秋休みが終わってすぐ文化祭を行うという連絡を受け、タカ丸は秋休みが終わる少し前に
忍術学園へ戻ってきた。学園内では、既に文化祭の準備が始まっており、タカ丸は忍術学
園の制服に着替えると、久々知を探す。
「おー、タカ丸。来たか。」
少し歩いていくと、すぐに久々知は見つかった。
「久しぶりー、兵助くん。あっ、何かいい匂い。」
「文化祭の出し物、火薬委員は田楽豆腐屋をやろうと思ってな。」
「兵助くんらしいー。何かお腹空いてきちゃった。一本もらっていい?」
「ああ、構わないぞ。」
久々知が焼いている田楽豆腐を一本もらい、タカ丸は軽く腹ごしらえをする。
「文化祭するって連絡はさっき届いたのに、随分用意が進んでるね。」
「さっき一年は組の連中にも話したけど、秋休みは上級生はかなり忍術学園に残ってるか
らな。今から出しておいても食べに来る奴は結構来るのさ。」
「なるほど。でも、こんなに準備が進んでると、僕が手伝えること、あんまりないなあ。」
「俺が勝手に田楽豆腐屋にしちゃったけど、火薬委員の出し物として、何かやりたいのと
かないか?伊助も何かあれば、言っていいぞ。」
「かなり繁盛してますし、田楽豆腐屋さんだけでいいんじゃないですか?」
「えっとぉ・・・あっ、じゃあ、甘酒屋さんやりたい!」
『甘酒屋さん?』
甘酒と言えば、タカ丸が勝手に予算に計上して、会計委員に怒られた記憶がある。それを
思い出し、久々知は一瞬顔を曇らせる。そんな久々知の様子に気づき、タカ丸はしまった
という顔をする。
「あ・・・やっぱ、ダメだった?」
「んー、まあ、田楽豆腐屋は俺が勝手に決めちゃったわけだし、甘酒屋を合わせるのも悪
くないかもなあ。」
「いいの!?」
「ただ、甘酒屋も合わせるとなると、場所がここだとちょっと微妙だな。」
「焔硝蔵とか使えるといいんですけどねぇ。あそこなら、火薬委員会が出してる出し物っ
て分かりやすいですし、結構広いじゃないですか。」
「でも、焔硝蔵は火気厳禁だから、無理だよ。ね、兵助くん。」
「いや、先生と他の委員会に相談して、火薬を他のところに移すことが出来たらいけるか
も。それに、さっき聞いた話なんだが、文化祭の招待状が敵も味方も関係なくいろんなと
ころに送られてしまったらしい。敵も来る可能性もあるなら、焔硝蔵に火薬があるなんて
当たり前な状況を作るのはあまりよくないしな。ちょっと聞いてくるから待っててくれ。」
思い立ったらすぐ行動ということで、久々知は硝煙蔵の使用許可を先生へ取りに行く。ほ
どなくして、久々知はタカ丸と伊助のもとへ戻って来た。
「焔硝蔵使っていいらしいぞ。中の火薬は作法委員会が作ってるからくり屋敷の床下へ移
せってさ。」
「遅れてすいません!!」
とそこへ、二年生の三郎次がやってくる。これで全員そろったと、久々知は文化祭の準備
の役割分担を割り振る。
「ちょうどいいところに来たな、三郎次。今から焔硝蔵にある火薬を床下へ移さなくちゃ
いけないんだ。けど、みんなで同じことをするのは効率が悪いから、三郎次と伊助は火薬
の移動を、タカ丸は甘酒の用意を頼む。俺はこの田楽豆腐屋を焔硝蔵に移す準備をするか
らさ。」
『はーい。』
振られた役割をこなそうと、火薬委員会の面々はそれぞれ自分の仕事に取りかかる。少し
時間がかかってしまったが、焔硝蔵の火薬は残り壺二つ分のところまで移動し終わり、タ
カ丸も久々知もあとは田楽豆腐屋と甘酒屋を焔硝蔵の中に設置するのみというところまで
準備を終えていた。
「それじゃあ、先輩。残りの火薬運んで来ちゃいますね!」
