Ambivalent

(明日は仕事も練習も休みですし、何をして過ごしましょうか・・・)
次の日が完全にオフな日の前日、君島はお気に入りの紅茶を飲みながら合宿所の部屋でく
つろいでいた。ちょうど紅茶が飲み終わる頃、ドアの方からノックの音が聞こえる。
「こんな時間に部屋を訪ねてくるのは・・・」
ちらりと時計に目をやると、既に22時を回っている。何となく予想はつくが、出ないわ
けにもいかないので、君島はドアを開けるためにゆっくりと立ち上がった。
ガチャ
「よお、君島。越知達から聞いたんだが、明日は完全なオフの日だってなぁ。」
「こんな遅くに何の用ですか、遠野くん。」
寮のはなれにいるのは、平等院、デューク、遠野くらいなので、君島のもとを訪ねてくる
のは基本的に遠野しかいない。
「明日は休みなんだろ?だったら、ちょっと話でもしようぜ。」
「私は一人でゆっくり休みたいので、遠慮しておきます。」
「少しくらいいいだろーが。」
「でしたら、処刑の話をしないで、私に合わせてくれるなら構いませんよ。」
君島の出した条件に不満気な表情を浮かべながらも、遠野は頷く。
「仕方ねぇなあ。」
「おや、今日は随分あっさり引き下がるじゃないですか。」
「別にいいだろ。それじゃあ邪魔するぜ。」
条件を守るということで、遠野は君島の部屋に入る。そこまでして、自分と話したいこと
は何なのかと君島は首を傾げる。
「何かあったんですか?遠野くん。」
「別に何もねーよ。ただお前が明日休みなら、ちょっと夜更かしして一緒に居てやっても
いいかと思ってな。」
「別にそんなこと頼んでませんけど。」
「俺がお前と居たいんだよ!文句あるか!」
キレ気味にそう言う遠野の言葉に君島はポカンとしつつ、あまりに正直なその言葉にキュ
ンとしてしまう。
「それなら仕方ありませんね。」
「おい、ソファとベッド、どっちに座ったらいい?」
「どちらでも構いませんよ。というか、座るんでしたらソファに座るのが・・・」
そう言いかけるが、遠野は既にベッドに乗ってくつろぎモードだ。小さく溜め息をつくと、
君島は遠野のいるベッドに腰かけた。
「それで、私と何がしたいんです?」
「処刑の話をするなって言われると、何も思いつかねぇな。」
「他にいくらでも話題はあるでしょう。」
「だったら・・・」
くつろいでいた体を起こし、君島の肩に手をかけ、遠野は悪戯な笑みを浮かべながらとあ
る提案をする。
「ちょっとエッチな遊びでもするか?」
冗談なのか本気なのか分からないが、遠野のその言葉に君島は素直にムラっとしてしまう。
冗談であれば、そう言ったことを後悔させてやろうと、遠野の綺麗な髪に指を絡めながら、
君島はいつもの営業スマイルとは全く違う笑みを浮かべて言葉を返す。
「それは悪くない提案ですね。」
「は?」
「遠野くんから提案しておいて、やっぱりなしはダメですよ。」
「いいぜ。やってやろうじゃねぇの。」
表向きは相手を挑発するような言葉を発している二人であるが、内心はどちらもドキドキ
と胸が高鳴っていた。

ベッドの上で向かい合い、邪魔なズボンや下着は脱いでしまい、お互いの熱を握る。思い
思いにその手を動かし、どちらも自分よりも大きな快感を相手に与えようとしていた。
(君島の手、テニスしてるとは思えねぇくらい綺麗なんだよな。動かし方も俺好みで、悔
しいがゾクゾクしちまう・・・)
「ハァ・・・」
「気持ちいいですか?遠野くん。」
「うるせぇっ・・・余計なこと聞くんじゃねぇ・・・」
「素直じゃないですね。」
余裕がなさそうな遠野の顔にゾクゾクしながら、君島は今までよりも強めに遠野の熱を擦
る。
「ふぁっ・・・あんっ・・・君島ぁ・・・・」
「っ!」
