「今日の練習もハードだったよなあ。」
「せやな。あっ。」
「ん?どうした?侑士。」
「岳人、ちょっとコンビニ寄ってええか?」
「ああ、別にいいぜ。ちょうど俺も腹減ってるし。」
とある日の帰り道。岳人と忍足はいつものように自分の家に向かって歩いていた。部活の
ことなどを話していると、突然、忍足がコンビニに寄りたいと言い出す。岳人も部活の後
でお腹が空いていたのでちょうどよいとすぐ目の前にあるコンビニに入った。
「いらっしゃいませー。」
「侑士、俺、肉まん食うけど、侑士はどうする?」
「俺はそんなに腹空いとらんし、別にいらんわ。」
「そっか。」
岳人はレジで肉まんを一つ買い、忍足は迷わず雑誌コーナーに向かった。そして、ある雑
誌を手に取って、立ち読みし始める。岳人は肉まんを買うだけだったので、すぐに忍足の
もとへと向かった。
「侑士。」
「んー・・・」
「何読んでんだ?」
テニス雑誌でも読んでいるのだろうと思いつつ、岳人は忍足の読んでいる雑誌を覗き込む。
しかし、予想に反して忍足が読んでいたのはバリバリの少女マンガ。まさかそんな雑誌を
読んでいるとは思わなかったので、岳人はしばし唖然とする。
「少女・・・マンガ?」
「これ、結構おもろいんやで。」
そうとう夢中になっているのか、忍足は雑誌に目を落とし、パラパラとページをめくりな
がら岳人と話す。岳人ならまだいいが、他のテニス部メンバーやクラスメイトにこんな光
景を見られたら、間違いなく何かつっこまれるだろう。
「まあ、侑士はバリバリのラブ・ロマンスが好きだからな。別にこういうのをおもしろい
って感じるのも分かるけど・・・場所は考えた方がいいと思うぜ。」
「ええやん別に。」
「侑士がいいなら別にいいけどさぁ。」
他の奴らに見られても知らないぞーというような感じで岳人は忠告するが、忍足は聞く耳
を持たない。忍足があまりにも真剣にそのマンガを読んでいるので、岳人は暇になってし
まった。どんな内容なのだろうと後ろから覗き込み、忍足と一緒に読んでみる。見たとこ
ろ普通の恋愛物だ。しかし、主人公とおもわれる女の子はなかなか可愛く、話の内容もそ
れほどドロドロしたものではなさそうだ。
「へぇ、結構おもしろいな。」
「せやろ?これ連載モノやから1話飛ばすと話が分からなくなるねん。いつもは姉貴が買
ってるのを読んでるんやけど、今、旅行行ってて家にないんや。だから、この話だけでも
立ち読みしようかな思って。」
「ふーん。たぶん同じ雑誌、俺の姉貴も買ってると思うぜ。」
「ホンマに?今度貸してもらおうかな。」
「頼んどいてやるよ。それより、読み終わったんなら早く外出ようぜ。せっかく買った肉
まんが冷めちまうよ。」
「せやな。」
見たい話が見れて満足気な表情でコンビニをあとにする。岳人もさっき買った肉まんを袋
から取り出して食べ始めた。
「なあなあ、侑士。知ってるか?肉まんを一口食べたあと、そこを口に含んでふぅって息
入れると、肉まんがぶわって膨らむんだぜ!」
「へぇ、そうなん?」
実際やって見せるが、見るだけではそれほどおもしろくはない。しかし、これは自分がや
るとその膨らむ感覚がおもしろいのだ。
「侑士もやってみそ。」
これは実際経験しないと分からないと一口分の穴が開いた肉まんを岳人は忍足に渡す。本
当におもしろいのかと疑いつつも忍足は言われた通りにやってみた。思った以上に肉まん
が膨らむ感覚が口に伝わるのにビックリ。これは確かにおもしろい。
「これ、地味やけど、なかなかおもしろいやん。」
「だろ?肉まん買うと思わずやりたくなっちゃうんだよねー。」
もう一度ぷーっと膨らますとあとは普通に食べようと、岳人は肉まんを食べ進めた。忍足
に何もあげないのは可哀想だと、4分の1くらいをちぎって忍足に渡す。
「お腹空いてないって言っても、人が食べてるの見ると食べたくなるだろ?はい。」
「ええの?」
「もちろん。うまいぜこの肉まん。」
「おおにきな。」
岳人の当たり前のようにするこんな気遣いが嬉しくて、忍足は思わず笑顔になる。もらっ
た肉まんを口に入れると、ちょうどよい暖かさが全身に広がった。
「侑士。」
「ん?何?」
「侑士ってさ、さっき読んだみたいなシチュエーションとかに憧れたりする?」
「うーん、マンガの世界は結構ありえんことが多いからなぁ。でも、憧れてない言うたら
嘘になる。」
「あのマンガ通りじゃないけど、近い状況を作ることは出来るぜ。してやろうか?」
何かを企んでるような笑顔で岳人は言う。本当かどうかは信じられないが、本当だとした
らそれは嬉しい。試すくらいならいいだろと忍足は岳人の提案に賛成する。
「してもらえるんやったらして欲しい。でも、ホンマに出来るん?」
「まかせとけって!!」
自信満々に言う岳人はものすごく楽しそうだ。これは期待出来るんではないかと忍足もわ
くわく感を抑えられず、走り出す岳人のあとについて行った。
バスに乗って十数分。そこは忍足の来たことない場所であった。岳人は目の前にある山と
まではいかないが、かなり急斜面の丘を登ってゆく。それを追いかけるようにして忍足も
