仲良きことは良きことかな

「よーし、洗濯物終了!手伝ってくれてありがとう、文次郎。助かったよ。」
「俺もしなきゃいけなかったからな。礼には及ばねぇよ。」
ある晴れた休日。伊作と文次郎は溜まった洗濯物を洗い、晴天の下に干した。今日は実に
洗濯日和で、気持ちのよい乾いた風がいくつか並んだ制服を揺らしている。
「文次郎、今日はこの後何か予定ある?」
「特にないが・・・何でだ?」
「この前、乱太郎が町に出来た新しいうどん屋さんの話をしてくれてね。一緒に食べに行
きたいなあと思って。」
「へぇ、そりゃいいな。」
「じゃあ、外出届もらって、出かけようか。」
「そうだな。」
そんな話をしていると、どこからともなく小平太が現れる。
「うどん食べに行くのか!?私達も行くぞ!!」
「い、いきなり何言い出すんですか!?七松先輩!!」
休日にも関わらず、滝夜叉丸は小平太に捕まってしまい、強制ランニングの最中だった。
いつもは綺麗に整っている髪を軽く乱しながら、滝夜叉丸は小平太にそうつっこむ。
「別に構わないよ。みんなで行った方が楽しそうだし。」
「だったら、私服に着替えて門のところで待ち合わせするか。」
「おー!!」
「わ、私も行っていいんですか?」
「当ったり前だろ!!ほら、早く着替えて来ないと置いてくぞ!」
六年生ばかりで遠慮がちにそう問う滝夜叉丸に、小平太はいつものノリでそう返す。とり
あえず出かけるために着替えてこようと、四人は一旦自分の部屋へ戻った。

外出用の着物に着替えると、四人は小松田に外出届を渡し、町へ向かって歩き出す。森の
中の道に入るか入らないかのところで、普通に話をしていた文次郎が、突然伊作の腕を引
っ張り、自分の方へ引き寄せた。
「うっわ・・・・」
突然の文次郎の行動にわけが分からないというような反応を見せる伊作であったが、次の
瞬間、すぐ自分の目の前で滝夜叉丸が悲鳴を上げる。
「わあっ!!」
ドサっ・・・ドスン!!
そこには大きな落とし穴が掘られており、滝夜叉丸は見事にその落とし穴に落ちた。この
落とし穴に気づき、文次郎はそのまま進もうとしていた伊作の腕を引っ張ったのだ。
「気づいてなかっただろ?」
「う、うん。全然気づかなかった。」
「よかったな。今回は落ちなくて。」
「ありがとう。」
ニヤリと笑いながら、そんなことを言ってくる文次郎に、伊作は素直にお礼を言う。こう
いうところは伊作らしいと思っていると、穴の中から声が上がる。
「先輩達、私をガン無視で話してないで、助けて下さい!!」
「あ、ああ、すまない。ケガはないかい?滝夜叉丸。」
「軽く擦りむいたくらいで、そんなに大きなケガはないと・・・」
言葉が終わるか終わらないかのところで、滝夜叉丸の体は着物を引っ張られ宙に浮いた。
滝夜叉丸の体を引っ張り上げたのは、小平太であった。
「滝夜叉丸、救出完了ー。」
始めは上着の端を持っていただけの小平太であったが、滝夜叉丸の体が落とし穴から完全
に出ると、抱っこをするかのように滝夜叉丸を抱え上げた。
「文次郎、伊作!!」
「何だよ?」
「ここから町まで走って競争するぞ!!」
「へっ!?ちょっ・・・七松先輩!?」
「いけいけどんどーん!!」
滝夜叉丸を抱きかかえたまま、小平太はいつものように走り出す。あまりに勢いよく走ら
れ、滝夜叉丸はとにかく小平太にしがみつくしかなかった。
「仕方ねぇなあ。とりあえず、俺らも走るか。」
「うん。小平太、本当元気だよねー。」
小平太を追いかけるように走り出す二人だが、駆け出した瞬間、石につまづき伊作は派手
に転んだ。
ズザァァ―――っ
「そこで転ぶか?普通。」
「いたたた・・・」
「せっかく落とし穴には落ちなかったのに、それじゃ意味ねぇじゃねーか。」
「ぼくだって、転びたくて転んだわけじゃないもん。」
