(ちょっと早く来すぎちまったな。まだ約束の時間まで20分もあるぜ。)
噴水のあるこの広場に宍戸はいつもより少しおしゃれな格好をしてやってきた。時計は9
時40分を指している。約束の時間とは10時ぴったりだ。その時間まで座って待ってい
よう噴水の縁に腰を下ろそうとすると宍戸の目にとある人物の姿が映った。
「あれ?」
私服を着ているから何とか同い年くらいに見えるものの、スーツでも着てればそこらへん
にいるサラリーマンとほとんど変わらないような容姿の持ち主。こんなとこで会うなんて
珍しいと宍戸はその人物に声をかけた。
「手塚、こんなところで何してんだ?」
そう、宍戸の目に入った人物は青学テニス部部長手塚国光だ。
「宍戸か。俺はちょっと待ち合わせをしているんだが。」
「へぇ。俺もだぜ。誰待ってんだ?」
「不二だ。今日は一緒に買い物すると約束しててな。」
「不二か。俺さ、10時に約束したのにちょっと早く来すぎちまってよ。お前は何時の約
束なんだよ?」
「俺も10時だが、このくらいの時間に来るのは当然のことだろ。」
表情も変えずにそんなことを言う手塚をさすがだなあと思ってしまう。約束の時間の20
分前に来るのが当然だと言えるものはそうそういないであろう。
「ところで、お前は誰と待ち合わせしてるんだ?」
「俺?俺は跡部だぜ。」
「跡部と待ち合わせか。意外だな。跡部が樺地以外のやつと二人で出かけるなんて。」
「そうか?確かにあいつ試合とか部活のみんなで出かけるときは大抵樺地をそばにつけて
るけどよ、休みの日とか学校ではそうでもないぜ。むしろ、俺と一緒にいる方が多いくら
いだ。」
「そうなのか?お前と跡部はあまり仲がよくないイメージがあったんだが、そうでもない
んだな。」
「確かに跡部とはよくケンカするけどよ、基本的には仲いいぜ、俺達。」
にっと笑いながら宍戸はそんなことを言う。今日も跡部とデートなのだ。それが嬉しくて
こんなに早く待ち合わせ場所に来てしまったわけで、仲が悪いなどということは全く考え
られない。
「跡部は試合で戦ってるイメージしかないが、学校とか休みの日とかもああなのか?」
「ああ。基本的には変わらないぜ。目立ちたがりでナルシーで、自信過剰で。でも、試合
では見せないような顔を時々見せたりすんだよな。」
「試合では見せないような顔?」
「どんな顔かは俺だけの秘密だ。他のやつらはきっと想像も出来ないと思うぜ。」
自分にだけ時々見せる優しげに微笑む跡部の顔を思い出して、宍戸は楽しそうに笑う。あ
んな顔を見られるのは自分だけだと何となく優越感に浸っているのだ。
「そう言われると気になるが、きっといつもの跡部とは雰囲気が違うんだろうな。」
「まあな。そういえばさぁ、関東大会でのお前と跡部の試合、すごかったよな!」
「そうか?俺の腕が完治していたらもっといい試合が出来たんだろうが。」
「あの時の跡部、すっげぇ格好よかった。あんな真剣な跡部見たの久々だったからさあ。」
手塚ということで、宍戸は関東大会の試合を思い出す。手塚が目の前にいるというのに話
すのは跡部のことばかりだ。あまりにも跡部を褒めまくっている宍戸を意外に思いながら
手塚は何も言わず宍戸の話を聞いていた。
「時折、変なこと言うけど、跡部がテニスしてんの見るの、俺、すげぇ好きなんだよな。」
「確かに跡部は強いし、他のやつにはない才能を持っている。」
「跡部が強いのは才能だけじゃないんだぜ。アイツああ見えて人一倍激しい練習してんだ。
俺もいつか絶対追いつきたいと思ってんだけどよ、なかなか追いつけねぇんだ。でも、そ
の方が倒しがいがあっていいと思わねぇ?」
「そうだな。」
あまりにも宍戸が跡部のことを自慢するかのように話すので、手塚は宍戸が跡部のことを
ただの部活の仲間以上の存在として見ていることに気づいてしまった。それは自分と不二
と同じような感覚なのだろうと思い、あえてつっこみはしなかった。
(少し遅くなっちまった。5分前か。宍戸の奴はもう来てんのか?)
