「あー、今日も疲れたな。」
「せやな。ふあ〜、もう眠いわ。」
今日は金曜日。明日が休日ということで、岳人は忍足の家に泊まりに来ていた。
「あっ、そうだ侑士。今日、飴玉買ったんだけど、食わねぇ?結構うまいんだぜ。」
「へぇ。飴玉か。何味?」
「えっと、レモンとオレンジがあるぜ。」
「ほなら、レモン味の方もらうわ。」
「レモン味だな。はい。」
岳人は鞄の中から二つの飴玉を出すと、黄色いパッケージの方を忍足に渡した。もう一つ
の方は自分の口の中に入れる。
「ホンマにこれ、結構いけるやん。」
「だろ?俺はオレンジ味の方が好きだけどねー。」
そんな普通の会話をしている二人だが、岳人の方は内心ドキドキだった。実は忍足にあげ
た方の飴にはとある秘密が隠されているのだ。それはこの間、跡部が宍戸に薄荷の飴をあ
げたのと同じような展開になるものだ。つまり、その飴には体を女の子にしてしまう薬が
入っているということなのだ。
「あー、うまかった。おおきにな、岳人。」
「ああ。」
「ふあ〜、何か飴なめたら余計に眠なってきたわ。岳人、俺、もう寝るわ。」
「おう。おやすみ。」
「おやす・・・」
おやすみを言い終わる前に忍足は深い眠りの中に引き込まれてしまう。薬の副作用で強い
睡魔が襲ってきたのだ。すっかり眠ってしまった忍足を眺めながら、岳人は胸を高鳴らせ
る。
「本当に女になるのかな・・・?」
まだ半信半疑であるが、跡部からもらった飴である。宍戸があーなってたということは、
かなり高い確率で、忍足は女になるであろう。そんな期待感を抱えつつ、岳人は忍足の隣
に横になった。
「明日になるのが楽しみだ。」
そんなことを呟きながら、岳人も夢の中へと落ちていった。
次の日の朝、岳人が目を覚ますと忍足の体は本当に女になっていた。髪形や身長など基本
の姿は変わらないが、体型や雰囲気は完璧に女の子だった。
「うわあ、マジで女の子になってるよ。すげぇ・・・・」
隣で女の子が眠っているということで、岳人は何だかドキドキしてきてしまう。それはも
ちろん忍足だからこそではあるのだが、こんな経験は滅多に出来ない。興味津々で、女に
なった忍足の体を見ていると、ほのかな好奇心が生まれてくる。
「女になった侑士、結構胸デカイよな。寝てるし、ちょっとくらい触っても大丈夫かな?」
ドキドキしながら、忍足の胸を触ろうとすると、触れる直前で忍足が目を覚ましてしまう。
「ん・・・んー・・・岳人?」
岳人は慌てて手を引っ込めた。危なかったと心臓がバクバクいっている。そんな動揺を隠
しながら、岳人は笑顔で朝のあいさつをする。
「お、おはよう侑士。」
「おはようさん、岳人。あー、昨日は何かいつもよりぐっすり眠れたわ。」
「そっか。そりゃよかったな。」
伸びをする忍足だが、まだ自分の体に起こっている異変に気づいていないらしい。そんな
変化に気づかないまま、忍足はベッドから下りて着替えを始めた。
「岳人、今日はどこ行く?」
「え、えっとぉ・・・」
目の前で着替えをされ、その姿に慣れていない岳人は目を泳がせ、うろたえてしまう。そ
んな岳人の挙動を不審に思った忍足は、ふと自分の体に目を落としてみた。パジャマのボ
タンが全て外された状態で目に入ったのは、あるはずのない豊かな胸。それを見て、しば
らく固まったあと、忍足は驚きの声を上げる。
「うわああっ!!」
体が女になっているので、反射的になのか忍足は女の子がするように腕で胸を隠した。そ
の反応に岳人はビックリ。まさか、そんな反応をされるとは思っていなかった。
「が、岳人っ!!俺に何したん!?」
「別に俺は何にもしてねぇよ。ただあえて言うなら、飴玉あげただけ。」
「飴玉?・・・あっ!!」