「ああ、気をつけろよ。タカ丸、そっちの準備もあと少しだよな。」
「うん。バッチリ用意出来てるよ。」
伊助と三郎次は残りの火薬を焔硝蔵から運び出す。全ての火薬を運び出したので、久々知
とタカ丸は空っぽになった焔硝蔵に田楽豆腐屋と甘酒屋を設置した。
「よし、こんなもんだな。」
「甘酒屋さんの準備も出来たよー。」
「んじゃ、伊助と三郎次が帰ってくるまでちょっと休憩するか。」
そう言いながら、久々知は焼き色のついた田楽豆腐をタカ丸に渡す。そして、自分もアツ
アツの田楽豆腐を口にした。
「んー、やっぱ豆腐は美味いな!!」
「兵助くんが焼いたのだと、特別美味しく感じるよ。」
「そうか?」
タカ丸の言葉に久々知は嬉しそうな笑顔を見せる。そんな久々知を見て、タカ丸はきゅん
としてしまう。
(やっぱ、可愛いよなあ、兵助くん。)
「兵助くん、甘酒もあるよ。」
「おう、ありがと。」
田楽豆腐を食べ終えた久々知に、タカ丸は甘酒を渡す。真っ白な甘酒をコクンと一口口に
すると、久々知は満足気な溜め息をついた。
「はあー、温まる。甘酒もなかなかいいよな。」
「でしょう?」
「ああ。火薬委員会の出し物、こりゃいけるぞ。」
本当に楽しげな笑顔を浮かべ、そう言う久々知に、タカ丸はほんの少しだけムラっとして
しまう。入口の方をチラッと見て、まだ三郎次と伊助が帰ってきてないのを確認すると、
ちゅっと久々知の唇を奪った。
「っ!!??」
「兵助くんの唇甘い。甘酒味だ。」
「なっ・・・タカ丸っ!!」
「ゴメンねー、兵助くんの笑った顔見てたらちょっと我慢出来なくなっちゃった。」
「・・・こっちは田楽豆腐味だったぞ。バカ。」
豆腐味だったのがお気に召したらしく、久々知はそれほど怒ることなく恥ずかしそうに顔
を背けるだけだ。そんな態度の久々知にときめきまくりながら、タカ丸はふにゃっと顔を
緩ませるのであった。
一方こちらは体育委員会の出し物、小平太パペット&ギニョール売り場だ。滝夜叉丸に作
り方を教えてもらいながら、体育委員全員で作った大量のパペットとギニョールが商品棚
にぎっちり並べられている。
「さあ、どんどん売るぞー!!」
『いらっしゃいませー、パペットはいかがですかあ。ギニョールもありますよー。』
低学年メンバーが声を上げて、客を引き寄せる。いつの間にか学園内には招待状をもらっ
た来場客でごった返していた。しかし、体育委員会の出し物に足を止めるものの、パペッ
トやギニョールを買ってくれる人はなかなか現れない。
「なかなか買ってもらえませんねー。」
「物を売るのは、難しいんだなあ。」
「おいおい、まだ始まったばかりだろ?みんなで頑張って作ったんだから、ちゃんと売れ
るって!」
三之助や四郎兵衛の言葉に、小平太は励ますような言葉をかける。
「でも、どんな感じで声をかければ、買ってくれるんですかね?」
そんな三之助の言葉に答えたのは、小平太ではなく滝夜叉丸であった。
「ただ、買って下さいで買ってもらえるわけがなかろう。このパペットにどんな魅力があ
るかを精一杯伝えるんだ。」
「そう言われても・・・それじゃあ、滝夜叉丸先輩がお手本見せて下さいよ。」
「任せておけ!!」
自信満々にそう答えると、滝夜叉丸はすぅっと息を吸って、大きな声で客寄せを始める。
「皆さーん、小平太パペット、小平太パペットはいかがですかー。委員会の花形、体育委
員会の委員長、我らが七松小平太先輩のパペッド&ギニョール、今だけ、今だけの限定販
売です!いつも元気で明るく、後輩思いで細かいことは気にしない、そんな七松先輩のパ
