忍術学園を卒業してから、もう何年経っただろう。あの頃は毎日のように顔を合わせ、い
ろんなことをたくさん一緒にした。そばにいれなくなって、いくつも季節が巡って、何故
か今、こうして君を見ている。
「本当久しぶりだよな。」
「うん。」
「元気だったか?」
「不運なのは相変わらずだけど、元気だったよ。」
「そうか。それならよかった。」
学園を卒業した後、ぼくは少し離れた町の町医者にお世話になりながら、たまに忍者の仕
事を受けていた。他のみんなは城付きの忍者になったり、しばらくの間お城に就職した後、
利吉さんのようにフリーの忍者になったりと卒業後の進路はいろいろだった。学園にいた
頃からギンギンに忍者していた文次郎は、ここからはかなり離れた有名なお城に就職して、
今もギンギンに忍者をしてるはずだった。
「今日はこっちに仕事にでも来たの?」
「いや、そういうわけじゃない。」
「んー、じゃあ、お休み中ってこと?」
「それともちょっと違うな。」
文次郎と再会したのは、本当に偶然だった。近くの山に薬草を採りに来ていたのだが、籠
いっぱいに薬草を採って帰ろうとしたときに、名前を呼ばれた。やさしい風に混じって聞
こえたその声にぼくは振り返った。そこには、懐かしい君の姿。何の前触れもなく、そこ
にいた君に、ぼくは驚いて、でも、嬉しくて今も心臓がドキドキしてる。
「えっ、それじゃあどうして?」
「まあ、いろいろあってな。」
「気になるけど、聞かない方がいいのかな?」
「いや、全然そんなことねぇよ。」
ぼくの言葉に文次郎は笑いながら答える。その笑顔は、どこか寂しそうに見えた。
「俺の勤めてた城が落城しちまってなあ。その理由が、俺の同期の奴の裏切りだったり、
それで起こった戦で、城に入ってから親しくしてた先輩や同期が何人も死んじまったり、
忍者の世界ではよくあることだがな。それで、まあ、今はフリーになって、たまたまこの
山を通ったって感じだな。」
「そうなんだ。」
「何でお前がそんな顔すんだよ?別に俺は何ともねぇから、そんな顔すんなって。」
昔と同じ笑顔で君はぼくの頭を撫でる。ぼくはどこかのお城に就職したりはしていないか
ら、同級生のメンバーで文次郎の話を想像してしまった。文次郎がその先輩や同期の人達
とどれだけ仲良くなっていたかは分からないけど、ちょっと想像するだけで、泣きそうに
なるくらい胸が苦しくなった。きっと文次郎も同じような気持ちになったに違いない。昔
だったら、こっそり泣いていただろう。人にはあんまり見せないけど、文次郎は人一倍人
のことを思って、案外泣き虫だったから。でも、そんな悲しい話を今は本当に何事もない
ように笑顔で話している。
「お前は、仕事は順調なのか?」
「うん。町に一つしかないお医者さんだから、わりと患者さんはいっぱい来るし。昔より
ももっといろんなことが出来るようになったしね。一応、忍者の仕事もたまにするけど、
他のみんなほどではないかな。」
「何か昔と変わってねぇなあ。学園に居たときも、お前は保健委員で、何か大きな事件が
あっても、救護班に回ることが多くて、メインで参加する感じじゃなかったじゃねぇか。」
「確かにそうかも。」
「だろ?」
「あ、でも・・・」
「何だ?」
「やっぱり、昔に比べたら、ちょっと寂しいなあって思うことが多くなったかな?」
それは常々感じていることだった。仕事は順調だし、患者さんと触れ合うのも楽しいのだ
けど、時折、忍術学園のみんなに会いたいなあと強く思うことがある。でも、それはなか
なか叶わなくて、ひどく寂しいなあと思っていた。
「ああ、確かにお前は卒業するとき、誰よりも大泣きしてたもんな。」
「だって、みんなと別れるのはやっぱ寂しいじゃない。」
「俺、お前の言ったことがすごい耳に残ってるんだよな。」
「えっ?」
「みんながバラバラになるって知って、『逢いたい気持ちがあれば、いつか巡り逢えるか