飴玉と聞いて、忍足はどういういきさつでこうなったかを即座に理解した。今の自分はこ
の前の宍戸と全く同じ状態になっているのだ。何故昨日全く疑いもせずに飴を受け取って
しまったのだろうと、自分自身のしたことを後悔した。
「もう、信じられへん。普通するか?こないなこと。」
「だって、女になった侑士見たかったんだもん。」
「だからって・・・まあ、この前あんなことあったのに、素直に飴食べた俺も悪いけど。」
「じゃあ、いいじゃん。」
「全然よくないわ!!はあ・・・こんなんじゃ、今日外出できへんやん。」
こんな体では外に出れないと忍足はへこみまくり。しかし、岳人はそんなことは気にせず、
今日は外へ出かけて、デートする気満々らしい。
「別に女の子の服着てりゃ問題ねぇんじゃねぇ?侑士の姉さんの服借りたりしてさ。」
「はあ!?そないなこと無理に決まってるやろ!」
「頼んでみなきゃ分かんないじゃん。俺、侑士の姉さんに言ってきてやるよ。」
「ちょっ・・・ちょっと待ち、岳人っ!!」
忍足が制止するのを全く無視して、岳人は忍足の姉を呼びに行った。忍足が女になってい
るという話を聞いた姉は、可愛らしいオシャレな服を持って忍足のもとへやってくる。そ
の表情は実に楽しそうだった。
「ホンマに女になってるんやな。」
「別に来ることあらへんやん。こないな服、俺、着ぃへんからな。」
「着てみろよ、侑士。絶対似合うって。」
「姉さんが着させたるわ。岳人くん、ちょっと待っててな。」
「はい。じゃあ、侑士。俺、部屋の外で待ってるから。」
「待っ・・・岳人っ!」
岳人が部屋から出て行くと忍足の姉は、自分の部屋から持ってきた服を忍足に着させてい
った。忍足自身がかなり細身なので、入らないということはなかったが、身長が高いため
に、スカートの丈などはかなり短くなってしまう。こんな服など着たくないと初めは抵抗
していた忍足だったが、やはり姉にはかなわない。ほぼ強制的に可愛らしくセクシーな服
装に着替えさせられてしまった。
「岳人くーん、終わったで。」
「開けてもいいですか?」
「入ってくるな、岳人っ!!」
「うん。入ってきちゃって。」
忍足の言うことではなく、姉の言うことを聞き、岳人は忍足の部屋に再び入った。中に入
ると、どこからどう見ても女の子という忍足が恥ずかしそうに姉の後ろに隠れている。
「何やってるん侑士?ほら、可愛いんやから岳人くんにも見せてやり。」
「そないなこと言われても・・・」
「別に恥ずかしがることねぇじゃん。男のままで女装してるわけじゃないんだから。」
確かに今の忍足の体は完璧に女になっているのだから、スカートを穿こうが、可愛らしい
デザインの服を着ようが全く問題はない。そんな忍足の姿をちゃんと見たいと岳人は腕を
軽く引っ張り、忍足を自分の前にしっかり立たせた。
「へぇ、マジで可愛いじゃん侑士。普通に女の子だぜ。」
「せやから、それが嫌なんやって。」
「こないにいい感じにコーディネートしてやったんやから、岳人くんと出かけてき。その
ままでうちにいるだけなんて勿体ないやん。」
「そうだぜ。今日はもともとデートする約束だったんだから、出かけるぜ侑士!」
せっかくオシャレをしたのだから、出かけようと岳人と姉は忍足を促す。全く乗り気では
ないのだが、どう考えてもこのままうちにいることは無理そうだと忍足は悟った。はあー
と大きな溜め息をつき、もう一度自分のすっかり変わってしまった体に目を落として、忍
足は岳人と一緒に部屋を出る。玄関まで忍足姉が見送りに来てくれた。
「楽しんでくるんやで。」
「こないなことになってなかったら、素直に楽しめるんやけど・・・」
「これはこれで、楽しいって。それじゃいってきまーす。」
「いってらっしゃーい。」