呆れたように言葉をかける文次郎に、伊作はぷぅっと頬を膨らませながら返す。何だか可
愛い反応をするなあと笑いながら、文次郎は伊作に向かって手を差し出した。
「ケガしてねぇか?」
「うん、大丈夫。」
文次郎の手を取って立ち上がると、伊作はパタパタと砂を払ってそう答えた。伊作が特に
大きなケガなく走れることを確認すると、文次郎は伊作の手を握ったまま走り出そうとす
る。
「それじゃ走るぞ。」
「うん。」
伊作の手を引くかのように文次郎は走り出す。さすが毎日鍛錬しているだけあって、走る
のも早いなあと思いながら、伊作は文次郎に引っ張られ、いつもより早いペースで森の中
を駆け抜けた。

何とか小平太に追いつき、乱太郎の話していたうどん屋に到着する。昼御飯の時間帯とも
夕御飯の時間帯ともずれていたので、それほど混んではいなかった。店の中に入ると、四
人はメニューを見て、どんなうどんを注文しようか考える。
「結構いろんな種類があるんだね。」
「そうだな。こんなにあると迷っちまうな。」
「俺は決めたぞ!」
「私も決まりました。」
小平太と滝夜叉丸は早々と決めるが、文次郎と伊作は少し時間をかけて選ぶ。周りの人が
どんなものを食べているかも観察しつつ、どれが食べたいかを考えた。
「よし、決めた。俺はきつねうどんにするぜ。」
「ぼくもきつねうどんにしよう。向こうの人が食べてる油揚げすっごく美味しそうだし。」
「すいませーん、注文お願いしまーす!」
小平太がそう声をかけると、店の人がすぐに注文を取りにやってくる。それぞれ自分の食
べたいうどんを注文すると、それが出来上がるのを待った。
「おまたせしました。きつねうどんになります。」
「文次郎、先に食べていいよ。」
「おう、ありがとな。」
同じきつねうどんを頼んだ文次郎と伊作だが、一番初めに来たものは伊作が文次郎に譲り、
文次郎が受け取ることになった。きつねうどんに続き、滝夜叉丸の注文した月見うどん、
小平太の注文した天ぷらうどんが次々と運ばれてくる。小平太の天ぷらうどんが来たとこ
ろで、店員はまだ注文した品が来ていない伊作に謝罪の言葉を口にした。
「申し訳ありません。ただいま、きつねうどん用の油揚げが切れてしまいまして・・・」
「あー、そうですか。なら、たぬきうどんでお願いします。」
「大変申し訳ありません。たぬきうどんですね。かしこまりました。」
店員が店の奥へ姿を消すと、伊作は苦笑しながら小さく溜め息をつく。
「あーあ、ぼくってやっぱり不運なんだな。」
「文次郎と同じの頼んだのにな。」
小平太の言葉に伊作は頷きながら笑った。それからそれほど時間をおかずに、たぬきうど
んが運ばれてくる。これはこれで美味しそうだと思い、伊作がいただきますと手を合わせ
ると、パッと小さな油揚げがどんぶりの中に投入される。
「きつねうどん食いたかったんだろ?」
「えっ?」
「油揚げ半分やるから、お前の揚げ玉も少し分けてくれよ。これで平等だろ?」
少し驚いたような反応を見せる伊作に、ニッと笑って文次郎はそんなことを口にする。き
つねうどんが食べれなくて、いつも通り不運だと思っていた伊作であったが、文次郎の粋
な提案のおかげできつねうどんよりもほんの少しだけ豪華なうどんが食べれることになっ
た。それが何だかとても嬉しくて、伊作は顔いっぱいに笑顔を浮かべ、文次郎にお礼を言
った。
「ありがとう!!」
「せっかくだから食べたいもん食べれた方がいいからな。俺だけ食べれるってのは不公平
だし。」
「文次郎はやっぱり優しいね。」
「べ、別にそんなことはない。」
文次郎のさりげない優しさに、伊作はそう口にする。優しいと言われ、照れから文次郎は
ほんの少しだけ顔を赤く染め、照れ隠しにそう返した。
「七松先輩・・・」
「ん?どうした?」
「何か潮江先輩と善法寺先輩、すごく仲良いですよね?」
