『よっしゃー、プールだー!!』
今日はアクアランドのプール開きの日だ。前々から跡部がレギュラーメンバー全員分の入
場チケットを手に入れており、体力作りと息抜きの意味を込めてやってきた。こういうお
遊び系の外出が大好きな岳人やジローははしゃぎまくりだ。
「はあ〜、何で今日なんだよ・・・」
「どうしたんですか?元気ないですね。」
「別に。たいしたことじゃねぇよ。」
はしゃぎまくる岳人やジローとは対象的に宍戸はどこか憂鬱そうな雰囲気を醸し出してい
る。こんな雰囲気をまとっているのは、宍戸だけではなかった。
「今日行くって分かってたのになあ。」
「忍足も何かヘコんでるねー。どうしたの?」
「ちょっとな・・・」
宍戸と忍足がこんな状態になっているのには共通の理由があった。それはお互いのパート
ナーが主な原因なのである。
「せっかく俺様が連れてきてやったんだから、もう少し楽しそうな顔しろよな。」
「こうなってんのはテメェの所為だろ!!」
「あーん?あんなの気にすることねぇじゃねぇか。誰も気づかねぇって。」
「絶対気づかれるって。テメェいくつつけてんだよ。しかもわざわざ見えるところによ!」
「いいじゃねぇか別に。減るもんじゃねぇし。」
「減るんじゃなくて加えられてんだよ!!」
このよく意味の分からない会話から滝は宍戸が何を気にしてるのか分かってしまった。お
そらく忍足も同じ理由でヘコんでいるのだとすぐに理解する。
「なるほどねー。」
「何がですか?」
「宍戸と忍足がヘコんでる理由。跡部と岳人の所為みたいだね。」
「どういうことですか?」
「んー、ちょっと耳貸して。」
「はい。」
ちょっとかがんで鳳は滝に耳を貸す。内緒話をするような感じで滝はその理由を鳳に教え
た。
「あー、なるほど。そういうことですか。」
「たぶん跡部はわざとだろうね。で、岳人は今日プールに行くの忘れてたってところかな。」
「確かにそれじゃあ、プールに入るのは嫌になりますよね。しかも、今日は人がかなり多
いですし。」
理由を聞いて鳳は苦笑する。自分はそれほど経験がないが、もしそうだったらと考えると
かなりその気持ちは分かる。
「ほらほら、みんなー、早く泳ごうぜ!!」
宍戸や忍足がうだうだとして、鳳と滝は話しこんでしまっているのを見て、ジローは早く
プールに入ろうと促す。しかし、宍戸と忍足は下は海パンになっているもののしっかりと
上着を羽織っている。
「俺は今はいいや。」
「俺も。」
「えー、何でだよ侑士!」
「岳人の所為やろ。ここで見学してるから岳人は遊んでき。」
「ぶー、じゃあ、一通りプール回ったら戻ってくるからな。その後遊ぶ時は侑士も一緒だ
からな!!」
「はいはい。」
やる気のない返事を忍足は返す。忍足がいなくともやっぱりプールを前にしたら遊びたく
なってしまう。岳人は一通り回って、それから忍足と遊ぼうとプールの方へ走って行った。
「跡部も行ってくれば?」
「テメェが来ねぇなら行かねぇ。」
「何ガキみたいなこと言ってんだよ。せっかく来たんだから遊んでくりゃいいだろ。」
「その言葉、そっくりテメェに返すぜ。」
「だからー、テメェの所為で遊びたくても遊べねぇんだよ!」
「まあ、いい。俺、飲み物買って来るからプールに入る用意しとけよ。」
「な、何勝手なこと言って・・・」
言い終わる前に跡部は売店の方へ歩いて行ってしまう。ぶすっと不機嫌な顔で宍戸は屋根
のあるベンチに腰かけた。
「大変だねー、二人とも。」
「せっかく来たんだから遊んだ方がいいですよ。」
「ウルセー。さっさとお前らも遊んで来いよ。」
「言われなくても行くよ。あっ・・・」
「どうしたんですか?滝さん。」
「日焼け止め持ってくるの忘れちゃった。ゴメンね長太郎。ちょっと俺、買ってくる。」
「はい。じゃあ、ここで待ってますね。」
滝は日焼け止めを忘れたと言って、売店に買いに行ってしまった。残された三人はベンチ
