嵐の夜に

『大型の台風17号は、ただいま東シナ海の海上にあり、沖縄本島に時速50kmのスピ
ードで接近しております。今夜の10時頃には沖縄本島は暴風域に入り・・・』
テレビの天気予報を見ながら、平古場は大きな溜め息をつく。
「はあ・・・完全に直撃やし。」
台風が直撃するのは、この島に住んでいれば珍しいことではない。しかし、今の状況は平
古場にとって、若干不安を覚えるような状況であった。なぜなら、今平古場がいるこの家
には平古場一人しかいないからだ。両親は懸賞で当たったという旅行券で数日前から本土
の方へ旅行に出かけている。他の家族も何らかの理由でただいま外出中なのだ。
「停電とかしたら嫌だなぁ。懐中電灯がある場所とかも分からんし。」
そう思うとだんだんと一人でいることが、とてつもなく不安になってくる。台風が接近し
ている所為で、窓は風でガタガタと揺れ、まだ本降りではないが雨も降り始めていた。誰
かに来てもらいたいと思いつつ、部屋の中をうろうろ歩き回っていると、突然机の上に置
いてある携帯電話が鳴る。
〜〜〜♪ 〜〜〜♪
「誰だろ?母ちゃんかな?」
両親もきっとニュースでも見て台風が近づいていることを知って、それを気にかけて電話
をしてきたのだろうと思いつつ、平古場は電話を取る。
「もしもし?」
『あー、凛?俺だけど。』
「裕次郎?どしたの?」
『今、台風近づいてるだろ?で、凛、今日は一人だって学校で言ってからさぁ。』
「あ、ああ。そうだな。」
『一人じゃ不安だと思ってさー、もし凛がよかったら今日はそっちに泊まりに行くけど、
どう?』
今の自分の気持ちが伝わったのかと少々驚きながら、平古場は甲斐の提案に頷く。
「そうしてくれると嬉しいさー。でも、ホントにいいば?」
『もちろん。台風の夜に一人なんてありえないし。停電とかしたら大変だしな。母ちゃん
の了解もとってあるし。是非行ってやりなさいだってさ。』
「あー、じゃあ、来てもらおうかな・・・」
『了解。じゃあ、今からそっちに向かうけどいいよな?』
「うん。結構風強くなってるみたいだから、気をつけて来いよ。」
『分かってるさー。じゃ、凛は家で大人しく待ってろよ?』
ピッと電話を切ると、平古場はホッとしたような顔で携帯を机の上に置き、その場に座り
こむ。ここぞとないタイミングで自分が一番して欲しいと思っていることをしてくれる甲
斐に、平古場はキュンと胸のトキメキを抑えられないでいた。

甲斐の家と平古場の家はそれほど離れていないので、10分も経たないうちに甲斐は平古
場の家へとやってくる。黙って家に入るわけにはいかないので、甲斐は外から平古場の名
前を呼んだ。
「凛ー。」
甲斐の声を聞き、平古場は立ち上がり、玄関のドアを開ける。
「思ったより早かったな。」
「凛が一人で寂しくしてると思ったからさー。急いで来たんだぜ。」
「別に寂しいなんて思ってないし。」
「ふーん。じゃあ、やっぱ帰ろーかな。」
ニヤっと笑ってそう言って、平古場に背を向けると、慌てた様子で平古場は甲斐の腕を掴
む。
「あっ・・・」
口元を上げながら振り返り、甲斐は平古場の顔を見る。甲斐の腕を掴んだまま、平古場は
困ったような顔をしていた。
「何?」
「・・・帰らんで。さっきのは嘘。」
「さっきのって?」
「寂しくないって奴・・・」
「冗談に決まってんだろ?ほら、ここにいても濡れちまうからさ、早く家の中に入ろうぜ。」
クスクス笑いながら、甲斐は自ら玄関の中に入っていく。騙されたと、平古場は恥ずかし
さと怒りから顔を真っ赤にして、甲斐の背中をバシバシと叩いた。
「何だよぉ、騙したな、裕次郎ー!!」
