悪夢とお化けとイイ夢と

「はあ・・・」
今日の忍足は明らかに様子がおかしかった。朝から溜め息ばかりをつき、憂鬱そうな顔を
している。もちろんそのことに岳人は気づいていた。
「侑士。」
「ああ、岳人か。どないしたん?」
「それはこっちのセリフだぜ。今日の侑士どう見ても変だぜ。どうしたんだ?」
「大したことやないんやけどな・・・」
そう言うと忍足はまた深い溜め息をつく。こんな忍足を見て岳人はすっかり困惑してしま
う。悩みがあるのなら相談してくれればいいのにー、とそんな感じだ。
「何か悩みでもあんのか?俺でよかったら相談に乗るぜ。」
「別に悩みっちゅーほどのものやないんやけど・・・」
「でも、今の侑士絶対おかしいって。俺に何か出来ることねぇの?」
「ほなら・・・」
そこまで言って忍足はいったん口をつぐんだ。何か気にかかることがあるようだ。黙って
岳人が待っていると、覚悟を決めたように忍足は口を開いた。
「ほなら、今日の夜うちに泊まってくれへん?」
「そんなんでいいのか?」
「ああ。今はそれで十分や。今日な、姉貴は友達の家に泊まりに行って、おかんは忘年会、
おとんは夜勤やねん。だから、うちには誰もいないんや。」
「オッケー。じゃあ、帰ったら服とか持って侑士んちに行くな。」
「おおきに。」
岳人が家に泊まってくれるということを聞くを忍足の顔はひどく安心したような表情にな
った。何をそんなに悩んでいるのかはまだ分からないが、ひとまず忍足の様子が少し明る
くなったと岳人はホッとする。

