甘い朝のひととき

チュンチュン・・・・
日が昇り、忍術学園にいつものように朝がやってくる。窓から差し込んでくる光で、ぐっ
すりと眠っていた孫兵は目を覚ました。
「ん・・・んん〜・・・」
「おー、起きたか孫兵。」
聞き慣れた声が耳に入り、孫兵は寝ぼけ眼で顔を上げる。そこには五年生の制服に身を包
んだ竹谷の顔があり、自分が竹谷の膝を枕にして今まで寝ていたことに、孫兵は気づく。
「た、竹谷先輩っ!?」
「なーにそんなに驚いてんだよ?寝ぼけてるのか?」
「えっ?何で・・・」
「昨日、脱走したお前のペットの捜索を夜中までして、とりあえず全部見つかったからこ
こに連れて来たんだけど、疲れてそのまま眠っちゃったんだろ。」
ぐるりと周りを見渡してみると、確かにそこは飼育小屋であった。よくよく昨日のことを
思い出してみると、かなり夜遅くまで脱走したペットを探していた記憶はある。そして、
竹谷も最後まで一緒にペットを探し、一緒にこの飼育小屋に入ったということも覚えてい
た。
「竹谷先輩は、ちゃんと眠ったんですか?」
「ああ。俺もくたくただったからな。」
「すいません・・・」
また迷惑をかけてしまったと、孫兵はしゅんとしながら竹谷に謝る。しかし、竹谷はいつ
もの笑顔で、ポンポンと孫兵の頭を撫でた。
「そんなに気にするな。別に俺は気にしてないし。」
「でも・・・」
「可愛いペットが全部見つかったんだから、それに越したことはないだろ。な?」
「先輩・・・」
優しい言葉をかけてくれる竹谷に孫兵はジーンとしてしまう。生物委員の下級生達は一緒
に探してくれるものの、やはりそれは委員としての義務感からであることが多い。しかし、
竹谷は本気でペットのことを心配してくれ、誰よりも一生懸命に脱走したペットを探すし
てくれる。だからこそ、孫兵は竹谷にだけは心を開いていた。
「まだ、朝飯や授業まで時間あるし、風呂にでも入りにいくか。」
「えっ?」
「昨日は結構泥だらけになりながら、そのまま寝ちゃっただろ?いったん長屋に戻って着
替え持って来てさ。」
「・・・・はい。」
上級生と一緒にお風呂に入る機会などそう滅多にないので、孫兵は何だかドキドキしてし
まう。しかし、お風呂に入りたいと思うのは孫兵も同じであった。
「じゃあ、行くか。今度はちゃんと戸締りしてな。」
「はい。」
昨日は戸締りが甘かったために中にいたペットが逃げてしまった。今度はそんなことがな
いように飼育小屋を出た二人は、しっかりと小屋の鍵を閉め、自分達の長屋へと向かう。

