ふぅ、委員会の仕事結構かかっちゃったな。もうこんな時間だ。
滝は教室で帰る用意をしていた。教室には数名人がいるが、もうほとんどの人が帰ってし
まった。
「滝、テニス部の二年がお前のこと呼んでるぞ。」
「あー、うん。今行く。ちょっと待って。」
クラスメートに呼ばれ、滝はドアの方へ行く。自分のところを訪ねてくる二年など数名し
かいない。滝はまず鳳が頭に浮かんだ。
誰だろうな、こんな時間に。長太郎だといいなー。
「滝先輩。」
だが、そこにいたのは鳳ではなかった。滝にとっては意外な人物であった。
「あれ、どうしたの?日吉。君が俺のとこにくるなんて珍しいね。」
「鳳が倒れました。今、保健室にいます。」
「ええー!!うそっ!!本当!?」
「ホントです。さっさと行ってやってください。他の先輩は誰も残ってませんでした。」
面倒くさいと思いながらも日吉はわざわざ三年の先輩に鳳が倒れたことを知らせにきたの
だ。二年からレギュラーの鳳は見ての通り、同学年の人よりも三年生の人の方が仲がいい
人が多い。なので、誰かしら先輩がいた方が安心するだろうと思い呼びに来たのである。
「知らせてくれてありがと日吉。すぐに行くから。」
「はい。」
ペこりと軽く頭を下げると日吉はさっさとどこかへ行ってしまった。滝は慌てて鞄を持ち、
保健室に向かう。そのスピードは神尾や宍戸を上回るくらいの速さだ。
「長太郎!!」
ドアをバンッと開け、滝は保健室に飛び込んだ。保健室にいたのは、樺地と保健医だけだ
った。
「あら、どうしたの?」
「あっ、えっと・・・長太郎が倒れたって聞いて。」
「そうなの。鳳くんかなり熱があるみたいで。もう帰った方がいいと思うんだけど・・・。」
帰らせたいのはやまやまだが、どう考えても歩ける状態ではない。だからと言って、誰か
が運ぶというのはかなり困難だ。
「確かに長太郎、かなり体大きいからなー。俺はどう考えても連れて帰れないし・・・。」
とその時、滝の目に目の前にいる自分より一回りは大きいと思われる体が映った。
「お願い!樺地。俺もついて行くから長太郎のこと家まで運んで!!」
「ウス。」
樺地はあっさり頷いた。まあ、初めからそういうつもりだったので、わざわざ今頼まれな
くてもおぶって鳳のことを家まで送ろうとは考えていたのだ。
「ありがとう。日吉も樺地も今の二年生はみんな優しいね。」
こう思えるのは、滝だからであろう。鳳を樺地におぶわせると二人分の鞄を背負い保健室
を出た。
「ありがとう、樺地。助かったよ。」
「ウス。」
家の中まで鳳を運び、ベッドに寝かせた。顔が赤く、苦しそうに呼吸をしている。かなり
熱が高いらしい。
「樺地、また学校に行かなくちゃいけないんだろう?あとは俺にまかせて。」
「ウス。」
樺地は荷物を全て学校に置いてきてしまったので、もう一度学校に戻らなければならなか
った。滝は樺地を玄関まで見送り、鳳の看病をしに部屋へ戻る。その前に氷枕を作り、水
を入れた洗面器とタオルを用意する。
カチャッ
「大丈夫?長太郎。」
声をかけるが返事はない。制服のままではキツそうなので、ネクタイを外し、ワイシャツ
を緩めた。頭の下に氷枕をし、濡らしたタオルを額に乗せる。
「少し眠ればきっと楽になるよ。だから、ゆっくり休んでね。」
軽く頭撫で、滝はいったん部屋を出た。もう夕方を過ぎているので、おかゆでも作ってあ
げようとキッチンへ向かったのだ。
・・・うーん、あれ?俺、どうしたんだろ?確か部活の片付けをしてて、急にくらくらし
てきて・・・それから・・・・
まだ、ぼーっとしている頭で鳳は一生懸命考える。起き上がろうとすると額に乗せてあっ
たタオルが落ちた。
「タオル?それにここは、俺の部屋だ。えーと、本当に何があったんだろう?」
