ただいまは昼休み。特にすることもなかったので、跡部と宍戸は部室でくつろいでいた。
「なーんか、暇だよな。テニスでもしに行くか?」
「あと10分しか昼休みねぇのに、それは微妙だろ。」
「だよなあ。」
ソファで本を読んでいる跡部の横で宍戸は何もすることがなくぐでっていた。キリのいい
ところまで読み終わったのか、跡部は本を閉じ、おもむろに立ち上がる。
「宍戸。」
「ん?何?」
「飴あるけど、食うか?」
「飴?あー、うん。ホントはガムがあったらそっちの方がいいんだけど、もらっとく。」
突然飴をあげるなどと言う跡部を不思議に思うが、もらっておいて損はないだろうと宍戸
は素直に一つの飴玉を受け取った。
「これ、何味?」
「ミント味だ。ミント味っつーより、ハッカだな。」
「へぇ、いいじゃねぇか。じゃ、いただきます。」
ハッカと聞いて、宍戸は嬉しそうにその飴を口に入れた。それを見て、跡部はニヤっと笑
う。
「うん。なかなかうまいぜ、この飴。」
「そうか。そりゃよかったな。」
美味しそうに飴を舐める宍戸を見ながら、跡部は腕時計に目を落とす。昼休みが終わるま
ではあと5分ある。それまでに宍戸は飴を食べる終わるだろう。宍戸が飴玉を舐め終わる
まで、跡部はじっと宍戸を眺めていた。
「何でそんなに見てくんだよ?」
「別に。本当うまそうに食ってんなあと思ってよ。」
「だからって、そんなに見つめてくることねぇだろ。」
「何だよ?俺様に見つめられて恥ずかしいって?」
「はあ?んなわけねーだろ。」
そんなやりとりを交わしている間に宍戸の口の中の飴玉はみるみる小さくなってゆく。あ
ともう少しでなくなるというところまでくると、宍戸はその飴を噛み砕いて飲み込んでし
まった。
「はあー、うまかった。サンキューな跡部。」
「別に礼を言われるほどのことでもねぇよ。」
「そろそろチャイムなるはずだし、教室戻るか。」
昼休みも終わるので、そろそろ教室へ戻ろうと立ち上がる宍戸だが、その瞬間、異常な眠
気と眩暈を覚えた。ガクンと傾く体を跡部はしっかり支えてやる。その迅速さはこうなる
ことを予測出来ていたかのようにも見えた。
「おっと。」
「うわ・・・何だろ・・・激眠みぃ・・・・」
「何、ジローみたいなこと言ってんだ?」
「いや、冗談抜きでマジ眠いんだって。うー、次の授業出れそうにねぇよ。俺、ここで昼
寝するからよ、先生には適当に誤魔化すようなこと言っといてくれ。」
「ああ、分かった。」
いつもなら、授業くらい出ろよと注意する跡部があっさりオッケーを出した。何かがおか
しいと思うものの、あまりの眠気にそれ以上考えていることが出来なかった。すっかりソ
ファで眠り込んでしまった宍戸を見て、跡部はふっと自信ありげに笑う。
「今回はうまくいきそうじゃねぇの。放課後が楽しみだぜ。」
どうやら宍戸の異常な眠気は跡部に何か原因があるらしい。宍戸をソファに寝かせたまま、
跡部は部室から出て行ってしまう。部屋の向こうでバタンとドアの閉まる音を聞きながら、
宍戸はさらに深い眠りへと落ちていった。
授業が終わり、部活の時間が始まろうとしているにも関わらず、宍戸はいまだに眠りこけ
ていた。そこへ、HRが早めに終わった日吉がやってくる。
「あれ?開いてる?」
日吉自身一番初めに来れたと思っていたので、ロッカールームの鍵が開いていることを不
思議に思った。部室の鍵が開いていたとしても、誰か人が入っていない限りはロッカール
ームの鍵はかかっているはずなのだ。
「こんにちは。」
挨拶をしながら、ロッカールームに入るが返事がない。首を傾げ、とにかく着替えるかと
部屋の奥に入るとソファで誰かが寝ていることに気がつく。眠っているということで、初
めはジローかと思った日吉だったが、ふと目に入った黒髪にそうでないと気づいた。
