感した。これを持って滑りやすい岩場を歩くの
は至難の技だ。ゆっくりと滝は歩き出し、岸へと向かう。
「跡部さん、俺も滝さんと一緒に行っちゃってもいいですか?」
「ああ。終わった奴はさっさと戻っちまえ。ここにずっといるのはやっぱ危ねぇ。」
波がさっきよりも激しくなっているので、跡部はこういう指示を出した。さすが、200
人の部員をまとめていただけあり、判断力には長けている。そうこうしているうちに忍足
も入れ終わったようで、岳人にたっぷり海水の入ったポリタンクを渡していた。
「侑士ー、これ重いー!!」
「岳人にはちょっとキツイか。」
「向日先輩、俺、半分持ちます。」
岳人の力ではこの重いだけの入れ物を砂浜まで運ぶことは不可能だった。それを日吉が半
分持ち、負担を軽くする。二人で持つというのはかなりバランスを崩しやすいが、アクロ
バットの岳人に、古武術の日吉。どちらもバランス感覚は人並み以上なので何の問題もな
く岸まで辿りつくことが出来た。
「おい、宍戸まだかよ。後はお前だけだぞ。」
「分かってんよ。なかなかうまく入んねーんだよな。」
宍戸はなかなかうまく海水をポリタンクに入れることが出来ないらしい。跡部はそんな宍
戸を見て、すでに向こうの方にいる樺地を呼び戻した。
「樺地、もう一度こっちへ戻って来い。」
「ウス。」
跡部は自分が運ぶのが嫌なので、樺地に運ばせようというのだ。樺地が跡部達のところへ
到着したと同時に宍戸は海水を入れ終えることが出来た。
「よし、オッケー!」
「じゃあ、樺地に渡せ。」
「跡部は運ばないのかよー。」
「別にいいだろ。こういうのは樺地の仕事だ。」
跡部だけが何もしないというのは納得がいかなかったが、宍戸は樺地にポリタンクを渡し
た。樺地が少し岸の方に向かって歩き始めたその時、砂浜に戻っていたメンバーが突然何
かを叫び出した。
「跡部、宍戸、波が!!」
「危ないです!!早くこっちへ来て下さい!!」
さっきよりも一際大きな波が二人を襲おうとしている。二人はそれに気づき、一瞬固まっ
てしまった。だが、すぐに危険だと反射的に分かり動こうとする。
「うっわ・・・」
「宍戸!!」
慌てて動こうとしたため、滑りやすい岩場に足をとられ宍戸はバランスを崩す。波はもう
そこまで迫っている。跡部はとっさに宍戸の体に腕を伸ばし、一気に抱き寄せた。宍戸も
しっかりと跡部にしがみつく。
ざばーーんっ!!
波飛沫が二人に降りそそいだ。だが、波に連れ去られてしまうというようなことはなんと
か避けられたようだ。跡部は宍戸を片手で支えながら、もう片方の手でしっかりと岩場の
地面つかみ波に飲まれないようにしていたのだ。岸からその光景を見ていたメンバーは心
からホッとする。
「大丈夫か?宍戸。」
「ああ。サンキューな、跡部。あー、ビックリした。」
(痛っ!!)
