暗い森の中、二匹のデジモンが凶悪なデジモンと戦っていた。少しの隙を見せた瞬間、敵
のデジモンが必殺技を繰り出す。それは真っ直ぐ一方のデジモンの方へ向かっていった。
その瞬間、もう一方のデジモンが一方のデジモンを庇うように、攻撃の前に飛び出した。
「危ない!!オーガモン!!」
攻撃は直撃し、オーガモンを庇ったレオモンは致命的な傷を負う。そう、あのメタルエテ
モンとの戦いのときのように・・・。
「レオモン!!」
敵のデジモンはレオモンが戦闘不能となったことを悟ると、森の奥へと去って行く。その
場に倒れているレオモンにオーガモンは慌てて駆け寄った。
「オーガモン・・・無事で・・・・よかった・・・」
今にも消え入りそうな声で、レオモンは言った。
「何でこんなことすんだよ!!俺はこんなこと頼んでねーよ!!」
オーガモンの脳裏にあの時の記憶が蘇る。差し伸べられた手が自分の手に触れる直前で、
その手の先から消えていってしまった言いようもない切なさ、そして、悲しみ。その時と
酷似した今の状況に、オーガモンの目からは自然と涙が溢れてきていた。
「お前が・・・傷つくのは・・・見たくない。」
「勝手なこと言うな!!俺だってテメェが傷つくのなんて見たくねーよ!!俺との勝負以
外でそんな状態になるなよ!!」
泣きわめくオーガモンに対して、レオモンはふっと微笑み、その顔に手を触れようとする。
「オーガモン・・・私は・・・お前を・・・・」
何かを言いかけて、あの時と全く同じように指の先から消えて行く。オーガモンの心は絶
望感に包まれ、ただ叫ぶことしか出来なかった。
「嫌だ!!レオモン死ぬな!!レオモン!レオモン・・・」
「レオモン!!」
そう叫びながら、オーガモンはがばっと体を起こし目を覚ました。レオモンはまだ眠って
はいなかったが、そんなオーガモンの声を聞いて、驚いた様子で話しかける。
「大丈夫か?オーガモン。随分とうなされていたようだが・・・・」
レオモンの顔を見て、ホッとしたオーガモンであるが、未だに夢と現実の区別がついてい
なかった。ポロポロと涙を溢しながら、思いきりレオモンを殴る。
「レオモンのバカヤロー!!勝手なことばっかすんな!!」
いきなり泣かれ、その上思いきり殴られ、レオモンは呆然としてしばらく何も言えなかっ
た。しかし、泣き続けるオーガモンを見て、少しでも落ち着かせてやろうと声をかける。
「オーガモン、私が何かお前の気に障るようなことでもしたのか?」
「・・・だって、お前が俺を庇って・・・俺の目の前で消えちまって・・・・」
「えっと・・・それは・・・?」
嗚咽混じりのオーガモンの言葉は、レオモンにとってすぐには理解出来ないことであった。
少し考えて、レオモンはオーガモンが何を言っているかに気がつく。
「落ち着けオーガモン。それは夢の話だろう?」
レオモンのその問いにオーガモンは黙って頷く。未だに涙を流し続けているオーガモンを
見て、レオモンはその体をそっと抱きしめてやった。
「安心しろ。私は今ここにいるじゃないか。」
「でも・・・あの時みたいに・・・・メタルエテモンの奴との戦いの時みたいに・・・・
レオモン消えちまって・・・俺は何にも出来なくて・・・・」
まだ、レオモンが死んでしまった夢のショックが抜け切れていないオーガモンは、かなり
混乱していた。そんなオーガモンにレオモンはこの上なく優しいキスをし、今度はさっき
よりももっと強く抱きしめた。
「ほら、私はお前のすぐ傍にいるだろう?それとも、今お前を抱いている私は偽者か?」
「違う、本物のレオモンだ・・・」
「私はもうお前の前から消えたりはしない。お前が悲しむのは見たくないからな。」
「本当か?」
「ああ、お前に頼まれようが選ばれし子供達に頼まれようが、もう絶対にあんなふうに消
えたりはしない。約束する。」
その言葉を聞いて、オーガモンはだいぶ安心したようで、その顔にほんの少しだけ笑顔と
余裕が戻る。そして、レオモンの背中に腕を回し顔を肩に埋めた。
「まあ、お前を倒すのは俺だけどな。」
