(あれ?何やちょっとふらふらしよる・・・頭もぼーっとして・・・)
昼食後、洗い物を終えると毛利はエプロンを外しながらそんなことを思う。そろそろ終わ
る頃だと思い、越知がキッチンへ入ると毛利は越知に声をかけようとする。
「あっ、月光さん、今終わり・・・」
(あ、アカン・・・)
言葉を紡いでいる途中で、毛利の体は傾く。それに気づき、越知は慌てて駆け寄り毛利の
体を支える。
「毛利っ!!」
「ハァ・・・ハァ・・・」
支えた毛利の体はひどく熱く、その顔は非常に苦しそうなものになっている。
(体が熱い。とりあえず、ベッドに運ばないと・・・)
ぐっと毛利を抱き上げ、越知は寝室へ毛利を運ぶ。単純に風邪を引いて熱を出してしまっ
ているだけなのだが、越知は怪異であるがゆえに、風邪を引いたことなどなく、まして熱
を出すということも経験したことがなかった。
(どうすればいい?毛利に直接聞くのは無理だ。対処を聞ける相手は・・・)
毛利以外で交流があるメンバーを思い浮かべる。基本的に怪異か人外の知り合いが多いが、
毛利と同じ人間である君島なら対処法を知っているはずだと、越知は連絡を取ろうとする。
『もしもし?』
「君島か?」
『ええ。越知くんが私に電話をかけてくるなんて珍しいですね。』
「毛利が倒れた。体がひどく熱い。どうすればいい?」
冷静に話しているように聞こえるが、ひどく動揺していることに君島は気づく。
『ただの風邪だとは思いますが、熱があるのであれば、暖かくして寝かせるのと、タオル
や手拭いを濡らして額を冷やしてあげるのもいいかもしれませんね。あまり熱が高いよう
であれば解熱剤を使ってもいいかもしれないですね。』
「風邪とはどういうものだろうか?毛利は大丈夫なのか?」
『ああ、越知くんは怪異なので、風邪なんてひかないのですね。ウイルスや菌が体の中に
入って、それを出そうとして色々な症状が出るのですよ。今の寿三郎の場合は熱を出すこ
とでそのウイルスや菌と戦っている状態です。』
「それなら、熱は無理には下げない方がよいのだな。」
『程度によるとは思いますけどね。さすがに40度を越えたりすると、場合によっては命
の危険があったりするので、医者に診せた方がいいかもしれません。』
「っ!!熱はどう計ればいい?」
『体温計で計るんですけど、救急箱などがあればその中にあるんじゃないですか?寿三郎
がキチンと準備してたらの話ですけど。』
「分かった。ありがとう。」
『また、何かあれば連絡してくれても構わないですからね。』
「ああ。」
君島との電話を切ると、越知は君島に言われた通り濡らした手拭いと体温計を用意する。
救急箱は体調不良で使ったことはないが、怪我をしたときに使ったことがあるので、場所
は分かっていた。
「これが体温計だな。」
用意したものを持って、越知は毛利のもとへ戻る。まだ苦しそうに呼吸を乱し、熱で顔が
赤くなっている毛利を見て、越知の心はざわつく。
「毛利・・・」
冷たい水で濡らした手拭いを額に置いてやると、その心地よさに気づいた毛利が目を開け
る。
「ハァ・・・月光さん。」
「毛利、大丈夫か!?」
「何や風邪ひいてまったみたいです。大丈夫です・・・と言いたいところやけど、結構熱
高そうでしんどいですわ。」
「体温計を持ってきた。計ってみてもらえるだろうか?」
「あ、ありがとうございます。」
越知から渡された体温計を使って、毛利は熱を計る。
ピピピ・・・ピピピ・・・
計測終了を告げる体温計に表示されていた体温は『39.8』であった。かなりの高熱で
あるため、毛利は大きく溜め息をつく。
「うわあ、思ったよりもありますね。こりゃしんどいのも当然や。」
毛利の体温を見て、越知は青ざめる。先程君島と電話で話していたとき、40度を越える
と命に関わる可能性があると言っていた。0.2度などすぐに上がってしまうのではない
かと越知の鼓動は不安感で速くなる。
「何か欲しいものはあるか?」
「ちょっと飲み物が欲しいです。体が熱くて。」
「分かった。すぐに取ってこよう。」
飲み物を取りに行くため、越知は一旦寝室を出る。パタンと後ろ手にドアを閉めると、越
知は不安で押しつぶされそうな胸を押さえる。
(ああ、どうしよう・・・毛利にもしものことがあったら・・・)
毛利を失うことを考えてしまい、越知の呼吸は荒くなり、一筋の涙が頬を伝う。こんな感
情になるのは初めてで、越知はかなり戸惑っていた。
(とにかく毛利に飲み物を持っていかなければ・・・)