着替えを持った二人は、浴場に向かう途中の廊下で合流した。まだ、朝も早い時間なので
ほとんどの忍たまはまだ眠っていた。
「何か朝の長屋って随分静かなんですね。」
「そうだな。でも、風呂なんて、もっと静かだぞ。こんな時間に入りに行く奴なんてほと
んどいないからな。」
「まあ、そうでしょうね。」
静かな廊下を歩きながら、二人はそんな会話を交わす。風呂場に到着すると、竹谷は結ん
でいた髪を解き、汚れた制服をパッパと脱いでいった。髪を解いてしかも裸となると、だ
いぶ雰囲気が変わって見える。そんな竹谷を前にし、孫兵は心臓がドキドキとしてくるの
を抑えられなかった。
(何でぼく、こんなにドキドキしてるんだろう?)
そんなことを思いながら、髪を解いていると、突然竹谷が声をかけてくる。いきなり声を
かけられ、孫兵はドキっとしてしまった。
「孫兵、お前もさっさと脱げ。」
「へっ!?」
「先に中、入ってるからな。」
「あ、は、はい・・・」
ガラガラと扉を開け、竹谷は脱衣所から風呂場に入ってゆく。そんなの竹谷をチラッと横
目で見ながら、孫兵も薄緑色の制服を脱いだ。
(はあー、何かすごい緊張する・・・)
ただお風呂に入るだけなのだが、何だか無駄に緊張してしまう。そんな緊張感を抱きなが
ら、孫兵も風呂場に入る。孫兵が入ってくるのを発見すると、竹谷は孫兵の手を引いて、
木の椅子に座らせた。
「わわっ・・・ちょっ、先輩っ!!」
「まあ、座れ。今日は俺が洗ってやるから。」
「い、いいですよぉ。自分で洗えますから!!」
「遠慮するなって。」
半ば強制的に竹谷は孫兵の髪や体を洗い始める。洗い始められてしまったら、もう抵抗は
出来ない。黙って体を洗わせている孫兵であったが、その心臓は全力疾走で走った後のよ
うにドキドキしていた。
「孫兵って、色白いよなあ。」
「そ、そんなことないです。」
「いやー、他の奴らに比べたら白いだろ。肌すべすべだしー。」
「ひゃっ!!」
「おっと、悪い悪い。」
「た、竹谷先輩〜!!」
タオルで洗いつつ、普通に素手で触れてくる竹谷を孫兵は真っ赤になりながら睨む。髪を
下ろし、白い肌を晒しながら、顔を真っ赤にしている孫兵はいつもよりも可愛さ倍増だと
竹谷は思わずニヤけてしまう。
「孫兵は本当可愛いなあ〜。」
「な、何ですか、急にっ!!」
「んー、何かこう制服着てるときと裸のときってやっぱ違うっていうか・・・」
「なっ!!」
裸が可愛いと言われているように感じ、孫兵はボンっと赤くなる。何てやらしいことを言
ってるんだとつっこみたかったが、いつもと変わらない笑顔を見ているとそういう意味で
はないとも思えてきてしまう。
「た、竹谷先輩だって・・・・」
「ん?何だ?」
自分の話題を引きずるからいけないのだと、孫兵は竹谷の話題に話を変えようとする。し
かし、そうすぐには言葉が出てこない。しばらく竹谷をじっと眺め、何を言おうか考える。
「竹谷先輩だって、髪下ろした姿もカッコイイですし、体も大きくて筋肉もついてて、羨
ましいですっ!!」
やっと口から出た言葉は、竹谷の裸をベタ褒めする内容であった。それを聞いて、竹谷は
少し照れたように笑う。
「お前、それは褒めすぎだろ。」
「えっ・・あ・・・」
「でも、孫兵にそんなふうに思われてるなんて、すっげぇ嬉しいー。」
あまりの嬉しさから、竹谷は孫兵をぎゅうっと後ろから抱きしめる。裸のままで抱きしめ
られるのは、肌が直接触れ合うことになり、孫兵はビクッとして体を強張らせる。
「は、裸のまま・・・抱きつかないでください〜!!」
「いいじゃん、減るもんじゃないし。」
「でも〜。」
恥ずかしがっている孫兵もまたよいと、竹谷はニコニコしながら孫兵をぎゅうっとした。
しかし、それ以上のことをするでもなく、ただ抱きしめているだけである。十分に孫兵の
肌を堪能すると、竹谷はパッとその手を離し、孫兵の体を覆っていた泡を流してやった。
「よーし、体も綺麗になったことだし、ちょっと湯船に入ってあったまるか!」
「う〜・・・」
もうドキドキしすぎてそれだけでのぼせそうであったが、竹谷に手を引かれ、孫兵も湯船
に入る。
(ぼくだけこんなにドキドキしてるなんて、不公平だ!)