岳人と姉はかなり楽しげな様子であいさつを交わした。しかし、忍足の表情はまだ沈んで
いる。この沈んだ表情を変えてやろうと岳人は頭の中で今日のデートプランを練るのであ
った。
街へくりだすと、岳人は朝食を食べてきていないことに気がついた。それほどお腹が空い
ていなくとも、そんなことに気づくと何かを食べたくなるものだ。
「侑士、何か食わねぇ?」
「せやなあ。朝飯食うてこなかったし。」
「確かこの近くにフードコートがあったよな。そこに行こうぜ!」
「ああ。」
そこまでがっつりは食べなくてもいいと、岳人は忍足を連れ、街の中心にあるフードコー
トへと向かった。朝なので、それほど客は多くないが、念のためということで岳人がもの
を買いに行っている間に忍足は席取りをすることになった。
「じゃあ、ちゃっちゃと買ってきちまうから、侑士はここで待ってろよな。」
「ああ。俺、たこ焼きな。」
「了解!」
食べものを買いに行く岳人を椅子に座りながら見送ったあと、忍足は小さな溜め息を漏ら
した。短いスカートに普段は絶対につけることのない女の子用の下着、ヒラヒラとしたブ
ラウスに女の子向けのアクセサリーという格好は、どうも落ち着かない。そのため、忍足
は意味もなく緊張していた。岳人がいなくなると忍足の表情は一気に憂鬱そうなものにな
る。
(やっぱ、こないな格好落ち着かれへんわ。早くもとに戻らんかなあ。あっ、でも、あん
まり早く戻られるとただの女装になってまうやん。それはちょっとアカンなぁ。)
頬づえをつきながらそんなことを考えていると、突然目の前に人の影のようなものが落ち
た。何かと思い顔を上げると、そこには高校生らしき二人組がニヤニヤしながら忍足のこ
とを見下ろしている。
「君、可愛いねー。モデルでもやってるの?」
「今、一人?俺達と遊びに行かない?」
「えっ・・・?」
これは明らかにナンパであることは理解出来た。しかし、対処の仕方は全く分からない。
男にナンパされることなど普段はありえないことなのだ。ただ一つ確実に言えることは、
この二人とどこかへ出かけるというのは絶対に嫌だということだ。
(あー、俺、こないなタイプ苦手やわ。ギャル男いうんやったっけ?男友達としても絶対
に付き合いたくないタイプやな。)
「うち、連れがいますんで。」
「そんなのどうでもいいじゃん。俺達と一緒に遊ぼうよ。」
「君、すごい可愛いからねー。いろんなもん奢ってあげるよ。」
やんわりと断ろうとする忍足だが、なかなかその二人組も諦めない。しばらく問答を繰り
返していたが、二人のうちの一人が忍足の腕をぐっと掴んだ。
「ほら、絶対飽きさせないからさ。行こうよ。」
「い、嫌や!」
「楽しませてあげるから、ついてきなよ。」
力ずくで連れて行かれそうになり、必死で抵抗しようとする忍足だったが、女の子の力で
は全く歯が立たない。これはさすがにヤバイと、忍足は思わず岳人の名前を叫ぶ。
「岳人っ!!」
ちょうどその時、岳人は忍足の後ろまで戻ってきていた。今買ってきたばかりのアツアツ
のたこ焼きの一つを忍足の腕を握っている手に落とす。あまりの熱さに高校生はパッと手
を離した。
「熱っ!!」
「おい、大丈夫かよ?何だテメェ、いきなり何しやがんだ。」
「先に手出したのはそっちだろ。」
忍足に手を出され、怒り気味の岳人は喧嘩腰でそんなことを言う。火傷をさせられ、腹を
立てた高校生は岳人に殴りかかろうとした。
「おっと。」
しかし、岳人は得意のアクロバティックでその攻撃をかわす。宙返りをして、パンチを避
けると、忍足の前に立ち自信に満ち溢れた顔で自分よりいくらか大きい高校生にハッキリ
と言い放った。
「俺の彼女に手出すなよ。テメェらになんか、侑士はついていかねぇよ。」