毛利が欲しているものを早く持っていってやろうと、越知はキッチンへ飲み物を取りに行
く。水を用意しながら、越知は勝手に溢れ出てくる涙でその頬を濡らす。
(こんな顔をしていては、毛利に気を遣わせてしまう。ただでさえ辛そうなのにそれはよ
くないな。)
水を持って部屋へ入る前に越知は涙を拭い、いつもの冷静な表情を纏う。部屋に入ると、
毛利が辛そうな表情ながらも軽く笑みを浮かべ、越知に声をかける。
「おかえりなさい、月光さん。お水、ありがとうございます。」
毛利の側まで行くと、ベッドから体を起こすのを手伝ってやり、持ってきた水を手渡す。
「ゆっくり飲むんだぞ。」
ゴクゴク・・・
「はぁ・・・冷たくて美味しいです。」
「どこもかしこも熱いな。」
毛利の手に触れながら、越知はそう呟く。
「まあ、結構高めの熱ですからね。こないに熱出すの久しぶりですわ。」
「俺がいつも無理をさせてしまっているからか?」
「いや、そんなことないですよ!季節の変わり目で、そこにたまたま風邪菌が入ってきて
しまっただけやと思うんで。月光さんのせいじゃないのは間違いないです!」
どちらかといえば、自分の体調管理の問題だと毛利はそう主張する。毛利のその言葉と君
島が電話で言っていた言葉で、毛利の熱は風邪のウイルスや菌のせいだと越知は理解する。
(ウイルスや風邪菌が俺にはどんなものかは分からない。だが、勝手に毛利の体に入り、
毛利をこんなにも苦しめるなど許せない・・・)
起き上がっている毛利の身体を抱き寄せ、越知はそんな思いを胸に抱く。
「月光さん・・・?」
毛利を抱き寄せたまま、毛利の熱くなっている頭に口づけるようにして、越知は低く威圧
感のある声で呟く。
「ぽぽぽぽ・・・」
「っ!?」
「毛利を苦しめることはこの俺が許さない。毛利の体から出て行け。」
その言葉を聞いた瞬間、毛利の心臓はドキンと大きく跳ねる。それと同時に、先程まで感
じていた高熱によるだるさやめまい、寒気やしんどさが綺麗さっぱりなくなっていること
に気づく。
「あれ?何や急に楽になった気がします!ちょっともっかい熱計ってみてもええですか?」
「あ、ああ。」
顔色がよくなった毛利はベッドの横に置いてある体温計を手に取り、もう一度熱を計って
みる。
ピピピ・・・ピピピ・・・
「『36.4』!うっはあ、メッチャ熱下がっとる!!月光さん、何しはったんですか?」
「いや、特に何も・・・少しお前を苦しめているウイルスとやらに腹が立ったから、文句
は言ったが・・・」
「風邪菌を八尺様の力で倒したってことですね!さっすが月光さんやね!!」
体調の良くなった毛利はテンション高く越知を賞賛する。元気になった毛利を見て、越知
は心の底から安心する。
「元気になったようでよかった。」
「心配かけてまってすんません。月光さん、心配させたないし、体調管理には気をつけま
すね。」
「そうしてもらえると助かる。・・・お前を失うなど耐えられないからな。」
先程不安ゆえに泣いてしまったことは隠しながら、越知はそんなことを言う。少し大袈裟
だなーと思いつつもその言葉自体は嬉しいので、毛利は越知に抱きつき、甘えるような仕
草を見せる。
「大丈夫です!俺は月光さんからは離れませんから!それに俺がピンチになっても、さっ
きみたいに月光さんは俺のこと必ず助けてくれますもんね。」
「当然だ。お前は俺にとって、何よりも大切な存在だからな。」
「えっへへ、何やちょっと照れますね。せやけど、メッチャ嬉しいです。」
越知の言葉が胸に響き、毛利は顔を赤らめ嬉しそうに笑いながら、越知にぎゅっと抱きつ
く。そんな毛利の頭を優しく撫でながら、越知は元気な毛利の姿に愛おしさと安堵の混じ
った笑みを浮かべるのであった。
黄昏時の神社の奥にある小屋で、遠野は今日も処刑、すなわち悪霊退治を執行していた。
君島が結界を張った小屋の中で本当の姿に戻り、悪霊にダメージを与えていく。
「処刑法其ノ四!!コロンビア・ネクタイ!!」
ある程度の霊能力を持った者にしか見えない悪霊を得意の処刑法で遠野は追い詰めていく。
「処刑法其ノ三、苦痛の梨!!」
(俺の処刑にかかればどんな悪霊だって・・・)
姦姦蛇螺の怪異の力と元巫女の強い霊力を使って、遠野は次々と技を繰り出す。今回の悪
霊も順調に退治出来ると思ったその瞬間、一気に悪霊の力が強くなる。
「なっ!?」
黒いもやのようなものが遠野に襲いかかり、勢いよく壁に叩きつけられる。
ドンっ!!