「お前が私を倒すというのは、私を殺すという意味ではないのだろう?」
「当たり前だろ!!お前がいなくなっちゃったら、俺は何を目的に生きていけばいいか分
かんねーもん。」
「そうか。・・・そうだな。」
オーガモンは本当に自分を倒すことを目的に生きているのだなあと実感し、レオモンは何
故だか嬉しさが込み上げてくるのを感じる。理由はどうであれ、ここまで自分を必要とし
てくれている者は他にはいない。それだけで、自分が存在している意味があるのだと心の
底から感じられた。
「お前は、本当に私に対してアンビヴァレンスな感情を抱いているんだな。」
「アンビヴァ・・・・?何だそりゃ??」
突然難しい言葉を口にするレオモンに、オーガモンはレオモンの肩から顔を離し、ハテナ
を頭に浮かべる。聞いたことのない言葉で、全く意味が分からなかった。
「両面価値といって、同一の対象に相反する感情を持つことだ。例えば、お前は私は倒し
たいと思っていながら、死んで欲しくはないと思っているのだろう?それも夢を見て、号
泣するくらいに。」
「で、でもよ、それは別に殺さなくたって、ケンカとか勝負に勝てば倒すってことになる
じゃねーか。」
「それだけじゃない。私のことを敵だと言いながら、味方として一緒に戦うことが多いし、
嫌いだと言いながら、誰よりも私のことを考えている。そうじゃないか?」
「それは・・・その・・・・」
言われてみれば確かにそうだと、オーガモンは少し困惑したような反応を見せる。自分が
どんな感情をレオモンに抱いているのかがよく分からなくなっていた。
「本当に私を嫌っているのなら、顔も見たくないだろ。それにこんなふうにされたら、全
力で押しのけるはずだ。しかし、お前は少しも嫌がりもしないし、抵抗もしない。」
レオモンを失う夢を見たオーガモンを落ち着かせるために、レオモンは今しっかりとオー
ガモンをその腕に抱いている。そんな状況であるが、オーガモンは素直にレオモンに抱か
れることを受け入れている。
「俺は・・・レオモンのこと敵だと思ってるし、嫌いだし、ムカツクこともたくさんある
し・・・」
そう思っているはずだということをオーガモンは口にする。しかし、単純にそれだけであ
るかと問われたら、そうではない感じがしていた。
「なら、何故、今私と一緒にいるんだ?」
「それは・・・レオモンを倒すことが俺の生き甲斐だからで・・・だからお前がいなくな
っちまうのはすげぇ嫌だし、お前と戦えるなら、一緒にいた方がたくさんそのチャンスが
あるわけで・・・それに・・・」
「それに?」
「お前にこういうふうにされるのは、正直全然嫌じゃねぇ。」
自分がどんなふうにレオモンのことを思っているのかを、オーガモンは自分自身に問いか
けながら言葉にしていく。そんなオーガモンの言葉を聞き、レオモンは実に嬉しそうな表
情で頷いた。
「そうか。」
「お、お前はどうなんだよ?俺のことどう思ってんだ?」
自分だけ話すのは不公平だと、オーガモンはそう尋ねた。そんな問いにレオモンは思って
いることを素直に口にする。
「私はお前のことを好敵手だと思っている。」
「好敵手って、ライバルってことだよな?」
「ああ、そうだ。それから、お前が私のことをどれだけ考えているかを聞くたびに、とて
も愛おしく思う。」
「い、愛おしくって・・・その表現はどうなんだ?」
思ってもみない単語が出てきたので、オーガモンは恥ずかしそうな表情を浮かべる。
「その表現は気に入らないか?だったら、もう少し分かりやすく言ってやる。お前が思っ
ている以上に、私はお前のことを好きだと思っているぞ。少なくとも、好敵手に抱く感情
よりは、はるかにな。」
穏やかな笑みを携えながら、レオモンは言う。告白じみたその言葉に、オーガモンの鼓動
は一気に速くなる
(な、何で俺、レオモンに好きって言われてこんなにドキドキしてんだよ・・・しかも、
何つーか・・・すげぇ嬉しいとか思ってねぇか?これじゃあまるで、俺がレオモンのこと
好きみたいじゃねぇか・・・・って、アレ?もしかして俺、レオモンのこと好きなのか?)
