跡部と宍戸の二人は家に着くと、鞄を部屋に持っていき、私服に着替えたあと、キッチン
のある1階に下りてきた。シーンとしているので、今日は誰もいないようだ。
「跡部、今日両親は?」
「ああ、今日はバレンタインだからって旅行に行っちまったよ。だから、今日はこの家、
俺達二人きりだぜ。」
「へぇ。仲いいんだな。お前の両親。」
「見てて恥ずかしくなるくらいだぜ。まあ、俺とお前も負けてないと思うけどよ。」
笑いながら跡部は話す。子は親を見て育つというのはやはりあっているのかもしれない。
「で、お前、俺に何作って欲しいんだよ?お前の注文通り作ってやるぜ。」
何で跡部ってこんな自信満々なんだろうな?俺、昨日作るの結構苦労したのになあ。やっ
ぱ、お菓子作りもうまいんだろうな。
宍戸は跡部が本当に何でも出来る奴なんだなーと感心しながら、今、何が食べたいか考え
た。チョコレートは昨日嫌と言うほど食べた(味見で)ので、何か他のもっとサッパリし
たものが食べたかった。
「じゃあ、チーズケーキが食べたい。」
「チーズケーキ?バレンタインなのにか?」
「いいじゃん。チョコ系統はもういいよ。サッパリしたのが食べてぇ。」
「いいぜ。作ってやるよ。そこのテーブルに座って待ってな。」
キッチンの様子がよく見えるテーブルに宍戸を座らせ、跡部はチーズケーキを作る用意を
始めた。小麦粉、卵、クリームチーズ、砂糖etc・・・チーズケーキに使う材料を机の
上に並べていく。それを見て、宍戸はすごいなと思っていた。
跡部の家って、やっぱスゲェよなー。何でもそろってんじゃん。うちだったら、作ろうと
したその時に買いに行かなきゃ行けねーもん。
跡部は使う道具もテキパキと用意し、腕まくりをして、作り始める。まずは薄力粉をドサ
ーとボールへ・・・。
「・・・・って、おいっ!!跡部!!何やってんだ!?」
その跡部の意味不明な行動に宍戸は思わずつっこんだ。
「は?何が?」
「何でふるいにもかけずにそのままボールに薄力粉入れてんだよ!?」
「ふるい?何だそれ?」
「・・・・・・。」
宍戸唖然。実は跡部って自信満々なわりに全然お菓子作りを分かっていない。
「お前、分からないなら本とか見ろよ。」
「あーん?本?そんなの見ねぇよ。」
「いや、見ろよ!えっと、あっ、ほらこれとか。」
宍戸はテーブルの上に置いてあったケーキの本を跡部に渡した。おそらく昨日、跡部の母
が使ったものだろう。嫌々ながらも跡部はチーズケーキの部分を開き、さっと目を通す。
「へぇ。初めにクリームチーズを室温で戻すのか。で、砂糖と混ぜる。なーんか、面倒く
せぇなー。」
「おいおい、普通に作れるんじゃなかったのかよ?」
「ああ。俺は何だって作れるぜ。」
「どっから、そういう自信が出てくんだよ・・・。」
「まあ、とにかく作るからお前は待ってろ。」
待ってろと言われてもおとなしく待っていられるはずがない。宍戸はイスには座らず、跡
部がまたおかしなことをしないように見張ることにした。案の定、本を見ているにも関わ
らず、跡部は失敗ばかり。お菓子作りはどうやら苦手らしい。
「うわっ。」
「何やってんだよ、跡部ー。真っ白じゃん。」
薄力粉をふるいにかけようとして失敗し、服も手も真っ白。一応、エプロンはつけていた
ので、それほど大変な事態にはならなかった。
「手伝うか?」
「余計な手出しすんな。俺、一人で作るんだ!」
見るに見かねた宍戸が手伝おうとするが、跡部は怒って断固として手伝ってもらおうとは
しない。宍戸は溜め息をつくが、放ってはおけないので、失敗しそうになると行動はせず
に口頭で注意した。
「なんとか生地はできたみたいだな。」
「あとはこれを型に入れて焼くだけだろ?」
「まあな。」
跡部は生地を丸い型に流し込もうとする。だが、どうみても一部分に固まってしまい、こ
のまま焼くわけにはいかなかった。
「そういう時は、机に軽くトントンってやるといいんだぜ。」
「こうか?」
『あっ・・・。』
軽く机に叩いたつもりが結構力が入っていたらしく、中身がテーブルに少しこぼれる。跡
部はなかなかうまくいかないことにイライラしてきた。
「もっかいボールに戻して、やり直す!!」
「その方がいいかもな。」
生地をいったんボールに戻して、もう一度型に流し込んだ。今度はうまくいったようだ。
空気を抜いて、事前に温めていたオーブンにそっと入れる。時間をセットし、スイッチを
押した。
「はあ〜、やっと終わった。」
「まだ、終わってねぇだろ。焼き上がんなきゃ出来上がりとは言えねーよ。」
「あー、でも、あとは焼き上がんの待つだけだろ?」
「そうだけど・・・。」
「じゃあ、終わったも同然じゃねーか。」
うまく焼き上がるかどうかも分からないのに終わったと言う跡部に宍戸は少しだけ納得が
いかなかったが、跡部があんなにも頑張って何かをするところは初めて見たので、うれし
さの方が勝っていた。
「あっ、そうだ。」
突然、跡部は何かを思いついたような声を上げ、いったんキッチンから出て行った。しば
らくすると、いくつかの今日もらったチョコレートを持って戻ってきた。宍戸が何をする
