あーん×10

とある日の昼食時、合宿所のレストランでは一軍高校生のいつものメンバーが同じテーブ
ルでランチを食べていた。
(役作りのための減量が必要とは言え、やはり少し足りないな。)
今度出演するドラマの役作りのため、君島はいつもより食べる量を減らしていた。
「君島ぁ、そんなんじゃ足りねぇだろ。もっとちゃんと食え!」
「役作りのために少し減量しなくてはならないんですよ。」
「減量するんだったら、食うのを減らすより、消費カロリーを増やせばいいだろ。自主練
でも夜の相手でも、いくらでも付き合ってやるぜ?」
しれっとすごいことを言ってるなあと思いつつ、一緒に食事をしている越知、毛利、大曲、
種ヶ島はツッコミたい気持ちを我慢し、黙々と食事を続ける。
「お前、何気に食うの好きだろ。ほら、俺のお気に入りのレバー炒めやるから食え。」
そう言いながら、遠野は箸でレバーを一切れ取り、君島の口元に持っていく。まるで、あ
ーんをしているかのようなその光景に、他のメンバーは箸を止め、二人の動向を見守る。
「食べませんよ。」
「食べないと処刑しちゃうよ!」
「ハァ・・・全く・・・」
これは食べないと終わらないと、君島は大きな溜め息を一つつき、口を開ける。君島の口
の中にレバーを入れると、遠野は満足気に笑う。
「おや、これすごく美味しいですね。」
口の中に入れられたそれが思いのほか美味しく、君島は素直にそんな感想を口にする。
「だろぉ?ほら、もっと食え!」
「でも、それは遠野くんのお気に入りなのでしょう?」
「そんなことはどうでもいいんだよ。ほら、口開けろ。」
自分のお気に入りを君島が気に入ってくれたのが嬉しくて、遠野は嬉々として自分の食べ
ているおかずを君島の口へと運ぶ。それが非常に美味しく、もともと物足りないと思って
いたこともあり、二口目以降は素直に口を開け、君島は遠野に食べさせてもらう。
「おいおい、何を見せられてるんだし。」
「はは、メッチャ見せつけられとるわ。せやけど、俺と竜次の方がもっと愛し合っとるも
んな☆」
「オメェも何言い出すんだし。」
「竜次、好き好き大好き!ほい、あーん。」
自分達もイチャイチャしたいと、種ヶ島は大曲に向かって大きく口を開ける。
「ったく、勘弁しろし。」
呆れながらも、大曲は残っているおかずを一つ箸で取り、種ヶ島の口に入れてやる。
「おーきに☆勘弁しろしと言いつつ、ちゃんと付き合うてくれる竜次、ホンマ好きやわー。」
楽しげにそんなやりとりをしている種ヶ島を毛利は羨ましそうに眺める。
「月光さん!」
「どうした?」
「俺の野菜天丼一口食べさせたるんで、月光さんも俺のこと好きって言うてください。」
「いや、越知はさすがにしねぇだろ。」
恥ずかしそうにそう言う毛利に、遠野はツッコむ。
「さして問題はない。毛利、好きだぞ。」
「いや、普通にするのかよ!」
さも当然のように、毛利に頼まれた通りのことをする越知に大曲はツッコミを入れる。越
知に好きと言われた毛利は、嬉しそうにハートを散らしながら天ぷらを一口サイズに割り、
越知の口元に持っていく。
「わーい、ありがとうございます!俺も月光さんのこと大好きでっせ!はい、あーん。」
毛利にあーんをしてもらい、越知は満更ではない顔で口に挿れられたものを咀嚼し飲み込
む。そんな高校生達を少し離れたところから中学生が興味津々とばかりに眺めていた。

「一軍の高校生達、仲良く食べさせ合ってるやしが、アレが強さの秘密かやー?」
「どうだろうな?ちょっと違う気ぃするけど、気になるなら試してみるか?」
仲良さげな高校生を見ながら、わざと真剣な口調で甲斐はそんなことを言う。そんな甲斐
の言葉に、一緒にお昼を食べている平古場は苦笑しながら答える。
「試すって、何を?」
「あーんするに決まってるやし。とは言っても、もうデザートしか残ってねーけど。ほら、
裕次郎の好きなパイナップルさー。」
デザートのパイナップルをフォークで刺すと、平古場はそれを甲斐の口に近づける。ちょ
っと驚いたような顔をした後、甲斐は嬉しそうに口を開ける。
「んー、凛に食べさせてもらうパイナップル、しにまーさん!にふぇーやー。」
「はは、そりゃよかったさー。」
「俺もお返し。はい、あーん。」
自分のデザートのケーキのイチゴをフォークで刺し、今度は甲斐が平古場に食べさせよう
とする。
「それ、ケーキのイチゴやっし。じゅんに俺が食べていいば?」
「もちろんさー。俺も凛の好きなもの食べさせたいし。」
「それなら・・・」
そこまで言うならと、平古場は口を開け、真っ赤なイチゴをパクっと口の中に入れる。
「・・・これは結構恥ずかしいな。」
食べさせてもらうのが恥ずかしいと、平古場は照れたように頬を染める。
「凛の顔、イチゴみたいに赤くなってるさー。」
平古場の反応が実に可愛らしいと、甲斐は楽しそうに笑う。食べさせてもらったイチゴが
ひどく甘いと思いながら、平古場は顔を緩ませた。