家に帰ると岳人はパジャマや歯ブラシなど泊まるのに必要な道具を鞄に入れ、またすぐに
家を出る。外では忍足が待っていた。
「ゴメンな、侑士。待たせちゃって。」
「全然待ってないで。着替えして用意してきたんなら早いくらいや。」
「そうか?ならよかった。」
ぴょんっと階段から飛び降りると岳人は忍足の横に並ぶ。私服と制服という奇妙な組み合
わせになってはいるが、それも忍足の家に着くまでの間。特に気にせずに二人は歩いた。
忍足の家に到着すると岳人がドアを開け、中に入る。まだ夕方なので、忍足の母は出かけ
る前だった。
「おじゃましまーす。」
「あら、いらっしゃい岳人君。」
「こんにちは。今日は侑士に頼まれて泊まりに来ました。」
「あら、そうなの?ゆっくりしていって頂戴ね。」
「はい!」
岳人はよく忍足の家に泊まりに来ているので、忍足の母ともだいぶ仲がよい。
「おかん、まだ出かけないで大丈夫なん?」
「えっ?あら、大変!!もうこんな時間。侑士、晩御飯はもう用意してあるから自分で入
れて食べなさいね。」
慌てた様子で忍足の母は出かける準備をし、出かけてゆく。二人はそれを見送ると忍足の
部屋へと向かった。まずは着替えをしないとということで、忍足は制服から私服へと着替
える。
「来て早々バタバタしててゴメンな。」
「全然気にしてないぜ。おばさんらしいよな。」
あははと笑いながら岳人は言う。ポスッと忍足のベッドに腰掛けながら岳人は、持ってき
た鞄を床に置いた。
「なあなあ、侑士。それで今日は何であんなに元気なかったんだ?」
「えっ・・・えっとぉ・・・」
学校での様子が変だったら理由を尋ねられ、忍足はまた口ごもる。どうやら忍足にとって
言いにくいことらしい。
(昨日の夜に怖い夢みたから・・・なんて、子供っぽいこと言えんよなあ。)
そう実は昨日の夜中、忍足は怖い夢をみたのだ。それも本当に怖い夢の代表といえるお化
けや幽霊的な夢。そのせいであんなに元気がなかったのだと岳人に言うのは、少々気が引
ける。何とか誤魔化そうと適当な答えを忍足は答えた。
「ちょ、ちょっと体調が悪かっただけやねん。でも、もう大丈夫やから!」
「体調が悪かったって、マジで大丈夫なのか?」
「ああ、もう全然平気やで。心配せんといて。」
「ならよかった。侑士〜、俺、腹減っちまったよ。夕飯もう食べねぇ?」
「ええで。俺もだいぶ空いとるからからな。」
何とか誤魔化せたと忍足はホッとする。中学生にもなって、怖い夢をみたから元気がなか
ったなど、たとえ岳人にでも恥ずかしくて言えない。しかし、今日岳人に泊まって欲しい
と頼んだのは、やはり一人で家にいるのが怖いからなのである。
「あー、うまかった!ごちそうさま!!」
「ごちそうさま。」
夕食を食べ終えると、二人は食器を片付け、一休みをする。岳人が休んでいる間に忍足は
お風呂を沸かしに行った。沸かし終わるまで待つのは面倒なので、忍足はそのままシャワ
ーを浴びてしまう。
「岳人、お風呂沸いたで。入ってき。」
「おう、分かった。侑士はもう入ったの?」
「ああ。ついでだからシャワー浴びてきた。あとは岳人が入るだけや。」
「了解。じゃあ、さっさと入ってきちゃうな。」
髪の毛を拭きながら、リビングに戻ってきた忍足と入れ替わりに岳人はお風呂に入りに行
った。ふうっと軽い溜め息をつきながら忍足はソファに座る。昨日見た夢の記憶もすっか
り薄れ、だいぶいつもの調子を取り戻してきた。
「岳人が出てきたら、テレビでも見るか。」
そんなことを考えつつ、喉が渇いたのでお茶を取りにキッチンへ行く。冷やしてあった麦
茶をコップに入れ、ゴクゴクと飲み干すと忍足は再びリビングの方へ戻っていった。しば
らくぼーっとしながら、何もせずにくつろいでいると岳人がパジャマを姿で戻ってくる。
「あー、気持ちよかった。」
「ああ、岳人おかえり。」
「今日って確か何か映画がやるはずだよな?」
「さあ、俺は知らんけど。」
「テレビつけてもいいか?」
「ああ、ええで。」
リモコンのボタンをポチっと押し、岳人はテレビをつけた。時間はちょうど8時。たまた
まつけたチャンネルでは、これから番組が始まるようだ。
「おっ、始まるみたいだぜ。」
すぐに番組は始まった。今日はどうやらスペシャル番組で映画がやるようだ。CMが終わ
り、番組が始まる。始まった映画は『呪怨』。バリバリのホラー映画だ。
「呪怨かぁ。俺、見たかったんだよなあ。映画じゃ見れなかったしー。」
見れなかった映画が見られると岳人は素直に喜んでいるが、忍足の顔は青ざめている。せ
っかく夢の内容を忘れかけていたのに、こんなのを見てしまっては夢を思い出すどころか
さらに怖い思いをすることになってしまう。
「が、岳人、ホンマにこんなん見るん?」
「ああ。何だよ侑士。怖いのか?」
ニヤニヤしながら岳人は尋ねた。本当は怖くてたまらないのだが、こんなことを言われて
しまっては怖いとは言えない。
「べ、別に怖くなんかあらへんで!ただ、俺は映画だったら、ラブロマンスの方がええな
と思っただけや。」
「ふーん。あっ、始まるみたいだぜ。」
紹介が終わり本編が始まる。わくわくしながら岳人は画面に食い入っているが、忍足はま
ともに目を当てられない。映画は進むにつれてだんだんと怖さ度が増してくる。
『キャーっ!!』
「わああっ!!」
画面の中の人物が叫んでいれば、忍足も叫ぶ。忍足が相当怖がっていることに岳人は気づ
いていたが、あえてつっこまない。無意識だろうが、初めから最後まで忍足は岳人の服を
ぎゅうっと握っていた。
「侑士。」
「な、何?」
「後ろ。」
「えっ・・・?」
冗談でこんなことを言っても忍足は本気で怖がる。服を握るどころかそれこそ抱きつかん
ばかりに岳人にしがみついてきた。少々可哀想だとは思うが、そんな忍足が可愛くて仕方
がない。映画が終わるまで岳人はそんな感じで忍足をからかいまくっていた。
「はあ〜、おもしろかった。ちょっと怖かったけどな。」
「せ、せやな・・・。」
あんなに怖がっていたにも関わらず、忍足はいまだに強がっている。CMはあったものの
一歩もその部屋から出なかったので、岳人はトイレに行きたかった。
「侑士、俺、ちょっとトイレ行ってくるな。」
「お、俺も行くっ!!」
忍足も行きたかったようで、立ち上がる岳人の腕を慌ててつかむ。一人で行くのはやはり
怖かったようだ。
「どうしたんだよ、侑士?」
「別になんでもあらへん。俺もちょうど行きたかっただけや。」
「じゃあ、何でそんなに強く手握ってくんだ。」
「えっ・・・?」
岳人の手を掴む忍足の手はものすごい力でその上ひどく震えている。怖いのは分かるがこ
こまで強く握られるとさすがに困惑しまう。
「まあ、いいや。トイレ行ったらもうそろそろ侑士の部屋行こうぜ。」
「せやな。」
結局二人でトイレに行って、そのまま忍足の部屋へ向かう。さっきの映画が相当怖かった
のか、忍足はトイレに個別で行く以外はずっと岳人の手を握っていた。

