とあるいつもの放課後。跡部と忍足は教室で特に何もしないでパートナーの帰りを待って
いた。しばらく窓の外を眺めていると、バタバタと走る音が聞こえてくる。
「戻ってきたみたいやな。」
「そうだな。」
跡部と忍足は落ち着いた態度で二人が戻ってくるのを待つ。しばらくすると、形相を変え
た二人が教室に飛び込んでくる。
「跡部っ!!」
「侑士っ!!」
二人は涙目になって、お互いのパートナーに飛びついた。始めに事情を話したのは岳人の
方だ。
「侑士どうしよ〜。歴史のテストがやべぇよ。」
「赤点だったんか?」
「・・・・うん。それで、追試で合格点取んないと休みの日に補習だって。休みがなくな
るなんてふざけんなー!!」
休みをとられると岳人は逆切れしている。落ち着けと忍足がなだめるが、岳人はかなりパ
ニくっている。宍戸もそれを見ながら、跡部に同じようなことをうったえていた。
「跡部・・・・」
「お前は何が赤点だったんだ。」
「英語。」
「はあ・・・全くしょうがねぇヤツだな。それで、俺に飛びついてきた理由はなんだ?」
そんなことは分かりきっているが、跡部はあえて聞いてみる。もちろんそれは岳人も忍足
に頼もうとしていることと同じことだ。
「英語教えてくれよ。俺も追試で合格点取んねぇと休みがなくなっちまうんだよ〜。」
「俺も。侑士、歴史教えて。」
「でも、歴史なら宍戸の得意教科だし、英語は岳人の得意教科やん。お互いに教えたらえ
えんとちゃうの?」
「何言ってんだアホ!!自分が勉強しなきゃいけねぇのに人に教える余裕なんてねぇよ!」
忍足の提案を宍戸は厳しく却下する。そんなに怒ることないやんと忍足はたじたじだ。
「それで、その追試ってのはいつなんだ?」
「三日後。放課後にやるって。」
「そんだけありゃ十分だな。宍戸、教えて欲しいんだったら今日から三日間、放課後は図
書館ごもりだからな。」
「おう。」
跡部としても宍戸の休みがなくなってしまうのは、かなりつらい。宍戸の休みがなくなる
イコール休みの日に一緒に過ごすことが出来なくなる。それが跡部は嫌なのだ。
「ほなら俺達も図書館で勉強やな。範囲はどこらへんなん?」
「えっとな、織田信長から徳川家康あたり。」
「何やそんなに広くないやん。それなら、出来るわ。」
というわけで、この日から4人は学校内にある図書室で、勉強をすることになった。
次の日、跡部と宍戸は英語の、岳人と忍足は歴史の参考書や教科書、ノートを持って図書
室にやってきた。それぞれペア同士隣り合うように座り、持ってきた教材を広げる。
「宍戸、まずそこにある単語帳に書いてある単語を覚えろ。」
「おう。これだな。」
側にある単語帳を宍戸は開き、覚え始める。その単語帳は跡部のお手製なようで、整った
キレイな字で単語だけでなく、カタカナでの読み方、アクセントが表に書かれてあり、裏
には意味と例文とその日本語訳が書いてある。
(すげぇー。俺じゃこんな面倒くせぇこと出来ねぇよ。分かりやすいし。これならいける
かな?)