「誰だろう?」
ソファを覗き込むとそこには綺麗な長い髪を持ったものが眠っている。よくよく見てみる
とほのかに胸のあたりに膨らみがあることが分かった。にも関わらず、着ている制服は確
かに男子のものだ。誰か分からず困惑していた日吉だったが、ふと寝返りをうったことで
見えた顔を見て、この人物が誰だかを悟った。
「宍戸先輩・・・!?」
それは確かに宍戸であった。しかし、短いはずの髪は切る前ほどの長さがあり、やはり胸
のあたりにはあるべきはずのない膨らみがある。誰かが分かったことで、日吉の頭の中は
さらに混乱した。
「どういうことだ?何で宍戸先輩、女になって・・・・」
「ちわー、あっ、日吉じゃん!俺らが一番かと思ったのに残念ー。」
日吉が困惑しまくっているところに岳人と忍足が入ってきた。日吉の様子がおかしいこと
など全く気にとめず、二人は部屋の奥へと入ってゆく。
「あれ?ソファで誰か寝てるぜ侑士。」
「ホンマやな。・・・宍戸?」
「宍戸がこんなとこで寝てるなんて珍しいな。ジローみてぇ。」
まだ宍戸の異変に気づかない二人に、日吉はもどかしさを覚える。このまま気づかないの
ではないかという考えが一瞬頭をよぎり、日吉は思わず宍戸の異変を自分の口から言って
しまった。
「先輩達、この宍戸先輩見て、おかしいと思わないんですか?」
「はあ?何言ってんだ、日吉?」
「別におかしいとこなんてあらへんやん。・・・・ん?」
「どうした?侑士。」
「いや、日吉の言ってることあってるかもしれへん。」
もう一度宍戸をしっかりと見て、忍足はその異変に気がついた。まずすぐに目にとまった
のは髪の毛だ。今ソファで眠っている宍戸はどうみても長髪だ。
「宍戸、今髪短いはずなのに長いやん。」
「ウィッグでもつけてんじゃねぇのか?」
「それよりもっとおかしいところがあるでしょう。」
日吉につっこまれ、二人はじっくりと宍戸を観察する。そして、気づいた。第二ボタンが
ついているあたりが、どう見てもふっくらとしている。
「宍戸、胸あったっけ?」
「いや、ないやろ。どういうことや?」
「まあ、単純に言っちまえば、女になってるってことだよな。」
気づくのが遅すぎると日吉は大きな溜め息を漏らす。不思議なことが起こるもんだなあと
岳人と忍足がうなっていると、閉まっていたドアが開いた。
「ちょっと遅くなっちゃった。あれ?まだこれだけしか来てないの?」
「滝、今ちょっとすごいことが起こってるんだけど。」
「へぇ、何?」
滝が興味津々で一歩部屋に入ると、後ろから鳳がやってきた。
「ちわーっス。あれ?どうしたんですか?先輩達。着替えもしないで。」
自分も少し遅くなったと思っていた鳳は、岳人や忍足などの先に来ていたメンバーがまだ
制服のままでいることを不思議に思った。時間としてはもう着替えてコートへ行っていて
もいい時間なのだ。
「あのな、宍戸が女になってんだよ。ほら、見ろよ。」
岳人はソファで寝ている宍戸を指差し、滝と鳳を自分達がいる方へと招く。ぐっすりと眠
っている宍戸の姿を見て、二人は驚きつつも他のメンバーよりは冷静な反応を見せる。
「本当だ。確かに女になってるねー。」
「でも、見た感じは髪切る前の宍戸さんと大して変わらないですね。」
「二人とも反応薄いなあ。もっと驚いてもええんちゃう?」
「えー、だって・・・ねぇ?」
「こうなった原因が分かってれば、あんまり驚かないですよ。」
滝と鳳には宍戸がこうなっている原因が分かっていた。それはあくまでも推測ではあるが、
それ以外に理由が考えられない。
「宍戸がこんなになってる原因って、絶対跡部でしょ?跡部が妙な薬飲ませたかして、女
にさせたんじゃないの?」
『あー、なるほど。』
滝の意見にそこにいたメンバーは皆納得。そんな理由があるなら、まあそれほど驚くこと