に座って、軽く話をする。
「それにしても、大変ですね、宍戸さんも忍足先輩も。」
「何がだよ?」
「先輩達、跡部さんや向日先輩にキスマークつけられちゃったから、入りたくないんでし
ょう?」
「なっ・・・何アホなこと言ってんだよ!?そ、そんなわけないだろ!!」
「そ、そうやで。なあ、宍戸。」
「動揺しすぎですよ、先輩達。バレバレじゃないっスか。」
さらっと言ったその言葉にあまりにも二人が激しい動揺を見せるので、鳳は思わず笑って
しまう。宍戸と忍足は図星を指され、顔を真っ赤に染めていた。
「自分は滝につけられたりせぇへんの?」
「えっ・・・つけられないって言ったら嘘になりますけど、こういうふうな日は絶対見え
るところにはつけられませんね。」
「ふーん、じゃあ、見えないところにはつけられてるんだな。」
「そ、そんなこと言ってないじゃないですか!!」
「でも、さっきの発言からするとそういう意味になるよなあ。」
「そうだぜ。認めろよ。」
形勢逆転状態で宍戸と忍足は鳳につめよる。今度は鳳の方が動揺して頬を染めている。そ
んなやりとりをしていると、樺地が三人のもとへ戻ってきた。
「あれ?どうしたんだ?樺地。」
「ウス。」
軽く返事をすると樺地はジローの鞄の中からまだ膨らましていないビーチボールを出した。
どうやらジローに持ってくるように言われたらしい。
「ビーチボールか。うーん、こういうの見てると確かに遊びたくなるよなあ。」
「せやな。せっかくただでこないなとこ来れたんやし。」
「じゃあ、普通に遊べばいいじゃないですか。」
「だから、昨日跡部にキスマークつけられたって・・・・」
口がすべって宍戸は思わず本当のことを言ってしまった。
「あーあ、言ってもうたな。」
「やっぱりそうじゃないですか。」
「ち、違ぇーよ!!い、今のは口がちょっとすべって・・・」
そんな会話を交わしていると、自分達よりいくらか年齢が上の集団に声をかけられる。そ
の集団は男が二人、女が一人というなかなか妙なバランスの集団であった。
「ねぇねぇ、君達そんなところでしゃべってるんだったら俺達と遊ばない。」
「俺、この子好みだなあ。お前、そっちでいいよな。」
「君、中学生?大きいねー、でも顔は可愛いかも。」
どうやら宍戸と忍足は女に見られているらしく、男二人にナンパされてしまった。長めの
上着をジッパーを閉じて羽織っているため、女の子に見えてしまったらしい。しっかり男
だと分かる鳳は逆に女の方にナンパをされてしまった。
「別に俺達遊びたくないんで。」
「俺も先輩待ってますから。」
「そんなこと言わないでさ、ほら行こうよ。」
女の人に手を掴まれて鳳はひどく困惑する。男の人だったら振り払えるものの、相手が女
性となると乱暴なことは出来ない。
「俺ら普通に男やで。男と遊んだってつまらないんちゃうん?」
「別に君達なら顔が可愛いからどっちでもいいよ。なあ?」
「ああ。」
なかなか引き下がらない三人にそこにいるメンバーは困ってしまう。とその横で、樺地も
困った表情を浮かべていた。
「ボール、ボール!!」
「おにいちゃん、ぼくたちもボールあそびしたい!」
「ウ、ウス・・・」
ビーチボールを膨らませていると小さな男の子達にからまれてしまったのだ。ジローを待
たせているし、だからと言ってこのまま逃げるわけにもいかず、樺地は心底困惑してしま
った。
「どうする?」
「どうするって言われてもなあ・・・岳人、早く戻って来んかな。」
「困りましたね。」
とそこに初めに戻ってきたのはジュースを買いに言っていた跡部だった。宍戸の肩に手を
かけている男がいるのを見て跡部はひどく腹を立てる。舌打ちをして近づくと何の予告も
なしに買ってきたオレンジジュースをその男の頭にどくどくとこぼした。
「跡部っ!?」
「テメェ、俺様の宍戸に何勝手に触ってんだ。」
「な・・・何しやがんだ!?」
