39GalaxyZ

普段なら教室で授業をしている午前中の時間に、氷帝学園テニス部のレギュラーメンバー
は体育館にいた。今日は一限目、二限目、三限目、四限目の時間を使っての球技大会が行
われる予定だ。球技大会ということで、球技系の部活に入っているものは、その種目には
出場出来ない決まりになっている。そのため、テニス部であるメンバーは各々テニスでは
ない別の競技に参加していた。体育館では、現在バスケットボールの試合が行われている。
「俺が攻めに変えてやるよ!」
同じクラスのメンバーからパスを受け取った宍戸は、ゴール下に向かって走り出す。テニ
スの試合でも素早く動くことを得意とする宍戸は、ファーストブレークで一気に攻めた。
ゴール下まで行ったなら、カッコよくスラムダンク!!といきたいところであるが、バス
ケ部でもなく、それほど身長も高くない宍戸にはそれは出来ない。走りながらどうしたも
のかと考えていると、聞き慣れた声が耳に入る。
「宍戸!!」
その声を聞き、宍戸は反射的にその声の主にパスを出した。
『あっ・・・』
宍戸も同じクラスのメンバーも思わず声を上げる。宍戸がパスを出した相手は、現在は対
戦相手である跡部であった。普段ならテニス部で味方として他校と試合をしているので、
ついつい今も味方だと勘違いをし、パスを出してしまったのだ。
「バーカ。敵にこんなにいいパス出すなんて、油断しすぎだぜ?」
宍戸からパスを受け取ると、跡部は逆方向のゴールに向かって走り出す。先程までのオフ
ェンスが一変して、ディフェンス側に回った宍戸のクラスは、何とかボールを取り返そう
と跡部を追いかける。
「くっそー、絶対取り返してやる!!」
間違えて跡部にボールを渡してしまった宍戸は、跡部からボールを取り返さないと示しが
つかないと、持ち前の素早い動きで跡部よりも前に出る。そんな宍戸を無視するかのよう
に、跡部は少し離れた場所からシュートを決めようとした。
「させるか!!」
ボールが上昇しきる前に宍戸は岳人ばりのジャンプを見せて、ボールを弾く。弾かれたボ
ールはコートの外へ飛んで行ったために、跡部のクラスのボールとなった。
「フン、なかなかやるじゃねぇの。」
「テニスじゃねーけど、負けるわけにはいかねぇからな。」
どちらも汗を拭いながら、そんな会話を交わす。テニスほど自分の力を出すことは出来な
いものの、跡部も宍戸も身体能力は高いので、チームの中心となって試合を進める。ゾー
ンプレスを仕掛けたり、ちょっと勢いがつきすぎてターンオーバーになったりと、ボール
の保持権が跡部のクラスと宍戸のクラスを行ったり来たりしながら、試合は進んでいった。
「残り30秒!!」
審判である他のクラスの生徒の声を聞いて、どちらのクラスもラストスパートをかける。
それほど点差は開いていないため、どちらが勝ってもおかしくない状況であった。接戦の
状態で、残り10秒となると、応援している生徒も試合に出ている生徒もかなりテンショ
ンが上がっていた。
「10、9、8、7、6、5・・・・」
残り5秒というところで、跡部が再度シュートを決めようとする。今度ばかりは、宍戸の
カットも届かず、ボールは弧を描いてゴールに向かって行く。
ボスッ
小気味いい音を立て、ボールはゴールに入った。今のゴールでちょうど跡部のクラスが宍
戸のクラスを逆転することになり、ボールが床に落ちたと同時に、試合終了を告げるホイ
ッスルが鳴った。
「あー、くそっ!!止められたらうちのクラスの勝ちだったのに!!」
「残念だったな。」
「負けたのは悔しいけどよ、一番最後のあのシュート、よく入ったよな。あれはさすがに
すげぇと思った。」
試合が終わって宍戸は真っ先に跡部に声をかける。悔しそうにしながらも、感心するよう
な言葉を口にする宍戸に、跡部の顔は自然と緩む。
「まあな。それよりこの後お前のクラスも特に試合はねぇんだろ?ちょっとどこかで休憩
