「おーい、舳丸ー、重ー。」
とある晴れた春の日、海での作業を終えた舳丸と重は、兵庫水軍の総大将である兵庫第三
協栄丸に呼ばれた。
「何ですか?お頭。」
「今日獲れた魚を忍術学園へ持って行ってくれないか。」
「俺達がですか?」
いつもであれば、第三協栄丸自身か鬼蜘蛛丸か水夫の誰かが行くのだが、何故か今日は水
練の二人にそのおつかい役が任されることになった。
「他の奴に頼もうと思ったんだけどな、まだ仕事が残ってるって言われちゃってなあ。ち
ょうどお前達が海から上がってくるのが見えたから。」
『なるほど。』
確かに辺りを見回してみると、他の水軍メンバーはせわしなく他の仕事を行っている。特
に今やる仕事もないので、舳丸と重は第三協栄丸のそのおつかいを引き受けた。
「了解です。その仕事引き受けました。」
「おー、ありがとな。俺もこれから用事があってなあ。」
「どこか行くんですか?」
「まあ、ちょっとな。それじゃ、頼んだぞ。」
『へい!!』
二人に仕事を頼むと、第三協栄丸はそそくさとどこかに行ってしまった。荷車に乗せられ
た大量の魚をいざ忍術学園へ届けんと、舳丸と重の二人は海とは全く逆の方向へ向かって
歩き出した。
忍術学園に魚を届けた後、舳丸と重はゆっくりと海へ帰る道を辿っていた。
「舳丸、腹減った。」
「そうだな。町にでも寄って軽く何か食べて行くか。」
海から忍術学園まではだいぶ距離があるので、かなり歩いている。普段長い距離泳ぐこと
はあってもここまで歩くことはない。お腹も空いてきたし、せっかくなので町に寄るのも
悪くないと二人は少し寄り道をすることにする。
「何食べる?」
「お前は何が食べたいんだ?」
「んー、うどんとかもいいけど、今はそういうのよりは甘いのが食べたいんだよなあ。」
「甘い物か・・・。それなら、団子とかどうだ?」
「団子か。うん、滅多に食べれないし、いいかも!」
甘い物が食べたいということで、二人は団子を食べることにする。海にいると、団子や饅
頭などの和菓子はあまり口にすることはない。二人はどこかに団子屋はないかとぐるっと
辺りの店を見回した。
「おっ、あそこに団子屋があるみたいだぞ。」
「本当だ!!早く行こう!!舳丸!」
団子屋を発見すると、重は嬉しそうにそこへ向かって走り出す。お腹が空いていると言っ
てたわりには元気だなあと、舳丸はふっと笑った。
「おじさん、お団子二人前!!」
舳丸より一足早く団子屋に着くと、重は元気よくそう言う。舳丸がそこへ着くと同時に、
二人分の団子が運ばれてきた。
「遅いぞ、舳丸。早く食べないと舳丸の分も食べちゃうからな!」
「お前は文字通り花より団子って感じだな。こんなに綺麗に桜が咲いてるっていうのに。」
そう言いながら、舳丸は団子屋のすぐ近くにある桜の木を見上げる。舳丸に言われて重も
そちらの方へ目を向けた。
「うわあ・・・」
視線の先には満開の桜の花が大きな存在感を放っていた。風に揺らされ、ピンク色の雪が
降っているかのようにたくさんの花びらが舞っている。
「でも、団子を食べながら花見ってのも悪くないな。」
桜に見惚れている重の手を取り、その手に握られている団子を一つ口に含む。そこまでさ
れて、重はやっと反応を示す。
「あっ!!何で俺の団子食べてるんだよ!?」
「お前がぼーっとしてるから。」
「舳丸の分もちゃんとあるのに。」
「人が食べてるのって、美味しそうに見えるんだよな。」
ニッと笑いながら、舳丸はもう一口重の持っている団子を口にする。ぎゅっと手を握られ、
急に顔が近づき、重はドキッとしてしまう。
(うわっ、近っ・・・)