「引っ掛かる凛が悪い。」
「ぶー。」
膨れっ面で平古場はぷいっとそっぽを向く。そんな態度も可愛らしいなあと思いつつ、甲
斐はサンダルを脱いで、平古場の家へあがった。しばらく不機嫌顔の平古場だったが、せ
っかく甲斐が来てくれているのにいつまでも口を閉ざしたままではいられない。しかし、
こちらから話しかけるのは気が引けると思って、どうしようか悩んでいると、ポンッと頭
に甲斐の手が置かれた。
「機嫌直せよ、凛。夕飯、まだだろ?うちで作ったおかず、持ってきてやったからさー。
一緒に食べようぜ。」
「お、おう・・・」
まだ不機嫌な様子を装っているが、内心はもうすっかり機嫌はよくなっていた。持ってき
たおかずを机の上に置き、かかっていたラップを外す。
「まだ、温かいと思うからこのままでいいよな?」
「いいと思うけど。裕次郎、ご飯どれくらい食べる?」
「んー、普通でいいよ。凛と同じくらいで。」
「了解。」
先程のことは忘れてしまったかのように、平古場は台所へとご飯を入れに行く。少し大き
めの茶碗にご飯を入れてくると、平古場はそのうちの一つを甲斐の前に置いた。
「じゃあ、食べようぜ。」
「そうだな。」
『いただきます。』
大きな皿にいっぱい乗ったパパイヤの炒め物と豆腐チャンプルーを二人は頬張る。育ち盛
りの二人にとっては、この程度の量のおかずは十分に食べきれる量であった。
「裕次郎んちのチャンプルー、超うめぇー!!」
「俺もこれは好きだぜ。ゴーヤは苦手だけどな。」
「これだけで、ご飯何杯もいけそうだよなあ。おかわりしてこよーっと。裕次郎はいる?」
「あー、じゃあ一杯だけもらおうかな。」
おかわりをしに行く平古場に甲斐は空っぽになった茶碗を渡す。台所に行ってご飯をよそ
ると、平古場はすぐに甲斐のもとへ戻ってきた。二杯目の二人はご飯もあっという間に平
らげる。そして、空になった食器を流しに持っていく。少しの食器なので、その場で洗っ
てしまおうと、平古場は水道の蛇口をひねり、茶碗と皿を洗い始める。
「手伝おうか?凛。」
「いや、ちょっとだからいいよ。裕次郎はあっちの部屋で待ってて。」
何もしないで戻るのはつまらないと、甲斐はちょっとした悪戯を考える。
「凛・・・」
後ろからぎゅっと抱きつき、耳元で名前を呼ぶ。いきなりのことだったので、平古場は持
っていた皿をガシャンと落とした。幸い割れなかったもののその音は尋常ではなかった。
「な、何するば!?裕次郎!!」
「んー、新婚さんごっこ♪」
「あ、危ないだろぉ!!」
「あはは、凛、顔真っ赤だぜ?可愛い〜。」
「裕次郎〜。」
動揺しまくりの平古場を見て、甲斐は声を立てて笑う。しかも、今だに甲斐の腕は平古場
の体を包んだままなので、平古場は自由に動くことも出来ない。
「ほら、あと一枚なんだから、洗わせてよ。そのまんまの格好じゃ洗えないし。」
「凛だったら、大丈夫だって。ナンクルナイサー。」
「ったく・・・」
身動きが取りづらい状態で、平古場は何とか残りの一枚の皿を洗い終えた。無駄に疲れた
と思っていると、パッと甲斐が手を離す。
「お疲れさま、凛。」
「本当疲れたし。全く裕次郎はぁ・・・」
「いいじゃん別に。俺は凛とくっついてたいんだからさー。」
またそういうことを言うと平古場は半ば呆れつつ、自分の部屋へと歩き出した。甲斐との
やりとりですっかり忘れていたが、今日の夜には台風が上陸することになっている。自分
の部屋の雨戸もしっかり閉めておかないとということで、確認しに行ったのだ。当然のこ
とながら、そんな平古場の後に甲斐は黙ってついてゆく。
ピカッ!!