「ぐっ・・・!!」
怯んだ遠野に追い打ちをかけるように、その黒いもやは何度も遠野にぶつかり、じわじわ
といたぶるように傷をつけていく。
(チッ、これは想定外だ。けど、俺は君島に悪霊退治を任されるのを条件に解放してもら
ったわけだし、この程度のことで・・・)
何とか態勢を立て直そうとするが、悪霊の力は更に強くなり、激しい攻撃を遠野に浴びせ
る。
「ぐああっ・・・くっ・・・」
悪霊がつけた傷からは血が流れ、遠野の顔や上半身を赤く染める。
(くそ、血が流れると力が・・・)
ギリギリの状態で、遠野は悪霊を睨みつける。しかし、これ以上攻撃が出来る状態ではな
く、悪霊の執拗な攻撃に遠野の力はどんどん削られていく。
「・・・君島っ。」
倒れてしまいそうになる直前、助けを求めるかのように遠野は君島の名前を呟く。
「一つ・・・城壁のように。」
キンキンキンッ・・・
音も立てずに扉が開き、目の前に君島が現れる。そして、その言葉通り、君島の前に城壁
のような結界が張られ、悪霊の攻撃を弾き返す。
「ハァ・・・君島・・・」
チラリと遠野を見た後、鋭い視線で君島は悪霊を見据える。
「一つ・・・蜘蛛の巣のように。」
君島がそう呟くと、まるで蜘蛛の巣に捕らわれたかのように悪霊は動きを止める。
「本来交渉を行うのが私の戦い方なのですが・・・遠野くんをここまで傷つけた罪は大き
いですからね。」
口調は丁寧であるが、その表情はひどく冷たいものになっていた。
「安心してください。私は遠野くんのようにじわじわいたぶったりはしないので。」
にっこりと笑った後、すっと悪霊に手を向け、怒りを込めた口調で一言呟く。
「交渉決裂です。」
君島が冷たくそう言い放つと、断末魔を上げる間もなく悪霊は跡形もなく消え去る。
(は?君島強すぎじゃねーか。)
君島のあまりの強さに遠野は呆然とする。悪霊が君島に倒されると、しばらく沈黙が流れ
る。
「油断しすぎじゃないですか?」
遠野の方を振り返ることをせず、君島はそう呟く。
「・・・わりぃ。」
さすがに今回は自分が至らなかったせいだと、遠野は素直に謝る。そんな遠野に若干イラ
っとしながら、君島は遠野の方を振り返り腰を下ろすと、姦姦蛇螺の姿のままの遠野を強
く抱きしめる。
「えっ!?君島!?」
まさかこの姿のままそうされるとは思わなかったので、遠野はひどく戸惑う。
「・・・無事でよかった。」
「っ!!」
君島が呟いた言葉に遠野の胸は跳ねる。自分を助けたのは、悪霊を倒せないと様々な問題
があるからで、まさか単純に自分を助けるために入ってきたとは遠野は微塵も思っていな
かった。
「俺、まだ本当の姿だぞ。」
「それがどうしたんですか?」
「お前、俺の本当の姿嫌いじゃねーか。それに、俺今いろんなとこに血がついてるから、
お前の装束が汚れちまう。」
「別に後で洗えばいいじゃないですか。」
「君島・・・」
何を言っても全く離れようとしない君島に、遠野の鼓動は速くなる。
「・・・助けに入るのが遅くなってすみません。」
「えっ?」
「途中から悪霊の力が急激に増したのには気づいていました。でも、遠野くんなら何とか
してくれるだろうと高をくくっていた。その結果がこれです。」
血が流れている顔に両手を添えながら、君島は後悔の色を浮かべた表情でそう口にする。
「これは・・・お前のせいじゃなくて、俺の力不足のせいだから・・・」
「小屋に入って、満身創痍の遠野くんを見て、怒りが抑えられませんでした。」
「お前、攻撃的な力の使い方もメチャクチャ強くて驚いたぜ。本当何で俺に任せてるのか
分からねぇなって思った。」
「あれはアナタをこんなに傷つけたのが許せなくて放ったものなので、いつもはあんなこ
とはしません。」
「俺を傷つけたって、お前の嫌いなこの姿なのに?」
先程からそれが納得いっていないと、遠野は首を傾げる。本当の姿にも関わらず、その仕
草が非常に可愛らしく感じてしまい、君島は再度遠野を抱きしめる。
「その姿でも遠野くんであることは変わりませんから。」
(本当の姿でも遠野くんが傷つけられているのが本当に許せなかった。いつの間に遠野く
んのこと、こんなにも好きになってしまったんだろう・・・)