「どうした?」
顔を真っ赤にして固まっている重に向かって、舳丸はからかうような口調でそう尋ねる。
ドキドキしていることを気づかれたくなくて、重はふいっと舳丸から顔をそらしながら答
える。
「べ、別に何でもないよ!!」
「ふーん。まあ、いい。ほらお前も食べろよ。」
「んむっ・・・」
重が持っていた団子は自分が食べてしまったので、皿の上に乗っていた団子を舳丸は重の
口へと押し込む。その瞬間、ぶわっと一際強い風が吹いた。
(すごい・・・)
一瞬にして目の前は桜色に染まり、口の中には甘い団子の味が広がる。桜の香りに春の風。
五感の全てを春に支配され、重はうっとりと目を細める。
「痛っ・・・」
心地よい感覚に重が浸っていると、隣にいる舳丸が目を押さえてうつむく。舳丸の声にハ
ッとした重は、咥えていた団子をいったん離し、舳丸の顔を覗き込む。
「大丈夫?ミヨ。」
「今の風で目にゴミが・・・」
「ちょっと見せて・・・」
目を覆っている手をどかし、重は舳丸の目を確認しようと顔を近づける。と、次の瞬間、
重の口に団子ではない何かが触れた。
「〜〜〜〜っ!!??」
それは舳丸の唇であった。ほんの少し唇が触れる程度の口づけをした後、舳丸は重から顔
を離し、クスッと笑う。
「こんなに完璧に騙せるとはなあ。目にゴミが入ったなんて嘘だ。」
「こ、こんなところで何してっ!!」
「お前の唇甘いぞ。」
「団子食べてんだから、当たり前だろ!!」
「あはは、だろうな。」
顔を真っ赤に染め、焦りまくっている重を見て、舳丸は声を上げて笑う。いきなりキスを
され、重の心臓はバクバクと大きな音を立てていた。
「もー、信じらんない!!」
「重の顔も桜みたいな色になってて可愛いぞ。」
「そぉいうこともここで言うなっての!!」
次から次へと舳丸が恥ずかしくなるようなことばかり言ってくるので、重は思わず大きな
声を出してしまう。そんな恥ずかしさを誤魔化すかのように、重は残っている団子をハグ
ハグと口の中へと詰め込んだ。
団子を食べ終えると、二人は軽く町を見て回る。何気なく入った小さな雑貨屋で、重は気
になるものを見つけた。
「なあ、ミヨ。これ何?遠眼鏡?」
ちりめん柄の紙が貼られた遠眼鏡にも似た筒。重からそれを受け取ると、舳丸はそれを目
に当て、中を覗いてみる。
「ああ、これは万華鏡だ。」
「万華鏡?」
「ここから中を覗いて、筒を回すと面白いぞ。」
舳丸に言われた通り、レンズのある方を目に当て、重はゆっくりとそれを回した。
「うわあ!!何これ!!すっげぇ!!」
筒の中では桜の花びらのような模様が幾重にも広がり、筒を回すたびにその形を変える。
キラキラとした模様の変化に重はすっかり目を奪われ、しばらく万華鏡の中を覗き続けて
いた。
「これすごいなあ。こんな面白いものがあるなんて知らなかった。」
「わたしは結構好きだけどな。万華鏡。」
「なあ、舳丸。」
万華鏡を手にしたまま、重は何かを訴えるような目で舳丸を見つめる。言葉を続けずとも
舳丸は重の言わんとしていることを悟る。
「まあ、今日はちょっと多めにお頭からお駄賃もらってるしな。」
「買ってくれるの!?」
「欲しいんだろ?」
「欲しい!!」
万華鏡を買ってやることを仄めかすと、重はキラキラと目を輝かせる。こんな子供っぽい
可愛らしい顔を見せられたら、買ってやらないわけにはいかないと、舳丸は顔を緩ませな
がら、懐から銭を出した。万華鏡を手にし、雑貨屋の店主に銭を払うと、舳丸はそれをも
う一度重の手に渡す。
「せっかく買ってやるんだから、壊さないように大事にしろよ?」