ペットをその手にはめたら、あら不思議。嫌なことがあった日も失敗してヘコんでいる時
も、元気がもらえ、笑顔になれる!!『いけいけどんどん!!』口をパクパクさせて、そ
う一言口にしたなら、あなたもなれる七松小平太。この機会に是非是非お買い求め下さー
い!!」
滝夜叉丸のその言葉に、どんどん人が集まり、次々にパペットとギニョールは売れていく。
そんな滝夜叉丸の言葉を真似をし、四郎兵衛と三之助も客寄せを開始した。
「あら、可愛い。一つ下さいな。」
「私も一つもらおうか。」
『ありがとうございます!!』
次々に売れるのが嬉しくて、体育委員会の面々は笑顔で小平太パペット・ギニョールを買
ってくれるお客さんに接客をする。そんな状況にテンションの上がった滝夜叉丸は、いつ
も自分の自慢話をするノリで、小平太の魅力を語り始めた。
「我らが体育委員委員長の七松先輩は、男らしくて、頼りになって、体力は文句なしで、
学園一で誰にも負けません!!面倒見がよく、落ち込んでるときはいつでも励ましてくれ、
その言葉に私はどれだけ助けられたことか!!この学園で一番美しい私が、一番尊敬して
いる素晴らしい先輩なのです!!そんな先輩が、いつもあなたのすぐ側に。小平太パペッ
トはいつでもあなたに元気を与えてくれます!!」
時折入る自分の自慢も、今は小平太の魅力語りに消され、商品の魅力を伝える言葉の一部
になっている。そんなに良い物であるなら、私も欲しいという人が殺到し、小平太パペッ
トとギニョールはあっという間に売り切れとなった。
「すごーい!!全部売れたんだな!!」
「よくやったぞ、お前ら!!」
「滝夜叉丸先輩の語りもたまには役に立つんですね。」
「たまにはは余計だろ、三之助。というか、私がいるのだから、売り切れるのは当然だ。」
作ったパペットとギニョールが売り切れたことを喜びながら、体育委員会の面々はそんな
会話を交わす。
「ここ片付けて、ちょっと休んだら学園内の巡回に行くか。」
『はーい!!』
パペットを置いていた棚を片付けると、体育委員の面々は各々好きなように休憩をする。
滝夜叉丸が小平太パペットを持って来るために使った大きな袋を畳んでいると、小平太は
そんな滝夜叉丸の側に行き、話しかけた。
「滝夜叉丸。」
「何ですか?七松先輩。」
「前から聞きたかったんだけどなー、滝夜叉丸はどうして私のパペットを作ったんだ?」
「へっ!?」
あまりに直球な質問に、滝夜叉丸はひどく動揺してしまう。どう説明しようか考えている
と、いつの間にかかなり近くに小平太の顔があった。
「ち、近いです!!七松先輩!!」
「だって、滝夜叉丸が教えてくれないからさー。」
「べ、別に大した理由はありませんよ。実技の授業で失敗してしまって、少し落ち込んで
いた時、七松先輩は野外授業に行ってしまわれていて、それでも七松先輩とお話して、気
を紛らわせたいと思っていたら、私のこの手が勝手にパペットを作ってたんです・・・」
「それで?」
「それでって・・・そのパペットを手につけて、七松先輩の真似をして『細かいことは気
にするな!』ってやったら、少し元気が出たので、作ってよかったなあと。」
「そっか。」
恥ずかしそうにそう語る滝夜叉丸の話を聞いて、小平太はニカっと笑う。滝夜叉丸は本当
に自分のことを好いてくれてるんだなあと思い、小平太は心が躍った。その嬉しさを行動
に表すかのように、小平太は滝夜叉丸を高い高いをするかのように、抱き上げた。
「わわっ!!ちょっ・・・何するんですか!?」
