あーあ、昼寝してたら帰んの遅くなっちゃったー。もう真っ暗だし。早く帰んないと見た
いテレビが始まっちゃうよ〜。
ジローは今日も学校で熟睡してしまい、帰るのがもう日が暮れたこんな時間になってしま
った。早く帰らなきゃと考えているわりにはだいぶゆっくり歩いている。商店街に差しか
かった時、ジローは見たことのある顔を見つけた。
「あーー!!」
「あれ?」
「不二じゃん!!何してんだ?こんなとこで。」
「何って、普通に買い物だけど・・・。」
そう、とある店の前で青学の不二に会ったのだ。ジローは久々に青学の奴と話せる。それ
も関東大会で戦った不二と話せるということ少しはしゃぎ気味。こんなところで立ち話も
何だからということで、不二はジローを連れ、すぐそばにあった喫茶店に入った。
「随分、帰るの遅いんだね。今日の部活はそんなに長かったの?」
「違う、違う。俺、放課後昼寝しちゃってさあ、起きたのがついさっき。ちょっと寝すぎ
ちゃった。」
「へぇ。君らしいね。そういえば、芥川君。ちょっとおもしろい遊びがあるんだけど。」
穏やかに笑っていた不二が突然開眼した。何かたくらんでいるようだ。
「えー、何々!?超興味あるー!!」
「これだよ。」
鞄の中から不二はたくさんの文字が書かれた白い紙と一つの十円玉を取り出した。ジロー
はそういうことに疎いのでパッと見ただけではそれが何か分からない。
「何、それ?」
「僕、最近こっくりさんにハマってるんだ。これが結構当たるんだよ。」
「こっくりさん?十円玉に何人かで指乗せて、勝手に動くって奴だよな?」
「そうそう。おもしろいよ。どうやってみない?」
「う〜ん、確かにおもしろそうだけどさあ、それって霊とか呼んじゃうんだろ?何か危な
くない?」
「ちゃんと決まり通りやれば全然問題ないよ。やり方、僕が教えてあげるからさ。」
クスッと笑いながら不二はこっくりさんのやり方をジローに伝授する。初めはあまり乗り
気でなかったジローも不二の話を聞き、だんだんとこっくりさんに対して興味がわいてき
た。説明を最後まで聞き終わった時にはもうすっかりやる気満々だ。
「へぇー、すっげーな!!俺、かなりやってみたいかもー。」
「明日、他のメンバーも誘ってやってみるといいよ。」
「おう!!絶対やる!!おもしろいこと教えてくれてサンキューな♪」
「どういたしまして。あっ、何度も言うようだけど決まりを破ったら危ないから、それだ
けは気をつけてね。」
「了ー解!!明日早速やってみるな。」
「うん。あっ、もうこんな時間だ。僕、帰んなきゃ。じゃあね。」
不二はふと自分の手首につけられた腕時計を見て、立ち上がった。一杯だけ飲んだ紅茶の
料金を払い、その喫茶店をあとにする。ジローからは見えないがドアを出た瞬間の不二の
顔はそれはそれは楽しそうで、何が起こるか楽しみだというような表情だった。
「こっくりさんかあ。なかなかおもしろそうじゃん!!明日、岳人とか誘ってやってみよ
〜っと♪」
ジローも楽しそうな笑顔で喫茶店を出た。不二の本当の意図も知らずに・・・・。
次の日のジローは早速昨日不二に聞いたことを実行してみようと何人かのテニス部レギュ
ラーメンバーを誘った。最近はだいぶ日が落ちるのが早くなってしまったので、クラスの
人は早々に帰ってしまっている。教室はもう誰もいない状態だ。
「ジロー、本当に大丈夫なのか?」
「うん。ちゃんと正しいやり方聞いたからね。」
「俺、やっぱやめる。」
ここまできて、やめると言い出したのは一際怖がりな宍戸だ。ジローがこっくりさんに誘
ったのは宍戸の他に岳人と鳳がいる。他のメンバーは委員会の仕事やその他に仕事で誘う