「高校生も比嘉の二人もなかなかやるばい。なあ、桔平。」
甲斐や平古場のすぐ近くでは、九州二翼の二人が同じテーブルについていた。
「何ね?」
「あっ!もう食べさせてもらうもんなかばい!」
「ん?何だ?物足りなかったのか?」
「い、いや、そういうわけやなかばってん・・・」
自分も橘にあーんをしてもらいたかった千歳であるが、自分はもう既に食べ終わっていて、
橘も残すところデザートの胡麻団子が半分ほどであった。あからさまに残念そうな表情に
なっている千歳を見て、橘はぷっと吹き出す。
「しょんなかなあ。食べかけで悪いがほら、あーん。」
橘も高校生や比嘉中の二人の様子を見ていたので、千歳がそうして欲しいことは分かって
いた。橘の食べかけの胡麻団子を差し出され、千歳の顔はぶわっと赤く染まる。
「えっ、ほんなこつ食べてもいいと?」
「いらないなら、食っちまうぞ。」
「た、食べるばい!!」
せっかく橘がくれるというのだ。食べないわけにはいかないと、千歳はパクっと胡麻団子
を口に含む。手で持っていたため、千歳の唇が指に触れ、橘はドキッとしてしまう。
「ん?桔平、顔が赤くなってるばい。どぎゃんしたと?」
もぐもぐと胡麻団子を食べながら、千歳はそう尋ねる。
「べ、別に何でんなか!」
「あ、ここにあんこついてるばい。」
橘の唇の横についているあんこを指で拭うと、その拭ったあんこをペロッと舐める。そん
な千歳の行動に橘は余計にドキドキしてしまう。
「美味しかったばい。ご馳走様。」
「お、おう。」
(照れてる桔平たいぎゃむぞらしか〜。)
橘が照れてることに気づいているものの、それを指摘すると怒られるので千歳はあえて黙
っていた。そんな橘が実に可愛らしいと、千歳はニコニコとしながらしばらく橘を眺めて
いた。

「見てみぃ、白石!!あっちの方、みんなあーんしとるで!」
「せやなあ。みんな仲良しやな。」
「ワイも白石のこと大好きやからしたるな!!」
少し離れたところに座っている金太郎や白石も高校生から始まったあーんの伝播を眺めて
いた。自分も白石にしたいと、金太郎は目の前にある熱々のたこ焼きに楊枝を刺す。
「このたこ焼きまだ熱々やからな。ワイは大丈夫やけど、白石はヤケドしたらアカンから
ふーふーしたるな!」
「おおきに。金ちゃんは優しいなあ。」
「せやろ?んー、まだ熱いかなー?」
何度かふーふーと息を吹きかけた後、ちゅっとそのたこ焼きに唇をつけ、金太郎はその温
度を確かめる。それを見て、同じテーブルにいる財前はツッコミを入れる。
「人にあげようとしてるものに唇つけんなや。」
「えー、せやけど、こうしないと冷めたか分からんやん!」
「はは、俺は別に気にせんから大丈夫やで、金ちゃん。」
「まあ、白石部長がそう言うならええですけど。」
本当に金太郎には甘いなあと思いながら、財前は呆れるような視線を向ける。
「きっともう大丈夫や!ほんなら白石、あーん。」
「あむ。うん、ちょうどええ温度でメッチャ美味いで。おおきにな、金ちゃん。」
「えっへへ、これでワイらも仲良しやな!」
金太郎に食べさせてもらったたこ焼きに舌鼓を打ちながら、白石は嬉しそうに笑う。そこ
へデザートを取りに行っていた銀が戻ってくる。
「デザートに白玉ぜんざいがあったから、財前はん用に取ってきたで。」
「あ、師範。ありがとうございます。」
「ここまで帰ってくるときもそうやし、金太郎はんと白石はんもそうやが、何や食べさせ
るんが流行っとるんか?」
「よう分からんですけど、そうみたいですね。」
「ほんなら、ワシも財前はんに食べさせてもええやろか?」
食べさせ合っている面々は皆、嬉しそうで楽しそうな顔をしていたため、銀は自分もして
みたいと思っていた。ちょうど財前のデザートを取ってきたところなので、そんな提案を
してみる。
「えっ!?えっと・・・師範がそうしたいなら、別にええですけど。」
「ほんなら、この白玉ぜんざいはワシが財前はんに食べさせたるな。」
わくわくとした表情で、銀は白玉ぜんざいの入った器とスプーンを手にする。スプーンの
上に白玉とぜんざいをバランスよく乗せると、財前の口元に持っていく。特に何も言わな
いものの、財前は口をあーんと開ける。
「やっぱ、白玉ぜんざい美味いッスわ。師範食べさせるんメッチャ上手いですし。一口の
中の白玉とぜんざいのバランス完璧ッスわ。」
「はは、そりゃ嬉しいなぁ。ほんなら、全部ワシが食べさせたるな。」
少し恥ずかしいが、銀に食べさせてもらうのは素直に嬉しいので、財前は銀の言葉にはに
かみながら頷く。
「銀と財前もメッチャ仲良しやな!」
「はは、せやな。今度は俺が金ちゃんにたこ焼き食べさせたるな。」
「おん!」
今度は白石がたこ焼きを金太郎に食べさせる。四天宝寺のメンバーも例に漏れず、好きな
相手に好きなものを食べさせ合った。