それを聞いた高校生はさらに怒りを高ぶらせる。今度は二人がかりで殴りかかってきたが、
またもや岳人はひょいっと跳ねて、その攻撃を避けた。そして、二人を飛び越すような形
で着地すると、後ろから蹴り倒す。
「うわっ・・・」
「侑士、走るぞ。」
一人が倒れ、もう一人が動揺している間に岳人は忍足の手を握って、全力で走り出した。
何とか二人の高校生をまくと、二人は近くにあったベンチに腰かける。
「ハァ、ハァ・・・大丈夫か侑士?」
「ハァ・・・何とかな。」
「侑士、マジで可愛いんだからさあ、もうちょっと注意してもらわなきゃ困るぜ。」
「そないなこと言われても、まさかナンパされるなんて思ってへんもん。」
ぶすっと拗ねたような表情になる忍足の髪に触れながら、岳人は心から忍足を気遣うよう
な言葉をかける。その口調はいつものふざけた調子とは違い、ひどく優しいものであった。
「本当に何もされてないか?侑士。さっき掴まれたところとか痛かったりしねぇ?」
「えっ、あ、ああ。平気・・・やで。」
そんな岳人の態度に忍足はドキドキしてしまう。さっきの一連の行動も女の子になった忍
足から見たら、まさに王子様。いつもはここまで感じないが、今日は岳人が格好よく見え
てしょうがない。
(何や岳人メッチャ優しいやん。うわあ、何やろ?変にドキドキしてきたわ。)
「何もされてないならよかった。よっし、少し落ちついたことだし、買ってきたもの食べ
ようぜ!」
そう言いながら、岳人は一つのたこ焼きが欠けたパックを忍足に差し出した。コロコロ変
わる岳人の表情に忍足はときめいてしまう。冗談じみたことを言ったと思ったら、急に男
らしい顔になり、次にはもう子供のような笑顔を浮かべている。それが、忍足にとっては
ものすごく魅力的に見えた。
「うまそうなたこ焼きやん。おおきにな、岳人。」
たこ焼きを受け取った忍足は、嬉しそうにニッコリと笑った。いつもより何倍も女の子ら
しく可愛らしい笑顔に岳人はドキッとしてしまう。どちらもお互いにカッコイイ、可愛い
と思うところを見つけながら、買ってきた食べもので軽い空腹感をゆっくり満たした。
そんなこんなで買ってきたものを食べ終えると、二人は街を歩きながらこれからどうする
かを考える。特に何も考えずに歩いていると、岳人の目にとある映画のポスターがとまっ
た。
「おっ、これ楽しそうじゃん。」
「何?」
「これこれ。CM見ててさ面白そうだなって思って、前から見たいと思ってたんだ。」
岳人が興味津々に眺めているポスターは、ついこの間公開されたホラー映画のポスターだ。
映画鑑賞は好きだが、ホラーとなると忍足は気がひけてしまう。むしろ、ホラー映画は苦
手な方なのだ。
「えー、こんなん見たいん?」
「おう。最近ラブロマンスばっかじゃん。たまにはこういうのもよくねぇ?」
確かに岳人と映画に行ったとしても、自分の好みに合わせてもらって見るのはラブロマン
スばっかりになってしまう。たまには岳人に合わせてやってもいいんではないかと忍足は
そのポスターを見上げた。
「・・・・そんなに見たいん?」
「ああ。超面白そうじゃん!」
「ほなら、見るか?」
「いいの!?」
「たまには、岳人の見たいやつに合わせんとな。いつも付き合ってもろてるし。」
本当はあまり見たくはないのだが、せっかくのデートなのだ。岳人にも楽しんでもらわな
いとということで、忍足はその映画を見ようと提案した。それを聞いて岳人ははしゃぎま
くり。単純に見たい映画が見れるという喜びもあったが、それ以外にも岳人には楽しみが
あった。
映画館の中で、忍足はもう怖がりまくり。最後はそこまで怖くない部分にもビクッと驚く
ような反応を見せるようになっていた。ホラー映画も楽しみつつ、岳人はそんな忍足の反