「あっ、長太郎。起きたんだ。どう気分は?」
「えっ!?滝さん!?」
「長太郎ね、熱が出て学校で倒れたんだよ。それで、樺地が運んできてくれたんだ。だい
ぶ熱があるみたいだから、ゆっくり休んだ方がいいよ。」
「あっ、えっと、すいません!!」
「謝らなくてもいいよ。そうだ!おじや作ったんだけど食べれる?おかゆにしようかと思
ったんだけど、おじやの方がいろんなもの入れられて栄養価高くなるかなあと思って。」
滝は小さな鍋に入れられたおじやと水の入ったコップを鳳のところまで運ぶ。鳳は少し驚
いたような顔でそれを見た。
「こんなことまでしてもらっちゃっていいんですか?」
「うん。気にしないで。ちゃんとご飯食べて、薬飲んでね。」
「はい、じゃあ、いただきます・・・。」
おじやに手をつけようとすると滝が止める。
「あっ、ちょっと待って。どうせだから俺が食べさせてあげる♪」
「えー、恥ずかしいっスよー。」
「いいから、いいから。」
滝は鳳から鍋を取って、スプーンでおじやをすくった。ふーふーと息をかけ、冷ましてか
ら鳳の口に運ぶ。熱が原因なのか恥ずかしさが原因なのか、鳳の顔は真っ赤だ。
「はい、あーんして。」
とても楽しそうに滝は鳳に食べさせる。恥ずかしいなあと思いながらも鳳はうれしかった。
風邪引いたのは久しぶりでこんなふうに看病されるのも何年ぶりかだったのだ。
「おいしい?」
「はい。とってもおいしいです。」
「よかった。ちゃんと食べて早く元気になってね。」
「本当にありがとうございます。滝さん。」
鳳は照れながら滝に礼を言った。滝は笑顔になって鳳の頭をなでなでする。
「風邪の時くらい思いっきり甘えてよ。今なら何でもしてあげるよ。」
「いえ、そんな。ここまでしてもらっちゃってこれ以上迷惑かけられませんよ。」
「本当に気にしないで。俺、長太郎に甘えられるのすごく好きだからさ。」
「えっと、じゃあ、これ食べ終わったら言います。」
して欲しいことはまずこれを食べてからと、鳳はパクパクと滝の作ったおじやを食べた。
風邪を引き、熱があっても食欲だけはあるらしい。さすが、鳳だ。
「全部、食べてくれたんだ。ありがとう長太郎。」
「滝さんが作ってくれたもの残すわけないじゃないですか。そうだ、薬飲まないと。」
薬を飲もうと鳳はコップに入った水を手にした。かぜ薬は錠剤のようだ。
「ねぇ、長太郎。」
「何ですか?」
「普通さ、こういう時って風邪引いてる方が薬飲むの嫌がって、看病してるほうが無理
やり飲ますってのが王道だよね。」
「何の話っスかそれ。」
「長太郎、薬飲むの嫌じゃない?」
「別に嫌じゃないです。」
「何だつまんない。」
冗談っぽく滝は言って、笑いながら鳳を見た。鳳は頭をかいて滝から目をそらし言った。
「あの、滝さん。そういうことしたいんですか?」
「えっ、いや別に。ただ、出来たらいいなあと思って。でも、普通に薬飲めるんなら、そ
ういうの嫌でしょ。」
「滝さんが口移しで水飲ませてくれたら、薬が早く効きそうだなーって思うんですけど。」
「は!?」
滝、唖然。まさか、鳳からそんなことを言ってくれるとは思わなかった。でも、これは思
ってもみないチャンスだ。していいなら滝は迷わずやるだろう。
「俺が水飲ませてもいいの?」
「はい。いいですか?」
「もちろん!じゃあ、薬口ん中に入れて。」
鳳はかぜ薬を口の中に入れた。それを見て滝は水を自分の口に含む。そして、そのまま鳳
の口に水を移した。
「ふぅ・・・んん・・・んん・・・んっ・・・」
少し喘ぎながらも薬を飲み込む。
「ぷはっ・・・」
「ちゃんと飲めた?」
「はい。えっと、滝さん。すいませんけど、そこのタンスからパジャマ取ってもらえます?