ことが出来なかったのだ。跡部においてはきっと誘ってもバカにされるだけだと思ったの
で初めから誘わなかった。
「何だよ宍戸ー、ここまできて何言ってんだ。」
「だってよぉ・・・」
「ははーん、宍戸さては怖いんだろー?弱虫〜。」
「なっ!?」
正直怖いのだが、岳人に弱虫と言われ宍戸はカチンときた。
「宍戸ってば、怖がり〜。弱虫〜。」
ジローも岳人に続いて宍戸のことを弱虫呼ばわりする。さすがにそこまで言われては宍戸
もやめるわけにはいかなくなってしまう。
「くっそ、やればいいんだろやれば!!やってやるよ!!」
もうこうなったらやけくそだ。怖いのなんてくそくらえで宍戸は鳥居の書かれた紙が置か
れた机の横に座った。ジローや岳人、鳳もそのへんにある椅子を引っ張ってきて、机を囲
うようにして座る。
「じゃあ、始めようか。みんな十円玉に指置いてー。」
本当に動くのかなあとジローはわくわくドキドキしながら十円玉に人差し指を置いた。岳
人もジローと同じような気持ちだ。宍戸はやはりまだおっかなびっくりで、恐る恐る指を
置く。鳳は特に怖いともわくわくするとも思わずに本当に動いたらすごいなあという感じ
で十円玉に静かに指を置いた。
『こっくりさん、こっくりさん、いらっしゃいましたら鳥居の周りをお回りください。』
四人が声をそろえてそう唱えるとスーっと十円玉が一人でに動き、真っ白な紙に書かれた
鳥居の周りを一周した。
「おー、すげー。ホントに動いたぁ!!」
「すげーなジロー!!うっわあ、何聞こうかな?」
「ジロー先輩、このあとどうするんでしたっけ?」
「もう何か質問しても大丈夫だと思うよ。あっ、でも途中で絶対指離しちゃダメだからな。
離すと大変なことになるって不二が言ってた。」
「了解。あっ、ジローまずは俺が質問していい?」
「うん。いいよ。」
まずは岳人が質問をするようだ。
「こっくりさん、こっくりさん、俺の質問に答えてくれますか?」
『・・・・YES・・・・』
十円玉はゆっくりとYESの方へ向かって動き出した。それを確認すると、岳人は質問の
内容を口にした。
「今日の侑士のパンツの色は?」
「はぁ!?岳人、何だよその質問。そんなぐだらないこと質問すんじゃねーよ!!」
岳人のわけの分からぬ質問に宍戸はおもわずつっこんだ。しかし、そんなことを言ってい
る間に指の置かれた十円玉は勝手に動きだしている。
『・・・・あ・・・・お・・・・の・・・ち・・え・・・つ・・・・く・・・・』
全てが大文字なのでなかなか理解しにくかったが、十円玉は確かに『青のチェック』と示
した。
「へぇー、忍足の今日のパンツは青のチェックか。」
「他にももっと質問してみようぜ。鳳、何かないか?」
「えっ、俺っスか!?そうですね・・・じゃあ、明日の単語のテストでどこが出ますか?」
『・・・・NO・・・・』
十円玉はNOを示した。そして、それに続けてひらがなの部分を行ったり来たりする。
『・・じ・・・ぶ・・ん・・・・で・・・・べ・・ん・・・き・・・よ・・・う・・・・
・・・し・・・・ろ・・・・』
「自分で勉強しろだってさ。」
「何か意外とこっくりさんって、真面目なんだな。」
「やっぱ、ダメっスか。まあ、しょうがないっスね。」
結果に特に文句を言わず、鳳は笑ってみせた。鳳の次に続けて質問をしたのはジロー。ジ
ローも岳人と同じくかなりどうしようもない質問をする。
「今日の夕ごはんは何ですか?」
『・・・と・・・り・・・の・・・か・・・ら・・あ・・・・・げ・・・・』
「いいなあ、ジロー。俺、からあげ好きなのにー。」
「宍戸さんは何か質問しないんっスか?」
「えっ・・・!?・・・えっと・・・・」