遠野の口から漏れる甘い声に、君島は素直に反応してしまう。それを誤魔化すかのように、
遠野の頬に手を触れながら言葉を紡ぐ。
「先程遠野くんが言ったこと、覚えてますよね?」
事を始める前に遠野は君島にある提案をしていた。それを確認するように君島は遠野に問
いかける。
「んっ・・・」
「先にイった方が相手の言うことを一つ聞くという約束、キチンと守ってもらいますよ。」
軽く息を乱しながら、君島はそんなことを言い、遠野の口を自らの唇で塞ぐ。深い口づけ
をして、吐精を促すかのように大きく手を動かす。一気に高まった快感に抗えず、遠野は
君島の掌に熱いミルクを溢す。
「――――っ!!」
掌が熱く濡れる感触に君島は言いようもない快感を感じる。しかし、遠野の手は止まって
いたため、達するまではいかなかった。
「ハァ・・・ハァ・・・」
唇を離すと、不足気味になっていた酸素を補うかのように遠野は肩で息をする。
「私の勝ちですね。」
「くそ・・・もう少しだったのに・・・」
悔しそうな言葉を漏らすもののその表情は絶頂の余韻が残っており、艶めいた雰囲気が漂
っている。
「遠野くんにして欲しいことはいくつかあるんですが、二つに絞るのでどちらがよいか選
んでください。」
「何だよ・・・?」
「まず一つ目は・・・」
そう言いながら、君島は遠野の唇に人差し指をあてる。
「ココで、先程の続きをしてもらい、今度は最後まですること。」
「で、二つ目は?」
それはそこまで抵抗がないのか、遠野はしれっとそう聞き返す。
「二つ目は・・・」
今度は唇にあてていた指をすっと下に下げて、先程蜜を溢れさせた熱の更に奥を指差す。
「そこを自分で弄ってもらって、私と繋がる準備をすること。さて、どちらがよいでしょ
う?」
さすがにそれは恥ずかしいのか、遠野は顔をしかめて頬を赤く染める。しかし、すぐにそ
の口元に笑みを浮かべ、自信満々に言葉を返す。
「フン、どちらかだって?そんな甘っちょろいこと言ってられるか。いいぜ、どっちもし
てやるよ。」
「おや、いいんですか?」
「構わないぜ。まあ、両方同時には無理だろうから、どっちが先がいいかお前が選んでい
いぜ。」
本当は一つだけで十分と思っていた君島であったが、思ってもみない遠野の提案にテンシ
ョンが上がる。
「でしたら、まずはこちらの方で。」
下の方に指を触れながら君島はそう口にする。いつも通りを装っているが、明らかに発情
している君島のその表情に、遠野はわくわくとした気分になる。
(やっぱ、営業スマイルみてぇな嘘の笑顔よりは今の顔の方が何倍もイイ顔してるよな。)
そんなこと考えながら、遠野は利き手の指を咥えて存分に濡らし、君島の指し示した場所
へと持っていく。恥ずかしさはあるものの、それ以上に君島の反応が見たいと、遠野はそ
れほど躊躇することなく、自らそこを弄り始める。
「んっ・・・」
指を濡らす仕草からその指をひくつく蕾に入れる様子に君島の目は釘付けになる。言葉は
荒いものの遠野の所作は基本的には整っており、君島はそんな遠野の所作に魅力を感じて
いた。こんなにもいやらしいことをさせているにも関わらず、その一つ一つの動作に美し
さすら感じてしまう。そんな遠野に君島は目が離せなくなる。
「ハァ・・・んっ・・・ぁ・・・」
荒い息を吐きながら、遠野はちらりと君島の様子をうかがう。興奮した様子で、少しも見
逃すまいと自分に向けられる熱い視線。自分しか見れないであろう君島のその表情に、遠
野は嬉しさと優越感を感じる。
(君島に見られながらするの、結構クるな。せっかくだから、楽しんじまうか。)
羞恥心を感じるよりは、自分も楽しんでしまおうと、遠野はさらに激しくそこを弄る。
「あっ・・・ん・・・君島ぁ・・・」