応も楽しむ。映画が終わった時には、忍足はもう半泣き状態。相当怖かったらしい。
「もうあんなんありえへんわ。何であないに怖い映画作るんやろ。」
「俺は面白かったと思うぜ。」
「あんなん見たら怖くて夜中にトイレ行けへんやん。」
「あはは、そんなに怖かったのかよ、侑士?」
忍足の言う一つ一つの言葉がおかしくて、岳人は思わず笑ってしまう。しかし、忍足は本
気で怖がっているのだ。この映画の影響をしばらく引きずり、忍足はその後岳人にべった
りだった。普段だったら恥ずかしがって、自ら腕を組んだり、手を繋いだりはしないのだ
が、今日は忍足の方からそれを求めてくる。ホラー映画を見せたのは正解だったと、岳人
は心の中でガッツポーズをした。
映画を見終わった二人は、夕方まで適当に街をぶらぶらした後、公園に向かった。公園に
到着したのはちょうど夕暮れ時で、いい感じにあたりが夕焼け色に染まっている。
「おー、すげぇ。全部真っ赤だ。」
「ホンマやな。」
そんな景色に感化されてか、忍足は何だかいい気分になってしまう。ふっと思いついたよ
うに岳人の名前を呟いた。
「岳人・・・」
「ん?何?」
「今日は・・・楽しかったで。こないな体になってどうなるかと思ったけど、意外と面白
ろかった。堂々と腕組んだり、手繋いだり出来たしな。」
「そっか。」
忍足の言葉を聞いて、岳人は嬉しくなり顔いっぱいの笑顔になる。何だか無性に忍足を抱
きしめたくなり、岳人は手を引いて忍足を近くのベンチに座らせた。
「どないしたん?」
「んー、俺、身長低いからさ、これくらいの高さがちょうどいいんだよね。」
そう言うと岳人は忍足の体をぎゅっと抱きしめた。自分より少し高い位置から抱きしめら
れ、忍足はドキっとする。普段は立ったまま抱きついてくるので、こんなことはそう滅多
にないことなのだ。
「が、岳人・・・?」
「女の子の侑士の体、すげぇやわらけぇ。抱き心地、超いいぜ。」
「男の俺はダメなん?」
「そんなことねぇけどさ、これはこれでいいなあと思って。」
「そっか。」
しばらく岳人の腕の中で忍足はその心地よさに浸る。もう山の端に沈みかけた夕日が全て
を赤々と照らし出していた。その赤さはどこか岳人を連想させる。そんな中、耳元で岳人
の声が聞こえる。
「なあ、侑士。」
「何?」
「キスしてもいいか?」
「えっ・・・ああ、ええよ。」
突然そんなことを言われ、初めは戸惑う忍足だったが、こんないい雰囲気の中でしないの
は勿体ない。ゆっくりと目を閉じ、微笑みながら頷いた。
『・・・・・』
日が沈むのとほぼ同時に、岳人は忍足の唇に軽くちゅっとキスをする。激しすぎない優し
いキスに忍足の乙女心はくすぐられまくりだった。ドキドキする感覚と触れ合う手の温か
さ。どれをとってもただ愛しいという気持ちだけが生まれてくる。
「へへ、女の侑士とはファースト・キスだぜ。」
「確かに。感覚的にはそうかもしれへんな。」
何か少し恥ずかしいなと顔を見合わせて二人は笑う。二人の心の中はさっきの夕焼けのよ
うに赤く染まっていた。
「もう日も沈んじまったし、帰るか。」
「せやな。」
「なあ、今日も侑士んち泊まってもいい?」
子供っぽい表情でそんなことをお願いしてくる岳人に、忍足は行動で答えを示す。ゆっく
りベンチから立ち上がり、岳人の手をきゅっと握った。
「もちろん、ええで。ちゃんと男に戻るまで責任持ってそばに居てもらわないとアカンか
らな。」
「それもそうだな。」
忍足の行動と言葉が嬉しくて岳人はくすくす笑う。忍足もこの雰囲気が楽しくて仕方なか
った。繋いだ手からお互いが好きでしょうがないという気持ちを感じつつ、二人はいい気
分で家に向かって歩き出した。
END.