「今日一番頑張った滝夜叉丸にご褒美だ。高い高いしてやるぞ!」
「いいですいいです!!もうそんなことで喜ぶ年じゃないですからっ!!」
「そうか?んじゃ・・・」
滝夜叉丸を抱いたまま、その顔を自分の顔へ近づけると、小平太はうちゅっと滝夜叉丸の
唇に接吻をする。何をされたのか一瞬理解出来なかった滝夜叉丸は、目をパチクリさせな
がら、小平太の顔を見た。
「これなら嬉しいだろ?滝夜叉丸は本当私のことが好きみたいだからな。」
「〜〜〜〜っ!!??」
自分のされたことを理解し、滝夜叉丸はボッと顔を真っ赤に染める。
「七松先輩も滝夜叉丸先輩のことが大好きなんだな。」
「滝夜叉丸先輩も、自分のこと自慢するみたいに七松先輩のこと褒めてたからな。」
「仲がいいのはいいことなんだな。」
そんな二人のやりとりを見ていた低学年メンバーは、本当この委員会の先輩達は仲がいい
なあと笑いながら話す。学園内の巡回をするのはもう少し後になりそうだなあと思いなが
ら、四郎兵衛と三之助は滝夜叉丸専用の小平太パペットを使ってしばらく遊ぶのであった。
ところ変わって、こちらは図書委員会の焼きたてボーロとお茶の店。ドクアジロガサ忍者
をぶっ飛ばし為に出来た書庫の穴を軽く修復した後、長次は再びボーロを作り始める。客
足もだいぶ落ち着いてきた頃、そんな図書委員会の出し物に仙蔵がやってきた。
「何だか書庫が大変なことになってるなあ。」
「くせ者退治を・・・したからな・・・」
「ほう、さすが長次だな。すごいじゃないか。」
「今、ボーロを焼いてくるから・・・少し待っててくれ・・・」
「ああ、すまないな。」
久作が持って来たお茶を飲みながら、仙蔵は長次特製のボーロが焼けるのを待つ。古本屋
もやっていると聞いたのだが、どこにもそのようなものは見つからない。
「古本はもう全部売り切れてしまったのか?」
「はい。尾浜先輩が店番を手伝ってくれたときに全部売れちゃいました。」
「そうか。少し興味があったのだが、残念だな。」
「すいません。」
古本は全部売り切れてしまったということを久作から聞いて、仙蔵はほんの少しがっかり
したような表情を見せる。と、そこへ焼き立てボーロを手にした長次が戻って来た。
「待たせたな・・・・」
「おっ、もう焼けたのか?」
「ああ。仙蔵のは特別仕様だ。」
そう言って長次が仙蔵に差しだしたのは、他のお客さんには丸くて大きなボーロとは全く
違う形をしたものであった。
「ふっ、随分と可愛らしい形のボーロだな。」
「仙蔵にピッタリだと思ってな。」
「これは、お前の私に対する気持ちか?」
「そういう捉え方もありだ。」
仙蔵の為に焼いたボーロは、可愛らしいハート型であった。大きさもそれほど大きくなく、
現代で言うマフィンくらいの大きさのものが、お皿にちょこんといくつか乗せられていた。
そんな長次が作ったハートのボーロを、仙蔵は嬉しそうに口へと運ぶ。
「美味いな。」
「そうか。それならよかった・・・」
「長次は焼いてばかりで、大して食べていないのだろう?私が一つ食べさせてやる。」
そう言いながら、仙蔵は先の割れた楊枝でハートのボーロを刺し、長次の口へと運んだ。
仙蔵が食べさせてくれるなら食べないわけにはいかないと、長次は差し出されたボーロを
パクっと食べる。
「ほら、美味いだろう?」
「ああ。仙蔵が食べさせてくれるってことで、さらに美味くなってるな。」
「美味いのは、お前の料理の腕がいいからだ。その格好もなかなか似合っているし、いい
お嫁さんになれるな。」
