跡部と宍戸が同棲し始め早半年。社長の座についた跡部は久々に長い休みが取れたと言っ
て、宍戸に旅行に行かないかと持ちかけた。
「亮、今度からの休み、旅行に行かねぇか?」
「旅行かあ。どこらへん?」
「どうせだったら海外行こうぜ。そうだなあ・・・北欧なんてどうだ?」
「北欧ってどこ?」
「お前バカか。北欧は北ヨーロッパのことだ。スウェーデン、フィンランド、ノルウェー
とかが代表的だな。」
「なんか寒そうだな。」
「まあな。でも、運よけりゃオーロラも見られるし、自然もいっぱいで居心地はいいばず
だぜ。」
「じゃあ、行く。あっ、これってさあ、一緒に住んでから始めての大きい旅行だよな?」
「そうだけど。」
何かに気づいたように宍戸が言うので跡部は不思議に思った。
「じゃあ、これが俺達の新婚旅行になるんだよな。」
あまりにうれしそうに宍戸が言うので、跡部はなんとなく照れてしまった。赤くなった顔
を宍戸から背けてからかうように言った。
「新婚旅行ねぇ。じゃあ、それなりなことはしなくちゃな。」
「なっ!?そういう意味で言ったんじゃねぇぞ。」
今度は宍戸の顔が染まる。
「じゃあ、どういう意味だよ?」
「・・・・・やっぱ、そういう意味かも。」
ちょっとの間考えるが何をしたいか考えると嫌でもそういうことが思い浮かんでしまうの
で、宍戸は肯定してしまった。それを聞いた跡部はクックッと肩を震わせて笑う。
「何で笑うんだよー!?」
「別に。お前ホント素直だなあと思って。そうだ、何だったらそこで結婚式でもやるか。
二人だけでよ。」
「二人だけでか?つまんなくねぇ?」
「いや、いいと思うぜ。静かな自然の中で俺達だけの結婚式。最高じゃん。」
「まあ、お前がしたいなら別にいいけど。」
「じゃあ、明日からいろいろ用意始めないとな。パスポート発行してもらったり、寒いか
らあっち行く用の服買ったり、それから結婚指輪も買わなきゃいけねぇな。」
用意をしなきゃいけないことをポンポンと跡部は言っていった。その表情はとても楽しそ
うだ。出発するのはおそらく一週間後。今の勢いならあっという間に用意はできてしまう
だろう。
出発の日。二人はたくさんの荷物を持ち成田空港へ向かう。結局行き先はノルウェーに決
定。跡部が昔一度行ったことがあるらしく、なかなかよかったということからそこにした
のだ。ノルウェーの首都、オスロまでは日本からの直行便はないのでフィンランドのヘル
シンキで乗り換えをすることになる。到着するまでの時間は14時間から18時間。かな
りの長旅ではあるが、二人とも新婚旅行ということで楽しみでしかたなかった。
「楽しみだな、景吾。あっちに着いたらまずどこ行くんだ?」
「まずはオスロ市内を観光かな。美術館とか博物館とかが結構たくさんあるんだ。それじ
ゃなかったら、観光船使ってフィヨルド巡りってのもありだぜ。」
「うーん、よく分かんねぇや。とにかくおもしろそうなとこ連れてってくれよな。」
「ああ。絶対飽きさせねぇようにしてやる。」
一度行ったことのある跡部はいろいろと見学ポイントを把握している。まあ、4泊5日の
予定なのでそんなに急がなくともたくさんのところに行けるだろう。長い長い空の旅を満
喫したあと、オスロに到着した。
「うわあ、やっぱ寒みぃ!」
「冬だからしょうがねぇだろ。確か平均気温は−4度だっけ?」
「−4度!?メチャクチャ寒みぃじゃねぇか!!」
「北海道と大して変わんねぇって。つーか場所によってはもっとここより寒いとこもあん
だろ。」
「どっちにしろ寒いだろ!!まあ、いいや。それよりこれからどこ行くんだ?」
「何か見たいもんあるか?」
「特にないけど・・・つーか分かんねぇし。でも、せっかくヨーロッパなんだから城とか
あるんだったら見てみたいな。」
「城か・・・。じゃあ、オスロ港だな。すぐそばにアーケシュフース城があったはずだ。」
「アーケ・・・シュ・・なんだって?」
「ほら、とにかく行くぞ。」
「ああ。」
この市の地理を全て把握しているかのごとく跡部はスラスラと建物の名前や場所を言う。
その言葉に宍戸は頭が追いついていかない。少しくやしさを感じながらも跡部がとことん
リードしてくれるので、宍戸は期待と楽しみのワクワク感でいっぱいだった。オスロ港に