宍戸的にはまだやっぱり怖いので、あんまり参加したくないのだ。だが、ここまできて何
も質問しないのはこっくりさんに失礼だと何とか質問を考えて尋ねる。
「跡部は今日・・・俺に何回キスするんだ?」
「随分、大胆な質問だねー、宍戸。」
「べ、別にいいじゃねーか!!」
その質問に少し戸惑っているのか十円玉はなかなか動いてはくれない。やっぱ、そんなこ
とは分からないよなあと諦めかけたその時、ふっと数字に向かって十円玉が動き出した。
『・・・・1・・・8・・・・』
「多っ!!」
「へぇ、さすが跡部だね。宍戸も大変だねー。」
からかうような口調で岳人は言う。まさかこんなに多いとは思わなかったので、宍戸は聞
かなきゃよかったと微妙に後悔した。その後ももうしばらく質問は続いた。
ジローや岳人などがこっくりさんをして遊んでいる間に、跡部の携帯にとある人物から電
話がかかってきた。
「もしもし。」
『あっ、跡部君。僕、青学の不二だけど。』
「青学の不二?何でお前が俺の携帯の番号知ってるんだよ?」
『君のところの監督さんが快く教えてくれたんだ。それより、芥川君どうしてる?』
「ジローか?ジローならまだ教室に残ってたはずだぜ。」
『ふーん、そっか。まだ何にも起こってないみたいだけどもう少ししたら何か起こるかも
ね。何か起こる前に芥川君のところに行った方がいいと思うよ。宍戸君も一緒だろうし。』
「何言ってんだお前?言ってる意味が全く分からねぇぞ。」
『とにかく行ってみれば分かるよ。頑張ってね、跡部君。』
カチャ・・・ツーツー・・・
意味深な言葉を残し、不二は電話を切った。跡部は首を傾げて自分の携帯電話を眺める。
初めは不二の言葉など無視しようと考えたが、最後の言葉がどうしても引っかかる。念の
ためジローの様子を見に行こうと跡部は教室に向かって歩き出した。
「あれ?跡部、そんなに慌ててどうしたの?」
跡部は今まで図書室で本を読んでいた。廊下に出ると帰り支度をした滝に会う。
「さっき、青学の不二から電話があってな、何か気になること言って電話切りやがった。
無視しようと思ったんだけどよ、やっぱ気になるからちょっとジローとか宍戸のとこ行こ
うと思って。」
「ふーん。確か長太郎もさっきジローに誘われてどっか行ってたんだよな。俺もついてい
く。」
「そうだ、たぶんまだ樺地も学校にいるよな?一応、呼んでおくか。」
跡部は樺地に電話をかけ、自分のところへくるように命じた。樺地はすぐに跡部のもとへ
やってくる。跡部は滝と樺地を連れて、ジローや宍戸がいる教室へと向かった。
跡部がこの教室に向かい始めた時、忍足がやらなければいけない用を済ませ、岳人のもと
へやって来た。
「岳人、もう用終わったから帰るで。」
「あっ、侑士!!」
岳人は忍足を見つけ立ち上がった。その瞬間、他の三人の顔が固まる。そう、岳人が十円
玉から指を離してしまったのだ。
『岳人っ!!』
「えっ・・・・?」
岳人は自分の離してしまった人差し指を眺めた。顔がだんだんと青ざめる。次の瞬間、バ
チンッと何かが弾けるような音が教室中に響いた。そして、机や椅子がかたかたと音をた
てて動き出す。
「何や・・・?何が起こってるん?」
「岳人っ!!何で十円玉から指離しちゃうんだよ!?」
「それよりこの状況ヤバイっスよ!!」
「だから、やりたくないって言ったんだ!!」
「そんなこと今言ったってしょうがないだろ!!」
五人はもうパニック状態。教室内はポルターガイストが起こって大変な事態だ。そんなと
ころへ跡部達が到着する。
「お前ら何やってんだ!?」
「跡部ー!!」
「滝さーん!!」
宍戸と鳳の二人は半べそになって、跡部と滝に抱きつく。だが、事態はよくなるどころか