跡部は岩場をつかんだ手に激しい痛みを感じた。そっと、手のひらを見てみると小指の下
から親指の下の方までパックリと切れている。だが、とっさにそれを宍戸に気づかれない
ように振る舞った。
「ここ危ないから、さっさとあっちへ戻ろうぜ。」
「ああ。そうだな。」
跡部はケガを負ってしまった方の手を強く握り、なんとか血が流れないようにする。そん
なことをしたらもちろん痛いに決まっていが、跡部は平静を装い続けた。砂浜に着くと海
水の入ったポリタンクをさっき宍戸達が車を降りたところまで持って行くことになった。
さっき太郎と別れた場所に戻るが、太郎の車はなかった。
「監督、どこ行っちゃったんでしょうね?」
「さあな。もうちょっとしたら来るんじゃねーの?」
「でもさあ、結局監督の奴何にもしなかったよなあ。」
「そうだよな。監督一体何やってんだよ。」
太郎がいないことに反感を覚えるメンバーだが、しばらくしてさっき見た太郎の車だこち
らの方へとやってきた。車を止め、外に出ると太郎の表情はとても微妙なものになってい
る。
「よかった。お前達、どこへ行ってたんだ?」
「それはこっちの台詞や。監督こそどこ行ってたんですか?」
「いや、近くの漁師の人に聞いたらあそこだと言うんで行ってみたら誰もいないのだ。」
「いや、ちゃんといたし。」
「皆、波に飲まれてしまったと思いとてもあせったぞ。釣りをしている人に中学生くらい
の子供達がここに来たかと聞いたが、分からないと答えるし、たまたま警察もいてな。本
当に驚いた・・・。」
太郎の話を聞き、メンバーは必死で笑いをこらえていた。自分達が見つからないために焦
った顔でいろんな人に自分達のことを聞きまわっている姿がなぜだかとてもおもしろいも
のだと感じたからだ。本気で太郎は跡部達が波に飲まれてしまったと思っていたのか、太
郎は九人の顔を確認してホッとした表情を浮かべている。
「跡部と宍戸、お前達何故そんなに濡れているんだ?」
「ちょっと波をかぶってしまって・・・・」
「そうか。じゃあ、帰りの車は跡部と宍戸、それからジローだな。そんなに濡れていては
公共の乗り物には乗れないだろう。」
上も下もすっかり濡れてしまって、跡部と宍戸はとても電車に乗れる状態ではない。ジロ
ーは未だに眠り続けているので車の方が楽だと考えたからだ。宍戸は行きも車だったので
電車だったメンバーはずるいと思ったが、この状態ではしょうがないだろう。ポリタンク
をもう一度トランクに入れ、跡部達三人以外のメンバーは駅へと歩き出した。
氷帝学園に戻ると重いポリタンクを持ち、部室へと向かう。ドアを開け、邪魔にならない
ところへ置くとメンバーは疲れたーと長椅子に座り込んだ。
「あー、疲れたー!!」
「ホンマやな。さっさと着替えて帰ろう。」
「うん。滝たちはどうすんの?」
「俺達ももう帰るよ。まだ、時間は少しあるから買い物とか行きたいしね。」
岳人達は早く帰りたくてしょうがない。そんな中、跡部と宍戸だけは帰る用意というより
はまずシャワーを浴びる用意だと、制服を出し、シャワー室へと向かった。
「うわー、何かべとべとだし。さっさとシャワー浴びちゃおうぜ跡部。」
「ああ。そうだな。」
二人そろって部室内にあるシャワー室へ入り、塩っ気を取り除こうとジャージを脱ぎ始め
た。宍戸の方が先に脱ぎ終わったので、跡部より一足早く開いている個室に入る。
ザアーーー・・・
蛇口をひねり、宍戸は体に水をかける。水といっても適切な温度に設定されているので、
熱くもなく冷たくもない。目をつぶって髪を洗っていると後ろに人の気配を感じる。個室
なはずなのに何故?と疑問に思うが、答えは一つしかない。跡部が入ってきたのだ。宍戸
は髪の毛を上げてから、顔を手のひらで拭き、目を開けた。
「跡部!?」
「何でそんなに驚いてんだよ?」
「何でこっちに入ってくんだよ!!まだ、たくさん空いてるだろ!?」
「別にいいじゃねーか。俺はここに入りたいんだ。」
そう言いながら跡部は宍戸に近づいて、出っ放しのシャワーを軽く浴びた。そして、壁際
に宍戸を追いつめて、動けないようにしてしまう。
「な・・・何だよ・・・。」
