『これから長い旅に行ってくるけど、いい子にしてたら必ず帰ってくるからな。』
『景吾は一人で何でも出来るものね。』
『うん、だいじょうぶだよ。いい子にしてまってる!』
『じゃあね。』
『早くかえってきてね。』
ずっとずっといい子にしてるよ。どうして帰ってきてくれないの?いろんなことたくさん
できるようになったんだよ。一人で本当に何でもできるようになったんだよ。でも、一人
はさびしいよ。ボクは、いらない子・・・?
「・・・・・っ!!」
日の光が窓から差し込むベッドの上で、跡部はどうしようもない絶望感を感じながら目を
覚ます。悪夢から覚めた後も、胸を締めつけられるような孤独感が跡部を襲う。
「くそっ、またあの夢か。一人でいることにはもう慣れただろう。」
自分自身に言い聞かせるように、跡部はそんなことを口にする。森の奥にある大きな屋敷
に跡部は一人で住んでいた。跡部の両親は、跡部がまだ幼い頃、跡部をこの屋敷に残し、
どこか遠くへ出て行ってしまった。何をしているのか、何の為に出て行ったのかは、跡部
には全く知らされていなかった。
「もう気にしてねぇつもりなんだけどな。」
一人で暮らし始めてから既に十年近く経っているが、時折、両親が出て行ってしまった時
のことを夢に見ることがあった。遠い記憶であるにも関わらず、その夢を見るたびに両親
が帰ってこない寂しさや自分はいらない子ではないのかという不安感がフラッシュバック
する。今はもう半分諦めてはいるが、両親がすぐに帰ってくると思っていた幼い頃は、そ
の寂しい状態が永遠に続くのではないかと思うほど、果てない日々であった。
「家の中にずっといるのもあんまりいい気分じゃねぇし、今日は外に出かけてみるか。」
もやもやする気分をどうにか晴らそうと、跡部は外に出かける準備をし始める。屋敷の周
りは森になっているので、軽く散歩をするだけでも、かなりの気分転換になる。外出用の
服に着替え、跡部は眩しい日差しの下へ出た。
「外に出たはいいが、今日は少し暑いな。」
森の中を歩きながら、跡部はそんなことを呟く。夏真っ盛りな上、今日は雲一つない青空
が広がっていた。少しでも日陰を歩こうと跡部は大きな木の下を選んで歩く。
ザアアァ・・・
真夏の風が木の葉を揺らし、跡部の気分をほんの少しいい気分にさせる。何か面白いこと
でも起こらないかと思った次の瞬間、一際大きく木の枝が揺れ、不自然な影が跡部の上に
かかる。
「うわああっ!!ちょっ・・・避け・・・・!!」
「はっ?」
ドサっ!!
木の間を突き抜け、跡部の上に落ちて来たのは、人のようなものであった。否、ほぼ人で
あった。ほぼというのは、下敷きにされている跡部の目に人間のものではない耳と長い尻
尾が映ったからだ。
「うわあっ、わ、悪ぃっ!!わざとじゃねぇんだ!!ちょっと、木登りしてたら落ちちま
って・・・・」
「ってぇ・・・何だよ、お前・・・いきなり空から降って来やがって。しかも、何だ?こ
の耳。」
「ふにゃあっ!!み、耳に触るんじゃねぇ!!」
目の前にある丸く縞模様の入った耳を掴むと、跡部の上に落ちてきた少年は猫のような声
を上げる。その反応を見て、跡部はその虎のような耳が神経の通った本物の耳だと気づく。
「お前、もしかして獣族か?」
「そ、そうだけど。お前は・・・動物っぽくねぇし、虫でもねぇし、羽もついてねぇし、
匂いもしないから、人族か?」
「まあな。とりあえず、俺の上からどいてくれねぇか?」
「あっ、悪ぃ。」
「お前、名前は?」
「俺は宍戸亮。獣族だ。お前は?」
「俺は跡部景吾だ。この近くの屋敷に住んでる。」