さらに悪い方向へと向かっていた。突然、忍足の様子がおかしくなったのだ。
「うあっ・・・」
忍足はその場にガクンッと崩れる。岳人が心配して近づくと、うずくまったままの状態で
いきなり泣き叫び始めたのだ。岳人は焦るがこのまま忍足を放ってはおけない。
「侑士っ、なあ、どうしたんだよ!!」
「うわあああーーーっ」
その尋常じゃない泣き叫び方を聞いて、そこにいた誰もが恐るべき事態になったというこ
とを把握した。そう、忍足に何者かの霊がとり憑いてしまったのだ。普通の人ならそれこ
そパニックになり、この場から逃げ出してしまうだろう。だが、このメンバーは違った。
「侑士、ゴメン!!侑士、侑士!!」
「何で私を置いていっちゃうのよ!!あんなに好きだったのに!!もう会えないなら、私
も死ぬ!!」
突然、忍足が意味の分からないことを口走り始める。どうやら忍足にとり憑いている霊は
交通事故か何かで最愛の恋人を亡くしてしまった女性のようだ。それを聞いて岳人は忍足
のことを力いっぱい愛情を込めて抱き締めた。その瞬間、一瞬その霊が怯む。
「ゴメン、ゴメン。俺もすっごくお前のこと好きだから!!」
「・・・・あっ・・・あ・・・」
「謝っても許してもらえないかもしれない。でも、本当に心の底から謝るよ!!ゴメン、
ゴメン!!」
抱き締められ耳元で何度も何度も謝られる。岳人は忍足に対して言っている謝罪の言葉な
のだが、その霊にとっては、まるで自分が恋人に謝ってもらっているような気分だった。
半分くらい忍足と同調してしまっているのだから当然と言っていえば当然だろう。そして、
次の瞬間、忍足の中から白いもやのようなものが出て行くのが見えた。その上にまた違う
オーラを持った白い煙のようなものが見える。二つの煙は絡まり合って一つになるととス
ーっとどこかに消えてしまった。
『私の方こそゴメンナサイ・・・もう私から離れないでね。』
『ああ。』
こんな会話が岳人には聞こえたような気がした。忍足はぐたっりとして、気を失っている。
岳人はもう一度忍足に声をかけた。
「侑士、侑士。」
「・・・ん、岳・・人・・・・?」
忍足が自分の名前を呼んでくれたのを聞いて、岳人は心底安心した。もう一度、ぎゅうっ
と抱き締めて今腕の中にいるのは忍足だということを確かめる。
「よかった・・・本当、ゴメンね侑士。」
「俺、どないしたん?全然、記憶が・・・・。」
だが、安心したのは岳人と忍足だけ。一つが解決したと思ったらまた一つ問題が生じる。
今度は違う霊が宍戸にとり憑いてしまったのだ。跡部にしがみついていた腕を急に緩め、
窓の方へ向かって歩き出す。目に光が感じられない。跡部はこれはヤバイと思い宍戸を止
めにかかった。
「宍戸っ!!おい、宍戸っ!!」
いくら声かけても宍戸は反応しない。そのうえ、窓のところまでくると窓枠に足をかけ、
今から飛び降りますといわんばかりの体勢をとる。他のメンバーは唖然とするが、跡部だ
けは宍戸のもとに慌てて駆け寄り、体を自分の方へ引き寄せた。
「何やってんだ!?バカ!!こんなとこから飛び下りたらどう考えても死ぬだろう!?」
「私はいらない人間・・・・。だから、死ななくちゃいけないの・・・。」
「何言ってんだ!?いらなくなんかねぇ!!」
宍戸にとり憑いた霊もどうやら女性のようだ。跡部は口調から完全に今目の前にいる宍戸
が宍戸ではないことは分かっているが、見かけはどうみても宍戸。まるで、その台詞を宍
戸が言っているような気がして、跡部はとても不安になる。
「私は誰にも愛されてない・・・。誰にも必要とされてない・・・。みんな、私のことを