激しい胸の高鳴りと今までに感じたことのないほどのときめき。それが嫌いな相手に対す
る感情とは思えず、オーガモンはそんなことを考える。自分の中に好きという単語が出て
きた途端、オーガモンの顔は火がついたように赤く染まった。
「どうした?耳まで真っ赤だぞ?」
「べ、別に何でもねーよ!!」
顔を真っ赤にして、いろいろなことを考えているだろうオーガモンを見て、レオモンはふ
っと笑う。
「な、何だよ?」
「お前は本当に可愛いな。」
「か、可愛いとか言うなっ!!」
また意味不明なことを言い出してとオーガモンはほんの少し怒ったような口調でそう返す。
こんなにドキドキさせられるなんてありえないと思っていると、レオモンが何かに気づい
たような声を上げる。
「あっ・・・・」
「今度は何・・・・」
「これからもオーガモンと共にずっと二人で旅をしていけますように。」
突然そんなことを口にするレオモンの言葉に、オーガモンはさらにドキッとする。それこ
そ意味が分からないと、その言葉の意味を尋ねた。
「い、いきなり何言ってんだよ?」
「いや、今、流れ星が流れたのが見えてな。流れ星に願い事をすると叶うっていうだろ?」
「そうだけどよ・・・お前の願い事って、そんなのなのか?」
「ああ、今はそれが一番の願いだな。」
まさか流れ星に願う願い事が、自分とずっと一緒に旅をしたいなどというものとは全く予
想していなかったので、オーガモンはさらにレオモンに対してときめいてしまう。
(この状況でそんなことを言うのは、ずりぃだろ・・・)
「な、なあ、レオモン・・・」
「何だ?」
「俺はレオモンに対して、アンビ・・・何とかな感情を持ってるって言ってたよな?」
「ああ、そうだな。」
初めは全くピンと来なかったアンビヴァレンスな感情がここに来てオーガモンはしっかり
と理解出来た。同一の対象に相反する感情を持つ。自分はレオモンが嫌いだと思いながら、
どうしようもなく好きだと思っている。そんなことに気がつき、オーガモンはそれをレオ
モンに伝えようとした。
「じゃ、じゃあ、自分の中でどうこう思っててももやもやしちまうから、一応伝えとくぜ。
俺は、レオモンのこと嫌いだけど、好きなんだからな!だから、嫌われてるとかそういう
理由で、俺のこと嫌いになったりするんじゃねーぞ!!あと、勝手に死んだり消えたりす
るのも許さないんだからな!!」
あまりに嬉しすぎるオーガモンの告白に、レオモンはもう顔が緩むのを抑えられなかった。
「嫌いになるわけないだろう。」
「うわー、もう俺、何言ってんだ!!すっげぇ恥ずかしいじゃねぇか!!」
思いを伝えてみたものの、それは予想以上に恥ずかしく感じるものであった。レオモンの
肩に顔を埋め、顔を真っ赤に染めながらオーガモンはそう叫ぶ。オーガモンの告白とこの
可愛らしい反応に、レオモンは声を出して笑う。
「ははは、お前といると本当楽しいぞ。これからもよろしくな、オーガモン。」
「・・・お、おう。」
恥ずかしいが、そんなレオモンの言葉が嬉しく感じるのは確かだ。もう先程見た悪夢など
オーガモンの頭には欠片も残っていなかった。とても気分がいい状態で、ふと空を見上げ
ると、再びレオモンの目に一筋の流れ星が映る。
「また、流れ星が流れたぞ。」
「本当か?」
「ああ。きっと、私達の願いを叶えてくれるというのを知らせるために流れたんだろう。」
「そうだといいな。」
珍しく素直なオーガモンの言葉に、レオモンの心は大きく弾む。想いを寄せる者と共に在
る喜びを感じながら、二匹はしばらく星を眺める。
夜空に流れる流れ星。それは二匹の願いを聞き入れ、きっと叶えてくれるのだろう。
END.