そんなことを考えながら、パラパラと単語帳をめくり単語をなるべく多く覚えていく。し
かし、半分くらい来たところで嫌になってしまった。単語帳を机の上に置き、ぐだーと机
の上に突っ伏す。
「何さぼってんだ?宍戸。」
「あー、だってもうやんなっちまった。単語多すぎ。」
「テメーが教えろっつったから、わざわざ作ってきてやったんだぞ。」
宍戸から言ってきたにも関わらず、もうやる気をなくしている様子に跡部は軽く腹を立て
る。髪の毛を引っ張り、無理矢理単語帳を持たせた。だが、宍戸は持っているだけで、一
向に進めようとはしない。マイペースな性格が故、一度やる気をなくすともう何もしたく
ないのだ。
「宍戸・・・テメー、ケンカ売ってんのか?」
「そんなこと言ったってよぉ、やる気が起きねぇもんは起きねぇんだ。そんなんじゃ、何
にも覚えられねぇよ。」
「じゃあ、単語はもういい!!そのかわり明日までに必ず覚えて来いよ。テストしてやる
からな。」
かなり腹が立ち、もう勉強なんて教えてやれるかと内心思っているがそうはいかない。こ
こで教えるのをやめてしまったら、宍戸は絶対追試も不合格だ。
「じゃあ、次は文法教えてやる。確か範囲は比較級と受動態だったな。」
「ああ。文法ってどうやって勉強すんだ?」
「手始めにこの文章を日本語訳しろ。」
跡部はルーズリーフに書いた英文を宍戸に渡す。たった一行の文ではあるが、宍戸にとっ
ては難題だった。
「辞書は使うなよ。これくらいの単語出来て当たり前だからな。」
「マジで・・・。」
跡部が宍戸に出した例文それは・・・
『Shishido is not so much cool as cute.』
「宍戸は・・・って、俺かよ。」
「さっさと訳せ。」
「えっと、とても涼しくなくて・・・同じ・・・可愛い?何だこの文章。意味分かんねぇ。」
「バーカ。この前習ったばっかだろうが。」
熟語的な表現を覚えていない宍戸はそのまま知っている単語の意味をただ並べるだけだ。
跡部は呆れながら、解説しだす。
「“not so much A as B”は『AというよりはむしろB』って意味だ。
この文の“cool”は『涼しい』じゃなくて『カッコイイ』だ。おら、これでちゃんと
訳せるだろ?」
その説明を聞きながら宍戸はその一文を睨めっこだ。しばらく考えた後、ゆっくりと訳し
始めた。
「宍戸は・・・カッコイイというよりは・・・むしろ可愛い・・・?」
訳した瞬間、宍戸は自分で何言ってんだと真っ赤になった。それを前で聞いている忍足と
岳人はクスクス笑っている。
「出来るじゃねぇか。じゃあ、次はこれだ。さっきよりは基礎的だから解けるはずだ。」
次はいくつかの文を渡す。宍戸は真剣に取り組み始めた。そんなのを横目に岳人と忍足も
勉強を頑張っている。追試は年表を中心に出るということを聞いたらしくそんなことを中
心に勉強している
「まずは基本的なことやけど、織田信長が活躍した時代は何時代か分かるか?」
「そんなの分かるに決まってんじゃん!!江戸時代だろ!!」
「・・・・違うで岳人。」
「えー、嘘!?あの3人って、みんな江戸時代の人じゃないのー!?」
「織田信長と豊臣秀吉は安土・桃山時代やで。信長の城は安土城やん。」
「そっか。知らなかった。」
「ほんの数週間前に習ったばっかやのに。」
「もうそんな昔のこと忘れちゃったよ。それで、何から覚えればいいんだ?」
岳人にそう尋ねられ、忍足は教科書に載っている年表を眺める。大事なところはだいたい
太字で書いてあるので、それを中心に教えようと決めた。年表を覚える基本は年号だ。こ
れとあった事件がしっかり一致していればある程度の点数は取れるだろう。
「やっぱ織田信長いうたら本能寺の変やな。」
「本能寺の変?何だっけ?」
「明智光秀が本能寺で織田信長を倒した事件や。これはたぶん出るで。」
「マジで?よっしゃ覚えとこ。」
持ってきたノートに岳人は本能寺の変についてを書き留める。社会の時間はまともにノー
トを取っていなかったので、これが始めてそのことについてを書くことになる。
「でも、これ年号も覚えなきゃいけねぇんだよな。覚えらんねー。」
「本能寺の変はいい覚え方があるで。」
忍足は笑いを含んだ口調でそう言う。岳人は何々!?と興味ありげにそれを尋ねた。
「本能寺の変は1582年やろ?せやから、いち(1)ご(5)のパン(8)ツ(2)っ
て覚えるんや。おもろいやろ?」
「あはは、織田信長いちごのパンツかよ!?いちごのパンツ本能寺の変だな。よし、覚え