しようぜ。」
「おう、いいぜ。ゆっくりしてぇから、レギュラー部室とかかなあ。跡部、鍵持ってんだ
ろ?」
「ああ。それじゃ行くか。」
「おう!」
特に他のクラスの応援等はせずに、跡部と宍戸はテニス部のレギュラー専用部室へと向か
う。ここのところ宍戸と話す機会があまりなかったので、跡部の気分はかなりよくなって
いた。

部室に到着し、鍵を開けようとドアに手をかけると跡部は何か違和感を感じる。試しにド
アノブを回してみると、鍵はかかっておらずそのまま開いてしまった。
「あれ?開いてるみてぇだな。」
「そうだな。基本的には戸締りは厳重にさせるはずだから、何もなしで開いてるってこと
はねぇんだが・・・」
「とりあえず入ればいいんじゃねぇ?」
そう言いながら、宍戸はガチャっとドアを開け、部室の中に入る。そこには、滝と鳳が作
業をしながら、楽しそうに話していた。
「何やってんだ?お前ら。」
「あれ?跡部に宍戸。部室に何か用?」
「特に用があって来たわけじゃねぇよ。つーか、お前らこそここで何してんだよ?」
「ちょっと部費の会計関連で、まとめなきゃいけないことがあってね。監督に鍵を借りて、
入らせてもらったんだ。」
「なるほどな。長太郎は滝の手伝いって感じか?」
「はい。俺のクラスはもう特に試合がないんで。」
滝と鳳が部室にいる理由を理解した二人は、特に作業を手伝うということはせず、空いて
いる椅子に座った。
「そういえば、さっきの跡部のクラスと宍戸のクラスの試合、すごかったね。」
「ああ。見てたのか?」
「一応ね。宍戸が跡部にパス出したのには笑ったけど。」
「あ、あれはちょっと間違えちまっただけだ!跡部が俺の名前呼ぶから・・・」
「だからって、敵にパスは出さないでしょ。まあ、宍戸は跡部が超好きだから仕方ないか
もだけど。」
「なっ!?そんなことねーよ!!」
滝の言葉に宍戸はボッと顔を赤く染めながら、否定する言葉を放つ。しかし、跡部や滝か
らすれば、その言葉と態度が滝の言葉を肯定しているようにしか聞こえなかった。
「まあ、跡部も大概だけどねー。」
「アーン?どういうことだよ?」
「ここ最近、跡部は部活の引き継ぎやら生徒会で忙しかったし、宍戸は宍戸でいろいろ用
事があったみたいだから、二人ともあんまり顔を合わせてなかったでしょ。」
「そう言われてみればそうかもな。」
確かに最近は今日まであんまり話せてなかったなあと宍戸は滝の言葉に頷く。そういうこ
とは別段珍しいことではないので、宍戸としては気にしていなかった。
「俺は何度か跡部と話す機会があったんだけどねー、会うたびに『忙しすぎて、宍戸と話
せねぇ』とか『まあ、別に俺様が会いたいとか思ってるわけじゃねーけど』とか、強がっ
てるんだか、弱気になってんだかよく分からない発言しまっくてたよ。」
「へぇー、マジか。」
跡部がそんなことを言うとは意外だと、宍戸はニヤニヤしながら跡部を見る。やはりそう
思ってもらえるというのは、宍戸にとって嬉しいことなのだ。
「別にいいだろ。ここのとこ忙しすぎたのがいけねぇんだ。普段なら会えるはずの奴に会
えなかったら、そりゃ愚痴の一つも言いたくなるだろーが。」
「だから、今日は跡部すごいご機嫌だよね。こんなに宍戸と一緒にいて、話せてるんだか
ら。」
「そうなのか?」
いつも通りだよなあと宍戸は首を傾げる。その仕草が何とも言えず可愛いと、跡部は思わ
ず宍戸の頭に手を伸ばし、ポムっとその手を頭の上に乗せた。
「そうかもな。」
「何で頭に手乗せんだよ?」
「アーン?テメェがそんなふうに誘うような仕草するからだろうが。」
「なっ!?別にそんな仕草してねぇだろ!!」
ポムポムと頭を撫でる跡部に、宍戸は真っ赤になりながら反論するようなことを言う。し
かし、頭を撫でる跡部の手を払おうとはしなかった。
「本当、俺達が空気みたいに平気でいちゃつくよねー。」
「でも、ケンカされるよりはいいじゃないですか。」