「何かみんなずるーい。俺も食べさせてもらいたい!樺ちゃん、食べさせて!」
「ウス。」
高校生や他の学校のメンバーのやりとりを見て、ジローはそう樺地に頼む。ジローに頼ま
れるまま、残っているおかずを口に運ぶ樺地であるが、途中でジローはうとうとしてきて
しまう。
「えっへへ、樺ちゃんありがとー。んー、でも、眠くなってきた・・・」
「食べながら寝るな!ジロー!」
岳人の言葉にムニャムニャと返事をしつつ、ジローは半分夢の中だ。
「ジローの場合、イチャイチャカップルというより、離乳食中に眠ってまう赤ちゃんやな。」
「言えてるぜ!つーか、今のこの謎の流行り、侑士は結構好きそうだよな。」
「よう分かっとるやん。どのペアもみんな幸せそうで、メッチャええと思うわ。」
「ちなみに侑士は、食べさせるのと食べさせられるのとどっちがいい?」
「せやなあ、強いて言うなら食べさせる方やろか?」
「なるほどな。んじゃ、あーん。」
食べさせる方がいいと言う忍足に向かって、岳人は大きく口を開ける。自分達もこの流行
りに乗るのも悪くないと、忍足は岳人の好きな唐揚げを箸で取り、大きく開いた口の中に
入れる。入れてもらった唐揚げをもぐもぐと食べた後、ニパっと笑って岳人は忍足にお礼
を言う。
「へへ、サンキューな、侑士!」
「ふっ、確かにこのノリ悪ないわ。」
そんなジローと樺地、岳人と忍足のやりとりを見て、跡部は隣に座っている宍戸に声をか
ける。
「おい。」
「いい!」
「俺様が食べさせてやる。」
「しなくていいから!!」
「ほら、お前の好きなチーズサンドだぜ。」
宍戸の皿に乗っているチーズサンドを手にして、跡部はそれを宍戸の口にずいっと持って
いく。
「だー、もうっ!!」
恥ずかしくてこのノリには乗りたくなかった宍戸ではあるが、跡部に押しに負け、口元に
あるチーズサンドをガブッと一口だけ食べる。
「フッ、好物を大好きな俺様の手から食べるのは格別だろ?」
「ウルセー!!」
跡部の言葉でさらに恥ずかしさを感じ、宍戸の顔は真っ赤になる。そんな二人を見て、岳
人と忍足はくすくすと笑う。
「お前がそういう反応するから、跡部がそういうことしたがるんだぞ。」
「は、恥ずかしいんだからしょうがねーだろ!!」
「やっぱ、悪ないなあ。この感じ。」
「もう一口食べさせてやろうか?」
「もういいって!!」
ひたすら恥ずかしがっている宍戸をからかいながら、氷帝メンバーがいるテーブルは楽し
げな声が響いていた。

「見てみぃ、竜次。何や俺らがしてたこと、中学生が真似しとるで!」
「本当だな。まあ、俺らがっつーより、事の発端は君島と遠野だけどよ。」
「こういうの何て言うんでしたっけ?ぱ?ば?」
「んー、何やろ?パンデミックとか?」
「感染爆発してるじゃねーか。それは違うだろ。」
この状況を表す言葉として、種ヶ島が放った言葉に遠野は呆れるようにそう返す。
「バタフライエフェクト・・・は、影響範囲がもっと遠くてデカいときか。意外と出てこ
ねーし。」
「強いて言うなら、バイラルじゃないですか?人から人へ急速に広まるという意味では。」
「確かにそれが一番近い気がするな。」
君島の言葉に越知は同意するような言葉を口にする。
「へぇ、そんな言葉があるんですね。さすがキミさんと月光さん、物知りやね!」
自分の知らない言葉をパッと口にする君島と越知に、毛利は尊敬の眼差しを向ける。
「何や今日のランチはちょっと楽しかったわ。午後からの練習も頑張れそうやわ☆」
「あの後、結構俺のレバー食ってたし、約束通りカロリー消費に付き合ってやるぜ、君島!」
「俺も月光さんに好きって言ってもろて、やる気満々ですわ。午後の練習も頑張りましょ
うね!月光さん!」
食べさせ食べさせられたことで、ご機嫌な様子の種ヶ島、遠野、毛利はやる気満々でそん
なことを言う。その気持ちはそれぞれのパートナーである大曲、君島、越知も同じである
ので、中学生達よりは一足早くレストランを後にし、午後の練習へと向かった。

                                END.

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