ではないだろうとそれぞれ部活の準備を始め出した。さすがにこの人数の人がいれば、部
室内は否応にでも騒がしくなる。そんな騒がしさから宍戸はようやく目を覚ました。
「ん・・・んー・・・」
「おっ、宍戸起きたみたいだぜ。」
「ふあ〜、よく寝た。あれ?お前らもう部活来てんのか?」
「もう放課後になって大分時間経ってるよ。どんだけ眠ってたの?宍戸。」
「マジ?もうそんな時間なのか?あー、随分寝ちまったなあ。あれ?跡部は?」
「跡部はまだ来てないで。また生徒会かなんかで遅れてるんちゃう?」
「そっか。よーし、それじゃあ俺も着替えるか。」
他のメンバーが何もつっこむことなく話を進めると、宍戸は普通に着替えをしようと立ち
上がる。宍戸とは言えども、体は女になっているのだ。さすがにそのまま着替えられては
目のやり場に困ってしまう。
「ちょっと待った宍戸!」
「ん?何だよ、滝?」
「宍戸、今自分の体に起きてる異変、全く気づいてない?」
「は?何のことだ?」
「まず鏡を見て、そのあと自分の体確認してみな。」
「おう?」
何意味の分からないことを言ってんだと初めは呆れ気味だった宍戸も滝に言われた通りの
ことをして、その異変に気づく。長い髪にあるはずのない胸、よくよく考えてみれば声さ
えも変わっている。
「な、何だよこれー!?何で俺、女になってんだ!?」
「宍戸、寝る前に跡部から何か飲み物か食べ物もらわんかったか?」
「えっ・・・?あー、ハッカの飴をもらったけど・・・」
「それが原因だね。」
「ハッカの飴じゃあ、宍戸さん食べちゃいますよね。」
「何の話だよ?あの飴とこうなったのと何か関係があるのか?」
「たぶん跡部がその飴に女になるような薬を入れたんじゃないかな。」
「何だよそれ!?跡部のヤツ、来たら絶対文句言ってやる。」
宍戸が高音な声で怒りながらそんなことを言っていると、今話題になっている跡部がそこ
に入って来た。
「あっ、跡部。」
「テメェらまだこんなところで油売ってんのか?さっさとコートに行けよ。」
跡部の声を聞き、一言文句を言ってやろうと宍戸は振り向く。しかし、宍戸の口からは文
句の言葉は出なかった。跡部の姿を見た瞬間、何故だかドキンとしてしまったのだ。ドキ
ンとするというよりは、ときめいてしまったと言った方が正しいかもしれない。
「あ・・・」
「どうしたの、宍戸?」
「お、宍戸、いい感じに女になってるじゃねぇか。」
口をパクパクさせ、何も言えなくなっている宍戸のもとまで跡部はつかつかと歩いてゆく。
近づいてくる跡部の顔を直視出来ず、宍戸はくるっと背を向けた。
「どうしたんだよ?宍戸。可愛くなってんだからちゃんと顔見せろよ?」
「ひゃっああ!!」
自分の手の届く場所に宍戸を捉えると、跡部は後ろから抱きしめるような形で、宍戸の胸
を掴むように触った。そんなことをされれば、さすがに宍戸も叫んでしまう。
「なかなかいい触り心地じゃねぇか。」
「やだっ、どこ触ってんだよ!!離せー!!」
「いいだろ減るもんじゃねぇし。」
バタバタと抵抗する宍戸だが、女の力では跡部の力に全く歯が立たない。堂々とセクハラ
をする跡部にそこにいるメンバーは皆呆れる。男の宍戸にするならまだしも完璧に女の体
になっている宍戸の胸を触りまくっているのだ。さすがに見ている方もこれはいけないだ
ろうという気になってくる。
「忍足、この部屋厚紙とかなかったっけ?」
「ああ、それならそこに画用紙が入ってるで。」
「サンキュー。ここだね。」
滝は棚から画用紙を一枚出すと、じゃばらにそれを折り始めた。きっちり折り終えるとそ
の画用紙の端をしっかり持ち、大きく振り上げる。そして、跡部の頭にめがけ、それを思
いきり振り下ろした。
パアンっ!!