「ああ、昔から仲良いぞ、この二人は。」
「潮江先輩、七松先輩や中在家先輩と三人でいるときとは全然雰囲気違いますし。」
あまりにナチュラルに仲の良いところを見せつけられ、滝夜叉丸は小平太にそう話す。し
かし、小平太からすれば、二人がこんな感じなのはいつものことなので、特に気にする程
のことではなかった。
「何だ?文次郎と伊作がイチャイチャしてるのが、うらやましいのか?」
うどんを食べるのをやめ、小平太は滝夜叉丸にそう尋ねる。小平太にそう言われ、滝夜叉
丸は赤くなりながら、首を横に振った。
「ち、違いますよぉ!!ただちょっと気になったから聞いてみただけで・・・・」
「よし、じゃあ、私の天ぷらを一つやろう!」
「べ、別にそんなつもりじゃ・・・・」
「遠慮すんなって。その代わり、私も滝夜叉丸の食べてるの味見させてもらうから。」
「それは全然構いませんけど・・・」
お互いのうどんの具を交換し合ったり、自分の頼んだものとは違ううどんを味見してみた
りと、四人はかなり仲良さげな雰囲気を醸し出し、ゆっくりとうどんを食す。味も雰囲気
もなかなかいい感じだと、四人はこのうどん屋をひどく気に入った。
「はあー、食った食った。」
「なかなか美味しかったですね。」
「そうだね。乱太郎達がおすすめだって言ってただけあるな。」
「だしも麺もいい感じだったしな。」
お腹いっぱいうどんを食べ、存分に満足した四人はそんな話をしながら外へ出る。満腹に
なったところで、これからどうしようかという話題を振ったのは小平太であった。
「滝夜叉丸、これからどうする?」
「何故私だけに聞くんですか?」
文次郎と伊作には尋ねようとする意志のない質問に、滝夜叉丸はそう返す。
「だって、文次郎と伊作はもう帰るだろ?」
「まあ、そのつもりだが。」
「今日はうどんを食べに来ただけだしね。」
「そうなんですか。それなら、ちょっと寄って行きたいお店があるんですけど・・・・」
文次郎と伊作がもう帰ることを聞いて、滝夜叉丸は素直に自分の希望を口にする。自分以
外が六年生という状況では、先輩の意見に素直に従った方がいいと思っていたのだが、二
人が帰るというなら話は別だ。
「寄って行きたいお店か。いいぞ、付き合ってやる。」
「ありがとうございます。」
「じゃあな、文次郎、伊作。私はこれから滝夜叉丸と買い物デートを楽しむから。」
「買い物デートか。楽しんで来てね。」
「じゃあな。」
そんなんじゃないと否定も出来ず、滝夜叉丸はデートという言葉に顔を赤らめていた。し
かし、小平太と二人で買い物をするというのはかなり久しぶりだったので、滝夜叉丸は内
心とても嬉しく思っていた。
「さてと、俺達は学園に帰るか。特に寄りたい場所とかはないだろ?」
「うん。帰ってしなきゃいけないこともあるし。」
「宿題でもあるのか?」
「いや、委員会の仕事。作らなきゃいけない薬があってね。」
「なるほどな。」
特に寄りたいところもないし、忍術学園へ帰ってからの予定もあるということで、文次郎
と伊作は忍術学園に向かって歩き出す。

町を出て、森沿いの坂道を歩いていると、後ろから女性の悲鳴が聞こえる。
「キャ―――っ!!」
振り返ってみると、赤ん坊の乗った乳母車がひとりでに坂道を下っていた。
「大変っ、文次郎!!」
「止めるか!?」
「でも、そのまま止めたら、赤ちゃんが・・・」
止めなければいけないが、下手に止めると反動で赤ん坊が飛び出してしまう。そんなこと
を危惧している間に、乳母車の後ろから縄標が飛んでくる。
ヒュンっ・・・くるくる・・・・
飛んできた縄標は乳母車の動きを止めたが、急に止まったことで、中にいた赤ん坊は外に
飛び出した。
『文次郎っ!!』
複数の声に名前を呼ばれ、ギンギンレシーブをするノリで、文次郎は転びながらも赤ん坊
をキャッチする。
ズザ――っ!!