たぞ。」
なかなか印象強いゴロあわせなので、岳人はすぐに本能寺の変は覚えた。忍足はこの後も
いろいろなゴロあわせで歴史上の事件を岳人に覚えさせてゆく。
「豊臣秀吉の刀狩はいち(1)ご(5)の葉(8)っぱ(8)で、天下統一はいち(1)
ご(5)く(9)れ(0)。織田信長と豊臣秀吉はいちごづくしやな。」
「家康あたりはどうやって覚えりゃいいんだ?確か1600年代だよな?」
「関が原の戦いは1600年でキリがいいから、そのまま覚えられるやろ?ほんで、江戸
幕府が開かれた1603年はヒー(1)ロー(6)おっ(0)さん(3)徳川家康って、
覚えるんやで。」
「おお、すげぇ!!これならいくらでも覚えられるぜ。侑士、天才だな。」
おもしろいゴロあわせを教えてもらい、岳人の勉強はスイスイと進むことが出来た。今日
は年号と事件だけを覚えるのを目標にし、細かい内容はまた明日ということになった。
「よし、これだけ覚えりゃ今日は十分やろ。ちゃんとうち帰ったら復習するんやで。」
「おう。あー、何かいちごがいっぱい出てきて食べたくなっちまった。侑士―、帰り買っ
て一緒に食おうぜ。」
「えっ、でももうだいぶ時間も遅いし・・・」
「ちょっとくらい大丈夫だって。な、いちご食べようぜ。」
「しょうがあらへんなあ。」
岳人の急な提案に忍足は戸惑うものの結局岳人に押され、賛成してしまう。少々自分勝手
なところのある岳人だが、そんな岳人と一緒にいるのを楽しいと思ってしまうのは忍足な
らではのことであろう。二人はパッパと教科書やノートを片付けると、跡部や宍戸より一
足先に帰っていった。
「よし、今日はここまでにしとくか。もうそろそろ下校時間だしな。」
「はぁー、疲れたー!!」
「明日もみっちり教えてやるからな。ちゃんとやれよ。」
「はいはい。跡部先生。」
冗談っぽく宍戸は言ったのだが、跡部にはそれがツボだったらしい。一瞬ピタっと動きを
止めて、じっと宍戸を見た。急にじっと見つめられて、宍戸は戸惑ってしまう。
「な、何だよ?」
「今のいいな。もう一回言えよ。」
「は?何が?」
「跡部先生って。」
「跡部先生?何でこんなの言わせんだ?別にちょっと言ってみただけだぜ。」
「明日もそれで呼べ。」
「はあ!?」
いきなりそんなことを言われて、宍戸は意味が分からないといような顔をして跡部を見る。
だが、跡部は本気でそう呼んで欲しいらしく脅しの入った口調で笑いながら宍戸にこう告
げた。
「そう呼ばないと明日は教えてやらねぇ。」
「な、何でだよ!?・・・ホンット意味分からねぇ。」
ぶつぶつと文句を言いながらも教えてもらえないのは困ると宍戸はそう呼ぶことを決める。
不思議な空気を醸しながら、この二人も岳人と忍足に続いて閉館時間の迫る図書室から出
て行った。
その次の日も四人は前の日と同じように追試に向け、勉強を進める。跡部は自作のテスト
で宍戸の勉強の理解度と苦手な部分を判断し、それをもとに教えていく。忍足は昨日やっ
た部分の復習とそれに付随するもっと詳しい内容の勉強を教えることにした。昨日の成果
もあってか、宍戸も岳人も勉強を始める前に比べてだいぶ多くのことを覚えている。
「だいぶ理解してきたみたいだな。」
「昨日、帰ってからも頑張ったんだぜ!!跡部が作ってくれた単語帳の単語も全部覚えた
し。でも、文法がまだ微妙なんだよなあ。」
「じゃあ、今日はそれを中心にやるか。」
「お願いしまーす。跡部先生♪」
跡部先生と呼ばれ、跡部はニヤニヤと笑みを浮かべる。そう呼ばれるのが相当嬉しいよう
だ。宍戸は今まで分からなかったことがどんどん分かっていくのが嬉しいらしく、今日は
昨日よりもやる気満々だった。
「侑士、今日は何やるんだ?」
「今日は昨日やったとこのもうちょっと詳しいとこをやるで。」
「了解。」
岳人も今日はそんなに勉強が嫌ではないようだ。一時間強勉強すると、どちらのペアも最
終確認のまとめに入った。几帳面気質の跡部と忍足は、宍戸と岳人がきっちり出来たかを
確認するためにその場で簡単なテストを作ってやらせた。宍戸も岳人もちゃんと教えても
らったことは覚えたので、すらすらと解くとこが出来た。
「どうだ?跡部。」
「・・・・まあ、お前にしては上出来だ。じゃあ、最後にこれを訳せ。」
「?」
昨日と同じように跡部は一文をルーズリーフに書き宍戸に渡す。昨日、今日散々文法を跡
部に教えてもらった宍戸は解いてやるぜと自信満々にその文を訳し始めた。