冗談っぽく笑いながらそんなことを口にする仙蔵に、長次はほんの少しだけ口元を緩ませ
る。
「お嫁さんは仙蔵の方が向いているだろう。」
「そんなことはない。」
「仙蔵は可愛いし、優秀だし・・・本当、嫁にもらいたいと思うくらいだ。」
「嬉しいことを言ってくれるじゃないか。別に長次の嫁にならなってやってもいいぞ?」
どこまでが冗談で、どこまでが本気か分からないが、誰が見てもラブラブな雰囲気で、二
人はそんな会話を交わす。あまりにも二人の世界すぎるその空間に、他の者は入っていけ
なかった。
「お前のところの委員長と、作法委員長は人の目を気にすることなくイチャついているよ
な。」
「あ、あはは、そうですね。」
「ところで、雷蔵はどこにいるか知らないか?」
長次と仙蔵からほんの少し離れた場所に座り、久作に声をかけているのは鉢屋であった。
「雷蔵先輩なら、さっき尾浜先輩や一年は組の奴らとどこかに行きました。」
「そっかー。せっかく雷蔵に会いに来たのになあ。」
鉢屋がそうぼやいていると、雷蔵が戻って来る。
「あれ?三郎。受付の手伝いはもういいのかい?」
「雷蔵!」
雷蔵の姿を見つけると、鉢屋の顔は一気に明るくなり、飲んでいたお茶を置いて立ち上が
る。
「鉢屋先輩、雷蔵先輩に会いに来たらしいですよ。」
「そうなんだ。」
「お面屋のお面は全部売り切れてしまったし、受付は小松田さんが入門表に嘘を書いたく
せ者を探しに行ってしまったからな。とりあえず、彦四郎に受付は任せてきたから問題な
い。せっかくだから、雷蔵のところに遊びに行きたいと思って来たんだ。」
「なるほど。でも、古本はさっき全部売れちゃったんだよねー。中在家先輩が作ったボー
ロはもう食べた?」
「中在家先輩は立花先輩と話し中だ。こんなふうにな。」
そう言うと、鉢屋は長次と仙蔵の変装を交互にし、先程のやりとりを雷蔵の前で再現して
みせた。誰が見てもイチャついているようにしか見えないそのやりとりに、雷蔵は苦笑す
るしかなかった。
「かなりの再現率ですけど、中在家先輩達に見られたら怒られますよ。」
「確かにそうだな。それじゃあ、いつも通り、雷蔵の顔にっと。ふぅ、やっぱこの顔が落
ちつくな。」
「焼きたてじゃなくなっちゃうけど、ぼくが味見させてもらうためにもらったボーロが残
ってるけど食べる?」
「ああ、せっかくだから頂こうかな。」
「じゃあ、今取って来るから少し待ってて。」
雷蔵が自分の食べかけのボーロを取りに行くのと同時に、久作も他のお客さんの為にお茶
を入れに行く。鉢屋のもとへ戻ってきたのは雷蔵だけで、久作は少し離れた場所で接客を
していた。
「お待たせ。はい、どうぞ。」
「ありがとう。いただきます。」
雷蔵からボーロを受け取ると、鉢屋はパクパクとそれを食べ始める。冷めてもなかなか美
味しいと思って食べていると、何故だか雷蔵がくすくす笑っていた。
「何だよ?雷蔵。」
「そのボーロすごく美味しいから、がつがつ食べちゃうのは分かるけど、口のところ、ボ
ーロの欠片がついてるよ。」
そう言いながら、雷蔵は鉢屋の口元を自らの指で拭い、指についたボーロの欠片をペロッ
と舐める。実に自然にそんな行動をする雷蔵に、鉢屋は何となくドキドキしてしまう。今
の感じがいいなあと思い、雷蔵を見ていると、雷蔵はその視線に気づき、首を傾げて鉢屋
に問う。
「ん?どうしたの?」
「雷蔵、ちょっと手出して。」
「何?」
パクっ
今しがた雷蔵が舐めた指を鉢屋はパクッと咥える。突然意味の分からない行動をする鉢屋
に雷蔵は思わず大きな声を上げてしまう。