名前を呼ばれ、君島の心臓はドキンと高鳴る。見てみたいと思っていた姿だが、ここまで
惹きつけられるとは思っていなかった。しばらく自分でそこを弄りながら乱れる遠野を眺
めていたが、そのうち見ているだけでは我慢出来なくなる。
「遠野くん。」
「ハァ・・・何だよ?」
「そろそろもう一つの方もいいですか?」
余裕のない君島の顔を見て、遠野はニヤリと笑う。
「いいぜ。」
「ああ、下の方を弄るのはそのままで。こちらさえ使わせていただければ、自分で何とか
しますので。」
先程のように口に指を触れながら、君島はそう言い放つ。君島が何をしたいか遠野はすぐ
に理解し、一言言葉を返した後、口を開ける。
「まずはこっちの口でイかせてやるよ。」
「言いますね。まあ、好きにさせてもらいます。」
軽く遠野の頭を押さえながら、君島は開かれた遠野の口に十分に大きくなっている熱を捩
じ込む。
「んっ・・ぐっ・・・」
予想はしていたものの結構な質量だなと思いつつ、遠野は歯を立てないように気をつけな
がら、先程の続きをする。
(ちょっと苦しいがそこまででもねぇ。むしろ、さっきより少し・・・)
上の口を少々無理矢理に犯され、下の口は自分で弄っているという状況に遠野は興奮して
きてしまう。君島もそこまで余裕がないのか、軽く息を乱しながら遠野の口を責める。
「遠野くんの口、とても気持ちいいですよ。」
「っ!!」
君島の放つその言葉に、遠野は下腹部が痺れるような言いようもない快感を感じる。
(口の中、結構クるし、ちょっとイキそうかも・・・)
「んっ・・・んんっ・・・・」
何故か自分よりも気持ち良さそうな遠野の様子に、君島はより興奮してしまう。もともと
そこまで余裕がなかったこともあり、艶やかな遠野の黒髪を掴み、君島は遠野の喉に熱い
雫を放つ。
「――――っ!!」
(あっ、ヤバイ・・・これはイクっ・・・)
君島の放った蜜を飲み込みながら、遠野もビクビクとその身を震わせて達する。君島の熱
が口から抜かれると同時に、下の蕾を弄っていた指を抜く。肩を大きく上下させながら、
遠野はうっとりとした様子で君島に視線を向けた。
「おや、遠野くんもイっているじゃないですか。」
「ハァ・・・別にいいだろ・・・」
「遠野くんも楽しめたようなら何よりです。」
「別に楽しんでなんか・・・」
「素直じゃないですねぇ。それで、次はどこで楽しませてくれるんでしょう?」
ニッコリと笑いながら君島はそう遠野に問う。負けじと遠野もその口元に笑みを浮かべて、
言葉を返す。
「そんなの決まってんだろ?」
君島に向けて大きく足を開き、自ら十分に慣らしたそこを指で少し広げてみせる。
「今度はコッチで楽しませてやるよ。お前の好きにしていいんだぜ?」
遠野の挑発的な言葉にほんの少し悔しいと思いながらも君島は素直に興奮してしまう。
(悔しいですが、遠野くんのこういうところは、本当に好きなんですよね。)
足は開かせたまま、君島は遠野を押し倒し、その中心にまだ十分な硬さを保っている熱を
押しつける。君島自身が自分の中へ入ろうとしているという状況に、遠野の心臓はひどく
高鳴る。
「お望み通り、存分に好きにさせてもらいます。」
そう言いながら、君島は腰を進める。容赦なく最奥へと到達する君島の熱に、遠野は思わ
ず声を上げる。
「ああっ・・・あああぁっ!!」
「まだ少し狭いですが、なかなかいい具合じゃないですか。」
「ハァ・・・随分急ぐじゃねぇか。」
「おや、まだ余裕があるみたいですね。それなら・・・」
息を乱しながらも言い返してくる遠野の余裕をもっとなくしてやりたいと、君島はいつも
よりも激しく遠野の中を責める。幾度もこのようなことはしているため、遠野の弱い場所
は知り尽くしている。弱い場所ばかり責められ、遠野はだんだんと頭が回らなくなってく