「せっかく二人きりなんだし、ちょっとくらいいいだろ?」
「何言ってんだよ!?まだあっちに岳人達いるだろ!!」
「あんまり騒ぐな。バレるぜ。」
「う・・・ぅん・・・ん・・・」
跡部は宍戸の口を塞いでしまう。跡部のキスはいつもと同じなのだが、シャワーが顔にか
かっているので、まともに息が出来ない。
「んん・・・うっ・・・ハァ・・・あ・・・んっ・・・」
(苦しい〜、水がかかって息が出来ねぇ。)
一瞬、跡部が離れて宍戸はそのことを訴える。すると跡部は片手でシャワーを弱め、宍戸
の顔にかからないようにした。そして、そのまままた口付けを続ける。
「んぅ・・・はっ・・・跡部ぇ・・・」
跡部が夢中になってするので、宍戸は甘い声をもらす。それが心地よくて力が抜け今にも
崩れ落ちそうなので跡部の背中に手を回し、体をかろうじて支えている。潤んできた目を
開くとあまりにも跡部の顔が近くにあるので、目を横にそらしてしまった。すると、思っ
てもみない光景が目に入り、宍戸は一気に現実へ引き戻された。
「!?」
宍戸が妙な反応をするので、跡部は不思議な顔をしていったん離れる。
「どうした宍戸?」
「ど、どうしたじゃねーよ跡部!!その手どうしたんだよ!?」
「手?あっ・・・・」
宍戸に言われ跡部はさっき手を切ったことを思い出した。さっきまでは思い切り握ってい
て血は出ていなかったのだが、今はもう開いてしまっているのでかなりの血が流れ出てい
る。
「それ、さっきの岩場でやったのか?」
「・・・ああ。」
「全く何やってんだよ!!もう!!」
宍戸は跡部の手を引いてすぐにシャワー室を出た。そして、慌てて制服を着て、岳人達の
いる部室へ戻った。
「お、おいっ、宍戸!!」
跡部はまだキチンと制服を着れていないまま、長椅子のところまで連れて行かれる。宍戸
は棚の上から救急箱を下ろし、跡部の方へ持って行った。
「別にそこまでしなくてもいい!」
「何言ってんだよ!!バイ菌が入っちゃったら大変だろ!!」
「・・・・・。」
宍戸があまりにも必死になって手当てをするので、跡部は何も言えなくなってしまった。
まずは消毒、その後にガーゼを当てテープで止め、丁寧に包帯を巻く。テキパキとしたそ
の行動にまだ部室に残っていたメンバーは目を見張った。
「・・・・サンキュー、宍戸。」
「何で早く言わないんだよ。さっきマジでビビったぞ。」
「別にそんなに痛くなかったし。」
「それ俺の所為だろ・・・?」
包帯の巻かれた手を見て宍戸は気まずそうな表情を浮かべ、跡部に言う。跡部は宍戸の頭
をケガをしていない方の手でわしゃわしゃと撫でて、笑いながら返した。
「違ぇーよ。俺の不注意だ。」
「でも・・・・」
「マジでお前の所為じゃねぇって。気にすんな。」
「ゴメンな跡部・・・。」
「大丈夫だって言ってんだろ。」
跡部は優しい口調で言って、宍戸のおでこに軽くキスする。宍戸はそこを手で押さえて跡
部を見た。その光景を見てるメンバーは全くお熱いねぇという感じで呆れている。
「もうアツアツだね。」
「ウザイくらい。」
「そんなこと言ったらダメですよ、向日先輩。」
「そんなに見せつけられても困るよなあ。」
それぞれが好き勝手なことを言っているので、跡部は宍戸をぎゅっと抱きしめて、岳人や
忍足を見ながら不敵に言った。
「うわっ!」
「お前らうらやましいんだろ?あーん?」
「跡部!!」
照れる宍戸がまた無駄にラブラブさを醸し出している。他のメンバーはもう何も言えなか
った。これ以上ここにいてもしょうがないので次々に部室から出て行く。
「じゃあな、跡部。俺達もう帰るから。」
「あんまりいき過ぎたらアカンで。」
「ま、監督はもう帰っちゃったから大丈夫だとは思うけど。」
「戸締まりはちゃんとしてくださいね。」
残っていた四人が部室から出て行くと、部屋内には跡部と宍戸二人だけがいる状態となっ
た。すでに樺地やジロー、日吉は帰ってしまったらしい。
「跡部、俺達も帰ろうぜ。」
「いや、もう少しここにいようぜ。せっかくだからな。」
「・・・しょうがねぇな。」
宍戸は笑って跡部の横に座った。この二人が帰ったのはすっかり日が暮れてからというの
は言うまでもないだろう。
END.