いつもなら必ず10分前には待ち合わせ場所に到着する跡部だが、今日は少し遅くなって
しまった。早足で噴水の近くまで歩いていくと、楽しげな宍戸の笑い声が聞こえる。
「でさ、こんなこともあってよ・・・」
宍戸の声がする方を見ていると、宍戸は手塚とそれはそれは楽しそうに話をしている。そ
れを見て、跡部は無性に腹が立った。
(俺様とデートだってのに、何手塚とそんなに楽しそうに話してやがるんだ。)
「宍戸!」
「あっ、跡部。じゃあな、手塚。跡部来たから、俺もう行くわ。」
「ああ。」
ひらひらと手を振って、宍戸は跡部の方に駆けてゆく。そんな宍戸を見て、本当に跡部の
ことが好きなんだなあと手塚は何となく自然と笑みがこぼれた。
「随分、仲よさそうに話してたね。」
「っ!!」
突然、真後ろから声をかけられ、手塚は激しく驚いた。今まで人の気配など全く感じられ
なかったのだから当然だ。
「ふ、不二・・・いつからそこにいたんだ?」
「5分くらい前からずっといたよ。なのに手塚、話に夢中になってて気づかないんだもん。」
「お前、気配消してただろ。」
「そんなことないよ。ねぇ、宍戸と何話してたの?」
そう尋ねる不二の顔は、口元は笑っているが目は開眼している上に全く笑ってはいない。
不二も跡部と同じような妙な腹立たしさを感じているのだ。お互い独占欲が強いため、そ
れがたとえ絶対になびいたりはしない相手だということが分かっていても、やはり楽しそ
うに話をしていると嫉妬してしまう。手塚は不二がそういう状況にあることを即行で理解
したが、宍戸はまだ跡部がそんな気持ちを抱えているということに全く気づいていなかっ
た。
「まだ10時になってないから、ちょっと余裕で遊べるな。」
「・・・ああ。」
跡部が早めに来てくれたということで、嬉しそうにしている宍戸だったが、跡部の表情は
不機嫌モード全開だ。ふいっと顔を背け、宍戸と目を合わそうとしない。さすがに宍戸も
跡部の様子のおかしさに気づいた。
「跡部?」
「何だよ・・・?」
「何か怒ってねぇ?」
「別に。怒ってなんかねぇよ。」
しかし、声は完璧に怒っている。何をそんなに不機嫌になっているのだろうと宍戸は首を
傾げる。その原因が、手塚と仲良く話していたからなどとは思いつきもしなかった。手塚
と話していたといっても、考えていたのは跡部のことばかり。気づかないのは当然だ。
「今日はどこ行くんだ?」
「どこでもいいぜ。テメェが決めろ。」
何となく投げやりな態度になっている跡部に宍戸もだんだんと腹が立ってくる。
(何跡部の奴、こんなに不機嫌になってんだよ?意味分かんねーし。)
そんなことを考えているとますます気分が悪くなる。跡部の素っ気ない態度に宍戸の表情
も拗ねるようなぶすっとしたものになってしまった。
「今日はどこも行きたくねぇ。」
「あーん?どういうことだ?」
思ってもみない宍戸の答えに跡部はくるっと振り向く。目に入ったその表情は、さっき手
塚と話していた時とは打って変わって、実に不機嫌そうな顔であった。それを見て、跡部
は軽く舌打ちをする。
(手塚と話してた方が楽しかったってことか?・・・ムカツク)
さっき見た光景が跡部の中で引っかかっていた。しかし、宍戸としては、跡部と楽しくデ
ートをしたいだけなのだ。なのに、何故だか跡部は不機嫌で、自分と会っても面白くなさ
そうにしている。それが、宍戸にとっては非常に腹立たしかった。
「どこも行きたくねぇんだったら、さっきみたいに手塚と話してくりゃいいじゃねぇか。」
「はぁ?」
「俺様と話すのは面白くねぇんだろ?」
「何言ってんだ?俺はテメェとデートするためにわざわざ朝早くからここに来たんだぞ!」
「だったら、何でそんな不機嫌な面してやがるんだ?だったら、もっと楽しそうな顔して
みせろ。」
「テメェが意味もなく不機嫌だからだろ!!」
「あーん?意味もなく不機嫌なんかじゃねぇ!!テメェが手塚と楽しそうに話してるから
腹が立ってんじゃねぇか!!」
「あ・・・?」
口喧嘩になりかけて、跡部は今思ってることをそのまま口にしてしまった。それを聞いて
宍戸はポカンと口を開ける。要するに跡部は手塚に嫉妬をしていたというわけだ。それが