忍足の部屋に入ると岳人は忍足のベッドに横になる。夕食も食べ、お風呂も入った。テレ
ビも見て満足するとあとは眠るだけである。
「岳人、もう寝るんか?」
「うん。もう眠い。侑士も寝ようぜ。」
「・・・ああ。」
忍足も岳人の隣に横になり布団をかぶった。電気が消えていないことに気づき、それを岳
人は忍足に伝える。
「侑士、電気消さないのか?」
「え・・・うん。今日は別に消さんでもええんとちゃう?」
あんな映画を見た後で電気を消して寝るなど忍足には出来ない。岳人も岳人で忍足が怖が
っているのは分かっているので、それ以上は何も言わなかった。岳人はさっきも言ってい
たように眠いので、すぐに目を閉じ眠る体勢に入る。しかし、忍足は昨日の夢とさっきの
映画があたまの中を巡って怖くてしょうがない。目をつぶっても開けていても怖いので、
もうどうすればいいか分からなかった。
(あー、どないしよ。ホンマに怖くて眠れへん・・・。岳人、もう寝ちゃったんかなあ。
さっきの映画・・・あれはアカンて。こないなこと考えてたら余計に怖なってしまうわ。)
岳人が隣で寝てしまったと考えると、その瞬間、一気にまた恐怖感が襲ってくる。離れて
いると耐えられないので、忍足は目を閉じている岳人にぎゅっと抱きつき、何とかその恐
怖感から逃れようとした。
「侑士・・・。」
「岳人、起きてたん?」
「侑士、そんなに怖いのか?メチャメチャ震えてるぜ。」
抱きつかれた上で震えられれば、声をかけないわけにはいかないだろう。さすがにここま
で体に表れてしまっては誤魔化せない。忍足は素直に頷き、ここまで怖いと感じる理由を
話した。そもそも一番の原因は昨日の夢なのだ。
「俺が・・・今日学校でおかしかった理由な、ホンマは昨日見た夢の所為やねん。昨日見
た夢が怖い夢で、それがずっと頭ン中残ってて嫌な気分だったんや。それで、さっきの映
画やろ?もう怖くて怖くて仕方ないねん。こんな話したら、笑われる思てしなかったんや
けど、さすがにもう限界や。」
「そっか。って、まあ、映画をメチャメチャ怖がってたのは気づいてたけどな。ゴメンな、
さすがに夢のことまでは気づかなかった。」
「別に岳人の所為やない。でも・・・今は寝れそうにない。目つぶると、いろんなことが
頭をよぎるんや。」
今にも泣きそうな顔で言われ、さすがの岳人も申し訳ないなあと感じる。よしよしと幼子
をなだめるように岳人は忍足の頭を撫でた。
「それじゃあ、俺が怖いのなんて忘れさせてやるよ。」
「えっ?どないするん?」
「こういうこと♪」
そう言いながら岳人は軽く忍足の唇にキスをし、左手をパジャマの中に滑り込ませた。
「ぅあっ・・・」
「今日は侑士んち、誰もいないんだろ?だったら、少しくらいしても平気だよな?」
「ま、まあな。でも・・・こんな気分でやるのメッチャ微妙なんやけど・・・」
「大丈夫だって。俺が絶対いい夢見せてやるよ。」
怖い夢なんて全く忘れてしまうくらいよくしてやると岳人は言い切る。忍足もこのままで
は眠れそうにないので、岳人の手に全てを任せた。初めはまだ恐怖感が残っているのか不
安気な表情をしている忍足だったが、しばらくするとそんなことは忘れてしまったかのよ
うに岳人のしてくれる行為に夢中になる。怖い夢など全く脳裏から消え、ともかくいい気
分だけが忍足の身体を包んだ。
岳人にすっかり酔わされた忍足は、行為が終わるとその疲れからかそのままぐっすり眠っ
てしまった。眠れないなどと言っていたのが嘘のようだ。
「なんだ、バッチリ寝ちゃってるじゃん。」
スヤスヤと寝息を立てる忍足の髪に触れながら岳人は呟く。後処理はしたものの服を着る
のは面倒なので、どちらもまだ着ていなかった。
「侑士って見かけは大人びてるけど、こういうとこは俺よか子供っぽいよな。マジ、可愛
いし。さぁてと、俺も疲れたし寝るか。」
岳人はベッドから下りて電気を消すと、忍足の眠っているベッドへまた入る。心地の良い
忍足の体温とさっきしたことの満足感で、岳人はさっき見た映画の内容など全てぶっとん
でしまった。
「おやすみ、侑士。今日は一緒にいい夢みような。」
嬉しそう顔で忍足の顔を眺めた後、岳人は小さな声で呟く。ゆっくり目を閉じると岳人も
すぐに眠りについた。どちらも実に穏やかな寝顔だ。今日の夢は間違いなくいい夢なので
あろう。

                                END.

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