「うわあっ!!何するんだよ!?」
「間接ちゅう。」
「い、意味分かんない!!」
「なら、直にちゅうした方がいいか?」
「そんなこと言ってないだろ!!」
鉢屋の大胆な行動と予想外の言葉に、雷蔵は顔を赤く染めて動揺する。ぎゃあぎゃあと騒
いでいる雷蔵と鉢屋を見て、ボーロを食べ終えた仙蔵と長次は五年ろ組ペアは相変わらず
仲がいいなあと、笑いながらそんな話をするのであった。
土井先生とドクササコ忍者の戦いでぐちゃぐちゃになった幸運食堂へ戻って来た伊作や伏
木蔵は、とりあえず片付けをしようかという話になる。
「あらら、随分ぐちゃぐちゃになっちゃったね。」
「ドクササコの忍者が土井先生と戦っていたので・・・」
「そろそろ文化祭も佳境だし、片付けようか。」
伊作と数馬がそんな話をしているすぐ側で、伏木蔵と左近は雑渡昆奈門を絡めて話をする。
「ただいま、左近先輩。」
「他の委員会の出し物はどうだった?」
「すごくスリルがあって面白かったです!」
「そりゃよかったな。それにしても、すごい雑渡さんグッズだな。」
雑渡昆奈門のギニョールやお面をつけている伏木蔵に、左近は苦笑しながらつっこみを入
れる。伏木蔵が雑渡を慕っているのは知っているが、ここまで身につけられると妬けてし
まう。
「君が左近くんだね。」
「はい、そうですけど。」
「これ、君の分のお菓子。」
「へっ?何でですか?」
「伏木蔵が、いろんな出店に行くたびに『左近先輩にも!!』ってねだるんでね〜。あと
これはうちの城に売ってるギニョール。お土産にあげるよ。」
「あ、ありがとうございます。」
雑渡からお菓子やギニョールを受け取ると、左近はペコっと頭を下げ、お礼を言う。まさ
かこんなお土産をもらえるとは思っていなかったので、左近は少し困惑気味だ。
「君は本当伏木蔵に愛されてるよねー。」
「はい!?な、何でですか!?」
「伏木蔵の話は君の話ばかりだよ。やれ、宿題を教えてもらったの、一緒にご飯食べただ
の。」
「伏木蔵〜。」
他の人にそう言われるのはなかなか恥ずかしいことである。顔を真っ赤にしながら、左近
は軽く伏木蔵の頭を小突いた。
「何で叩くんですかぁ?」
「照れ隠しだろう?伏木蔵の話によると、左近くんはかなり恥ずかしがり屋みたいだから
ね。」
「〜〜〜〜っ!!」
図星をさされて、左近は何も言えなくなってしまう。どこまで話しているんだと心の中で
伏木蔵につっこみつつ、伏木蔵を睨む。
「伏木蔵、私は左近くんにヤキモチ妬かれてるのかね〜。」
「そうなんですか?左近先輩?」
「ち、違っ・・・」
「心配しないで下さい!!雑渡さんとも仲良しですけど、ぼくが一番好きなのは左近先輩
ですから!!」
恥ずかしげもなく、そんなことを大声で言う伏木蔵に、左近の顔はボンっと火がついたよ
うに赤くなる。
「そ、そんなこと大声で言うな!!」
「えー、何でですかぁ?」
「恥ずかしいだろ!!」
「ぼくは恥ずかしくないです!」
「そんなの分かってる!ぼくが恥ずかしいんだ!!」
何て可愛らしい言い合いをしているのだろうと、周りにいる上級生やタソガレドキ軍忍者
はニヤニヤしながら、そんな二人を眺めている。
「伏木蔵は相変わらずだな。」
「可愛らしいよねー。見てて和むよ。あっ、文次郎、コーちゃんはそっちに運んでおいて。」
「おう。」
会計委員会のカメすくいも牧之介の所為でこれ以上続けられなくなってしまったので、文
次郎は保健委員の片付けの手伝いをしている。コーちゃんを文次郎が動かしている後ろで、
伊作は折れた木を拾い、地面に落ちている布に手を伸ばした。