る。
「んあっ・・・ああっ・・・ああぁんっ・・・!!」
「イイ声で鳴きますね。」
「あっ・・君島ぁ・・・あっ・・・ああっ・・・!」
(ヤバイ、イイとこばっか突かれて、すげぇ気持ちいい・・・こんなんじゃ、そんなにも
たねぇかも・・・)
甘い悲鳴を上げ、遠野はぎゅうぎゅうと君島の熱を締めつける。それが非常に気持ちよく、
君島もだんだんと余裕がなくなってくる。
「あんっ・・・君島、もっ・・・我慢出来ねぇ・・・」
「ハァ・・・何が我慢出来ないんです?」
「君島が・・・ずっと・・・イイとこばっか擦るから・・・」
「遠野くんは、本当にココが弱いですもんね。」
限界間近の遠野にとどめをさすかのように、君島は一際深くそこを抉る。
「ああぁんっ・・・い、イクッ・・・!!」
「くっ・・・!!」
強い刺激に耐えられず、遠野は内側を激しく収縮させながら達する。そんな刺激に君島も
耐えることが出来なかった。敏感になっている内壁が君島の放った熱い蜜で濡らされる感
覚に遠野はさらに気持ちよくなる。
「ハァ・・・ハァ・・・何だよ、お前も限界だったんじゃねぇか。」
「達した遠野くんの中が、予想外に気持ちよかったからですよ。」
自分の中で達した君島をからかうように遠野はそんなことを言う。素直に気持ちよかった
ことを認める君島に気分をよくした遠野は、君島に向かって腕を伸ばしながらねだるよう
な声色で言葉を紡ぐ。
「なぁ、まだ足りねぇんだけど・・・」
「何がです?」
分かっていながらも君島はそう聞き返す。君島の首に腕で回し、ぐっと自分の方へ引き寄
せると、遠野は君島の耳元で囁く。
「君島の・・・もっと中にくれよ。」
何て甘美なセリフだと思いながら、君島はドキドキと胸を高鳴らせ、口元を緩ませる。
「いいですよ。遠野くんが満足するまで存分に注いであげます。」
遠野のおねだりに君島は再び中を擦り出す。君島の蜜で濡れた内側を掻き回され、遠野は
先程よりも大きな快感を感じる。
「ひあっ・・・ああぁ・・・君島ぁ・・・ああっ・・・!」
「ハァ・・・どうです?」
「気持ちいッ・・・君島の・・・熱いのが擦れてッ・・・あんっ・・・」
「私も、とても気持ちいいですよ。遠野くん。」
「ふあっ・・・君島っ・・・君島ぁ・・・」
いつもより高い声で何度も名前を呼ばれ、君島はどうしようもなく高揚する。普段はうん
ざりするほど響く甲高い声も、今は興奮を煽る要素にしかならない。
(ああ、気持ちいい・・・ドキドキする・・・可愛い・・・)
遠野に対するポジティブな感情が溢れ、君島は無意識にある言葉を呟いていた。
「遠野くん、好きです。」
その言葉を聞いて、遠野は驚いたような顔をする。そして、言いようもない快感が身体中
を駆け巡る。達するくらいの快感を感じながら、遠野は君島のその言葉に答えようと言葉
を紡ぐ。
「あっ・・・俺も・・・俺も君島のコト・・・好き・・だっ・・・ああっ・・・!!」
遠野の言葉を聞き、自分が今しがた何を言ったかに君島は気づく。恥ずかしさと遠野に返
された言葉に対する嬉しさで、君島の身体は一気に熱くなる。
「遠野くん・・・っ!!」
「ああぁっ・・・ああっ・・・君島ぁ・・・―――っ!!」
お互いの『好き』という言葉に反応し、どちらも絶頂へと到達する。先程よりも遥かに大
きな絶頂感。想いが弾け合うその感覚に二人はうっとりと目を閉じた。

しばらく身体を重ねたまま心地よさの余韻に浸った後、二人は起き上がり、軽く後始末を
した後、脱ぎ捨てていた服を着る。まだ自分の部屋に帰る気はないようで、遠野は君島の
ベッドに腰かけたままだ。
「なあ。」
「何です?」
「お前、さっきみたいなことするの結構好きだよなぁ?」