「まあね。やらなきゃいけないことも終わったし、そろそろ行こうか長太郎。」
「はい。二人の邪魔しちゃ悪いですしね。」
いちゃつく二人の様子をクスクスと笑いながら見つつ、滝と鳳は部室を後にしようとする。
「跡部、鍵持ってるよね?監督から借りた鍵、返しちゃうよ。」
「ああ。」
「んじゃ、お先〜。あんまりいちゃつき過ぎないようにね。」
「お疲れ様です。」
どちらも跡部と宍戸に声をかけると、一緒に部室を出て行く。出て行った後に、何故だか
ガチャっと鍵がしめられた。
「滝の奴、鍵しめやがったな。」
「俺らがまだ中にいるのにな。つーか、いい加減手どけろよ。」
さすがにこれ以上触られるのは恥ずかしいと、宍戸は軽く跡部の手を払おうとする。手を
払われた跡部は、もう一度頭に手を触れることはせず、宍戸の頬にそっと手を添えた。
「っ!!」
「滝の言ってた通りだな。久しぶりにお前とこんなに一緒にいれて、たくさん話せて、す
げぇテンション上がってる。」
「そ、そうかよ。」
「お前は?お前はどうなんだよ?」
「えっ?」
「俺と一緒にいるのは楽しくねぇって?」
「そ、そんなこと言ってねぇだろ!!・・・あのときは言わなかったけどよ、俺がレギュ
ラー復帰出来るように努力したのは、やっぱお前と一緒にテニスがしたかったからだし。
お前と一緒にいれるなら、何度でも這い上がってやるって思ってた。そんなだから・・・
跡部と一緒にいて、楽しくねぇなんてこと・・・」
聞いていないところまで宍戸が話してくれるので、跡部はどうしようもなく嬉しくなって、
その言葉を遮るように宍戸に唇を塞ぐ。突然のことに驚く宍戸だが、跡部のその行動に抵
抗をしようとはせず、むしろ受け入れるかのように、跡部の制服をぎゅっと掴んだ。
「・・・ふ・・はっ・・・」
「お前はそのままでいて、俺と一緒にいられるように突き進んでくりゃいい。そうしたら、
もっと高い場所まで翔べるだろうよ。」
「言われなくてもそうするつもりだ。明日も明後日も明々後日も一年後も三年後も、跡部
と一緒にテニスするんだからよ。」
「ふっ、嬉しいこと言ってくれるじゃねぇの。」
宍戸も跡部も相手が口にしてくれる言葉がひどく嬉しいものだと思っていた。最近あまり
一緒にいれなかったこともあいまって、胸の鼓動がいつもより少し速くなる。
「なあ、宍戸。」
「ん?何だよ?跡部。」
今は部室に二人きり。こんな状況で何もしないのはもったいないと、跡部は宍戸の耳元で
とある言葉を囁いた。

部室を出た滝と鳳は、榊に鍵を返すため、音楽室へと向かっていた。まだ、球技大会の途
中なので、他の生徒は校庭や体育館にいるため、音楽室までの廊下はひどく静かだった。
「跡部と宍戸、相変わらずだったねー。」
「そうですね。でも、人前でも気にせずあんなに仲良く出来るって、ちょっと羨ましいで
す。」
「俺は長太郎といつでも仲良くしたいと思うけど?」
「羨ましいと思いますけど、自分がそうするってのは、恥ずかしすぎて無理です。あっ、
滝さんと仲良くするのが嫌とかじゃ全然ないんで!」
「あはは、分かってるよ。長太郎は恥ずかしがり屋だもんね。」
「すいません。」
「謝らなくてもいいって。でもさー、跡部と宍戸はケンカしながらもあんなにイチャイチ
ャしたりしてるし、岳人と忍足も全然違うタイプなのに、お互いのことすごく信頼し合っ
てて仲がいいし、ジローと樺地もまた他のメンバーとは違う感じでお互いのこと想い合っ
てあるよね。もちろん、俺も長太郎のことすごく大好きだしさ。一人一人みんな普通の人
とはちょっと違う感じでお互いを心から想い合って、支え合ってる。本当心地のいい場所
だよねー。ここのテニス部って。」
「そうですね。」
「俺は今正レギュラーじゃないけど、みんなと一緒にいられることをすごく嬉しく思うよ。
本当に失くせないし、失くしたくない場所だな。」
しみじみとした口調で滝はそう語る。それを聞いて、鳳の胸はきゅうっと切なくなった。