いじめるの・・・。だから、もうこんなところいたくない・・・・。」
宍戸の目からは涙が溢れていた。宍戸にとり憑いた霊は、早いうちに両親を亡くし、学校
ではいじめにあっていて、誰にも愛されることなく自殺してしまった少女の霊だ。誰にも
愛されたことがないというのが未練で成仏出来ないでいるのだろう。
「バカ!!俺はお前のことありえないほど愛してやってんだぞ!!それが分かんねぇのか
!?」
「分からない・・・。みんな、言葉だけ・・・。最後はみんな離れてく・・・・。」
「くそっ・・・・じゃあ、分からせてやるよ!!」
跡部は噛みつくように宍戸にキスをする。だが、その勢いとは対照的に宍戸に触れた唇は
大変優しく愛のこもったものだった。
「ん・・・」
「お前は愛されてないなんてことはねぇ。分かれよ!!」
「・・・・本当?」
「ああ。本当だ。・・・生まれ変わったら、絶対お前はたくさんの奴らに愛される。俺が
保障する。だから、早く成仏した方がいい。」
「・・・・ありがとう。」
さっきの忍足と同じように宍戸の体から何か煙のようなものが出て行く。どうやらその少
女の霊も成仏したようだ。その瞬間、宍戸の体は跡部の腕に倒れこむ。
「出て行ったみたいだな。」
「跡部さん!!樺地が何かさっきから誰かと話してるんですけど。」
「はあ?今度は樺地か。」
呆れたように跡部は呟くが、樺地は特にとり憑かれているとかそういうわけではない。む
しろ、霊と心を通わせて成仏するように仕向けている。だいぶ事態が落ち着いてきたとこ
ろにタイミングよく日吉が通りかかった。
「何、やってるんですか?うわあ、随分いろんなものが居ますね。危ないですよ。」
日吉には今教室にいるものが全て見えているらしい。鞄の中から数珠を出すと日吉はお経
のようなものを唱えて全ての霊を消した。
「本当に何やってるんですか?何でこんなことになったんです?」
『・・・・・。』
こっくりさんをやっていた面々はまさかこんなことになってしまうとは思わなかったので、
黙ってしまう。その時、突然跡部の携帯が鳴った。
「もしもし。」
『あっ、跡部君?どうだった?少しは楽しめたでしょ?』
「不二・・・。テメー・・・」
『僕が送った霊魂の気配が全部消えたからさ。解決したのかなあって思って。』
「僕が送ったって・・・?じゃあ、さっきのは全部テメーの仕業だったのか?」
『まあね。でも、そんなに強い霊じゃないから大丈夫だったでしょ?』
「大丈夫だったでしょって、何考えてんだよ!?大変だったんだぞ!!」
『たまには、こういうスリリングな体験もいい経験がいいんじゃない?あっ、キャッチホ
ン入っちゃった。じゃあね。』
「あっ!!おい、不二っ!!・・・ったく、何なんだよアイツ。」
跡部はイライラしながら、電話をポケットにしまう。そして、ジローを睨んだ。
「ジロー、どういうことか説明してもらおうか。」
「あ、跡部、怖ーい。」
ニコニコとしながら、ジローは後ずさりをする。次の瞬間、ジローはダッシュで廊下を駆
け抜け逃げてしまった。
「ジローの奴、明日会ったらとっちめてやる。」
「ん・・・んん・・・」
ジローが逃げ帰ってしまうと気を失っていた宍戸が目を覚ました。跡部は宍戸に近づき、
そっと体を起こさせる。宍戸からすれば今の状況はあまり把握出来ていない。
「大丈夫か?」
「あ、ああ。何とかな。」
「よかった。これでもう全部解決したね。」
滝はホッと安堵の声を漏らす。跡部についてきただけでこんなことになっているとは、考
えもしなかったので、かなり混乱状態だった。
「俺達ももう帰りましょう。ここに居てもまだ何か怖いですしね。」
「そうだな。侑士、もう大丈夫?」