いい音が部室内に響く。滝が即席で作ったハリセンが跡部の頭に見事にヒットした。あま
りのいいツッコミっぷりに周りにいたメンバーは唖然としながら感心してしまう。
「ええツッコミやん滝。」
「滝、すげー。」
「・・・・・」
しばらく何も言えず固まっていた跡部だったが、突然糸が切れたように怒り出した。
「・・・どういうつもりだ、滝!?俺様にハリセンでつっこむなんていい度胸だな!あー
ん!?」
「宍戸といちゃつくのは勝手だけどさ、今のはさすがにセクハラに見えちゃったんだよね。
二人きりでやるのは構わないけど、人前でするのは控えなよね。」
「滝さんの言う通りですよ。宍戸さん、泣いちゃいそうじゃないですか。」
「俺も滝の意見に賛成ー。」
「ツッコミたくもなるで。今のは。」
とことんセクハラ扱いされ、跡部の怒りは最高潮。宍戸を抱きしめたまま、他のメンバー
に怒鳴り散らす。
「もうテメェらここから出てけ!!さっさと部活行かねぇとレギュラーから外すぞ!!」
「職権乱用じゃん。」
「ウルセー!!さっさと出てけっ!!」
「はいはい。宍戸、跡部に襲われそうになったらちゃんと逃げてくんだぞー。」
跡部があまりにもうるさいので、宍戸以外のメンバーはしぶしぶ部室から出て行った。
「よし、これで邪魔者はいなくなったな。」
「な、なあ、いい加減離してくれよ。苦しい・・・」
「ああ。悪かった。」
成り行きで二人きりになってしまった宍戸の心臓は壊れそうな程高鳴っていた。異常な程
の胸の高鳴りは明らかに跡部が原因であるが、何故ここまでドキドキするかが分からない。
ちらっと跡部の顔を見上げてみるが、やはり恥ずかしくて直視出来ない。
「ともかく座れ。」
「あ、ああ。」
跡部に促され、宍戸はいったんソファに座る。いつもなら跡部は専用のソファに座るはず
なのだが、今回は宍戸のすぐ横に腰かける。座ったはいいが、跡部は特に何もしゃべらな
い。この妙な沈黙に宍戸はさらに緊張してしまう。
(何で俺、こんなドキドキしてんだ?ただ跡部が隣に座ってるだけじゃねぇか。)
「宍戸。」
「・・・何だよ?」
「お前、思った以上に可愛くなってんな。男のお前も好きだけど、女のお前も悪くないぜ。」
「わけ分かんねぇし。てか、何でわざわざ俺を女にする必要があるんだよ?」
「ちょっと見てみたかっただけだ。俺様は女には優しいんだぜ。今のお前の頼みなら何で
も聞いてやるよ。」
「いきなり胸を揉むヤツがそんなこと言っても信じられねぇよ。」
不機嫌顔で視線を逸らしながら、宍戸はそんなことを言う。その拗ねたような態度が可愛
いと跡部はふっと笑って、髪にそっと触れた。
「さっきのはちょっとやりすぎた。もうしねぇよ。ほら、何でも言ってみろ。」
「えっ・・・あ・・・」
突然優しくなる跡部に宍戸は戸惑う。いつもとはあまりにも雰囲気が違う。いくら自分の
体が女になっているとは言えども、ここまで変わられるとどうしていいか分からなくなっ
てしまう。
「何か俺らが出て行ってからはえらい変わりようやな。」
「何だかんだ言っても跡部は宍戸にぞっこんだからねー。」
「てかさ、宍戸がマジで女の子に見えねぇ?姿形っつーより、態度とか反応とか。」
「そうですね。跡部さんに恋してる普通の女の子って感じですか?」
「あー、分かるかも。何か乙女チックって言葉がピッタリな感じですよね。」
跡部に出てけと言われたからといっても、このメンバーが素直に出て行くはずがない。ミ
ーティングルームにとどまって、ドアの隙間から二人の様子を覗いている。
ガチャっ