ズルっ
布の下に隠れていた木の破片を踏んでしまい、伊作は滑って後ろに倒れそうになる。
「あっ・・・・」
伊作が転ぶ気配に気づいた文次郎は、コーちゃんを倒れないように立てると、倒れかかっ
ている伊作に腕を伸ばす。文次郎の腕に支えられ、伊作は何とか転ぶのを免れた。
「本当危なっかしいなあ、お前は。」
「あ、ありがとう、文次郎。」
「気をつけろよ。」
「うん。」
体勢を立て直させると、文次郎は伊作の体から手を離し、再びコーちゃんを運び始める。
伊作に指示された場所まで移動させると、次は何をすればよいかを仰ぐため、伊作のもと
へ戻って来た。
「コーちゃん移動させたぞ。」
「ありがとう。それじゃあ、このバラバラになった木屑と切れた布を一緒にゴミ捨て場に
運んで・・・」
文次郎に一歩近づこうと足を踏み出した途端に、伊作は石に蹴っつまずいて勢いよく転び
そうになる。しかし、文次郎がすぐ目の前に立っていたため、伊作の体は地面に向かって
倒れるのではなく、文次郎の胸に飛び込む形となった。
「・・・伊作、さっき気をつけろって言ったばっかだよな?」
「ゴメン。」
「何で歩き出そうとしただけで、こけられるんだ?」
「石につまずいちゃって・・・」
「ったく、しょうがねぇなあ。」
傍から見たら、どうみてもただ抱き合っているようにしか見えない状況のまま二人は会話
会話を交わす。伊作が転びそうになったというところを見ていない雑渡は、そんな状況の
二人を見て、伏木蔵と左近にどういう状況なのかを尋ねる。
「あれはどういうことなんだろうねー?」
「伊作先輩と潮江先輩ですか?」
「そうそう。」
「いつものことですよ。な、伏木蔵。」
「はい!伊作先輩と潮江先輩はラブラブですよ。」
「へぇー、そうなんだ。それにしても、昼間から人前であんなに堂々と抱き合ってるなん
て若いね〜。」
左近と伏木蔵の言葉に納得してしまっている雑渡に、一人状況を理解している数馬は、本
当は違うんだけどなあと思いつつ、左近と伏木蔵が言っていたことが全て間違っていると
も言えないので、特に訂正するような発言はしなかった。周りがそんな会話をしていると
は気づかないまま、文次郎と伊作は体は離し、いらない木屑と布を移動させ始めた。
「俺がこれだけ持ってくから、お前は残りを持って来いよ。」
「えっ、でも、これじゃあ文次郎の方が圧倒的に多いよ?」
「お前にたくさん運ばせると、途中でバラまきかねないからな。」
「ごもっとも。」
「ほら、行くぞ。」
「うん。」
何だかんだで文次郎は優しいなあと思いつつ、伊作はニコニコしながら文次郎の後につい
て行く。
「文次郎。」
「どうした?」
「伏木蔵ほどじゃないけど、ぼくも結構お菓子とかいろいろ買ったんだ。片付け終わった
ら、一緒に食べよう。」
「ああ、いいぜ。」
片付けが終わっても、文次郎と一緒にいられるということで伊作の顔はさらに緩む。何だ
かやけに機嫌がいいなあと、文次郎はチラっと伊作の方を見る。嬉しそうな顔をしている
伊作を見て、文次郎も何となくイイ気分になっていた。
「うわあぁぁん、小町〜!!」
ぐちゃぐちゃになった菜園で号泣しているのは生物委員会の孫兵だ。菜園の下に集められ
ていた火薬壺が爆発したため、菜園は大変なことになっていた。
『伊賀崎先輩泣かないで下さい〜。』
子育て中の小町が先程の爆発で死んでしまったと信じて疑わない孫兵を、一年生の一平と
孫次郎は必死で励まそうとする。しかし、孫兵の涙は止まることがなかった。
「おーい、孫兵ー!!」