その斜面を登った。かなり登ったにもかかわらず、岳人はその足を止めようとはしない。
さすがに疲れてきた忍足は岳人にいったん止まるように頼んだ。
「が、岳人っ、ちょい待って・・・」
「何だよ?侑士。」
「少しスピード緩めてぇな。それにどこ行くん?」
「うーん、それは着いてからのお楽しみ♪キツイんだったら、ほら、手引いてってやるよ。」
そう言いながら、岳人は忍足に手を差し伸べる。そうされて忍足はハッとした。この状況
は見たことがある。それも今さっきだ。そう、このシチュエーションはさっき立ち読みし
たマンガにそっくりなのだ。そのマンガでは、落ち込んでいた主人公が好きな男の子につ
れられ夕焼けの沈む海にやってくる。高い場所からの眺めが綺麗だと男の子は広く海が見
渡せる岬の上まで主人公をつれて行った。その途中で主人公と男の子は同じような状況に
なっていたのだ。疲れた主人公に男の子が笑いながら手を差し伸べる。まさに、今と同じ
状況。そんなことを思い出し、忍足はしばらく黙って岳人を見上げた。
「どうした?侑士。そんなに疲れてんのか?」
「い、いや、全然大丈夫やで!ほな、行こか。」
「そうだな。早く行かないと一番綺麗なとこが見えないし。」
「?」
忍足の手をぎゅっと掴むと引っ張りながら、さらに上へと登ってゆく。こんなシチュエー
ションもなかなかいいなあと忍足はほのかに胸をトキめかせた。やはりさっきの少女マン
ガの影響が強いのであろう。
「到ー着!!」
「ハァ・・・随分、歩いたなあ。」
もうヘトヘトだと、軽く息を乱しながら忍足は木に寄りかかる。手を離した岳人は忍足よ
りも少し前に出て、ぴょんっと少し大きな岩の上に乗った。
「侑士、ちょっとこっちに来てみろよ。」
「何?」
疲れた体をゆっくりと歩ませ、忍足は岳人のところまでゆく。岳人は忍足の腕を引っ張り、
自分の乗っている岩に乗せた。
「もうすぐだぜ。」
「何が?」
「しばらく目閉じててくれねぇ?俺がいいって言ったら開けろよな。」
「うーん、よう分からんけど、まあええわ。」
岳人に言われ、忍足は目をつぶる。しばらくすると岳人がいいよと合図を出す。その合図
を聞き、忍足はゆっくりと目を開けた。
「・・・・・っ!」
目の前に広がっている光景を見て、忍足は言葉を失った。海ではないがそこに広がってい
るのは、赤と黄色の鮮やかな木の葉の海。その上、夕日がいい感じに差し込んで、その色
をさらに鮮明にしている。
「すごいだろ。ここ数年ずっと来てなかったんだけどさ、さっきのマンガ見て急に来たく
なっちゃった。今の時期だけなんだぜ、この景色が見れるの。」
「すごい・・・こんなん見たの初めて・・・」
思っても見ない光景に忍足は感動。マンガなんかよりも全然リアルで、綺麗で、印象深い。
マンガみたいなシチュエーションを作ってやると言っていたが、これは明らかにマンガ以
上だ。
「どうだ?侑士。あのマンガの主人公みたく感動したか?」
無邪気に問いかける岳人だが、忍足はもう答えられるほどの余裕がない。目の前に広がっ
た紅葉や黄葉の海に釘づけだ。そんな様子を見て、岳人は何も言わずに笑って、忍足の手
に自分の手を重ねた。そうされて、忍足はやっと岳人の方を向く。あまりの感動とトキめ
きに忍足はすぐに言葉を紡ぐことが出来なかった。
「岳人・・・・」
「侑士の顔、あの紅葉と同じくらい赤いぜ。」
「きっと、夕焼けの所為や。」
「本当かよ?ま、侑士がこの景色を気に入ってくれたなら俺は満足だけどな。」
ニッと笑いつつ岳人は言った。もう忍足は嬉しくてたまらない。少女マンガのヒロインな
んて勝負にならない。何とか嬉しい気持ちを表そうと言葉を考えるが、全く思いつかなか
った。
「さてと、そろそろ帰るか。日沈むとこのへん真っ暗になっちまうからな。」
「ちょっと待って。」
「何だよ?」
「こんなん見せてもらって・・・俺、メッチャ嬉しい。お礼したいけど、何も思いつかん
くて・・・どないすればいい?岳人。」
「別にお礼なんていらねぇよ。俺が勝手に連れてきたんだし。でも、どうしてもっていう
んなら、侑士からキスして欲しいなあ♪」
それだけでいいのかと思う忍足だが、岳人がそうして欲しいと言ったのだ。そうしないわ
けにはいかない。岳人の身長に合わせるように少しだけかがみ、軽く唇にキスをした。岳
人はへへへと嬉しそうに笑い、岩の上から地面へと飛び降りる。
「サンキュー、侑士。で、少女マンガのヒロイン気分は味わえたか?」
岳人の目的はこれだったのだ。今度こそ忍足は頷き、照れながら笑う。
「ああ。完璧やで。てか、マンガ以上や。こっちこそ、ありがとな。」
「どういたしまして。さぁて、本当もう帰んねぇとヤバイな。行くぞ侑士!!」
「ああ。また、帰りも手引っ張っててくれるか?」
「いいぜ。それじゃ、出発!!」
忍足の手を取り、岳人は丘を駆け下り始めた。早く帰らないと真っ暗になってしまう。空
が黒で塗りつぶされるより先に二人は丘を下り終える。秋の日の帰り道。たまにはこんな
道草をくうのも楽しいなあと二人は顔を見合わせ笑うのであった。
END.