そこへ、眠っているジローを抱えた樺地が入ってきた。跡部に頼まれ、探しに行っていた
ようだ。
『しー!』
「?」
何が起こっているかは分からないが、樺地はジローを抱えたまま、とにかく流れで他のメ
ンバーに混ざってみた。
「今さ、宍戸が女になってて跡部が口説こうとしてるんだぜ。」
「別に口説いてるわけじゃないんじゃない?もともと宍戸も跡部のことは好きなんだし。」
「ともかくおもしろいから、樺地も一緒に見ようぜ!」
「ウ、ウス。」
岳人と滝があまりにも楽しそうに話すので、樺地も見ないわけにはいかなくなってしまう。
10cmほど開いたドアの隙間からはソファに座っている跡部と宍戸の頭が見えている。
他のメンバーに覗かれているとはつゆ知らず、跡部はさらに宍戸に絡んでいる。次第にこ
の状況に慣れてきたのか、宍戸の表情もさっきよりはいくらか穏かになった。
「今回のお前は、体だけじゃなくて気持ちの方も女になってるだろ?」
「そうか?あ・・・そう言われてみれば、さっきからお前の顔がまともに見れねぇんだよ
な。」
「どうしてだ?」
「何か恥ずかしいっつーか、ドキドキしちまう。」
「可愛いじゃねぇか。でも、それは俺様が好きだからだろ?」
「・・・おう。」
跡部の言葉に宍戸は素直に頷く。何となく雰囲気がよくなり、跡部は宍戸の頭を自分の肩
に乗せた。そして、長い黒髪を耳にかけるようにかき上げ、優しく頭を撫でる。男である
時もよくされることだが、久々の長い髪でそれがまたいつもより心地よかった。
「柔らけぇなお前の髪。」
「跡部・・・もっとしてもいいぜ。頭撫でられるの、気持ちイイ。」
「頭撫でるだけでいいのか?何だったら、キスの一つや二つしてやるぜ?」
そう言われ宍戸の顔は真っ赤に染まる。確かに普段の宍戸でもこんなことを言われれば、
照れはするがこの程度のことでそこまで赤面することはあまりない。
「えっ・・・そんなの恥ずかしすぎて、ダメだって・・・」
「いつもしてるじゃねぇか。」
「今の状況でも心臓が壊れそうなくらいドキドキしてんのに、キスなんてされたら・・・」
「大丈夫だ。この程度でお前の心臓は壊れたりしねぇ。ほら、こっち向けよ。」
「うん・・・・」
恥ずかしいと思いつつ、その反面やはりして欲しいという気持ちはある。きゅっと瞳を閉
じて宍戸は跡部の方に顔を向けた。頬に手を添え、跡部は顔を近づける。ほどなくして、
二人の唇は重なり合った。
「うわあ、ナチュラルにラブシーンって感じだな。」
「ラブ・ロマンス映画見てるみたいやな。」
「何か見慣れてる光景だけどさ、宍戸があそこまで照れてるとこっちまでドキドキしてき
ちゃうよね。」
「ん〜・・・あれ?ここどこ?」
「あっ、ジロー先輩、起きたんですね。」
「部室?てか、みんな何やってんの?」
状況把握の出来ていないジローはキョロキョロと辺りを見回し、首を傾げる。そんな中、
少し開いたドアの隙間から見える光景を見て、寝ぼけ眼からパッチリと覚醒した。
「うわ〜、何々!?みんなで覗きしてんの?超おもしろそうだC〜!」
「しー、ジロー!!大声出すとバレちゃう!!」
「随分長いキスシーンやな。」
「まあ、跡部だしね。って、わっ!!ジロー押さないでよ。」
「俺も見たい〜。」
「ちょっ、芥川先輩、下手に動いたら・・・・」
ジローが起きて動いたために、ドアの前に密集していたメンバーは押し合う状態になり、
バランスを崩す。思わず前のめりになってしまったメンバーは、ドアを押し開ける形でそ
の場に倒れた。
『うわっ・・・』
ドサッ!!