着くとすぐそばに壮大な城が建てられている。城というには少々地味な感じだが、堂々と
していてとても立派なものだった。
「わあっ、スッゲェ!!かっこいいー!!」
宍戸はその城の姿に感動。外から見るだけでも十分楽しむ事ができた。
「景吾、写真撮ろうぜ!!写真!!」
はしゃぐ宍戸を見て跡部はガキっぽいなと思いながらもそれ以上に可愛いやつだと思って
しまう。写真を構え宍戸と城を撮ろうとすると、宍戸が急に不機嫌そうな顔をして跡部に
近づいてきた。
「何だよ、宍戸。写真撮るんだろ?」
「お前も一緒じゃなくちゃ意味ねーじゃん。他の人にシャッター押してもらおうぜ。」
「分かったよ。」
跡部は通りすがりの現地の人に声をかけた。もちろんノルウェー語で。さすが、跡部。外
国語も朝飯前だ。その人にシャッターを押してもらい写真を撮り終えると二人は次はどこ
へ行くかを話し始めた。
「次、どこ行く?」
「ここからは適当に歩いていろいろ見てみようぜ。」
ここからは自分の足で歩き、気になるところに入るとか見るとかそういう感じで観光を進
めていった。カール・ヨハンスガーデを散歩したり、大聖堂や王宮を見たりしてたっぷり
とオスロの街を満喫する。一通り見学し終わり、少し中心から外れると二人は今までの中
で一番気になるものを見つけてしまった。
「景吾、テニスコートがある・・・。」
「本当だ。誰も使ってなさそうだな。ストリートテニス用のコートか?」
「ラケットも置いてあるぜ。ほら、二つ。」
宍戸はテニスコートのそばのベンチに置かれているラケットを手に取った。もちろんボー
ルもそこらへんにいくつか転がっている。今まで誰かが使っていたのであろうか。ともか
くこんな場所を見つけてしまって二人はかなり心を動かされてしまった。
「なあ、亮。」
「何?景吾。」
「試合・・・しようぜ。」
「えっ!?」
宍戸は自分の耳を疑った。あの跡部が自分に試合をしようと言ってくれたのだ。今まで跡
部からそう言ってくれることはほとんどなかった。あまりにも信じられなくてもう一度聞
き返す。
「マジで・・・?マジで景吾俺と試合してくれんの?」
「ああ。手加減しねぇからな。まあ、新婚旅行くらいいい思い出作りたいだろ。」
「すっげぇ・・・うれしい。俺も、俺も全力でやる!!」
これ以上ないような笑顔で宍戸は喜んだ。跡部と試合ができるなんて夢にも思わなかった
からだ。宍戸のサーブから試合が始まった。もちろん初めにポイントを取ったのは跡部だ。
手加減なしだと言っていただけあって、あっという間に宍戸は1ゲーム取られてしまった。
「お前、本当に弱ぇな。せめて1ポイントくらいは取ってみせろよ。」
「ハァ・・・ハァ・・・言われなくても分かってる!!」
それから数時間、二人は夢中になって試合を続けた。結果はもちろん跡部の圧勝。宍戸が
取れたのはほんの1ゲームだけだった。
「ハァ・・・やっぱ、お前弱すぎ。全然相手になんねぇよ。」
「ハァ・・・ハァ・・・ウルセー!これでも結構頑張ったんだぞ。」
「でも、久々にテニスしたって感じだな。」
「・・・ああ。ボロ負けだけどマジ楽しかった。サンキュー跡部。」
負けたくやしさよりも宍戸にとっては跡部が本気で自分と試合をしてくれたことがなによ
りもうれしかった。氷点下の気温にも関わらず、二人とも汗だくだ。
「このままだとどう考えても風邪ひくよな?」
「そうだな。もうそろそろホテルに行くか。」
「ああ。」
汗ビッショリになり、体は冷えるしシャワーも浴びたいと二人はホテルに向かった。跡部
がとった部屋は高級ホテルの最上階のスイートルーム。それも、オーロラ観賞ができるよ
うにと天井がスイッチ一つでガラス張りになるのだ。
「じゃあ、シャワー浴びちゃおうぜ。」
「ああ。一緒に入るか?」
「うーん、そうだな。なんか早く入んないと体冷えそうだし。」
というわけで二人は一緒にシャワーを浴びることにした。シャワーを浴び終えると二人と
もバスローブだけを羽織り、ルームサービスを頼んだ。グラスを二つと軽い食べ物。そし
て、真っ赤な赤ワインを。
「はあー、つーか意外と時間経ってたんだな。もう8時半か。」
「俺達、何時間テニスやってたんだろうな?」