「まあ・・・嫌いではないですね。」
さっきの今で否定するのもおかしいと、君島は素直にそう返す。
「まあ、大人気アイドルのキミ様はそりゃヤリ放題なんだろ?」
冗談めいた口調でそんなことを言ってくる遠野に君島はカチンとくる。そこはしっかり否
定しないとと少々強い口調で返す。
「失礼ですね。そんなわけないでしょう?ファンのみんなはそういう対象じゃないですし、
平等に愛を与えているんですから。あんなことするのは、遠野くんだけですよ。」
「へぇ、そうなのか。」
君島の言葉にさらっと返す遠野だが、内心嬉しさでどうにかなってしまいそうなほど、ド
キドキしていた。
「俺は、してるときの君島好きだけどな。」
ボソッとそう呟く遠野の言葉に君島は反応する。
「それはどういう意味です?」
「芸能人してるときの君島は、嘘の笑顔と嘘の言葉で誰にでも愛想を振りまいてて、何考
えてるんだか分かんねーって感じなんだけどよ、あーいうことしてるときの君島は、何つ
ーか、素の君島って感じがして好きだ。」
「素の私・・・ですか?」
「芸能人してるときには絶対に見せないような顔、俺には見せてるんだぜ。」
嬉しそうな口調で遠野はそう口にする。それは確かにそうかもしれないと思いつつ、君島
は特に肯定も否定もしなかった。
「遠野くんは・・・」
「ん?何だよ?」
「私とあのようなことをするのは、好きなのですか?」
「ああ、好きだぜ!お前とするの気持ちいいしな。お前は俺のこと嫌いかもしれねーけど、
俺はお前のこと好きだし。好きな奴に抱かれて、それでお互いに気持ちよくなれてんだ。
俺にとっては嫌だと思う要素は微塵もないね。」
恥ずかしげもなくハッキリと正直に遠野は答える。その正直さに君島は心を乱される。だ
からこそ、何事にも正直な人は苦手だと思いながらも、その部分に間違いなく惹かれてい
る。
「なあ、君島。今、俺のことどう思ってるか言ってみろよ。」
「どうしてそんなこと・・・」
「別に、お前の素直な気持ちが知りたいってだけだぜ。」
遠野がどんな言葉を期待しているのか分からないが、遠野に向かって嘘の笑顔や愛の言葉
を向けても意味がない。そう思い、君島は素直に今思っている言葉を口にする。
「先程の言葉もそうですが、遠野くんは正直すぎてうんざりします。夜遅くにやって来て
無理矢理部屋に入って居座って・・・本当に迷惑だと思いますが、今すぐに遠野くんを追
い出したいかと言えばそうでもないですね。むしろ、もう少し居て欲しいとさえ思ってい
る。本当に不思議なんですけどね。」
遠野を鬱陶しがっているその言葉は、紛れもなく君島自身の素直な気持ちであった。その
言葉を聞いて、遠野のテンションは一気に上がる。
「大正解だぜ、君島ぁ!お前の嘘偽りのない言葉、それが俺の欲しかった言葉だ!」
「うざがられて喜ぶって意味不明ですけど。」
「適当に言葉を繕って、好きだの愛してるだの口先だけで言ったなら、すぐに出て行って
やったけどな。迷惑だと思いながらも、まだ居て欲しいと思ってんだろ?」
「そういうところですよ。あんまり騒がしくしていると、出て行ってもらいますよ。」
テンションの高くなった遠野は鬱陶しいと、君島はあからさまに態度に表す。本当に追い
出されるのは嫌だと、遠野はほんの少し大人しくなる。
「お前は俺のことが嫌いって態度に出まくりだし、俺のテニスが気に入らないってのも知
ってる。だけど、いや、だからこそ、最後にイク直前にお前が言ってた言葉、そういう状
況だからこそ、嘘じゃねぇっていうのが分かって、正直メチャクチャ嬉しかった。」
身体を重ねながら無意識のうちに口から溢れ出た気持ち。自分の放ったその言葉を思い出
し、君島の顔は赤く染まる。
「あれは・・・その・・・」