宍戸が跡部の上から下りると、軽く名前だけ名乗り合う。お互いの名前が分かると、二人
は向かい合って、話をし始める。
「俺もだいたいこの近くで過ごしてるけど、初めて会うな。」
「へぇ、そうなのか。」
「人族の奴とこんなにたくさん話すのも初めてだ。」
実に嬉しそうな笑顔で宍戸はそんなことを言う。跡部も久しぶりに他の者と話したので、
非常に胸が高鳴っていた。
「さっき木登りして落ちたとか言ってたが、一人で何やってたんだ?」
「いや、別に何してたってわけじゃねぇけど。暇だからちょっと登ってみようかなあって
その程度だぜ。」
「そうか。だったら、少し俺に付き合え。」
「えっ?」
「二人じゃなきゃ出来ないことしようぜ。」
二人でなければ出来ないことは何だろうと、宍戸は興味津津とばかりに尻尾を揺らす。
「何するんだ?」
「それは俺について来てからのお楽しみだ。」
「んじゃ、とりあえずついて行ってみるぜ。」
宍戸の返事を聞いて、跡部は屋敷に向かって歩き出す。どこに行くかは分からないが、き
っと楽しいことが待っているに違いないと、宍戸はうきうきとした様子で跡部について行
く。
「着いたぜ。」
跡部が宍戸を連れてやってきたのは、屋敷の敷地内にあるテニスコートであった。昔は両
親と一緒によくテニスをしていたので、ラケットやボールはいくつもあった。試合をする
ことは出来ないが、テニス自体はとても好きだったので、暇さえあれば跡部はテニスの練
習をしていた。
「テニスコートだ!」
「おっ、お前、テニス出来るのか?」
「こんなにちゃんとしたコートではほとんどやったことないけど、一応出来るぜ。俺、テ
ニスするのすげぇ好き!」
「それなら好都合だ。一人じゃ試合は出来ねぇからな。しようぜ。」
「おう!」
真昼の灼熱の日差しの下、二人はテニスの試合を始める。こんなふうに試合をするのは、
本当に久しぶりなので、跡部も宍戸もかなりテンションが上がっていた。
(この感じ、すげぇ久しぶりだ。)
ボールを打てば、自分の予想とは違う形で自分の元へと戻ってくる。試合をしているので、
当たり前のことではあるが、それがどうしようもなく跡部は嬉しかった。一人きりで練習
をしていると、時折、やりきれない孤独感を覚えることがあった。練習をするのではなく、
『テニスをする』という感覚。テニスをすることが大好きだという半ば忘れかけていた想
いが、宍戸と打ち合いをしていることで蘇る。
「オラァっ!!」
「甘いぜ!!」
「くっ・・・負けるもんか!!」
「ふっ、やるじゃねぇの。」
どちらもイキイキとした表情で、夢中になってボールを打ち合う。時間を忘れ、体力の続
くまで、二人はテニスをし続けた。
「ハァ・・・さすがにちょっと休みたいかも。」
「そうだな。随分と夢中になってやっちまった。」
「疲れたけど、激楽しかった!!ありがとな、跡部!」
「あれ?」
汗びっしょりになりながら、満面の笑みでお礼を言う宍戸を見て、跡部はちょっとした変
化に気づく。
「どうした?」
「お前、さっきまで虎みてぇな耳と尻尾だったよな?」
「へっ?」
跡部にそう言われ、宍戸は軽く自分の耳を触ってみる。真ん丸でシマシマ模様の耳は、い
つの間にか、真っ黒で長い耳に変わっていた。
「あー、テンション上がって、だいぶ楽しかったからな。こっちのモードになっちまった
みたいだ。」
「こっちのモード?どういうことだ?」
「知らねぇのか?人族以外、獣族とか虫族とか鳥族とかは基本的に二つのモードがあって、
気分とか状況によって変わるんだぜ。」
「ほぅ。ということは、お前は虎とうさぎってことか?」
「ああ。そうだぜ。」
「虎モードもなかなかだが、うさぎのモードも可愛いぜ。」