「俺はテニスと同じくらい跡部が好きだ!!」
「宍戸、こんなとこで何大告白してんのー?」
「いくら好きだからって、こないなとこでは少しははばかりや。」
「へっ?」
自信満々に答えたがいいが、文の内容を確認せずに答えたのでその内容の重大さに気づい
ていない。しばらく考えて、自分が答えた日本語訳がどれだけおかしなものだったかに気
づいた時、宍戸の顔は羞恥で真っ赤に染まった。
「よし、これで明日の追試は完璧だろ。」
「な、何言わせんだよ!!跡部のアホ!!」
「跡部先生だろ。アーン?」
「ウルセー!!今日はもう終わりだ!!」
宍戸は恥ずかしさから、その場をさっさと離れようと勉強道具を片付け、図書室から出て
いった。跡部はそれを見て、笑いながら自分の勉強道具を片付ける。
「跡部、今のはやりすぎやろ?」
「そんなことねぇよ。明日、宍戸は絶対満点近く取るぜ。あいつ教えりゃ物覚えはいいか
らな。テストに出るとこしか教えてねぇし。」
「何でテストで出る場所が分かるんだよ?」
「追試なんて基礎の基礎しか出ねぇよ。それにあの先生だ。出し方もだいたい予想つくか
らな。」
「さすがやな。さて、俺らも頑張るで岳人。」
「おう!!」
跡部が図書室から出て行っても、岳人と忍足はまだもうちょっと勉強を続けるようだ。閉
館時間ギリギリまで勉強した後、二人も自分の家へと帰っていった。
そして、ついに追試の日となった。教科が違うので当然のことながら岳人と宍戸は違う教
室で試験を受けることになったが、勉強の甲斐もあってどちらも落ち着いて受験をするこ
とが出来た。そして、二人とも試験問題を見て驚く。今目の前にある試験問題は跡部や忍
足が一番最後に出したテストと大して変わらないものだったのだ。
(これ、跡部が出してくれた問題とほとんど同じじゃん!!解ける解ける!!)
(おー、バッチリ覚えた年号ばっか出てるよ。さすが、侑士だ。)
二人ともありえないくらいのスピードで問題を解いてゆく。追試は提出後その場で採点さ
れ、そこで合格か不合格が決められる。宍戸も岳人も試験時間のだいたい3分の2くらい
の時間で問題を解き終えた。
「宍戸、随分勉強したみたいだな。97点だ。文句なしの合格点だな。」
「よっしゃー!!これで、補習出なくてすむ〜。」
一方、岳人の方も採点し終わって担当の教師から合格点をもらっていた。
「なかなかやるじゃないか、向日。よくできてたぞ。」
「じゃあ、補習はなし?」
「ああ。普通のテストでこれくらい取れればいいんだけどな。でも、まあ今回はこれで問
題はないだろ。」
「やったー!!じゃあ、先生。俺、もう帰るな。」
嬉しさ満点の笑顔で岳人は忍足の待っている教室へと向かった。テストを受けた教室から
出た瞬間、宍戸とはちあわせをした。
「どうだった?」
「当然、合格。お前は?」
「俺も。早く侑士達のとこ行こうぜ!!」
「ああ。」
二人を待つ跡部と忍足は大丈夫だろうと思いつつも、少しの不安はあった。沈黙状態で二
人の帰りを待っていると、教室のドアがバンっと音を立てて開いた。三日前と同じように
二人が入ってくるが、その表情はこの前とは全く逆のもので、ニコニコと笑っている。
「どやった?」
「合格したぜ。それもかなり高得点で。」
「よかったな。一生懸命教えた甲斐があるわ。」
「侑士のおかげだぜ。サンキューな。」
補習を受けなくてすむと岳人はピョンピョン跳ねそうな勢いで喜んでいる。もちろん宍戸
の方も岳人に劣らずかなり嬉しさを顔と態度に表していた。
「俺も合格したぜ跡部。」
「そりゃよかったな。」
「それも97点!!跡部が教えてくれたとこ全部出てた。」
「当然だろ?俺様が教えてやったんだ。出来て当たり前だぜ。」
「マジあんがとな。」
ニコっと笑いながら宍戸は跡部にお礼を言う。そんな笑顔に跡部はくらくらだ。
「侑士、休みがちゃんと休みになったんだから日曜日どっか行こうぜ。昨日と一昨日、勉
強教えてくれたお礼に俺がいろいろおごってやるよ。」
「ホンマ?楽しみやなあ。」
「俺達もデートするか宍戸?」
「そうだな。せっかく補習受けなくてよくなったんだし。まあ、あんまりしたくはないけ
ど、俺も勉強教えてもらったお礼だ。日曜日はうんとサービスしてやるよ。」
「期待してるぜ。」
補習がなくなったということで、二組のペアは日曜日にデートの約束をする。勉強を教え
てもらったお礼。タイプは違うが岳人も宍戸もそのデートで存分に、忍足や跡部にお返し
をするのであろう。
END.