「別に普段から言って欲しいっつーわけじゃねぇからな!ただ、それを聞いて俺が嬉しか
ったって話だ。」
そのときのことを思い出してか、遠野の顔も赤く染まっていた。そんな遠野の態度に君島
は図らずもときめいてしまう。
(ああ、もう・・・どうしてこう・・・)
「遠野くん。」
「ああ?何だよ?」
「遠野くんは、口先だけの愛の言葉は嫌いなんですよね?」
「まあな。」
「これから私が言う言葉は、そう聞こえるかもしれませんが、なるべくそう聞こえないよ
うに言います。」
「ハァ?何を言いたいのか全然分かんねー。」
君島が何を伝えたいのか分からず、遠野は首を傾げて困惑したような表情を見せる。そん
な遠野の肩をがしっと掴み、真正面から遠野の目を見据える。一つ大きく深呼吸をすると、
遠野に対する二つの気持ちをなるべくシンプルな言葉で伝えようとする。
「私は遠野くんのこと・・・」
「お、おう・・・」
「大っ嫌いで・・・」
遠野の嫌いな部分を思い浮かべ、この上なく感情のこもった言い方で君島はそう口にする。
そして、一呼吸置き、存分にその気持ちを高めながら言葉を続ける。
「・・・大好きです。」
大嫌いを超える大好きな気持ちが、その一言に込められていた。それが口先だけの言葉で
はないことは、君島の真剣な表情と肩を掴む手が震えていることから遠野に十分に伝わっ
ていた。思ってもみない君島の告白に、遠野はひどく動揺し、ゆでだこのように顔を真っ
赤にしながら君島から目をそらす。
「それは、ずりぃだろ・・・」
「随分顔が真っ赤ですが、それは心に響いたと思ってよいかな?」
「・・・さあな。」
動揺させられているのが悔しく、遠野は誤魔化すようにそう返す。どちらかと言えば好き
な態度を取っている遠野を軽く押してベッドの上に倒し、自分もその横に寝転がる。
「今日は機嫌がいいので、一緒に寝てあげてもいいですよ。」
「いいのかよ?」
「ええ。明日は完全にオフの日ですしね。」
まさか君島の部屋に泊まらせてもらえるとは思っていなかったので、遠野は少々戸惑いつ
つも嬉しくなる。
「なら、このベッドで寝かせてもらうぜ。今更帰れって言っても帰らねぇからな!」
自分の部屋には戻らないということを全力で示すかのように、遠野は布団の上から布団の
中へ移動する。まるで子供のようだと君島はくすくす笑った。
「寝る前に、先程飲んでいた紅茶を片付けないといけませんね。」
そういえばまだ片付けをしていなかったと君島は一旦ベッドから下り、テーブルの上の紅
茶を片付ける。片付けを終え、再びベッドに目をやると、気持ちよさそうに遠野が寝息を
立てていた。
「おや、もう眠ってしまったんですか。」
ベッドに腰かけ、顔にかかっている艶やかな黒髪に触れる。黙っていれば本当に綺麗な顔
をしていると君島はふっと頬を緩ませる。
「本当に鬱陶しくて迷惑なのに、不思議と惹かれてしまうんですよね。」
「ん・・・君島ぁ・・・」
寝ぼけているのか、遠野は髪に触れている君島の手を取り、頬に擦りつける。その仕草に
ひどくときめいてしまい、君島は胸のあたりをぎゅっと押さえる。
「全く、どれだけ私の心をかき乱したら気が済むんですかね。」
そう呟きながら、君島は遠野の頬にそっとキスをする。そして、愛情たっぷりの口調で囁
いた。
「おやすみなさい、遠野くん。いい夢を。」
明日は休みなので、そこまで早く眠る必要はない。もう少し遠野の寝顔を堪能したいと、
君島はベッドの上に座ったまま、大嫌いで大好きなその横顔をしばらく眺めることにした。

                                END.

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