「なっ!?」
思ってもみないことを言われ、宍戸の顔は真っ赤になる。虎モードであれば、文句の一つ
も言えるのだが、うさぎモードではただただ恥ずかしがるしか出来ない。そんな反応をす
る宍戸を見て、跡部の胸は高鳴った。
「もう・・・変なこと言うなよ。」
「思ったままを言っただけだぜ。」
「・・・帰る。」
あまりにも恥ずかしいので、宍戸は跡部にくるっと背を向けて走り出そうとする。
「あ、おいっ!!」
跡部が声をかけると、宍戸はピタッと足を止める。そして、跡部の方を振り返らぬまま、
言葉を放つ。
「あ、明日も遊びに来ていいか・・・?」
「ああ。もちろんだ。いつでも来ていいぜ。」
「じゃ、じゃあ、また明日な!!」
パタパタと走り去って行く宍戸を見送りながら、跡部は鼓動がひどく速くなるのを感じる。
今までモノクロであった景色が一気に色づくような感覚に、心が激しく揺さぶられる。何
かが大きく変わり出す瞬間、熱い鼓動が胸の中で今までとは違う時を刻み始めた。
それから、毎日のように宍戸は跡部の屋敷に遊びに来るようになった。毎日のようにテニ
スで闘い、親交を深めてゆく。ずっと一人きりでは、向かうはずのなかった道が跡部の前
に出来ようとしていた。
「跡部、跡部っ!!」
大きな声で跡部の名前を叫びながら、宍戸は跡部の屋敷の扉を開ける。
「騒がしいな。どうした?宍戸。」
ドアの前に立ちつくしている宍戸は、大きな箱のようなものを抱えていた。息を切らした
宍戸は何故か泣きそうな顔になっていた。ただごとではないと、跡部は宍戸の目の前まで
移動する。
「何故そんな顔をしてる?何があったんだ?」
「これ・・・」
宍戸は持っていた箱を跡部に渡す。その箱の中には、封筒のようなものが山ほど入ってい
た。その箱の中のものを一つ手にし、跡部はそれが何かを確認しようとする。
「―――っ!!」
その封筒に書かれていた文字を見て、跡部は箱に入っているものを次から次へと手に取る。
「宍戸・・・これは・・・?」
「鳥族の友達と遊んでたらそいつが持ってて、森の入口にあって、綺麗だったから持って
来たって・・・それで、もっと詳しく話を聞いたら、他の奴も同じようなものを持ってる
って・・・それを全部集めてきたら、これだけあって・・・・」
「そんな・・・・」
宍戸が大量に跡部の持ってきたもの。それは跡部宛への手紙や本であった。差し出し人は
全て跡部の両親からであった。日付の古いものでは、跡部の両親が出て行ってから一年以
内のものもあった。
「たぶん・・・跡部の家は森の奥にあるから、配達する人族の奴が届ける前に諦めちまっ
て・・・適当な場所に置いて行って、それを他の奴らが綺麗だからとかキラキラしてるか
らとか、そういう理由で持ってっちまったんだと思う。」
「悪いが、ほんの少しの間・・・一人にしてくれないか?」
「お、おう・・・」
跡部にそう言われ、宍戸は手紙の入った箱を跡部に渡すと、屋敷の外へ出た。しかし、ど
こかに遊びに行くようなことはせず、跡部の屋敷のドアの前で座り込む。
(今更・・・こんなもの・・・)
あまりの突然の出来事に混乱しながらも、跡部は日付の古い手紙から一つ一つ丁寧に目を
通す。そこには、すぐに帰ることは出来ないが、跡部のことを思い、心配しているような
言葉が、何の為に出て行ったか、今何をしているかが事細かに書かれていた。
「これが・・・ちゃんと、届いていたら・・・・」
これらの手紙が自分の元へ届いていたならば、幼い頃にあんなにも寂しい思いや孤独感を
感じなくて済んだと、跡部は手紙を持つ手を震わせ、涙を流す。深い孤独感と絶望感で、