君島がそう口にした瞬間、遠野の体に君島の力が流れ込む。
「あ・・・」
口づけやまぐわいなしに力の授受を行うことは今までなかったので、その感覚に遠野は少
し戸惑う。しかし、ゆっくりと君島の力が体に沁み込んでいく感覚が非常に心地よく、そ
の穏やかな心地よさに身を任せ、遠野は少しの間目を閉じる。しばらく君島の力を受け取
っていると、遠野の姿は姦姦蛇螺から人間の姿に変化し、悪霊につけられた傷は跡形もな
く消え去っていた。
(スゲェ、傷が全部治った。力も回復して、あれだけボロボロになっていたのが嘘みてぇ
だ。)
「君島。」
遠野に声をかけられ、君島は遠野の顔を見る。いつの間にか遠野は人の姿に戻っており、
傷跡もなくなっていることに君島は驚く。
「まだ何もしていないのに、どうしてその姿に?」
「さあ。よく分かんねーけど、君島に抱きしめられてたら、力が流れ込んできて。今まで
そんなことなかったのにな。」
「傷も消えていますね。」
「やっぱ、お前の力すげーな。」
純粋に賞賛の言葉を口にする遠野の顔を見て、君島はふっと笑う。
「やはり、遠野くんには私が必要だということですね。」
力を分け与える支配者の役割に加えて、ヒーラーとしての役割を得た君島は、自信に満ち
た口調でそんなことを遠野に言う。
「まあな。君島がいなけりゃ、俺は今ここにはいられねぇし。」
「素直にそう返されると、ちょっと違う感ありますね。」
「何でだよ?でも、そう思ってるのは本当だからな。それに・・・」
「何ですか?」
恥ずかしそうに君島から目を逸らしながら、遠野は言葉を続ける。
「あの悪霊から俺を助けてくれた君島、メッッッチャかっこよかった。」
「遠野くん。」
「俺が全然敵わなかった相手なのに、秒で倒しちまったのは、さすがにちょっと悔しかっ
たけどな。」
悔しそうに笑いながら、遠野はさらにそう続ける。護りたいと思っている相手にそう言わ
れるのは悪くないと、君島はその言葉にドキドキしてしまう。君島がドギマギしてること
に気づき、遠野はふっと笑う。そして、もっとドキドキさせてやろうと、ぎゅっと君島に
抱きつく。
「っ!?」
「俺を助けてくれて、ありがとな。」
「別に・・・」
「お前の言う通り、やっぱ俺にはお前が必要だぜ。」
(わざとそう言っているのは分かっているものの、そう言われるのは嬉しいし、何より人
の姿の遠野くんは本当可愛いんですよね。)
遠野のことを心から愛おしく思いながら、君島は遠野を抱きしめ返す。
「今度はもっと早めに私に助けを求めてください。」
「でも、悪霊退治を全部俺に任せたくて俺を解放してくれたんだろ?」
「アナタが私以外のヤツに傷つけられるよりは、自分で倒した方がまだマシです。」
「その言い方だと、お前は俺を傷つけていいみたいにならねーか?」
「当然でしょう?まあ、その傷を治すのも私ですけどね。」
「フッ、お前がつけた傷は治す気なんてないくせに。」
「さあ、どうでしょうね?」
先程の緊迫した空気とは打って変わって、抱き合ったまま、冗談を含んだ会話を楽しげに
交わす。一緒にいる時間が長くなったことで、お互いを想う気持ちがより大きくなってい
ることを感じながら、二人はしばらく触れ合ったままでいた。
いつもより早めに眠ってしまった種ヶ島は夢を見ていた。夢の中では大曲が誰か知らない
相手と楽しそうに話をしている。
『竜次、その人誰?』
『ああ、最近知り合ったんだけどな、すげぇ気が合ってよ。』
『へぇ、そうなんや。』
(何か嫌や。けど、竜次はいろんな人と付き合ってもええっていう考えやし、こないに独
占欲全開なこと伝えたら嫌われてまうかも・・・)
『じゃあ、今日はこいつと遊んでくるから。修二も他に好きな奴と遊んでいいぜ。』
(嫌や。今は竜次以外と遊びたくない。)
『せやな。適当に遊んどくし、竜次が帰るの待っとくわ。』
『別に待っていなくてもいいぜ。今日は帰らないかもしれねーし。』
(そんなんアカン!俺以外と夜を越すのなんて許せへん。)
『さっすが、竜次やなあ☆竜次はかっこええから、モテるもんなぁ。』
『そんなことねーし。じゃあな。』
(行って欲しくない!!嫌や・・・竜次、竜次!!)