と、突然窓から閃光が走る。そして、数秒経った後何かが爆発したのではないかと思う程
大きな音が家中に響いた。どうやら台風の影響で大きな雷が家の近くに落ちたらしい。
「すっげぇ雷。」
「今のはさすがにビビッたな。」
その雷の影響か、廊下の電気がチカチカと点滅をしたかと思うと、ふっと消えてしまった。
停電になってしまったようだ。
「うわあ、真っ暗やし。」
「慌てるな。こういうときのために・・・」
停電になることなど予測済みだと言わんばかりに甲斐は落ち着き払って、ズボンのポケッ
トからあるものを出す。それは、いわゆるペンライトというものであった。そのスイッチ
をONにすると、甲斐は真っ暗になってしまった廊下を照らす。
「さっすが、裕次郎。用意周到だな。」
「あったりまえだろ?でも、これだけの明かりじゃちょっとなあー。凛、ランプとか懐中
電灯とかないの?」
「うーん、それがどこにあるか分からんさー。家のどっかにはあると思うんだけどー。」
「そっかあ。じゃあ、とりあえず凛の部屋で大人しくしてるか。あんまり歩き回っても危
ないしな。」
「そうだなー。こんなに真っ暗じゃなーんも出来ねぇし。」
ペンライトの明かりだけで、うろうろ動き回るのは危ないと二人はある程度どこに何があ
るか分かる平古場の部屋に移動する。雨戸はきちんと閉まっていたが、風がだんだんと強
くなってきているようで、窓はガタガタと音を立てて揺れていた。
「何か風、強くなってきてるな。」
「そろそろ暴風域入んじゃねぇ?」
「かもなー。どうするよ?これから。こんなちっちゃな明かりじゃ遊ぶにも遊べないよな
あ。」
「あっ、じゃあ、さっきの新婚さんごっこの続き・・・」
「ふらーっ!!そんなんするわけないだろー!」
冗談じみた口調でそんな提案をする甲斐に平古場は容赦なくつっこむ。そこまで率直に否
定されると、無理矢理にでもしたくなるのが人の常だ。甲斐は持っていたペンライトの電
源をOFFにして、辺りを真っ暗にしてしまう。
カチっ・・・
「えっ?お、おい、裕次郎!!」
慌てた様子で甲斐を探す平古場だが、部屋の中は本当に真っ暗で何も見えない。平古場の
位置をしっかり把握している甲斐は、気配を消していつの間にか平古場の真後ろに移動し
ていた。
「マジで何にも見えないし・・・裕次郎っ、ちゃんとライトつけろよ!!」
ピカッ・・・ゴロゴロゴロ!!
何ともいいタイミングで再び大きな雷で落ちる。真っ暗で視界が全く働いていない状態で
そんな音を聞くのは、別に雷が苦手でない者でもある程度の恐怖感を感じる。
「うわあっ!」
豪勢に驚いてくれる平古場に甲斐は心の中で笑う。あんまり無視しているのは可哀想だと
甲斐は腕を伸ばして、平古場の体を引き寄せた。その腕が甲斐のものだと分かると平古場
はがっちりと腕を掴み、絶対離さないとばかりに力を込めた。
「痛いさー、凛。」
「裕次郎のバカ!!絶対離さないからな。つーか、さっさとライトつけろ!!」
「そんなに腕掴まれてると、ライトもつけるにもつけられんよ?」
「どうせ、手に持ってるんだろ?スイッチ押すだけじゃんか。」
バレているならしょうがないと甲斐はカチっとライトをONにした。ほのかな明かりが真
っ暗な平古場の部屋を照らす。光源がそれほど大きくないので、明るくなると言っても二
人の周りを薄っすらと明るくする程度だ。
「これでいいだろ?」
そんな甲斐の言葉を聞いて、ほっとしたような表情で平古場は溜め息をつく。甲斐の顔が
見えるようになっただけで、くやしいくらいに安心してしまう。それが自分でも納得いか
ず、平古場は顔を隠すかのように甲斐の胸へと押し付けた。
「お、おいっ、凛?」
「もう裕次郎なんて知らんからな。」
「言ってることとしてることが矛盾してるし。」
「かしまさい。」
「凛〜。」
いきなりの平古場の行動に甲斐は動揺しまくりだ。しばらくドキドキとしながら何も言わ
ないでいた甲斐だが、あまりの平古場の動かなさに疑問を覚える。
「あい?凛?」
「ZZzzz・・・・」
「っ!?」
絶妙な暗さと甲斐にもたれている安心感から平古場はぐっすり眠り込んでしまった。