楽しく過ごせるはずの幼い日々の多くの時間を失ってしまった。涙を拭いながら、送られ
てきたものを読み進めていくと、両親がどれだけすごいことをしているかに気がつく。
「これは・・・なかなか興味深いな。」
跡部の両親は、世界中を回り、この世界の種族のことについて実際にそれぞれの種族に話
を聞いたり、協力をしてもらったりして、研究を行っていた。比較的最近送られてきたも
のには、その研究についてまとめた論文や本が入っていた。興味深いその内容に跡部は夢
中になって目を通す。全てを読み終えると、跡部は今まで得られなかった何かを掴んだよ
うな気がした。
カタンっ・・・
すっかり日は暮れているにも関わらず、外から何か音が聞こえる。こんな時間に屋敷を訪
れる者はいないので、跡部は気になって窓から外を見る。
「あいつ・・・ずっと待っていやがったのか。」
二階の自室にいたために、跡部は階段を下りて扉を開ける。扉の側には、長い耳を垂れた
宍戸が体育座りの形で座っていた。
「宍戸。」
「あ、跡部・・・」
「ずっと待ってたのか?」
ほんの少し跡部が目を腫らしていることに気づき、宍戸はぶわっと目に涙を溜める。そし
て、跡部に抱きつき、声を上げて泣き始める。
「うわあぁぁ・・・ゴメンっ!!ゴメンな!!あの手紙・・・全部・・・跡部のだったの
に・・・・俺達が届けなくしちまって・・・」
「お前の所為じゃないだろ。」
「でもっ・・・でも・・・あの手紙が届かなかったから・・・跡部はずっと寂しい思いし
て・・・・」
跡部から幼い頃の話やずっと一人であったという話を聞いているので、宍戸は今までどれ
だけ跡部が寂しい思いをしていたか知っていた。だからこそ、届くはずだった跡部の両親
からの手紙を見つけ、急いで持って来たのだ。
「落ち着け宍戸。俺は大丈夫だ。それに、お前がアレを届けてくれたおかげで、俺がいら
ない子じゃねぇって分かったし、父さんと母さんがどんなことをしてるかも分かった。だ
から、お前に感謝はすれど、責めたりなんてしねぇよ。」
「本当か・・・?」
涙を流しながら宍戸は顔を上げる。自分のことを思って、ここまで泣いてくれるとは思っ
ていなかったので、跡部はどうしようもなく宍戸のことを愛しく感じる。
「ああ、本当だ。だから、泣くな。」
「おう・・・」
「俺の父さんと母さんは、この世界の種族のことについて研究しているらしい。人族、獣
族、鳥族、魚族、虫族、花族・・・それぞれの種族がどんな特性を持っているのか、どん
な違いがあるのか、そんなことを調べている。父さん達が書いた本を見て、俺ももっとそ
れを知りたいと思った。だから、宍戸・・・」
宍戸の頬にすっと手を当てながら、跡部は宍戸の目を見つめる。跡部の真っ青な瞳に射抜
かれ、宍戸の鼓動は速くなる。
「お前のことを、いや、お前ら様々な種族のことを、俺に教えてくれないか?」
「え、えっと・・・・」
「お前にはいろんな種族の友達がいるみてぇだし、そいつらと俺も知り合いになれたらい
いと思ってな。」
「それくらいなら、全然構わねぇぜ。」
「それから、俺は何よりもお前のことをもっと知りたい。だから、遊びに来るレベルじゃ
なくて、お前もこの屋敷に住むくらいなレベルで、もっと一緒にいてくれねぇか?」
真剣な眼差しでそんなことを言う跡部の言葉が嬉しいながらも恥ずかしく、宍戸はしばら
く黙ってしまう。このままだと、何も言えなくなってしまうと、宍戸は真っ黒な耳をポム
っと丸い耳に変えて、跡部の言葉に答えた。
「あ、跡部がどうしてもっていうなら、ここに住んでやってもいいぜ。」
「ふっ、なら今日からお願いするぜ。」