のかなあと眺めていると、いきなりその持ってきたチョコを湯せんにかけて溶かし始める。
「何やってんだよ?跡部。」
「見りゃ分かるだろ。チョコレート溶かしてんだ。」
「そりゃ分かるけど、何で?」
「食うに決まってんじゃん。」
「はあ?」
宍戸には跡部のしていることが全く理解できなかった。何でチョコを食べるためにわざわ
ざ溶かす必要があるのか、それ以前にもらったチョコレートを溶かすなよと宍戸は心の中
でいろいろとつっこみをいれる。
「よし!こんなもんだな。」
いい感じにチョコレートが溶けると跡部はそれを持って宍戸の前まで来る。そして、なん
のためらいもなしにそれを宍戸に顔や首の部分につけ始めた。あまりにも不可解で意味不
明な跡部の行動に宍戸は抵抗することも忘れてしまう。
「じゃ、いただきます。」
跡部は宍戸につけたチョコレートを食べ始めた。食べるというかほっぺたや口の横につけ
たチョコを舐め取っていくのだ。跡部のこの行動にさすがの宍戸も我に返り、抵抗を試み
た。
「うわっ・・・ちょっ・・・何やってんだよ!?」
腕で跡部を離そうをしたが、その前に手をつかまれ、どちらの手も壁に押し付けられてし
まってそれは出来なかった。顔についたチョコをキレイに舐め終えると、跡部は頭を少し
だけ下げて、今度は首や鎖骨あたりにつけたチョコレートを食べ始める。
「んっ・・・やだ・・・やめろよ・・跡部ぇ。」
「うまいぜ。このチョコ。こういうふうになら少しくらい甘くても食えるな。」
「あっ・・・首はダメだって・・・」
跡部の行動に宍戸は反応しまくり。必死で声は出さないようにこらえているが、その表情
は跡部にはたまらなかった。チョコを食べているだけあって、無意識に跡部はいつもはし
ないようなことをしてしまう。宍戸の首元を噛んでしまったのだ。
「いっ・・・!」
さすがにヤバイなあと思い跡部はハッとして、すぐに離したが遅かった。
ドカッ
手はつかまれて動かせないので、宍戸は足を使い跡部を自分の体から無理やり離した。自
分の体のすぐそばにある足を思いっきり蹴ったのだ。
「痛ぇよ!!噛むな!アホ!!」
「ってぇ・・・何も蹴ることねぇだろ。」
「お前がいきなり意味分かんねーことしてくるからいけねぇんだろ!!」
「別にいいじゃねーか。焼き上がるまで暇だからなんかしようと思っただけだ。」
「だからって・・・」
チーン♪
『あっ。』
二人が言い争いを始めようとしたその瞬間、ケーキの焼き上がりを知らせるオーブンの音
が鳴った。二人は顔を見合わせて、黙ってしまう。
「ケーキ、出来たみたいだな。」
「ああ。」
ここから喧嘩を始めてもしょうがないので、とにかく焼き上がったチーズケーキをオーブ
ンから取り出す。扉を開けると香ばしいおいしそうな匂いがあたりに広がった。
「へぇ。見かけはなかなかよくできたじゃん。」
「当然だろ?たぶん味もいい感じなはずだぜ。」
「だから、どっからそういう自信が出てくんだよ。」
「とにかく味見してみようぜ。」
「そうだな。」
二人で食べるには少し大きめのケーキを4等分くらいに分け、そのうちの一つを二人で食
べてみる。口の中にそれを入れるとクリームチーズの味とサッパリした甘さがマッチして、
絶妙な味を醸し出していた。
「うわあっ、うまいじゃん。コレ。」
「思った通りだ。」
「サンキュー、跡部。これ、すごいうまいぜ。」
さっきされたことなどもうどうでもいいやという感じで、宍戸は思いっきり笑いながら跡
部に礼を言う。本当にこのチーズケーキはおいしいらしい。よくもまあ、あんな作り方で
ここまで出来たものだ。
「でも、跡部がお菓子作るのが苦手だったなんてちょっと意外だったなー。」
「はあ!?誰が言ったよ。俺が菓子作んのが苦手だって。」
「いや、あれはあきらかに得意とは言えないだろ。」
「でも、ちゃんと作れたじゃねーか。」
「まあな。でも、本当うれしかったぜ。」
「何が?」
「俺、跡部があんなに一生懸命になって何かしてるとこ初めて見たもん。」
「なっ!?」
思ってもいなかったことを宍戸に言われ、跡部は赤くなった。それを見て宍戸はからかう
ように笑う。
「何、照れてんだよ?」
「て、照れてなんかねぇ!!」
「うそつけ。顔真っ赤だぜ。」
「宍戸〜、あんまそんなこと言ってるとな、今日の夜知らねぇぞ。」
「えっ、うそ。あー、ゴメン!!」
「バーカ!今更謝っても遅いっつーの。」
「跡部ぇ、ゴメンってば。許してくれよ。」
「やだね。今日は手加減なし。俺の好きなようにやらせてもらうからな。」
「うーー、じゃあ、一つだけお前の言うこと聞いてやるから!なっ。」
「じゃあ、それは俺の部屋に行ってから聞いてもらうことにするぜ。」
「・・・・・。それじゃあ、何も変わらんねぇじゃんか!!」
「約束は約束だ。ちゃんと守れよな、宍戸。」
「う〜〜〜。」
跡部をからかおうなんて十年早かった。それが原因で無理やりな約束をさせられてしまう。
やっぱり跡部の方が宍戸よりも何枚も上手なようだ。もう日はとっくに沈んでいる。バレ
ンタインの夜。いったいこの二人はどうなるのであろうか?
END.