な?』って、号泣しながら言うんだぜ。お前らしい言葉だなって思ったよ。」
ああ、確かにそんなこと言ったな。でも、あのときは本当別れるのが辛くて、そう考えな
いと、どうしようもなかったんだもん。今もこんなに寂しいなって感じるってことはぼく
はあんまりあのときと変わってないのか。でも、文次郎はあのときに比べたら、すごく強
くなってるんだろうなあ。
「それにしても、このへんは本当花がたくさん咲いてるよな。」
「ああ、確かにそうだね。春の始めにしては結構多いかも。」
「風もちょうどいい強さと温度だし、日差しも強すぎねぇし、今日はいい日だな。」
「うん。」
時折吹く風が花びらを舞い上げて、木漏れ日がすごくいい感じに差し込んでる。確かに文
次郎の言う通り、今日はすごく気持ちのいい日だな。それに今日は文次郎に会えて、こう
やって話しながら見ていられるし。
「どうした?俺の顔に何かついてるか?」
「えっ!?ううん、何でもないよ!」
ずっと顔見てるのバレちゃった。ちょっと見すぎたなあ。何かいろいろ話してるけど、ま
だ文次郎の名前呼んでないんだよなあ。何か初めて会ったときみたい。文次郎の名前は知
ってたし、もっと仲良くなりたかったから話しかけたかったんだけど、なかなか呼べなか
ったんだよな。
「伊作。」
「ふぇっ!?」
「何そんなに驚いてんだよ?」
「い、いや、別に・・・な、何?・・・文次郎。」
あ、呼べた。そうだ。昔も文次郎の方からぼくの名前を呼んでくれたんだよな。そしたら、
返事をするので、ぼくも呼べて。こんなところは昔から変わらないよなあ。
「お前のいる町さ、どこか空き家あるか?」
「えっと、どうだろ?確認してみないと分からないな。」
「そうか。」
「どうしてそんなこと・・・?」
「いや、どうせフリーになったし、お前もいるし、せっかくだからお前の町にしばらくい
ようかなって思ってよ。」
えっ、嘘!?それじゃあ、しばらく文次郎と一緒にいられるってこと?それなら・・・。
「じゃ、じゃあ、ぼくのいる家に来なよ!」
「いいのか?」
「当たり前じゃない!ぼくも文次郎ともっといろんなこと話したいし・・・一緒にいたい
し・・・」
「お前がいいなら、そうさせてもらうかな。」
「うん!是非!!」
どうしよう、文次郎と一緒にいられる。すごい嬉しい!
「これからどうしようか迷ってたところだから、かなり助かるぜ。」
「ううん、ぼくもすごく助かる!」
「は?何でお前が助かるってなるんだ?医者の真似事なんて、俺は出来ねぇぞ。」
「そういうことじゃなくて・・・あの・・・・」
別に仕事を手伝ってもらいたいわけじゃない。文次郎と一緒にいられるだけで、それだけ
でぼくにとっては、すごく心の支えになる。
「最後にさよならした日に、ぼくが言ったこと覚えてる?」
「逢いたいと思ってりゃ逢えるかって奴か?」
「それじゃなくて。ぼくがあんまりにも泣くもんだから、文次郎が冗談めかしながら『そ
んなんで、一人でやっていけるのかよ?』って聞いただろ?そのときは、大丈夫!!みん
なだって、一人でやっていくんだもん。ぼくだって出来るよ!って答えたと思うんだ。」
「ああ、そう言ってたな。」
「あのときはそう言ったけど、本当は不安で不安で仕方なかったんだ。みんなと一緒にい
られたから、多少不運でも六年生までやってこれたわけだし。それで、卒業して、一人に
なって、今まで過ごしてきて、すごい嘘ついちゃったなあと思った。」
「嘘ってのはどの部分だ?さっきの話を聞く限りでは、お前は十分一人でやっていけてる
と思うんだが。」
「みんなと一緒にいる日常を失って、特に文次郎とたくさん話が出来ないって状況になっ
て、気がついたんだ。ぼくはやっぱり一人じゃダメだなあって。もちろん仕事はちゃんと
やってるよ。でも、どこかこう心にポカンと穴が開いちゃって、いつも寂しいなあって思