「文次郎、大丈夫!?」
「あ、ああ、赤ん坊は無事だぜ。」
激しく転んだために、文次郎は手の甲を擦りむいたりしてはいるが、赤ん坊は無事であっ
た。そんな文次郎と伊作のもとに長次と仙蔵が駆け寄る。乳母車を止めるために縄標を投
げたのは長次であった。
「文次郎・・・赤ん坊は・・・・?」
「この通り大丈夫だぜ。」
「文次郎にしてはよくやったな。」
「長次に、仙蔵!!」
唐突に現れた長次と仙蔵に伊作は驚くような声を上げる。そんな二人の後を追って、赤ん
坊の母親がやってきた。
「ありがとうございます!私の赤ちゃんを助けてくれて。」
「いえいえ、本当赤ちゃんに怪我がなくてよかったです。」
「本当にありがとうございます。お礼をさせて頂きたいのですが、今何も持っていなくて。」
「気にしなくていいですよ。今度は乳母車、しっかり支えてくださいね。」
何度もお礼を言う赤ん坊の母親と別れると、文次郎と伊作、長次と仙蔵は再び忍術学園に
向かって歩き出す。少し歩いたところで、伊作は文次郎の手の傷から血が出ていることに
気づく。
「あっ、文次郎。」
「何だ?伊作。」
「手、出して。ケガしてる。」
「ん?ああ。」
文次郎の手を取ると、伊作は持っていた簡易救急セットで、傷の手当てをする。綺麗に包
帯を巻くと、伊作はちゅっとその手の甲に口づける。
「早く治るようにおまじないしておいたから、きっとすぐ治るよ。」
「ああ、ありがとな。」
いつも通りなやりとりと言わんばかりに、ナチュラルにイチャついている二人を見て、長
次はさすがだなあと感心する。
「手当てが終わったんなら、早く行くぞ。」
長次とは対照的に仙蔵は二人の行動にはあまり興味がないらしく、さっさと行くぞと声を
かける。そんな仙蔵は、何故か女装をしている。
「というか、仙蔵何で女装してるの?」
「今日は長次とデートだからな。」
『・・・・・。』
「・・・もあるが、この格好だといろいろサービスしてもらえるからな。」
文次郎と伊作があまりリアクションを取ってくれないので、仙蔵は女装の理由の言い直す。
「本当?」
「ああ、ほら。」
伊作の問いに仙蔵は荷物の中身を見せる。そこにはおまんじゅうや髪飾り、綺麗な和紙等
様々なものが入っていた。
「これ、全部タダでもらったのか?」
「ああ・・・仙蔵は可愛いから。」
「すごーい!!いいなあ!!」
「だったら、お前らも女装して出かければいいんじゃないか?まあ、私の女装には敵わな
いと思うけどな。」
ふふんと自慢げにそんなことを言ってくる仙蔵に、文次郎は少々イラっとするが、伊作は
素直に羨ましがる。
「個人的には薬草とか欲しいなあ。今度ぼくも女装して出かけてみようかな。」
それは悪くないと文次郎は思ったが、あえて口には出さなかった。せっかくなら、その時
は一緒に出かけたいものだと思っていると、伊作がくいっと着物の引っ張る。
「文次郎もその時は一緒に出かけようね。」
「ああ、気が向いたなら。」
「えー、一緒に行こうよー。」
「しょうがねぇな。」
そっけない返事をする文次郎だが、内心は女装した伊作と出かけられるということを嬉し
く思っていた。そんなふうに次のデートの約束をしている文次郎と伊作を見て、長次はボ
ソっと何かを呟く。
「私達も負けてられないな・・・・」
「何か言ったか?長次。」
「いや、次はいつ出かけようかと思って・・・・」
「もう次のデートの話か?そうだな・・・」
長次の言葉に仙蔵は実に嬉しそうに言葉を返す。まだ、それぞれのデートが続いている中、
どちらも次のデートの話で盛り上がり、まさに二人の世界というような雰囲気を醸し出し
ながら、忍術学園までの帰路を歩くのであった。

                                END.

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