「信じらんねー!!おいっ、凛っ!!」
「んん・・・」
起こそうと平古場を揺するが全く起きる気配はない。このままでは動くにも動けないと平
古場の肩を押し返そうとすると、寝ぼけている平古場は甲斐の首に思いきり抱きついた。
「うわっ!!」
その勢いで甲斐は後ろに倒れる。平古場の口元はちょうど甲斐の首筋に当たり、穏やかな
寝息が甲斐の長い髪を揺らす。
「うっ・・・これはちょっと・・・」
「んー・・・ゆうじろー・・・・」
耳元で囁かれているにも等しい状態に甲斐の心臓はどんどん速くなる。まるで、胸の中に
も台風が上陸し、暴風域に入ったという感じだ。このままでは本当に理性が抑えられなく
なると、甲斐は体をよじり、平古場を横に寝かせた。ハッキリとは見えないがすぐ横に布
団が敷かれているのは確かだった。少しは離れてくれたものの、平古場の腕はしっかりと
甲斐の首に絡んでいる。
「はあ・・・こりゃもうこのまま寝るしかないよな。」
部屋も真っ暗だし、台風はひどくなる一方だしということで、甲斐はそのまま自分も寝て
しまうことにした。若干暑い気はするが、平古場を抱きながら寝るということはそうそう
出来ないことなので、この状況をむしろラッキーだと思い、甲斐は風が鳴くのを聞きなが
ら、ゆっくり目を閉じた。

次の日の朝、平古場は甲斐より少し早く目を覚ます。風の音は聞こえないし、雨戸と窓の
ほんの少しの隙間から太陽の光が差し込んできているので、夜中の間に台風は過ぎ去った
ということを悟った。しかし、今の平古場の状況は台風一過の穏やかな晴れという気持ち
ではない。ありえないほど近い距離にある甲斐の顔に、背中に回されている甲斐の腕。何
故自分がこんな状態になっているか分からないと軽いパニックを起こしながら、平古場は
気持ちを落ち着かせよう必死になる。
「あうぅ、全然離れんし。」
「んぅ・・・凛。」
平古場が少し身をよじると、まだ夢の中にいる甲斐は離すまいとしてより強い力が平古場
の体を抱きしめる。ぐいっと引き寄せられたため、平古場の額には甲斐の唇がぴったりと
くっついていた。
「ゆ、裕次郎っ!!起きろ!!朝だぞ、朝っ!!」
この状況を何とか回避しようと、平古場は怒鳴るように甲斐に声をかける。さすがにこの
距離で大きな声を出されれば、いくら夢の中にいても現実に引き戻される。しかも、大好
きな平古場の声なのだ。甲斐が起きないわけがない。
「うーん・・・あい?もう朝?」
「い、いつまでも寝ぼけてんなよ!ほ、ほら、早く用意しないと朝練遅れるぜ。」
「あー、そっか。今日も学校だったけ・・・」
もう少し寝ていたかったなあと残念そうな声を漏らしながら、甲斐は大きなあくびをする。
そして、大きく伸びをすると、ドキドキしながら着替えを始めようとする平古場の腕をぐ
いっと引っ張り、甲斐は平古場の頬にちゅっと軽くキスをした。
「っ!!??」
「おはよ、凛♪」
「な、何するさー!?」
「んー、新婚さんご・・・」
またそのネタかと、最後まで言い終わる前に平古場は平手でつっこむ。予想以上に厳しい
つっこみに思わず甲斐は頭を抱える。
「痛ったー。」
「ホント早く用意しないと置いてくからな!!」
「わぁーった、わぁーった。そんなに怒るなよ。凛は笑ってる顔の方が可愛いぜ。」
「!!」
本当に懲りてないなあと思いつつ、平古場は着替えを投げつけながらさっさと自分の部屋
を出て行ってしまう。さすがにからかいすぎたと甲斐は若干反省しながら、学校に行く準
備を始める。
「凛ももうちょっと素直だったらもっともっと可愛いんだけど。ま、今のままでも十分す
ぎるほど可愛いけどな。」
そんなことを口にしながら、甲斐はのんびりと着替えを始める。着替えが終わると、一晩
中平古場を抱きしめていた感覚を思い出し、甲斐はニコニコしながら平古場のいる台所へ
向かうのであった。

                                END.

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