「あーん?そっちが先にやってきたんだろ?」
どう見ても年上であるにも関わらず、跡部は怒りのこもった表情で宍戸に触れていた男を
睨みつける。今のはやりすぎだろと思いながらも宍戸は跡部のことをちょっとカッコイイ
なあなどと思ってしまった。
「どこにお前のなんて書いてあるんだ。それに初対面でオレンジジュースを頭からかける
なんて非常識だろ!」
「ふん、こいつが俺のだって証拠はあるぜ。」
自信満々に微笑みながら、跡部は宍戸の着ていた上着のジッパーを下ろした。そこには無
数のキスマーク。鎖骨のあたりに散りばめられているため、それほど目立ちはしないが、
宍戸にとっては大問題であった。
「うわあ!!何すんだ跡部っ!?」
「これもこれも、全部昨日俺様がこいつにつけてやった印だぜ。十分な証拠だろ?」
「くっ、中学生のくせして・・・」
あまりにも跡部が自信ありげに言うので、宍戸が男というのには全く構わず、ナンパ男達
は悔しいと思ってしまう。そんなことをしているうちに滝も売店から帰ってきた。滝も跡
部と同じように鳳の手を知らない女が掴んでいるのを見て腹が立った。
「ちょっと、汚い手で長太郎に触らないでくれない?」
「滝さん!!」
「き、汚い手って何よ!!失礼ね!」
「だって本当のことじゃん。ほら、俺の手、こんなに綺麗なんだよ。」
滝はしっかり手入れの行き届いた自分の手をその女性に見せつける。確かにテニスをやっ
ているわりには細く整った指先は普通の女の人よりは何倍も綺麗である。
「な、何よ、男のくせして!!」
「だから?」
ふっと蟲惑的な笑みを浮かべながら滝は聞き返す。その表情は、誰が見ても美人であると
しか言えないような表情であった。
「くっ・・・」
「長太郎は確かに可愛いけど、あんたぐらいのレベルの女にはついていかないよ。それに
長太郎の彼氏は俺だしね。」
「た、滝さん・・・」
さすがにそれは言いすぎだと言いたかったが、そこまで言葉が出なかった。恥ずかしいと
は思いつつも、そう言われて鳳は嬉しかったのだ。
「何々?どうしたの、侑士?」
跡部と滝がナンパ集団と対決しているところに岳人が戻ってくる。この二人がかなり押し
ているので、岳人の出る幕は特になかった。
「あー、俺らがナンパされてもうてな、そこにあの二人が戻ってきてこうなっとんねん。」
「ふーん、何かあの女の人とか泣きそうな顔してるけど、滝の奴何言ったの?」
「結構キツイこと言ってたで。あー、ちなみに男の方がジュースまみれなのは、跡部が頭
からかけたんや。」
「うわあ、すごいことになってんな。」
完璧に傍観者になった忍足は岳人に今あったことを説明する。もっと前から見たかったな
あと岳人は残念がるような顔をする。
「おっ、ジローも戻ってきたみたいだぜ。」
「もー、樺地遅いー!!どうしたんだよー?」
ジローも樺地が待ちきれなくてプールから戻ってきたようだ。樺地はといえば、まだ小さ
な子供達をまくことが出来ず困っている。
「ねぇー、おにいちゃんあそぼー。」
「そうだよー。ボールあそびー。」
「う・・・」
「ダメー!!樺地は俺と遊ぶの!!それにこのボールは俺の!」
樺地が子供達にからまれているのを見て、ジローは素直にそんなことを言う。初めはポカ
ンと驚いたような顔をしている子供達だったが、ジローの率直な言葉が伝わったようで、
すぐに諦めてどこかへ行ってしまった。
「スイマセン・・・ジローさん。」
「いや、別に気にしなくていいって。あんなガキさっさと追っ払っちゃえばいいのに。」
「ウス。」
それが出来たら苦労はしないんだけどなあと思いつつ、樺地はコクンと頷いた。その間に
さっきのナンパ集団もどこかへ行ってしまったようだ。
「何とかこの場はおさまったみたいやな。」
「ったく、あんな奴らにナンパなんてされてんじゃねーよ。」
「大丈夫?長太郎、変なことされてない。」