分かると宍戸は、声を立てて笑った。
「あはは、お前マジヤキモチやきだな。ちょっとの間話してただけじゃねぇか。」
「ちょっとの間話してただけだと?それにしては随分楽しそうだったじゃねぇか。」
跡部が気に入らないのは、あくまでも自分と話しているよりも楽しそうにしていたことな
のだ。しかし、宍戸が楽しそうにしてたのには大きな理由があった。それを言おうか言う
まいか宍戸は迷う。
「あれは、ちゃんとした理由があるんだよ。」
「何だよ?」
「えっと、それは・・・」
口ごもっていると、跡部の顔は再び不機嫌顔になる。これ以上機嫌が悪くなられては困る
と宍戸は慌てるようにその理由を口にした。
「跡部のこと話してたんだよ・・・・」
「は?」
「だからー、跡部のことを話してたって言ってんだろ!!」
「俺のことを?どうして、手塚に俺のことを話すんだ?」
テニスの話ならまだしも自分の話とはどういうことであるのか。それが分からず跡部は首
を傾げた。宍戸はほのかに頬を赤く染めながら、言いづらそうにボソボソと呟く。
「手塚と跡部の試合がすごかったとか。そのときの跡部が格好よかったとか、普段の跡部
はどうだとか・・・ともかくそういうことだよ!!」
「・・・・・・。」
まさかそんな話をされていたなどとは全く予想していなかったので、跡部は黙ってしまう。
その沈黙が宍戸をさらに恥ずかしくさせた。
(何でそこで、黙んだよ!!う〜、言わなきゃよかった・・・)
「宍戸・・・」
「な、何だよ?」
「つまりテメェは手塚にノロケ話をしてたってことか?」
「っ!!」
そう言われればそうかもしれないと、今更ながら羞恥心が襲ってくる。顔を真っ赤にして
宍戸は否定しようとするが、うまく言葉が出てこない。実際自分の話していたことはある
意味ノロケ話であったと自分でも認められるのだから、そうなるのは当然であろう。
「そ、そんなこと・・・ねぇよ。」
「じゃあ、何そんなに動揺してんだ?そんなに俺様のことを手塚に自慢したかったのか?」
さっきの不機嫌顔はどこへやら。今の跡部の表情は実に機嫌よさげな顔である。こんなこ
とを言われると違う意味でまた腹が立ってくる。恥ずかしさを誤魔化すかのように宍戸は
話題を変えようと少々怒り気味な口調でこんなことを言った。
「もうそれはいいだろ!!ほら、今日はどこに行くか決めるぞ!!」
「そうだな。」
宍戸が自分のことを話していてあれだけ楽しそうしていたということが分かると跡部はと
たんにご機嫌になった。もう手塚に対する嫉妬心など、跡形もなく消えている。今日はど
こでも好きなところに連れてってやろうとそんなことまで考える始末だ。
「何、そんなにニヤけてんだよ?」
「いやー、本当にお前、可愛い奴だなあと思ってよ。」
「ウ、ウルセー!!もういいだろ、さっきのことは!!」
「で、テメェはどこに行きたいんだ?どこでも連れてってやるぜ。今日は俺の奢りだ。」
「えっ!?マジで!?」
どこにでも連れて行ってくれる上に、全て跡部の奢りとなれば、宍戸の機嫌も一気によく
なる。さっきまでの怒り顔をぱっと明るい笑顔に変えて、どこに行きたいかを真剣に考え
出した。
「じゃあ、まずテニスして、その後、うまいもん食って、で、後は跡部んちでいい。」
「マジでそれでいいのか?それじゃあ、普段してることと大して変わらないぜ。」
「いいんだよ!俺はそのルートが一番好きなんだからよ。」
「まあ、いい。それじゃあ、まずはテニスコートにでも行くか。」
「おう!!」
今日のデートコースが決まったところで、二人は目的地に向かって歩き出した。普段して
いることとあまり変わらないことばかりだが、それが宍戸にとっては一番楽しいデートコ
ースなのだ。
跡部の行きつけの店で昼食を済ますと、二人は跡部の家に向かおうと店を出る。通りを歩
いている途中で、再び手塚&不二ペアに遭遇した。
『あっ。』
「また会ったな。」
「おう。お前ら買い物終わったのか?」
「うん。これから手塚の家に行くんだ。」
「ふーん。俺もこれから跡部んちに行くぜ。あれ?」
軽く立ち話をしていると宍戸はふとあることに気がついた。どちらとも首からペンダント