「うん!!ありがとう、舳丸!!」
自分の物になった万華鏡を見て、重は満面の笑みを浮かべる。そして、先程のように外側
にあるレンズから筒の中を覗いた。
「やっぱ、すげぇ。超綺麗だし!!」
「太陽の下で見ると、また違った感じで見えるぞ。」
「本当!?そりゃ試してみなきゃ!!」
太陽の下でということで、重は万華鏡を持ったまま外に出て、青空を見上げるような形で
万華鏡を覗く。太陽の光が万華鏡の中へ差しこみ、明るい光に照らされる模様は、先程よ
りも美しい輝きを放っていた。
「本当だ。こっちのが何倍も綺麗!!」
「だろ?」
「ずっと見てたくなるよなあ。」
万華鏡に目をつけたまま、重は歩き出そうとする。それはさすがに危ないと、舳丸は後ろ
から重を抱きしめた。
「その気持ちはよく分かるが、そのまま歩くのは危ないぞ。」
「う、うん。」
「早く海に戻って、ゆっくり見ればいいさ。な?」
「わ、分かったから・・・こんなとこでぎゅっとするのやめろよ。・・・恥ずかしいだろ。」
「だって、ただ言うだけじゃお前言うこと聞かないだろ。」
「だからって・・・」
さっきから無駄にべたべたしてくる舳丸に重は胸の鼓動が速くなるのを止められない。さ
すがにこのままでいるのは恥ずかしすぎると、重は手に持っていた万華鏡を懐の中にしま
った。
「ほら、ちゃんとしまったから離してよ。」
「はいはい。」
少し残念と思いながら、舳丸は重を抱きしめていた腕をほどく。舳丸が離れてホッとする
重であったが、それと同時にほんのちょっと寂しくなってしまう。
「舳丸。」
「ん?どうした?」
舳丸の言葉に重は黙って手を差し出す。どうして欲しいか分かっていながらも、舳丸はあ
えて質問を重ねる。
「どうして欲しいんだ?」
「み、舳丸がさっきからベタベタしてくるから、手くらい繋いでやろうかなぁと思って。」
「ふっ・・・」
「何で笑うんだよ!」
「いや、別に。それじゃ、繋いでもらおうかな。」
本当は重自身が繋ぎたいと思っているのを分かりながら、舳丸はそう言って差し出された
重の手を握る。手を握られたことで感じる恥ずかしさと嬉しさとときめき。そんな何とも
言えない感覚に重は舳丸に気づかれないように顔を緩ませた。
二人が海に帰ってくる頃には、太陽は既に水平線に沈みかけていた。オレンジ色の太陽を
前に重はひと泳ぎしたくなる。
「舳丸、日が沈む前に少し泳ごうよ。」
「別に構わないぞ。」
「じゃあ、あそこの入江まで競争だ!!」
帰って来たばかりというのに、重は元気よく海に飛び込み、自分で決めたゴールへ向かっ
て泳ぎ始める。そんな重を追いかけるようにして、舳丸も海へと飛び込んだ。
(だいぶお日様沈んでるんだな。海の色がオレンジ色だ。)
夕焼け色に染まった海の中で、重はすいすいと泳いでいく。もう少しでゴールの場所へ辿
りつくというところで、すっと舳丸が隣に現れる。
(舳丸、やっぱ速いなあ。)
そんなことを思いながら加速しようと足に力を入れようとすると、重はぐっと肩を掴まれ
る。何だろうと思って舳丸の方を向くと、その場で立ち泳ぎをしながら舳丸は海面の方を
指差していた。
(わあ・・・)
舳丸の指が示している先では、川の上流から流れてきたと思われる桜の花びらが夕日に照
らされ、波に揺られてくるくると舞っていた。海の中から海面を見上げると、太陽の光が
反射し、何とも言えない幻想的な光景が広がる。光の中で様々な形に変わる桜の花びら。
それはまるで大きな万華鏡であった。しばらくその夢のような光景に心を奪われていた重
であったが、いくら水練とは言えども水の中に潜っていられる時間には限界がある。そろ