制服のままだとやっぱりキツイんで。」
「いいよ。」
滝は鳳の言う通り一組のパジャマをタンスから取り出し、鳳に渡した。鳳はワイシャツを
脱ぎ、パジャマに着替え始める。
「あの、少しの間向こう向いててもらえませんか?」
「何で?」
「恥ずかしいです・・・。」
「何言ってんの今更。俺、何度も長太郎の素っ裸見たことあるよ。」
「〜〜〜〜。そういうこと言わないでくださいよ〜。」
滝があまりにもあっさりこっぱずかしいこというので、鳳は着替える手を止めてしまった。
滝は途中まで止められたボタンの続きをとめ始める。
「長太郎って、本当、反応が初々しいよね。可愛い。」
「からかわないでください。」
「ほら、薬も飲んだし、着替えもしたし、もう一回寝た方がいいよ。」
「そうですか。じゃあ、早く治せるように寝ます。」
「うん。おやすみ。」
鳳はさっきと同じように横になった。滝はもう一度タオルを濡らし額に乗せる。
「冷たくて気持ちいいです・・・。」
「そう?ゆっくり休んでね。」
優しく滝にそう言われ、鳳は目を閉じた。さっき、かなり眠っていたのですぐには寝付け
ないが、さっきのような苦しさは全くない。呼吸もだいぶ楽になっていた。
「あのー、滝さん・・・。」
「何、どうしたの?苦しいの?」
「い、いえ。さっき、風邪引いてる時は甘えてもいいって言ってましたよね?」
「うん。言ったよ。」
「今、母さん、田舎に帰っててうちにいないんです。今日、うちに泊まってもらえません
か?迷惑かもしれませんけど・・・やっぱ心細いんで。」
「頼ってくれてうれしいよ。うん。今日は長太郎のうちに泊まってあげる。」
「ありがとうございます。」
鳳はニコッっと笑ってもう一度目を閉じた。だいぶ気分が良さそうになった鳳を見て、滝
はホッとした。
「よかったー。長太郎、だいぶよくなったみたいだ。一時はどうなるかと思ったけど、や
っぱ体力はあるんだな。」
心配したり、おじやを作ったりと滝も結構疲れてしまって、そのまま一緒に眠ってしまっ
た。しばらく、眠ると鳳が先に目を覚ます。座ったまま自分のベッドにつっぷして眠って
いる滝を見て、柔らかいタオルケットを出し、背中にかけてあげる。
「今日はありがとうございます、滝さん。」
キレイな頬にキスをして、鳳は再びベッドに入った。明日になれば、完璧に鳳は復活して
いるのだろう。
想像通り次の日、鳳の風邪はすっかり治っていた。
「おはようございます、滝さん!!」
「ふあ〜、おはよう長太郎。風邪、よくなったみたいだね。」
「はい!!滝さんのおかげです。」
「じゃあ、今日は学校一緒に行こうね。」
滝の作った朝食を食べ、二人は一緒に学校へ行くことになった。一緒に登校するのはなか
なかないので、滝にとってはうれしい限り。登校時、二人はまるでカップルのように仲良
く話をしながら歩く。
「昨日は本当ありがとうございました。」
「いいよ、いいよ。長太郎の役に立ててうれしかったし。」
「滝さん、本当優しいですよね。俺、滝さんのことさらに好きになっちゃいましたよ。」
「本当?うわあ、うれしいなー。ねぇ、手つないでいい?」
「えっと・・・学校までならいいですよ。」
「ありがと♪」
仲良く手を繋いで学校まで歩く。同じ学校の生徒に会っても全くお構いなし。さすがこの
二人。人前でもイチャつくのは全く恥ずかしくないらしい。鳳が風邪を引いたことをきっ
かけにさらにラブラブになる二人であった。
END.