「伊賀崎先輩、竹谷先輩が呼んでます!」
「ふぇっ?」
「ちょっとこっちに来てみろ!!」
「行きましょう、伊賀崎先輩。」
一平と孫次郎に手を引かれ、孫兵は嗚咽を漏らしたまま、竹谷のもとへと移動する。竹谷
のいる場所は、ギリギリ爆発の影響を受けず、綺麗なままの菜園であった。
「孫兵。」
いまだに涙を流したままの孫兵を手招きし、自分のすぐ隣に座らせる。そして、くるくる
と螺旋状になっている変わった葉っぱを指差した。
「これって、小町の家じゃないかと思うんだけど、どう思う?」
「あっ!!」
それは紛れもなくカバキコマチグモの子育てのための巣であった。小町の家が無事だと分
かり、孫兵の目には再びぶわっと涙が浮かぶ。
「よかったぁ〜。」
「やっぱり小町の家だったか。よかったな、孫兵。」
「本当に本当によかった・・・うわあぁんっ!!」
小町の家が無事だったという安堵感から、孫兵は再び号泣する。本当に自分のペットのこ
とになるとよく泣くなあと思いつつ、竹谷はそんな孫兵が愛しくて仕方がない。
「どうせ泣くなら、俺の胸使っていいぞ?」
冗談っぽくそんなことを言う竹谷の言葉を聞いて、孫兵は素直に竹谷の胸に顔を埋める。
あまりにもわんわん孫兵が泣いているので、一年生ズは帰らせておいてやろうと、竹谷は
アイコンタクトとジェスチャーで、一年生二人に合図を送る。分かりましたというような
仕草を見せ、一平と孫次郎は菜園を後にした。
「小町の家は無事だったけど、逃げ出してた毒虫は結局見つからなかったな。」
「小町だけでも・・・無事で・・・ひっく・・・よかったです・・・・」
「そっかそっか。」
ぎゅうっとしがみついてくる孫兵の頭を撫でながら、竹谷は孫兵の言葉に頷く。こういう
ところは本当に可愛らしいなあと思っていると、突然孫兵が顔を上げた。涙で真っ赤にな
った瞳でじっと顔を見つめられ、竹谷はドキッとしてしまう。
「ど、どうした?孫兵。」
「あまり泣いてばっかりいると・・・竹谷先輩に迷惑をかけてしまうと思って・・・・」
「別に迷惑なんて思ってないぞ?泣きたいときは存分に泣けばいいさ。」
「でも・・・」
涙をこらえている孫兵の頬にちゅっとキスをし、竹谷はニッと笑う。いきなりそんなこと
をされ、孫兵は驚いたような顔を見せる。
「俺は孫兵の泣いてる顔も笑ってる顔も大好きだからな。」
「なっ!?一平や孫次郎もいるのに、何してっ・・・あれ?」
二人が先程までいた場所をバッと見るが、その姿は見当たらない。
「一平と孫次郎なら先に帰らせた。」
「いつの間に・・・竹谷先輩がいきなりあんなことするから、ビックリして涙止まっちゃ
いましたよ。」
「じゃあ、もう俺の胸を借りてなくても大丈夫か。」
「あいつらもいないし、もう少しこのままでいます・・・」
涙は止まったが、もう少しだけ竹谷にくっついていたいと孫兵はそんなことを口にする。
背中に回されている腕に力が入っているのを感じ、竹谷は孫兵の方からくっついてきてく
れる嬉しさに胸を躍らせる。
「孫兵。」
「はい。」
「泣きたくなったり、寂しくなったりしたら、いつでも俺のとこに来ていいからな。」
「・・・・分かりました。」
何気ない竹谷の言葉が嬉しくて、孫兵の胸はひどくときめく。今は虫達よりも竹谷のこと
で頭がいっぱいだと思いながら、孫兵は竹谷の腕に包まれている心地よさにその身を委ね
るのであった。
敵も味方も入り混じり、楽しむものあり、戦うものあり、デートをするものありの文化祭。
どこの委員会もバタバタと大騒ぎのうちにその幕を閉じるのであった。
END.