「ああ。平気やで。それにしても何でこないなことになったん?俺、全然分からないんや
けど・・・。」
「それは明日説明する。それよりさ、侑士今日何色のパンツはいてる?」
「い、いきなり何やねん。・・・あ、青のチェックやけど。」
こっくりさんをしていたメンバーは目を丸くして、驚くような表情を見せた。こっくりさ
んの言っていたことは完璧に合っている。すごいなあと思ったがまたやりたいかと聞かれ
たら間違いなくやらないと答えるだろう。
「はぁ〜、何か疲れた。跡部、俺ささっきどうなったの?」
「あー、何か女の霊がとり憑いてたな。まあ、俺様がしっかり除霊してやったけど。」
「あの・・さ、跡部。その女の霊がとり憑いてた時、俺にキスしたよな?」
「ああ。したけどそれがどうかしたか?」
「・・・・いや、やっぱ別にいいや。何でもねぇ。」
少し不満げな表情をしているのに気づいて、跡部は宍戸が何を思ったのかをすぐに察知し
た。
「お前、もしかしてその幽霊に妬いてんのか?」
「なっ!?ち、違ぇーよ!!」
「そうだよな。確かに体はお前だったけど、心はそうじゃないのにしちゃったもんなぁ。
それがお前は不満だって言いたいんだな。」
「だから、違うって言って・・・っ!?」
必死に否定している宍戸の顔は真っ赤なので、跡部が言っていることが図星だということ
は誰が見ても一目瞭然だった。そんな宍戸が可愛くて、跡部は軽い口づけを施す。
「んん〜〜!!」
「さあて、バカップルは置いてって先に帰るか。」
「そうだな。侑士、帰りどっか寄ってかない?」
「えっ、でももう外真っ暗やで。」
「ちょっとくらいいいじゃん。そうだ、滝とか鳳も一緒に行かねぇ?」
「いいねー。長太郎、時間大丈夫だよね。」
「はい。少しくらいなら。樺地と日吉も来る?」
「ウス。」
「少しくらいならつきあってやってもいい。」
跡部と宍戸以外のメンバーは帰りにどこか寄ろうというような話をしながら、二人を置い
て教室から出て行ってしまった。
「一回じゃ足りないよなあ、宍戸。」
「もういい!!それより、みんな帰っちまったじゃねぇか!!」
「別にいいじゃねーか。でも、お前が帰りたいなら帰ってやってもいいぜ。その代わり、
続きはうちでやるからな。」
「な、何だよそれ!?何勝手に決めて・・・」
「行くぞ。」
「わあ、ちょっと待てよ。置いてくなー!!」
こんなところに一人で置いていかれては困ると宍戸は跡部の後を追い、慌てて廊下に出る。
跡部と家路を辿りながら宍戸は今日やったこっくりさんの自分の質問に対しての答えを思い
出した。
跡部と18回キスするっていうの当たってるかもしれねぇな。はぁ〜、今日は散々な一日だ
ったぜ。それもこれから跡部の家にいかなきゃいけねぇみたいだしー。
「何そんな不満そうな顔してんだよ?そんなにして欲しきゃ別にここでしてやってもいいぜ。」
「そんなんじゃねーよ!!でも、ま、お前がいなきゃ俺、幽霊にとり憑かれてヤバかったみ
たいだし、一応、礼は言っとくぜ。サンキューな。」
「礼には及ばねーよ。本当のこと言っただけだからな。」
「ゴメン。何言われたか全然覚えてねぇや。」
「後で飽きるほど聞かせてやる。覚悟しとけ。」
楽しそうな笑みを浮かべながら、跡部は宍戸にそう言った。宍戸も宍戸でもうこの後のこと
はどうでもいいやというような感じで少しだけ笑う。もう今日あったことは忘れようとそん
なニュアンスを含んだ笑顔だった。今日は不二の所為で、氷帝テニス部レギュラーメンバー
は散々な目にあったが、解決してしまえばどうでもいいらしい。どのメンバーもいつも通り
仲間と一緒に家路を辿るのであった。
END.