「滝さん・・・」
「自分の居場所があるって、すごく幸せなことだよね。」
「俺もそう思います!俺、小学生とか中学校に入学したばかりは、本当弱虫で臆病で、人
見知りで・・・でも、テニス部に入ってちょっとずつそれが変わりました。特に滝さんと
ダブルスを初めて組んだときは、もっと頑張らなきゃって気持ちになって、自分を変える
きっかけになったと思います。」
「そっかー。そう言ってもらえると嬉しいなあ。ほら、俺が正レギュラー外れてからは、
宍戸とのダブルスがメインだったじゃない?」
鳳の言葉を聞いて、滝は本当に嬉しそうに笑う。その笑顔に鳳の胸は高鳴った。そんな話
をしているうちに音楽室に到着した。
「監督、部室の鍵返しに来ました。」
「ああ、ご苦労。」
「それじゃあ、お疲れ様です。」
「お疲れ様です。」
音楽室を後にすると、二人はそれぞれの教室に戻ろうとするが、まだ離れるには少し名残
惜しい。音楽室から少し離れた廊下の窓から校庭の様子を並んで眺める。
「何かこんなふうに二人でゆっくり出来るのっていいね。」
「そうですね。」
「あのさ、長太郎。ちょっと耳貸して。」
ふと思いついたように滝は鳳にそんなことを言う。そんな滝の言葉に鳳は素直に従った。
「何ですか?」
滝に耳を貸すため、鳳は軽く屈む。鳳の耳が届く位置に来ると、滝は小さな声で、しかし、
ハッキリとその言葉を口にした。
「俺は長太郎のこと、心から愛してるよ。」
「っ!?」
あまりに率直な愛の言葉を聞いて、鳳の顔は火がついたように真っ赤に染まる。どう反応
したらよいものかと、あわあわと慌てたような素振りを見せる。
「あ、あの・・・えっと・・・・」
「あはは、長太郎顔真っ赤ー。」
「うう、だって・・・」
「可愛いなー、長太郎は。」
「い、いきなりそんなこと言われたら・・・恥ずかしくて・・・・」
照れた顔もいいなあと思いつつ、しばらく鳳の顔を眺めていると、ふと何かを決めた表情
になる。
「滝さん。」
「何?」
「えっと・・・その・・・俺も、滝さんのこと・・・大好きです。」
「ふふ、ありがとう。」
「うー、言うのもすごい恥ずかしいです。何で滝さんはそんな余裕なんですか。」
「余裕なんてあるわけないじゃん。今嬉しすぎて本当心臓爆発しそうだもん。」
いつも通りに笑ってみせるが、滝の胸は思ってもみない鳳の告白にひどく高鳴っていた。
好きだという気持ちを伝えるのも伝えられるのもいい気分だなあと思い、二人は甘いとき
めきで胸がいっぱいになるのを感じていた。
「み、耳元でそういうこと言うなよ・・・」
「そうした方がお前の反応が面白いからな。」
「ったく・・・・」
顔が熱くなり、心拍数も大変なことになっているが、宍戸はいましがた跡部に言われた言
葉をもう一度聞きたくなってしまう。
「・・・なあ、跡部。」
「何だ?」
「さっきの・・・」
「さっきの?」
「さっきの・・・もう一回・・・・」
恥ずかしさからハッキリは言わないものの、跡部は宍戸が言わんとしていることを理解し
た。口元を緩ませ、再び宍戸の耳に唇を近づける。
「愛してるぜ。」
跡部の声が頭の奥まで響き、宍戸の心臓はドキンと跳ねる。嬉しさと恥ずかしさと高揚感
が混じり合う感覚に、宍戸は恍惚とする。その言葉が嬉しくてたまらないということを示
すかのように、宍戸は跡部にぎゅっと抱きついた。そして、ありったけの気持ちを込めて
一言跡部の耳元で呟く。
「俺も。」
それだけで跡部はもう満足であった。その一言に宍戸の気持ちが全て込められている。二
人で一緒にいられる日常の中のほんのひととき。そんな時間が跡部と宍戸にとっては、こ
の上なく幸せな時間となるのであった。

                                END.

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