「今日から!?」
「何だよ?嫌なのか?」
「べ、別にそんなこと言ってねーし。あまりにも急だから、ちょっと驚いただけだ。」
「そうか。」
虎モードの宍戸は、若干天邪鬼なことを言いながらも、顔や態度には本当の気持ちが表れ
る。それが何とも可愛らしいと、跡部は顔を緩ませた。あの時、一人になってから、再び
誰かと共に生活をすることなど永久に叶わない夢だと思っていたが、それが今、ふとした
きっかけで叶おうとしている。
「長く一緒にいりゃ、ケンカもするだろうが、これからよろしくな、宍戸。」
「おう!」
跡部の言葉に宍戸は笑顔で頷く。長い間、一人で孤独と闘ってきた跡部に贈られた輝かし
い日々。それをしっかり掴み取り、跡部はこの状況に心から感謝していた。
宍戸と共に暮らし始めてからしばらく経ったある日の夜、跡部はまた例の悪夢を見る。眠
る直前までは宍戸と他愛もない話をし、実にやすらぐ時間であった。そんなやすらぎも束
の間、その夢の中に落ちた瞬間、跡部の心は凍りつく。
(ああ・・・また一人になっちゃう。いやだ・・・さみしいのは・・・)
夢の中でそう思った瞬間、パシッと誰かに握られる。振り向くと、夢の中の自分と同じく
らいの年齢になっている宍戸がしっかりと手を握っていた。
『おまえはもう一人じゃねぇだろ!』
『全然帰れなくてゴメンね。でも、私達はいつもあなたのことを思っているわ。』
『いつかお前にもこの研究を手伝って欲しい。だから、もう少し待っていてくれないか?』
宍戸の後ろには、両親の姿。その瞬間、心の中を表すように薄暗かった辺りに明るい光が
差し込む。
(そうだ、俺は一人じゃない。)
跡部の心にそんな想いが鮮やかに蘇る。宍戸の手を握り返すと、宍戸はこの上ない笑顔を
跡部に向けた。
『オレは、おまえとずっといっしょにいてやるからな。』
そんな宍戸の情熱的な言葉を聞いて、跡部の胸は甘い心地よさで満たされる。こんないい
気分になったのはいつぶりだろうと思いながら、跡部は夢の世界を離れた。
「ん・・・」
あの夢を見たにも関わらず、全く嫌な気分になっていない。ふと夢の中と似たぬくもりを
掌に感じ、跡部はゆっくり目を開ける。
「夢だけど、夢じゃなかったってわけか。」
ぬくもりを感じる右手に目をやると、寝息に合わせて長い耳を揺らしている宍戸がしっか
りと握っていた。空いている左手で宍戸の頭を優しく撫でてやると、宍戸は眠そうに目を
開ける。
「跡部・・・?」
「あ、悪ぃ。起こしちまったか?」
「んー・・・だいじょーぶ・・・・」
「まだ、寝てていいぞ。」
「おー・・・」
「わっ・・・」
寝惚けている宍戸は、にこーっと笑いながら跡部に抱きつく。その笑顔が夢で見た宍戸の
笑顔と重なり、跡部の鼓動は速くなる。
「・・・俺はもう一人じゃねぇ・・・か。」
夢の中で呟いた言葉を現実でも呟いてみる。全身で感じるぬくもりがそれが嘘ではないこ
とを教えてくれていた。高鳴る鼓動は、その言葉を繰り返し語っているようで、寂しさと
は真逆の感情を跡部にもたらす。
「こんなに明日が来るのが楽しみになるなんてな。」
ふっと笑いながら、跡部は目を閉じる。腕にしっかりと宍戸を抱き、幸せな気分で眠りに
ついた。
跡部と宍戸が出会った夏はそろそろ終わりに近づいている。しかし、夏が終わったとして
も、これから二人はいくつもの季節を共に過ごしていくのだ。宍戸と出会い、跡部は夢を
見つけ、その夢に掴むため、新たな旅を始めるがごとく、二人は共に過ごすことを決めた。
二人分の鼓動は二人で過ごす時間を刻み始める。新たな道に向かって歩み始めた二人の物
語は、まだまだ始まったばかりだ。
END.