ロッカールームの方へ折り重なるように倒れたメンバーはやってしまったーと青ざめる。
案の定、宍戸とのラブシーンを邪魔された跡部が鬼のような形相で倒れるメンバーの前に
立ちはだかった。
「あ、あはは、ちょっと忘れ物しちゃって・・・」
「あーん?全員が忘れ物するってのはありえねぇよなぁ?」
「ほんの出来心やねん。別に邪魔してたわけでもないし、許してぇな。」
「今の状況は邪魔をしてるっつー以外に何て言うんだ?」
「ほら、俺も樺地もまだ着替えとかしてないC〜。」
「ウス。」
樺地までもがこのメンバーの中に入っていることが、跡部にとっては何となく腹立だしか
った。テーブルに置いてある先程滝が作ったハリセンを手に取り、跡部はそれを怒りのこ
もった笑顔で振り上げる。
スパンッ!!スパンッ!!スパンっ!!・・・・
ハリセンが醸し出すいい音が、七回部室内に響き渡った。さっき自分が滝にやられたよう
に全員の頭を引っぱたいたのだ。
「うわあ、痛そー。」
「行くぞ、宍戸。ここじゃ邪魔者が多すぎる。テメェら、明日は全員グラウンド30周走
らせるからな。覚悟しとけよ!!」
『はーい。』
ここは素直に返事をしておかないと後が怖い。宍戸の腕を引き、部室を出て行く跡部を見
送りながら、倒れていたメンバーは上から順番に立ち上がった。
「あーあ、見つかっちゃった。」
「ジローがいけないんだぞ。あんなに押すから。」
「だって、見たかったんだもーん。」
「まあ、ええやん。覗いてた俺らも悪かったんやから。」
「ですね。明日、グラウンド30周かあ。ちょっとキツイっスね。」
「仕方ないだろ。それで済んだだけでも、いいと思った方がいいと思うぞ。」
「ウス。」
グラウンドを走らされるくらいの罰で済んだのはいい方だと言う日吉に、他のメンバーは
頷いた。さっきの跡部の形相からすれば、スパルタ練習一週間というのもありえたはずな
のだ。
「ま、いいや。見てておもしろかったし。な、侑士。」
「せやな。いいラブロマンス見せてもろたわ。」
「あー、でも、あのハッカの飴ちょっと欲しいかもー。」
「何でですか?」
「うーん、だって楽しそうじゃん。ねぇ、岳人。」
「そうだな。侑士が女になった姿見てみたいし。」
「絶対食べへん!」
「お、俺もハッカ苦手ですから。」
滝と岳人の二人は妙な部分で共感しあい、逆に鳳と忍足はそれを真っ向から拒否している。
そんな四人を尻目に日吉は、そろそろ真面目に部活へ行こうと一人で部室を出て行った。
一方、ジローと樺地は着替えなければとロッカーを開く。
「おりょ?」
「どうしたんですか・・・?」
「こんなところに飴玉が落ちてるー。二個あるから一つ樺地にあげる。後でおやつに食お
うぜ。」
「ウス。」
ハッカ飴が原因で宍戸が女になっていたとも知らない二人は、跡部が落としたと思われる
飴を拾ってしまった。そのことに他のメンバーは気づいていない。跡部が作ったハッカ飴。
それが新たな問題を起こすのは時間の問題であろう。
END.