自分だけドキドキさせられているのが悔しくて、孫兵は湯船に入ると竹谷と向かい合う。
そして、じっと竹谷の顔を見た。
「どうした?孫兵。」
竹谷の問いかけに答えず、孫兵は黙って真正面から竹谷の首に抱きつく。いきなり大胆に
なった孫兵に竹谷はあからさまに戸惑った様子を見せた。
「うおっ!?なっ、ど、どうした?孫兵!!」
「別に何でもないです。」
「な、何でもなくて、こ、こんなことしてくれるのか!?」
「さあ、どうでしょうね?」
はぐらかすような言葉しか答えてくれない孫兵にさらに竹谷はドギマギする。ただ抱きつ
いてくるだけならそれほど大きな問題はないのだが、ここが風呂場で素っ裸であるが故に
どうしても竹谷はあることが気になってしまう。
(ま、孫兵の・・・モロに、あ、当たってる〜。)
一度意識してしまうと、それはかなり気になってしまうもので、竹谷はかなりギリギリな
ところで理性を保っていた。思った以上に竹谷がドギマギした反応を見せてくれているの
で、孫兵的にはそれで満足であった。
「ま、孫兵っ、ちょっと離れ・・・」
「さっき竹谷先輩だって放してくれなかったじゃないですか。」
「そ、そりゃそうなんだけど・・・・」
(あー、でもこのままじゃ・・・・普通にヤバイ!)
ザバァ・・・
「うっわ・・・」
さすがにこのままではいろいろな意味で耐えられなくなると、竹谷は孫兵を抱き上げるよ
うな状態で湯船から上がった。いきなり抱きかかえられ、孫兵はビックリしてしまう。
「な、いきなりどうしたんですか!?先輩っ。」
「いやー、もうのぼせそうで。でも、孫兵が放してくれなかったから、一緒に出ちゃえと
思って。」
「だ、だったら、そう口で言ってくださいよ!」
「ははは、すまんすまん。そろそろ授業の準備もしなきゃだし、このまま上がるか。」
「・・・はい。でも、その前にちゃんと下ろしてください。」
「ああ。よっこいせ。」
抱き上げた孫兵を湯船の外に下ろすと、何とか誤魔化せたと竹谷は胸を撫で下ろす。湯船
に入って少々火照った孫兵の体は、ほのかに桜色に染まっていた。
(はあ〜、危なかったぁ。まさか孫兵があんなことする奴だとは思ってなかったぜ。)
三年生にしては色気たっぷりの孫兵に少々あてられながら、竹谷はドキドキと高鳴ってい
る心臓を何とか鎮めようする。チラッと様子をうかがうように孫兵を見ると、突然孫兵が
振り返った。
「竹谷先輩。」
「お、おう、何だ?」
「今日はおあいこですからね。」
「へっ?」
ペット達と接している時と同じような笑みを浮かべながらそんなことを言ってくる孫兵に、
竹谷はドキっとしてしまう。何がおあいこなのかはよく分からないが、今の笑顔はヤバイ
と、竹谷は思わず顔を覆った。
(今のは反則だろ・・・)
今日は朝から心臓を酷使しすぎだと思いながら、竹谷は孫兵の後を追うように、風呂場か
ら脱衣所に移動した。

持ってきた新しい制服に着替え終えると、しっかりと髪も結って、二人はそれぞれ自分の
部屋へと向かおうとする。三年生の長屋に続く廊下と五年生の長屋に続く廊下の分かれ道
で、二人は一度立ち止まる。
「それじゃ、授業頑張れよ。」
「竹谷先輩も頑張ってください。」
「ああ。今日は実習が多いから気合入れていかないとな。」
「そうなんですか。あんまり無理しないでくださいね。それじゃ、また委員会の時間に。」
「ああ。また放課後な。」
放課後の委員会の時間に会う約束をして、二人はお互いの長屋に向かった歩き出す。数歩
歩いたところで、竹谷はふと孫兵の方を振り返った。すると、孫兵もそこで立ち止まり、
何故か自分の方を振り返る。そして、先程見せた満面の笑みを浮かべて、小さく手を振っ
た。
(うわっ・・・)
そんな可愛らしい仕草を見せる孫兵に、竹谷は再びやられる。今日はもう一日中孫兵のこ
とで頭がいっぱいになりそうだと思いながら、手を振り返し、竹谷は再び五年生の長屋に
向かって歩き始めるのであった。

                                END.

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