ってた。嬉しいこととか、悲しいこととかあっても、それを話したりとか共有できる人が
近くにいないんだもん。」
「それはある程度仕方のねぇことだろ。」
「文次郎は精神的にもすごく強いじゃない。ぼくにはその状況が結構辛くて、今日までず
っと癒せなかった。」
そう、今日までは癒せなかった。でも、ここまで頑張ってこられたのは、あの言葉があっ
たからなんだよな。
「でもね、文次郎が最後に言ってくれた言葉があったから、今まで頑張って来れたんだよ。」
「俺、何か言ったか?」
「ぼくが『逢いたい気持ちがあれば、いつか巡り逢えるかな』って言ったときに、文次郎
答えてくれたじゃない。いつもみたいに、仕方ないなって感じで笑いながら。」
「あー、確かに言ったような言ってないような。」
「言ったんだってば!『逢いたい気持ちがあれば、どんなに離れてようがきっと巡り逢え
るから心配すんな』って。文次郎がそう言ってくれたから、ぼくは文次郎に逢いたいって
いつも思ってたんだよ。」
文次郎が別れ際に笑ってそう言ってくれたから、一人でも大丈夫だった。いつかまた逢え
るって思えたから。
「だったら、俺の言ったことはやっぱり正しかったわけだな。」
「えっ?」
「実際、こうやってまた会えて、話せてるじゃねぇか。昔みてぇに。」
確かにそうだ。文次郎の言ってたことは正しかった。こんな場所で、偶然に出会って、も
う一度一緒にいられる状況になってる。信じていれば叶うもんだなあ。
「そうだね。本当よかったと思うよ。文次郎と一緒なら、ぼくも文次郎みたいに、もっと
強くなれる気がする。」
「お前はよ、あんまり忍者してないから自分が強くなってないって思ってるみてぇだけど、
俺はそんなことないと思うぜ。」
「そうかな?」
「町に一つしかねぇ医者で仕事してるんなら、人の生き死にとか、俺らなんかよりずっと
見てんだろ?子どもが生まれたりするのも、病気やケガ、それこそ、お年寄りだったら、
寿命で逝っちまうのも。」
「確かにそうだけど・・・やっぱり、人が死ぬのは悲しいからすごく泣くし、落ち込むし。
ああ、でも、受け入れなきゃいけないものだっていうのは、すごく実感するかも。生きて
いる限りどうしたって通らなきゃいけない道だからね。」
「そういうことを思っていること自体、お前は俺らより強い部分があると思うぜ。お前は
忍者としては確かに昔から優しすぎるところがあるけど、でも、誰にでも優しくするって
のは、心が強くなきゃ出来ねぇことだ。心が弱い奴ほど、人を妬んだり、憎んだりするも
んだしよ。」
そうなのかなあ?でも、文次郎がそう言ってくれるなら、きっとそうなんだろうな。何か
ちょっと嬉しいかも。
「ありがとう、文次郎。文次郎にそう言ってもらえて、ちょっと自信が持てたよ。」
「少なくとも、卒業式の日、大泣きしてたお前よりはずっと強くなってると思うぜ。もっ
と自信持てよな。」
「うん!!」
「さてと、そろそろお前戻らなきゃいけねぇだろ。ついでに、お前の町まで案内してくれ。」
「分かった。じゃあ、ぼくについてきて。」
「あ、その籠持ってやるよ。転んで全部こぼしましたってのも、お前だとありえそうだか
らな。」
「そんなことないもん・・・って、言いきれないところがダメだなあ。それじゃ、お願い
するよ。」
文次郎、相変わらず優しいなあ。これから文次郎と一緒にいられるのか。ふふ、何かもう
顔が緩んじゃう。
「何笑ってやがる。」
「んー、文次郎と一緒なのが嬉しいからだよ。」
「お前、そういうとこは本当変わってねぇよな。」
「変わってないことついでにさ。」
「何だ?」
「手、繋ご?」
「仕方ねぇなあ。ほら。」
「えへへ、ありがとう、文次郎。」
手繋いでもらうのも、すごい久しぶりだ。卒業式のときのさよならが最後のさよならであ
って欲しいなあ。もう文次郎とさよならするの嫌だし。ずっと一緒にいてもらえるように、
帰ったらお願いしてみようっと。
END.