を下げているのだが、それがとても似通っているデザインなのだ。
「そのペンダントさ、ペアネックレスか何かか?」
「ああ、これ?そうだよ。いいデザインでしょ?」
「ああ。んー、何かお前らがそういうのつけてるのって意外だな。」
「そうか?結構当たり前につけてるけどな。」
「うん。宍戸達はこういうのしないの?」
二人の関係を完璧見透かしているような発言を不二はさらっと口に出す。それに答えたの
は跡部だった。
「俺らも持ってるぜ。ただ今日はつけてきてないだけだ。」
「あれは、外にはつけていけねぇだろ。」
「俺様は別に全然構わないぜ。」
「俺が構うんだよ!テメェが買うのって、いっつも俺がつける方が妙に女向けのデザイン
じゃねぇか。」
「女向けのデザイン?たとえばどんな感じなの?」
「ハートがついてたりとか、無駄にキラキラしてたりとか、トップが小さいとか。」
「あー、確かにそれは女の子向けのデザインだね。」
「だろ?もっとちゃんとしたの買ってきてくれれば、俺だってちゃんとつけるのによ。」
その言葉を聞いて跡部は思いついたように、宍戸の手を掴み歩き出す。
「えっ?おいっ、跡部っ!?」
「それなら買ってやるよ。俺の家に行くのはそれからだ。」
「ちょ、ちょっと待てよ!!」
不二と手塚がしているのを見て、跡部も心の中ではそれをうらやましいと思っていた。そ
う感じているときに宍戸のあの言葉。これはもう行動に移すしかない。自分達のことは全
く無視で、さっそく店に向かおうとしている二人を見て、不二はくすくす笑った。
「あの二人、本当仲いいね。」
「ああ。宍戸が話してたこと、少し分かるかもしれないなあ。」
「宍戸が話してたこと?何?」
「跡部は、俺達が思いつかないような表情を時々宍戸の前ではするそうだ。」
「あはは、確かにそうかもしれないね。でも、手塚だって他の人が想像しえないような顔、
僕の前ではしてるよ。」
「そうなのか?」
「うん。」
笑顔で頷き、不二はもう一度跡部と宍戸の方へ視線を移す。無理やり引っ張って行かれな
がらも、宍戸は満更でもないようだ。
新しいペアネックレスを買った後、二人は跡部の家へ行く。跡部の部屋に入るとその買っ
たネックレスを箱から出し、さっそくお互いの首につけてみた。
「へぇ、なかなか似合うじゃねーか。」
「今回のはいい感じだな。これなら外にもつけていけるぜ。」
今回買ったのはクロスが二つに分かれていて、二つを合わせると一つの完全な形になると
いうものだ。これならばそれほど女性向けのデザインでないので、普通のアクセサリーと
して出かける時にもつけて行くことが出来る。
「こういうのって、結構照れくさいけどよ、やっぱ持ってると嬉しいよな。」
「テメェからそんなこと言ってくるなんて、珍しいじゃねぇか。」
「だって、あの不二と手塚がしてたんだぜ。別に俺らがやっててもおかしくないかなあっ
て思ってさ。しかも今回買ったのは、なかなかカッコイイデザインだし。」
「気に入ったんなら、それでいいと思うぜ。」
宍戸が新しいネックレスを気に入り、ひどく嬉しそうにしているので、跡部はふっと微笑
んだ。宍戸が言う跡部が自分にしか見せないという表情はまさにこれなのだ。その顔を見
て、宍戸はドキンと軽い心臓の鼓動を感じながら、言いようもない嬉しさを感じる。
「へへへ。」
「何だよ?」
「別にー。なあなあ、このネックレスちょっとつけたまんま一つにしてみねぇ?」
「いいぜ。」
分かれている二つの欠片を合わせ、二人は一つのクロスを作る。そうするために顔が近づ
いたのをいいことに、跡部は宍戸の唇にちゅっと軽くキスをした。
「!!」
「せっかく十字架が一つになったんだから、俺らも一つになろうぜ。」
「・・・よくそういう恥ずかしいこと平気で言えるよな。」
「まあ、いいじゃねぇか。ほら、ベッド行くぜ。」
「まだ、夕方にもなってねぇぞ。」
「そんなの関係ねぇよ。さっさと立て。」
「仕方ねぇなあ。」
ゆっくりと立ち上がり、二人はまだ日が出ている時間にも関わらず、ベッドへダイブだ。
何となく気分がいいので、宍戸も今日は笑いながら跡部の誘いの乗った。ふわふわのベッ
ドの上で、二人は一つに繋がる十字架の欠片になるのであった。
END.