大曲に嫌われたくない想いが強すぎて、夢の中の種ヶ島は心で思っていることと口に出し
ていることが乖離していた。知らない誰かと一緒に去って行く大曲を引きとめることが出
来ず、ぎゅうっと胸が締めつけられる。
「・・・竜次っ!!」
大曲の名を呼びながら、種ヶ島は自分のベッドの上で目を覚ます。
「はぁ・・・はぁ・・・ぐすっ・・・うっ・・・」
夢の中での感覚がリアルに残り、息苦しくなるほどの切なさと焦燥感に種ヶ島は呼吸を荒
くして涙を流す。
(アカン・・・竜次に会いたい・・・)
ぐすぐすと涙を流しながら、種ヶ島はベッドを出て大曲の部屋へと向かう。特にノックを
せずに大曲の部屋のドアを開けると、大曲はベッドの上で読書をしていた。種ヶ島が来た
ことに気づき、大曲は視線をドアの方へ向ける。
「ん?どうした?」
「ぐす・・・竜次ぃ・・・」
「は?マジでどうしたし?何で泣いてんだよ?」
夜中に種ヶ島が部屋にやってくることはよくあるが、泣きながら来たのは初めてなので、
大曲は驚いたような顔で種ヶ島を見る。よく分からないが慰めてやろうと、大曲は本を置
き、腕を広げる。
「何で泣いてるか分かんねーけど、とりあえずこっちに来い。」
「・・・・・。」
大曲のもとまで行くと、種ヶ島はぎゅっと大曲に抱きつき、涙で濡れた顔を大曲の肩に押
しつける。
(とりあえず、落ち着くまで待ってやるか。)
手首から先を竜変化させ、大曲はその手で種ヶ島の頭を撫でてやる。
(竜の手で頭撫でてくれとる。気持ちええ・・・)
大曲が種ヶ島の好きな竜変化の手で黙って頭を撫でてくれていることもあり、種ヶ島はだ
いぶ落ち着いてくる。涙が完全に止まると、種ヶ島は顔を上げる。
「で、何があったんだ?」
種ヶ島が落ち着いたようなので、大曲は聞きたかったことを口にする。
「・・・夢。」
「夢?何だ、怖い夢でも見たのか?」
先程の夢を思い出し、種ヶ島の目はまた潤んでくる。
「怖い夢やないけど、やな夢やった・・・」
「泣くほど嫌な夢って相当だな。どんな夢だったんだよ?」
種ヶ島が号泣するほど嫌な夢とはどんなものか気になり、大曲はそう尋ねる。大曲に夢の
ことを聞かれ、種ヶ島は困惑するような顔を見せる。
「夢の内容話しても、俺のこと嫌いにならんって約束して。」
「はぁ?別に夢の話だし、そんな心配はねぇだろ。」
「ホンマやな?」
「ああ。」
そんなに必死になるほどの夢なのかと、大曲はさらに興味をそそられる。
「・・・竜次がな、俺の知らんヤツと仲良さげにどっか遊びに行ってまう夢やった。」
「へぇ。」
「俺は行って欲しくなかったんやけど、そないに独占欲とか束縛感全開で、他のヤツと遊
ばんといてなんて言うたら、竜次に嫌われてまうと思って、笑顔で送り出すことしか出来
へんかった。」
「お前らしいっちゃお前らしいな。」
「竜次、俺も他のヤツと適当に遊んでていいって言うし、今日は帰らないみたいなことも
言ってて、あーそういうことなん?みたいに思うて、ホンマ嫌やった・・・」
夢の話をしながら、種ヶ島の目にはまた涙が溜まってくる。
「そんなに嫌だったら、素直に嫌だって言えばよかったじゃねぇか。お前、普通に言いそ
うだし。」
「だって、竜次は複数の人と恋愛してもええみたいな考え方やろ?それやのに、俺以外と
遊ばんといてみたいなこと言うたら、俺、メッチャ重たいやつやん。そんなん言うたら、
竜次に嫌われると思って。竜次に嫌われるやなんてホンマ耐えられへんもん。」