そろ息が持たないと、重はいったん海面へと上がった。
「ぷはっ・・・」
「まさかここでも花見が出来るとは思わなかったな。」
重が海面から顔を出したのとほぼ同時に舳丸も水の中から顔を出す。ちょうど桜の花びら
が浮いているところに顔を出したために、どちらの髪にも桜の花びらがくっついていた。
「舳丸の髪、桜がついてる。」
「本当か?」
「うん、ほら。」
舳丸の髪についていたピンク色の花びらを一枚取り、重は舳丸に見せる。それを見て、本
当だなと微笑みながら、舳丸はすっと重の頭に手を伸ばす。
「何?」
「お前の頭にも、たくさん花びらついてるぞ。」
「えっ、本当?」
たくさんと言われ、重は思わず聞き返す。すると、舳丸は重の髪に口づけるかのように、
その唇で一枚の花びらを咥えた。少し塩辛い花びらを唇で挟みながら、ほらなと言わんば
かりに舳丸は重にそれを見せる。そんな舳丸の一連の行動に重の胸はこの上なく高鳴って
いた。
「何で口で取るんだよ?」
「その方がドキドキするだろ?」
「うっ・・・」
ニッコリと悪戯な微笑みを浮かべる舳丸に、重はまたドキンとしてしまう。今日は舳丸に
ドキドキさせられっぱなしだと思いながら、重は頭についてると思われる桜の花びらをパ
タパタと自分の手で払った。
「も、もうついてないだろ?」
「いや、ついてるぞ。」
「どこに?」
「ここに。」
そう言いながら、舳丸はちゅっと重の唇にキスをする。何度も騙されるところが重らしい
なあと舳丸はご機嫌な様子で、海の味のするキスを堪能した。
「なっ・・・ぁ・・・」
「本当重はいい感じに騙されてくれるよな。」
「舳丸っ!!」
「今は誰も見てないし、別にいいだろ?」
「そういう問題じゃなーい!!」
「重はわたしに接吻されるのは嫌なのか?」
ずいっと顔を近づけてそんなことを問う舳丸に、重はドギマギしつつ小さく首を振る。
「べ、別に・・・嫌ではないけど・・・」
「だったらいいだろ?」
「けど・・・」
「好きだぞ、重。」
舳丸のその言葉に重の胸は素直にときめいてしまう。人目を気にせずベタベタしたり、ち
ょっかいを出されたりするのは少々困るが、嫌ということは決してない。
(ずるいずるいずるい!!)
好きだと言われたら、今までされたことも全部許していいような気分になってしまう。そ
れがちょっと悔しくて、重はボスンと舳丸の肩に顔を埋めた。
「舳丸ずるい・・・」
「何がだ?」
「好きって言われたら、全部どーでもよくなっちゃうじゃん。さっきあんなに綺麗な景色
見たのに、今はミヨのことで頭がいっぱいなんだもん。」
ここまで可愛い言葉が聞けるとは思っていなかったので、舳丸の顔はかなり緩んでいた。
そして、肩に埋められた重の頭をポムポムと撫で、舳丸はぎゅうっと重を抱きしめた。
「今日は本当いい一日だった。」
「へっ・・・?」
「団子食べれたし、花見も出来たし、綺麗な景色見れたし。それに、重の可愛い顔たくさ
ん見れたからな。」
「・・・・俺も今日は楽しかった。」
「ほぅ。」
「万華鏡買ってもらったし、美味しい物食べて、綺麗なものいっぱい見て・・・それから、
舳丸にいっぱいぎゅうってされたり、好きって言ってもらえたから。」
そう言いながら、重は舳丸の背中に腕を回しぎゅっと抱きつく。さすがにこれには、舳丸
もドキッとしてしまう。
「また、暇があったら二人で出かけたいな。」
「うん。」
舳丸の言葉に重は素直に頷く。海の色が夕焼け色から夕闇色に変わる中、舳丸と重の二人
は、もうしばらく二人だけの甘い一時をゆっくり楽しむのであった。
END.