「さあな。それより乾杯しようぜ。」
跡部は二つのグラスにワインを注ぎ、片方を宍戸に手渡した。
「俺達の新婚旅行に乾杯。」
「乾杯。」
チンッとグラスで音を立てるとそれぞれ口にそれを運び、半分くらい飲み干した。
「もうそろそろ着替えるか。」
「えっ、もう?」
「どうせだったら、オーロラの下で結婚式したいだろ?オーロラが一番起こる確率の高い
時間って、21時と23時と1時なんだ。21時にかけてみようぜ。」
今の時間から考えると21時、つまり午後9時にオーロラが現れる確率が高くなる。跡部
はそれに可能性を託して二人だけの結婚をしようと考えた。
「ほら、お前の服だ。」
跡部は鞄の中から純白のウエディングドレスを取り出し、宍戸に渡す。シンプルだけどと
ても気品のあるそのドレスを宍戸は自分で身につけ始めた。跡部も白いタキシードに着替
える。午後9時、二人の準備が整い、結婚式を始めようとしたその時、突然、あたりに鐘
の音が鳴り響いた。それはオーロラの出現を知らせる鐘でそれを聞き、跡部はキャンドル
に火を灯し、部屋の明かりを全て消して天井をガラス張りにした。天井が透けると漆黒の
空に光のカーテンが揺らめいている。
「わあ・・・すげーキレイ・・・。」
純白のドレスに身を包んだ宍戸が空を見上げ呟く。跡部もしばらく眺めていたが、はっと
気づき宍戸に向かって落ち着いた口調で言った。
「亮、始めようぜ。」
「あ、ああ。そうだな。」
ゆっくり深呼吸をし、跡部はゆっくりと語り始める。結婚式の始まりだ。
「亮、あなたは一生涯景吾を愛し、どんなことがあっても離れないことを誓いますか?」
「誓います。景吾、あなたは一生涯亮を愛し、どんなことがあっても離れないことを誓い
ますか?」
「誓います。それでは指輪の交換を。」
お互いに誓いの言葉を言い合い、永遠の愛を誓う。神父がいないので自分達で言わなけれ
ばならなかったが不思議と恥かしさは感じなかった。そして、指輪の交換に移り、お互い
の左手の薬指にシルバーの指輪をはめあう。どちらもはめあった指輪に目を落としたあと、
顔を見合わせ笑い合う。
「最後は誓いのキスだな。」
照れながら宍戸は跡部に言った。跡部はオーロラのかかる空と同じくらい漆黒の下ろされ
た髪に指を絡ませて、宍戸に甘い口づけほどこす。瞳を閉じ、宍戸は跡部のキスを堪能し
た。本当の結婚式でするようなものとは比べものにならないくらい長くて深いキス。跡部
達にとって自分達のした誓いはそれほど深いものだったのだ。
「・・・はあ・・・景吾。」
「まだ、オーロラ出てるな。少しオーロラ観賞といこうぜ。」
唇を離し、跡部は空を見上げた。そこには未だにオーロラが揺らめいている。姫抱きでい
ったん宍戸を持ち上げ、跡部はそのままベッドに座った。宍戸は跡部の膝の上に横座りす
るような形で下ろされた。そばのテーブルに手を伸ばし、跡部はさっき飲んでいたワイン
を取り、半分ほど残っているワインを飲み始めた。
「なあ、亮。」
「ん?何?・・・・ふ・・・!?」
跡部は最後の一口を自分の口に含んだあと、宍戸の口の中にそのまま移した。飲み込んだ
のを確認してもすぐには口を離そうとしない。
「・・・んんっ・・・ん・・・んん・・・」
そういうことをされてもやっぱり跡部のキスは好きなので宍戸は全く嫌がらない。赤い滴
が一筋口の端から落ちる。
「・・・はぁ・・・景吾・・そんなふうに飲まされたら、俺、酔っちまうよ。」
「酔っちまえよ。」
「えー、でも・・・」
「俺はもう十分すぎるほど酔ってるぜ。お前にな。」
あまりにもさらっと言われて宍戸は言葉を失ってしまった。だが、うれしいのも確かだっ
たので腕を伸ばし、跡部に抱きつく。
「そんなこと言うんだったら、俺だって年中お前に酔ってるよ。」
「そうか。じゃあ、このあと、もっとお前を酔わせてやるぜ。」
そう言って跡部は宍戸を抱きしめたまま、もう一度キスをする。二人だけの結婚式を終え
たあと、もっとわかりやすく愛を確かめ合う。オーロラはもう消えかかっているが二人の
中のオーロラは消えない。寒い寒い国でのとある夜。跡部と宍戸は甘い一夜を過ごすので
あった。二人のハネムーンはまだ始まったばかりだ。
END.