溜まった涙をポロポロと溢しながら、種ヶ島は自分の想いを伝える。
(いや、普通に可愛いんだが。今の話に俺に嫌われる要素一切ないし。)
泣いている種ヶ島に悪いと思いながらも、今の話を聞き、大曲は口元を緩ませる。
「お前、俺のこと好きすぎだろ。」
「メッチャ好きやで。好きすぎるから、竜次のこと独り占めしたくて、俺のことだけ見て
欲しいって思ってまうんやもん。」
「夢魔のくせに一途すぎんだろ。んで、お前の話に俺に嫌われる要素が一つもないんだが。
何を心配してるんだし。」
「えっ!?ホンマに?」
大曲の言葉を聞き、種ヶ島は驚いたような顔になる。
「他の誰かに俺を取られたような夢を見て、号泣しながら俺の部屋にやってきて、その理
由が俺のこと好きすぎるからって、可愛いにもほどがあるだろ。」
「いや、でも・・・」
「より好きになることはあっても、嫌いになる要素は微塵もないし。」
大曲のその言葉に、種ヶ島の顔はカアァっと赤くなる。その反応もひどく可愛らしいと、
大曲は種ヶ島を抱き寄せる。
「っ!!」
種ヶ島を腕に抱いたまま、大曲は少し強めに上半身を竜変化させる。
「あっ・・・」
「俺のこの姿、どう思うよ?」
「えっ?メッチャかっこええって思うけど。」
種ヶ島のその言葉を聞いて、大曲がふっと笑う。
「普通のヤツがこの姿を見たら、まず怖いとか近づきたくないと思うだろうな。見た目人
外すぎるだろ?でも、お前は俺のこの姿をカッコイイと言ったり、好きって言ったりする。
それがどれだけ俺にとって嬉しいことか分かるか?」
「嬉しいんや。竜次あんまりそういうこと言わんから、知らんかったわ。」
「どんな姿の俺も受け入れて、むしろそれを好んでくれている。それにお前といると、い
ろんな意味で刺激的なことが多すぎて飽きねーし。あと、お前との体の相性もバッチリだ
しな。」
「えっと、つまり・・・?」
「そう簡単にお前を手放したりしねーってことだ。今の俺にとって、お前以上に魅力的な
ヤツが出てくるとは思わねぇし。」
「竜次・・・」
「これで少しは安心出来たか?」
にっと笑いながら、大曲はそんなことを言う。そんな大曲の言葉に種ヶ島はドキドキしな
がら頷いた。
「んじゃ、戻って寝ろ。もういい時間だし。」
「また、悪い夢見たら嫌やから一緒に寝てもええ?竜次と寝たら、あんな夢きっと見ぃひ
んやろうし。」
「しゃあねーなあ。」
甘いと思いつつも、大曲は種ヶ島の頼みを受け入れる。ある程度竜変化させたままの状態
で横になると、その腕を枕にするように種ヶ島がくっついてくる。
「竜変化のままでの腕枕、最高やな☆」
「そんなん言うのお前だけだし。逆に寝心地悪そうだけど。」
「そないなことあらへんで!竜次と一緒に寝てる感すごくて、メッチャ安心するわ。」
「勘弁しろし。」
ピッタリとくっついてくる種ヶ島を逆の手で抱きながら、大曲は苦笑する。心から安心し
たのか、種ヶ島すぐに寝息を立て始める。
「マジで寝ちまいやがった。」
無防備に寝息を立てる種ヶ島を見て、大曲は少しムラっとしてしまうが、何とかその気持
ちを抑える。
(本当さっきの修二、ヤバいくらい可愛かったな。明日は寝かせず付き合ってもらうか。)
せっかく気持ちよさそうに眠っているのを起こすのは悪いと、大曲はそんなことを考える。
ありのままの自分を余すことなく受け入れてくれる最愛の相手を腕に抱きながら、大曲は
この穏やかで幸せな時間をしばらくの間満喫するのであった。
END.