「ナンパされるされないは俺らの所為じゃねーよ。」
「別に腕をちょっと掴まれたくらいですから大丈夫ですよ。」
やっと跡部や滝の怒りもおさまってきたのか、落ち着いた様子でそんな会話を交わす。忍
足と岳人もほっと息をついた。
「にしても、男三人まとめてナンパされるなんてありえねーよな!」
全く面白いこともあるものだと岳人はけらけら笑った。しかし、された本人達からすれば
笑い事ではない。
「まあ、それだけ俺らの彼女が魅力的だってことじゃねぇの?」
「確かに。まあ、誰にも渡す気ないけどね。」
「彼女って・・・俺らは男だっつーの!!」
「でも、ポジション的にはそんな感じですよね。」
「そこで認めたらアカンで鳳。こいつら調子乗ってまうで。」
「侑士ー、そんなことはいいから早く遊びに行こうぜ。」
「せやな。宍戸のつけられてるの見たら俺のなんて大したことないわ。ほな行くか、岳人。」
「おう!!」
跡部が見せつけた宍戸のキスマークを見て、忍足は自分のつけられたキスマークは大した
ものではないと安心した。さっきまで羽織っていた上着を脱ぎ、岳人と一緒にプールへと
向かう。
「樺地、早くボールで遊ぼうぜ。いっぱい遊ばねぇと勿体ねぇじゃん!!」
「ウス。」
「長太郎、俺達も行こうか。」
「はい。俺、流れるプール行きたいです。」
「うん。いいよ。行こう。」
岳人と忍足に続いて、ジローと樺地、滝と鳳のペアもそれぞれ好きなプールへと向かった。
ベンチに残ったのは跡部と宍戸の二人だけだ。
「後は俺達だけだぜ宍戸。」
「う〜・・・」
遊びに行きたいのは山々だが、まだキスマークのことを気にしている。そんな宍戸を見て
跡部はふうと軽く溜め息をついて笑った。
「ったく、そこにいる方がそれ目立つんだぞ。水ん中入っちまえば見えねぇだろうが。」
「あっ、そっか。」
確かに水に入ってしまえば他の人からは見えない。どうしてそんな単純なことにも気づか
なかったのだろうと宍戸は跡部の言ったことにあっさり納得してしまった。
「ほら、行くぜ。」
「おう!!」
気にすることがなくなったとなると宍戸はもうプールで遊ぶ気満々になる。跡部の差し出
す手を当たり前のように取り、先に出発した他のメンバーを追った。
閉館時間ギリギリまで遊んだメンバーは、跡部の用意したバスに乗り、帰り道を辿る。ナ
ンパをされたメンバーといつも眠っているジローは、はしゃぎすぎてすっかり疲れてしま
い、それぞれのパートナーの肩を借りて眠ってしまった。
「ぐっすり寝ちゃってる。」
「プールに入ったら入ったでかなりはしゃいでたからな。」
「ここまで侑士が無防備に寝てるのって珍しいかも。」
眠り姫のように可愛らしい自分のパートナーの寝顔を眺めながら、跡部達はふっと微笑む。
自分達も眠くなるほど疲れているのだが、こんな寝顔を見せられてしまっては寝る気も失
せてしまう。こんな寝顔を見ないで寝るなんて勿体ないと思っているのだ。
「樺地。」
「ウス。」
「ジローとのボール遊びは楽しかったか?」
「ウス。」
「ならよかったじゃねぇか。また、連れてきてやるよ。」
「ウス。」
跡部の言葉を聞いて、樺地の表情はいくらか嬉しそうなものになる。他のメンバーも大分
満足そうな顔をしているのを見て、跡部は今日連れてきてよかったと心底思った。
「跡部、俺達もまた連れてってくれよ。」
「あーん?テメェらも?」
「俺も連れてって欲しいな。」
「仕方ねぇなあ。次の練習試合でストレート勝ちしたら連れてってやるよ。」
「よし、じゃあ次の試合まで特訓しなきゃな。」
「そうだね。」
冗談で言っているのか本気で言っているのかは分からないがそう話す三人の表情は実に楽
しそうだ。隣で眠るそれぞれのパートナーのぬくもりがこの何とも言えない穏やかな雰囲
気を作り出している。それぞれの家に到着するまで、その柔らかな空気はバスの中にとど
まるのであった。
END.